駆けるサカビンノキ
人生というのは、ただ生きてるだけで恐怖と対峙し続けなければならないものだ。
誰しもいつどこで、どんなことに巻き込まれて、どんな目に遭うかなんてわからない。たとえ三十人もの兄弟姉妹や百を超える親戚がわちゃわちゃと勝手に巻き込もうとしてこなくても――
たまたま運が悪いというだけで、アクシデントに見舞われる。まさに……今の僕みたいにね。
「影のブレーン」も、「絶対的に正しい大多数の意見」も、こうした場面では現れてくれない。あるのはただ、クロスボウの扱いに長けた強盗一人に、車の外から思い切り吹き付けてくる砂粒だけ。
――もう、お手上げだよ。
ジェリー
あのう……ウィンディ荒原は通らないほうが……あの一帯は天災多発地帯と言っても過言ではなくて、毎年七万以上の車両があそこを通過する際に破損を受けてるんです。最悪全壊になることも……
まあ、このトレーラーはすでにボロボロですけど……
あ、ボロボロだと他にも気を付けるべきことがありますね。天災のほかにも、車にさらなる損壊をもたらし得る主な要因がありますから……
源石燃料の漏れや、動力系統の故障による二次災害、採掘場付近を通過する際に爆発に巻き込まれる事態も……鉱石採掘場も避けないと……
って、あの、皆さん僕の話聞いてます?
アランナ
そうそう、そっから登ってあの枝を切って! したらもうあとは木のてっぺんにホースを繋げるだけだから!
鍋蓋ちゃん
うぅーん、このチェーンソー……すごく、重いです……
大丈夫……足縄はランナお姉ちゃんがちゃんときつく縛ってくれてるし……大きな樹鼷獣(じゅけいじゅう)にでもなったつもりで、木の幹をしっかり掴んで、ひょいって跳び上がれば……
……ウォーミーならきっとできます。やり遂げてみんなをハッピーにするんです。
……あれ? 肩が急に軽くなったような……?
アランナ
コラ、何してんのさ! あんたには頼んでないよ!
レイ
うん、別に頼まれてない。でもうち、サカビンノキの樹液採集なら経験があるから。
アランナ
そうかい、そいつは熱心なことで。けどやっぱり鍋蓋ちゃんにそいつを返してもらえるかい?
あんたみたいなカージャック犯よりも、長年連れ添った相棒のほうが断然信頼できるからね。
鍋蓋ちゃん
ランナお姉ちゃん……えへへ……
アランナ
何も本気でサカビンノキ輸送稼業をやろうって話じゃない。
こいつが本来のルートから外れた公営のトレーラーに見えなければそれで十分さ。それも次の移動区画につくまで持てばいい。
ついでにデコレーションも付けてっと――よし。空いた穴をぜんぶ鉄板で補修する前に、誰かに怪しまれたら説明つかねぇからな。
なぁ、鍋蓋ちゃん。あたしたちが考えた言い訳をカージャック女にもう一度教えてやってくれ。
鍋蓋ちゃん
はーい。
もし誰かに聞かれたら、こう言いましょう。「我々はこのサカビンノキとその樹液の入った樽を工場に輸送してる途中です。車体に枝がいっぱいくっ付いてるのは生産隊の隊長の趣味です」――以上。
アランナ
カンペキ! これならきっと問題ないはずだ。
いやー、天災雲を避けるため予定進路から大きく外れた時にはよくお世話になるけど、まさかこんな時にまで役立つとはね。このサカビンノキってやつは。
それもこれも、荒野の外れにまでこういう木を運んで植えてくれるようなトレーラーの運転手に感謝しないと。
もちろん、あたし自身もその一員だけど。
よし、おしまい。そんじゃ運転室に戻ってるぞ。
ジェリー
その……誰か、聞いてくださいよぉ……これとても大事なことなんですって……
運送業務中に各種トラブルで骨折等のケガを負う案件が年間三十万件も確認されていますが、中でも運搬中のサカビンノキから落下して負傷するケースが一万五千件も占めているんですよ。
鍋蓋ちゃん
えっ……
アランナ
耳を貸す必要なんてねぇ。ポンプの圧力はゆっくり上げていくし、いきなり揺れて落ちてくるようなことはねぇから安心しな。
ジェリー
だとしても、事故とは思いがけずに起きるものでして……
アランナ
よぉし、スイッチを入れるぞー! 鍋蓋ちゃん、しっかり掴まってろよ!
ジェリー
ま、毎年千人――千人以上いるんですからね! 突発的な強風により――木が傾いてしまって――それで命を落とす者が――
鍋蓋ちゃん
上手くいきました、ランナお姉ちゃん!
ポンプが幹から樹液を「ギュイーン」って吸い上げ始めました! えへへ、わたしこの瞬間が一番好きなんです!
アランナ
さすが、あたしの頼れる相棒ちゃんだぜ。
ジェリー
で、ですが、ポンプにだって爆発の可能性が……
アランナ
さっきから何なんだあんたは? その手に持ってるのは死神のリストかなんかなのか?
知り合いが鉱石病にかかったり、事故や天災で命を落としたなんてのは毎年何回かは必ず聞くよ。どんな仕事だろうと避けられやしないさ。でも、その理屈でいくと何もできなくなっちまう。
ジェリー
いやぁ、すみません……僕はただ、このなけなしの知識が少しでもあなた方の……参考? 参考って言ってもいいですかね……になればと思っただけで……
ぼ、僕は……保険会社で営業職を務めてますから……
アランナ
「保険」……だと?
ジェリー
はいっ! 保険は僕がここ何年で出会った一番素晴らしい商品なんです! クルビアの会社が出してる広告を見て、いくつも加入する内に、これはぜひ広めていかなくてはと思うようになったんです。
見ての通り、ぼ、僕はこんな臆病な性格で、何でも怖がっちゃうタイプでして。
でも保険は、僕が怖いと思うものだけじゃなく、僕が今まで気付けなかった危険すらもすべて配慮してくれてるんです。
これ、僕の仕事用ノートです……! ここにあるデータは弊社の広告から引用したもので、日常生活のどこに予想外の危険が潜んでいるのかを示してるんです!
それに保険は、もしそういうことが本当に起きてしまった場合、その補償まで約束してくれるんですよ。
アランナ
ふぅーん。そんじゃ死んじまった場合は? 死んだあとにゃ補償金なんかもらっても使えねぇよな。もしやそれも配慮してくれてたりすんの?
ジェリー
えっと……それは……書いてなかった、と思います……
アランナ
だったら意味ねぇじゃねぇか。
ブツブツ言ってないで、車の偽装作業でも手伝いな。それが済めば近くの移動区画まで行くぞ。あたしの古い友人がまだそこにいれば話が早い。
いいかい、大事なのは理屈じゃなく実用性だ。だから、毎年どんな車がどこで天災に見舞われようが関係ねぇ。ニヤニヤ谷までどう行けば安全か知りたいんなら、その近くに住む人に聞けば一発さ。
ジェリー
……
レイ
……
ジェリー
はぁ……なぜこんなことに……
あの聞き分けのいい女の子なら、きっとそのまま車の中で隠れてるだろうから、僕も便乗して一緒に工具室にいれば安全だと思ってたのに……
まさかアランナさんと一緒に友人を訪ねに行くだなんて……そしたら僕が一人になっちゃうじゃないですか。
カージャックされた上に、感染者を匿い、検問のゲートを無理やり突破して、大砲を何発も受けたトレーラーの中に……僕が……たった一人で残るなんて……!
ぼ、ぼぼ僕なんかじゃ追っ手の対処なんてとても無理ですよ!
そうなるくらいなら……誰と一緒に行動しても構いません! たとえカージャック犯のあなたでもいいです! 僕一人で、問題に対処する事態にさえならなければ何でも……
レイ
……
ジェリー
――ここ、これ! 僕の財布です! 大した額ではありませんが僕の全財産ですどうぞお受け取りください!
あ、いや、その……別にあなたについて行くのが嫌だって言いたいわけじゃないんですからね! ただその、人質になりたくないのは誰しもそうでしょう。はは……
レイ
人質?
ジェリー
無論わかってますよ。カージャック犯であるあなたについて行くってことは、つまり人質になることで……そういえば検問で女の子を助けた時、とても俊敏な身のこなしでしたね。さすがは強盗……
……ああ、違うんです! その、ただすごいって言いたくて!
レイ
……うちが?
ジェリー
は、はい……
えっと……怒ってませんか? よかったです……
でしたら、もう一つお願いがありまして……アランナさんから長距離運行用の物資購入を頼まれてると思いますが、強盗という手口ではなく、ちゃんとお金を払って買ってくるのではダメでしょうか?
ほら、僕の財布もお渡ししたことですし、あまりたくさんは入ってませんけど、食糧と燃料を買うには十分足りますから……
レイ
わかった。
ジェリー
ホッ……わかってもらえて何よりです。
そうだ。そういえば先ほども何か嫌な予感がしまして、荷物チェックを行ってた職員さん、なんだか訝しげな目で僕たちのことを見てませんでしたか?
その筋の者としてどう思いますか? 僕たち……ひょっとしてもう疑われてるんじゃ……?
レイ
でも、うちは別に人質なんかいらない。最初から降りたい人は降りていいって言ったし。
逃げたいなら今逃げてもいいよ。
ジェリー
えっ? てっきりその話題はもう終わったものかと……
レイ
うちはニヤニヤ谷に行くけど、それは君と関わりのないこと。
あそこへ行く道は危険だよ。だから降りるチャンスをあげたんだ。
こんなに怖がってるのに、どうしてまだついて来るの?
ジェリー
……
……じゃ、じゃあ、親切なカージャック犯さん。あそこのニューススタンドまで一緒に来てもらえますか?
理由を説明しましょう……
ない……この紙面にもない……
レイさん、僕の顔、ちゃんと新聞紙に隠れてますよね?
レイ
うん。
ジェリー
よし、じゃあもう一度よく読んでみますね……
……ふぅ、よかった。まだ尋ね人欄には載ってないみたい。
ああ、でも、実際に投書されてたとしても、今日の新聞に載るはずないか……
レイ
指名手配欄は?
ジェリー
いえ、そこにも――
って、いやいや、誤解しないでください。そういうことじゃないんです!
実は僕……
婚約者との顔合わせ会をすっぽかしてしまったんです。
いえ、わざとじゃありませんよ。ただ相手との顔合わせ会に行くために、あのトレーラーに乗って別の町へと向かったところ、あなたにカージャックされて……
正直……逆にホッとしましたけどね。
ゴホン、まあ、この通り大した事情でもないので、他人に話しても仕方ないかなと思って……
あなたのご家族が何人くらいかは知りませんけど、うちは兄弟姉妹が三十六人、親戚は数えきれないほどいますので……大抵のことは僕が何か言っても言わなくても、特に意味はなくて……
……やっぱり、伝わりませんよね。レム・ビリトンじゃ他所でもこれくらい大所帯の家族はいますが、きっとうちみたいな雰囲気ではないでしょうし。
レイ
うちには、わからない……
ジェリー
――ちょ、ちょっと、レイさん。制服を着た人がこっちに近づいて来ます。さっきの荷物チェックの職員と同じ服な気が……
レイ
うちは大家族の中で過ごしたことなんてないから。
繋ぎ合った大きなバラックは立派で憧れるけど、自分がどこに繋がればいいのか、わからないんだ。
……
あのザラック、いなくなっちゃった。
きっと逃げてったんだね。うん。やっぱり最初から降りればよかったんだよ。
制服を着た職員
こんにちは、そちらのお嬢さん。少しお伺いしてもよろしいでしょうか?
アランナ
怖がんなくていいからな、鍋蓋ちゃん。壁に怖い写真がいっぱい貼られてるけど、家主に変な趣味はないから。
原生林で見つけた巨大な野獣の屍とか、瘴気の中に積み上がった探検家の骸骨なんかを撮ってるけど、あいつ自身は人を傷つけたりしない。
ははっ、多分だけど。
鍋蓋ちゃん
……
アランナ
ありゃ、元気ないね。鍋蓋ちゃんって呼んでも文句言わないなんて……もしかしてお腹空いた?
あのカージャック女、お使いくらいはまともにこなしてほしいもんだぜ。あいつが戻ってきたら振舞ってやるよ、カップ麺の太陽電池焼きに、羽獣卵も乗っけたやつをな!
鍋蓋ちゃん
……
アランナ
……過ぎたことは考えても仕方がないぞ。
とにかく、あたしの考えを試してからにしよう。ほら、カージャック女ってなんかちょっと、言ってることがわけわかんねぇだろ? まずは今から会うやつにそこんとこを確かめたいと思う。
山ほど大きくて、しかも喋れる影だって? レム・ビリトンにそんなもんが本当にいるんなら、この知り合いだったら絶対に知ってるはず。
単にカージャック女が酔っぱらってたり、ノーヘルで採掘して岩に頭ぶつけたりして、正気じゃないってことなら……対策も変わってくるだろう。
ま、心配すんな。この「荒野のアランナ」サマにかかれば、どんな状況でもなんとかなるさ。
アスベストス
出て行きな。今日は誰にも会わねぇって決めてんだ。入口の看板が見えねぇのか? 紀行文の執筆で忙しいんだよ。
――待てよ、そもそもこの臨時オフィスを知ってるヤツがそう多くはねぇはずだ。どっかの出版社の回しもんか? どうやって嗅ぎつけた?
鍋蓋ちゃん
ランナお姉ちゃん……古いお友達じゃなかったんですか? なんだか……お姉ちゃんのこと知らないみたいですけど。
アランナ
アハハ……まあ、友達って言ったって、何年も会ってなかったらこうなることもあるさ……
なああんた。ビッグハンマー採掘場のこと、覚えてないか? 裂獣に追い回されながら、「こいつは有史以来、人類が見てきた中でも最大クラスだ」って言ってたよな。
ああそうそう、その壁に掛かってる写真! その写真を撮った時に車を運転してたのが、あたしさ。
アスベストス
はぁ?
……そうかよ、まあお前が誰だろうとどうでもいい。十分だけ時間をやる。それがアタシの我慢の限界だ。
君、時間を取らせてしまってごめんね。でも、ちょっとだけ愚痴を聞いてほしんだ。なにせ今日はこれまでの僕の人生で、一番暗い一日になりそうだからね……
……もちろん、「君」が本当はいないことは知ってるよ。でもこうするのが子供の頃からの癖でね。うちじゃ大勢が一度に喋るし、僕は……一番声が小さかったから。
とにもかくにも、いま君に聞いてもらいたいのは……車の底が、驚くほど真っ暗だってことで――
ジェリー
(耐えろ、耐えるんだ、あと五秒もすれば……この目の前の革靴たちは立ち去ってくれるはず……)
(……四、三、二、一……)
――ゲホゲホゲホッ……ペッ、ペッ!
うげっ、なんか口の中に入った……これで病院送りになることはないよね。車底にずっとこびりついてた土だけど……
うーんと……あった。この点検口から下層動力室に入れるはず。
町中を歩くのはやっぱり怖すぎる、車に戻って彼女たちの帰りをおとなしく待つことにしよう……
うう、レイさんは戻って来られるんだろうか……置いていったのはわざとじゃないけど、申し訳ないことをしてしまったな……
いくぞ、せーのっ――
よし、バルブが開いた!
見知らぬ女性
……
ジェリー
……
あああ、ほ、本当にすみません! く、くく車を間違えてしまいました!
今すぐ出ていきますので……
車の外から聞こえる声
待った。
この車の下から物音がしたぞ。
ジェリー
うっ……
見知らぬ女性
シッ――
(小声)静かに。
(小声)もしあんたのせいで見つかったら……許さないから。
ジェリー
(全力でうなずく)
車の外から聞こえる声
いいか、もう二度とハガネガニを駅に入れる訳にはいかないんだ。ましてや車に卵を産み付けられるなどもってのほか! 前の奴には車を三台ダメにされた上、二人も負傷者を出してしまったからな!
懐中電灯を貸してくれ。検査は隅々まで行わなくては。
ジェリー
(絶望した表情で、必死に身振り手振りをする)
見知らぬ女性
……
(小声)上がって。
レイ
……うん、このクーポンはひとからもらった。うちはここの店には詳しくない。
制服を着た職員
だったらなんで市場調査のアンケートに答えたんですか!?
レイ
そっちが聞くから。
制服を着た職員
はぁ、そうですか、それはどうもお邪魔しました――おい、今の記録はなしだ!
レイ
どういたしまして。
……「月刊セールス。付録のクーポンで缶詰が一割引き!」
こういうのって、いつから出回りはじめたんだろう……?
ランナはすごいな。身の回りのこと、古いことも新しいことも、全部きちんと把握してる。
「金曜はふわふわしっぽの爺さんが編んだマフラーをつけること。店番の娘さんが割引してくれる」曜日単位でメモしてるなんて、尊敬しちゃう。
こっちはスーパー「スリーミリオンカート」で使えるやつ、こっちのは……
???
はい、ドクター。実は私の記憶も少し曖昧で……
アーミヤ
レム・ビリトンはあまり変わりませんね。錆びだらけの工場、林立する鉄骨、灰色の空、地平線上にそびえる源石クラスター……
サベージ
ごめんね、アーミヤちゃん。ご実家を見つけられたらと思って、あなたの両親のプロファイルを頼りに随分と尋ねてはいたけど……
建設隊の襲撃事件のあと、あなたが住んでた移動式プラットフォームも取り壊されちゃったみたいで……わたしが確認した中で、昔のプラットフォームを一番多く接収したのが、今いるここなの。
アーミヤ
気にしないでください、サベージさん。これだけでも十分ありがたいですから。
この錆びた鉄と、オイルや溶接棒の匂いを嗅いだだけで、なんだかすごく懐かしい気分になります。
まるで……ずっと、ずっと昔に戻ったみたいで。
ああ、でも実際はほんの数年前のことなので、こんなことを言うと変に思われるかもしれませんが……
ただ何となく……車列がプラットフォームから発進するまでの間、お父さんやお母さん、それから建設隊の皆さんと一緒に、重機の中で座って待っていた時の気持ちを思い出すんです。
サベージ
そ。鉱区にはそういう習慣があるんだ。
建設隊は一つの大きな家族みたいなものだから。隊が遠くの場所で仕事しなきゃいけなくなった時には、お世話が必要なお年寄りや子供も連れて、皆で一緒に移動するの。
血が繋がっていなくたって、同じ鉱区の一角に住んでるっていうだけで、自然と家族の一員に数えられるものなんだ。
アーミヤ
あの、気にしないでくださいね……私は別に、事故のことを思い出していた訳じゃありませんから。
それにレム・ビリトンに来る前に、ちゃんと考えてあるんです。自分が一体、何を求めてこの地に足を踏み入れるのかを……
そうだドクター、あそこを見てください! あのおっきな煙突のことには見覚えがあるんですよ。確か……
あっ……
サベージ
どうかしたの、アーミヤちゃん?
アーミヤ
……以前、ほかの子たちとよくあそこで競争してました。誰が煙突の奥まで、一番しっぽを汚さずに下りられるか、って……
大丈夫ですよ。あんまり深いところまで下りると大人たちに怒られてしまいますから、みんな気をつけていました。
サベージ
ははっ、アーミヤちゃんがそんなこと言うの、久々に聞いた気がするな。
アーミヤ
ドクターにはしっぽがないので、難しいかもしれませんね。
サベージ
ははっ、アーミヤちゃんがそんなこと言うの、久々に聞いた気がするな。
アーミヤ
当然です! 今の私はもう、あの頃のような七、八歳くらいの子供ではありませんから!
……でもおかげさまで、ようやくここがどこなのかを実感することができました。
サベージ
何と言ったってここはレム・ビリトンだからね。
古い建物は使い勝手がいいから取り壊さなくて大丈夫、新しい部屋が必要になればさらに上に増築すればいい。どこだってこんなふうに家づくりをするの。
わたしたちは、子供の頃から大人たちにそう聞かされて育ったんだよ……
アーミヤ
……「冒険好きな者がどれだけ遠くへ旅立っても、故郷へ帰ってくれば一目で家がどこかわかる」と。
ですが、昔と変わったところもたくさんあります。
例えばこの自治州の感染者管理条例なんかは、リターニアの法律の理論や、ヴィクトリアの専門用語を見習って制定したみたいで……
……
はい、私もさっきから気になっていました。
レイ
……
アーミヤ
いえ、これといった心当たりは……それに、私が以前レム・ビリトンでお世話になった人たちは、今の私を見てもきっと気付かないはずですから。
気にせず次の場所へ行きましょう、ドクター。
レイ
……どのクーポンで何を買えばいいのか、わからなくなってしまったな。ランナはなんて言ってたっけ……
アスベストス
結論から言えば、ウィンディ荒原からニヤニヤ谷までの一帯はどこも天災頻発エリアだ。天災トランスポーターたちが身をもって経験してきたことだし、アタシも直々に確認してあるから間違いねぇ。
アランナ
行ったことがあるんだな。何か変わったことはなかった?
アスベストス
あるとすりゃ、あそこの自然環境くらいだな。
アランナ
自然環境が?
アスベストス
――羽獣がクソもしねぇほど不毛だった。
アランナ
……
アスベストス
レム・ビリトンって土地が全体的に痩せてるのは間違いねぇが、不毛と言えるほど荒廃した場所もめったにねぇ。
だがあそこは違う。そんなとこに楽に行けるルートだと? んなもんあるわけねーだろ。空から岩が降ってきて、道が勝手に舗装されてくってんなら話は変わるがよ。
珍しいもん見たさで行くんだったら諦めることだな。あそこで出会えるのなんざ、レム・ビリトンならどこでも見かけるようなもんしかねぇ。運悪けりゃ死ぬような、そういうヤツな。
アランナ
そりゃ忠告どうも。で、クソをしない羽獣のほかに、なにか変わった動物は?
アスベストス
ほか? そうだな、目ん玉が飛び出るくらい大量のサンドビーストもいるぜ。いいか、奴らに集られるのはだけはぜってぇ避けた方がいいぞ。死ぬほどうざってぇから!
アランナ
オーケーオーケー。サンドビーストか、そいつも普通だな……
なんかこう、「言葉が喋れて」、「キラキラ光ってて」、「ものすごく巨大な」動物はねぇのか?
アスベストス
なんだそりゃ? 知るか。アタシはプロの探検家でも、謎の生物研究者でもねぇんだ。
アランナ
まあまあ、落ち着いて……
これで最後だ。念のため確認させてくれ。
「光」、「山のように大きな影」、「言葉を交わせる」。この三つのキーワードで連想できるものなんてないよな? そんなのあるわけないもんな。
アスベストス
――今なんて?
アランナ
光と、山のように大きな影、それから言葉を――
アスベストス
あるぜ。
アランナ
え?
アスベストス
ハッ! ったく面倒くせぇ。マジで思いつくとは思わなかったぜ。
(サルゴン語)「巨獣」。
アランナ
「巨獣」? それ何語?
アスベストス
サルゴン語だよ。まあ、何語に置き換えても、現地でその意味を知る者はほぼいねぇがな。
アランナ
へぇ。なあ、そのサルゴンってのはどこなんだ?
あーいやいや、それはどうでもいいか。貴重な時間を無駄にするわけにもいかないし。やっぱその「巨獣」ってのが何なのか説明してくれよ。
アスベストス
はぁ? アタシのさっきの話聞いてねぇのか? この言葉を知ってるやつ自体、どこだろうとほとんどいねぇつってんだよ!
説明なんて無理だ。何言ってもデタラメにしかならねぇ。巨獣がどんな存在かを解明できたヤツがいるなんて聞いたことねぇし、アタシもたまたま小耳に挟んだだけだから。
あーもう、やっぱ言わなかったことにしてくれ。ぜってぇ言い触らすんじゃねぇぞ。毎回そういうので噂に尾ひれがつきまくって無駄足踏まされんだよな。ウザくてしょうがねぇぜ。
アランナ
はいはい、今すぐ忘れてやるから。
アスベストス
それから感謝もしてくれなくていいぞ、賞賛の言葉もだ。はいもう十分経ったな、出口はあっちだ。言ってる意味わかってるよな?
アランナ
ああ、もちろん。
……でもやっぱり感謝はしておくよ。今の話のおかげでそれが実在してるってのがわかった。それだけでもありがたいぜ。
アスベストス
……ふん。
「光」? 「山のように大きな影」? 「巨獣」?
んなバカげた話、誰が信じるっつーんだよ。
エセ伝説ってのはますます膨らむもんだ。ほかのヤツらを騙せたとしても、アタシは騙されないね。
……
チッ……
……この*レム・ビリトンスラング*の調査報告を書き終えたら、もう一回ニヤニヤ谷へ行ってみっか。
アランナ
どう思う?
鍋蓋ちゃん
……
……ランナお姉ちゃんが行くつもりなら、もちろん全力でサポートしますよ! 探検も考古学もよくわかりませんけど、それでもわたしにできることは色々あるはず。そうですよね?
アランナ
ん? あーいや、本当に十分きっかりで追い出されたことについてどう思うのかを聞いてるんだが。
あたしが時間を忘れてお喋りに夢中になんないよう、見張るつもりでついてきたんだろ? いらねぇ心配だって言ってたのはこういうことだったのさ。
鍋蓋ちゃん
あ、そうですね……えへへ。
アランナ
……
あのさ、どうしても笑えない時は……無理して笑わなくたっていいんだぜ? ちょっとの間なら誰も気にしないって。
疲れて、泣きごとを言いたいときくらいあるだろ。ひとに見られるのが嫌なら、あたしが前に立ってあげるから。
ジェリー
――うわああああ助かった! やっと隠れられそうな地下道が!!
アランナ
は?
見知らぬ女性
ほら、さっさと入るわよ。
アランナ
念のため言っておくけど、左側のは鱗獣加工工場の下水道だから、あたしなら逆側を選ぶね。
ジェリー
ありがとうございますアランナさん!
……って、ああ、どうも。こんなところで奇遇ですね。
アランナ
(訝しげに片眉を上げる)
ジェリー
その……簡単に説明しますとですね……
もしかしてですが、僕らの偽装は街の入り口の方で既に見破られていたかもしれません。あの辺で調査が行われていて、レイさんが声をかけられてしまい……彼女ならどうにかできると信じるしか……
アランナ
……ってことは、あんたが今まいてる追手は、あたしらを追ってきた連中なのか?
ジェリー
あ、いや、それとは多分また別で……
も、もちろん、僕の事情なんてどうでもいいとは思いますが!
それも説明しますと、たまたま隠れる場所を間違えたせいで、そこのキーラさんのトラブルにも巻き込まれてしまい……
見知らぬ女性
ジェリー! このロープを!
ジェリー
あっ……はい、了解です! ではこれを掛けておきますので、あとで引っ張ってください!
……とにかく、こういう状況ですので、僕のことはお構いなく! それではアランナさん、もう行きますね!
アランナ
……あいつ、マジで巻き込まれたのか? 他人が逃げるのを見て、思わずついて行っちまってるだけなんじゃねぇの?
にしても鍋蓋ちゃん、あいつの横にいたあの女、どっかで見た気しない?
人生は本当に恐ろしいものだ。どう逃げたって、いずれは追いつかれてしまう……いや、はじめは逃げようとも思わなかったが。
僕はただ、三十六人の兄弟姉妹と三十万もの同郷のみんなの後ろについて行って、穏やかに、安全に過ごしたかっただけだった。だってやっぱり、多数派の決定ほど信頼できるものはないからね。
なのに結局アクシデントに追いつかれてしまい、婚約者との顔合わせ会を欠席し、今はこうして自分の足で走って逃げているわけだ。
でも理解ができないこともある。そうやって色んなものに追われ続けて、命からがら逃げていると――
――その先で、何故かいつも扉を見つけることができるんだ。
ジェリー
ハァ、ハァ……この状況って、さっきよりは多少マシになったと言えるでしょうか。それとももっとマズくなったんですかね?
一般的には、下水道にハガネガニが住みついてるのを見つけたら、急いで警備員に通報すべきですよね。「野生動物に注意」って看板の下のところにもそのように書かれていました……
見知らぬ女性
でも残念ながら、私たちはまさにその警備員から逃れるためにここまで潜り込んできたのよね。
ジェリー
あっ……あはは……
……もう、息が上がってきてしまいました……
見知らぬ女性
ペースを緩めちゃダメよ。鉗獣たちのハサミで全身穴だらけにされたいの?
ジェリー
ぼ、僕、逃げるの、ほんと得意じゃなくて……
見知らぬ女性
なによ、私がそういうのに慣れてる逃亡犯にでも見えるっての? 私だってただ……
ただ、周りに失踪したって思われたかっただけなのに……うち金物屋やってるから、それで荷物を運ぶコンテナに忍び込んで、そこでふて寝を決め込んでたの。
そしたらその間にコンテナが出荷されちゃって、目が醒めて出てきてみれば、それが知らない誰かの車で……
結果、このザマよ。
ジェリー
逃亡犯じゃないんですね? それはよかったです。僕てっきり、指名手配欄であなたの顔を見たことがあるんだと思ってましたよ。
ああいえ、別にどこにでもいるような顔って言いたいわけじゃ……
見知らぬ女性
……だったら逆に気になるんだけど、あなた、指名手配犯だと疑ってた相手に、何も聞かずに手を貸したわけ?
ジェリー
ぼ、僕はただ、ほかにどうしようもないと思っただけで……あの人たちが僕を追ってきてるのかどうかも、最初わかりませんでしたし……
……それに、あなたは良い人そうに見えましたから。僕をここまで連れてきた人たちみたいに、実際は悪い人ってわけじゃ……
見知らぬ女性
くっ……! 何よこの音……
ジェリー
待ってください、ここってもしかして……
……僕に考えがあります!
……
見知らぬ女性
……
……どうしたの? 続けて。
ジェリー
え、き、聞こえたんですか? こんなの今まで……
……とにかく、これは精錬所の廃棄物自動濾過排出装置の音です。僕が働いてる会社の広告に載ってたんですが、そこから落ちてひどい骨折を負った人がいまして……
ええと……つまり僕が言いたいのは、人が落ちてきたってことは、とりあえず上には登れるってことで……だから、ここから登って外に出られるかもしれません。
ハガネガニはあそこまでは登れませんし、僕らを追ってきてる人たちも、まさか工場から脱出できるとは思わないはずです! 今のうちに行きましょう!
見知らぬ女性
行くって……あのいつでもひっくり返りそうな鉄の台の上を通るってこと? どう見たって人が乗っていいものじゃないけど。
ジェリー
アームの動きは一定ですし、絶対に無理というわけでは……! 僕が先に上へ登って制御室を見つけてきます。手動操作なら急に動く心配もないです!
……アランナさんが運転するところはずっと見てましたし、プラットフォームのレバーだって、トレーラーのシフトレバーと大差ないはず……
だから、やってみればできるかもしれません。多分ですが……
……その、つまり、僕もこれで本当にいけるかどうかはわかりませんが、ただ……
見知らぬ女性
いいわ、あなたを信じるよ。きっとできる。やってちょうだい。
ジェリー
……僕を、信じる? あなたは……僕の考えに耳を傾けてくれただけじゃなく、そのうえ信じてくれるって言うんですか? なんと……僕の三十六人の兄弟たちとは大違いだ……
だけど皆と同じように賢いし、主体性もあって――
あの、すみませんキーラさん……このプラットフォーム、思ってたよりも高いみたいで、僕の身長じゃ……届きそうにありません……下から押してもらえませんか?
見知らぬ女性
押すって、どこを? ……この辺?
ジェリー
あ、そ、そこでも大丈夫です。背中か足をと思ってましたが……
おわっ、すごい力だ……とにかく、登れました! すごいです!
見知らぬ女性
すごい、か……
(小声)あなたこそ、私の生き方にあれこれ指図してくる親戚たちとは大違いよ。
アランナ
つまり、誰にも目はつけられてねぇし、この車も疑われてねぇってことか。
ほんとにその武器で誰かをはっ倒したりしてないだろうな?
レイ
うん。君からもらった買い物リストに書かれてたものが多すぎて、武器を取り出す余裕なんてなかったし。
アランナ
……そう。結果的に揉め事を起こさなかったんならそれでいいさ。
はぁ、もうトラブルはごめんだからな。検問所での一件だけでも、鍋蓋ちゃんが参っちゃってるってのに。
で、あのビビり野郎は一体どこへ行ったんだ?
ジェリー
これで……ハァ、これでもう安全です。まさか本当にどうにかなるなんて。
見知らぬ女性
助かったわ、ほんとに、ほんとにありがとね。
ジェリー
ははっ、まだ心臓がドキドキしてますよ……僕がまさか……ほ、本当に、自分で考えて決断したなんて。しかもあんな危険なことを――
見知らぬ女性
……ちょっと、鞄で自分の頭を叩くのはやめて。皆がこっちを見てるじゃない。
ジェリー
あっ、すみません、興奮しちゃって……僕は今までずっと、他人の言うことに従って生きてきたんです。うちは家族がたくさんいて、ものすごく賑やかで……
見知らぬ女性
わかるわ、どこも一緒よね。血の繋がりなんてお構いなし。みんな兄弟姉妹だーって、わいわい集まってさ。
うちにはね、大地一周旅行に出てから十年も帰ってきてない妹がいるんだけど、兄弟姉妹のほとんどが、未だにその子が今レム・ビリトンにいないってことを覚えてないの。
とにかく、存在を忘れられることも、ある日突然家族の誰かに思い出されて、それから毎日二、三十人に同じ話をされることも、よくある話よ。
ジェリー
あははっ、ほんとわかります、それ……
実は僕、婚約者との顔合わせ会をすっぽかしてここに来たんです。だから誰かに捕まるのが怖くて……
ああ、えっと、実際にはアクシデントがあったせいで欠席せざるを得なかったんですけど……でもアクシデントが起こってから、そのことを喜んでいる自分に気が付きまして。
それでようやく気がついたんです。今回のことを、自分がどれだけ嫌がってたかってことに!
そもそも相手の顔すら知らないんですよ! 家族の賢い人たちがあんなに勧めてくるんだからきっと間違いないだろうって、ただそんなふうに考えて……
見知らぬ女性
わかる! めちゃくちゃわかるわ! うちの親戚たちも毎日毎日、経験者ぶってあれこれ指図してくるのよね。それでお小言ばっかり言われるのが嫌になって家出を決意したの!
私が旧工場区画から出て、アイアンキャロットシティで一人で生活してるところに、あの人たちはわざわざ長い時間かけてトレーラーで押しかけて、「婚約相手は決まった」とか言うんだから。
もしそれに従ってたら、今日あなたに会うことも……
ジェリー
……えーと……
見知らぬ女性
……いえ、何でもないわ。続きを話してちょうだい。
ジェリー
その……キーラさん、あなたとはすごく気が合うと思うんです……あの、うちの会社が最近新しい保険の取り扱いを始めたんですが、補償範囲がかなり広くてですね……
ご興味ありませんでしょうか? その……
見知らぬ女性
え? 保険……? あなたの仕事の役に立てるなら嬉しいわ。今日はすごく助けてもらったし……でも保険って……? いくらくらい払えばいいの?
ジェリー
いえいえ、それは誤解ですキーラさん……お金はいりません。僕が聞きたいのは……
……僕が加入した保険の、受取人になっていただけませんか?
見知らぬ女性
……受取人?
ジェリー
ぼ、ぼ、僕に何かあったら、会社から多額のお金があなたの口座に振り込まれるんです……具体的な内容については、お時間がある時にでもゆっくりお話しを……
要するに、受取人っていうのは、僕にとってすごく大切な人になるんですが……
ああっ、何を言ってるんだ僕は! また勝手に決断したりして! ただ誓って言いますけど、これはきっと、僕の人生で一番重要な決断です!
見知らぬ女性
……
ジェリー
キーラさん?
……わかってます。何もかも唐突すぎますよね。でもこれは、僕の本心がそのまま言葉になって出てきた結果で……
以前の僕だったら、多分胸の内にしまい込んでたと思います。何を言うべきかグズグズ悩み続けた挙句、口に出したとしても、ひどいどもりで……あれ? 僕、ひょっとして今どもってない?
あっ! 大丈夫ですよ……お嫌でしたら、スルーしていただいて……こんな唐突に言うべきじゃなかったかもしれません……僕は……
見知らぬ女性
いいわ。
親の言うことを聞くより、こういう出会いのほうが私の性に合ってるし……
ジェリー
……いいって? なってくれるんですか? ああっ! 兄弟たちに知らせなきゃ! 僕は何でもかんでも、皆が決めたことに従って生きてるわけじゃないんだって……
見知らぬ女性
ほんとそうよね。いっつも経験だのなんだのとぐちぐち、ぐちぐち……家族から相手について説明された時も、まるでしきたりか何かを押し付けられてる気分だったわ。
ジェリー
そういうのってありますよね。うちもよく長耳のコータスがいいって言ってました。
見知らぬ女性
えっ、コータス……?
ジェリー
ああ、ええと、僕はうちで唯一のザラックなんです。多分、すごく小さい頃に今の家族に預けられたんだと思います。
自分でもよくそのことを忘れるんですよ。皆が普段から僕のことを忘れてるのと同じで……それに、大家族なんてのはどこも寄せ集めですし。
ええと、それから皆、大声で話す人が好きみたいです。
見知らぬ女性
うちの親戚たちは、落ち着いた性格の人じゃなきゃダメって言ってたわ。
ジェリー
それと、商売のやり方を心得てる人がいいとも言ってました。
見知らぬ女性
うちは営業マンがいいって。
ジェリー
見た目は……
ちょっと待ってください……
見覚えのある女性
……
……あなたさっき確か、婚約者との顔合わせ会をすっぽかしたって言わなかった?
鍋蓋ちゃん
ランナお姉ちゃん……これ以上待ってたら、樹液を樽に入れようとする運転手さんたちに囲まれて、出られなくなっちゃいますよ……
アランナ
ああ、わかってるさ。
ったくあのザラック、死ぬほど恐ろしいだの、車から降りただけで怖い目に遭うだのなんだのと言ってたくせに、今度はなんなんだ?
レイ
やっと聞いてくれたかも。もう一度言ったんだ。降りたいなら降りればいい、手を出したりはしないからって。
アランナ
いいや、あんたの話を聞く限り、あいつが真に恐れてるのは婚約者に見つかることだと思うけど……
ジェリー
レイさん! アランナさん! 今すぐあなたたちの連絡先を教えてください!
アランナ
はぁ?
ジェリー
時期が決まったら、招待状を送りますから! 結婚式の!
アランナ
……はぁ?
レイ
辺りを見渡してみたけど、前方の道は比較的安全みたい。地面には大型動物の足跡も、野獣が地中で穴を掘った痕跡もないよ。
アランナ
ははっ、もしかしてあのザラックが言い残してった祝福の言葉に、ご加護でもあったのかもしれねぇ。
「道中どうかお気をつけて」。それから、「探し物が見つかるようお祈りしています」ってな。
レイ
「巨獣」、か……
アランナ
響きからしてすごそうだろ? 最初から「巨獣を探しに行こう」って言ってくれれば、あたしも怪しんだりしなかったってのに。
けどまさか、あんたが道路状況の観測までできるとは。
レイ
専門的な知識を持ってるわけじゃないよ。観測員をやったこともないし。
ただ……望遠鏡で遠くを眺める感覚は、好き。
アランナ
――こいつは妙だぞ。
動力系統の温度メーターが少し変だ。
カージャック女、なんか見落としたりしてねぇか?
例えば、道に湯気の沸き立つ間欠泉があるとか、地表の活性源石が小規模の爆燃を起こしてるとか?
レイ
ううん。
全部ちゃんと確かめた。
アランナ
……
ところで、鍋蓋ちゃんは?
……さっきあたしたちが外見てる間に、どこへ?
まさか――動力室じゃないだろうね……