特別鑑賞入場口

Ela
……マグネットヒルNo.2内に入った。繰り返す。マグネットヒルNo.2内に入った。
Doc、あなたとFuzeの状況は?
Doc
外周部の安全確認が済んだところだ。
この実験室の特異性を鑑みるに、ここからは合流して一緒に行動するのが得策だろう。
Ela
わかった。
Iana、ドローンの偵察結果を報告して。
Iana
以前撤退した時とほとんど同じね。メーターの数値に大きな変動はなし、施設内に人の痕跡もないわ。
私たちが離れてから、ここは徹底して封鎖されていたみたい。
Ela
つまり、人っ子一人いないってわけね。
……失踪したAsh小隊の捜索任務なんだから、誰もいないのは、朗報とは言えないわね。
警戒態勢を維持。合流してレヴィのメインラボがあった場所へ向かいましょう。
Ela
着いた。
Doc
本当にここなのか?
Ela
間違いないわ。マップでは、ここがレヴィのメインラボがあったはずの場所よ。
Iana
あのときは……コーエンたちに一足遅れてここに着いたのよね。それからまず地震のような揺れを感じて、それから……
レヴィのクレイジーな実験のせいか、機器そのものの故障なのか……とにかく、メインラボがそっくり、跡形もなく消え去ってしまったの。
Doc
本当に「跡形もなく消え去って」いたのか?
Iana
当時の状況や専門家の意見を踏まえると、それが一番合理的な解釈にはなるわね。
Doc
だとしても、あまりに非現実的な話だな。
Fuze
実験室の痕跡が全て跡形もなく消え去り、跡には巨大な空洞だけが残された。なのに外の人間にはただ空間が揺れたようにしか感じられない。どんな爆薬を使ってもそんな芸当ができるとは思えない。
Doc
言ってる傍から地震? それとも、君たちが言う例の……?
Iana
こ、これ……ただの地震じゃない!
Ela
物陰に隠れて! ここで起きる揺れは、失踪事件と関係してる可能性がかなり高いの!
総員、揺れが収まるまで待機!
苦しそうな軍人
隊長。このギャラリー、いったい何階建てなのですか? もう足が棒になりそうです。
隊長
はぁ……何階建てだろうと、最上階に付くまで足を動かし続けろ。レイネルはそこにいるんだ。
苦しそうな軍人
何故こんなに階段を登る必要が? エレベーターを使ってはいけないのですか?
隊長
私だってできればそうしたいさ。
だが、事前の調査によると、ここの警備体制はそれを許しちゃくれないらしい。
まったく、抜け目ない奴だ。最上階に通じているのはこの階段とレイネル専用のエレベーターのみ。しかもエレベーター各階には、警備がついている。
ゆえに我々は、警備の最も薄い一角である階段から突破せざるを得んのだ。
苦しそうな軍人
ですが、あのカジミエーシュ人は、ただ金があるだけのお坊ちゃんですよね? ここまで慎重になる必要が? バックに有力な組織もついてないのだから、譲渡契約を強要するなんてわけないのでは。
隊長
ふん。ここは金こそが力という土地だぞ、忘れたか?
……そこの下の奴! きょろきょろしてないで、とっとと歩け!
怠け者の軍人
隊長、これ以上動けそうにありません……これなら、警備員とやり合うことになってでもエレベーターに乗った方がマシです。
隊長
シッ……
怠け者の軍人
隊長……?
隊長
(小声)もうすぐ奴の執務室だ。足音を立てるな……
レイネル
手紙だって? ミウォシュ、この間言ったろう。僕宛ての手紙は君が読めばいい、わざわざ許可をとる必要はないと。
ミウォシュ
「親展」と書いてなければそうしましたよ。
レイネル
どこから送られてきたものだ?
ミウォシュ
カジミエーシュから……恐らく叔父君でしょう。
レイネル
ほう。なるほど、遺産目当てだな。
ミウォシュ
それとこちらは……ドッソレス市庁舎からです。
レイネル
同じ区画からわざわざ手紙を寄越すとは……まあ、さして重要な内容ではないだろう。どうせ退屈なパーティーの招待状かなにかだ。
ミウォシュ
パーティーならカンデラ市長もご出席されるのでは。ギャラリーについて話すいい機会ですよ。何しろ、開会式は間もなくです。あなたはあれに心血を注いで準備してきたわけですから……
皆が驚く開会式になるといいんですが。
レイネル
傍に来なさい、ミウォシュ。
男は赤髪のヴァルポの方へ歩み寄り、その横に肩を並べて立つ。
そして二人は、部屋の奥にそびえる、人の身の丈の二倍はあろう高さのアートに目を向けた。
レイネル
この作品……「秩序の崩壊」と名付けようと考えているんだが、どう思う?
ミウォシュ
そうですね……かなり良いと思いますが、これも開館式で展示するんですか?
レイネル
秘書としての君ではなく、個人としての君に聞いているんだよ。意見は率直に、包み隠さず本音を言う。僕らはいつもそうしてきただろう?
ミウォシュ
……この歪んだ曲線が「崩壊」を表しているのか?
レイネル
いや、それは社会全体が個人に向ける視線を表している。
あらゆる不適格者を狂人として裁く。そう強く教化しようとする眼差しだよ。これは大いなる静謐後のイベリアでしか描かれなかった曲線と言えるだろうな。
ミウォシュ
なるほど……確かに、イベリアの裁判所は秩序の象徴だからな。
レイネル
……
ミウォシュ
じゃあ、右側の……この何とも言えない形をした角錐が表すのは、もしかしてリターニアの塔?
レイネル
違う。想像してみろ。サルゴンに幾千年積もり続けた風砂や、かの地における歴代の首長にパーディシャー、黄金に輝く都市を。異郷へ馳せる夢想もまた、内なる秩序の構築と言えるだろう。
しかしそれらはある種、死にゆく想像力とも言えるな。最初はある程度の幅を保っているものの、最後に残されるのは、ただの陳腐な言葉だけだ。
ミウォシュ
なるほどな……言い得て妙だ。
レイネル
というのは……実は全部でまかせなんだ。
ミウォシュ
おっと……
……なんにせよ、君のアートはいつも独創的だ。素材から表現に至るまで、何もかもな。
これなんて、いったいいくつゴルフボールを積み上げたんだ? 千個か? それとも二千個?
レイネル
数は重要じゃない。注目すべきは最後の一球だけなのだから。この際だ、君が僕に変わってそれを置き、この作品を完成させてくれないか?
ミウォシュ
ふむ……置くと何が起きるんだ?
レイネル
作品が完成する。そしてその瞬間――
男が話し終わる前に、執務室の扉の前に影がよぎるのが見えた。
反応する間もなく扉が蹴破られ、室内全体がかすかに揺れた。そして目の前の危ういバランスを保っていたオブジェが半分崩れ、ゴルフボールが床に散らばる。
ミウォシュ
……「崩壊」が起きる、と?
隊長
レイネルと、その秘書だな。両手を頭に回して伏せろ。余計な動きはするな。
ミウォシュ
何者だ?
隊長
我々が何者かなどどうでもいい。お前とレイネルには、一緒に来てもらう。言うことを聞かない場合……容赦はしない。
その時、何かが高速で天井に近付きつつあった。
隊長と呼ばれる男はそれに気づいてはいた。が、きっと大きな羽獣か何かだろうと特に気にかけずクロスボウを構え、半分残ったゴルフボールのオブジェ越しに、レイネルに照準を定める――
直後、彼の耳は「秩序の崩壊」を間近に控えたオブジェの真上、天井から響く大きな衝撃音を捉えた。
衝撃音はたて続けに鳴り響く。
それは板材が突き破られる轟音だった。同時に、天井に大きな穴が開く。
破片混じりの埃が舞い散る中、黒い影がいくつか続けざまに、崩れず残っていたオブジェめがけて落ちてきた。ゴルフボールは完全に崩れ、室内のあちこちに弾き飛ばされる。
突然の出来事に毒づこうとした兵士の雑言が、喉元で止まった。
落ちてきた黒い影が、目の前で突然動き出したからだ。
Ela
皆、無事?
Iana
ええ、ちょっとしたかすり傷だけで済んだみたい。
Fuze
俺も問題ない。
Ela
Docは?
Doc
ああ……平気だよ……
Ianaが手を伸ばし、床にへたりこんだDocを起そうとする。彼の手にはゴルフボールが握られており、額がその形に赤くなっていた。
Doc
異常なしだ。どこからともなくゴルフボールがぶつかって、頭にめり込んだこと以外はな。
Ela
ならもうひとつ聞いていい?
いったい何が起きたか、誰かわかる? ゴルフボールの籠の中に落ちたらしいってこと以外で――
隊長
……
ミウォシュ&レイネル
……
疑問を持つ軍人
あー、いっそこうしてれば階段を登らずに済みましたね。
隊長
黙ってろ! ええい、攻撃準備!
Ela
あれはクロスボウかしら?
……迎撃準備。
レイネル
ふん、どうやらやりあうらしい。見たところ、仲間同士というわけではなさそうだ。
ミウォシュ、武器は持ってるか?
ミウォシュ
持ってるわけないだろ。
レイネル
ふむ、ないなら仕方ない。
君たち、目的はどちらも僕を連れ去ることなんだろう。ならまず、そちらで互いに力比べをしてくれ。言うまでもないことだが……僕の身体は一つしかないんだからね。
ところで、ミウォシュ。一杯どうだい?
ミウォシュ
遠慮しとくよ。君を守る責務があるんでね。
Doc
連れ去る、ですって?
Fuze
獣耳人間連れ去りパーティーってわけか? ずいぶん斬新だな。
隊長
何をブツブツ言ってるんだ! 銃を下ろして、おとなしくレイネルから離れろ! さもなくば強硬手段に出る!
Iana
さておき、向こうはやる気みたいね。
Ela
総員、遮蔽物を確保!
IanaとDocは非武装者二名の保護と避難を優先して! 私とFuzeで援護するから!
隊長
光輪がない、ということはサンクタではない……BSWの連中にも見えないな。
バカめ、派手なだけのおもちゃの銃で何ができる。命が惜しくないのか?
レイネルを奴らの好きにさせるな! お前ら、かかれ!
Ela
Iana、十時の方向!
Iana
ターゲット、ダウン!
抜け目ない軍人
隊長、様子がおかしいです! こいつらの銃、見掛け倒しじゃありません!
隊長
怖気づくな! 数ではこちらが勝っているんだぞ!
増援部隊もさっさと動け!
Doc
非武装者の元まで辿り着けそうにない! 敵の数が多すぎる。私もIanaも遮蔽物から出られない――
くっ、リロードする!
Iana
ここは任せて!
グレネード、投擲完了!
チッ……グレネードがほとんど効いてない! 奴ら、相当打たれ強いわ!
Ela
了解。Fuze、スモークグレネードを。
Fuze
スモークグレネード、投擲完了。
だがこれじゃ根本的な解決にはならない。クラスターチャージを使うか? まだ残弾に余裕がある。
Ela
いいアイデアね。けどここはGRZMOTマインの方がいい。
Iana、Doc、非武装者を連れて物陰に隠れて! 私とFuzeが火力制圧に当たる!
Fuze
ファイア! ファイア!
ミウォシュ
何をする気だ!
Iana
安全な場所に連れて行くだけよ、抵抗しないで!
ミウォシュ
なぜ場所を移す必要が――
Iana
危ない!
ミウォシュ
ッ、貴様どこから……!?
抜け目ない軍人
これをいなすとは、秘書にしてはやるな。ボディガードと兼業でもしてるのか?
ミウォシュ
……お喋りな奴だな。
Doc
下がっていてくれ、ミスター。そこでは我々の射線が――
抜け目ない軍人
酒瓶なんぞで渡り合おうとは笑わせる。考えが甘いな。
Doc
――そちらこそ。
Iana、気絶している彼は私が背負っていく。君はそちらの白い服の人を頼む!
隊長
レイネルを連れて逃げるつもりだ! 止めろ!
小ずるい軍人
隊長、ダメです! 奴らの銃、速射性能が高すぎます! これじゃ近づけません!
隊長
*スラング*、向こうが発砲するまで何をやっていたんだ!?
小ずるい軍人
あの連中、死角に隠れるのがうますぎます! それに連携も――
隊長
こっちはこれだけ数を揃えてきたんだぞ! たった四人の連携が何だと言うんだ?!
Doc
遮蔽物を見つけた、しばらく時間を稼げるぞ!
Fuze
リロードする!
隊長
敵の銃撃が止んだ、今だ!
Ela
Iana、スモークを!
Iana
スモークグレネード、投擲完了!
隊長
ゲホッ、ゲホッ……また煙幕か? お前たちには所詮その程度しか――
Ela
GRZMOTマイン、設置する……
……粘着確認。
お土産をあげる。
Fuze、離れて!
小ずるい軍人
隊長、残りの二人も隠れようとしています!
隊長
よし、追い詰めて袋叩きにしてやれ――
Doc
一箇所に固まってくるとは……爆発物をまったく警戒していなかったようだな。戦術意識の欠片もない連中だ。
Ela
敵の武装解除が最優先よ。Doc、負傷者の救護は任せたわ。
状況、クリア。
Iana
状況、クリア。
Fuze
状況、クリア。
Doc
状況、クリア。死傷者がなかったのは、朗報と言えるな。
こちらも急所を狙うのは避けていたとは言え、向こうが並外れて頑丈だったことにも助けられたな。至近距離でショットガンを撃ち込んだ相手すら、幸い命に別状はなさそうだ。
Ela
それは確かに、朗報ね。
Doc
それともう一つ。朗報か凶報かは分からないが、あの獣の耳が付いた人々は……おかしなことに、耳にも血が通っているようなんだ。
Ela
何ですって?
Fuze
レヴィがそんな研究をしていたなんて、初耳だ。
Iana
ねぇEla、コンパスが故障しちゃったみたい。Doc、あなたのはどう?
Doc
確認する。ここがウラル山脈南部のマグネットヒルNo.2付近だとするなら……
Docが振り返ると、ちょうど風がカーテンをめくり外の景色が目に入った。
それまで眺めている暇のなかった窓外の景色を、一行はバルコニーにあがって目の当たりにした。
立ち並ぶ高層ビルの間をゆっくりと沈みゆく夕陽が、海か湖かも分からない水域を茜色に染め上げている。
ビーチには、観光客がちらほら視認できる。アイスクリームカーから流れる音楽を聴きながら、涼しげな格好で水際に寝そべり、バカンスの夕暮れのゆるりとしたムードを満喫しているようだ。
一行の背後に、室内で唯一無事に立ち歩ける白い服の男が、ゆっくりと歩み寄ってくる。
Fuze
随分と*スラング*なウラル山脈だな。
Ela
少なくとも、元いたミッションエリアじゃないことは確かね。
Iana
……テレポートしたってこと?
Ela
だとしてもここは一体どこ? 雰囲気的には……モルディブとか?
Iana
確かにビーチのある観光地のようだけど……モルディブには見えないわね。
Ela
そこの不幸な被害者二人に聞いてみるのがいいかも――あら、噂をすれば。
Ela
差し支えなければお聞かせいただけるかしら? あなたは何者で、ここはどこで、あの武装戦闘員はいったい何が目的だったのかを。
レイネル
喜んでお話しさせていただこう。僕の作品に思いがけない結末を与えてくれた君たちへ「感謝」の気持ちを込めてね。
だがその前に、一つ誤解を訂正しておく……僕はこれまで、不幸な被害者であったことなど一度もない。
今までも、今この瞬間も、そしてこれからも――一度たりともね。
Iana
本題に入ってもらっていいかしら?
レイネル
ああ。ではまず、歓迎の言葉を述べよう。このボリバルの黒き心臓と謳われた都市……
ドッソレスへようこそ。
僕はレイネル・コワルスキーだ。
Ela
よろしく、レイネルさん。私のことはElaと呼んで。
悪いけど、現状の把握をすぐに済ませたいから、ここからは質問に答えてもらってもいいかしら?
レイネル
いいとも。他に選択肢もなさそうだ。
Ela
その、ドッソレスというのはどこの国にあるの?
レイネル
名義上は、ボリバルに属する。
Ela
ボリバル……ボリビアのこと? ボリビアにドッソレスなんて都市はなかったと思うけど。Iana、あなたは知ってる?
Iana
……記憶にないわ。
Ela
……じゃあ質問を変えましょう。ここはどの大陸にあるの? 南アメリカ?
レイネル
「どの大陸」? 質問の意図はよくわからないが、僕らの住むこの大地のことであれば、テラ大陸と答えるべきだろうね。
Ela
Gówno……
レイネル
(カジミエーシュ語)ほう、僕の故郷と同じ言葉か。不思議な巡り合わせだ。
Ela
あなたの故郷の言葉?
レイネル
いや大したことじゃない。質問を続けてくれ。
Ela
……こんな質問をすることになるなんて思わなかったけど……
レイネルさん。私たちが今いる場所は、地球と呼ばれる惑星で合ってるかしら?
レイネル
「地球」に「惑星」……? 今は質問に答える立場だということはわかっていても、そちらの質問を聞けば聞くほど、あれこれ尋ねたくなってしまうな。
Ela
……
Iana。こういうの、あなたの方が詳しかったわよね……
……どうかしたの、Iana?
Ianaの返事はない。
彼女は目を大きく見開き、夕陽が沈む方向とは真逆の地平線をじっと見つめていた。
一行が彼女の視線を辿ると、そこには……
一つは明るく、一つは暗く。二つの月がゆっくり夜空に浮かぶ光景が広がっていた。
奇抜な格好のドゥリン人
あーあ、ツイてないなー……まだ輪郭しか描けてないのに、もう見つかっちゃうなんて。
危うく捕まるとこだったし……あんな大勢で追っかけてくるとか、マジでびびったわ。
ギャラリーの警備員
止まりやがれ、小娘! ギャラリーの壁に落書きしておいて逃げきれると思うな!
奇抜な格好のドゥリン人
やばっ、追いついてきた。さっさと逃げなきゃ。
ふん。今日のとこは運が良かったと思いなよ……レイネル。