新世界より

???
それですべてか?
落ち着いた貴族
はい、何も隠してはおりません。
???
このような処置は……いささか予想外だな。
落ち着いた貴族
これからどうすべきでしょうか?
???
どうすべきか? どうもこうもない。
この件は元々君とは無関係だ。関連する領地に対する施策が変更されただけ……君が何を行う必要がある?
落ち着いた貴族
仰せの通りです。ですがそうなると感染者たちは引き続きあの区画で生活することができ、デマを拡げる恐れがありますが……
???
だったら何だ? 感染者どもの妄言など誰が信じる?
落ち着いた貴族
では我々は今後……
???
今後か。
焦る必要はない、やるべきことはまだたくさんある。
恭しい侍従
……以上が今回の事件の最終報告です。
女性
ご苦労。
そのツェルニーとかいう者が今回の事件で作った曲は?
恭しい侍従
「女帝の声」がいつでも採譜可能です。数時間後には演奏が可能になるかと。
女性
必要ない、録音が聴ければそれでよい。
女性
……
女性
悪くない、作曲時の魂の奥底からの咆哮さえも聴こえてくる。
女性
才能はある。だが惜しい、まだ足りない。
緊張した感染者
どうだった?
無気力な感染者
まあ、そう酷くはない。
アンダンテが言うには、あの事件による感染の悪化は非常に奇妙なものらしい。その後、大勢の感染状況は継続的な安定期に入った。俺も例外ではない。
緊張した感染者
前みたいに、後から悪くなるようなことはないだろうな?
無気力な感染者
アンダンテによると、この現象を徹底的に調査した結果、事件中に活性化した源石は、ほぼすべてが低活性状態で落ちついていることがわかったらしい。
要するに、まだしばらくは適当に生きれるってことだ。
緊張した感染者
よかった……
そうだ、公爵様が今後アフターグロー区をどうするつもりなのか、アンダンテは知ってたか?
無気力な感染者
ああ、彼女も聞いた話らしいが、「女帝の声」がアフターグロー区に干渉しないよう公爵様に要求したってよ。
緊張した感染者
それはありがたい! 女帝陛下の御慈悲に感謝を――
無気力な感染者
大声出すな!
緊張した感染者
……
はぁ、けどこれからどうやって暮らしていけばいいんだ……
無気力な感染者
黙れって、これ以上事を大きくしたいのか?
これから? その日暮らしをするだけさ。
緊張した感染者
でも俺は長生きしたいんだ。
無気力な感染者
だったら余計に口を閉じておくんだな。
アンダンテ
……
ハイビスカス、わかったような気がするよ~。物事には知らない方が気が楽なこともあるんだって。
ここの後始末を終えたら、他の場所への異動を申請するよ。
本艦へ行ってみるってのも、悪くないかもね~……
ビーグラー
待ってください。
あなたを見つけるのに、随分と苦労しましたよ。
お爺さん
……
ビーグラー
何か言いたそうですね?
お爺さん
……ヴィセハイムに来るようクライデを唆したのはあんたらだな。
ビーグラー
……
お爺さん
コンサートの報酬の件を除いて、あの子に聞かせた話はすべて本当であった。わしの治療のために急いで金を稼ごうとしていたあの子を、今回の件に引き込むためだろう……
しかし、あの子はあんたに恨まれるようなことは何もしておらぬ、なぜこのような真似をした!?
ビーグラー
もしあなたに内情を知らせば、見逃すことはできなくなりますよ。
お爺さん
元々、余命などいくばくもない身だ。
ビーグラー
いいでしょう。元同僚のよしみで教えて差し上げます。
ストロッロ伯爵は以前からクライデの捜索を行っており、あともう少しで見つけ出すというところでした。
お爺さん
だったら何だ? クライデはずっとわしのそばにおった――それはつまりあんたの管理下にあるということであろうが!
ビーグラー
彼女の研究ノートはご覧になったでしょう? ならば知っているはずです。「塵界の音」に対する彼女の研究は驚くべきものでした。
あのノートを手に入れるまで、私が知っていた情報と言えば彼女が詳細な研究を行っているということだけであり、それがどの程度なのかまでは知りませんでした。
ビーグラー
私が懸念したのは、彼女に研究をさせ続ければ、「音」でさらに恐ろしい事態を引き起せるのではないかということです。例えば、遠距離から共鳴を引き起こし、それを誘導するなどといった……
ビーグラー
朝目覚めたら、隣にいた可愛い孫が化け物になっていた。あなたはそれを望みますか?
ビーグラー
そうなるくらいなら、クライデを彼女の目の前に放り出し、この機会を逃すことはできないと思わせて、まだ技術が不完全なうちに計画を実行させた方がいいと判断したのです。
いかがです? 他に質問はありますか?
お爺さん
もしエーベンホルツたちがホール内に仕掛けられた拡声器に気付かなければ、どうするつもりだった?
ビーグラー
……どうもしません。
その時は、アフターグロー区と運命を共にするまでです。
お爺さん
……もう訊くことはない。
ビーグラー
では、ついてきてください。
お爺さん
わしを殺さぬのか?
ビーグラー
殺す? その必要もないですし、わざわざ後味を悪くする趣味もありません。
行きましょう。私の店でコーヒーでも飲みながら、あの愚かで尊敬すべき二人の若者について語り合おうじゃないですか。
お爺さん
わしに拒否権はあるのか?
ビーグラー
まさか。
ハイビスカス
ラヴァちゃん?
ラヴァ
どうしてあんな無茶をしたんだよ? もしオマエに何かあったら、アタシは一生許さないからな!
ハイビスカス
え?
ハイビスカス
あっ、ヴィセハイムでのこと? ほら、見ての通りピンピンして――
ラヴァ
何で噂を信じた奴らに立ち向かおうとしたんだよ。なんとかって音の影響を受けると知っててどうして逃げなかったんだよ。アーツもロクに学んだことないのに何で命を懸けてまで戦おうとするんだ!
ハイビスカス
そこまでラヴァちゃんに話した覚えはないんだけど……
ラヴァ
ツェルニーさんに聞いたんだよ! あの人から教えてもらった!
ハイビスカス
うっ……もし何が起こったか知りたいのなら、私に直接訊けばいいでしょ?
ラヴァ
リターニアでアタシにピアノを教えてくれた、ヨハン先生のことを聞きに行ったんだ。それでツェルニーさんと話してたら、その話になって。オマエがもう少しで――
ラヴァ
もう少しで……
……
ラヴァ
――言っとくぞ! 次またこういうことがあったとしても、絶対に無茶しちゃダメだ! アタシが絶対許さないからな! わかったかハイビス! おい、わかった……のかよっ!
ハイビスカス
もう、泣かないで。私は無事だったでしょ?
ラヴァ
だけど感染レベルが――!
ハイビスカス
確かに今回の件でかなり悪化したけど、今はもう抑えられてるの。だから……
ラヴァ
ダメだ、抑えられたとしてもダメだ! オマエはいっつもアタシに身体に気を付けろって言うくせに、何で自分の身体となるとお構いなしなんだ!
もしオマエが……いなくなったら、アタシは、アタシは……
ハイビスカス
……
ハイビスカス
ラヴァちゃん、約束する。これからちゃんと、自分の身体に気を使うよ。これでいい?
ラヴァ
本当か?
ハイビスカス
本当だよ。
ラヴァ
嘘ついたら絶対許さないからな!
ハイビスカス
嘘なんてつかないよ。今回ドクターがくれた休暇は結構長いから、この期間を利用してゆっくり休むね。
ハイビスカス
そういえば、ヨハン先生のこと聞きに行ったんでしょ? どうだったの?
ラヴァ
ツェルニーさんは一年前、ある交流会でヨハン先生に会ったって。元気そうだったみたいだ。
ていうか、リターニアに行ったついでにアーツユニットをフルートに変えるなんて、オマエもあそこで音楽に目覚めたのか?
ハイビスカス
これのこと?
ハイビスカス
アーツユニットとして使ってるだけで、実際は吹けないよ。
ラヴァ
本当か?
ハイビスカス
もちろん。
ラヴァ
もしかして、実は恥ずかしいとか?
ハイビスカス
恥ずかしがることなんてないけど。
ラヴァ
嘘だ! だったら吹いてみろよ!
ハイビスカス
じゃあ……本当に吹くよ?
ラヴァ
ああ!
ラヴァ
うっわ。ひでぇ音!!!
ツェルニー
ご心配ありがとうございます、ドクター。おかげ様でだいぶ気分が良くなりました。
それと、アフターグロー区を気にかけてくださったことも、改めて感謝申し上げます。
ツェルニー
あなたがロドス代表で交渉してくださらなければ、「女帝の声」がアフターグロー区のために重い腰を上げるなどということは絶対にありませんでしたから。
ツェルニー
ご謙遜を。
ツェルニー
仰る通りです。今回その点をより強く実感しました。
ツェルニー
……
ツェルニー
私をここへ呼んだのは、どういったご用件ですか?
ツェルニー
私の考えはすべて報告書に書いてある通りです。
ツェルニー
心の準備はできています。
ツェルニー
ハイビスカスさんに支えられてコンサートホールへと向かった時、私はすでに死ぬ覚悟ができていました。
ツェルニー
あれだけいろんな出来事が起こり、事件の結末も私の甘い予想とはかけ離れています。ですが私は……生き延びました。
この感覚は本当に不思議です。言葉でも音楽でも、うまく表現することができません。
ツェルニー
それを表現する方法を戦場で見つけようなどと高望みはしません。ですが、今までとは異なる方法で感染者のために戦った方が、私にとっては良いのかもしれません。
ツェルニー
わかりました。
ツェルニー
ところで、エーベンホルツさんはロドスにいらっしゃいますよね?
ツェルニー
ロドスに来た翌日以降、彼の姿を全く見ていないのです。
ツェルニー
時折、あの黒い服を着たウルティカ伯爵は、本当に死んでしまったのではないかと思うことさえあります。
ツェルニー
……仰る通りです。
ツェルニー
では、お先に失礼します、ドクター。
ツェルニー
……
ツェルニー
結構です。今回の件が彼に与えた傷は計り知れない。私にはそれを理解できるとは言えません。想像することしかできないのです。
彼が、私やハイビスカスさんに会おうと思ってくれるようになった時に、改めてお会いするとしましょう。
ではまた、ドクター。
エーベンホルツ
ドクター? よく私の居場所を見つけたな。
エーベンホルツ
私には癒すべきストレスなどないがな。
エーベンホルツ
何か言うことはないのか?
エーベンホルツ
誰だ? そいつと話をしてみたいものだ。
エーベンホルツ
手紙? どこからだ?
中身は察しがついた。渡してもらおうか。
……貴殿はなかなかユニークだな。
貴殿が作戦指揮を執っている時の様子が想像できないな……任務中もそのようにふざけているのか?
それが貴殿が気まずくなった時の反応なのか?
フードを被った寡黙な人物か。フンッ、なかなか剣呑じゃないか。
これなら楽しみだな。
言われなくてもそうさせてもらう。
これは……リターニアの平民であるエーベンホルツのパスポート。
あとはクライデの……それとウルティカ伯爵の……死亡診断書。
ん? まだ何かある?
……手紙?
エーベンホルツ
署名がない……匿名の手紙?
彼女のイメージ通りだな。
ロドスのオペレーター・エーベンホルツ。彼が手に持った杖の先を手紙に当てると、すぐに燃え上がった。
火はあっと言う間にパスポートへ燃え移り、そしてウルティカ伯爵の死亡診断書へ、同じくクライデのそれへと広がった。
紙の焦げる臭いが甲板に広がる。
エーベンホルツはそばにあるチェロを抱きしめた。
彼は目を閉じ、ある友人がチェロを弾く時の姿を心に浮かべると、シンプルながらも軽快なメロディーを奏でた。
双子の女帝が権力の座に就いたばかりの頃、リターニア内には彼女たちを称える歌が無数に現れた。これもその一曲だ。
しかし、今ではこの曲の後半部分はすでに人々に忘れられている。前半だけが、軽快なメロディーと愉快な気持ちをストレートに表現した歌詞のために、いまだに一部で歌い継がれている。
演奏する彼の姿を、夕日がまぶしく照らし出す。