答え
……秋になった。
子供たちの大好きなサンザシが、甘く実った頃だろうか。
......
……また一日。
あとどのくらい生きられるのだろう?
目を閉じると、過去の色んな出来事を思い出して……
……一晩中眠れない。
レイ
……シー?
どうしてここへ……?
シー
ちっとも驚かないのね。
レイ
この歳まで生きれば、驚くことなんて減るわ……。ゴホゴホッ――だけど歳のことを言ったら、あなたには敵わないわね。
私たち……何年ぶりに会ったのかしら?
シー
さぁね。数十年ぶりでしょう。
レイ
……やっぱりあなた、シーだわ。
でもまさか、まだ私のことを覚えてたなんて。
シー
私の絵の中で一生を過ごしたかもしれないとは考えないの?
レイ
いいえ、あり得ないわ。
シー
随分自信があるのね。
レイ
シー。あなたは私を救ってくれた……あなたの絵の中であんなにも長い時間を過ごしたんだもの。はっきり分かるわ。
ゴホゴホッ……
これはあなたとの賭けよ。私がいつか一目であなたの絵、あなたの天地、そしてあなたを見破れるかどうかを賭けた。
でもあの日別れてから、あなたは二度と私に会いに来なくなった。だからもう二度と……あなたとは話せないのだと思ってたわ。
シー
……もともと、私とこんな風に話せる人自体が珍しいのよ。
レイ
……長い長い時間の過ぎゆく中で、あの日々をよく思い出したわ。あの東屋……天災や飢饉がなく、難民もいない、普通の東屋。
まるで夢を見るみたいに……ゴホゴホッ。
シー
私は、あなたは素晴らしい画家になるものだと思ってたわ。でもあなたは一生筆を持たなかった。それって私の指南を無駄にしてるんじゃないかしら?
レイ
画家なんて気軽に言うけど……あなたに会った後、自信満々で画家を名乗れる人なんているかしら?
シー
いくらかはいるわよ。まぁみんな……ちょっと変わってるけど。
レイ
……じゃあ私はあなたをがっかりさせちゃったかしら?
シー
さぁね。
もしかしたら……あなたこそが唯一私を驚かせた人かもしれない。
レイ
…………
シー
…………
レイ
久しぶりに会ったのに……あまり言葉が出てこないものね。私は年老いて、一生を走り終えた。けれどあなたは、まだあの時のまま……
シー
何か言いたいことがあるの?
レイ
いいえ……私は……今とっても安らかよ。
あなたは私の命を救ってくれて、生き延びるチャンスをくれた……そして今際の際にも、こうして会いに来てくれた。
私は十分満足してるわ。シー、顔を見せてちょうだい……やっぱりあの時のままね。
シー
あなたの目……
レイ
私は年老いたわ、シー。長いあいだ病魔に苦しめられた……
今になって訊きたくなったんだけど……知り合いが一人、また一人と死んでいくのを見送るのは、寂しくないの?
シー
バカなことを。
レイ
教えて。あなたはどう思っているの?
シー
……たまに名残惜しいと思うときもあるわ。時々、感慨も覚える。
レイ
……まぁ、あなたにしては、正直に話してくれた方ね。
前に話した、天災で壊滅した私の故郷のことを覚えてるかしら?
今思い返すと、もう遠い遠い昔のことね……あれは私の記憶の影。だけど、もう私の背中に貼り付いてはいないわ。遠く遙か彼方へと過ぎ去ってしまった……
シー
…………
レイ
私は……あなたの言う通り、一度も筆を取らなかった。
もし私が、人生で絵を描くとしたら、私に描けるものといえば――ゴホゴホッ……自分の故郷だけだもの。
シー
故郷のことなんて、もう何も覚えてないでしょ。
レイ
……そうよ。思い出そうとしても、「婆山町」という名前以外は、何も思い出せないわ。
いい思い出なんて何一つないわ。だけど、いつも夢に見るのよ……色んな故郷の姿をね……ねえ、人が一生の終わりに戻りたいと願う場所は、いったいどこだと思う?
シー
…………
レイ
……シー。
シー
うん?
レイ
私に、あの婆山町を描いてくれない?
私は、自宅の側に質屋があったことしか憶えていないのよ。質屋の女将さんはいつも綺麗な服を着ていて、気品に溢れていた。小さい頃、私もあの女将さんみたいになりたいと思っていたの。
村には、変な移動する地面なんかなくて、農地や憩いの場が、まるで好き勝手に生える菜の花みたいにそこら中に連なってた……
うっかり遠くまで行ってしまった時は、遠方に山が見えた……
あの山……私はよくそこで道に迷う夢を見るの。そこには恐ろしい怪物がいて……天災の雲も、あの山の頂から浮かび上がったわ……私がはっきりと覚えている風景はこれくらいよ。
……私が多くを語らなくても、あなたは感じ取れるんでしょう?
シー
当然よ。一つ残らずね。
レイ
月日を若い頃に留めておけたらいいのにね。そしたらずっと一緒に山に住んで、私はあなたから絵を教わって、時々あなたに墨を磨ってあげるの……
シー
…………
レイ
ねぇ、シー。
シー
ええ。
レイ
あなたは多くの変わった出来事や人、それに世の中の移り変わりを見てきたでしょう……?
あなたのその目で見てほしいの。私の……ゴホゴホッ!
――私の一生は……幸せだったかしら?
シー
…………
ニェン
お、目が覚めたか?
シー
……ロドス。
どうしてあんたが私をここに連れて来たのか、やっとわかったわ。
……変な人たちばかりだけどね。
ニェン
それより麻雀やらねえか? 一人足りねぇんだよ。
シー
あんたねぇ……早く出てって。私はやらないわ。
ニェン
はぁ? お前よぉ、昨日は興味津々で一晩中映画を見てたくせに、まだクールな奴を装おうってのか?
でもまぁ、映画が気に入ったなら良かった。私のコレクションはまだたくさんあるからな。
シー
……あれは何なの? 適当に貼り付けただけの表紙に、無駄に長いタイトル……目に入るだけでうんざりだわ。早く持って帰って!
ニェン
そんな言い方はねーだろ!
シー
……いくらかプロファイルも見たわ。このドクターって何者なの?
ニェン
あ? 盗んできたのか? クロージャに見つかってないだろうな?
シー
あの若い魔族のこと? 彼女なら何も言わなかったから、そのまま通り過ぎたわ。
ニェン
え……なんで……もしかしてアイツ私にだけ?
シー
……ロドス。
監察官とロドスはどういう関係なの?
ニェン
それはまた別の話だ。大丈夫だ、心配するな。レイズは辺境の地へ左遷された身だし、しかも今は基本的にロドスへは来ない。
そんなにあいつが気になるのか? あそこの官僚たちと揉めでもしたのか?
シー
フッ、あんな小物の監察官なんて気にしてないわ。気にしてるのはあの雷術の大元よ……彼女の師匠、それといつも私たちに睨みを利かせてる老いぼれども。面倒なやつらばっかりよ。
あいつらは私の絵巻に火をつけ、山河を焼き貫いてまで私を懲らしめようとしたのよ。私はあんたみたいな困り者じゃないのに、誰の邪魔になったか知らないけど、こっぴどくやられたんだから。
死ぬほど煩わしかったし、為す術もなかったわ。
ニェン
ははっ! そんなことがあったのかよ?
シー
……ドクターとケルシーがどんな人物か、まだ教えてもらってないわよ。この二人は、あんたがここにいる理由と関係があるの?
それと、二人は今どこにいるのよ?
ニェン
……分かった。全部教えてやるよ。
そうすりゃ……私がどうしてここが好きなのかも分かるはずだ。