ギャラリーバル
レイネル
まだ昼休みだろう。取り調べなら後にしてくれないか――
テキーラ
いえ、取り調べに来たわけじゃありませんよ。
レイネル
君か……
驚いたな。ロドスまでもが僕の死体を踏みにじって分け前を持っていこうと言うのか? いやはや、歓迎するよ。
テキーラ
俺はただ、カンデラさんの代わりに、あなたの処遇に関するドッソレス市政府の最終決定を伝えにきただけです。
ドッソレス市長執務室は、あなたを罪に問わないと決めました。
レイネル
ドッソレス「は」ということは、連合政府へ引き渡されるのかな?
確かにマッテオは愚か者だが、あれでも連合政府のドッソレス代表だからな。
うむ……散々彼を弄んだことだし、連合政府もきっと、僕をズタズタに処刑したいと思っていることだろう。
テキーラ
状況をよく理解されているようですね。確かに、連合政府はあなたのことをラ・ウニダに引きずり出して、公開裁判にかけようとしています。マッテオにそうしたのと同じようにね。
レイネル
公開裁判だって? いいね、実に楽しみだよ。
テキーラ
いえ、そうはなりませんよ。
あなたはカジミエーシュへ強制送還となります。
レイネル
……なんだって?
テキーラ
カジミエーシュの商業連合会から圧力をかけられまして。あなたを送還するよう、カンデラさんに働きかけがあったんです。
レイネル
そんなバカな!
テキーラ
お父様が連合会との間に築いたコネクションの賜物ですね。結論を言うと、あなたはドッソレスに留まる必要も、ラ・ウニダへ行く必要もありません。無事に故郷へ帰れるんです。
レイネル
いやだ……僕は帰らないぞ。
誰が帰るもんか。あんな卑劣で、下賤で、どうしようもない連中のもとになんて……
テキーラ
それでも、もはやあなたに拒否権はありません。全てはあなたの軽率な行動が招いた結果なんです。
苦い結果であれ、良い結果であれ、あなたはそれを飲み込むしかないんですよ。
レイネル
ハッ。あの老いぼれは……死んでも僕を縛り続けるわけか。
テキーラ
それともう一点。あなたがドッソレスで所有している資産の処遇も決めていただけますか。
レイネル
まるで僕に決定権があるかのような口ぶりだな。引継ぎ先など、カンデラがとっくに決めているんだろう?
テキーラ
ええ。ですが、一部の固定資産――例のギャラリーについては……引き取り手が誰もいないので……
この譲渡契約書に、適当な名前を書いていただければ。
レイネル
……では、次にここを通った人間の名前でも書いて――
テキーラ
あれ、ディアスさん。留置場に何かご用でも?
ディアス
マッテオの部下を告発しに来たんだ。人質のフリをして紛れ込んでた奴らがいたからな。お前こそ、どうしてここに?
テキーラ
あ、いえ、ちょっとした用事で。
ディアス
そうか。じゃあ、またな。
テキーラ
ええと……その……まだ書き込む前ですし、先程の発言は取り下げていただいても――
レイネル
取り下げるだって? 僕は後悔なんてしないたちなんだ。
……それに、こうなるのも悪くはないしね。
あれは、真に芸術を愛する人々に委ねるとしよう。
カンデラ
それで結局、彼はその消防士の名前を書いたのかい?
テキーラ
はい。送還前に最終確認もしたんですが、考えを改めるつもりはないようでした。
カンデラ
……レイネルは本当に、父親の性質をなに一つ受け継がなかったのだね。
テキーラ
彼が聞いたら喜ぶかもしれませんね。
カンデラ
だろうな。だが、誉め言葉ではないよ。
テキーラ
あはは……
市長のボディガード
カンデラさん、エルネストさん、コーヒーをお持ちしました。
テキーラ
これ、すごく良い香りですね! ブッカーさん、どこの豆を使ったんですか?
市長のボディガード
カンデラさんが近頃よくお飲みになられる、深煎り豆を三種ブレンドしたものです。では、ごゆっくり。
カンデラ
それで? ひと段落したのだから、ドッソレスの知人に会っていかなくていいのか?
テキーラ
はい。想定外の状況にはなりましたが、そういうつもりはなかったので。
カンデラ
確かに、この街が常に平穏であったなら、君の思いどおりにことを運べたかもしれないが、ドッソレスにそんな瞬間など存在しないということは、君もよく知っているはずだ。
テキーラ
……ええ。
カンデラ
こうしている今も、レイネルの一件で面子をつぶされた連合政府が早速不穏な動きを見せている。
レイネルの財産を明け渡せと言ってきたが、ラ・ウニダからいくら抗議の手紙が届こうとも、こちらにその気はない。ドッソレスは彼らに隷属しているわけではないからな。
それに、残る二大勢力も動き出そうとしている頃だろうし――
……すまない。またつまらない話をしてしまったな。
テキーラ
そんなことはありません。どれも有意義な情報です。
カンデラ
ならよかった。ところでエルネスト、コーヒーは飲まないのか? こういうブレンドが口に合うといいが。
テキーラ
すごく濃厚で……不思議な口当たりですね。
カンデラ
ほう、どう不思議なのかな?
テキーラ
三種の豆の品種と香りはそれぞれ区別がつくんですが、どの豆が一番多く入れられているかが掴めないんです。
最初は相争っていた三つの香りが、口の中で溶けて一つの濃い香りになり、それぞれの細かな判別が出来なくなってしまう……そんな印象ですね。
カンデラ
実に的確な感想だ。
このブレンド最大の特徴は、配合を厳格に決めない点にある。3種それぞれの豆の配分に大きな差がない限り、安定した濃い香りを楽しめるようになっているんだ。
テキーラ
道理で。
カンデラ
それで、君の口には合いそうか?
テキーラ
それは……
カンデラ
すぐに結論を出すのは難しいかな。
テキーラ
……
カンデラ
なに、気にすることはない。店はすぐそこにあるし、戻ってくればいつでも味わえるんだ。
あのカフェは融通が利くからな。希望通りの配合で豆をブレンドすることもできるし、コーヒーをサイダーで割って飲むことすらできるだろう。
テキーラ
あははっ、ご冗談を。
カンデラ
冗談? そんなつもりはないんだが。
君がどんな選択をするかを、私は本当に楽しみにしているからね。
カタパルト
おー、エルネスト。市長との話、ずいぶん長かったね。
テキーラ
付き合いの長い人だからね。会うとどうしても話が弾んでさ。
カタパルト
それって、今でもあんたのことをそれだけ気に入ってるってことなんじゃない?
テキーラ
そうかもね。
カタパルト
……あんたって、自分のことは誤魔化してばっかりだよね。
ま、言いたくないならいいけどさ。でもそれならこっちだって考えがあるんだから……
テキーラ
ラファエラに聞いても、教えてくれないと思うよ。
カタパルト
あんた、もしかして心を読むアーツでも使えたりする? なんで考えてることがわかったの?
テキーラ
顔に書いてあったからね。
カタパルト
うわー、怖い怖い。
テキーラ
ところで、いいの? こっちは出発前から遅刻も覚悟してたし、君がずっと待っててくれたこともすごく有難いんだけど、ディアスさんとの約束の時間、とっくに過ぎてるんじゃない?
カタパルト
――やばっ!
商業連合会役員
どうぞお乗りください、レイネル・コワルスキー様。お荷物はお預かりいたします。
レイネルは無表情のまま後部座席に腰かけた。ドアが閉まると少し暑さを感じてきて、コートを脱いで横に置き、シートにもたれて、ネクタイを緩めようと手を伸ばした。
その時、車外から響いた異様な音で、レイネルの手が止まった。窓の外を見ると、商業連合会の役員が車の横で気を失っている。
そして車の反対側から、ガラスをコンコンと叩く音が聞こえた。振り返ると、そこには見知った人物が立っている。
レイネルがサイドウインドウを開けると、黒くつやつやと輝く瞳と目が合った。
ミウォシュ
私も同行させていただいてよろしいでしょうか?
レイネル
構わないが、行き先は?
ミウォシュ
……いつも君が決めてきたことだろう?
レイネル
君は今まで、どこへだろうと僕についてきてくれたけれど、今度は君に決めてもらうのも悪くないと思うんだ。
本当に行きたい場所はないのか? ミウォシュ。
ミウォシュ
どこに行っても同じだろう?
レイネル
だが、今までと全く同じとはいかないだろう。トランクにあるスーツケース二つを除けば、本当に一文無しなんだから。
ミウォシュ
だったら私が運転しよう。燃料が尽きて車が停まれば、そこが目的地だ。
レイネル
ふうむ……いいだろう。君の言う通りにしよう。
レイネルに向けて微笑むと、ミウォシュはフロントドアを開け、運転席に腰掛けた。車を発進させる前に、ルームミラーに映るレイネルに再び目を向ける。
鏡に映ったその表情には、困惑と、歓喜と、僅かな躊躇がないまぜになっているようだった。
ミウォシュ
何か言いたげだな。
レイネル
なぜ戻ってきたんだ? どうして僕のもとを去らなかった?
ミウォシュ
分からないのか?
レイネル
どうだろう。答えを聞きたいのではなく、確証を得たいだけかもしれないな。
ミウォシュ
……それなら、あまり確信を持ちすぎない方がいい。すぐ君に愛想を尽かしていなくなるかもしれないからな。
レイネル
だけど、それは今じゃない。
ミウォシュ
ああ。今じゃない。
ミラーから視線を戻すと、ミウォシュはエンジンを噴かした。銀色の車が、土煙を立てて勢いよく走り去っていく。
クリスタウォワギャラリーのホールは今も、事件の起きた日と変わらない。
砕けたショーケースに焼け焦げた床、亀裂の入った壁。それから、カラフルなライトに、好き放題描かれた落書き、勝手気ままに流される音楽……
ただ一つ、ホール中央に大きなテーブルが置かれたことだけは、小さな変化と言えそうだ。
その上では肉がジュウジュウと音を立て、絶妙な火加減で焼かれている。周囲には食欲を掻き立てるいい香りが漂う。
ディアス
何ぼさっとしてるんだ、腹は減ってないのか?
Ela
……まさかここが、バーベキューハウスになるとは思ってなかっただけ。
ディアス
ははっ。戦場になったうえに、爆弾で吹っ飛んだ場所だからな。ここにアートを置くわけにもいかないが、空っぽのままじゃもったいない。ならいっそ副業でも始めようかと思ったのさ。
テレビ局はレイネルっていう絶好のネタを失って、俺たちの方へ首を突っ込んできたからな。「料理のできない芸術家たちは、毎日ドライサボテンばかり食べている」なんて言われちゃ黙ってられん。
いまこそ、本場のボリバルグルメのなんたるかを教えてやる時が来たわけだ!
Fuze
それじゃ、そのタマネギとキノコと駄獣肉の串焼きを一つ――
Tachanka
いや、二つ頼む。
ディアス
はいよ!
Ash
へぇ……文句なしの腕前ね。
Blitz
俺たち四人もテラの各地をずいぶん旅して回ってきたが、ボリバル式のバーベキューは初めてだ。
Iana
どういうところを回ったの?
Blitz
最初はサルゴンの砂漠に落ちたんだが、ロドスに一時滞在してる間に「レインボー小隊」として認められて以来は、いろんな場所に足を運んだよ。
サルゴンのジャングル、サーミの氷原、クルビアの都市や採掘場、ウルサスの針葉樹林にある村……
Frost
あちこち行ってるように聞こえるかもしれないけど、私たちが行ったところなんて、テラのごく一部よ。
Tachanka
レヴィ・クリチコが奴のイカれた実験室と一緒にサルゴンの地下に埋もれちまったことだけが、唯一の心残りだよ。
おかげで、誰かがホームシックに罹ったら、来た時とは別の道を通らないと帰れなくなっちまった。
Iana
その別の道は見つかったの?
Tachanka
残念ながら、まだまだ時間がかかりそうだ。
Fuze
なら、同じく帰り道を求める迷子仲間が数人増えたわけだが、あんたらは気にしないよな。
Tachanka
ハハハッ、当然! 人手は多ければ多いほどいいさ!
Doc
ところでLord、それは……
Blitz
俺が代わりに紹介しよう。この「ウルサスドリンク」はだな――
ふと、窓の外から言い争う声が聞こえてきた。
クリスタウォワギャラリーの外で、また何か面倒事が起きてしまったようだ。ご馳走を堪能したレインボー小隊一行は、もはや慣れた様子で振り返り――
状況を最初に理解した隊員が、呆れたように肩をすくめた。
コミュニティの画家
こっちはディアスさんに話を通してある。今日は俺たちがこの広場でヴァルポ・トロットを踊る番なんだ。だから、お前らのクラシック音楽は止めてもらうぞ!
崖っぷちの貴族
しかしだな、テクノは近頃、我々の奏でる三拍子のワルツがお気に入りだと言っているんだぞ! 嘘だと思うなら、そこにいる本人に聞くといい!
コミュニティの住民
そうよそうよ!
コミュニティの画家
テクノ、ちょっと来てくれ。どうしたらいい?
テクノ
もう、そんなことでいちいちアタシを困らせないで!
どの音楽を流すかでケンカしてる暇があるなら、アタシの作品でも見なさい!
コミュニティの画家
お前の作品? だけどお前、手が……
テクノ
いいから、見てよ。
コミュニティの画家
おおっ! これは……ホントにお前が描いたのか?
テクノ
へへっ。いっぱい練習したからね。左手の力加減がようやく掴めてきたとこなんだ!
ディアス
テクノ。練習はその辺にして、こっちに来い! ウルサスドリンクはお前も初めてだろう? すぐになくなっちまうぞ!