不滅の童話

???
本当に今日出発するの?
マザーからその杖をもらったばっかりでしょ? お城の中もまだ片づいてないのに、そんなに急ぐ必要あるの?
???
間もなくその時が訪れるんですもの。何があろうと、私は時間通りに約束の品を届ける義務がありますわ。
約束を必ず守ること、信頼を決して裏切らないこと。それが私たちの信念です。忘れてはなりませんわ。
???
そういう意味で言ったんじゃないよ。私はただ、急ぎすぎなんじゃないかって思ってるだけ。
もっと簡単なことから始めればいいじゃない。例えば良い子を選んでお城に招待するとか、子供たちにいい夢を見させてあげるとか。
いきなり十何年も前に訪れた女の子を探しに行くよりマシだと思うけどな。名前しかわからないし、アイリスにはまだ経験が足りないんだよ?
???
確かに私は経験不足ですわ。多くの先輩方のようにはいきません。
けれど困難だからといって約束を放棄した者、先輩方の中には一人もいませんのよ。
???
はぁ……わかったよ。そこまで言うならもう止めない。
はい。これが預かってたもの。ほら、もらっといて。
???
これは、ラジオですか?
???
もう生産されてないモデルだけどね。今でも狭い範囲でならなんとか電波を受信できると思うよ。
???
ほらほら、あまりそんな風に突っつくと壊れてしまいますよ。ここに資料と一緒に入れておきましょう。
???
はいどうぞ、道中に必要なものも用意しておきましたよ。
???
あ……ありがとうございます。
???
私、そんなにおっちょこちょいじゃないもん!
他人に預ける方が心配だよ……途中で壊さないでよね! 私が大切に保管しといたものなんだから。
???
考え過ぎですわ、絶対にありえません。
???
どうなんでしょうね。
???
なんですって……!
???
はいはい、騒ぐのはそれくらいにしておきなさい。あなたの能力は誰も疑ってなどいませんよ、みんな知っていますから。
ですが、初めての外出ですから、みんなが心配するのも当然です。
???
フフンッ。
???
外では安全に気を配ってください。見知らぬ人には十分な警戒を。乗り物は用意しておきました。ある程度走ったら部品のメンテナンスをちゃんとしてください。荒野に入る際はくれぐれも――
はぁ……どうも過保護な物言いになってしまいますね。とにかく、まずは自分の身を守ることを優先してください。
???
ええ、もちろん……わかっておりますわ、ご安心なさって。困難な道のりでしょうが、どうってことありません。
私は必ずやこの約束は果たさなくてはならないのです。私たちはもう随分と長い間、外で活動を行っていませんから。
子供たちは我々を信じて、自分の大切なものを預けてくれました。その信用を裏切ることはできません。私たちは、預けられた物も、信頼も、返さねばならないのです。
時が経ち、子供たちが大きくなって、たとえもう夢や童話を信じる心を失っていても――私が証明いたします。
必ず証明してみせますわ。
童話は永遠に不滅なのだと。
???
……ええ、順調にいくといいですね。
無事に戻って来るのを祈っていますよ、アイリス。
アイリス
(ふぅ、ようやく着きましたわね。)
(当時の記録によると、この辺りでその子を招待したはず――)
(トネール村。子供の名前は……メイベル。よし、これで大丈夫ですわ。)
(でも……ここは村なんですの?)
労働者
おーい、気を付けろよ、お嬢ちゃん。
中には入らない方がいいぞ、靴が汚れちまう。そんなキレイな靴、汚しちまうのはもったいねぇ……俺たちは弁償できねぇからな!
アイリス
……ご忠告ありがとうございます。
労働者
礼にゃあ及ばねぇよ。
しかしアンタ、そのカッコからしていいとこのお嬢ちゃんだろ? 供の者はいねぇのか? 何しにこんなとこに来たんだ?
アイリス
供なんていませんわ。私はある人を探しに来ましたの。
それにここはヴィクトリアでしょう? ヴィクトリア人が自分たちの土地を出歩いて、何か危険があるとでもおっしゃるの?
労働者
ハッ! いいねぇ、よく言ったお嬢ちゃん! 確かに俺たちゃ自分ん家にいるのが一番安全に違いねぇ!
けどよ、やっぱり気を付けた方がいい。アンタはまだ若いし、街も最近はちょっと物騒だからな、用心するに越したことはねぇ。
アイリス
街……?
ふぅん、結構ですわ。街のことは私には関係ありませんもの。
質問には答えましたわ。次はあなたが私の質問に答えてくださる?
労働者
いいぜ、何が聞きたい?
アイリス
私はここに人を探しに来ましたの、でも――
ここは村じゃありませんの? どうして他に人がいないのかしら?
労働者
村?
よく見てみろよ、お嬢ちゃん。これのどこが村に見えるってんだ?
確かに前はこの近くにいくつか村はあったが、今はもうみんな行っちまったよ。お貴族様がここの土地を手にしてな、工場を建てるんだとよ! 今年の春には着工するみてぇだ。
アイリス
工場……
労働者
ほら見ろ、この鉄板。それにあのデカブツ! カッケーだろ、動くんだよあれが、ブイーンってな!
アイリス
カ、カッコイイですわね。
でもどうしてこんな土地に工場なんて……? 移動都市の区画には建てませんの?
労働者
お貴族様が建てたいって言うところに建てるしかねぇんだよ、そんなの俺たちに聞く権利なんてねぇからな。
アイリス
……
では、ここにあった村々がどこへ移動したかをご存知かしら?
労働者
あ? 知らねぇよそんなモン……
どうせそんな遠くには移れねぇだろうよ。この辺りの土地は都市の軌道も近いし、そこそこ住み易いしな。もっと荒地の方になると、本当に行き場のない放浪者しか住まねぇ場所だ。
アイリス
うーん……
わかりましたわ。ありがとうございます。
アイリス
(……まあ想定の範囲内ですわ。)
(もう二十年近く経っているんですもの。その子が当時住んでいた村が移動しててもおかしくないですわ……)
(辺りをしらみ潰しに探すしかないみたいですわね。少なくとも、村とその子の名前は記録に残っているんですもの。それでも見つからなければ、街へ行って調べてみましょう。)
アイリス
(ハッ、この程度の障害で私が諦めるはずがありませんわ!)
アイリス
ちょっとよろしいかしら、ここはトネール村ではなくて?
違う? そう……ありがとう、お邪魔しましたわ。
アイリス
ごきげんよう、こちらにメイベルという名のお子さ……いえ、もう二十代の女性ですわね。その方はこちらにいらっしゃるかしら? どなたかご存じありません?
そう……
どうもありがとう、ほかを当たってみますわ。
アイリス
ちょっといいかしら、ここはトネール村ではなくて……?
アイリス
ちょっといいかしら――
「一つの楽園、そして一つの儚い夢を守るのは、決して容易なことではない。」アイリスは、自分を育てた人の言葉を思い出した。
子供たちの小さな心の中にある夢の国を永遠に壊さない――その誓いを果たすためだけに、彼女たちは力の限りを尽くす。
現実と切り離された色とりどりの夢の国は、やがて人々が口ずさむ童謡の中の一小節に変わった。夢の欠片はあまたの童話へと散りばめられ、この大地で何百年、何千年と語り継がれてきた。
だから、彼女は諦めない。
彼女は諦めてはならない。
童話には、不可能なことなどないのだから。
現実においてそれは、やり遂げようとする人間の、固く強い意志にほかならない。
アイリス
(この道を南へ進み、東に曲がる……この先の森を抜けて……)
(案内板があったわ。うん、道は間違ってなさそうですわね。)
(これで何個目の村かしら? もう移動都市周辺の土地にまで来ていますわ。これ以上先へ行くと、町の中へ入ることになってしまいます……)
(いっそ、外に向かって進もうかしら……)
(……)
アイリス
(まぁいいですわ、ひとまず乗り物のメンテナンスができる場所を探しましょう。)
ん? 誰かの声?
小さな女の子
パパ、私たちもう帰るの?
私の病気はもう治ったの? でもまだ痛いよお……お医者さんには診てもらわないの?
男性
家に帰ろう……病院には行かないよ、帰るんだ。
パパが薬を買ったからね、家に帰って薬を飲めば、ドーラの痛みもなくなるよ。
小さな女の子
ええ~? また苦いお薬飲まなきゃいけないの? ……もう飲むのやだよ! 飲まないもん!
女性
ドーラ、いい子だから聞きなさい。お薬を飲めば病気は治るのよ。だから苦くても飲まなきゃダメ、わかった?
小さな女の子
でもほんとに苦いんだもん……
この前のお薬だっていうあの紙を燃やした灰、飲み込めないの。前の前の注射もすっごく痛かった……ママ、私もう治療しなくてもいい? 注射も、あんなお薬もいや!
お外で遊びたい。学校の友達に会いたいよ。この前ベリーがまた、いつになったら遊べるのか聞いてきたの。一緒に遊びたいよ……
女性
……
(すすり泣く)
小さな女の子
ママ、泣いてるの……?
ママ泣かないで! わ……私ちゃんとお薬飲むから! お外なんか行かない! もうそんなこと言わないから!
私ちゃんとパパとママの言うこと聞くよ。いい子にだってする。だからママ、泣かないで……
女性
ドーラ……いい子ねドーラ、どうしてこの子が……どうしてこの子ばかりがこんな目に!?
男性
ドーラ、可哀想に……はぁ……
アイリス
(病気の子供……)
……
外勤オペレーター
今回の任務は終了だ、ハンコを押してくれ。
南の方に行ったついでに、ベリーのために果物を買って来た。前にあの子が食べたいって騒いでたのはこれだよな?
ロドス事務員
そんなに気を使わなくてもよかったのに……
ああ、これです。ありがとうございます……でもあんまりあの子を甘やかさないでください。甘い物ばかり食べて、虫歯になっちゃいますよ!
それでなくても一日中遊んでばかりなんですよ。今朝なんか「ゆうべ妖精さんがお城に招待してくれた」とか、またいつまでも子供みたいなこと言って。寝る前にお話を読みすぎたんでしょうかね?
外勤オペレーター
あの子はまだ小さいからな。
ロドス事務員
そんなことないですよ、もうすぐで学校に通い始めるんですから。ええと……任務は問題ないですね、ハンコはこの上に押しますよ?
外勤オペレーター
ああ。
ロドス事務員
はい完了しました。これ、お返ししますね。
今回は戻りが早かったですね。街の様子はどうでした?
外勤オペレーター
思ってたよりはだいぶマシだった。カフェなんかでは、政治についての話ばっかりだが、それだけだ。活動は最近落ち着いてるみたいだな。
ロドス事務員
あの文化人たちを除いて、普通の市民じゃ政治に関心なんてありませんからね。
外勤オペレーター
だが一昨日、ある労働者連中が「賃金が低すぎる」っていう理由で街で騒ぎを起こしたんだ。幸い怪我人は出なかったが。
ロドス事務員
聞いた感じ大した問題ではなさそうですね。
外勤オペレーター
多分な。
……ん?
外勤オペレーター
あの女の子は? 地元の子じゃないな……
ロドス事務員
どこですか? あぁ、あの子……鋭いですね。あのお嬢さんは昨日突然この村にやってきたんです。
誰かを探してるみたいですよ。最初にこの村の名前を聞いてきて、それが探してた村だったらしく、それから一軒一軒聞いて回ってる様子です。
名前だけで人探しなんて、大変ですよね。
ここまでいったいどれだけ探し回ってきたことか。乗り物も外装がかすり傷だらけで、今はまだイースンのじいさんのところで修理を待ってるんですよ。
大した根性ですよ。
みんなも感心したのか手伝ってやってるみたいです。ベリーなんて今日は一日中走り回ってますよ。ほかにも何人かの子供が一緒に家から家へとノックして、とても熱心に聞き回ってます。
外勤オペレーター
……
こっちに来るぞ。
アイリス
ちょっとよろしいかしら。
ベリーは戻ってきました?
ロドス事務員
まだだよ、どこまで行ったのやら。
そっちはどう? 探してる人はまだ見つからない?
アイリス
見つかりませんわ。
外勤オペレーター
誰を探してるんだ?
アイリス
……どちら様かしら?
おかしな格好で、マスクまでして、怪しい方ですわね!
外勤オペレーター
……
ロドス事務員
ハハハハハッ!
外勤オペレーター
おい。
ロドス事務員
フフッ……すいません。でもこの子の言う通りですよ。あなたに初めて会った時は、私もそう思いましたからね!
外勤オペレーター
……そんなに怪しいか?
アイリス
私は正直に申し上げただけですわ!
ロドス事務員
お嬢さん、そんなに眉間にしわを寄せなくてもいい。人探しなら、この人に聞いてみなよ。見た目は確かに怪しいけど、結構頼りになるから。
アイリス
本当ですの? んー……
外勤オペレーター
……
アイリス
……
外勤オペレーター
……
ロドス事務員
二人ともそんなに睨み合って、目が疲れませんか?
外勤オペレーター
大丈夫だ。慣れた。
アイリス
……いいでしょう。張り合うのはやめにいたします。
外勤オペレーター
俺もガキとは張り合わない。
アイリス
(再び睨む)
ロドス事務員
ほら、もういいでしょう!
アイリス
フンッ……
まあ、私が人探しをしていると知っているなら、あなたに伝えても差し支えありませんわね。
メイベル。メイベル・グリムという方を探しています。
外勤オペレーター
なんだって……?
アイリス
二度、同じことを言うのは嫌いですの。
外勤オペレーター
……
アイリス
……
ロドス事務員
あぁ、またにらめっこが始まった……
アイリス
私はそんなに幼稚ではありませんわ!
私……実はその方に会ったことはないんですの。知っているのは、彼女はメイベルという名のフェリーンで、ブラウンの髪に緑の目をしていたという情報だけです。
外勤オペレーター
……
アイリス
今の年齢はおそらく三十手前くらい、手先が器用だったそうです……私が確認したのはそのくらいですわ。
ただ……村の一軒一軒を尋ね歩いても、今のところ全く手がかりがありませんの。
ここは本当にトネール村なんですの? まさか名前を覚え間違えてしまったのかしら……
ロドス事務員
どうだろうねぇ、発音が似ている村はいくつもあるし、お嬢さんも明確な記録を持ってるわけじゃない。それにそんな昔の人を探すとなると……
アイリス
……
ロドス事務員
いや、そ、そんなに落ち込むことはないよ。きっと見つかるって!
たしか、村の近くの森にまだいくつか家があったはずだよ、そこには行ってみた?
そうだ、この人に任務として依頼すれば、きっと一緒に探してくれるよ!
外勤オペレーター
おい待て、ロドスの任務はまず登録しないと――
ロドス事務員
(小声)そんな役人みたいなことを言わないでくださいよ。担当の任務はもう終わってるじゃないですか! で、どうします?
外勤オペレーター
(小声)……わかったよ。
アイリス
二人してコソコソと何を……
アイリス
……どうして私についていらっしゃるの?
外勤オペレーター
手伝いだ。
アイリス
必要ありませんわ!
外勤オペレーター
(肩をすくめる)
ここを進めば村を出る。外れにある家に行くんだろ?
アイリス
ええ。一人で大丈夫です。あなたの手伝いは必要ありませんわ! これは私の仕事ですから。
外勤オペレーター
……こんな子供が仕事?
アイリス
何かおっしゃいまして?
外勤オペレーター
ゴホンッ! いや何でもない。
実を言うとだな、あんたが探してる人は、多分俺が知ってる――
アイリス
――シーッ!
(静かに……声を出さないで!)
アイリス
(何か……聞こえませんこと?)
女性の声
……ダメ! 私は嫌よ!
怖いの!? あなた怖くなったんでしょ!? 罰を受けるのが怖いからって、私たちの大事な娘を引き渡すの!?
そんなことはさせないわ!
ドーラは渡さない。あの人たち、きっとあの子を連れて、隔離エリアに放り込むつもりなのよ。あんなに幼い子だし、あそこに入ったら二度と出てこれないわ!
私の……私たちの子なのよ、どうしてそんなことができるの!?
男性の声
落ち着け――声を落とせ!
ドーラを引き渡したいなんて思うわけないだろ。そんなこと言った覚えはない。ただあの子のあんな姿を見てお前は耐えられるのか?
俺たちじゃ治してやれないんだ。手に入れられる薬も、言われた方法も全部試した……でも全然効かなかっただろうが!
俺たちがこっそり薬を買いに行くのを、疑い始めた人もいる。もう隠し通せないんだよ! 早く何とかしなきゃならないんだ!
女性の声
……
じゃ、ドーラを連れてここを離れましょう。別の場所で暮らすの。人がいない場所へ行けば――
男性の声
どこに行くって言うんだ?
外勤オペレーター
(この辺りから聞こえてくるな。うん……ここだ、この家。)
アイリス
(この方たちが話してるのは……)
外勤オペレーター
(おそらく娘が鉱石病にかかったんだろう。)
(感染者をかくまうことは、ヴィクトリアでは重罪にあたる。)
アイリス
(ドーラ……この名前、聞き覚えがありますわ……)
……
行ってみましょう!
外勤オペレーター
――待て、おい!
考える前に動きやがって……ったく、ガキだな。
小さな女の子
だるまさんが……転んだ!
だるまさんが……転んだ!
……
小さな女の子
つまんない。
小さな女の子
ぬいぐるみさん、ぬいぐるみさんも動ければいいのにね。そしたら私と一緒に遊べるでしょ?
ねぇぬいぐるみさん、パパとママはいつになったらお外で遊ばせてくれると思う?
病気なんてもう嫌だよ……私、病気なんて大っ嫌い。
……腕が痛いよ……お腹も痛い……
アイリス
掻いちゃいけませんわ、掻いて傷でもできたらもっと大変なことになりますわよ。
小さな女の子
――!?
(口に手を当てる)
(小声)あ、あなたは誰!?
(小声)どうやって入ってきたの? 窓は閉めてたはずなのに……ううん、それよりも早く出てった方がいいよ! もしパパとママに見つかったら、私たち怒られちゃう!
アイリス
あんな窓、大したことありません。それに心配は無用です、誰にも気付かれることはありませんから。
さっきは遊んでらっしゃったの?
小さな女の子
そうだよ!
アイリス
……このぬいぐるみが動くようになってほしいのかしら。一緒に遊びたい?
小さな女の子
もちろん! でも……ぬいぐるみさんは、動かないから。
アイリス
あら、そうとは限りませんわよ。物語の妖精さんは、みんなお話しできますでしょ? 人になれるお人形さん、後ろ足で立って歩ける猫さんがいるなら、当然、動くぬいぐるみさんだっていますわよ。
私に考えがありますわ。そうね……あなたは物語を聞くのが好きかしら? お城のお話を聞いたことはございまして?
小さな女の子
好き! ママがたくさんお話を聞かせてくれるの!
煙突お化けのお話、大きなハサミのお話、花園の妖精さんのお話……
お茶会を開くお城のお話も聞いたことあるよ!
小さな女の子
とてもとても大きくてキレイな……いい子にしか入れないお城があるんだって。そこには優しい妖精さんが住んでて、美味しいおやつを用意して一日中お茶会を開いてるの。
お空の雲は、手を伸ばせば取れるし、食べるととっても甘いんだって……
私、そのお城に行ってお茶会に参加したいんだ。だからいい子でいようとずーっと頑張ってるの。妖精さんはいつになったら迎えに来てくれるんだろう?
アイリス
その機会はすぐに訪れるかもしれませんわね。
あなたはとってもいい子ですもの、きっと来てくれますわ!
小さな女の子
本当に? やったぁ!
小さな女の子
そのお城に行ったら、ぬいぐるみさんも動き出して、一緒に遊んでくれるかな?
アイリス
ええ。物語にもありますでしょ? 妖精のお城はいい子のために、みんなの大切な宝物をしまっておいてくれるんですのよ。約束の時が来たら、宝物はその子のもとにまた戻ってきますの。
そうやってお城で暮らしたぬいぐるみは、もう普通のぬいぐるみではありませんもの。動いて、歌って、一緒に遊んでくれますわ!
……ぬいぐるみに動いてほしいかしら?
小さな女の子
う……うん、動いてほしい、でも……
小さな女の子
どうしてもぬいぐるみさんと離れ離れにならないといけないの?
だとしたら、やっぱりいい……
アイリス
ど、どうして?
そんなに時間はかかりませんわよ? 私のお友達……じゃなくて、妖精さんは素晴らしい力があるんですのよ! すぐにでもぬいぐるみを動くようにしてくれますわ!
約束さえすれば、ぬいぐるみはすぐにあなたのもとに戻って来るんですのよ?
小さな女の子
(首を横に振る)
このぬいぐるみさんは、パパとママがお誕生日にくれたプレゼントなの。お別れしたくない。
小さな女の子
ぬいぐるみさんをもらった時にママと約束したもん、ずっとこの子を守るって! 自分の宝物は、自分で守るのが当たり前でしょ?
どうしてみんな、自分の宝物を妖精さんに預けようとするの?
アイリス
……
――でも……
でもあなたは病気ですのよ……
見つかれば、あなたは連れて行かれてしまう。そうなったらあなたはぬいぐるみさんを守ってあげられなくなってしまいますわ……
小さな女の子
うん……パパもそう言ってた。
小さな女の子
でも、大丈夫だよ。おうちでいい子にしてれば、パパとママが私を連れて行かせたりしないもん。
小さな女の子
ぬいぐるみさんは私の宝物だから、私が守るの。パパとママは私が宝物だって言ってた。だからパパとママが私を守ってくれるんだ。
小さな女の子
だから、私がいい子で言うことを聞いていれば、連れて行かれたりしないんだよ!
アイリス
……
そうかもしれませんわね……
小さな女の子
へへっ。心配してくれてありがとう。
そうだ、まだあなたのお名前聞いてなかった。本当にパパとママに見つからないの? それにあなた、この村の人じゃないよね、見たことないもん。
私はドーラ、あなたは?
アイリス
私は……アイリスですわ。
小さな女の子
アイリスね!
小さな女の子
その、アイリス。あのね、一緒に……一緒に遊んでくれる? 少しでいいから!
小さな女の子
一人じゃつまらないの。お外には出られないし、おうちでお絵描きしたり、パズルで遊んだりするしかないの……一人で遊ぶのはもう飽きちゃった……
アイリス
お外に出られないんですの?
小さな女の子
お外に行きたいって言うと、ママが泣くの……私が良くない病気にかかっちゃったから、勝手にお外に出ると連れて行かれちゃうの。
連れて行かれたら、もう二度とパパとママに会えなくなっちゃう。
アイリス
……
小さな女の子
ママに泣いてほしくないし、パパとママともお別れしたくない。でも……
ベリーたちに会いたい、学校にも行きたいよ。
アイリス
お、落ち込まないでくださいまし……わ、私が遊んであげます!
アイリス
これはお好きですこと? それにこのおもちゃ、ここを押せば光るんですのよ! まずはパズルで遊ぶのはどうかしら、今度あなたに新しいぬいぐるみを持って来て差し上げますわ――
アイリス
……
……ごめんなさい、私にできるのはこんなことだけ……あなたを外に出してあげることはできませんの。
ごめんなさい……
小さな女の子
変なの、どうしてアイリスが謝るの? アイリスは何も悪いことはしてないよ?
うーん……
小さな女の子
ねぇ、もし本当に妖精さんに会えたら、お願い事してもいいの?
アイリス
もちろんですわ! 妖精さんはとってもすごいんですのよ!
小さな女の子
やったぁ! お城の妖精さんは私の病気を治せる?
アイリス
それは……
妖精さんも……何でもできるというわけではありませんわ……
小さな女の子
そっか……
アイリス
で、でも!
あなたの病気は治せないかもしれませんけど、そのほかの願い事であればきっと大丈夫ですわよ――
小さな女の子
なら、ママにもう泣かないでほしいな……これは?
アイリス
そ、それは難しいですわね、ほかには!?
小さな女の子
うーん……早く大きくなりたい。
アイリス
……それもちょっと。
……
ダメですわね……
何も……できませんわ……
小さな女の子
そっか……
小さな女の子
でも大丈夫だよ。
アイリス
ドーラ、がっかりさせてしまったかしら?
妖精なんて何の役にも立たないって……童話なんて嘘だって思ってしまったかしら?
小さな女の子
ううん、どうして?
秘密を一個教えてあげるね、絶対に誰かに言っちゃダメだよ! 実はね、お友達のベリーが今朝、遊びに来てくれたの。でもベリーはうちに入れないから、窓越しにこっそりお話ししたの。
それでベリーが教えてくれたの。昨日の夜、妖精さんにお城に招待されたんだって。ベリーは嘘はつかないんだよ。そこは夢みたいに素敵な場所で、ケーキとかクッキーとかどれも美味しかったって!
アイリス
ベリーもいい子ですのね……
小さな女の子
うん! でも、もし私が妖精さんに会っても、絶対さっきのお願いは言わないよ。アイリスも秘密にしといてね!
アイリス
秘密? なぜですの?
小さな女の子
もう、だって考えてもみてよ。もしも私の願いを叶えられないってことがわかったら、きっと妖精さん悲しんじゃうでしょ? だからそんなこと言っちゃダメなんだよ。
アイリス
……
ありがとう……
外勤オペレーター
やっと出てきたか。あの子との話は終わったか?
アイリス
……どうしてそのことをご存知なの?
外勤オペレーター
あの子のご両親と話をしていた時、部屋の中で物音がしたからな。
どうした、うまくいかなかったか?
アイリス
あなたには関係ありませんわ……
それより、あの子のご両親はどうでしたの? 本当にあの子を引き渡すおつもり?
外勤オペレーター
いや違う、彼らは娘を手放すつもりはない。ただ……ほかに方法が思いつかないだけだ。
アイリス
もしほかの人に気付かれたらどうなってしまいますの?
外勤オペレーター
ああ……おそらく娘は親と引き離されて、そのまま隔離エリアに放り込まれるだろうな……両親も感染者をかくまったことで、多分罰を受けるだろう。
だが、それほど心配する必要はない。信頼できる場所を俺がすでに紹介してある。
アイリス
……私、わかっておりますわ。ドーラがかかったのは鉱石病、現状この病気を治す方法はありません。
あの人たちの置かれている状況で、いったいどこに信頼できる場所があるとおっしゃるの?
外勤オペレーター
どこって言えばいいのか……んー、説明しづらいな。
とにかく、あの子にまともな治療を受けさせてやれる場所だ。ただ単に、死ぬまで隔離したり、首を吊って殺したり、広場で処刑したりするような場所じゃない。
アイリス
もしそれが本当なら……悪くない場所ですわね。
外勤オペレーター
本当だ。だが、俺は可能性の一つを提示したにすぎない。何を選択するかはあの人たち次第だ。
ヴィクトリア人は、自分たちの土地や国に対して、妙なプライドと優越感があるからな……もう何度も身に染みて感じたよ。
アイリス
あなた……それは皮肉にも聞こえますけれど気のせいかしら!?
外勤オペレーター
いや……そういうつもりじゃないんだ。
実際、今の生活を捨てて、単なる一つの可能性を追い求めるというのは、言うほど簡単なことじゃないからな。あの人たちが最終的にここに留まることを選んでも、別に驚きはしないさ。
アイリス
……
あの病気の女の子……まだあんなに幼くて……まだ、童話を信じていましたわ。それなのに。
私では助けてあげられない……あんなにいい子だというのに、私は何もしてあげられませんの。一つの物語、一時の夢、そういうものではあの痛みから救ってあげることなんてできませんわ……
外勤オペレーター
だが希望を与えてやることはできる。
アイリス
え……?
外勤オペレーター
あんたが何に悩んでいるのかはわからない……しかし物語や夢は、素晴らしいものだと俺は思ってる。
素晴らしい物語や夢は人々に憧れを抱かせ、憧れは希望を生む。こんなひどい環境の中でも、憧れを抱くことは必要だ。
まず最初に、良いものとは何か、それがわかって初めて、俺たちは努力する方向を決められる、違うか? だからな、物語は必要だ。それは目指すべき一つの理想だから。
アイリス
……ならあなたは? 童話を信じていますの?
外勤オペレーター
俺が信じているのは、そこらへんの物語よりもよほど荒唐無稽な理想だけどな。もしそれも一種の童話と言えるのなら、たしかに俺は信じてるな。
あまり考え過ぎるなよ。俺たちが他人にしてやれることなんて、そもそも少ないんだからな。
外勤オペレーター
ああそうだ、あんたが探してる人についてなんだが……
アイリス
……ご存知ですの?
外勤オペレーター
メイベルという女性に心当たりがある。もしほかに手がかりがないのなら参考にしてくれ。
彼女はヴィクトリア人だった。二十代で、ブラウンの髪、緑の目、器用だが手芸好きではなく、機械のパーツをいじるのが好きだ。
おそらく……あんたが言った特徴に合致する。
アイリス
そんなに合ってるだなんて、きっとただの偶然ではありませんわ!
教えていただけませんこと!? 彼女はどこにいらっしゃるの!?
外勤オペレーター
たしかに、考えれば考えるほど彼女だろうと思うよ。
だが、もし探してるのが本当に彼女なんだとしたら、少し遅かったみたいだ。
アイリス
ど、どういう意味ですの?
外勤オペレーター
……俺から伝えるべきじゃないこともある。
そうだな、あんたは……彼女に会いに行ってみた方がいいかもしれない。案内しよう――