道は続く

燭騎士
今のままでは、私は落ち着いて本を読むことすらままならない状態なのですよ……
――マーガレット。
マーガレット
……ヴィヴィアナ。それは、一体いつ頃からなんだ?
燭騎士
わかりません。
しいて言うなら、きちんとした覚悟も持たずメジャーに足を踏み入れた、あの瞬間から……でしょうか。
マーガレット
だが、あなたはここに留まることもできるはずだろう。
燭騎士
確かに、それも考えはしました。何しろこの大騎士領には、あなたのような騎士がいらっしゃるのですしね。
燭騎士
……けれど、これが私の選択ですから。
マーガレット
選択……?
燭騎士
実は、あなたと血騎士が歩んだあの滅茶苦茶な冒険のために、剣を抜こうと決心した時……私は、本当にわくわくしたのです。
マーガレット
……
燭騎士
そう黙られると、なんだか恥ずかしいのですが……
ともかく、あれは貴重な体験でした。人のため、ある信念のため、正しいとは思えぬ物事へ立ち向かうために戦ったのですから。
……思えば、リターニアを離れてから……私はいまだ、本当の意味で「騎士として」生きたことがないのかもしれません。
マーガレット
……本当に、留まる気はないのか? あなたが行ってしまえば、彼らの思うつぼだろう。
燭騎士
では、言い方を変えましょう。――マーガレットさん、私を引き止めないでください。そして、私の帰還を祈っていてください。
燭騎士
私は必ず戻ってきます。ですから、どうか今ばかりはノヴァ騎士団の「手回し」通り……しばらく、遠くの都市に行かせてください。
燭騎士
たまには、冒険してみるのも悪くありませんしね。
マーガレット
ならば、あなたの仲間の騎士たちはどうした? 別れを告げなくてもいいのか?
燭騎士
私の数少ないお仲間なら、もう目の前に揃っていますよ。
マーガレット
……そうか。それは大変光栄なことだ。
マーガレット
であれば、せめて見送りだけでもさせてもらおう。
燭騎士
ええ、ぜひとも。二度もチャンピオンとなったあなたにお見送りいただけるなんて、こちらこそ光栄の至りです。
と、そういえば。荷造りの際に、入れ忘れた本があったのですが……いい機会ですし、あなたにプレゼントさせてください。
マーガレット
これは……詩集か?
燭騎士
はい。『双月とカレンデュラ』という本です。
マーガレット
ふむ。リターニアの詩歌には明るくないのだが……
燭騎士
詩歌の中に存在する文字という符号と隠喩の持つ魅力というのは、特定の論理的な答えへの到達を、強要してこないことにあるのですよ。
――まるで、耀騎士とその行いのように。
燭騎士
……迎えの車が来たようです。向こうのほうに……見えますか?
マーガレット
ああ。
燭騎士
次にお目にかかるときには、この大騎士領は変化しているのでしょうか。
マーガレット
……知っての通り、この国はそう簡単には変わらない。
マーガレット
だがせめて、「騎士」というものが、その名にふさわしい存在となれるようにはしておきたいものだな。
燭騎士
そうですか。ならばその言葉、忘れずに覚えておきましょう、マーガレットさん。
迎えの騎士
燭騎士様、お待たせいたしました。どうぞご乗車ください。
迎えの騎士
っと……おや? 耀騎士様までいらしたのですね。
マーガレット
ああ。
燭騎士
それで、すぐに発たねばなりませんか?
迎えの騎士
はい、そうなりますね……最後にあなたをお乗せしたら、出発する予定ですので。天災トランスポーターも手配してあることですし……
燭騎士
……わかりました。行き先が美しい都市であればいいのですが……
燭騎士
――それでは。また、お会いしましょうマーガレット。
マーガレット
……そうだな。また会おう、ヴィヴィアナ。
マーガレット
……
もう行ったぞ。出てきたらどうだ?
代弁者マッキー
……
マーガレット
あなたは、確か……
代弁者マッキー
マッキーと申します。商業連合会の代弁者をしております。……とはいえ、メジャーは終わりましたので、その務めもじきに終えることになりますがね。
マーガレット
勇気を出しておくべきだったかもしれないな。
代弁者マッキー
……私は、ただ……これまでずっと、ドロステさんとノヴァ騎士団に関する業務を担当してきたものですから。
代弁者マッキー
最後の義務を果たしに来ただけですよ。……残念ながら、間に合わなかったようですが。
マーガレット
……そうか。
代弁者マッキー
――ドロステさんが、このような目に遭ったことと、あなたとの間には、切っても切れない関係性があると思っています。
耀騎士閣下。あなたのメジャーでの行いを鑑みると、我々は今や敵同士だと言うほかありますまい。
マーガレット
「敵」というのは不適切な表現だな、代弁者殿。
マーガレット
我々は、それぞれ己の信念を貫き、自らの理想と正義のために戦っているにすぎない。
ただし、これは……連合会がまだ理想を持った組織であり、他人を踏みつぶしてまで私腹を肥やすつもりがなければ、の話だがな。
代弁者マッキー
……あなたがそこまで弁の立つ方だったとは。
マーガレット
事実に即して物を言ったまでだ。
代弁者マッキー
……いいでしょう。
代弁者マッキー
これが、燭騎士の向かわれた都市の住所です。あの場所は、良いところですよ。
代弁者マッキー
時間がある時に、手紙でも書いて差し上げてください。……あの人は……あなたが思うほど、強くはないかもしれませんから。
燭騎士
……「木漏れ日と職人の都」、ですか。
迎えの騎士
はい、そうです。そういえば、燭騎士様はなぜ、オグニスコへ赴かれるのですか?
燭騎士
なぜ……ですか。
燭騎士
詩を書くためかもしれません。この都市の愛称には、とても詩的な趣がありますから。……あなたも、そうは思いませんか?
迎えの騎士
あははは……私は学のない人間ですから、なんとも。あなたに対して訳知り顔で適当な返事なんてできませんしね。
燭騎士
まあ、ご謙遜を。
迎えの騎士
ところで……楽しみですか? これからの生活は。
燭騎士
……ええ。
燭騎士
もしかしたら、素敵な詩ができるかもしれませんね。
追魔騎士
……
……何用だ、ペガサス。
ラッセル
――きっと、現代の騎士たちは覚えていないでしょうし、歴史書にも書かれてはいないことだけれど……
いわゆる「天路」という儀式の、正式な名称は――
(古代語)「天への路」。
追魔騎士
……貴様は……何を知っている?
ラッセル
……成人を迎えるナイツモラの戦士は、家族や指導者が見守る中、自ら定めた試練の地へと向かうもの。
その際、古代の一族の伝統としては、「自ら定める」という部分こそが、何よりの試練だと見なしていたのよ。自信や傲慢さ、慎重さや臆病さ……すべてがそこに反映されうるものだから。
ラッセル
ナイツモラであればどの一族でも、こうした伝統を持っているというわけではないの。古書の中に見いだせる歴史の中でも、この儀式に関する記載はごく僅かしかないほどよ。
けれど、かつてのナイツモラには――たった一人だけ、特例が存在した。その人物だけが、生涯をかけて己の天路を歩み切り、成した偉業でもって歴史に名を刻んだのよ。
追魔騎士
……
ラッセル
トゥーラ。あなたのお祖父さんは死んだのだと、我々はそう思っていたわ。だけど、彼は生き延びていただけでなく、ナイツモラの血を残してもいたようね。
追魔騎士
……ペガサスッ……!
貴様――!
ラッセル
……あなたが、はるか遠くの生まれ故郷を出て大騎士領へと至り、耐え忍んだ末、騎士になって――競技場で戦い抜いてきたのは、その怒りをまき散らすためではないでしょう?
追魔騎士
――屈辱だ! この私が、刃を向けることすらできぬとは……っ!
貴様、一体何者だ!?
ラッセル
ただの老いた征戦騎士よ。だから、矛を収めてちょうだい。
ラッセル
――話を続けましょうか。彼は、死してようやく天路を終えた人だけれど、その路の始まりは、今のウルサスの東側にあったの。昔あの場所は豊かな草原だったのよ。
追魔騎士
……
ラッセル
彼はその時、広大な草原の中心に立って大地を見渡しながら、一族と兄弟姉妹に誓いを立てた――
そうして、彼の天路はヒッポグリフとペガサスの国にまたがって続いていったの。ガリア皇帝の堅固な要塞を打ち砕き、リターニアの千の塔の妨害を引き裂いて……
命尽きるまでの最後の十年、彼は確かに、己の定めた通り天路を踏破した。ハガンはこの大地のすべてに鞭を打ち、旧い時代を焼き尽くした後、文明の境界線へと狙いを定めていたのよ。
――トゥーラ。あなたは、そうした偉大な功績を打ち立てた祖先の血を、ハガンの系譜を受け継いでいる。……あのハガンの末裔が、今もここに息づいているというのは、驚くべきことだわ。
追魔騎士
ハッ! ケシクらの持つ最も偉大なる功績は、ペガサスのような時代遅れの神民を支配者の座から引きずり下ろしたことにこそあるのだ!
――されど見よ! この現代を!
ラッセル
……
追魔騎士
ペガサスは未だ高き地位に在り、なれどくだらぬ道化師どもが騎士の時代を破壊する様を黙して見過ごすばかりではないか!
貴様自身の有様も、どこが騎士と云えようか!? その腰にある華奢な儀礼刀で、何が防げると云うのだ!
ラッセル
カジミエーシュには、私が剣を抜くべき相手など存在しないもの。
追魔騎士
――笑わせるな!
ラッセル
それに私たちは、理由もなく傍観しているわけではないのよ。
もはやどうにもならないと、理解しているだけなの。
追魔騎士
……チッ……
闘志無き老兵などに興味はない……そこを退け。
ラッセル
その前に、聞かせてちょうだい。あなたが求める試練の地はどこにあるのかしら?
追魔騎士
答える義理などありはせぬ。
ラッセル
そうは言っても……あなたには既に、忠誠を尽くすべき指導者も、あなたの帰りを出迎えてくれる家族もいない。
となれば、戻ってくる気はないのでしょう?
追魔騎士
……
ラッセル
フォーゲルヴァイデから、すべて聞いているわ。
あなたの試合は見ていたわ。このまま行かせてしまうには、あまりに惜しい人材だと思うのよ。
追魔騎士
何……?
ラッセル
旅を終えたあと、カジミエーシュに戻って来てくれるのなら……あなたは一人の騎士として、戦場へ赴く栄誉を得ることができるわ。
数少ないナイツモラの中でも、あなたはハガンの血を引く得難い逸材……
ラッセル
世代を経て、その血は薄まっているとはいえ、あなたは優秀な戦士になることでしょう。ならば、誉れある戦いの機会を与えられて然るべきだわ。
追魔騎士
……なんと傲慢な。
これまで目にしたカジミエーシュのどの騎士よりも、貴様は驕りに満ちている。
貴様のために――そしてこの不愉快な国家のために戦うことが、真の栄誉になり得るとでも云うのか?
ラッセル
単に、有望な若者が自滅の一途を辿るのを見ていられないだけよ。
追魔騎士
ハッ。我が決断に、貴様の口出しなど無用だ!
退け、我が眼前より消えるがいい! 私はこの都市を発つ。天路の果ては未だ遠く、歩みは長きものゆえに!
血騎士
……
村人
どわっ!? ンッ!? な、なななな……!?
どっかで見たと思ったら……あんた、騎士様ですかい? どうしてこんな村に……!? 村長からは、近々大騎士がお見えになるなんて話は聞いてねえんですが……
血騎士
……先日、この辺りの畑を買い取ったものでな。
村人
ああ~! ジャックの土地を買い取った騎士様ってのは、あんたのことだったんですか! いやはや、お目にかかれて光栄ですわい。
あのーう、私の勘違いなら申し訳ないんですがね、全身真っ赤なその鎧、それに逞しい体つき……あんたはまさか、あの騎士様では……?
血騎士
いや……今の俺は、騎士ではないんだ。
村人
そんなら、お伺いしますが……もしかして、あんたはあの……
血騎士ディカイオポリス様、じゃねえですかい?
血騎士
そうだな。以前はそう呼ばれていた。
村人
おお!! ――なんと、まあ。本当に、血騎士!?
――私らは皆あんたのファンなんです! なんだって急に引退なんか――そうだ、耀騎士との試合――って、いかん! それよかあんたは着いたばかりだし、何か足りないものがあれば遠慮なく――
いやいや、私は何を言っているんだ。失礼失礼。あんたはチャンピオンなんですし、私らなんぞよりずっと裕福でしょうになあ……ささ、ひとまずこちらへどうぞ。村を案内しますでな。
血騎士
……あ、ああ……ありがとう。
村人
――ご覧ください。これが、村で一番大きな商店です。実は、前の店主が近頃具合を悪くしましてな。最近、娘に店を譲ったばかりなんですが……
雑貨屋の店主
あら? こちらの騎士さんは……?
村人
おっと、噂をすればだ。ほれ、この方が前に話した、荒れた畑を買い取ったっつう騎士様だよ! な、誰だと思う?
血騎士
いや、俺は――
村人
血騎士だよ! あのチャンピオンの、血騎士ディカイオポリスだ!
周りの通行人
えっ、チャンピオン? うわ、ほんとだ!!
嘘だろ、血騎士がどうしてここに!?
雑貨屋の店主
血、血騎士様!? ご本人、なんですか……?
血騎士
……ああ。
雑貨屋の店主
わ、私……もうだめかも……
雑貨屋の店主
ご、ごめんなさい! 私ったら、思わず興奮しちゃって……!! ええとええと、あの……そうだ! ここの商品に何か欲しいものがあったら、何でも持って行っちゃってください!!
雑貨屋の店主
遠慮なさらずに! 本当に、大丈夫ですので!!
血騎士
……
血騎士
では……作物について、聞きたいことが……
雑貨屋の店主
さ、作物ですか!? 種のことでしたら、普段は村でまとめて仕入れてますけど、ご入用でしたらすぐに手配してきますよ!
血騎士
……俺はただ、この土地でもオリーブの木を育てられるかを、教えてもらえたらと思っただけなんだが。
雑貨屋の店主
オリーブ? そ、それってミノスのほうの植物ですよね? すみません、少し待っていていただけますか? 村長に聞いてみないと……
血騎士
いや、待て。
血騎士
そう急がずとも、今度聞かせてくれたらいいんだ。
雑貨屋の店主
大丈夫ですよ、すぐに聞いてきますから!
血騎士
……
村人
おっと! 申し訳ねえ、お邪魔しちまいましたかな? おーい! みんな、退いとくれ! 騎士様は街から来たばっかしで、まだ十分休めてねえからなあ!
さあさあ、こちらへどうぞ! わしがまた、ご案内しますでな!
血騎士
……待ってくれ。
血騎士
貴様らは、俺を知っているんだろう。……ならば、俺が感染者であることもわかっているはずだ。
村人
えっ? 感染者? ああ~、そうでしたなあ。そういや、あんたは感染者騎士でしたね。
血騎士
……鉱石病が、怖くはないのか?
村人
そりゃあ怖いですよ!
けども、それがなんだってんですかい?
血騎士
……だったら、俺から離れるべきだろう。
村人
ははあ、そういうことでしたか。確かに、あんたは感染者ですもんなあ。いやあすみません、ついつい興奮しちまって……
ですが、あんたにも人手がいりますでしょう?
血騎士
……
村人
ほら、野良仕事ってのはそんな簡単なもんじゃありませんし……さすがのあんたも、農業のご経験はねえでしょうからなあ。
そういや、村には何人か学生さんもいますでな、あとでここいらでもオリーブを育てられるか聞いときますよ。……っと、それと鉱石病ですが、えーっと……
あの病気、街のほうなら治せるもんなんですかね?
血騎士
……いいや、治せない。だから俺は、村から一番離れたあの土地を選んだんだ。用のない限り、無闇に俺の所へは来ないでくれ。危険な目に遭わせかねん。
村人
……そんじゃあ、今のうちにサインをいただいても良いですかな?
血騎士
……ふっ。
貴様、名は何という?
村人
私ですか? わっはは! 言われてみりゃ、自己紹介を忘れてましたな。私は歯医者をやっとりましてね、村のもんにはおじいさん先生と呼ばれとるんです。騎士様もぜひ、そう呼んでくだせえ。
血騎士
……わかった。
困りごとがあれば、世話をかけることになるが……よろしく頼む。
血騎士
とはいえ、ひとまずは……
血騎士
……
村人
騎士様?
血騎士
……ははっ。
まずは、「家に帰る」としよう。ずっと鎧を着ているわけにもいかんだろうし、着替えてくる。貴様は村へ戻っていてくれ。
村人
確かに確かに、仰る通りですな!
では、わしはお先に失礼しますよ、騎士様! また後ほど!
血騎士
……ごほっ。
血騎士
ごほっ! げほっ、ごほっ――
血騎士
……やれやれ……どうやら、本当に今すぐ着替えねばならないようだな……ごほっ……
村人
いやあ~まさか本物の血騎士にお目にかかれる日が来るとはなあ……まったく信じられんよ!
村人
うーん……けどよ、いつ引退なんかしてたんだ? それに、こんな遠くの土地で隠居生活だなんて……人にも言えない事情でもあるんじゃねえか?
村人
おっ? 見ろ見ろ、また誰か来たんじゃねえか? うちの村も、最近はなんだか賑やかになってきたもんだなあ。こりゃ移動都市にみんなで引っ越せる日も、遠くねえってことか? わっはっは!
村人
おーい! そこのお二人さーん! どっから来たんだ~? そっちのほうには道なんかねえぞ~! ほら、こっちこっち!
ロイ
……こりゃあどーも、ご親切に~。
■■年後 ウルサス北部 「文明の境界線」
p.m. 1:43 天気/小雪
ウルサス士官A
……なんだってこんな寒い中、わざわざ巡回なんかしなきゃなんねえんだよ……
ウルサス士官B
文句言うなって……この辺りは村もねえし、遠くのほうにサーミ人の観測所があるだけなんだからよ。……いやまあ、実情としちゃクルビア人の観測所だけどな。
ウルサス士官A
ったく、変な話だよなあ。
ウルサス士官B
そういや、聞いた話だが――昨日サーミの祭祀だか何だかが、慌ててリーダーに会いに来たらしいぜ。
ウルサス士官A
サーミの祭祀ぃ? ああ、雪祭司か。あんな恐ろしい奴が、どうして急に国境を越えてきたってんだ?
ウルサス士官B
俺が知るかよ。俺らみたいな下っ端は、何も知らずにこういう雪景色だけ眺めてりゃいいんだろうさ……は~あ、毎日毎日こうしてると、目が痛くってしょうがねえよなあ。
ウルサス士官A
まったくだ。――ん、待て!
前のほうに……何かあるよな?
ウルサス士官B
これは――角笛か?
ウルサス士官A
捨てられてしばらく経ってるみたいだな……タイヤ跡や足跡は見当たらないが、どうする?
ウルサス士官B
と、とりあえずリーダーに報告しよう。この場所には、どんな物だろうと人工物があるだけで不自然なわけだし。……お前、この角笛がどこで作られた物か、型で判別できそうか?
サーミ人のじゃないとは思うんだよな。ちょっと古いし、相当使い古されてるみたいだけど……
ウルサス士官B
……ん?
ウルサス士官B
今……何か聞こえなかったか?
ウルサス士官A
はあ? 気のせいだろ。
とにかく、部隊に連絡しようぜ。通信は機能してるよな?
ウルサス士官B
ああ。――第七捜索隊、聞こえるか? 一点報告在り。こちらで……角笛を発見した。……ああ、ほかの痕跡は一切無しだ……
……待て、やっぱり何か聞こえるぞ!
――報告! 異常を発見した、十分後にまた連絡する!
ウルサス士官B
おい! 見ろ、向こうのほう……! あの辺りって、森じゃなかったはずだよな……? いつの間に森ができたんだ!?
ぼ、望遠鏡持ってきてくれ!
第七捜索隊の情報によれば、二名のウルサス巡回兵は、極北の辺境で「軍隊」を発見した。
彼らが足跡を辿ってその「軍隊」の捜索に向かった際、戦鼓の音や武器の擦れる音が聞こえたという。しかし実際には、集団らしき痕跡自体は見つけられなかった。
その場に唯一残されていたのは、捨てられた角笛だった。
サーミ人はいかなる行動も取っていないと表明し、クルビアの科学研究観測所も関与を強く否定した。
雪原は静かに輝き、果てしなく広がっている。大雪の中、静かに埋もれゆく一つの足跡だけが、極北の終点へと伸びていき、文明の境界を越えていった。