一束の哀悼
サルカズ戦士
マドロック、彼らは残りの逃亡者を捜索している。
……逃亡者たちをわざと逃し、この山で自滅させるという選択もできたはずだがな。捕まえれば、逆に彼らの命を救うことになる。
優しいのか残酷なのか、わからないな。
マドロック
……共に来なかった者たちは、もう私たちとは関係ない。
私たちは、極力彼らの捜索を避けて進む。冬が来る前に、ここを離れる。
急がなければ……もう、これほどまでに寒くなってきたのだから。
サルカズ戦士
ここを離れて、どこへ行くんだ?
これだけ長く放浪してきて、結局どうするんだ? このままだと一生結果は出ないかもしれない。
マドロック
……では、故郷に帰ろう。
帰って、静かな樹林を探して、そこで生き延びる。
サルカズ戦士
我々が望んだ戦いはどうする?
マドロック
……ひとまずは……生きることだけを考える。
生き伸びるんだ。生きるために、私たちはこの大地に抗っているのだから。
武装した感染者
……さっき樹林と言ったな。それはどこだ? 故郷って何だ?
マドロック
――カズデル。我々の故郷へ。
武装した感染者
えっ……
でも、俺たちは? 俺たちはサルカズじゃない、あそこは……
マドロック
君たちはもう、サルカズの仲間だ。
カズデル以外に、サルカズの居場所はない。そしてカズデルは、君たちをも受け入れる。
それは寛容さからではない。かの地はとうに……全てを失っているからだ。
カズデルは……都市の名ではない。国家の名とも言えない。ただの地域の呼び名に過ぎない。
その土地に、家を持つことを許されない亡命者たちが集っている。
あの場所は……全ての家なき者たちが帰る場所だ。根無し草たちの唯一の居場所……
そう、君たちの居場所だ。
武装した感染者
……ありがとう。
あのそこら中サルカズの感染者だらけのカズデルでなら、俺たちも逆に平和に暮らせるのかもしれないな……
サルカズ戦士
リターニアが感染者に寛容なのは、血統やアーツの普及の副産物に過ぎない。彼らは本当にお前たちを受け入れるわけではない。
災禍がリターニア人の偽善の仮面を剥ぎ取れば、初めに迫害を受けるのはやはり感染者だろう。
武装した感染者
……この繁栄した国は、鉱石病のことどころか、本当に悲惨な人たちが存在することすら忘れてしまっているのさ。
ウォルモンドのような悲劇は……貴族たちの気晴らしの道具にすぎない。投資家や宮廷芸術家の茶飲み話になるだけだ。
そんなの俺たちは……受け入れられない。受け入れたくもない。
行くなら行こう。カズデルに、お前たちの故郷に行ってみよう。
マドロック
……ああ。
サルカズ戦士
リターニアが何か手を出してくる可能性は?
マドロック
ないとは言えない……事の経緯はどうあれ、破壊された街でサルカズの感染者が目撃されたとなれば、私たちが主犯とされるだろう。
武装した感染者
セベリンは事の経緯を知ってるだろ。あいつが俺たちに罪を被せるのか?
マドロック
彼ならそうするだろう。
武装した感染者
……
マドロック
……それが彼のやり方だ。彼の知る情報をもとに、街への損害を最小限に留めようとするなら、そうするのが一番だ。
武装した感染者
じゃあ俺たちは、本当にさっさとここから離れないとな。そうじゃなきゃリターニア当局の追手に見つかっちまう。
マドロック
ああ、だからこそいち早くルートを……あれは……
マドロック
すまない、少しだけ待っていてくれ。用事ができた……
すぐに戻る。
グレースロート
……
フォリニック
ここにいたのね。
グレースロート
フォリニック……
フォリニック
いや、立ち上がらなくていいわ、近づかないから。
……人を待ってるのね?
グレースロート
ええ。
フォリニック
レユニオンの事件が起きたとき、私はロドス本艦にはいなかった……あなたはかなり変わったみたいね。
噂で聞いていたのと、随分印象が違う。
グレースロート
噂?
フォリニック
龍門でエリートオペレーターと組んで、色々解決したんでしょう?
グレースロート
……ああ、そこら中を血まみれにする馬鹿な暴れ猫とね。
それに私たちには……何も解決できなかった。
フォリニック
……ありがとう。
改めて言いたかったの。もしリサちゃんとあなたがいなければ、今頃どうなっていたかわからない。
グレースロート
……
フォリニック
ロドスも、セベリン憲兵長も、あのレユニオンだって、誰もこうなることは望んでなかったのに……
みんなで悲劇を止めようとしたのに、悲劇は私たちのことなんて、ものともしてなかった。
アントは……あの子は……
グレースロート
無理に思い出す必要はない、もう終わったことだから。
グレースロート
ただ、死者が安らかに眠れるように祈ればいい。
フォリニック
……私たちは犯人を裁けなかっただけじゃなくて、アントが守ってきた街も守れなかった。
アントは私を責めるわね。
グレースロート
あなたが自分を責めるだけよ。アントは明るい人だったから。
きっと、彼女はあなたの肩を叩きながら、泥酔するまで一緒に飲んでくれるわ。
フォリニック
フフ……そうね、あなたたちも仲が良かったの?
グレースロート
私は彼女と泥酔するまで飲む「エリートオペレーター」のことをよく知ってるだけ。
グレースロート
……何もかも諦めてしまったのは、私たちだけじゃない。
マドロック
……
グレースロート
やっぱり来たのね。
マドロック
これは、摘みたての野花だ……
グレースロート
今の状況はわかっているでしょう。私たちの事後処理ももうすぐ終わる。ロドスはここを出発し、資源調達の援助を募る予定よ。
だけどその頃には……
マドロック
誰も私たちの味方をする者はない、わかっている。
……セベリンを責めたりはしない。彼がそう貴族に報告しないと、彼ら自身が苦しむことになる……
私たちもいち早くここを離れる。ただ、ここには私の死んでいった仲間も眠っている……別れを告げずに去ることなどできない。
フォリニック
……感染者が八名。
今となっては、ウォルモンドの死者は「八名」の数百倍以上ね――
マドロック
……すまない。
フォリニック
いや……あなたが悪いわけじゃない……責めてるわけじゃないわ。
ただ、何がここまでの事態を招いたのか、振り返っていただけ。
この大地は、善行に報いてくれるほど甘い存在じゃないってわかってるけど、でも……こんな内部崩壊はあまり見ないから。
扇動された怒りと復讐心が、全部を燃やし尽くすところだった……私自身も……
グレースロート
まだ自分を責めてるの。
フォリニック
いえ……もう冷静になったわ。ただ、私は「失敗した」わけじゃなくて、最初から「できなかった」んじゃないかと思って。
これまでロドスに……ケルシー先生に教わってきたことが……できないなんて。
マドロック
――誰にもできない。
私も同志の過ぎた行いを何度か止めたが……一度や二度では、彼らの復讐心を鎮めることはできなかった。
だからこそ……事態はこれほどまでに悪化した。
フォリニック
……
グレースロート
これからどうするつもり? 「レユニオン」はまだ多くの人たちの目のかたきにされている。そのシンボルマークを捨てるべきだと思うけど。
マドロック
その通りだ……だが「レユニオン」は滅びてはいない。その噂は、もうリターニアの感染者の間に広まっている。
抗争の火種は、未だ潰えていない……たとえそれが、歪んでしまったものであっても。私たちにも、息を整える時間が必要だ。
私の部隊には、戦士以外の者が多い。彼らの運命を勝手に決めることなどできない……彼らはただ、静かに暮らしたいだけかもしれないのだから。
マドロック
そうだ……ロドス、ビッグボブという者を知っているか?
フォリニック
――知らない。
もし何か関係ある人なら、資料を調べてみるけど。
マドロック
いや、今回の件とは関係ない。ただの友人だ……
フォリニック
レユニオンの? それともサルカズの?
マドロック
――レユニオンだ。彼は経験豊富な賞金稼ぎだ。
彼は戦士ではない、だからレユニオンから抜けるだけの理由があった……今はきっと抑圧の渦から逃れ、クルビアの開拓団の中で居場所を見つけていることだろう。
ああ……思い出した、彼はホップを植えると言っていたな。
フォリニック
えっ?
マドロック
君はホップという植物を見たことはあるか? 何に使うものか知っているか? ビールは、ホップからできていると聞いたが?
フォリニック
ホップは素晴らしい植物よ……たしかその作用でビールの泡が生まれるとか……あ、あとは防腐作用もあるって聞いた気がする――
――いや、こんなの真剣に論議する必要はないでしょ。私も専門外だし。
グレースロート
……まあとにかく、良いものよ。
マドロック
そうか……羨ましいな。
ホップ……泡……ビール……
フォリニック
……ちょっと、ビールにそんな思いを馳せないでよ。私たちはこれでも敵同士なんだから。
グレースロート
良くも悪くも立場が違うのは忘れないで。
マドロック
ああ……すまない。
私たちは、戦士だ。サルカズは、戦士なのだから。
グレースロート
あなたの言動からはどうしても……戦士としての固い決意が感じられないけど。
マドロック
私たちに選択の余地はない。
もし私たちに何か要求や、実現すべき信念や、守らなければいけないものがあれば、私たちは戦う。戦うことしかできない。
グレースロート
問題の解決法は戦うだけじゃないでしょう。
マドロック
では……犠牲になった私たちの仲間はどうする? 私たちが平和的主張をしていれば、あの悪人たちは家や住む街を用意してくれるのか?
それはないだろう。
私たちは……戦い続けることしかできない……感染者の同胞たちを救うために。
フォリニック
……「感染者の同胞」。
あなたたちに行き場所はあるの?
マドロック
カズデル。
フォリニック
カズデルは、良い場所とは言えないわ。
マドロック
私たちも、決して「良い」とは言えない集団だ。
それに本当の「良い」場所は、私たちなど受け入れない。
グレースロート
カズデル以外に、もう一つ選択肢があるわ、マドロック。
マドロック
……今はまだ、できない。
私の下にいるリターニア人も、サルカズも、それぞれの考えを持っている。
恨みは消えてはいない。今は共に生きるという集団意識のおかげでまとまっているが、彼らはまだ、安易に人を信用することはできないだろう。
グレースロート
……残念ね。
マドロック
ロドスのツバメよ、いつか再会することもあるかもしれない……感染者のために戦う君たちとは。
グレースロート
……私をそう呼んだレユニオンはあなたで二人目だわ。
マドロック
……そうか。
私がここを去っても、私たちは敵同士のままだ。
そうでなければ、リターニアは君たちまで疑うだろう。
マドロック
だからこそ……敵とは親しくしすぎない方が良い。
私はただ花を供えに来ただけだ。そして花はもう供えた。私は……もう去ろう。
君たちに幸あれ。
フォリニック
……
グレースロート
何か言いたいことがあれば、今のうちに聞くけど。
フォリニック
……いえ、もう何も。
ただ、悪夢を見てたみたい。マドロックが去って、急に目が覚めた気がする。
これでもう……終わり。
グレースロート
私は人を慰めるのは苦手だけど、でも――
フォリニック
あなたの過去は知ってる。あなたに慰めてもらう立場なんかじゃないのに……ごめんなさい。
グレースロート
……悲しみを断ち切って進むしかない……それが良いこととは言えないけど、生き延びていくためには、ある種の妥協も必要だから。
フォリニック
あなたはこんな感情を受け入れるのに、どれだけかかった?
グレースロート
……長かった。より多くのものを失うのに十分な長さだった。
フォリニック
……
グレースロート
……
……これからどうするの?
フォリニック
ロドスに帰る。
アントと……一緒に。