夜明け

物語の最後――結局、狩人は怪物を倒せはしなかった。
けれど村人たちは無事に避難し、炎の中には燃える廃墟だけが残された。
標的を失い、深手を負った怪物が森へ帰っていくその姿は――
狩人にこう言い残すかのようだった。
「いずれ私は戻ってくる。」
狩人は森と向かい合ったまま、無言で立っていた。長い沈黙の後、彼は返事を口にした。
やんちゃな子供
ええ? 結局狩人は怪物を倒せなかったの? つまんない!
好奇心旺盛な子供
村最強の狩人が怪物に負けるはずないじゃん!
滝居未来
でも、物語の中ではそうなってるの。
好奇心旺盛な子供
まあ、しょーがないか。この前村を襲ったリオレウスにも、逃げられたっていうもんね。
やんちゃな子供
ふん、そんなの大人たちが弱すぎるせいだろ! おれが狩人になったら、リオレウスなんか余裕で倒せるもん!
和也
何言ってるのさ! ぼくはリオレウスの強さをこの目で見たんだ、きみに勝てるわけないよ!
和也
ほら、これ見て! なんだかわかる?
やんちゃな子供
リオレウスの狩猟に使われてた矛だ!
和也
そう! ヤトウお姉さんが、しばらくぼくに預けるって言ってくれたんだ。つまり、ぼくにはその資格があるって認められたんだよ。だから、ぼくはいつか村で一番の狩人になるんだ!
やんちゃな子供
なんだと~! おれの気刃兜割を喰らえ!
滝居未来
はいはい、騒がないの。
好奇心旺盛な子供
ねえ、お姉ちゃん。お話の中の狩人は、最後に何て言ってたの?
滝居未来
それはね……
滝居未来
あっ、もうご飯の時間じゃない。それじゃあ、一旦休憩ね! 戻ってきたらまた、狩人のセリフを聞かせてあげる。
滝居未来
ほらほら、行った行った。
滝居應
未来……あれから半月が過ぎたというのに、まるで昨日の出来事のように感じるな。
滝居未来
あれ、随分記憶力良くなったね。
滝居應
はあ……私は元々記憶には自信がある。明を忘れたことなど一度もないしな。それで、柏生さんはもう目覚めたのか?
滝居未来
まだ眠ったままみたい。でも、怪我のほうはだいぶ良くなったって先生が言ってたよ。ほんと、しぶとい人だよね。ふふっ。
滝居應
そうか。……しかし、このところは本当にくたびれたな。道路の計画に、村の建物の再建に……
滝居應
源石のお陰で蓄えがあったのは幸いだった。利藤の奴も、怒りに燃える皆の前では横領した金を返さざるを得なかったしな。
立て直すのは難しくないが、本当の試練はこれからだ……
滝居應
未来。この間言っていた涼花草の異地栽培の件、すべて落ち着いたら試験栽培に取りかかってみようか。
滝居未来
ああ、あれ? 嘘だよ。
滝居應
なっ……嘘、だったのか?
滝居未来
うん。わかってると思うけど、涼花草が育つ環境条件はかなり厳しいからね。今の科学技術では、異地栽培なんてできないよ。
滝居應
だが、この前は……
滝居未来
ああでも言わないと、みんな避難してくれないでしょ? あの時は全員利藤に振り回されてたし、なんとか説得しなきゃと思って。
滝居應
困ったな……それでは、今後の村の産業が……
滝居未来
慌てない慌てない。もう一つ考えがあるの。
滝居應
今度は嘘じゃないんだな?
滝居未来
こっちはほんとだよ。
滝居應
では、聞こうか。
滝居未来
今までの経験を活用するの。
村のやり手たちを集めて、外の正式な源石工業プロジェクトに参加してもらうんだよ。そうやって、安全でコントロール可能な技術と産業チェーンを村に持って帰るんだ。
滝居應
未来……自分が何を言ってるのか本当にわかってるのか? やっと源石鉱床から解放されたというのに、また源石に近付けと?
滝居應
そもそもお前は……鉱床を爆破したいとすら思っていたんだろう?
滝居未来
あたしが反対してたのは鉱床での活動そのものじゃなくて、制御可能な範囲を超えた採掘だよ。ただ、みんなあたしの忠告なんて聞いてくれなかったから、ほかに手段がないと思ってたの。
滝居未来
何はともあれ、あたしたちは源石鉱との付き合いも長いし、その経験自体はこの先もきっと役立つはずだよ。
滝居應
だが、源石は危険すぎる。天災も鉱石病も経験したというのに……またあんな悪夢にうなされる生活へ戻らなければいけないのか?
滝居未来
叔父さん。たとえそうだとしても、この大地で生きていくには、源石は必要不可欠でしょ。
滝居未来
眩しくネオンが輝く都市も、その光は全部源石の工業技術で灯されたものなんだよ。
滝居未来
それに背を向けることはできないし、原始的な時代に戻ることも現実的にありえないんだから。
滝居應
しかし……何か別の手段は……
滝居未来
やり直しっていうのは、今までの積み重ねを捨てることじゃないんだよ。
滝居未来
それに、あたしたちが触れた源石工業は氷山の一角でしかないし、ぼんやりしてると時代に取り残されちゃうからね。ちゃんと成熟した技術を持つ人たちと交流して、経験を補わないと。
滝居未来
この先、安全かつ制御可能な状態で源石を利用できるように、あたしたちは進み続けないといけないの。
滝居未来
前は目先の利益に囚われて、災いをもたらしてしまったけど……だからって源石の活用自体を諦めることないでしょ。
滝居未来
逆に源石をより尊重すればいいんだよ。それがもたらす破滅までもをきちんと把握して扱うことで、源石に秘められた機会を掴むの。
滝居未来
過去の犠牲を無駄にしちゃいけない。それは、あたしたちがするべきことじゃない。その上今は、手伝ってくれるロドスの人たちがいる……そうでしょ?
滝居應
……確かに。
村の未来のためにも、一歩ずつ歩み続けないとな。
滝居應
源石工業、か……これまでの経験を完全に活かせるかどうかはわからないが、お前の言う通り、生き抜くためにすべてを試すべきだろう。
滝居未来
そうだ! 村の景気が良くなったら、あたしのために豪華で素敵な研究所を建ててくれない?
滝居應
それで……何をするつもりだ?
滝居未来
もちろん、涼花草の異地栽培を研究するの。ほかにも色んな研究をしてみたいな……いつか、源石に本当のさよならを言うためにね。
滝居未来
あたしたちならきっと辿り着ける……災厄の陰に隠れず、胸を張って……
滝居未来
光に満ちた明日に。
ノイルホーン
なあヤトウ、やっぱり心配なんだが……任務の帰りに勝手にルートを変更するなんて、ドクターにバレたら……
ヤトウ
言いつけるつもりか?
ノイルホーン
そんなことしねえよ!
ヤトウ
着いたぞ。
ノイルホーン
……天災で何もかも壊されちまったんだな……
ノイルホーン
山がまるごと燃やされて……立ち昇る灰が雲に溶け込んで漂ってる……
ヤトウ
ノイルホーン。あの天災から、何日経った?
ノイルホーン
半月は過ぎたな。
ヤトウ
もう半月か? まるで昨日のことのようだが……
ヤトウ
アイルーたちは、ロドスで新しい小隊を編成したんだったか?
ノイルホーン
らしいぜ。正式な小隊名は「アイルー特別行動隊」、隊長はあのオトモなんだが……学者先生が団長を名乗って、小隊名を「テラ大陸調査団」にしたがってるとかで……
ノイルホーン
特殊生物の専門家ってポジションで、テラの生態環境を記録しつつ……ついでに元のところに戻る方法を探すってよ。
ノイルホーン
とは言え、最後の一言はオトモが付け足したんだがな……学者先生と鍛冶屋のあいつは、すっかり忘れてたらしいぜ。
ヤトウ
……あの学者の得意げな顔が目に浮かぶ。
ノイルホーン
露華村の再建も始まったし、きっと全部うまく行く。心配する必要はねえさ。
ヤトウ
なら良い……私がここに寄った理由はわかるか?
ノイルホーン
過去を振り返りに来たわけじゃねえんだろ。
ヤトウ
私のことをよくわかっているな。
ヤトウ
リオレウスのこと、覚えてるか?
ノイルホーン
ああ、あいつか……観測報告によると、あれ以来ずっと蒼暮山地にいるって話だぜ……たまに灰の雨の中を飛ぶ姿が見られるんだと。
ノイルホーン
ここじゃ、あいつを見つけるにはちょいと手間がかかりそうだが……探してくるか。
ヤトウ
奴はそこにいる。空を見ろ。
ノイルホーン
どこだ? おお、見えたぜ。
ヤトウ
私は……
ヤトウ
(手を差し出して灰を受ける)
ヤトウ
奴が落ちるのを、見届けに来たんだ。
舞い散る灰の中、リオレウスは高い空へと飛んで行く。
遠く、遠く……まるで一本の糸に引っ張られているかのように。
結果はもうわかっていた。……糸はやがて千切れて……空のある一点で……
一つの生が絶え、大地へと還った。
ノイルホーン
……
彼はなんとなく、傍らを見た。彼女は空の果てを見つめている。
彼の視線は徐々に下がって、最後は彼女の指先に止まった。
ノイルホーン
(手を伸ばそうとする)
ヤトウ
ん?
ノイルホーン
いや、えっとその……肩に灰が……
ヤトウ
ああ……
ノイルホーン
ヤトウ……笑ってるのか?
ヤトウ
なんでもない。ほら、帰るぞ。
狩人の最後の言葉はこうだった。
「私はここで待っていよう。」
物語の最後には、それから数年後のことが書かれている。――村に新たな家が建てられ、森もすっかり姿を変えた頃……
かつて狩人だった老人がいた場所には、若き狩人が立ち――その目の前には、新たなモンスターが立っていた。
彼らは互いの瞳を見つめ合った。