死への唆し
口さがない使用人
どうだった? お嬢様はまだ部屋に閉じこもって出てこようとしないのか?
憂うメイド
はい。もう三日になります。食事にも大して手をつけず、このままだったらどうすれば……
口さがない使用人
そもそも、そこまで悩む必要なんてないと思うがな。
デュポン家の遺児として、かつてヴィクトリアの最も高貴であった血筋の継承者として、お嬢様は優美で知性も持ち合わせている。あの三人の中で誰を結婚相手に選ぼうと不足はないだろう。
憂うメイド
だからこそ、お嬢様はこんなにも苦しんでおられるのです。
ロックフェラー家の三兄弟は全く同じ顔の美男子ですが、性格とキャリアはまるで異なります。
聡明な学者、勇敢な軍人、そしてロマンチックな詩人が同時に思いを寄せてきたのですよ。残りの人生をどなたと過ごすことになるのか、あなたなら想像できますか?
ましてや、どのロックフェラーを選んだとしても、残りの二人の心をひどく傷つけてしまうことになるのです。
ああ、なんてことでしょう!
口さがない使用人
ああ、なんてことだ! 俺はただお嬢様が早く決心して、できれば来月には結婚式を挙げることを願うばかりだ。ロックフェラー家はとんでもない金持ちだから、我々への褒美も期待できるだろう!
憂うメイド
あなたって人は――
???
カット!
憂うメイド
監督?
スティーヴン
はぁ……ありきたりな演技だな。
(小声)そもそも観客に情報を伝えるためだけのシーンだしな。いっそ全部カットして、後でより象徴的な風景ショットをいくつか加えるか……
(小声)監督の仕事に干渉するのが好きなプロデューサーさんが、こういう些細なことでねちねち文句を言ってこなけりゃいいが。
君たち下がっていいぞ。脚本にいくつか「調整」を入れる……この後の本番は来なくていい。
口さがない使用人
また「調整」か? うちの監督はほんと優柔不断だな。
憂うメイド
シッ――
スティーヴン
ほらみんな、まだ休憩の時間じゃない、静かに……静かに!
二ヶ月ぶっ通しの撮影でみんな疲労が溜まってるのはわかっている。今は移動区画も中心部を離れ、カジノも商店街もなければ、セルフバーのストックもまずくて飲めたもんじゃない……
だがな! 泣いても笑ってもラスト一週間だ。撮影時間も、俺のフィルムも貴重なんだ。
『ミズ・デュポンの死』は、最近のランクウッドにしては珍しい前の時代の悲劇がテーマだ。一人の貴族女性の荒唐無稽な婚姻を通して、クルビアの時代の転換期における痛みを映している……
この映画が公開される時に、マネロン目的のゴミだと思われるのは真っ平ごめんだ!
リハを続けるぞ。
『ミズ・デュポンの死』、屋敷のバルコニー、シーン三……メラニー、マイケル、君たちの出番だ。
メラニー
……
マイケル
メラニーさん、どうかしましたか?
メラニー
坊や、あなたはなんだと思う?
マイケル
ははっ、忘れてましたよ。ベテランのあなたが準備できてるって言うのに、ひよっこの俺が待たせるなんて、あっちゃいけませんよね。
メラニー
小さなことでいちいちうるさいと思ってる?
マイケル
まさか、とんでもありません。あなたはかつてかのマリアンナと並んで名を馳せ、ランクウッドでも人気絶頂の女優でしたから……
メラニー
キャリア、身分、ルール……心の底ではこうしたものを軽蔑してもいいけど、現場にいる時は尊重しなさい。
マイケル
お詫びを申し上げますよ。
スティーヴン
それじゃあお二人さん、始めてもいいか?
マイケル、一人で三役演じるのは大変なことだが、前回と同じミスはするな。君が今演じているのはロックフェラーの次男、勇敢な軍人だ、間違えるなよ。
ミズ・デュポンの住まいにやってきた君は、兄が送った花を捨てて、弟が送ったラブレターを破り、愛する人の部屋へとまっすぐ向かって告白するんだ!
全員静かに――アクション!
マイケル
愛しい人よ、信じてくれ。俺はどのロックフェラーよりもお前を愛しているんだ!
メラニー
ロックフェラー、甘い言葉はもう聞き飽きたわ。
仮に私がデュポン家の子孫でなかったとしたら? 私たちの結婚があなたに富をもたらすことも、ロックフェラー家が社交界へとけこむ足がかりになることもないのだとしたら、それでもあなたは――
マイケル
いいや、これは男の駆け引きでも、無責任な言葉でもない。
君もわかっているだろ。俺は兄みたいに博学ではないし、弟みたいに気が利くわけでもない。自分の気持ちをはっきりさせただけだ。
メラニー
なら、どうやって証明してくれるの?
マイケル
俺は死と隣り合わせの戦場から戻ったばかりだ。
知っているか、砲弾がすぐそばで爆発し、意識と体が同時に吹き飛ばされ、この命が最後の瞬間を迎えかけた時……
俺の頭にあったのはお前の顔、お前の微笑みだけだった!
メラニー
……
マイケル
……
メラニー
……
マイケル
メラニーさん、セリフを忘れてますよ――
メラニー
ほんと気持ち悪いわ。
マイケル
えっ――何ですか?
メラニー
戦場での出来事を語る時に、ウィンクする軍人がどこにいるの? それにそのしゃべり方。ねちっこすぎて、ハエが地面にくっついて動けなくなるでしょうね!
ここ二ヶ月で、あなたが区画のほぼ全ての異性生物に対してちょっかいを出していることは知っているのよ。でもね坊や。私生活でのやり方を芝居にまで持ち込まないで……
みんながみんな、あなたのそのフリフリした耳と赤い尻尾に惚れる金髪バカ娘じゃないのよ。
マリオン
き、金髪バカ娘……
スティーヴン
マリオン、いつからいたんだ?
マリオン
役者たちがリハーサルしている時にスタイリストが現場で衣装のチェックをすることに何か問題でも?
それとも、監督も制作チーム内の一部の根も葉もない噂を本気にしてるとか?
スティーヴン
はぁ、そんなことあるはずないだろ。
それじゃあ続けるぞ……マイケル、演技はできる限り役に合わせるものだ。でなければ極めて不誠実に映ってしまう。
ロックフェラーの次男の告白が不誠実に見えてしまえば、ミズ・デュポンが誰であっても迷ってしまうような決定を下したことへの説得力が薄れてしまう。
二人とも少し休憩してくれ、次の段取りを確認してみよう。
アブナー?
アブナー
なんだ。
スティーヴン
次のシーンは、写意的なショットで繋げる必要がある。
アブナー
わかった、昨日決めたプラン通りにやればいいんだろ。
スティーヴン
ならその金属ラックから少し離れてもらってもいいか? 飛び出たネジでレンズが傷ついてしまうだろ。
俺は君がランクウッド最優秀撮影賞の受賞者だと信じるべきか、それともプロ意識の欠片もないカメラマンだと信じるべきか。どっちなんだろうな。
アブナー
どちらもだ。信じてくれるかな?
スティーヴン
それじゃあ君の身に一体何があったんだ?
アブナー
話を大袈裟にしないでくれ。
スティーヴン
……
スティーヴン
ミズ・デュポンとロックフェラーの次男の話し声が次第に小さくなり、それと同時にカメラがバルコニーを離れていく……
階段を下り、肖像画やアンティークの花瓶を一つ一つ映しながら、ワインレッド色のカーテンが掛かるロビーへと来る。
その時、ロビーのドアが開いた。
外の雨風の音が一瞬にして静かな屋敷に押し入り、カメラが追いかけると、ぼんやりとした黒い影がカメラに映り――
謎めいた優雅な生き物
ニャ~。
スティーヴン
黒い影!?
勘弁してくれ、あれは何だ? 幽霊か? 小道具か? 俺の幻覚か、それとも誰かの*ランクウッド現場用語*ペットか?
正体不明の生き物が撮影現場に入り込んでくることが、撮影にどんな災難をもたらすか知らないのか!
謎めいた優雅な生き物
……
スティーヴン
さっさと捕まえろ、アブナー! 床に設置してある撮影レールに触れさせるな!
アブナー
手が空いてないのが見えんのか! このボロカメラをぶち壊していいってんなら、今すぐそうしてやる!
おいマリオン、そっちに行ったぞ。
マリオン
あたしの手が空いてるっていうの! 衣装に皺が残ってたら、代わりにプロデューサーに怒られてくれるわけ?
これ以上うろちょろさせないで!
謎めいた優雅な生き物
ニャー――
謎めいた優雅な生き物がスタジオの中を歩いていく。ケーブルや精密機材だらけの地面を抜けながら、二本の尻尾を動かすと、あちこちから声が上がった……
マリオン
ティッピ、背景画なんて描いてなくていいから! それと小道具班の見習い……
ティッピ
この子にはちゃんと名前があるんですけど――モ、イ、ラ、っていうね。
モイラ
いいんだよ、ティッピ。
ティッピ
モリー、もっと怒っていいんだよ。そんなんじゃみんなにいじめられるよ!
マリオン
いいから、あんたら早くあの黒いのを捕まえて!
モイラ
と、止まった。
ティッピ
わぁ――昨日の夜見たホラー映画のモンスターよりも謎めいた姿してるね!
街並みの背景を作る時に、あんたの姿を参考にしてもいいかな?
謎めいた優雅な生き物
ニャウ……
謎めいた優雅な生き物が小道具箱の上にしゃがみ込み、目の前の二人の少女を見上げた。少しご機嫌斜めであるようだ。
モイラが思わず腰をかがめて手を伸ばした。しかし、その深い青色の瞳と目が合った瞬間、彼女は頭が真っ白になったような気がした……
次の瞬間、その生き物はスタジオ内へと姿を消した。
モイラ
……
スティーヴン
ようやくか……
マリオン
まったく、目の前にいたのに逃がしちゃったわけ?
マイケル
もういいだろ、マリオン。
メラニー
あらマリオンさん、あなたの機嫌を損ねたのは私よ。新人二人に八つ当たりすることはないわ。
マリオン
……
???
あなたたち。揉めるなら外の通りか、もっと遠くの区画の外でやりなさい。
プロとしているべき場所じゃないところでね。
スティーヴン
グレータ。
グレータ
さあ、撮影を続けましょう。
スティーヴン
撮影の進捗が遅れていることについて嫌味の一つでも言ってくるものと思っていたが、お咎めなしかプロデューサー。
グレータ
私はそこまで情状を考慮できない冷血人間ではないわ、スティーヴン。それに、あのレディーが現れたということは、私たちの撮影が大きなサプライズを迎えることを意味するもの。
スティーヴン
あの……レディ?
さっきの黒いのが何者か知っているのか?
グレータ
もちろん。
彼女は私が招いたゲストのパートナーよ……彼女がここにいるのならば、そのゲストがついに心を決めたということ――
彼が次のシーンの「トランスポーター」役を演じてくれるわ。
そうよね……
ルシアン?
ルシアン
……お望みの通りに。
ミス・クリスティーンは自由だ。誰も彼女の意志と行動に干渉できない。
だから、私が代わって皆に謝罪しよう。
マイケル
待ってください、急に役者を変えていいんですか? ましてやこんな素性のわからない色男……
グレータ
単なる脇役の一人よ。緊張しなくていいわ、ハンサムなロックフェラーのマイケル。
マイケル
……
スティーヴン
グレータからは事前に話を聞いている。
マイケル
わかりましたよ。
グレータ
ルシアン、ようやく決断してくれてうれしいわ。劇団での舞台と映画撮影は全く違うし、じっくりと考える必要があったことでしょう。
正直、その衣装は誂えたようにあなたにぴったりよ。あの時声をかけてオファーをしたのは正解だったわ。あなたならランクウッドの輝かしいスターになるでしょう。
ルシアン
そうであればいいが。
スティーヴン
みんな、すでに時間がかなり押している。すべての役者が揃ったのなら、リハの続きをやろう。
ルシアン、セリフは覚えてきたか?
ルシアン
暗唱できる程度には。
スティーヴン
よし……『ミズ・デュポンの死』、屋敷のロビー、シーン四、アクション。
スティーヴン
ロックフェラーの次男がバルコニーでミズ・デュポンに心からの告白をした時、遠くからやってきた若いトランスポーターがロビーのドアを押し開けた。
ルシアン
ごきげんよう。
スティーヴン
彼を出迎えたのはミズ・デュポンの兄、常に思い悩んだ顔のデュポン卿――
ルシアン
……
スティーヴン
ダルトンめ、*ランクウッド現場用語*。あいつがどこに酒を飲みに行ったか誰か教えてくれ!
コーディネーター? シェリーは?
???
はい、はい、ここです。
シェリー
ふぅ……ま、間に合ってよかった……ダルトンさん……見つけてきましたよ!
ダルトン
(泥酔した目つき)
(思い切りのよいゲップ)
シェリー
待機場で人数確認を行った時に、彼がいなくなっていることに気付いたので……
キッチンカー、セルフバー、ロケ地の休憩エリア、お酒のある場所を全部回って……最終的に道端の草むらで彼を見つけたんです。
ダルトン
ナイフ……ナイフを……見つけてきたぞ!
シェリー
ナイフを探していたらしいです。トランスポーターがデュポン卿を殺すための重要な小道具がなくなれば、デュポン卿は「死ねない」とか言って……
わざわざ酔っ払いを選んで小道具のナイフを探しに行かせたのは一体誰ですか? モイラさん、あなたの班長は?
モイラ
わ、わかりません……
スティーヴン
まあいいさ、ナイフが見つかったならそれで。
スタイリスト! 早く衣装を整えてやれ!
ダルトン、これから自分が何を演じるかは覚えているか?
ダルトン
もちろんだ……死体役だろ。はははっ、大の得意だよ。
メラニー
だらしないわね。
ダルトン
ひっく、何だって?
メラニー
申し訳ないけど、あなたみたいな人間は心の底から嫌いなの。
ダルトン、開拓映画が一大ブームを巻き起こした時のあなたは、ランクウッド中のプロデューサーが我先にと主演のオファーをしたスターで、多くの映画ファンにとって憧れの存在だったわ。
それなのに、今の姿はなに。そうやって泥水のように谷底で腐ってるつもり?
ダルトン
お、お前に何がわかるんだ!
メラニー
あなたが一体何を経験してきたかなんて、これっぽっちも興味ないわ。ただ少なくとも、新人の前では無様な姿をみせないようにしなさい。
……これもまたランクウッドのルールよ。
今日あなたの相手役を務めるのは、初めて映画のカメラの前に立つ新人なのよ。
ダルトン
……
はいはい。
ダルトン
(げっぷをする)――お前名前は?
ルシアン
ルシアンという。ファントムと呼んでくれても構わない。
ダルトン
まあどうでもいい。
ルシアン
……
ダルトン
悪いな、小僧。今日がお前の初めての撮影だなんて知らなかったんだ。だが心配するな、酔っぱらってようが大先輩としてお前を引っ張るくらい余裕だ。
それじゃあ、この後シーンで俺はお前が持ってきた知らせに絶望して、口封じに殺そうとするからな……ひっく……
俺が襲い掛かったあともみ合いになって、お前はこのナイフを奪って、俺に振りかざす……ほらよ、軽い伸縮式の偽物のナイフだ。血糊は俺の胸ポケットに仕込んであるからな、軽く押せば破裂する。
そうそう、「ナイフを奪うタイミング」なんつー細かいことばかりに気を取られるなよ。役に入り込めなくなるからな、わかったか?
ルシアン
デュポン卿、その公文書をすでに三度も確認されていますが。
問題がないようであれば、全員を集めていただけますか。私は皆様の前で読み上げる必要があります。
ダルトン
は?
目の前の若者と目が合ったダルトンは思わず口を閉じ、ゲップを無理やり喉に押し戻した。
彼の眼前に立っているのは、もはや撮影現場に来たばかりの新人ではなく、ヴィクトリアから遠路はるばるやってきたトランスポーターであり、疲労が溜まってはいるが澄んだ瞳をした青年だった。
示し合わせたように場が静まり返った。「アクション」の掛け声はなかったが、ダルトンはトランスポーターの青年から注がれる視線を感じた。アブナーのカメラも既にこちらに向けられている――
「天性の役者だ」、ダルトンはそう思った。
そして、彼は深く息を吐いた――
ダルトン
いいや、このヴィクトリア王室からの書簡を公表はさせるわけにはいかない。
「デュポン家の血筋」は全て偽りであったと他人に知られれば、どのロックフェラーもたちまちに我が妹への興味を失うだろう!
ロックフェラーの富は、将来私のものとなる富は、そして私の残りの人生は、突き破られた風船のように消えてしまうのだ!
そのまま踵を返して去れ、いいかね? 君は最初からここへ訪れはしなかった。そういうことにするのだ……金をやる、そうだ大金をやろう!
ルシアン
私はヴィクトリアの意思にのみ従います。
ダルトン
トランスポーター風情が、君とは何の関係もないことだろう!
ルシアン
真実とは無関係ではありません。
ダルトン
何だと?
ルシアン
ここで起きようとしていることは、私とは無関係です。ですが、私は真実に関わるのです。
たとえ私がこのまま踵を返して去ったとしても、「デュポン家」の真実は、すでにあなたの部屋の扉を開けてしまったのです。
私にはあなたの不運を持ち去ることはできません。あなたが向き合えるか否かに関わらず、その訪れを知らせること以外はなにも――
これが私の、悲しき宿命なのです!
ダルトン
……
ダルトンが、若者の目を見つめる。そこにあるのは苦痛と悲しみだと彼は確信した。
酔いは、一瞬にして跡形もなく消え去った。
彼はセリフを覚えていなかった。だが、言葉はすでに口から溢れていた。
「苦痛? 悲しみ?」
「バカげたことを!」
「思いあがるな!」
ダルトンが袖からナイフを取り出し、怒りに任せて目の前の若者に振るう――
デュポン卿と若いトランスポーターが鋭いナイフを奪い合う。次の瞬間、ナイフは青年の手に渡っていた、その場にいる二人の動きは幾度となく稽古を重ねたかのように息が合っていた。
ダルトン
苦痛?
悲しみ?
バカげたことを! 思いあがるな!
あと少しで手に入る巨万の富を台無しにされてたまるか!
ルシアン
言ったでしょう、私は真実にしか関わらないのです!
ヴィクトリアの貴族の屋敷、ガリアの戦跡、ラテラーノの大聖堂、イベリアの海岸線……
私はトランスポーターとしてテラの隅々まで赴き、無言の訃報を届け、無数の荒唐無稽な悲劇を目の当たりにしてきました――「デュポン家」はそのうちの一つにすぎません。
私が悲劇のために訪れるわけではありません。しかし、真実は常に私の前で繰り広げられるのです――
これこそが私の悲しき宿命なのです!
ダルトン
黙れ!
窮地に陥ったデュポン卿がトランスポーターに飛びかかる。青年の顔もまた、もみ合いの中で歪んでいた。
若いトランスポーターの動きが一瞬止まり、すぐにまたナイフを握り直す。次の瞬間、デュポン卿は鋭い切っ先がすでに自身の胸に迫っていることに気付いた――
この若者はきっと宿命の重みを感じているのだろう、と彼は思った。
倒れ伏した死体。鮮血。バラの花びら。雨風の音。
ルシアン
……
スティーヴン
カット。
アブナー、全部撮ってたよな。本編にそのまま使えるかもしれない!
アブナー
ああ!
グレータ
(拍手)
マイケル
おいおい、スティーヴンさん、そいつほんとに初めての撮影なんですか?
スティーヴン
グレータに聞いた話じゃ、ルシアンは以前とある移動式劇団にいたらしい。
マイケル
舞台役者か……
スティーヴン
それより、ダルトンの方が驚きだ。あんなに真に迫るような演技を見たのは随分と久しぶりだ……
ダルトン、起きろ、今日の仕事は終わりだ! もし酒を飲みたいなら、今夜は付き合ってやる、ははっ――
ダ、ダルトン?
おかしい、いつまで床で寝ているんだ。シェリー、早く見に行ってこい!
空気が凍り付いた。
ダルトンは階段の前に横たわったまま、シェリーがそばに駆け寄っても起き上がることはない。
スーツのポケットに仕込まれていた血糊はすでに空っぽになっていたが、彼の胸からにじみ出る血は依然広がっている。
シェリーは恐ろしい予感を覚えた。震える手を床の血だまりへと伸ばしていく――
赤い液体は、ぬるくて、どろりとしていて、金属のような匂いがした。
シェリー
これは……本物の血です!