風掴む羽
ノイルホーン
ありゃ角獣だな……! ほら、学者先生は早く木に登れ!
間に合わねえ――ヤトウ!
ヤトウ
わかってる!
鍛冶屋アイルー
ニャ! これでも喰らえニャ!
ノイルホーン
お前、何を投げ――
ノイルホーン
くっせえ……! なんだ!? また臭羽獣が来やがったのか?
ヤトウ
効いているようだ! 角獣の群れが方向を変えたぞ!
今使ったのは何だ?
鍛冶屋アイルー
羽獣のフンで作った、こやし玉だニャ!
学者アイルー
なるほど、今のくさいのはそれでしたかニャ! こんなに素早くこやし玉を作るなんて、さすがは相棒ですニャ!
こやし玉をモンスターにぶつければ、においに耐えられず逃げていくのですニャ。わたしたちが今ノイルホーンを避けているのとまったく同じ理屈ですニャ。
ノイルホーン
やめろその言い方!
ヤトウ
だが、これでは方向を変えさせただけだ。角獣たちに無闇やたらと走り回られるのは困る。リオレウスの痕跡がなくなってしまう可能性があるからな。
ノイルホーン
しかしあの暴走っぷり、普通じゃねえ感じだったな。原因は何なんだ……?
ヤトウ
今は理由を考えるより、暴走を止めるのが先決だ。
学者アイルー
わたしの推測によると、あの規模の群れであれば、先頭に群れを導いている個体がいるはずですニャ。
ヤトウ
そうなのか? であれば、そいつだけを斬ればいい。簡単な話だ。
ノイルホーン
……そいつだけを斬るってのは?
ヤトウ
言葉通りの意味だが。
ノイルホーン
どうやるつもりだよ?
ヤトウ
直接斬り込む。
ノイルホーン
本気か? あの数の角獣が、あんな勢いで突っ込んでくるんだぞ。そもそもああなった原因もわからねえし……
ヤトウ
それを探っている時間はない。援護してくれ、手早く済ませるぞ。
ノイルホーン
待て、その前に――さっきの……こやし玉はまだ残ってるか?
鍛冶屋アイルー
たくさんあるニャ!
ノイルホーン
よし。――なあ、学者先生。先頭の角獣にこやし玉をぶつければ、ほかの角獣もうまいこと散ってくれるって考えてもいいか?
学者アイルー
先ほどの反応を見る限り……理論上はそうなりますニャ。
学者アイルー
ただし、その効果も長続きはしないでしょうニャ。それに、こやし玉は至近距離で投げないとはずれるかもしれませんニャ。
ノイルホーン
わかった。木の上から近づいてみよう。先頭の角獣を狙いやすいように、なるべく近くまで寄ってみる。
ヤトウ、お前はほかの角獣たちが散った瞬間に飛び降りて、先頭の角獣を仕留めてくれ。
ヤトウ
了解した。
ヤトウ
だが、いいのか? それではお前が……
ノイルホーン
もっとくさい目に遭うだけさ。問題はねえ。――うえっ……
柏生義稜
……
まだ……まだ間に合う……
???
奴らは速すぎる。若く力がみなぎっていて、手に負えねえ相手だ。
かつて抑圧されてたものが勢力を広げてるのさ。この森の危険が減ることなんざない。
数え切れない過ちを犯してきたあんたの身体も、随分衰えた。
柏生義稜
いいや。
柏生義稜
そんなのは……ただの言い訳だ。
行こう。奴らを追うぞ。
……あれは……
学者アイルー
あそこですニャ! 見えましたニャ!
群れの前のほうにいる、黄色くて大きなツノがキラキラしているあれが、群れを導いてる角獣だと思いますニャ!
こっちに突っ込んできますニャ!
ノイルホーン
――俺はできる。俺にならできる。
ヤトウ
集中しろ。
来るぞ、構えてくれ!
ノイルホーン
待て待て……鼻栓が落ちた!
ヤトウ
今だ!
ノイルホーン
え? ――っだあ、もうどうにでもなれだ!
学者アイルー
スーパーこやし玉アタック! 成功しましたニャ!
ヤトウ
――ハアッ!
ノイルホーン
何とか……なったか?
ヤトウ
ああ。
学者アイルー
予想通り、奴らは落ち着いたみたいですニャ。
ヤトウ
ノイルホーン、お前……
ノイルホーン
わかってるって、くさいんだろ? 言われなくても離れるっての!
ヤトウ
そうじゃなくて……怪我をしてるぞ。
ノイルホーン
ああ、これか。大した傷じゃねえし……
ヤトウ
幸い、応急処置用の薬がまだ残っている。来い、私が手当しよう。
ノイルホーン
お……おう。
学者アイルー
二人とも、これを見てくださいニャ。
先ほど討伐したモンスターなんですが、鼻の周りに灰白色の粉がついているんですニャ。
ノイルホーン
ん? これ……
学者アイルー
わたしはこの粉を見て、我々の故郷にいるエンエンクという生物を連想しましたニャ。エンエンクが出す煙のようなフェロモンは、モンスターを興奮させ、夢中で走り回らせることができますのニャ。
学者アイルー
それを利用してモンスターを誘導するというのが、ハンターさんにはおなじみの手段なんですニャ。
ノイルホーン
……どっかで見たことあると思ったら、柏生の爺さんちにあった瓶に入ってた粉だ。ってことは、もしかしてあの爺さんが……?
学者アイルー
きっとそうだと思いますニャ。
ノイルホーン
俺たちが森に入ったことを知ったから、この粉で角獣の群れを暴走させて邪魔をしようと思った、とか?
「森に入るな」とか「俺の獲物に近付くな」とか言われたしよ……
ヤトウ
それは違うだろうな。
ノイルホーン
っていうと?
ヤトウ
昨日の昼頃、あの人が森へ入っていくのを見たんだ。私たちは洞窟でのトラブルを経て偶発的に森へ来たんだから、彼にこちらの行動を知ることはできまい。
加えて、森の中で我々を見たというのも考えにくい。その場合こちらも彼を見かけているはずだからな。
ノイルホーン
確かに。向こうの目的だってリオレウスを探すことだしな。こんな騒ぎが起きりゃ、痕跡がなくなっちまうことくらい爺さんはわかってるだろう。
そう考えると……角獣の群れに何かするつもりで近付いたものの、状況が変わって制御不能になった、とかが妥当な線か?
ヤトウ
……やめよう。こんなことを考えていても意味がない。それより、リオレウスを捜索しなくては。
学者アイルー
大変ですニャ! 相棒がまたいなくなっちゃいましたニャ!
さっきまで一緒にいたはずなのに、木から降りてみたら……
ノイルホーン
おいおい……! 臭羽獣のおかわりは勘弁してくれよ!
鍛冶屋アイルー
ニャ……
ノイルホーン
ん? 今、向こうからアイルーの声がしたような……
学者アイルー
よかった、いましたニャ! 相棒、何があったんですかニャ!?
ノイルホーン
……においのせいで気を失ってるみたいだな。
ヤトウ
……この任務、これ以上悪いことが起こらなければいいんだが。
???
太陽は今まさに衰えつつある。
見ろ。枝葉の間から零れた光すらも揺れて、底から聞こえる夜闇の声が次第に大きくなってくる。
一時の衝動で……間違った道へ踏み出した獣どもめ。
お前らはもう、森の夜闇から戻れない。
柏生義稜
……黙れ。
……第三回目――音声記録……
――記録者……ヤトウ……
我々の装置――妨害を受け……正しく動作せず――
……方位を失っ――
――我々は……
閉じ込められてしまった。