灯りを求めて
土地を失った農民
つまり、俺たちはもうロンディニウムの近くに着いたってことか?
街から逃げ出した職人
ああ、らしいぜ。
こんなに歩いたのは生まれて初めてだよ。
土地を失った農民
そうは言っても、モランたちよりは歩いてないだろ?
街から逃げ出した職人
比べんなよ。あいつらはスカハンナ原野からリーダーについてきてんだぞ。
土地を失った農民
まあな。とにかく歩いた距離は違えど、みんなでここまで来ちまったってわけだ。この先はどうすんだっけ。いよいよ戦争か?
街から逃げ出した職人
ああ、やってやろうじゃねぇか。どうせ、ここまでさんざん戦ってきたんだ――逃げ回るサルカズだの、荒野の盗賊だの、貴族の私兵だのを蹴散らして……
見捨てられた負傷兵
……
街から逃げ出した職人
おっとすまん、お前じゃなくて、ターラー人を敵視してる奴らのことだからな。気を悪くしないでくれよ。
見捨てられた負傷兵
わかっている。ただ私は……
いや、なんでもない。
街から逃げ出した職人
おいおい、言いたいことがあるならはっきり言えって。それより、足の調子はどうだ? よければダンスでもいかがかな?
蒸し暑さの残る気ままな初秋の風が吹き抜け、辺りには草原と沼の香りが広がっている。
隊からはぐれた兵士は顔を上げ、ロンディニウムのある方向を見つめた。時折響く砲声はさして耳障りではなく、噂に聞いたサルカズの巫術が使われている気配もない。
見捨てられた負傷兵
ああ、踊ってやろうではないか。そちらこそ足を踏むなよ。
モラン
野営地で誰かが踊っているようですね。戦場のすぐそばですし、騒がないよう注意してきます。
リード
大丈夫。野営地の区画から出なければ安全だから。
モラン
ですが、いずれはこの先に進むことになりますし……
リード
……いや。
戦場に向かうのは、私ひとりでいい。
土地を失った農民
リード、モラン、一緒に踊ろうぜ!
リード
……みんな。
土地を失った農民
戦場はもう目の前だろ。先のことなんて誰にもわからねえし……
だから、まだ全員揃っているうちに、思いっきり踊らないとな!
ほらリード、みんなで体を動かしてたら、怖さだって吹き飛ぶかも――
リード
みんないるし、ちょうどよかった……聞いて。今からどこにも行かずに、野営地でじっとしていてほしいんだ。
土地を失った農民
えっ、戦場に行くんじゃなかったのかよ?
リード
戦場はキミたちにとっては危険すぎる。
街から逃げ出した職人
もしかして、あんた一人で向かうつもりか?
リード
うん、ごめんなさい。
見捨てられた負傷兵
どのくらい野営地にいればいいんだ?
リード
わからない。だけど、私は必ず戻ってくるよ。
モラン
リードさん、あなたについてきた人たちはみんな、戦う覚悟を決めているんです。
この凄惨な戦いに加わるには、私たちでは分不相応なのもわかっています。それでも、みんなリードさんの力になりたいんです。たとえ弾除け代わりにしかならないとしても……
リード
分不相応なのは私も同じだよ。
モラン
……えっ?
リード
ウェリントン公爵にせよ、他の大公爵にせよ、サルカズにせよ、彼らはいとも簡単に戦況という名の天秤を傾けられるだけの力を持っている……
だけど私たちの戦力は、その天秤に積もるホコリにすら及ばない。キミたちも、そして私も。
モラン
それなら、リードさんはどうして……
リード
為すべきことを成しに行くだけ。
私のやろうとしていることは、同胞のためにヴィクトリア人に剣を向けるのとそう大差ないのかもしれない。だけど、向き合う時が来たんだ……
姉さんに。
モラン
「リーダー」ですか?
リード
そう、リーダーに。
ターラー人なら、ほとんどの者がダブリンとその「リーダー」について耳にしたことがあるだろう。
仮に知らなかった者がいても、ウェリントンの軍隊がロンディニウムへの進軍を開始したのちに激化した彼らへの抑圧によって、嫌というほど思い知らされたはずだ。
そして彼らも薄々、目の前にいるダブリンのリーダーが、噂に聞く「亡霊部隊」やウェリントンの高速戦艦には到底敵わないことに勘付いていた。
しかし、彼女は彼らを救い、そのうえ一切の見返りを求めなかった。そのため、彼女がリーダーである事実は、彼らにとっては揺るぎないものなのだ。
街から逃げ出した職人
これまで出会いも別れもあったが、今でも着いてきてる奴はみんな覚悟が決まってんだ。なんも心配いらねぇよ。
見捨てられた負傷兵
手負いの身ではあるが、死に損ないの亡者どもが相手なら、多少の勝算はあるさ。
土地を失った農民
この命は君に拾われたんだ。君の役に立てるなら本望さ。
リード
ありがとう、みんな。だけど、私たちは死ぬために長い道のりを歩いてきたわけじゃない。
この道の先にあるのは、さらなる戦いじゃないんだ。むしろその逆だよ。私が戻ったら……みんなで戦争のないターラーへ帰ろう。
黙り込む群衆
……
モラン
……リードさん、必ず帰ってきてくれますよね?
リード
帰ってくるよ。
モラン
待ってます。あなたが帰ってくるまでずっと。
リード
うん、待ってて。
シルバーロックブラフスの戦いを経て、衆王庭の軍はロンディニウム城壁下にまで縮小した。一方、ヴィクトリアの大公爵たちは依然としてロンディニウムを包囲しており、現状攻め込む様子はない。
ようやく重い腰を上げ、参戦したはずのウェリントン軍は包囲には加わらず、交戦区域外の野営地に留まっていた。彼らは冷淡な傍観者のごとく、城壁の外の睨み合いを冷ややかに見つめている。
しかし、膠着状態は決して終戦を意味しない。偵察と反撃、奇襲と待ち伏せ、サルカズの巫術と艦隊による小規模な砲撃……
そして、動くこともままならず、ただ死を待つだけの負傷兵の罵倒と呻き。それらすべてが、この息の詰まるような静けさを作り出していた。
ドラコはその静けさに紛れながら、静寂を打ち破るべく一歩を踏み出した。
サルカズ偵察隊長
外の様子はどうなってる。
サルカズ偵察隊員
数時間前、ヴィクトリアの奴らが怪我した仲間を取り返しに来ましたが、血を一滴残らず搾り取ってやりましたよ。
だけど……こっちが少しでも姿を見せると、奴らも死に物狂いで集中砲火してきます。しかも、とんでもねぇ火力で。
隊長、もしかして本当にバベルと名乗った例の通信で言ってたみたいに――
サルカズ偵察隊長
命が惜しけりゃ黙ってろ!
サルカズ偵察隊員
……
サルカズ偵察隊長
……城外をヴイーヴルが一人で白昼堂々歩き回って、怪我した兵士を治療しているだと? 俺たちのことなんて眼中にないってか?
一分だけやる。一分後、そいつがまだ生きてたら、お前らの命はないと思え。
は? 何言ってやがんだ。サルカズの治療もしてるだって?
ヴィクトリア兵
*ヴィクトリアスラング*魔族どもめ! 足搔いたところで何も変わらんのに、しつこく噛みついてくるとは……
ヴィクトリア士官
私としては、睨み合いが続いても一向に構わんがな。
ウェリントンも旗色を変えて、ロンディニウムの包囲に加わろうとせず野営地まで後退していっただろう。連中はもうこれ以上サルカズとやり合うつもりがないのさ。
カスター公爵閣下も、ウェリントンへのご慈悲なのか、それについての議論を禁じられた。だが、次にサルカズ軍を正面から受け止める不幸な役割を、誰が担うと言うんだ?
少なくとも私は御免だ。
ヴィクトリア兵
しかし、仮にロンディニウムにもうヴィクトリア人が残っていないとしても、戦場にはまだ多くの負傷者が――
ヴィクトリア負傷兵
報告します、ただいま……戻りました。
ヴィクトリア士官
お前たち、どうして!? 負傷兵の回収に向かわせた者は誰一人として戻って来なかったというのに、どうやって……
ヴィクトリア負傷兵
ヴイーヴルが……ヴイーヴルの術師が助けてくれたんです。
ヴィクトリア士官
ヴイーヴル? どこの公爵の手の者だ? ゴドズィン公爵か? それともファイフ公爵か?
ヴィクトリア負傷兵
わかりません。それに、あの人は敵味方構わずに助けていましたし……
ヴィクトリア士官
クソッ、一体何者なんだ? そいつはどこへ向かった。ロンディニウムか?
ヴィクトリア負傷兵
いえ、恐らくは……「ガストレル」号へ。
リード
このくらいの手当てしかできなくて、ごめん。
瀕死のターラー人
十分です。少なくとも腹の切り傷は……もう痛くありませんから。
ありがとうございます、リーダー。実はオークグローブ郡で、あなたをお見かけしたことがあるんです……「火はすでに灯された」と仰っていたのを覚えています。
だから、俺は死んでも眠らぬ死者になって、ずっとターラーのために戦い続けられるんですよね?
リード
キミはそうしたいの?
瀕死のターラー人
……
リード
それなら、そうはならないよ。
瀕死のターラー人
えっ……?
リード
火はすでに灯された。それは多くのものを呑み込むけど、命を作為的に薪にするのは許されない。そんなのは火のあるべき姿じゃないから。
霊の守人の言い伝えは知ってる? 故郷へと戻ったターラーの戦士は、守人の送り火の中で眠りにつき、安らぎを得るの……
キミの戦いはもう終わったんだ。どうかキミも、ゆっくりと休んで安らぎを得てほしい。
瀕死のターラー人
リーダー、俺はまだ……
リード
……休みなさい。これは命令だよ。
瀕死のターラー人
……はい。
上級士官
「将校」殿。
「将校」
ターゲットの様子は?
上級士官
道中で見つけた怪我人に治療を施す以外は、ほとんど真っすぐ我々の野営地へ向かってきております。まもなく「ガストレル」号の搭乗口に到着するでしょう。
「将校」
サルカズと他の大公爵の動きは?
上級士官
サルカズのほうは何度か小規模な偵察部隊を遣って攻撃を行っていたようですが、彼女の進行を遮る程のものではなく、恐らく何も情報を掴めていないかと。
「将校」
監視を続けよ。搭乗受け入れの手配もしておけ。もし他にも彼女を脅かすものがあれば、全て排除するように。
上級士官
はっ。
それと、「将校」殿。我々とあなた方ターラー人は……すでに戦場で生死を共にした仲と思っていいのですよね?
「将校」
言いたいことがあるのなら、回りくどい物言いは不要だ。
上級士官
承知しました。では、単刀直入に申し上げます。ターゲットについての噂を聞いたことがありまして……なんでも、あなたは以前に彼女を抹消しようとしていたとか。
「将校」
……
上級士官
それなのに、どうして今は彼女を守ろうとしているのですか?
通信音
報告いたします、ターゲットが搭乗口に到着しました!
上級士官
で、では……
「将校」
搭乗を許可する。司令室へ通せ。
上級士官
(小声)し、司令室ですか!?
……搭乗を許可する。「ガストレル」号の司令室へ通せ。
通信音
はっ!
上級士官
……あなたが直々にもてなすものだと思っていました。
「将校」
私が?
私ではもう分不相応だ。
リード
ウェリントン公爵閣下?
てっきり、姉さんが待っているとばかり……
ウェリントン公爵
エブラナ殿下は少々立て込んでおるのだ、ラフシニー殿。
それよりも、一体どのようにしてG-0高地の正確な座標を手に入れたのか知りたいところだ。あなたが身を寄せている製薬会社か、あるいは例のドクターのおかげか?
リード
……はい。
ウェリントン公爵
ならば、そのドクターに伝言をお願いしよう。ターラーから得たいものがあるのなら、自ら取りに来い、と。
リード
ドクターが姉さんに会う手助けをしてくれたのは、ターラーに何かを求めてのことではありません。ただ戦争を早く終わらせたいだけ……私も同じ考えです。
ウェリントン公爵
僭越ながら申し上げよう。今私の目の前にいるのは、ただの代弁者に過ぎん。代弁者に条件を提示する権利などないのだよ。
リード
私は誰の代弁者でもありません。自分を代表してここにいます。
ウェリントン公爵
それならば、聞かせていただこうか。
あなたの求めるものは?
リード
平和。
ウェリントン公爵
平和、だと?
大砲は今なお鳴り止まず、サルカズの巫術も未だ頭上で渦巻いている。そんな時に平和を語るのか?
最大限譲歩しても、今の発言をこの戦争への侮辱と受け取らないようにするのが精一杯だな。
リード
この戦争を侮辱しているのは、本当に私なのですか?
公爵閣下、この戦争は、決め手がないから長引いているのではありませんよね。サルカズの限界が近いことは、私でもわかります。
ヴィクトリア人がロンディニウムに攻め込もうとしないのは、ただ力を温存したいがため……
彼らは、このままロンディニウムが死滅するのを待つつもりでしょう?
中に自分たちの同胞がいるかどうかなんて、意にも介さず。すべてが終わって、ロンディニウムに踏み込んだときにヴィクトリア人の存在を認めなければ、同胞はいなかったことになる……
あまりに醜悪な戦術です。
ウェリントン公爵
奴らの醜悪さの根源は弱さにある。今も昔も変わっておらんよ。
弱さとは、己の責任から背を向けることだ。たとえ、善意からくる行いであったとしても、その事実は変わらぬぞ、ラフシニー殿。
リード
……だから私は今ここに立っているのです、公爵閣下。
どうかこの醜い包囲を、あなたの部隊で終わらせてください。中のヴィクトリア人が同胞によって滅ぼされてしまわないよう、サルカズの脆弱な籠城を崩してください。
ウェリントン公爵
ふむ、あなたが来た意図は理解した。
エブラナ殿下が仰っていた通り、あなたは慈悲深く気高い人だ。だがそれは、ターラーが再びサルカズとヴィクトリア人の衝突に介入する理由にはなり得ない。
リード
介入するつもりが全くないのであれば、なぜ「ガストレル」号をここに停泊させているのですか?
ウェリントン公爵
私は「理由」と言ったのだ、ラフシニー殿。
私にも、「ガストレル」号にも、幾千ものターラーの戦士にも、理由が必要なのだ。命を賭すに足る理由がな。
リード
お願いします。
ウェリントン公爵
戦場では、懇願など何の意味も為さない。
リードは精一杯ウェリントンの目を見据えた。
戦場において最も力を持つものを、彼女は知っている。自分にその言葉を口にする資格があることも、所詮は資格があるに過ぎないこともよく理解している。
そして、一度その資格に頼ってしまえば、もう部外者ではいられないことも、はっきりとわかっていた。
だが、彼女はこのために来たのだ。そもそも、自身が部外者だったことなど、一度もないのだから。
リード
(深呼吸)
では、公爵閣下……あなたに……命令します。
あなたに、ターラーの名において命令を下す。
ロンディニウムに囚われたヴィクトリアの民たちを救出せよ。
艦隊を率いてサルカズの脆弱な居城を引き裂き、ロンディニウムがとうに得られていたはずの解放をもたらせ。
ターラー人が成す軍隊の気高さを見せつけよ。利のためではなく、我々の栄誉を世に知らしめるために。
ウェリントン公爵
承知いたしました、ラフシニー殿。
リード
……
ウェリントン公爵
まだ何かご指示が?
リード
今までロンディニウム付近に留まっていたのも、さっきまでの態度も、まさか全部姉さんが……?
ウェリントン公爵
いえ。
ここに留まっていたのは、ヴィクトリア人の弱さと下劣さを再確認するために過ぎません。
そして、あなたに命令を下す意思があるならば、そのお言葉は効力を発揮する……それだけのことです。
あなたはただ選択を下しただけです。ご自身をエブラナ殿下、そして新たなターラーと固く結び付ける選択を。
リード
……はい。
ロンディニウムが今の状況に陥っていなかったとしても、私はそのためにここへ来ていました。
ウェリントン公爵
こうなったからには、エブラナ殿下はすぐにでもあなたと会う時間を作ってくださるでしょう。殿下は立て込んでいると申し上げましたが、本当に今は手が離せないのです。
リード
姉さんは一体何をするつもりなんですか?
ウェリントン公爵
殿下が何を画策していようと、その成否を問わず、ターラーにとっては必ず良い結果となる、とだけ申し上げておきます。
リード
……本当ですか?
ウェリントン公爵
殿下はそう約束しました。殿下の約束は、必ず果たされますゆえ。
では、失礼いたします。
再び静けさの戻った司令室で、リードは今しがたの会話を噛みしめていた。
一部の目的は果たされ、見解も深まった。しかし、謎は深まるばかりであった。
だが、すでに一歩を踏み出したのだ。もう引き返すことなどできない。
上級士官
ラフシニー様。
リード
キミは?
上級士官
将軍のご指示により、船室までご案内いたします。
ターラー地区に到着するまでは、どうぞ「ガストレル」号でご自由におくつろぎください。
リード
申し訳ないけど、待たせている人たちがいるんだ。
上級士官
あなたについてきていたターラー人たちのことですか?
それに関しても将軍より仰せつかっております。部隊を派遣しこの野営地へ連れてきたのちに、補助艦でターラーの首都ナ・シアーシャへと送り届けることも可能とのことですが、いかがしましょう?
リード
いや、みんなに約束したんだ。必ず帰るって。
上級士官
ですが……
リード
私が今キミに、そして公爵閣下に、必ずナ・シアーシャへ帰ると約束したのと同じように。
さっき公爵閣下には、はっきりその意志を伝えたはずだよ。
上級士官
申し訳ござません。将軍に確認させてください……
将軍は今取り込み中だって? しかし……
あっ、あなたは……!? ご多忙のところわざわざ……
は、はい! 承知いたしました!
ラフシニー様。
リード
うん。
上級士官
「リーダー」より、あなたの行動に一切干渉しないよう、直々に仰せつかりました。
リード
「リーダー」が?
上級士官
ええ。
ですが、もう少々こちらに留まっていてほしいとも仰っておりました。なんでも、あなたに見て頂きたいのだと……
――盛大なショーを。
ウェリントン公爵
本当に会わなくて良いのですか?
エブラナ
ああ。
戦争が終わらぬ限り、会いに行ったところでかえってラフシニーを困惑させるだけだろう。
ウェリントン公爵
左様ですか。では、どうぞ司令室へとお戻りください。必ずや喜報をお届け致しましょう。
エブラナ
待て。
ウェリントン公爵
どうされましたか?
エブラナ
ラフシニーはターラーと運命を共にする決意をしたのだ。ならば、当人がいざ踏み入らんとする国が持つ力を示してやらねばな。
ウェリントン公爵
その点については、心配は要りませぬ。一瞬で瓦解するサルカズが何よりの証明となるでしょう。
もちろん、殿下が自らその威厳を示したいのであれば、「ガストレル」号は喜んで補佐を務めますが。
エブラナ
ああ、そうしよう。これは同時に歓迎のしるしでもあるのだから。
愛する妹がついに願いを口にしたのなら、この手で叶えてやらない理由などないだろう?
サルカズ偵察隊長
てめえ、あのヴイーヴルが何者だろうと、ヴィクトリア野郎を助けんなら俺たちの敵だって言わなかったか?
サルカズ偵察隊員
ですが、俺たちじゃ相手にならなくて……
サルカズ偵察隊長
役立たずどもめ!
……はあ、もういい。所詮ただのヴイーヴル――
なんの音だ?
サルカズ偵察隊員
こ、高速戦艦です! 全速力でこちらへ向かってきます!
サルカズ偵察隊長
ヴィクトリア野郎どもか?
サルカズ偵察隊員
あれは「ガストレル」号――たしかウェリントンって公爵の戦艦です!
それだけじゃない。カスターの軍艦も追従し始めたみたいです!
サルカズ偵察隊長
敵襲だ! お前ら――
サルカズ偵察隊員
紫の炎!? 隊ちょ――
ネツァレム
……
「ガストレル」号の舳先に、ダブリンの「リーダー」は静かに立っていた。紫の業火が彼女の槍先から城壁全体へと燃え広がる。
たちまち、城壁を守るサルカズから続々と死の炎が上がった。それは人から人へと延焼し、傍若無人にさらなる餌食を追い立てる。だが、その炎は宙に浮かぶナハツェーラーには届かない。
エブラナ
ナハツェーラー、「戦争の神」、「戦と死の王」……どう呼べばいい?
悲しいかな。ここにはもうお前が糧にできるほどの死は残っていない。
生ける伝説もいずれは死ぬ。せいぜい腐敗し朽ちる運命を免れ、新たな伝説の薪となるのが関の山だ。
ネツァレム
ほう、野心に満ち溢れた若きドラコか。
その意気やよし。
だが、槍先で生と死を弄ぶ赤き龍が、死をどこまで理解していると言うのだ?
戦争の幕が下りきるまでの余興には悪くなかろう。
エブラナ
ナハツェーラー、すぐに倒れてくれるなよ。
艦隊の砲声が鳴り止む前に、我らでヴィクトリア人たちに死の何たるかを見せつけてやろうではないか。
ネツァレム
……若きドラコよ、我輩は待ちわびていたのだ。
此度の戦にて、他者に勝る胆力を示す者が現れることを。
ならば、その紫炎でもって、城壁を取り囲む腑抜けどもに示してやるがよい――
我、此処に在り。
戦争、此処に在り。
腐敗の気配が一段と濃くなり、冷たい死の炎が激しさを増す。
死と死が真正面からぶつかり合った。その勢いに、砲声すら飲み込まれ、城壁すら土壁と化す。
土地を失った農民
つ、ついに始まったのか?
街から逃げ出した職人
まさか、リーダーはもう……
見捨てられた負傷兵
不吉なことを言うな! そんなはずが……
……
やはり、探しに行かねば。
モラン
ここで待つと約束をしたはずですよ。
見捨てられた負傷兵
しかし、もうロンディニウムへの攻撃が始まったんだぞ!
モラン
……彼女を信じましょう。
見捨てられた負傷兵
私だって信じたいさ。だが、巫術と大砲の音が聞こえるだろう! リーダー一人では――
モラン
いいえ。彼女が私たちを信じてくれたように、私たちも信じるんです。
見捨てられた負傷兵
……
負傷兵は言葉を詰まらせると、皆で戦場に加わるための理由を探すかのように、再び視線を炎と轟音によって破られた静けさの方向へと戻した。
直後、煙塵とぬかるみの向こう側に、彼は一つの人影を見た。
それはリーダーであり、リードであり、ラフシニーだった。
彼女は自身の戦いを終え、約束通り戻ってきたのだ。彼らを旅の終着点まで導くために……
故郷まで、平和まで導くために。
リード
みんな、行くよ。
向こうはもう、私たちが踏み込むべきところじゃない。
帰ろう。