帰る場所

a.m.7:10 天気/晴天
カズデル郊外
スルト
目的地はここなのか?
メテオリーテ
ええ、移動村落ベルーニは地図の通りならこの辺のはずよ。
移動村落っていうより、村がまるごと大きなトロッコみたいね。
源石を使った採掘で自給自足して、余った資源を近隣の都市に売って収益を得ている村ね。
大きな遺跡が見つかれば、周辺の大きな移動都市に採掘の支援金を求めることもできるわ。
スルト
それにしても、この村は荒れすぎだ。
砂ぼこりはひどいし、フェンスもボロボロ。人通りはあっても、誰も修理する気はないようだし。
見た感じ、面白い場所じゃなさそうだな。
メテオリーテ
テラには面白い場所なんてほとんどないけど、それでもここに暮らす住人たちにはそれぞれ生活があるのよ。
痩せっぽちの子
待って、返してよ!
いたずらっ子
なんだよ! このアイス、みんなで分けるって言っただろ!
痩せっぽちの子
ねえ待ってってば! そんな風に握ってたら家につく前に溶けちゃうよ!
このバカ! 返して!
いたずらっ子
やだね。俺のがお前より足も速いからな、父ちゃんに持ってってやるんだ!
痩せっぽちの子
待ってよ!!
メテオリーテ
ひどい環境を必死で生き抜いている人たちは少なくないわ。それに彼らがみんな不幸だとも限らないのよ。
スルト
アイス一つで周りの迷惑も考えずに騒ぐなんて、くだらない。きっとあのまま大人になるんだろうな。
それのどこが幸せなんだ?
メテオリーテ
……もしかして、怒ってるの?
スルト
子供が埃をたてまくったぐらいでは怒らない。
メテオリーテ
(怒ってるじゃない)
村長
いやぁ、すまんです。お二人がロドスから派遣されたオペレーターの方ですか?
お待たせしましたな。
メテオリーテ
初めまして。あなたがアテンドの方かしら?
村長
ええ、わしはベルーニ村の村長です。ご案内しますんで、さあ、どうぞどうぞ、こちらへ。
メテオリーテ
お手数おかけします。
任務出発前
ロドス指揮室
ケルシー
カズデルの辺境にあるベルーニ村は典型的な鉱山村だ。数ヶ月前に落盤事故があったため、採掘場は完全に封鎖されている。
落盤事故で採掘場が崩壊しただけでなく、村内の道路も交易ルートも遮断されてしまった。
村はこの数ヶ月間、近隣の移動都市に助けを求め続けているが、手を差し伸べる都市は未だに現れていない。
今回メテオリーテには現場へ行って予備調査を行い、現地の状況を確認してもらいたい。
君が持ち帰ったデータをもとに救助計画を展開する。
メテオリーテ
了解。そう難しい任務ではなさそうね。
ケルシー
村の問題は天災や鉱石病とは関係なさそうだが、油断は禁物だ。
メテオリーテ
了解。でも……
スルト
……
メテオリーテ
スルトも一緒なの? それほど難しい任務じゃないわよね?
スルト
今回の任務地で確認したいことがある。
ケルシー
スルトからは個人的な事情で同行の申請があった。こちらで審査した上で許可している。
スルト
迷惑はかけない。私のことは気にしなくていいから。
メテオリーテ
……
村長
小せえ村です、ここで少しお待ちいただけますか。道具を取ってきますんで。
メテオリーテ
あ、基本的な探査ツールなら持ってきていますよ。
村長
いやぁ、村外れにある鉱山の入口は、今は特殊な装置で封鎖してあるんです。
だもんで開錠用の特殊な道具じゃねえと開かないんです。自慢じゃねえが、うちの村は採掘経験が豊富でしてな。
スルト
だが閉じ込められたんだろう?
村長
わはは、そうですな。
メテオリーテ
あぁっ、すみません。悪気はないんです。ちょっとあなた! 失礼でしょ。
村長
情けねえ、採掘経験は豊富でも、こんな大規模な落盤事故を予想できなかったのも事実ですから。
掘削場所も落盤で埋もれてしまいまして、安全のため立ち入り禁止にしとるんです。
今回はロドスに助けてもらえたとしても、今後は自分たちで策を練らねばな。
しばしおくつろぎくだせぇ、ちょっくら準備してきます。
メテオリーテ
ええ、分かりました。
メテオリーテ
……
スルト
……
メテオリーテ
だからね、他人に対する遠慮がなさすぎるのよ。
スルト
事実を言ったまでだ。
メテオリーテ
はぁ……
(ああ、気まずい)
(スルトは付き合いにくい人だとは聞いてたけど、ここまで話が続かないなんて)
スルト
……(メモを取る)
メテオリーテ
村の状況を記録しているの?
スルト
別に。
メテオリーテ
じゃあ、何を……
スルト
……
メテオリーテ
…………
スルト
……知らないのか? 私の資料は、みんな見てるものだと思っていたが。
メテオリーテ
見るには見たけど……
資料にはこう記されていた。
スルト、原因不明の記憶障害から起こる認知障害を持つ少女。
彼女の脳内には膨大な記憶が同時に存在しているため、虚実を見極めることがまったくできないようだ。
ゆえに、この少女は記憶にある場所を一つ一つ探し続けている。
メテオリーテ
じゃあケルシー先生が言ってた個人的な事情って、この村の付近にあなたの記憶に近い場所があるってこと?
スルト
ケルシー先生がこの近辺の情報を教えてくれたとき、既視感を感じたんだ。
写真や記録の中にも見たことのある景色がたくさんあった。
メテオリーテ
それで、実際に村を見て何か思い出した?
スルト
いいや。村を歩いても、通りすがりの子供やボロ屋を見ても、記憶の中にあるものに近いようでまったく違う。
なぜかは自分でも分からない。
メテオリーテ
村の隅々まで調べたの?
スルト
ザッと見ただけだが、見落とした場所はない。
メテオリーテ
村人たちに訊いてみたらいいんじゃない? 記憶にあるのは何年も前の村で、いろいろと変わっているかもしれないわ。
スルト
……そうかもしれない。
確かに、この辺りに漂う乾燥した植物の匂いは記憶と同じだ。
目をつぶると、懐かしい通りにいるような感じがする。
走り回っている子供たちの足音を聞いていると、友達とやった追いかけっこを思い出す。
でも目を開けると、やっぱり見知らぬ景色なんだ。
メテオリーテ
せっかくケルシー先生がこの任務を私に託してくれたんだもの、私も手伝うわ。
落盤事故の調査が終わったら、村で手がかりを探しましょう。
スルト
必要ない、自分でできる。
メテオリーテ
……
スルト
……
メテオリーテ
……過去が分からない、家が見つからないって感覚は、私にも分かるわ。
スルト
……
メテオリーテ
サルカズの名誉や居場所を守るために、たくさんの仲間たちとずっと頑張ってきたから。
スルト
私とは事情が違う。
メテオリーテ
違うかもしれないし、同じかもしれないわよ?
お互いに、心の奥ではただ帰る場所を求めているだけなのかもしれないし。
とにかく、先のことが見えないまま何かを探しているときは、周りにも気を配らないといけないわ。
アーミヤが教えてくれたの。
スルト
……
村長
いやぁ、お待たせしました。では行きましょう。
こちらは準備万端です。
メテオリーテ
とにかく、まずは任務を完了しましょ。
メテオリーテ
ここは……
村長
ええ、ここが落盤の現場です。足元に気をつけてください。
ここに掘削口がありましたが、落盤で周辺が陥没して、今はここら一帯が全部塞がっとります。
この採掘口は隣村に通じてましてな、塞がってからは物資の交換もできなくなってしまいました。
スルト
……!
メテオリーテ
スルト?
スルト
この道、見覚えがあるかもしれない。
メテオリーテ
村長、隣村との関係性は?
村長
隣りもうちの村と似たような採掘村でさあ。近隣の村はどこも同じ産業を生業にしていて、よく行き来しとったんですよ。
交流はもちろん、引っ越すことだってよくあったんですがねぇ。
でも、この落盤でうちの村との道が塞がれてしまったもんだから、隣村もしばらくは自分たちでやりくりせねばならんでしょうな。
この道筋、この方向。
ますます見覚えがある。
昔、確かにここをよく通っていた。
一瞬、よく知っている子たちが脇を走り抜け、目の前を塞ぐ岩の中に消えていくような感じがした。
村長
隣村へ行かれたいですかな?
道路が開通しさえすれば、すぐ連絡がつきますよ。
メテオリーテ
よかったわね……スルト?
スルト
待っていられない。
メテオリーテ
え?
村長
は??
スルト
どいて!
メテオリーテ
スルト、待って! 早く記憶をはっきりさせたいのは分かるけど、今はダメよ!
先へ進むのは危険すぎるわ!
スルト
メテオリーテは外で待っていろ。入口を見張っててくれればいい。
村長
うわぁ! 崩れた採掘口をぶち抜いて進んだぞ!?
メテオリーテ
ちょっと待って!
村長
ダメだ! お嬢さんまで入っちゃあ!
中でまた落盤が起きるかもしれねえんですぞ!
メテオリーテ
もう! スルト!
鉱坑の奥へ入ると、機械採掘の痕跡がはっきり見て取れた。
道はうねうねと先へ続き、まるでスルトを奥へ奥へ誘い込んでいるようだ。
スルト
……これが隣村への道か。
スルト
すっかりオリジムシの巣穴になってる。
採掘でできた空洞は、この数ヶ月で完全にオリジムシに占領されてしまったようだな。
面倒だ。
スルト
これは……
子供たちが手をつないで、目の前の道を横切った。
そして、無数のオリジムシの痕跡を迂回し、
闇の向こうへと消えていった。
スルト
え?
メテオリーテ
この爆発音は!
村長
また落盤か!?
あのお嬢さんが危ねえ! どうすればいいんだ!?
記憶の中の道は、乾燥した植物の匂いではなく、土の匂いに満ちていた。
記憶の中の仲間は、アイスを持って追いかけっこなどしない。
家屋は似ているけれど同じではない。
見た目が微妙に違うだけじゃなく、材質や構造もまったく違う。
スルト
チッ、怪我するなんて。痛いな、掌を擦りむいたのか。
まさか私がうっかりオリジムシに襲われる日がくるなんて。
チッ。
スルト
これは……
坑道の真下に、別の大きな空洞が?
カサカサ。オリジムシの音だ。
カサカサ。
カサカサ。
スルト
しかも空洞の中に、都市遺跡……?
スルトはさらに空洞の深層へと下った。
オリジムシが光を放つ中、岩に埋もれた建物の輪郭がぼんやりと見える。
路上の縁石や、壁の煉瓦。
どう見てもすべてが長い長い時の中に埋もれていたようだ。
何十年? 何百年?
それはスルトにも分からない。だが彼女にとって確かなのは、探しものをやっと見つけられたということだ。
メテオリーテ
ここよ!
メテオリーテ
!!
スルト!
スルト
ああ。大声で場所を教えてくれたから、あとはそこ目掛けて岩を砕くだけだった。
メテオリーテ
ちょっと! どうして一人で危ない場所に入っていくのよ!
スルト
中を調査しに行っただけだ。
ついでに落盤の原因も突き止めた。鉱坑の真下にオリジムシの巣穴があって、その奥が巨大な空洞になっていた。
そこを掘削したせいで地盤を支えられなくなって崩落したんだ。
だけどオリジムシの巣穴は全部壊滅させて、さらに落盤を利用して空洞はもう塞いだ。これで大丈夫だ。
基本的な探査はすっ飛ばしたけど、問題は一応解決した。
村長
えっ!?
メテオリーテ
え?
メテオリーテ
つまり、問題はうまく解決したけど、隣村への道は見つからなかった……そういうこと?
スルト
ああ。しかも途中で気づいたんだ。ここも、隣村も、違うって。
どうやら私の勘違いだったみたいだ。ここには私の探していた思い出はない。
メテオリーテ
あんなに細かく記録していても、間違うことはあるの?
スルト
たぶん。
メテオリーテ
……私も同じ経験がある。
あと少しで人生の目標を掴めるかと思ったら、そういう時に限ってヘマばっかりで。
だけど周りの人たちのおかげで、今まで何とか頑張ってこれたわ。
スルト
そんなの私にとってはいつものことだ。
記憶違いもこれが初めてじゃない。
メテオリーテ
……そう。何はともあれ、今回の任務で探しものは見つからなかったけど、帰る家がなくなったわけじゃないし、あなたの周りには私たちがいる。そうでしょ?
スルト
それは、あんたを頼っていいってことか?
メテオリーテ
えーっと、まぁ別に違うとは言わないけど……
村長
どうもお待たせしました! 村の者に知らせましたよ!
正式な探査隊がすでに準備をしています。本当にそちらのお嬢さんの言う通りなら、すぐにでも坑道の復旧作業に取りかかれます。
メテオリーテ
探査を始めるのは、私たちが現時点のデータをロドスに持ち帰ってからにしてくださいね、くれぐれも。
また事故が起きると大変ですから。
村長
はは、わかりました。みんな大喜びですよ。お嬢さん方には本当に感謝しないと。
よろしければ、今日は村に泊まってってくだされ。
是非おもてなしさせてくだせえ!
メテオリーテ
えーっと……
スルト
急いで帰る必要があるから、遠慮しておく。
でも……
その代わりに、アイスをもらっていいか?