霧散する過去

酷暑のせいで、部屋の中には重苦しい空気が漂っている。机の前に座った少女は、額から流れる汗を拭きながら分厚い資料本をめくっていた。
背後で足音が響く。誰かが入ってきたのはわかっていたが、彼女は振り返ることすら億劫に感じていた。
机の上にはアーモンドが置いてある。彼はそれを自分で取るだろう。
???
姉様、何の本を読んでるの?
ぺぺ
……
???
姉様、午後は天気がいいから、外に遊びに行こうよ!
ぺぺ
……
???
姉様、ほこりをかぶったパピルスの巻物の山に一生潜り込んでるつもりじゃないよね?
ぺぺ
……
???
姉様、父様にお願いしてみたよ。僕を黄金都市の史官にすることを考えてくれるって。
ぺぺ
……
???
姉様、パーディシャーでもいいじゃないか。諦めなよ。
ぺぺ
いい加減にしてくれ! これ以上邪魔するな!
少女は勢いよく振り返る。しかし背後には誰もいなかった。
彼女が投げ出した書物だけがぽつんと地面に転がっている。
メジェティクティ
ペペ、いる? 早く開けて!
ぺぺ
いるよ、入ってくれ。
メジェティクティ
たくさんメッセージ送ったのに、どうして返してくれないの?
ぺぺ
通信機を切ってここで一晩中書物を読んでたんだ。何かあったの?
メジェティクティ
はぁ? 昨日の夜あんなに色んなことが起きたってのに、何も知らないわけ?
ぺぺ
知らないよ。
メジェティクティ
直接聞けばいいわ。
ラジオ放送
市内の複数のエリアにて緊急事態が発生しました。
金属でできた多数の人形が街に出現し、住民の家から大量の宝石を奪い取っています。
すでに多くの市民が都市警備隊に通報し、警備隊隊長は現在調査中とのこと。
ぺぺ
金属でできた人形……?
ラジオ放送
目撃者によると、昨晩これに似た金属製の人形が本市の博物館から逃げ出したとのことで……
ぺぺ
何だって!?
メジェティクティ
えっと……私が言いたかったことはラジオが全部言ってくれたわ。
アナトから聞いた話だと、博物館の職員がその人形の痕跡を追ってみたら、最終的にグランドバザールにたどり着いたって。
ぺぺ
ズバイルがやったの?
メジェティクティ
私たちはそう疑ってるけど、彼を見た人は誰もいないのよ。あなたは彼と一番長く一緒に過ごしたわけだし、探しに行ってくれる?
ぺぺ
わかった。すぐに行くよ。
君とアナトは?
メジェティクティ
博物館の管理者として、文化財を全部回収しなくちゃいけないわ。
街を見て回るつもりよ。
ぺぺ
何か見つけたらすぐに知らせるよ。それじゃ。
メジェティクティ
ふぅ……
ラジオ放送
えー、ただいまより緊急ニュースをお伝えします。
市民の情報によると、自宅の取水器から出る水が濁っており、大量の土砂が混じっているそうです。
現在、都市の古い地下水路を調査するため、護衛隊が緊急で人員を手配していますが、水路の状況は複雑であるため、かなりの時間がかかる恐れがあるとのこと……
メジェティクティ
えっ、今度は何が起こってるの?
ズバイル
……ある者がこの地の物語を話してくれた。
宝石がグランドバザールを繁栄させ、香料、シルク、工芸品と共にこの地に富をもたらし続けている。
宝石取引所を通じて、そして特殊な源石回路を持つ宝石を通じて、ミナトハマイは砂の海にはめ込まれた暁の星となった……
古い建物から絶えず砂が流れる。人々は窓を開け、あるいは扉から外に出て、先祖代々住んできた家屋を驚いた様子で見つめ、そして通りの中央に立つズバイルを見た。
しかしズバイルは彼らに気づいていないかのようだった。
彼は身をかがめ、砂の中から一つの装身具を拾い上げた。螺旋状の金属フレームの中心に収められた宝石が、日差しを受けて輝く。
ラズバール
ズバイルさん、あなたがおっしゃっていた壁画はすぐ先です。
祖父がかつてこう言っていました。壁の絵は古代サルゴン人の生活を描いており、ミナトハマイの誕生を記録していると。
「たとえ川の水が枯れようと、都市が砂の下に埋もれようと、ミナトハマイは色あせない。」
ズバイル
……「色あせない」、左様。そなたと余の手の中を流れる一つ一つの宝石のように。
ただ、川の水が枯れ、砂が昔日の都市を埋めたのではない。
洪水があの偉大なる建築物の頂点を破壊し、砂に深く埋もれた輝きは千年の秘密となったのだ。
日が昇り月が沈む。それは小さな循環の繰り返し。
短き一日しかり、長き一生しかり……
都市の栄枯、帝国の盛衰、大地の終始も、またしかり。
ラズバール
恐らく、壁画は歴史の中の一瞬しか記録できませんが、この一瞬は同様に何度も繰り返されたのでしょう。これこそ壁画の価値です。
ズバイル
シャアがこうした壁画を描かせたのは、自らの名を循環の中に残すためではない。
彼が残そうとしたのは時間と生命に対する解釈そのものである。さすれば後世の者たちはそれを根拠とし、それに倣うことができる。
「過去と未来の王」はこの地に自らの宝物庫を建てた。そして彼の死後の長い「アスラン戦争」において、無数の首長がこの地に目をつけた。
極南の熱風が気候を大きく変えるまでな。この地は甚大な洪水に見舞われ、城壁は崩壊し、川の流れは変化し、土地は荒れ果てた。
人々は砂漠の中で宝物庫の痕跡を探したが、何も得られなかった。そうして彼らは、すでに宝物庫は洪水と共に滅びたと信じるようになった。
首長の宝物探索隊が去った後、職人や商人たちがこの地を訪れて、川沿いに新たな集落を建てた。
余はそのすべてを目にした。
余はこの宝物庫の守護をすべしと命を受けた。それが余の責務である。
余は砂漠を徘徊し、日昇と日没が無限に繰り返す中、秘密を探ろうとする無法者どもを阻んできた。
そしてそなた──若者よ、そなたは誰よりも確信しているはずだ。シャアの宝物庫の本体は、この都市の地下にあると。
ズバイル
「四つ目の貴石は肝臓。我らは職責と義務のために、明瞭な意識をもって夜に向かう。」……貴石を返却いただき感謝する。おかげでより多くのことを思い出せた。
最初に、幾千幾万もの腕利きの職人が荒れ果てたミナトハマイにやってきた。
壮大な黄金のカラクリ迷宮から、手彫りの源石回路宝石まで。職人たちはそのすべてを作り、そしてそれらを砂漠に埋めた。
心血を注ぎ尽くしたのち、すべての職人もまた己の創造物のそばに埋葬されたと、後世のほとんどの者たちはそう信じている。
されど実際は、いまだ一部の職人はミナトハマイ南西の村落にて隠棲し、代々「宝物庫入口の場所」に関する秘密を守っている。
ラズバール
……
ズバイル
次はそなたが話す番である、若者よ。
その後のことは、そなたの一族と関係があるはずだ。
若き支配人がきつく両眼を閉じる。まるで重い記憶の砂に埋もれているかのように。
その物語は代々語り継がれてきた。もはや思考の砂漠に高く懸かる烈日となっており、見上げればその光が目に飛び込んでくるのだ。
それは彼を蒸し、炙り、苦しみをもたらす。
ラズバール
……三百年前、多くのパーディシャーと首長が結成した軍隊がその村を見つけました。
彼らは村人たちに宝物庫の入口の場所を明かすよう迫り、秘密を固く守った者は両手を切り落とされたのです。
村人たちが終わらぬ責め苦に遭うのを見かねて、両手を失ったある宝石職人が首長軍を訪ね、道案内を申し出ました。
宝物庫の前で、彼は首長軍と宝物庫の守護者との死闘を目の当たりにしました。守護者は敗れましたが、彼のアーツが失われたことにより、宝物庫の扉は開きませんでした。
怒った首長軍は守護者の胸を切り開き、その体の内と外にはめられた宝石を一つ一つ引きはがしました。
道案内をした職人は、己の知るすべての技術を自らの幼な子に教え込み、守護者の身体を修復させようとしましたが、守護者はついに目覚めることはありませんでした。
……その後、ミナトハマイのグランドバザールに天秤が立てられました。その職人の子供は成人後に守護者を埋葬し、宝石取引所を設立しました。
それ以降、彼の子孫はずっとここで待ち続けているのです。
子孫一人一人が力の限りを尽くし、ミナトハマイの宝石貿易をより繁栄させました。
何百年何千年の後、いつの日か、サルゴン中の黄砂が余すことなく掬い上げられ、宝石がこの都市に集まった時……
……我々はそれらをあなたへと返すことができると。
シストラムが胸に当てられるのを感じ、支配人は目を開けているのが恐ろしくなった。
彼の目の前で、数百年の歳月が一瞬で過ぎ去っていくようだった。
日が昇り、月が沈み、事物が変化し星が移りゆく。支配人は、都市が栄え、そして消滅し、建物がゆっくりと砂に変わっていく様子を目にした。
支配人は、古の守護者が果てなき砂漠の中を歩く様子を目にした。
守護者は両手を広げ、星々の光を浴びながら、東の方に向かい日の出を待つ。
自分を見ている者に気づいた彼は、うつむいて支配人の視線を迎え入れた。
守護者の哀れみの視線の中、支配人は震えを禁じ得なかった。
彼が語らんとする言葉を予感して。
ズバイル
……なんと長き歳月であっただろうか。
そなたらは自由だ。
ズバイル
久方ぶりであるな、両名。
過去数百年にわたり、余は己の責務を怠ってきた。しかし今、余は再びこの世に戻った。余はこれよりこの都市と共に、我々の失った歳月を贖うとしよう。
ミオ
……
ズバイル
同時に、もう一つ頼みがある。両名にその了承をもらいたい。
もしあのナイツモラが本当にハランドゥハンの末裔であるならば、シャアの約束に応え、余は彼女のために宝物庫を開こう。
ワオ、彼女の血脈を確認してくれ。
ワオ
任せて。
ズバイル
また、彼女には試練を与える必要がある。もし最終的に彼女が天路を歩めぬならば、資格を備えたナイツモラとは言えぬであろう。
いずれにせよ、彼女にはその一歩を踏み出させる必要がある。
ワオ
わかった。
ミオ
僕は行かなくていいんだよね? あのナイツモラたちにはあんまり良い感情を抱いていないし。
酒癖の悪い連中が多すぎるよ。そこら中に酒をぶちまけるんだから。いちいち毛づくろいをし直すのは面倒だ。
ズバイル
いや、ミオ、そなたには別件を解決してもらいたい。
ミオ
言ってみなよ、若造。
ズバイル
余が眠りに落ちて以降、シャアの宝物庫がかくも深刻な損傷を受けたのは余の失態だ。
たとえ貴石の使いの助けがあろうと、余の力では首長やパーディシャーが集う軍隊には太刀打ちできぬことは認めざるを得ぬ。
ミオ
お前の考えを話してみな。解決してやってもいいよ。いつもみたいにね。
ズバイル
ある少女に出会った。彼女なら力になってくれると思う。
彼女はシャアの去りし足跡をたどり、余の失った貴石を発見した。彼女がいなければ、余が目覚めることはなかった。
ミオ
あのガキンチョのこと? 見かけたことがあるけど、悪くなかったよ。
向上心があって活発だ。ちょっと頑固だけどね。
彼女のことを思い出すよ。
ズバイル
左様。記憶を取り戻してからというもの、あの娘の取る行動には懐かしさを感じるばかりだ。
まるで、姉上と黄金都市の通りを歩いていた時のように感じた。あの場所のレンガやタイルの一つ一つ、彼女はその起源をすべて知っていた。
姉上はとりわけ、歳月を経たものに対して夢中であったな。
ミオ
その娘に何かをさせたいのか、ズバイル?
ズバイル
共にシャアの帰還を待つ仲間が必要である。
ミオ、彼女が相応しいかどうか見定めてはくれぬか。
ミオ
いいだろう。それがお前の望みならね。
行ってやるとしよう。