眠れる都市

カヴァレリエルキが緊急事態に陥ったことを確認した。
信号コード及び部隊識別番号、共に相違なし。
全隊に告ぐ。
――偽装を解き、街へ入れ。
グラベル
……電力が完全に復旧するまでには、もうしばらくかかりそうね。
そういえば、ロドスのみんなは部屋で休んでもらってるけど、二人が確認しておきたいようだったら……
アーミヤ
……ドクター。私、みなさんの様子を見てきます。
突然こんな事態になって、状況を把握できていないオペレーターもいるかと思いますし……このところ、感染者への抗議行動も起きていた分、きっとかなりストレスが溜まっているでしょうから。
アーミヤ
はい。……あっ、私は大丈夫ですから、心配しないでくださいね。
アーミヤ
むしろこの数日、ドクターに商談や交流会を任せきりにしてしまっているのを申し訳なく思っていたところですよ。
アーミヤ
ドクターは、この機会に休んでおいてください。
アーミヤ
……あはは、ドクターもお疲れになっていますよね。
昨日からずっと各企業への対応に追われていたわけですし、もう声が枯れてしまっているのでは?
アーミヤ
はい、大丈夫です。ハイビスカスさんもいるので、問題ないかと。
私もみなさんの状況を確認したら、すぐに戻ってきますので。
グラベル
ふふっ……安心して? あなたがいない間はぁ、あたしがちゃ~んとドクターのお世話をするから~。
アーミヤ
あっ……は、はい。
アーミヤ
では、行ってきますね。
グラベル
……ねえ、Dr.{@nickname}。
最近、商業連合会に動きがあったの。ロドスへ悪影響を及ぼすかもしれない動きがね。
今起きている停電のことも考えると、次はもっと大胆な陰謀が動き出すはずよ。
しばらくの間は……絶対に、あたしの目の届くところにいてね。もちろん、あなたがず~っとあたしから離れずにいてくれるなら、それが一番なんだけど~。
グラベル
……ふふふっ。どうしたの~? あなたが急に気遣ってくれるなんて……ちょっとびっくりしちゃったわ。
何か良いことでもあったのかしら~?
グラベル
……前にも、似たような質問をされたわよね? もしかして、あたしの声をもっと聞きたいの~? お望みなら、もちろん答えてあげるけど。
グラベル
――あいつらは、カジミエーシュにおける害虫よ。
連合のもとに一団となった商人たちが、騎士と都市とを蝕んで、自らの目的を達成するための組織だもの。
グラベル
……
……あなた、一体何をしたの?
グラベル
ふふっ……その「四種類」って?
グラベル
……それで、最後の一つは?
グラベル
つまり、連合会内部にも、意見の食い違いがあって……あなたはその違いを既に捉えている、ってことかしら~?
グラベル
……でも、どうしてそう言い切れるの? あなたはここへ来たばかりだし、代弁者のツテで常務取締役の一部と会っただけなんでしょう?
あなたが信用する相手を間違えてしまったら、監査会はその結果までは面倒を見てくれないわよ?
グラベル
……そうね。
グラベル
あなたは、そういう人よね。
ロイ
お前らよ~、こんなことしてる暇本当にあんのか?
感染者への指名手配通知はとっくに出てるんだぜ。大分断の影響が落ち着いちまったら、逃げ場なんてなくなるぞ。
ロイ
あー、そうそう。ついでに教えておくと「大分断」ってのは「要の電力を失ったあと、各区画の接続部分にズレが生じること」を示す言葉でな? つまり、何が言いたいかっつーと……
ロイ
今、この周辺の区画は軒並み接続が切れちまってるし、まずここから逃げ出すこと自体できねーぞってことさ。
グレイナティ
……っ……クソッ……!
ソーナ
……かといって、正面からやり合って勝てる相手じゃないのよね。
ロイ
や~っと理解してくれたんだな? ありがとさん。そんじゃ、もう一度聞かせてもらおう。――チップを渡してくれねえか? そうすりゃお前らのことは見逃してやるぜ。
ソーナ
へ~え? 無冑盟っていつからそんなに親切になったの?
ロイ
……気分の問題だよ。長いこと戦い続けてきて……ようやく、光が見えたんだ。
……ボリバルの廃墟から、カジミエーシュの平原に流れて、最後にここまで辿り着いた。
そもそも、まともな神経してりゃあ、殺人を楽しんだりなんてしないもんだ。他人の血を見て喜ぶのは、贅沢育ちのバカ野郎だけさ。
ロイ
ま、そういうわけだから……俺を助けると思って、そいつを渡してくれよ。そしたら、巡り巡って最終的には無冑盟自体も解散まで追い込めるんだし、悪い話じゃねえだろ?
ソーナ
……ごめんなさい。あなたの言葉が本当だとしても、これを渡すつもりはないわ。
ロイ
ええ? そりゃまたどうして。
ソーナ
あたしたちは――他人の操り人形なんてもううんざりなのよ、無冑盟さん。
ソーナ
――カイちゃん、お願い!
グレイナティ
よし! 一発お見舞いしてやる!
ロイ
――そう来たか。
ロイ
ごほっ……ごほ……やりやがったな~?
ソーナ
今のうちよ、行きましょ!
グレイナティ
ああ!
ロイ
……お前らよ、そんなに走り回っちゃ危ねえぞ? ここはインフラエリアだぜ。足踏み外してエンジンにでも落ちたら、バラバラにされちまうってのに。
ま、逃がしゃしねえけど――
ロイ
――うおっ、と?
ソーナ
……!?
ソーナ
カイちゃん! 危ない!
グレイナティ
――!
青い矢が、焔尾騎士の鎧へと突き刺さる。
ソーナは持ちこたえようとしたが、衝撃の大きさに小さな体が耐えきれず、彼女はバランスを崩した。
そのまま、空中で手を伸ばし、足掻きながらも、区画の狭間へと――落ちていく。
グレイナティ
ソーナ――!
ロイ
(……狙いがずれた……今、一瞬目の前が暗くなったよな……?)
ロイ
(疲れのあまり目眩でも起こしたか? ――いや。間違いなく、邪魔が入ったんだろう……)
グレイナティ
――ロイ、貴様ッ――!
ロイ
……!
ロイ
あら、理性が飛んじまったらしいな。
ロイ
おいおい、こんな至近距離でぶっ放してきやがって……共倒れでもするつもりか?
グレイナティ
お前……ッ、よくもソーナを……!
ロイ
……確かに、ちょっと不注意だったかもな。
ロイ
何せ、あのチップがマジで壊れたかどうかは確認できなかったわけだし。いや~これでチップが無事だったら、終わるのが目に見えてる。
グレイナティ
黙れッ!
ロイ
(さて、どうすっかな。さっさと灰毫を片付けて、何とか下へ降りて焔尾の死体を確認してみるとか?)
ロイ
(……ないな。電力だって復旧しかけてるし、危険すぎる。鉄板でサンドイッチになるなんて俺は御免だぜ。)
グレイナティ
その血を以て償うがいい――ッ!!
ロイ
ハハッ、ま~たまっすぐ突撃か? カッとなってから、随分動きが単調じゃねーか。そんなんじゃ、全部お見通しだっての――
グレイナティ
――果たしてそうか?
ロイ
ッ!?
ロイ
っだあ、今のはちょっと予想外だったな……
ロイ
……あいつ、逃げたのか……?
ってことは、あのキレっぷりも……まさか、演技……?
……感染者のために、騎士になることを。
感染者のために、死ぬまで戦うということを。
あたしは、心底誇りに思っている。
だから、誉れ高き大義のために死ぬのなら……それは、あたしには名誉なこと。
ソーナ
……なーんて、カッコよく言えたらよかったんだけど……これってどういう状況なの?
燭騎士
まずは必要なことからお伝えしましょう。――ロイは、まだこの近くにいます。彼はきっと私のアーツに気付くでしょうから、あまり長居はできません。
お仲間に、早く逃げるようにとお伝えください。必要であれば、私が陰からお助けいたします。
ソーナ
了解。――聞こえる? カイちゃん、あたしは無事よ。
向こうには悟られないように、隙を見て上手く逃げてちょうだい。ああ、それからさっき庇った時に、チップをあなたのポケットへ入れておいたから、あとで確認してね。
返事はしなくていいから、またあとで会いましょ!
ソーナ
……それで、あなたがあたしを受け止めてくれたのよね? 一体どうやったの?
燭騎士
アーツは、多種多様な応用が利きますので……懸命に学び、研鑽を積んだリターニア人であれば、生来のアーツの性質を問わず、基礎的なアーツは大抵扱えるものなのです。
ソーナ
そう。……ねえ、あなた、燭騎士よね?
あなたみたいな大騎士が、どうしてあたしを助けてくれたの? あたしは……感染者なのに。
燭騎士
あなたに会いたがっている方がいらっしゃるものですから。
ソーナ
会いたがってる人……? それって?
燭騎士
生憎ですが、まだお伝えできません。
ソーナ
えーっと……あたしたちが何をしてたかは知ってるのよね? 都市全体を麻痺させて、連合会を襲撃してきたところだから……あんまり悠長にお散歩なんてできないんだけど。
燭騎士
……信用していただけないのも、仕方のないことだとは思います。
ソーナ
違う違う、信用はしてるわよ。
人の考えてることなんて、目を見ればわかるものだから。
ソーナ
もちろん、あたしのこれが100パーセント正確だとは言い切れないけど、今は緊急事態だし、ね?
企業職員
はぁ……どうしてこんな目に遭ってるんだか。道は塞がってるし、タクシーも捕まらないし、これじゃ今夜も帰れそうにないや……
あのクソリーダーめ。な~にが「昨日のうちに報告書を完成させられないとは何事だ」だよ……頭おかしいのか? あんなん終わるわけないだろ……
企業職員
う、うわあああっ!? ななな、なんだ!? 何が――
モニーク
邪魔。退かないと、あんたも一緒に射抜くわよ。
企業職員
ひっ――! や、やめてください、すぐに退きますから――
トーランド
おーっと、動くなよ兄ちゃん。お前さんも、大事な頭とお別れしたかないだろう?
企業職員
で、でも、彼女が退けって――
トーランド
ほう? 口を開けば殺すとか言う奴を信じるのかい?
企業職員
えっ――
モニーク
トーランド。一般人の後ろに隠れるなんて、みっともないと思わないの?
企業職員
ひぃいっ――!
トーランド
なるほど、一理ある。そんじゃあ、今から三つ数えようか。
企業職員
お、おおお願いしますっ、放して……見逃してください……!
トーランド
一。
企業職員
い、いやだっ――
トーランド
二。
モニーク
……
トーランド
三っ!
企業職員
あああ、あいつら、二人とも完全にイカレてやがるっ――!
っていうか、これってどこに繋がる道なんだ!? ――待てよ、あれは――
あのっ、そちらの騎士さん……いや、騎士様!
突然すみません! 私、ローズ新聞の者なのですが……助けてくれませんか!? あっ、我々のことはご存じですかね? や、とにかく編集部にあなたを推薦しておくので、向こうの犯罪者二人を――
追魔騎士
……
企業職員
――ひ、ひぃっ――!
追魔騎士
……
トーランド
――おいおいおい、遠慮なく撃ちやがって。どんだけ矢を持ってんだよ。
モニーク
チッ……何分も獲物に追いつけないままだなんて、初めてだわ……やるじゃないの、トーランド・キャッシュ。
あんた、何が目的なの? 私の邪魔でもしたいわけ?
トーランド
はっはは……そう言うお前の目的は、俺と遊ぶことだったりすんのかい?
モニーク
は? さっき自分で言ってたでしょ。あんたの首には手間掛けるだけの価値があるの。私たちにはいつだってお金が必要だしね。
トーランド
ほ~う? 家に病気の弟でもいんのか? あー、それか年食った父親を養ってるとか?
モニーク
……この仕事は、あんたには想像もつかないような富をもたらしてくれるのよ、バウンティハンターさん。
それに、私たちは――あんたらより、そして騎士たちより、さらに言えばどんなカジミエーシュ人よりも、この社会のルールってものをよく知ってるの。
だから、近道を選ぶことにしたわけ。今夜の狩りが終われば、私たちは新たな一歩を踏み出すことができる。
モニーク
それなのに、もう一人、状況を引っかき回しにきたバカがいるみたいね。
トーランド
……
追魔騎士
……この陰鬱なる都市においても……未だ、斯様な夜空を目にすることが適うとは。
これぞ、私の知る夜だ。人が造り出したこの業深き鉄の巨体を座礁させ……都市の血を抜き、枯れさせるとは。よくぞ為した、名も知らぬ反逆者よ!
トーランド
……こいつは随分変わった騎士が来たもんだ。なあお前さん、私闘なんて金になんねぇぜ?
モニーク
まったく、とんだ茶番ね。
マーガレット
皆、無事か!
マリア
あっ、お姉ちゃん! 実は、ちょうど予備のバッテリーを見つけたところで……ん~ライトはもういいかな。あんまり持たなそうだし……
ゾフィア
……全員大丈夫そうよ。フォーとコーヴァルは外の状況を見に行ってるけど、すぐに戻ってくるわ。
ムリナールのほうはどう?
マリア
叔父さんだったら、家にいるよ。久しぶりに仕事から解放されたことだし、しばらくは一人でいたいって……
そういえば、シャイニングさんとナイチンゲールさんは?
マーガレット
二人は、ドクターが無冑盟の標的になるのではないかと心配していてな。感染者収容センターに戻っていった。
マリア
……
マーガレット
大丈夫、彼女たちは本当に信頼の置ける人たちだ。
マリア
あっ、ううん。そうじゃなくて……私、まだお姉ちゃんのことを何も知らないのかも、って思っただけ……
マーガレット
……すまない。私が、彼らをお前たちから遠ざけてしまっているからな……だが、私個人のことにドクターや皆を巻き込むわけにはいかないんだ。
マーガレット
だが、いずれ彼らと出会い、互いを知ることになる日がくるかもしれない。マリア、お前にもいつかあの船に乗る日がくるかもしれない。
マーガレット
――理想を抱く者の輝きはあらゆる人を導くものだ。そして、その信念や進むべき道がそれぞれ異なっていたとしても、彼らの意志を揺るがすものなど何一つありはしない。
マリア
……まるで……
マーガレット
そう。まるで、騎士小説で描かれる騎士のようにな。
老騎士
今戻ったぞ!
老職人
マジでそこら中が真っ暗だったぜ……隣の店で売ってた懐中電灯、今頃在庫切れになってんだろなあ……
禿頭マーティン
マーガレット。来ていたのか。
老騎士
しかし、外は今混乱しておるしのう……しばしここで、電力の回復を待つことにしてはどうじゃ?
老職人
ん? 待てよ、そういや、本当は今日も試合があったはずだよな?
マーガレット
ああ。本来なら今日は、八強の一人目が決まる日だった。
ゾフィア
……もしかして、血騎士の動きを追ってたの?
マーガレット
少しだけな。……彼は今シーズン、予選からメジャーまで無敗の王者であり、そしてそれ以上に……
感染者の英雄でもあるのだから。
ソーナ
……これってどこへ向かってるの? 文句を言ってるわけじゃないんだけど、あたし本当に時間がなくって……
燭騎士
到着しました。こちらです。
ソーナ
……チャンピオンウォールの、展示ホール……?
燭騎士
これは秘密の面会ですので、どうかお静かに。
ソーナ
あたしに会いたがってる人って、どこかの騎士なのかしら?
燭騎士
騎士、ですか……ええ。確かに、あの方は尊敬すべき騎士です。
ソーナ
……
燭騎士
ふふっ。そう緊張なさらず。……少し年配の、女性の方ですよ。
さあ、どうぞお入りください。
ソーナ
……あなたは入らないの?
燭騎士
あの方は、カジミエーシュでも数少ない、私が少々恐れを抱く方々の一人なのですよ。
ソーナ
わ~お……まさか燭剣を手にした燭騎士にも、怖い人なんているものなのね。あたし、そんな人の前に出て本当に大丈夫なのかしら?
燭騎士
……ええ。私とは、状況が違いますしね。
燭騎士
何しろあの方は名義上、私の養母のようなものですので。
ソーナ
(連合会と同じ、緊急用の予備電源を使っているのね……大分断での停電の影響は、あまり受けてないみたい……)
ソーナ
(騎士と……連合会、か……)
(……この暗い夜の中でも、変わらず輝いているのね。)
……
明かりがちらついた。
闇の中の光が、ソーナの思考を遮る。
――騎士と資本は、どちらもこの深い夜の色を避けた。
ならば――今宵、夜の深さに溺れ死ぬのは誰なのだろうか?
ラッセル
……焔尾騎士、ソーナ。
こちらへ来て、あなたの顔をよく見せてちょうだい。
ソーナ
――!
あ、あなたは……!!
ラッセル
あら、そんなに固くならないで? 今日は公務で会いに来たわけではないのよ。
……感染者騎士と監査会の一部の騎士との間で、取引をしたと聞いているわ。
ソーナ、相手はデミアンでしょう? 騎士協会の一員であり、監査会のメンバーの。
ソーナ
……
ラッセル
感染者は、大騎士領で生きていくために、彼の協力のもと今回の計画を実行することに同意したのでしょう。
監査会は……四都大分断が再び起こることを黙認した。
ラッセル
……ソーナ。この壁に掛けられた、騎士の姿をご覧なさい。彼らは本来、真の英雄となるべき存在であって、このような在り方で人々の注目を集めるべきではないと、私は思っているの。
あなたも、悲しいとは思わない?
ソーナ
……悲しいです。
ソーナ
あたしは、感染者が今も公平な扱いを受けられないという事実や、享楽と欲望にふける人々に悲しみを感じます。
そして……もがき苦しみながらも必死で生きようとしている、すべてのカジミエーシュ人の境遇にも……悲しみを覚えます。
ラッセル
……素敵な演説だわ、子リスちゃん。
ソーナ
監査会はあたしたちに普通の生活を送らせてくれるんでしょうか?
ラッセル
そうね……手続きの類いや、公文書の準備、国民議会での法的文書の承認まで、監査会はもちろん手配をしてあげるわ。デミアンが約束した通りにね。
けれど、あなたの体にある源石結晶までは、どうにもしてあげられないでしょう。
ソーナ
……
ラッセル
レッドパイン騎士団。私は、あなたたちを評価しているわ。だけれどね、あなたたちが克服しなければならないものは、より曖昧な問題なのよ。
今後のことは、デミアンが対応してくれるわ。少し浅はかなところがあるけれど、彼を信じてちょうだい。デミアンには、考えがあるの。
ソーナ
……わかりました。
ラッセル
……さてと。私の騎士団もじきに到着する頃だから、あなたは自分の仲間たちと合流してあげなさい。
それから、ヴィヴィアナに伝えておいてもらえるかしら。時間があるときで良いから、たまには食事に付き合ってちょうだい、とね。
ソーナ
……
ソーナ
…………マダム。――騎士とは、なんなのでしょうか?
ラッセル
その問いには、一人一人が違う答えを持つものよ。
あなたには、私の答えなんて必要ないでしょう。我々のような老人は皆、もう長すぎる道のりを、歩いちゃったのよ。
ラッセル
さあ、お行きなさい。
あなたのその目で――カジミエーシュに昇る朝日が、未だ燃え上がるほどに熱いものかを確かめるのよ。
ロイ
……あ~あ、見失っちまったよ。
ロイ
こうなると、あとでもう一度包囲討伐の指示を出したほうが効率的かもしんねーなあ……
――俺だ。どうかしたのか?
ロイ
……なっ……それで、数は?
追魔騎士
……優れた剣技を見せるものだ。
トーランド
やれやれ。これ以上、お前さんに構ってる暇はないんだがな、騎士の兄ちゃんよ。
モニーク
……ほんとにイカレた奴ね……
モニーク
トーランドを仕留めたら、すぐに撤退するとしましょう。
モニーク
……何? 今「ギルドリーダー」とナイツモラの二人とかくれんぼしてるんだけど。用があるならあとにして。
モニーク
……!
モニーク
そういうことなら……すぐに向かうわ。
モニーク
――今日のゲームはここでお終い。タイムアップよ、トーランド。
トーランド
おっと、逃げるのか?
モニーク
そんなわけないでしょ。
それからナイツモラ、あんたとの遊びもここまでだから。
トーランド
――! お前さん、ナイツモラなのか!?
追魔騎士
……
モニーク
いいわね? 勝負はひとまずお預けよ。
っていうかあんた、そもそも……同胞と試練を探すために、カヴァレリエルキへ来たはずでしょ?
追魔騎士
栄誉ある伝統を軽視した物言いは止めよ、カジミエーシュ人。貴様にそのような資格はない。
モニーク
そういうのじゃなくて、あんたに忠告してあげてるだけよ。
無駄なことに労力を費やすのはやめなさい、ってね。
トーランド
こいつは真っ当なご指摘だな。
追魔騎士
……くだらぬことを……
モニーク
……フン。二度と会わずに済むことを祈っておくわ、おバカさん。
企業職員
交通機関はまだ復旧しないのか? 場所によっては、とっくに電気が通ってるって聞いてるが……
カジミエーシュ騎士
ここまで大きな損失が出た以上、騎士協会は俺たちに補償するのが道理ってもんだろう!
観光客
そーだそーだ! 政府からも、旅行への手当を出してもらわないとなあ!
企業職員
はぁ……冷蔵庫に入れた肉、傷んでないといいけど……
モニーク
……で、本当なの?
ロイ
そりゃあな。まったく困ったもんだよ。
――あいつらの内の誰だって、相手が一人だったら俺たちなら単騎で片付けられるだろうが……
二人となると、こっちも協力しなきゃならん。
三人出てこられちまったら、これまでにないほど厳しい戦いになるだろうな。
ついでに、三人超えた辺りから……相手は一つの作戦部隊も同然になる。あれを相手するとなると、無冑盟は許容できないレベルの打撃を喰らうことになるだろう。
そんで、連中が両手指の数を超えてくるようだったら、無冑盟の全員を呼び出したとしても、狩られるだけの烏合の衆だ。
モニーク
そのくらい知ってるわよ。私も、見たことはあるもの。あんたに説明してもらうまでもないわ。
それで、見張りは何人見たって?
ロイ
四十そこらだとよ。
モニーク
ふざけた数ね……この肝心な時に。
ロイ
……本当にな。……ああ、理事会には知らせてあるぜ。
にしても、あの連中、四都連合を占領しにでもきたのかねえ。
代弁者マッキー
……そんな馬鹿な!
あり得ないことだ、そのはずだろう……軍事顧問は!? 征戦騎士の監視担当はどうしたんだ!?
……以前監査会が動員していたあの征戦騎士たち……奴らは、前回の報告の時点でどこにいた?
……573キロ先、だと……?
代弁者マッキー
普通の征戦騎士小隊の行軍速度では動員は不可能だ。……これは、あまりにも早すぎる……
まさか監査会は連合会に隠れて、部隊をもう一つ動かしていたのか……? いや、それこそあり得ないだろう……
代弁者マッキー
……待てよ。
……シルバーランスが急行軍した際の……最速記録であれば、あるいは……?
代弁者マッキー
だが、奴らであるはずが……そうか、部隊識別番号や信号コードを偽装して……? だとしたら、鎧や長槍すらも偽装していたということか?
カジミエーシュ騎士
ん……? なんか、明るくなったような……
企業職員
見ろ、あっちだ! 道の向こうに光が見える! きっと電気が復旧したんだ!
観光客
でも、それにしちゃあ……照明は消えたままだし……
これは、電気っつーか……月の光、みたいじゃないか……?
――月光。
電灯の普及によって、現代人は月光がどんなものか少しずつ忘れかけていた。
しかし、このとき真実、原始の夜闇に包まれていた都市は――
――気が付けば、銀の光に照らされていた。
周りの通行人
……………………あ、あれって……騎士、なのか?
カジミエーシュ騎士
せ、征戦騎士……!? どうしてここに!?
騎士が群衆の間を往く。
騎士の街と謳われる、この都市を往く。
都市は、この騎士たちを認めていない。
騎士が、この都市を認めないのと同じように。
彼らは――はるか遠くの国境にある、要塞からやってきたのだ。
その身体は、はっきりと土の香りに染まっていた。
そこには――その土には、血肉や骨、そして戦場に埋葬された無数の英傑たちが混じっているのであろう。
ロイ
……無冑盟構成員、全員に通知しろ。手元の仕事がなんだろうと一旦ストップだ、ってな。
トラブルを起こしたくなけりゃ、絶対バカな真似すんじゃねーぞ。
モニーク
……!
ロイ
モニーク、どうした?
モニーク
あそこにいるのって……
ムリナール
……
トーランド
……どうだ、懐かしくねえかい?
ムリナール
いいや。
トーランド
……そうか? 俺は懐かしいけどな。
この大地はそこまで悪かねえ場所だって勘違いしてた、気力旺盛なあの頃がさ。
ムリナール
……
トーランド
なあ。本当に何も考えてねえのなら、お前はそもそも、ここに来やしなかったはずだろう?
トーランド
見ろよ、ムリナール。この街は眠ってる。こんなことは誰も考えもしなかった。
だがここにいる以上、お前には何か考えがあるんだろう?
企業職員
ご報告します! 通信回線が一部復旧しました!
代弁者マッキー
――国民議会の副審官に繋いでくれ。
企業職員
わかりました。
代弁者マッキー
……もしもし。副審官様ですか?
お伝えしたいことは、既におわかりかと思いますが……征戦騎士たちが許可なく大騎士領に入ってきた件、あれは第二法に抵触する行いです――
電話の声
――国民議会前副審官のデューク氏は、収賄、違法取引への関与、殺人及び汚職等、多数の容疑をかけられており、法に則って既に拘留されています。
代弁者マッキー
……!
電話の声
一つ一つの言葉を冷静にお選びください、代弁者様。
大騎士領は大規模停電による緊急事態にあり、監査会はこうした非常時において、都市に軍を派遣する権限を持っています。
本件について、何かご質問はございますか?
代弁者マッキー
……ございません。失礼いたしました。
代弁者マルキェヴィッチ
……マッキー様。
代弁者マッキー
……ああ。
代弁者マルキェヴィッチ
通信はほとんど回復しましたよ。
見てください、彼らの忙しそうな様子を。あなたは、電話というのは何だとお思いになりますか?
代弁者マッキー
……? 当然、通信機器だと思っているが……
代弁者マルキェヴィッチ
私の考えでは、電話は現代社会を紡いだ錘であり、それを耕す鋤であり、この社会を作り上げるに用いた水路です。
つまり偉大さの象徴なのです、マッキー様。
代弁者マッキー
……
マッキーは何も言わなかった。
彼はふと、マルキェヴィッチからあるものを感じ取っていた。
つい数ヶ月ほど前事業に失敗し、何かを成し遂げることもなく、ただ唯々諾々と周りに従っていたこの人物には、ある種の気配があった。
マッキーは、これまでに多くの人からこれと同じものを感じ取ったことがある。
しかし、彼らのほとんどは、変化と賭けの連続の中でいつの間にか倒れた。そして、ごく少数の生き残った者たちはみな――
――このカジミエーシュの社会に取り込まれて、時代を動かす器官となった。