迫る荒波
イフリータ
サイレンス、よかった! この街に来てからずっと、いつになったら会えるんだろうと思ってたんだよ……
サイレンス
……
イフリータ
えっと……さ、サイレンス?
サイレンス
……イフリータ、こっちに来て。
イフリータ
大丈夫だって! まだまだ悪い奴らをぶっ倒せるし、片手でサイレンスを抱えて走り回ったりもできるぜ! 信じないっていうならもう片方の手でサリアも抱えて走ってやるからさ! はは、は……
サイレンス
しゃべらないで。医療ドローンの測定値に影響するから。
イフリータ
う……わかったよ。
彼女の身体を見下ろして検査をするサイレンスは、いつもと同じ几帳面で優しい表情に見えたが、イフリータは緊張していた。
彼女は、サイレンスに怒られるのを恐れはしない。
サイレンスが自分のことを叱るのは、気にかけてくれているからこそだというのは、彼女が成長するにあたって一番最初に学んだことだったからだ。
怒ったあとには、必ず自分に害をなすものや怖いものを一緒に片付けて、追い払ってくれる。サイレンスはそういう人だと、イフリータは知っていた。
彼女が見せる怒りは、本当の怒りではないのだ。
だが、そんな彼女が黙っているのがイフリータには恐ろしかった。
サイレンスが怒りを見せず、常よりも静かな時というのは――
何かがサイレンスの中の、越えてはならない一線を越えたということを意味している。
イフリータ
トリマウンツの空っていつも灰色だし、雨雲も怪獣みたいにでっかいんだな。昔部屋に来てくれる時に、サイレンスの髪がしょっちゅう濡れてた理由がわかったよ……
……そういえば、サイレンスは「ホットドッグ」って好きか? ドクターがオレサマとロスモンティスに買ってくれたんだけどさ、次はイチゴ味のシロップかけてみたいんだよな……
サイレンス
……
イフリータ
サイレンス……
オレサマは、自分で決めてここに来たんだ。ケルシーにしつこく頼んで、途中でドクターにすげー長い誓約書も書いた。
それに、この何年かで勉強も訓練も一通り終わらせて、サイレンスとサリアみたいにいろんな任務をこなせるようになったんだぜ。
サイレンス
血中源石密度が若干上がってる。
サリア
……上昇速度と源石融合率の予測はどうだ?
サイレンス
今のところは制御可能な範囲。
そのほかの結果は、イフリータを本艦に帰して詳細な検査をしないとわからない。
イフリータ
本艦に帰すって……二人とも、まだオレサマのこと信じてくれないのかよ……
サイレンス
違うよ。あなたのことは信じてる。
でも……
サリア
……
イフリータ
サリアがいるんだから、でもも何もねーだろ!
サイレンス
……もう四年以上前、まさにこの街で、今と同じようにライン生命の中で。
あなたを永遠に失うところだった。あの時も彼女はあなたのそばにいたんだから、それは根拠にはならない。
イフリータ
でもオレサマは生き延びたし、今もピンピンしてる! サリアはオレサマを守ってくれたし、今度はオレサマも一緒にサイレンスを、みんなを守ることだってできるんだ!
サリア
サイレンスの言うことを聞け、イフリータ。彼女はお前の主治医であり、誰よりも信頼すべき相手だ。
イフリータ
サイレンスと同じくらい、サリアのことも信じてるんだよ! それにドクターも、ロスモンティスも、オレサマはみんなを同じくらい信頼してる!
サリア
……
サイレンス
……サリア。あの日――何かが空から降ってきた日に、十三区の工場であなたを見たの。ロングコートを着た誰かと一緒にいたでしょう。
サリア
お前もあの場に来ていたんだな。
サイレンス
あれも、ライン生命関係の秘密の実験なんじゃない?
サリア
……
サイレンス
あなたは答えないのはわかってた。だって……それが私とイフリータを「守る」ことだから。
サリア
……つい十分前、イフリータは副大統領暗殺を阻止した。
サイレンス
……え?
サリア
何も意図的に隠していたわけではなく、私が持つ情報も非常に限られたものなんだ。この件の背後には多くの勢力の影があり、私にも最善を尽くして状況悪化を防ぐことしかできはしない。
サイレンス
……
「全ては秩序に則るべき」――サリア主任のこの言葉なら何度も聞いてきた。
ライン生命にいた頃も、あなたは常に事態を制御できる立場にいたのに、ああいう恐ろしい実験はいくつも行われていた。
誰かの野心で傷つく人は常に存在するし、その傷はあとから正しい裁きが下されようと決して癒えることはない。言うまでもなく……そんな裁きが下されたこと自体ないけれど。
私は……あなたたちがこの火を消し止めた時、一体どれだけの人があの時のイフリータみたいに瓦礫の中で死にかけているのかを考えずにはいられない。
サリア
……
サイレンス
……あなたは私よりも多くのことを明確に理解して、考えている。
だけど、みんなのために状況を「制御」することに慣れてしまっていて、なるべく小さな被害で、穏便に済ませるのを最優先にしているんだ。非人道的な行為を根本からなくすことじゃなくてね。
サリア
……否定はできんな。
サイレンス
サリア……私は何年も、あなたに聞きたいと思ってた。
あなたが本当の意味でライン生命に立ち向かうことができないのは――あなたの芯の部分が、あの人たちと……統括と同類だから?
サリア
……
私は……
――狙撃手だ!
サイレンス伏せろ! イフ――
サイレンス
ッ――
サリア
――!
サイレンス
サリ……ア?
真っ白なカルシウム結晶が目の前に飛び散った。
それは攻撃を受けた瞬間に彼女とイフリータを守り、術者が倒れるとともに音もなく崩れた盾の成れ果てだった。
クルビア兵
ターゲットに命中しました!
ブレイク
よくやった。
だが、これほど高出力のエネルギー兵器であれば装甲車に穴を開けることすらできるのに、あのアーツを貫くことはできなかったか。
*クルビアスラング*、あの忌々しいヴイーヴルとそのアーツは、パワードスーツよりも頑丈らしいな。
クルビア兵
では……奴はまだ生きている可能性があると仰るのですか?
ブレイク
ハッ、「可能性」か。研究者どもが何かにつけ使うその言葉にはうんざりだ。
私が求めているのは、明確な結果なのだよ。
クルビア兵
でしたら、副大統領のほうは……
ブレイク
マイレンダーは我々に二度もチャンスを与えないだろう。
クルビア兵
待機中の行動部隊はどうしましょう、すぐに撤退させますか?
ブレイク
その必要はない。何か仕事を与えてやれ。
あの一番目障りなヴイーヴル同様、ライン生命内で邪魔だてをしてきた人間は一人も逃すな。
今こそ、会社をいくつか立ち上げただけで流れを変えられると思っているあのバカどもの目を覚まさせてやる時だ――
クルビアの地で、クルビア軍の権威に盾突くことのできる者などいないと思い知らせてやる。
フェルディナンド
どいてくれ!
ブレイク! 私がライン生命内の人脈を紹介したのは、ライン生命をトラブルに巻き込むためではないんだぞ!
ブレイク
それで君は、ライン生命のパイプを使って抵抗したわけだ。
自分が先に裏切っておいて被害者面とはな、フェルディナンド。
今の状況をわかっていないのか?
何者かが情報伝達を妨害したことで、爆発が早まったんだ。
現在、世論はすでに記者たちによって誘導され、本件はジャクソンの訪問とは無関係だということになりつつある。
フェルディナンド
なんだって?
ブレイク
暗殺は失敗した、と言っているんだよ。
フェルディナンド
……
ブレイク
これで満足か?
ああ、それと、隠している武器はそのままにしておくことだ。
本当に私を傷つけられるなどとは思わんだろう?
フェルディナンド
……
ブレイク
まあ安心しろ、君を責めているわけではない。
ブレイクはフェルディナンドの顔を軽く二度叩いた。
フェルディナンドは、ブレイクの目には殺意が宿っているだろうと予想していたが、その瞬間に見たのは彼の笑みだった。
ブレイク
現在の情報から判断すると、たとえ君が妨害してこなくとも、ライン生命ビル内での暗殺は極めて困難だっただろう。
加えて、この期に及んで君はまだライン生命のことを考えているわけだが……欲望に忠実であることは悪いことではない。
正直に言うと、私は君を評価しているのだよ。
君は実に軍人向きだ。
フェルディナンド
しかし、我々はもう失敗して――
ブレイク
それが何だ? これは始まりにすぎんのだぞ。
マイレンダーは事あるごとに我々の頭を押さえつけてきたんだ。私の上官に、とうの昔から奴らに手をかけたがっていた人間がどれだけいるかわかるかね?
事態が完全に制御不能になるまでは、こうした失敗はただ私にさらなる援助を与えるだけだ。
フェルディナンド
では、もし事態が制御不能になったら――
ブレイク
私を信じろ。君も私が辿る末路など知りたくはないだろう。
無論その時は、君の末路についても保証はできんがな。
フェルディナンド
……あなたとの約束はまだ有効だ。私はこれからも全力でクリステン捜索を手伝おう。
彼女をコントロールできれば、事態はまだ好転する余地がある。
私たちにとっても、そして……ライン生命にとってもな。
……ヤラに会ってくる。
ブレイク
……いいだろう、好きにしろ。
我々が幸運を手にするのが先か、責任を追及されるのが先か……試してみるとしよう。
警備課職員?
チームAは向こうを捜索しろ。
チームBはこの辺りを探すぞ。
ターゲットは、フードをかぶった丸腰の人間と殺傷能力の高いアーツを扱うフェリーンの少女だ。
ロスモンティス
私の端末が光ってる。
ってことは……イフリータとの約束の時間が来たんだ。でも、彼女の気配は感じ取れない……
でもここは……安全じゃないよ。
同じような白い壁の研究室がたくさんあって、迷路みたい。
イフリータはこういう部屋を一番嫌ってるの。そこで過ごした頃のことを話す時は、息が荒くなって、手の温度もいつもほど熱くなくなっちゃうんだ。
ドクター、私イフリータを探しに行きたい。友達が傷つくのは見たくないから。
この壁はそんなに頑丈じゃないし、ドクターが命令してくれたら、すぐ外に連れて行ってあげるよ。
???
ここの壁を壊さないでくださってありがとうございます。これはカジミエーシュから輸入した材料で作られているので、なかなか高価なんですよ。
ロスモンティス
……
???
そう警戒しないでください、お嬢さん。ご覧の通り、私はポケットにもペンと財布しか入れていないようなビジネスマンです。
ジャスティンJr.
ハハッ、そうですね。次の会議がこの近くで行われるので、偶然通りかかったついでにお客様へご挨拶をしにきました。
警備課職員?
……エリアC及びエリアDの捜索完了。
前方に複数の会議室あり。一部屋ずつ確認を開始する。
ロスモンティス
……廊下に敵がいるよ。それも、かなりの数。
命令を出して、ドクター。
ジャスティンJr.
恐ろしい陰謀を阻止した影の英雄が、今度は秘密裏に捕獲される側にまわるとは。
こういうことはクルビアではよくある話ですし、脚本のネタにしたところでランクウッドですらろくな値段がつかないでしょうね。
これは目論見を阻止された側が罰を用いて威信を示そうと考えてのことか、あるいは依頼を出した側がこの知られざる取引を永久に海へ葬ろうとしているのか――
どう思われますか?
おっといけない。思いつきで行動しがちなもので、会議のお相手を待たせているのを忘れるところでした。
ほんの少しお時間をいただくくらいでは、そちらのご計画にも影響しませんよね?
ロスモンティス
ドクター、始まるよ。下がって。
ジャスティンJr.
友人からはジャスティンJr.と呼ばれていますので、ぜひそのように。
ならばもし、あなたのそばにいる若く可愛らしいフェリーンのお嬢さんが、本来人目に触れるべきでない軍の極秘実験に関係していると彼らに伝えたらどうなるでしょう?
ロスモンティス
……
ジャスティンJr.
……選ぶのはあなたですよ。
正しい数を失念したので、教えていただきたいのですが、御社はこれまでに我がライン生命から優秀な職員を、一体何人引き抜いていかれましたか? 八名、あるいは十名でしょうか?
ヤラさんはずっと、そちらの人事部の責任者とお知り合いになりたいと考えているようですよ。
ロドスとライン生命にこれほど密接な協力関係があるのであれば――次にお会いする際は、あなたにとって断りようのない条件の契約書をご用意することになるかもしれませんね。
それでは、お先に失礼いたしますね。と、そうだ、Dr.{@nickname}。お戻りになられましたら、私の代わりにミュルジスさんに尋ねていただけますか?
彼女はどういうレストランがお好きなのかを、ね。
警備課職員?
この会議室で最後だな。ターゲットは恐らくこの中だ。
突入準備を。
……誰もいない?
ジャスティンJr.
何か聞こえませんでしたか?
警備課職員?
音……?
ジャスティンJr.
水の音ですよ。いやはや、実に素晴らしい。
これぞ……運命に抗うだけの強さを持った力というわけです。
イフリータ
サリア……サリア!!
反応しない……まさか……
サイレンス
……頭部に受けた衝撃が大きすぎる。今のところバイタルサインは確認できるけれど、すごく危険な状態だよ。今すぐ治療しないと。
イフリータ、サリアの腕を持って……う、重すぎる……
イフリータ
これ以上、サリアを傷つけさせるわけにいかねーんだ!
オレサマが道を開く! ドクターと合流しよう、サイレンス!
サイレンス
……それはダメ。私たちを狙う相手なら、ロドスにも目をつけているはず。
???
彼女の言う通りよ。ライン生命にはもう、軍の人間が入り込んでいるわ。あなたたちのお友達も危険にさらされているはず。
サイレンス
ヤラ主任……!?
ヤラ
ついてきなさい。
ライン生命創設者の一人が、こんな所で倒れるのを黙って見ているわけにはいかないもの。
副大統領秘書
副大統領、連合議会から折り返しがありました。例の軍事基地の撤廃法案に関して、早期公聴会の準備が整っているとのことです。
それと、こちらに連絡を取ってきた大法官ですが、以前の判決を覆すのに協力するという旨をほのめかしています。
軍は必ず、自らの無謀さの代償を払うことになるでしょう。楽観的に考えるなら、あのブレイクという大佐は半日以内にトリマウンツから撤退するはずです。
どうかご決断を。
ジャクソン
……そろそろ電話が来るはずだ。
副大統領秘書
はい、副大統領臨時執務室です……ええ、こちらにいらっしゃいます……はい……
副大統領、お電話です。お相手は……
ジャクソン
……出よう。誰からの電話かはわかっている。
……もしもし。
わかりました。私も、こんな時に皆様を失望させるようなことはしたくありませんから。
……
副大統領秘書
副大統領、法案の件は……
ジャクソン
ひとまず置いておくとしよう。今後半年間は、その件を議題にする必要はない。
副大統領秘書
わかりました……マイレンダー基金の意向ですか?
ジャクソン
……パヴァール、君は先ほどの騒動でどれだけの人が亡くなったと報告してくれたかな?
副大統領秘書
こちらでは、三十名の兵士を射殺したとのことです。
ジャクソン
では、我々はそうした軍人の育成に毎年どれだけの金額を費やしているだろうか?
副大統領秘書
国防部の基準を満たす戦闘員を育成する場合、一人当たり300万の費用がかかります。
ジャクソン
となると我々は先ほど、9000万の費用と、三十名の優秀な人材を失ったわけだ。
副大統領秘書
……仰る通りです。
ジャクソン
では、これが誰の意向かを問う必要はないだろう。クルビアにとって最大の利益となる決定なのだから。
さあ、ブレイク大佐との面会を手配してくれ。国防部と手を取り合うべき時がきたんだ。
副大統領秘書
わかりました。
ジャクソン
……
私にはいつまでも忘れられない瞬間があります。それは選挙の結果が出て、ついに夢にまで見たテーブルにつけるのだと有頂天になっていた矢先に――人生で最大の衝撃を受けた時のことです。
ハハ、当時はこの国の生活すべてが陰謀の中にあるのだとすら思ったものですが……
私も、次第にそうではないということに気付きました。
この国は陰謀の中で生きているわけではないですし、マイレンダーも私の想像とは違い、この国を操ってなどいなかった。
ただ、荒唐無稽な出来事があまりにも順序よく起きているために、すべてが良いほうへ進んでいるかのように見えているだけでした。
しかし、私は依然として平凡な人間です。時折、バカげた考えが頭をよぎるくらいには。
仮にあの爆発が、本当に私の目の前で起こっていたら……私は烈士としてクルビアに名を刻むことができたでしょうか。あるいは無能な人間として、即座に歴史の片隅に追いやられていたでしょうか。
あなたは……どう思いますか?
副大統領は、あたかもその場の空気が自分の質問に答えてくれるのを待っているかのように、無人の執務室を見渡した。
そうして、クルビアの権力の頂点近くに座す彼はため息をついた。
???
軍はこれ以上あなたを悩ませることはないんでしょう? だったらどうして浮かない顔をしてらっしゃるの?
ジャクソン
……ミス・ホルハイヤ。君に会うのは容易ではないね。
ホルハイヤ
ごめんなさい、お詫びするわ。久々に会う上司もトリマウンツに来ているものだから、報告書の準備に時間がかかってしまったの。
ジャクソン
残念ながら、ブリキはその報告書のコピーをこちらに送り忘れているようだ。
ホルハイヤ
だからこそ、私が出向いてあなたのご質問にお答えしようと思ったのよ。私の知っていることなら何でもお話しさせてもらうわ。
ジャクソン
では、マイレンダー基金のライン生命関連業務の第一責任者である君に、早速教えてもらおうか。
クリステン・ライト――この騒動の元凶は今どこにいるのかな?
ホルハイヤ
彼女は、クルビアが誇る特殊部隊ですら到達できず、マイレンダー基金によって記録されたこともない場所にいるわ。
ジャクソン
クルビアにそんな場所などないだろう。
ホルハイヤ
今はまだクルビアの地図には載っていない場所なのよ。それはえてして私たちの都市や土地と重なっているけれど、視界の外にある場所なの。
ジャクソン
ということは……
ホルハイヤ
副大統領さんなら、長年にわたってマイレンダー歴史協会が……いいえ、正確に言えば、ブリキさんが主導してきた一連の考古学関係プロジェクト――「地下探査計画」のことはご存知でしょう。
ジャクソン
……広大な荒野に埋もれた古代遺跡か。
ホルハイヤ
ええ、その通り。最近ライン生命職員に対して行った強制捜査で、この資料を偶然見つけたの。
ジャクソン
……
地下の探査記録を、かね?
ホルハイヤ
その記録は今、ライン生命の元幹部で、クリステン・ライトの親友であるあの人の……そして、クルビアで犯罪歴のある外国企業の手にあるわ。
さらに偶然にも、その企業――ロドスは、私の親愛なる上司ブリキさんと浅からぬ関係にあるのよ。
ケルシー
……浄水循環システムか。
ブリキ
単に「下水溝」と呼ぶこともできますがね。
ケルシー
かつては「ローカスオブソーサリー」と呼ばれたこともあったな。あれはティカズの最も原始的な巫術武器だった。
ブリキ
それが正式名称だったのですね。しかし、そんなものがこうして開拓隊の移動式仮設住宅に設置されているとは。
ケルシー
この装置の核心部がもはや失われていることには、疑いの余地などない。
今残されているのは最も外側にあったパイプだけだが、君たちは……これを再利用する方法について、合理的な考えを持っているようだ。
ブリキ
クルビア人に代わって、お褒めの言葉を頂戴しておきましょう。
この国は、極めて困難な時代を経て今に至っています。ゆえに物資の乏しい大開拓時代には、あらゆるものが役に立つかそうでないかの二択で分類されていました。
あなたにとってこれは、壮大な思い出を運んでくるものかもしれませんが、クルビアで暮らす普通の人々にとっては、どれほど時間が経とうが錆びない便利なパイプでしかないのです。
結局のところ、どんなに古い遺物でも、どんなに素晴らしい時代を経てきたものであっても、今の時代の人々から理解を得なければ、ゴミと何ら変わりません。
ケルシー
人々の認識というものは、身を置く時間と空間に縛られるものだ。君や私とて例外ではない……無論、クリステン・ライトもな。
……彼女がこうしたティカズの遺産から力を引き出すことは不可能であり、察するに彼女の頼る外力はより強いものであるはずだ。
その外力として用いられる可能性の高い技術の候補が、まだ三十二個存在している。そしてこの技術の大半は、マイレンダー歴史協会の地下探査記録に載っていなかった。
ブリキ
この先の道に、私の同行はもはや必要ないということですね。
ケルシー
……そうなる。だが、このことが我々とマイレンダーの協力関係に影響を与えることはない。
ブリキ
ええ、ええ。これはあなたのいつも通りの行動基準に則ったものですからね。
あなたはそうした技術がクリステンの手に渡ることを望まず……一方で、同様にクルビアがこの財産を手に入れるのも時期尚早と考えていらっしゃる。相変わらず……無私で中立な方ですね。
ケルシー
それと、もう一つ君に頼みたいことがある。
ブリキ
どうぞ仰ってください。
ケルシー
Dr.{@nickname}……そして子供たちのことだ。
君の言うように、私一人でしか行けない道もある。私の都合がつかない時は、代わりに彼らの面倒を見てやってほしい。
ブリキ
おお、私は判断を誤っていたようですね。あなたも、まったく変化がないわけではないようだ。以前よりもずっと人間らしくなられましたね。
ケルシー
人間にせよ、事物にせよ、不変のものなどないんだ。レヴァナント……ブリキよ。我々にできるのは、こうした変化を受け入れることだけだ。
???
やれやれ……ドクター、大丈夫?
あら? 水が気管に入らないように気を付けたつもりだったんだけど……
もしかして、このやり方は久しぶりだから、腕が落ちたかしら?
ドクターは多分、途中の揺れで気を失っちゃったんだと思うよ。
ああ、ごめんごめん。
全部あのジャスティンJr.のせいなのよ。急に大量の書類を渡してきて、主任全員にこれを書いて提出してもらってるとか、でないと来年度の予算はなしだとか言うんだから。
ほんと、危うく間に合わなくなるところだったわ。
あっ、目が覚めたのね、ドクター!
ミュルジス
おはよう……じゃなくて、もうこんばんはね。
そう、あなたたちが危険にさらされてるってわかってからずっと、水を操って探してたのよ。
二人が見つかっちゃう寸前にやっと見つけたから、水に包んでそのままここまで連れてきちゃった。
急を要する事態だったから、多少の揺れは許してちょうだいね。
この前はあなたが助けてくれて、今度はあたしがあなたを助けて……次はどっちかどっちを助けることになるでしょうね?
もしかして、あたしにどうお返しするかを考えてるのかしら?
それなら……今度、あたしの買い物に付き合うっていうのはどう?
ふふ、そんなに大したことじゃないわよ。
だけど本当にそう思ってくれてるなら、この雇用契約書にサインしてちょうだい! あなたみたいな賢い助手が増える分には一向に構わないから。
さて、目覚めたばかりで悪いけど一つ良くないニュースがあるの。
あなたとロスモンティスが狙われたのと同じタイミングで、サリアも襲撃を受けたみたいよ。
詳しい状況はあたしにもわからないけど、あのダイヤよりも硬いサリアなのよ! さすがに命の危険まではないでしょ?
それより今大事なのはこれからどうすべきかよね。あなたも身にしみたと思うけど、軍が一度あなたたちに目を付けた以上、簡単に諦めてはくれないもの。
今のあなたの……というよりロドスの状況は相当まずいと言わざるを得ないわね。
イフは多分平気よ。でも、サリアが……
詳しい状況はあたしにもわからないけど、あのダイヤよりも硬いサリアなのよ! さすがに命の危険まではないでしょ?
それより今大事なのはこれからどうすべきかよね。あなたも身にしみたと思うけど、軍が一度あなたたちに目を付けた以上、簡単に諦めてはくれないもの。
今のあなたの……というよりロドスの状況は相当まずいと言わざるを得ないわね。
ロスモンティス
……
外……
廊下の向こうから……誰かが来てるよ。
ミュルジス
ええっ?
道中はかなり警戒してたし、軍の人間がそう簡単に追いつけるとは思えないわ。
もしかして、マイレンダーの人かしら? たとえばあのブリキ頭さんとかその部下だとか……エージェントって、大体こういう感じで突然現れるわよね?
ロスモンティス
わからない。
何も感じられないの……この人が発している気配は……すごく普通……
ミュルジス
外にも「目」がほしいってこと? いいわよ。
???
ふぅ……はぁ……ようやくついた……
申し訳ない、遅くなってしまったかな?
本当は、君がトリマウンツに来た時すぐに会いに来ようと思っていたんだが……思ったより仕事に手間取ってしまってね。
ミュルジス
あなたは……
待って、資料で見たことあるわ……あなた、ローキャン・ウィリアムズ!?
ロスモンティス
……
ロー……キャン?
ローキャン
ああ、そうだとも。
私の手紙を読んだから来てくれたんだろう、ナルシッサ。
ロスモンティス
……ナルシッサって、誰?
私はロスモンティス。私の名前は、これ一つだよ。
ローキャン
君は……まあいい、大切なのは君が来てくれたという事実だ。実を言うと、手紙を出した時からずっと気が休まらなくてね。
会いに来てくれて……本当に嬉しいよ。