衆愚

辛辣な貴族
彼女はまさに、ウルサスへの反逆者ですな。
仲裁人
ユスポフ伯爵、貴方のご意見は尊重しております。しかし公聴会の結論が出るまでは、軽々しく学生たちに裁きを下すことはできません。
ご列席の皆様に改めて申し上げますが、この公聴会の最終的な結論が「カトルガ事件」の性質を決定づけることになります。
偉大なるサンクト・グリファーブルクで起きた恐るべき事件について、我々は公正かつ厳粛な審議を行わなければなりません。
そして、ウルサスの未来――サンクト・グリファーブルクに生きる学生たちに対し、可能な限り公正な結論を出す必要があります。
辛辣な貴族
親愛なる仲裁人殿。審議を始める前に、どうしても申し上げねばならないことがあります。
今も議会の外に立っている学生たち。彼らの行いは、ウルサスの威光を傷つけたのです。
仲裁人殿の頭上に掲げられたウルサスの紋章が、我々に訴えかけております――全てのウルサス人の享受する栄光が、一体どこから来ているのかを。
サンクト・グリファーブルクの過去が歴代陛下のものであったように、現在と未来は現陛下、そしてそのお側でウルサスの意志を護る我々のものであるべきです。
もし我々がソニア君らの反逆罪を裁けなければ、それはウルサスの未来を世間知らずの悪童どもに明け渡すも同然……
そうなれば、ウルサスは何を根拠にこの大地に立てましょうか? そして陛下の公正は、どのように示されましょう?
傍聴中の貴族
公正だと? 貴様らに「陛下の公正」を語る資格があるとでも思っているのか?
弁護士も、検察官も、陪審員もいない……成文法を改正する議案は十年以上前から提出されていた。それを長らく阻んできたのが、貴様らのような老害だろう!
辛辣な貴族
それでは、諸君のような「新進気鋭」の方々は、帝国のために何をしましたかな? チェルボネッツをばら撒いて半端な爵位を買い叩いた挙句、今は反逆者と手を組む始末……
陛下から授かった勲章を胸に、外で抗議する学生の間を通り抜け、ここで高慢な口上を垂れる。諸君らには、恥という概念がないのかね!?
同刻、議会周辺。
警官
このガキどもめ……
本来なら、今日は非番のはずだった。
だが彼は、早朝に宿舎のベッドで寝ていたところを突然叩き起こされた。上官の話によると、サンクト・グリファーブルクの学生が総動員で議会周辺のありとあらゆる通りを塞いでいるという。
そこで同僚と完全武装で「戦場」へと向かったが、いざ現場に到着したところ……
掲げられた旗もなければ、スローガンを斉唱する声もない。学生たちは、ただ街の至る所で無言で立っているだけだった。
警官や役人が近づくと、彼らは道を空け、「包囲網」の中へと通していく。
警官
……ん?
止まれ! 何をするつもりだ?
ウルサスの学生
落ち着いてください。私たちはただ学友を支持したいだけで、あなたたちに失礼なことをするつもりはありません。
ただ、公聴会で発言すると約束してくれていた方々が、一向に姿を現さなくて。
もしかして、警察はあの人たちを拘束したんですか? このまま公聴会が始まるのを受け入れるわけには――
警官
何を言っている! それはお前と関係のないことだろう!
下がれ! 今すぐにだ!
傍聴中の貴族
……それで、こちら側の者たちはどこへ行った? どうしてこれほどの欠席者がいる?
まさか、あの老害ども……公聴会を有利に進めるため、あらかじめ我々の証人を拘束したのではあるまいな。
仲裁人
静粛に!
現在、サンクト・グリファーブルクは非常に混乱しています。そのため議会は警察を動員し、周辺の道路を封鎖せざるを得ませんでした。よって遅刻者が出るのもやむを得ないことでしょう。
しかしこれほど重要な審議を、これ以上私の一存で遅らせる責任は負いかねます。皆様が論争を交わす間に、一人目の証人が到着しているのですから。
先ほどまで議会ホールで激しく言い争っていた者たちは、視線を入り口へと向けた。彼らは胸に渦巻く怒りを好奇心に変え、議会に足を踏み入れるウルサスの女性をまじまじと観察する。
仲裁人
皆様、席にお戻りください。陛下の公正の名のもとに、公聴会を継続しなければなりません……
証人、前へ。
囁き合う貴族A
あの証人は……ソニアの友人ではないか?
囁き合う貴族B
ええ。聞いた話では、新興貴族が彼女の保証人になったとか。事前の約束通り証言に協力すれば、彼女の友人たちは軽い処分で済むそうよ。
囁き合う貴族A
我々にとっては、喜ばしくない話だな……
囁き合う貴族B
慌てることはないわ。あの俗物の言葉にどれほどの重みがあるか、むしろ楽しみに見させてもらいましょう。
仲裁人
ゾーヤさん、本日は証言のためにご足労いただき、心より感謝いたします。
皆様もすでにお気づきのことと存じますが、ゾーヤ嬢は警官の装備を身につけておられます。
彼女のお父様は警官として尊敬を集めていた人物でしたが、帝国の秩序を守るためチェルノボーグで殉職されました。そのご息女として、彼女は帝国への忠誠心を受け継いでいることでしょう。
数日前、彼女は「カトルガ事件」の事情を知る者として我々の質疑に応じ、報告書を提出しました。
本日の公聴会は、その報告書を公開で読み上げ、仔細を確認する場です。この会が終わる頃には、皆様も「カトルガ事件」について新たな認識を得られることでしょう。
ではゾーヤさん、貴方はこの文章、並びにこれから行う回答が真実であると誓いますか?
アブサント
誓います。
傍聴中の貴族
仲裁人殿、少し待っていただきたい。我々は公聴会の延期を要求します。
ゾーヤさんの保証人、カムシャロフ男爵がまだご出席されていません。ゾーヤさんの証言は男爵の名誉に関わるものですから、男爵が不在のまま証言を行うことは避けるべきでしょう。
平然とした貴族
冗談じゃない、カムシャロフ男爵は寝坊の常習犯として有名ではないか。彼が寝坊するたびに毎度延期していれば、いつまで経っても公聴会が始まりませんぞ。
傍聴中の貴族
寝坊の常習犯? 初耳だな。
平然とした貴族
ふん、彼の経営するカジノが白昼堂々営業できるとでも? 彼は毎日、夜中にあくせく働き回っているのです。
君と彼は今でこそ同じ男爵の地位だが、君が兵士として泥に塗れていた頃から、彼はもう君の人生の二回分は稼いでいましたぞ。
傍聴中の貴族
だが昨晩、彼はカジノにはいなかったはず――
隣の席の人物が、慌てて彼の袖を引く。その瞬間、彼ははっとして額に冷や汗を浮かべた。昨夜、顔役の友人たちと違法カジノで羽目を外していたことを、この場で漏らしてはいけなかったのだ。
平然とした貴族
ほう?
それでは彼が昨晩どこにいたのか、君の奥方にでもお尋ねになってはいかがかな――
傍聴中の貴族
この*ウルサススラング*が! もう一度言ってみろ!
理性を失った貴族が座席をいくつも飛び越え、言いたい放題の相手に躊躇なく飛び掛かった。
仲裁人
警官! 二人を引き離してください!
仲裁人の叫び声により、ただでさえ騒々しかった公聴会に火が点いた。先ほどから口論していた者たちも続々と加わり、入り乱れての大乱闘となった。
室内で待機していた数少ない警官が止めに入ろうとしたが、彼らは途中で思い留まった。なにせ目の前で取っ組み合っているのは、彼らが機嫌を損ねていい相手ではないのだ。
アブサントは目を閉じ、首筋を撫でた。この寒気は背後での取っ組み合いによる風圧のせいで、彼らがまたしても想像を超える愚行をしでかしたせいではないと、一瞬思いたくなった。
おぼろげに、ウルサス人なら誰もが聞き飽きたであろう会話が耳に響いてくる。
「近衛軍」メンバー
お前たちのような連中がいるから、ウルサスがこんな有様になったんだ!
「討論会」メンバー
それはよかった。ウルサスが君たちのような人ばかりなら、今頃どうなっていたことやら!
二人は互いの襟首を掴み合っていたが、周囲で見物している学生たちは止める素振りすら見せず、せっかくの見世物を見逃すまいと煽り立てていた。
その一方で、喧騒から距離を置き、いくらか後方の席で静かに座る学生たちがいた。
アブサント
はあ……
ソニアはまだ来ないの?
ロサ
これまでのやり取りでは、今日の午後には来れると思っていたのだけれど……あと、ジュナー教官は明日到着の予定よ。
でも、みんなの議論の方向性が少しずれてきていて、いつ暴走してもおかしくないわ。私たちで仲裁した方がいいんじゃないかしら?
イースチナ
私たちは「ウルサス学生自治団」の名義でこの学生集会に参加しているのですよ。団長のソニアが来ない限り、彼らは私たちの意見を聞き入れてくれないでしょう。
それに、今回の集会の議題はとても重要です。やはりソニアに判断を下してもらわなければ。
ロサ
でもこの前、ソニアがオリガたちと会った時も、あまりいい雰囲気ではなかったような――
グム
リェータお姉ちゃん、本当にこれが最後のハチミツ飴だってば!
リェータ
グム、お前は最高に優しい奴だよな? ほら、もう一度ポケットを探ってみろって。まだ残ってるかもしれねーだろ?
イースチナ
リェータ、飴玉欲しさにグムをいじめないでください。
リェータ
元はと言えば、お前がハチミツ禁止令を出したせいじゃねーか……せっかくウルサスまで帰ってきたってのに、一口も飲んでねーんだぞ。
くそっ、こんなことならイェラグにもう何ヶ月か残ってりゃよかったぜ。
イースチナ
私たちは観光に来たのではないのですよ……サンクト・グリファーブルクの事務所立ち上げ任務が終わるか、あるいはあなたがハチミツで酔わなくなったら、その時は好きなだけ飲んで構いません。
リェータ
ちぇっ……
グム
リェータお姉ちゃん、あっちのケンカは見にいかなくていいの? グムはてっきり、お姉ちゃんはこういう騒ぎに飛びつくと思ってたのに……
リェータ
ケンカは好きだけど、バカ二人のケンカなんか見たくねーって。口では人を助けるとか言っておいて、真っ先に自分を助けてくれた仲間をぶん殴るなんて、どんな神経してやがんだよ。
……お? 仕切りたがりの奴が、ついに我慢できなくなったみたいだぜ。
オリガ
皆さん……皆さん! お静かに!
金髪のウルサスが懸命に声を張り上げる。しかし周囲の歓声と口論の中で、彼女の焦りと震えを帯びた声はあまりに弱々しかった。
オリガ
皆さん……無関係な口論はひとまず置いておきましょう。本日私たちがここに集まった目的を忘れないでください。
ラニアはサンクト・グリファーブルクの学生であり、私たちの仲間です。その仲間が正しい行いをしたことで受けた不当な扱いに、私たちは胸を痛めています。
私一人の力は限られています。ですが学生連合大会の力があれば、きっと何かを成し遂げられる。サンクト・グリファーブルクも私たち学生の声に耳を傾けてくれるはずです。
だからどうか冷静になって、共に作戦を立てましょう。仲間を監獄から救い出すために。
「討論会」メンバー
ははっ、彼のような脳みそが上腕二頭筋より小さい男と駆け引きの関わる作戦を練り合うなんて、全く無意味なことさ。
そもそも、ラニアの行動が軽率だったんだ。彼は議会ホールでの好き勝手な落書きが、どんな結果をもたらすか考えもしなかったのかな?
「近衛軍」メンバー
聞いたか、オリガ。「討論会」の連中は、ラニアを救い出す度胸など持っていない。こいつらは白旗を挙げる以外はいつも「長期的に考えるべき」と言い訳して、責任から逃れようとするんだ。
捕まっているラニアがお前の友人で、お前たちペトラチェフスキーグループの「身内」でもあることは知っている。だが、「学生近衛軍」は常にお前たちの味方だ。
それなのに、この臆病者ときたら。祖父が先代皇帝の近衛軍の名誉団長だったというのに、彼本人はウルサス軍人の気概などちっとも受け継いでいないじゃないか!
「討論会」メンバー
オリガ、「討論会」も焦る気持ちは君と同じさ。僕たちもラニアや他の学生の救出には反対していないし、必要なら力で解決するべきだとも思っている。
問題は僕たちじゃなく、「近衛軍」の方だ。あんな乱暴な行動で、ウルサスの現状を変えられると本気で思っているのかな?
『ウルサスの復興』にも書かれている通り、この国は着古したコートじゃない。好き勝手に脱ぎ捨てて新調することは不可能なのさ。
「近衛軍」メンバー
ふん、またあの忌々しいニコライ・イリインスキーか……
オリガ
でしたら、「討論会」はよりよい提案をお持ちなの? ぜひ聞かせてください。
「討論会」メンバー
まず新聞をもっと多く刷って、ラニアたちが受けている不当な扱いを繰り返し訴えることだね。
校内で呼びかけるだけじゃ足りないから、市民も巻き込むのさ。ラニアたちはクライニ・セーヴェルの坑夫のために声を上げて逮捕されたんだ、労働者たちはきっと味方についてくれるだろう。
逮捕された学生の境遇を宣伝すれば、多くの同情を集め、皆を団結させられる。そこで皆に戦う理由と戦い方を教えて、ヒッポグリフの継承者に矛先を向けさせるんだ。
ウルサスの伝統貴族たちは、ヒッポグリフ王国の野蛮で理不尽な伝統を喜んで受け入れている。その中にはヒッポグリフの血を引いている一族も多い。
この千年続く膿を出し切ってこそ、ウルサス人が本当の意味で自分がウルサス人だと自覚できるのさ。
「近衛軍」メンバー
はっ、笑わせてくれる。お前の言う「伝統貴族」には、トレープレフ家も入るだろう。つまり、まずはオリガという膿を出すことから始めるのか?
オリガ
……
「討論会」メンバー
それとこれとは別の話さ。新しいウルサスに賛同する人間なら――
「近衛軍」メンバー
それから、市民や労働者に教えてやるといい。お前たちが崇拝するニコライ・イリインスキーは、政権を打倒しようなどとは考えず、事が済んでから自分を高く売り込むことしか考えていなかったと。
ついでに、彼らの中にいるリーベリやフェリーンにも伝えた方がいいな。新しいウルサスは「ウルサス人」の国家であり、他の種族は「下っ端」か「スパイ」でしかないことを。
「討論会」メンバー
都合のいい引用をするな! 彼がそんな主張をしたことは一度もない!
「近衛軍」メンバー
ふん、先帝が下した唯一の正しい判断は、その「新ウルサス民族」などと口走る狂人を絞首刑にしたことだな!
彼がそう言い終わるや否や、壇下にいた学生の一人が手元の水筒を掴み、饒舌な「近衛軍」目がけて力一杯投げつける。だがその狙いは外れ、金属製の水筒は鈍い音を立てて演壇に叩きつけられた。
すると壇下の「近衛軍」が素早く反応し、その無礼な聴衆を捕まえると、容赦なく殴りかかる。そうしてホールは再び混乱に陥った。
リェータ
見ろよゾーヤ。やっぱ「近衛軍」って奴らの方が、殴り合いのケンカは強そうだぜ。
アブサントは騒々しい乱闘を目の当たりにして、リェータの皮肉に返答をする気になれず、本来この場を収めるはずのオリガに視線を向けた。
オリガは何もできないまま、躊躇いがちに自治団の面々を見つめていた――この場で乱闘に加わっていないのは、彼女たちだけだ。
「近衛軍」メンバー
……ちっ、また面倒な奴が増えたな。
拳がぴたりと止まり、唐突に怒号が止む。取っ組み合っていた学生たちは、次々と相手から手を離した。
リェータ
おっ、冬将軍のお出ましだ!
イースチナ
ソニア、また遅刻ですか。
ズィマー
……わりぃな。
だが状況を見る限り、ちょうどいいタイミングで来たみたいだ。
オリガ
……ソニア、あなたは前回の連合大会にも遅刻したでしょう。お忘れではないと思いますが、この大会が開かれるということは――
ズィマー
「サンクト・グリファーブルクの学生の命運に関わる大事件が起きた」ってことだろ。忘れてねぇから、気にせず「話し合い」を続けてくれ。
「近衛軍」メンバー
……
ズィマー
ファッデイ、どうした? 急に黙り込んじまって。オマエ、前はアタシ相手でも生き生きと拳でアイサツしてたじゃねぇか。
ファッデイ
……そうしたところで、結論なんて出ないだろう。
ズィマー
いいや。拳での話し合いは、口喧嘩と違って必ず結論が出るのがいいところだ。
オリガ
……確かに、今日の議論は順調ではありません。だからといって、自治団がたびたび連合大会を軽視していい理由にはなりませんよ。
イースチナ
失礼ですが、オリガ議長。どのような理由で「軽視」と言うのか、説明していただけますか?
学生連合大会に加入して以来、自治団が連合大会の定める規則に違反したことはなく、全ての活動に出席しています。
その場にいた全員が、ズィマーに疑いの視線を注ぐ。
イースチナ
……自治団のメンバーの多くは外地での任務にあたっていますし、連合大会からの通達はあまりに急でした。遅刻という一点だけで軽視と非難するのは、明らかに不公平だと思いますが。
何より重要なのは、これまで自治団が一度も内紛に関与していないことでしょう。
率直に言うと、ここで大きな騒ぎを起こしていた他の団体と比べれば、自治団は最も連合大会を尊重しているように思えます。
「討論会」メンバー
それなら、僕も率直な意見を言わせてもらおう。アンナ、そもそも君たちに連合大会に加入する資格なんてないんだ。
なにせ君たちは、出身も、団体の設立場所もチェルノボーグだからね。一方の僕たちは、皆がサンクト・グリファーブルク出身だ。
ズィマー
忘れんなよ、アタシらに連合大会に入ってくれって声をかけたのはオリガだろ。
「討論会」メンバー
彼女が遠方から来た君たちを招待したのは、連合大会がより多くの学生を団結させられるようにと願ってのことさ――君たちがこの街に落ち着けるよう取り計らいまでしてね。
だからこそ、君たちは連合大会に貢献する意志を……いや、最低でも敬意を示す必要がある。
ロサ
受けた恩は忘れないわ。当時のことについては、自治団の全員が感謝しているのよ。
私たちはいつも連合大会の行動を支持してきた。その途中で帰ったことも、足を引っ張ったこともないわ。
レオニード
前回の大会で、君たちは皇帝の肖像画を燃やす任務を与えられたはずだ。なのに結果はどうだ?
リェータ
肖像画を燃やすだけじゃ甘っちょろいから、皇帝一家をバカにする落書きデモにアップグレードしたんだ。何か問題でもあんのか?
レオニード
それで、その落書きとやらは誰が描いたんだ?
グム
えへへ、グムだよ!
風刺画を描くのなんて初めてだったけど、みんなに上手だって褒められちゃった!
ファッデイ
そこが問題なんだ!
皇帝一家をあんなに可愛らしく描き上げて、どうやって市民の反皇帝感情を煽るつもりなんだ?
リェータ
上手に描いちゃダメだってのか? お前が三年間練習したって、グムの実力には追いつけねーよ!
ファッデイ
*過激なウルサススラング*! お前たち、ふざけるのもいい加減にしろ!!
オリガ
そこまでです。皆さん、お静かに――
仲裁人
……ここは公聴会の場です。誰であれ秩序を乱す行為は許されません。
アブサントはふと我に返った。先ほどまで乱闘していた貴族たちはとっくに殴り合いを止め、身なりの乱れた豪華な服を整えつつ睨み合っている。
仲裁人
それではゾーヤさん、貴方の証言に戻りましょう。
貴方は先ほど「学生連合大会」という組織に言及されましたね。その名前については、ご列席の方々の多くも耳にしたことがおありかと思います。
異なる大学の異なる団体が共同設立した組織であり、たびたび悪名高い国賊の名前で社説を発表しています。その国賊の代表例が、最近「有名」になったイヴァン・トゥーリンです。
囁き合う貴族A
ええと……「イヴァン・トゥーリン」とは何者かね?
囁き合う貴族B
大反逆者ヤーコフ・ペトロフの弟よ。リターニアでの亡命中に反体制的な書籍を何冊か執筆していたとか。
議会が追跡調査を行っていたけれど、長らく公に姿を見せていないそうよ。ここのところ本人は作品を発表していないし、おそらくすでに死亡しているでしょうね。
囁き合う貴族A
……奴らは、なぜわざわざ死人の名前を使うのかね?
囁き合う貴族B
表立って主張できないような暴論を広めるためには、陛下に反対する代表的な人物の名前を借りる必要があるのよ。それも、彼らに文句を言えない者であればなお好都合だわ。
彼らは私たち以上に、イヴァンが死亡していることを望んでいるのよ。そうすれば、彼らが新たな「イヴァン」になれるもの。
仲裁人
その学生連合大会が蜂起する以前に、貴方は傍観者として彼らの協議を見ていた。これに間違いはないですね?
アブサント
間違いありません。
一つだけ補足させてください。私はどの学生団体にも所属しておらず、ただソニアたちの友人として集会に参加していただけです。
協議の末に彼らがどんな結論を下したのかも詳しくは把握していませんし、彼らの行動を支持したこともありません。
仲裁人
ふむ……
書記官、左手にある資料をこちらへ。
その調書には、学生連合大会において、学生たちがサンクト・グリファーブルク冬季舞踏会を妨害する計画を企てていたことが示されています。
オリガ
そこまでです……これ以上無駄にできる時間はありません。今すぐ話を本来の議題、ラニアたちの救出方法に戻しましょう。
ファッデイ、「近衛軍」の代表として、あなた方の間で決まった計画を提案してください。
ファッデイ
綿密な協議の末に決まった、我々の提案は――刑務所の襲撃だ。
オリガ
……
ファッデイ
ラニアの逮捕は騒動になったものの、彼が収監されている刑務所の担当者はそれほど多くない。
……それに毎年、舞踏会の時期はサンクト・グリファーブルクの警備が最も手薄になる。我々が作戦を決行するには絶好のタイミングだ。
レオニード
やっぱり、君は狂っている!
リェータ
(小声)舞踏会って、貴族がこぞって各地から集まるんだろ? 普通は警備が厳しくなるもんじゃねーの?
アブサント
(小声)警官には貴族が多いんだよ。父さんが言ってたけど、サンクト・グリファーブルク警察の採用は、正規の手続きじゃなくて権力のコネで決まってるんだって。
(小声)ここの軍警は、駐屯軍団の所属なんだ。子供を軍の将校に就かせられない下級の貴族は、妥協して警察に入れて「経験」を積ませるの。
ロサ
(小声)……それと、冬季舞踏会は単なる遊びの場じゃないわ。貴族が集まれば、そこはもう政治の場だもの。
(小声)だから警察庁上層部の人事異動は、いつも舞踏会の前後に行われるのよ。そうなれば、必然的に役人も忙しくなる――
(小声)だからファッデイが言っていたことも、あながち間違いではないわね。
オリガ
あなた方の提案は、戦争を起こそうと言っているようなものです。ですが今のところ、あなた方が実際に武器を扱えるかわかりませんし、戦う準備をしているようにも見えません。
ファッデイ
ふっ、何も準備していないとでも?
ここだけの話だが、実は個人の商人と繋がりがあってな。その気になれば、すぐにでもロンディニウムの戦場に残った古い装備が山ほど手に入るんだ。それだけあれば、ここの全員を武装させられる。
レオニード
個人の商人? あの外国人たちのことか?
オリガ
そんな装備で、完全武装した看守に対抗できるとでも……?
ファッデイ
できるに決まっている! 実物を見ればわかるが、あの武器と装備はウルサスのものよりずっと先進的だ。
我々はすでに時代遅れだ。だが弱肉強食の大地は、誰も待ってくれやしない。我々はこのウルサス最後のチャンスを利用して、今すぐ追いすがるしかないんだ。
無駄飯を食らうだけの「お偉いさん」どもに、ウルサスを泥沼に引き摺り込ませるわけにはいかない。我々こそが、ウルサスを再び強大な国へと導く先鋒にならなければ。
レオニード
口で言うのは簡単でも、その商人とやらが何かを企んでいる可能性もあるだろう?
忘れるな、僕たちはウルサス人だ! 外国の武器を持って、ヴィクトリアやクルビアの堕落した制度に追随しようだって? そんな提案をする奴らに好き勝手させるわけには――
彼は声を張り上げ、前へと一歩踏み出した。「討論会」のメンバーが、肉体的にも劣っていないと再び証明するかのように。
その時、脇から何者かが手を伸ばし、レオニードの右腕をがっちりと掴んだ。彼はその手を強引に振り解こうとするが、掴まれた右腕はぴくりとも動かない。
彼が罵倒の言葉を吐こうと振り返ったところ、ズィマーと視線が衝突した。
ズィマー
もういいだろ。
ファッデイ、オマエらの計画を実行しても、確実に全員が無駄死にするだけだ。まともな情報も作戦もねぇし、武器がちゃんと使えるもんかどうかもわかんねぇだろうが。
警察がどんだけ無茶苦茶でも、監獄に駐屯してんのはちゃんと訓練を受けてきた軍警だ。今のアタシらじゃ、アイツらと戦うには準備不足なんだよ。
ファッデイ
……確かに、お前の腕力は大したもんだ。正直なところ「近衛軍」には陰でお前に一目置いている奴も多い。
だが、お前の言う「準備不足」は、レオニードたちの言う「長期的に考えるべき」と根本的に変わらない。行動を起こしたくないから言い訳しているだけだ。
ラニアたちを助け出せる案がないなら、連合大会の決議に口を挟まないことだな。
イースチナ
ファッデイ、勝手に「連合大会の決議」を採る立場になったつもりですか? この大会はずっと多数決方式を採用しているはずです。
「討論会」は明らかにあなたと敵対していますし、自治団もあなたの提案する自滅行為には賛成できません。自分の言葉だけで他人を扇動できると考えているのなら、今ここで多数決をしましょう。
全員の視線がオリガに集まる。その眼差しは、返答への期待に満ちていた。
イースチナ
オリガ、異論がなければ、いつも通りペトラチェフスキーグループで集計を――
オリガ
いいえ。
ファッデイ
オリガ?
オリガ
私もレオニードとソニアの意見には賛成です。武装蜂起が失敗した場合、連合大会がその結果の責任を負うことはできません。
……ですがファッデイの言う通り、このまま何もしないのは座して死を待つようなもの。そうして警察にラニアを好き勝手に処分する機会を与えては、皆さんの反抗への情熱が水の泡です。
そこで、皆さんに納得していただける救出案があります――冬季舞踏会の開催に合わせて、会場を包囲すればいいのです。
リェータ
……お前何言ってんだ? 刑務所を襲うんじゃなくて、直接貴族をぶっ飛ばす気かよ!?
オリガ
いいえ、暴力沙汰を起こすつもりはありません。
武器を一切持たず、プラカードを掲げて抗議を行います。人々の知らないところで、この国の未来を蝕んでいる者がいる……そのことを貴族たちに直訴するのです。
イースチナ
……その行為に、どんな意味が?
あなたはお父様を大層立派な人物だと思っているのでしょう。仮にそうだとしても、あの貴族たち全員が私たちの話に耳を傾けてくれるとは限りません。
ここ数年で彼らが働いた愚行の数々は置いておくとして、いまやラニアたちを逮捕し、見せしめとして厳罰に処して後患を絶つとまで宣言しています。
そんな彼ら相手に、丸腰で訴えかけようとするなんて……これでは新鮮な肉を切り分け、鈴を鳴らして裂獣をおびき寄せているようなものです。
オリガ
いいえ、アンナ。あなたはわかっていないようですが、舞踏会に参加する貴族たちに、私たちを傷つける理由などないのです。
これまでも、私は同じような活動を何度も実行してきました。その経験上、私たちが必要以上に感情的にならない限り、貴族や警察の方から手荒な行為をすることはないと知っています。
父の名誉にかけて誓います。これはあくまで私たちが声を上げる機会を勝ち取るための活動であり、誰一人として傷つけさせないと。
レオニード
……僕はオリガの提案に賛成だ。実際、ここにいる人の大半は地元の貴族なんだ。僕たちは自分の身分を人質にして、貴族たちを揺さぶることができる。
これは、僕たちが持っている数少ない切り札だ。人数さえ足りていれば、議会の決議を覆すことも夢じゃない。
ファッデイ
何もしないよりは、妥協案を採る方がまだマシか。「近衛軍」も反対する理由はない……
オリガ
では、多数決を行いましょう。
ここに正式に提案します。時刻は三日後の午後七時、冬季舞踏会の最中。学生連合大会に所属する全ての団体で会場へと向かい、貴族たちに対してデモを行いましょう。
次々と賛成の手が挙がる。すると、先ほど乱闘に参加していなかった者たちは、今回も「異端」側として際立っていた。
一方で手を挙げている学生たちは堂々とした姿に映り、静寂は彼らにさらなる力を与える。
アブサントは、自分の呼吸が荒くなっているように感じた。学生たちの顔を順に見回しても、安心できるような回答は得られない。
行動を渇望する学生たち。その瞳には行き場のない怒りが囚われており、仲間への罪悪感と体制への憎悪から、高く挙げた手は僅かに震えている。
流血を恐れる学生たち。彼らは心底「妥協案」に賛成し、自ら剣を振るわない限り、誰かが盾になってくれると信じている。その口元には、安堵の気持ちが漏れていた。
そして、多くの学生は不安の中で揺れていた。彼らは前進と情熱を代表するこの集団から排除されることを恐れ、周囲に合わせるように手を控えめに挙げていた。
リェータ
……おい、ソニアから離れろ!
オリガ
結果は明らかです。ほぼ全ての方が私の提案に賛成しました。
私としては、自治団の皆さんにも積極的に参加してほしいと願っています。連合大会は、全員の力を必要としているのです。
イースチナ
どれだけ多数が賛成したとしても、これが浅はかで……愚かとも言える提案であることに変わりはありません。
ウルサスの学生
アンナ、自分だけが賢いと思うなよ。これまで自治団は、連合大会に対して上っ面だけ従順な振りをしていただろう。それを皆が大目に見ていただけだ!
レオニード
チェルノボーグの諸君、思い上がるのはここまでだ。君たちは連合大会への忠誠を証明することだね。
リェータ
あ? お前、死にてーのか!?
グム
やめて、リェータお姉ちゃん!
ロサ
……自治団は、いつでも学生みんなにとって一番いい方法を考えてきたわ。
私たちの姿勢は、古い規則に縛られず、臨機応変に対応すること。連合大会の皆さんには何度もそう説明してきたのに、今になって自治団の立場を非難するのは、あまりに不公平だわ。
ファッデイ
ロストフ家のナターリア。軍の出身ではなくても、ウルサスの貴族ならわかっているはずだ。命令への服従こそが、ウルサスが無敗であり続けるための基盤だとな。
ロサ
でも――
ズィマー
アタシは参加する。
イースチナ
ソニア……?
オリガ
ソニア、ありがとうございます。連合大会の理念を理解してくれたのですね。
ズィマー
アタシは参加するし、オマエの作戦通りにも動いてやる。だが一つだけ条件がある。
参加したくねぇヤツや、作戦経験のねぇ普通の学生は、いつでも好きに抜けられると約束しろ。あと、そいつらに連合大会で肩身の狭い思いをさせんじゃねぇぞ。
リェータ
ふぅ……やっと終わったぜ。
あのボンボンどもとやり合ってると、マジで頭が痛くなってくるな……うぅっ、サンクト・グリファーブルクの夜ってこんなに冷えるのかよ。
グム
リェータお姉ちゃん、グムが風から守ってあげる!
リェータ
サンキューな、グム!
おっ! あんじゃねーか、ハチミツ飴!
グム
リェータお姉ちゃん! ズルはだめだよ!
リェータ
仕返しだ! さっきはもう持ってないって騙されたからな!
イースチナ
ソニア……
ズィマー
わりぃな、アンナ、それにみんなも。勝手に決めちまった。
イースチナ
いえ、責めるつもりでは……
ロサ
ソニア、どうして謝るの? あなたが勝手に決めたんじゃないわ。私たちは、自分の意思であなたと一緒にいることを選んだのよ。
それに、あれ以上連合大会と揉めてしまったら、今後の行動に悪い影響が出ていたでしょうし。
団長として、ソニアは常に正しい選択をしようとしてくれている。私たちはみんな、そんなあなたを信じているのよ。
イースチナ
ナターリアの言う通りです……ですが、一つ教えてください。あなたがオリガの提案を受け入れたのは、自治団の立場を守るためですか? それとも、本心から彼女の考えに賛同しているのですか?
ズィマー
あいつらの決定は急すぎたし、計画なんてねぇようなもんだ。とんでもねぇ事故を起こすんじゃねぇかって心配になったんだよ。
アブサント
ロドスで訓練を受けてる私たちなら、万が一何かが起きてしまっても、何かみんなの役に立てるかもしれない。
ソニア、私もあなたを信じてるよ。
ズィマー
ああ。でも、一つ思うんだ……
アタシらは、どうしてウルサスに帰ってきたんだろうな?
イースチナ
ウルサスにはロドスの事務所がないので、自治団がここで情報ネットワークを構築する必要があるから……ですね。
ズィマー
だが、ロドスの役に立ちたいだけなら、他の外勤任務でもよかったはずだ。実際アタシらがここでできることなんて、補助的な仕事だけだしな。
ロドスから出る前に、皆で話し合ったよな。ウルサスで事務所を設立する任務には、絶対に自治団で参加させてもらおうって。
ドクターは心配してたけど、最後はアタシらの意志を受け入れてくれた……
ロサ
きっとドクターは、私たちに普通の生活に戻ってほしかったんじゃないかしら。
グム
でも……ここの生活は、グムが想像してた「普通の生活」とは全然違うよ……
だって、みんなケンカばっかりしてるんだもん。おなかは空かないけど、ちっとも楽しくないよ。
リェータ
マジでそうだよな。ここの奴らはどいつもこいつも訳わかんねーことばっか言ってるくせに、実際は頭空っぽなんだよ。
アブサント
そう感じるのは、この街に慣れてないからなのか、私たちが自分から他の人と関わろうとしてないからなのか、わからないけど……
ロサ
もしかしたら、ウルサスでの生活から長く離れすぎていたせいで、慣れるのに少し時間がかかっているだけなのかもしれない……
イースチナ
……私たちが本当の意味でチェルノボーグから離れたことなんて、あるのでしょうか?
薄暗い街灯の下で、通りのショーウィンドウに彼女たちの顔がぼんやりと映り込む。冬のサンクト・グリファーブルクの夜は、ひどく静かで、ひどく長かった。
雪は古い通りの石畳の隙間で踏み固められ、泥に染み込んでいく。
ズィマー
あんな古臭くて生気のない場所とは、さっさと別れを告げておくべきだったんだ。
あのまま逃げ続けてたら……記憶の中のウルサスは、永遠に瓦礫の下で焼け焦げた土のままだった。あんな場所がアタシらの故郷だなんて、絶対に認めねぇからな。
ロサ
あれがウルサスの過去よ。もし私たちが何もしなければ、ウルサスの未来にもなってしまうわ。
イースチナ
……私たちは、連合大会の皆さんよりずっと早く炎を目の当たりにしています。たとえチャンスがどれだけ小さくても、その私たちが最善の計画を考えなければなりません。
ズィマー
サンクト・グリファーブルクで足場を固めるには、もっと多くの仲間を集める必要がある。アタシらは、そのために連合大会への参加を決めたんだ。
グム
グムも新しいお友達のみんなを助けたい!
リェータ
へっ! それに、自治団がビビったことなんて一度もねーしな。
ズィマー
……おう!
おい、ゾーヤ。大丈夫か?
アブサント
……
仲裁人
……さん? ゾーヤさん?
聞いておられますか?
アブサント
……
失礼しました。
この場で学生連合大会の記憶を思い返していると、どうしても気持ちが揺れてしまって。あれは、私にとってすごく辛い経験だったので。
仲裁人
心中お察しいたします。
ご列席の皆様も、すでに「カトルガ事件」の背景はご承知のことと思います。ですが、事件の発端である冬季舞踏会の周辺状況については、今一度詳しく説明していただきたく存じます。
アブサント
わかりました。
舞踏会が終わったあと、私は舞踏会の参加者とデモ活動に参加した学生の両方から話を聞きました。
そこで、舞踏会の最中に、予想外の「事件」が起こっていたことを知ったのです――