終ぞ希望を抱かず
p.m. 5:20 天気/晴天
クルビア都市 トカロント
俺はディラン、ロドスが誇る飛行ユニットのパイロットだ。ちなみに今は、都市を駆けずり回っている。
本来なら俺は、飛行ユニットのコックピットに座り、手には操縦桿を握りしめているべき人間だ。俺が仕事で向き合う相手ってのは、地形や乱気流……いわゆる自然の脅威ってやつのはずなんだ。
ところが、今俺が握っているのは真っ二つになったフルオートアサルトボウガン。モデル名すら今朝聞いたばっかりのやつだ。それにしても、こいつ……半分でもとんでもねー重さだな。
こいつを突きつけられたお陰で手汗がびっしょりだ。そもそも、俺が戦場に向き合わなきゃならないとしたら……相応しい場所は地上じゃないし、ましてやクルビアのこんな薄暗い路地でもねぇ。
だから俺は、できることなら、こんなところで敵には会いたかないんだが……はあ。
ブレイズ
ディラン、今手が離せないんだけど……彼のつけてるそれ、なんて書いてあるのか読んでみてくれない?
ディラン
……警……察? ブレイズさん、「トカロント警察」って書いてありますよ。
ブレイズ
警察~? そんなこと言われても、先に手を出してきたのは向こうなんだからしょうがないでしょ。そもそも、こんな野蛮な警察いると思う?
ディラン
うーん……こいつ、本物じゃあなさそうですね。かなりお粗末な作りしてますから。
ブレイズ
だけど、見た目は本物の警察そっくりだね。朝、屋上にいた警官たちとほとんど同じ服装だよ。これなら、制服を着てない人たちよりは、ずっとそれっぽく見えるだろうし。
……もう一度聞くけどさ。質問してる時に、いきなりフルオートアサルトボウガンをぶっ放してくる警察なんてフツーいる?
ディラン
クルビアなら……あるいは?
ブレイズ
バカ言わないでよ。彼が本物の警察じゃないってことくらい、もう分かってるでしょ? 少なくとも、私たちの知るような普通の「警察」じゃないのは確かだね。
俺は顔を上げると、路地の反対側に倒れた黒い服の人物を見やる。それから今度は視線を下げて、真っ二つになった武器を見た。
コイツはほんの少し前まで俺の胸に向けられていたが、今じゃ無理矢理二つに折られ、見るも無残な姿になっちまっていた。
目の前の「警察」はすでに気を失っている。もし、ブレイズさんがこの男に手を出した時、ドクターの指示を覚えていたなら、恐らく彼の命はまだあることだろう。
ロドスの代表団は、昨日トカロントに到着した。
何度経験しても、この飛行ユニットのスピードにはパイロットである俺すら驚かされる――
何せ、ロドス本艦がまだ大騎士領へと向かっているうちに、俺たちはもう西部の荒野を空路で横断しちまったんだからな。分かるか、あの荒野をだぞ?
計画では、ドクターとアーミヤさんが話をつけたら、俺たちはまた元の空路でロドス本艦へ戻る予定だった。大騎士領の都市連結が完了する前に、帰りが間に合うって寸法だ。
俺が知ってるのは、ロドスがカジミエーシュのメジャー期間中にご招待いただいたってことだけ。具体的な時間と目的はさっぱりだが……まあきっと、早く戻って準備するに越したことはないだろう。
もしも時間に余裕があれば、休みでも取ってこの大都市で数日過ごしたいなんて思ってたが……今じゃそんな気も失せちまった。
医療オペレーター
もう安全……ですかね?
ブレイズ
いや、まだ気は抜けないよ。トカロントを去るまで――いや、多分クルビアを去るまでは、危険と隣り合わせだろうね。
この人、まだ息はあるかな。ちょっと見てくれない? まだ生きてるようだったら、そのまま生かしてあげるのがベストだろうし。
医療オペレーター
えっと……うう、分かりました。
ディラン
それにしても……こんなパワフルなオートボウガン、初めて見ましたよ。クルビアではこういう武器が普通に出回ってるんですかね?
ブレイズ
クルビアの特徴、と言えるだろうね。この手のフルオート武器は……
ディラン
ドクターは……ご無事でしょうか……
ブレイズ
襲撃を受けた時、ドクターとアーミヤちゃんには、車で先に行ってもらったから……クロージャが作ったあの自動操縦システムが、信頼できるものならいいんだけど……
ディラン
……我々はハメられたんですね。まさか、ドクターとアーミヤさんでもこの事態を予測できなかったなんて……
ブレイズ
ドクターもアーミヤちゃんも、人間だからね。たまには判断を誤る時だってあるよ。
医療オペレーター
襲ってきた人たちはホテルを占領して、私たちが残した薬品サンプルを奪っていったようでした……
ブレイズ
仕方ないよ。それより、まずは目の前のことから片付けよう。
何とか安全な移動手段を見つけて、この都市を出なくちゃ。
???
これまでに、私たちはすべてを失ってしまった。なのに、あなたは未だ、私のそばにいてくれない……
なら、あなたの行動は……一体何のためにあると言うの?
まさか……ほんの僅かな希望を残すため、とでも言うつもり?
「希望」……
「希望」、ね……
……知ってる? 希望を抱くというのは、実はとても残酷なことなのよ。
何もかも取り返しがつかないと気付いた時……自分の無力さに気付いた時……絶望的な窮地に追い込まれた時……
最も善良な人ですら、希望に狂わされてしまう。
あなたは何か言おうとした瞬間、自分の身体のコントロールが利かないことに気付いた。
まるで虚空を漂っているかのような感覚。目の前のすべてが馴染み深く、そしてはるか遠いことのように思えた。その記憶の数々は、あなたの記憶の断片として、あなたと共に漂っている。
あなたとその果てしない思考は漂い続ける。目の前のよく知る女性が徐々に姿を消していくのを目の当たりにしながら……
――目を開けば、そこはどこまでも広がる荒原だった。目の前に見えるのは……不格好で奇妙な形の鉄製ヘルメットだ。
不気味な男があなたを見ている。そのバケツの如き無骨なヘルメットからは、表情をうかがうことはできそうもない。
a.m. 10:43 天気/晴天
ガスパー荒野
キャノット
おはよう、こんにちは、そしてこんばんは、わが友よ。
口は利けそうか?
キャノット
子ウサギよ。我らが友人のお目覚めだ。
アーミヤ
ドクター!
あなたは、腰のあたりに誰かが抱きついてくるのを感じた。
しかし、その温かな抱擁を感じる直前――背中に当たる硬い岩の感触と頭痛がこう訴えかけてきた。まだ多くのことが終わっていない……と。
アーミヤ
よかった! 目が覚めたんですね……ずっとこのままならどうしようかと思いました……
大丈夫ですか? どこか痛いところはありませんか?
アーミヤ
頭痛……ですか? どこかにぶつけたんでしょうか? 少し見せてください。
アーミヤ
ドクター、本当に大丈夫ですか? 肩をお貸ししましょうか?
アーミヤ
……気を付けてくださいね。ドクターの健康状態は、まだそれほど良くはないんですから。
キャノット
安心しな、子ウサギ。この「ドクター」には何の問題もねぇさ。少なくとも体のほうは、な。
だが精神面は何とも言えねぇ。さっきなんて、ぶつぶつ寝言を言ってたし……ああ、心配なら無用だ。聞いちゃいねぇさ。
キャノット
おっと、自己紹介を忘れてたな。すまんすまん。
見ての通り、俺は商人だ。
キャノットと呼んでくれたまえ。もしくはMr.グッドイナフでもいいぞ。まあ、どちらでもお好きなように。
しかし、友よ。正直、さっきのあれはかなり刺激的だった。崖の上から飛び降りつつアーツ・パフォーマンスを披露する奴なんて、そう毎日拝めるようなもんじゃねぇからな。
アーミヤ
ここは、恐らく……クルビア東部の荒野だと思います。
キャノット
ご明察だ、子ウサギ。ここは東のガスパー荒野。しかしお前ら、運が良かったな。
アーミヤ
ん? どういう意味……ですか?
キャノット
ああ。もし崖の上を南へあと二キロ走ってたら……下には毒の沼地が広がっていた。あれに車がドボンといけば、まず助からない。
アーミヤ
他のオペレーターたちとは、はぐれてしまいました。ブレイズさんなら、みなさんを守ってくれると信じていますが……
私たちは、その……彼らにも、ほかの事務所にも、連絡を取ることができない状況です……
アーミヤ
全て「バッドガイ」号の中にあります……
通信機器だけでなく、食糧や水も……持ち出す余裕はありませんでした。
キャノット
かなり絶望的な状況らしいな、兄弟?
だが、まだ何とでもなる。「もしもお嫌でなければ」の話だが……
キャノット
いい返事だ。幸いな事に、俺はこの辺りに詳しくてな。近くのトランスポーター拠点へのいい案内役になるだろう。そこでならお前たちは友へ連絡を取ることも出来る。順調に行けば、の話だが。
キャノット
いい質問だ。しかし、この場で唯一その答えを知っていた連中は、残念ながら口が利けなくなっちまったらしい。
缶詰にも似たヘルメットをしたその男は、近くの崖下を指さした。その先には変わった形の武装車両があり、黒煙を上げていた。どうやら事故が起きてから、しばらく経っているみたいだ。
アーミヤ
彼らは傭兵のようです。私たちが街を出た後も、ずっと追いかけてきていました。
キャノット
実に献身的な仕事ぶりだな。なにも文字通り身を献げることもねぇだろうに。
正直な話、クルビアの傭兵ってのはピンキリなんだが……こういう傭兵を雇える金持ちなんざ、数えるほどのもんだ。
どうやら連中はお前に興味津々らしいな、友よ。どうやって大企業家の恨みを買ったんだ?
アーミヤ
やはり、彼らでしたか……
企業責任者
ということは……アーミヤさん。本当に、ご検討いただけないのですか?
このクルビアにおいて、我々ママジョンズよりも適切なパートナーを探すことは困難です。我が社であれば、ロドス様の薬品販売に関して相当有利な条件をご提示できますのに……
アーミヤ
ご丁寧にありがとうございます。ですが……
今回の旅の目的は、技術交流に限定されています。現状、ロドスにはより関係の深いビジネスパートナーを探す予定はありません。
それに、私たちが持ってきた鉱石病鎮痛剤はまだ試験段階のものなんです。技術的検証が行われただけであって、完成品ではありません。
鉱石病治療は複雑な研究プロセスを伴い、長い時間を必要とするものです。今後、この分野における協力機会はまだまだたくさんあるかと思います。
企業責任者
ええ、おっしゃる通りです。今後もまだまだ、協力機会はあることでしょうな。ハッハッハ……
アーミヤ
これは初めから、仕組まれていたことだったんですね……
キャノット
警察だと? やめとけ、やめとけ。どうやら、お前はこの辺の事情をなんにも知らねぇらしいな、兄弟。
ママジョンズはトカロント最大の地元企業だ。影響力も凄いぜ。警察署の署長ですら、あの会社の取締役と撮った写真をデスクに置いて、己の地位をひけらかしてるくらいだ。
考えてもみろ。都市のど真ん中で、白昼堂々お前らの物を強奪するような連中だぞ。相手は最初っからお前らなんて眼中にねぇと思ってんだよ。
アーミヤ
すべて私の責任です……彼らの言葉を鵜呑みにしすぎました……
アーミヤ
ええと、キャ……ノット……さん?
キャノット
おう、なんだ? 子ウサギ。
アーミヤ
先ほど、この辺りに詳しいと仰っていましたよね。拠点への案内役になれる、とも……それは、私たちを連れて荒野を抜けられるということですか?
キャノット
その通りだ。
アーミヤ
どういった方法で、ですか? 前に天災トランスポーターのお仕事をなさっていたとか……?
キャノット
その辺のことは……まあ、心配しなさんな。
キャノット
俺はこの荒野でもう何年も商売してんだ。天災を避ける秘訣だって心得がある。
キャノット
もちろん、少しばかりのガイド料は頂くがな。精錬源石錐2個だ。この状況なら、なかなかお買い得だろう?
アーミヤ
私たちには今、クルビアン金券しか持ち合わせがありません。それに……本艦と連絡が取れた後でないと、報酬をお支払いすることはできません。それでも構いませんか?
キャノット
こちらとしては問題なしだ、友よ!
アーミヤ
ドクターは……どう思いますか? 私たちだけで何とかして、街まで戻ってブレイズさんたちと合流するという案もありますが。
キャノット
そうとも言い切れねぇぞ。人生にはいつだって、選択肢が山ほどあるからな。そりゃあ、最適解を選ぶに越したことはねぇが……
キャノット
喜んでお請けしよう、わが友よ!
キャノット
きっと愉快な旅になるぞ。
5時間後
キャノット
……さっきも言ったが、荒野における最大の脅威は野盗じゃねぇ。前に勇敢な現地人と知り合ったんだが、奴はなんと……
アーミヤ
ドクター、私の手を掴んでください。
アーミヤ
ふう、大丈夫ですか?
アーミヤ
まだ二つ目ですよ、ドクター。
アーミヤ
あはは……それじゃ、ちょっと座って休みましょうか。
キャノット
ふむ……お前の速さに合わせてたら、少なく見積もっても一日分は遅れが出るぞ、兄弟。
アーミヤ
ドクターの身体のことを考えると、あまり急ぐことはできません。
キャノット
こっちは別に速度を落としても構わねぇが……
アーミヤ
何か、問題でもあるんでしょうか?
キャノット
さしもの荒野の行商人も、そこまで多くの食料と水を持ち歩くことはできねぇからな。
キャノット
ゆっくり進めば必然的に、補給不足は免れねぇ。
アーミヤ
であれば……キャノットさん?
キャノット
……ん?
アーミヤ
この近くに、森はありませんか? クルビア東部では、荒野にも緑地があると聞きました。
キャノット
あるにはあるが……どうするつもりだ?
夜 荒野 真っ暗な峠道
枯れ枝が焚き火の中でパチパチと弾ける音がする。木でできた杓子が飯ごうにぶつかる音と共に、アーミヤの口ずさむ歌が峡谷に響いていた。
アーミヤ
こうした山菜やキノコの類いはどれも、基本的に火を通せば食べられます。
アーミヤ
これは……少し毒がありますが、その場しのぎにはなりますから。
キャノット
……こいつは驚いた。大したもんだな、子ウサギ。
キャノット
移動都市で暮らす親愛なる人々は……そのほとんどが、サバイバル能力なんて持っちゃいねぇ。俺の知る連中の多くは、一生荒野に足を踏み入れることもねぇだろうな。
キャノット
だが、お前のサバイバル能力はなかなかのもんだ。お嬢ちゃん、出身はどこだ? レム・ビリトンか?
キャノット
だとしたら、おかしな話でもねぇが……
アーミヤ
これは……実は、ドクターが教えてくれたんです。数年前に……
アーミヤ
……はい。あの時は……
幼いアーミヤ
ドクター……これって、食べられるものですか?
ドクター
こうした山菜やキノコの類いはどれも、基本的に火を通しておけば食べられる。
アーミヤ
……本当に大変ではありましたけど……でも、とても楽しい毎日でした。
あなたの頭の中に一瞬、何かが思い出された。しかし、それは徐々にぼやけていく。
もう一度、その光景を思い出そうと試みるものの……そのおぼろげな記憶は、時折水面に浮かび上がってくる泡のように、すぐに消えてなくなってしまった。
アーミヤ
ドクター?
アーミヤ
あっ、何でもありません。確かに、数年前の出来事ですが……思い出せなくても大丈夫ですよ。
彼女はうつむいて、飯ごうをかき混ぜ続ける。その笑顔は、どこか寂しげだった。
キャノット
ごほん……それにしても、いい場所を野営地に選んだな。この場所なら火を起こしても、そう簡単には気付かれまい。
キャノット
野盗、バウンティハンター、無数の錆鎚(ラスティハンマー)……この辺の土地は、面倒事には事欠かねぇもんでな。
アーミヤ
錆鎚……以前、聞いたことがあります。なんでも、凶悪な盗賊だとか……?
キャノット
そいつは「少々正確性に欠けた表現」ってやつだ。
キャノット
錆鎚は実に自由な組織でな。蓋を開けてみりゃ、多様性に富んだ集団で溢れてやがんのさ。
例えば、サルカズだけで構成されたフィーンズギャングとか……天災の追随者なんて呼ばれる、天災を神と崇める変人集団とか、な。
アーミヤ
天災を……崇める、ですか?
キャノット
前に聞いた話だと、サルゴンの辺りには「大いなる頭角を持つアダクリスの戦神」を探し続けてる「アダクリスの悪魔」なんて錆鎚の一団もいるらしいぞ。
アーミヤ
クルビアのオペレーターから聞いた話では、以前の錆鎚は点在する小規模組織の集まりだったものの……ここ数年で構成員が増え、ウルサスの山間部からクルビアの荒野にまで勢力を伸ばしたとか。
キャノット
まさに「天下は太平にあらず」だな、兄弟。
キャノット
荒野はこんな場所だ。かなりおかしな奴に出くわすこともあれば、かなりイカレた出来事に出くわすことだってある。
キャノット
だがそれも……じきに慣れるさ。
アーミヤ
……さあ、ドクター。夜ごはんですよ!
キャノット
これはこれは。なんとも心温まる光景だなあ。
アーミヤ
ちょっ……キャノットさん!
キャノット
ごほん……冗談だ。悪かったよ、もう茶化さないって。
???
このまま続けていたら、あなたはすべてを失うわ。
分かる? 何もなくなるのよ。残るものといえば孤独だけ。ねえ、それだけの価値が本当にあると思う?
孤独は精神を蝕む毒なのに……一体何に期待しているの?
あなたが目を覚ます時……あなたの周りにはもう同族はいない。誰もあなたの犠牲を認識することすらできない。ましてや、覚えていることなんてできようもない。それが、あなたの望んだ未来なの?
あなたは、目を覚ました。
遠い地平線から赤い日の光が昇り、影月が残した暗闇がだんだんと塗り替えられていく。
刺すような冷たい風がほんの少しだけ頬をかすめ、テラの大地はまた新たな夜明けを迎えた。
キャノット
随分と早いお目覚めだな、友よ。
キャノット
子ウサギは? まだ寝てんのか?
キャノット
……短尾羽獣だ。大して食えるところはねぇが……飢えを凌ぐ朝食程度にゃなるだろう。
キャノット
こいつはクルビアの荒野における特産品だ。安心したまえ、この一食はサービスってやつさ。
キャノット
テラの荒野での新たな一日。状況はまだ、目覚ましい変化を遂げてはいない。だが、お前は目覚めた。おはよう、わが友よ!
キャノット
そういえば昨日、また寝言を言ってたぞ。どうもお前の精神状態は不安定らしいな。気を付けろよ。
キャノット
言ったろう、聞いちゃいないって。ましてや覚えてもいねぇよ。そもそも、お前ときたらぶつぶつ何かを言うばっかりで、ちっとも聞き取れやしねぇしな。
キャノット
だが……子ウサギは毎晩、お前の寝言を気にしてるぜ。
キャノット
お節介かもしれねぇが、これまでお前と話してきて、ちょっとした推測が頭を離れなくてな……なあ、兄弟。お前、ひょっとして記憶喪失か何かなのか?
キャノット
いや、事情があるなら、聞かなかったことにしてくれ。こいつは礼を失する質問だ。単なる好奇心で聞いてるしな……
キャノット
ほーう……友よ、それを聞いた俺は、とある場景を想像した。
キャノット
例えばだ。お前の記憶を広げられた新聞紙だと仮定しよう。そこに誰かがペンキをこぼしたとする。
キャノット
そのせいで、お前はペンキが偶然かからなかった部分の文字しか読めねぇもんだから、記事の全容を把握することができない。そういうことか?
キャノット
どうやら、事はそう単純でもないらしいな、友よ。
キャノット
だが俺は精神科医じゃねぇ。何もしてやれることはなさそうだ。
キャノット
そのくらい大したことじゃねぇさ、兄弟。
キャノット
我々の存在は往々にして、他者の認識に基づいているものだ。今ここにいるお前のすべてが、聴覚、視覚、そして互いの感情を通じて他人から受けたフィードバックで成り立っている。
キャノット
「お前」がどんな人物か、それは重要じゃない。社会的な観点から見れば、他人がどんなお前を必要としているのか。ハッキリさせるべきなのは、そこじゃねぇか?
キャノット
あるにはあるが……「お勧めはできない」って感じだな。さて、どう説明したもんか……
キャノット
たとえるなら、そうだな……俺たちの人生は一本のベルトみたいなもんだ。一方を引っ張ったなら、もう一方が短くなるのが道理ってこったな。
キャノット
「すぐに」記憶を取り戻したいのなら、お前は制御不能な多くの結末を一気に背負うことになる。
キャノット
お前のその……ちょいと変わった頭じゃ、そいつに耐えられるかは分からねぇ。その上、これは普通の「記憶喪失」にしか使えねぇ手段なんだ。
キャノット
だからな、友よ。それがお前自身のためだろうと、お前の大事な子ウサギのためだろうと、どちらにせよ……焦らずゆっくりやった方がいいぜ。
キャノット
……それと、もう一つ。子ウサギが目を覚ましたぞ。
アーミヤ
ドクター……おはようございます。
キャノット
お喋りでもしててくれ。俺はまた、薪を拾ってくる。
アーミヤがあなたのそばへと静かに立ち、だんだんと遠くに昇る太陽を眺めている。
太陽がゆっくりと、荒野の冷たい色を和らげるように塗り替えて……荒原の至る所が、昇りゆく太陽の下に照らし出された。
あなたたちはこの土地に足を踏み入れたことはないかもしれない。だが、テラの広大な大地のどこかで、あなたはアーミヤと共に歩いたことがある。
あなたたちはかつて、荒涼としたこの大地に、共に足跡を残したことがある。
これはあなたの持った印象、あなたの記憶の断片であるはず――しかし、実の所それはケルシーがあなたに伝えた「物語」なのだ。
明け方の冷たい風の中で、おぼろげな記憶の中から僅かな痕跡を探し出そうと、あなたは必死に頭を働かせていた。
明け方の日差し、荒野の冷たい風。あなたとアーミヤ、アーミヤとあなた。あなたは思い出せる。そして、あなたは思い出せない。
その時、アーミヤがあなたの手を握った。
アーミヤ
ドクター、大丈夫ですか?
アーミヤ
確かあの時も、こうでしたね。私たちが荒野で初めて夜を過ごした時も……こんなふうに太陽が地平線から昇るのを眺めていました。
アーミヤ
あの時は、ドクターが私にたくさん変な質問をして……
アーミヤ
ふふっ、まるでついさっきのことのようです。もう何年も前のことなのに……
アーミヤ
気にしないでください、ドクター。
アーミヤ
ドクターがここにいてくれさえすれば、いつか……すべてが良くなるはずですから。
翌日
p.m. 2:39 天気/晴天
トランスポーター拠点
荒原の干潟には、巨大な作業車両と武装したオフロード輸送車が円を成している。その円の中央には、仮設式の小屋がいくつか建てられていた。
発電機の騒音と源石式ボイラーの轟音が遠くまで聞こえる。旅人やトランスポーターたちの大きな話し声もまた、その音と入り混じっていた。
トランスポーター拠点。ここは荒野のオアシスとはまた別の、文明のオアシスとでも言うべき場所であり、あなたたちの目的地だ。
キャノット
ようやくだ! 無事に着いたな!
キャノット
道中トラブルや天災に見舞われることもなかった。お前は本当に運がいいな、友よ。
キャノット
左から三番目の車両が、ここのトランスポーターの連絡所だ。あそこでお仲間に連絡を取ることができるだろう。喜びたまえ、ここの料金は割に合った方だぞ。
アーミヤ
でも……向こうの小屋に、ママジョンズのマークらしきものがありますよ。本当に大丈夫でしょうか。
キャノット
お前らが騒ぎを起こさなければ、大丈夫さ。なんたってここはトランスポーター拠点なんだ。このクルビアでも、彼らの恨みを自ら買おうなんて物好きな企業はそうそうないぜ。
アーミヤ
ドクター……ここで少し待っていてください。私の方が目立ちませんから、連絡所には私が行ってきます。
アーミヤ
キャノットさんはドクターと一緒にいてもらえますか? すぐ戻ってきますので。
キャノット
心配しなさんな、子ウサギ。俺は好奇心に満ちた視線から人を隠すのが得意なんだ。なんにも起こりゃしないさ。
キャノット
肩の力を抜け、兄弟。あの武装車両……それと、対装甲バリスタが見えるか? 俺を信じろ。ここはとても安全だ。
キャノット
ほら、これでも飲んで気楽に構えろ。
キャノット
地元の小さな工房で作られた特産品だぞ。ぜひともお試しあれ。
キャノット
見ての通りな。こいつを作ったビール職人は感染者なんだってよ、驚いたろう? クルビアの開拓者の中でも、ここまでできるようになった奴はそういないぞ。
キャノット
そうか? なら、ニュースでも聞くとするか。
キャノット
知ってるか? クルビア最大の美点は、どこの開拓地にも放送基地局が置かれていることなんだ。これでどこでも、ラジオでニュースを聞くことができるってわけさ。
キャノット
市内放送だったら、大抵の国にはあるもんだが……開拓地すべてに基地局が設けられてる、なんてのはテラ全土でも唯一無二だろう。一つ観光気分を味わってくれ。
ニュース放送
……トカロント北部で発生した武装衝突事件は徐々に収束し、警察は現場で大量のクロスボウによる交戦の形跡を発見しました。しかし、未だ容疑者は逮捕されていません……
トカロント警察の発表によりますと、今回武装衝突した勢力の片側は外国企業「ロドス・アイランド製薬」のメンバーであり、現状はまだこの組織の実態を掴むことはできていない、とのことです……
また、この外国企業は、地元企業との間にビジネス上の対立があるとの情報も寄せられております。しかし、地元関係企業の広報は現在、これに対するコメントを控えています。
警察は、トカロントへのテロである可能性も視野に入れて、今回の武装衝突事件の詳細について調査を進める方針です……
アーミヤ
ドクター。
キャノット
おお、戻ったか子ウサギ。
アーミヤ
連絡所の人は三時に出勤してくるそうです……もう少し待たないといけませんね。
アーミヤ
ところで、今のニュースは……
キャノット
お前らのお仲間はうまいこと逃げ切ったらしいな。その面から見るなら、いいニュースだ。
キャノット
だが、その一方、ママジョンズの連中はお望みのものを手に入れた可能性が高い。そういう意味では、非常に残念なニュースだな。
キャノット
ハッ、このくらいクルビアじゃよくあることさ。やると決まればやたらに素早く、その上何か起きる前にてめえのケツをきれいさっぱり拭いちまうってわけだ。
キャノット
まあ、そう考えすぎるな、友よ。
キャノット
お前たちはもうすぐここを去るんだ。今更思い悩んだところで手遅れさ。次があったら、その時は先に逃げ道を作っておくこったな。
キャノット
……どうやら迷いはねぇらしいな。いいだろう。その疑問に答えてやる。
キャノット
なあ兄弟。お前は、クルビア企業のビジネスってもんを理解しているか? お前たちロドスと、連中との間にはどれくらいの付き合いがあるんだ?
アーミヤ
クルビアのテクノロジー企業との間に、多少の商業取引がありますが……その程度ですね。
キャノット
ほーう、「多少の商業取引」か。そいつはきっと、真っ当な事業なんだろうな。
キャノット
だがな、兄弟……体裁が悪い事業というのは、人前では行われないものなのさ。
キャノット
ついて来い。面白いものを見せてやろう。
企業の従業員
次の方!
感染者
こ……こんにちは、今月の薬を頂けますか。
企業の従業員
分かりました。えぇっと……
……デイヴさんですね。ふむ、あなたの申請は確認済みです。勤務記録を見ましたが、今月の成果はとても素晴らしい。こちらが今月分の薬になります。
感染者デイヴ
ありがとうございます……ありがとうございます……
あの……先に来月分の薬を頂くことはできませんか? 近頃、妻の病状が悪化してしまいまして……
企業の従業員
デイヴさん、会社の管理規則により、配給予定に先んじてお渡しすることはできないんですよ。ご理解願います。
ですがご存知の通り、我々は追加分の薬の販売も行っています。隣の建物で、鉱石病抑制剤を購入することができますよ。
感染者デイヴ
で、ですが……
企業の従業員
デイヴさん……規則ですので、ご理解願います。
次の方!
アーミヤ
こ……この場所は一体……?
キャノット
静かに……ここはママジョンズ辺境開拓部の事務所だ。目立たないようにしろよ、お前たち。
アーミヤ
……彼らは、感染者に薬を配給しているんですか?
キャノット
クルビアでは、多くの物事がテラ全土でも類を見ない独自の方法で進められている。
例えば、この開拓者たち――彼らはクルビアにおける西部開拓の要にして、荒野の物語の紡ぎ手。輝かしきクルビアン・ドリームの主人公たちだ。
キャノット
彼らはママジョンズと契約を結び、クルビアとその国内企業のための居住地を作るべく、荒野の開拓者となった。
だから彼らの仕事の状況に応じて、企業側も賃金代わりの医療や物資補給を提供している……ってなわけさ。
キャノット
ほら、こいつを見てみろ。実に「素晴らしい」お心遣いだろう? 固形薬と液状薬の二点セット、もちろんバッチリ個別包装されてある。
キャノット
そうだ。連中は感染者に「こんなもの」を配ってる。お前は専門家だろう? だったら俺の説明なんざいらんはずだ。
アーミヤ
これは……鉱石病抑制剤などではありません。
キャノット
ああ、その通り。こっちは鎮痛剤で、そっちは栄養剤だ。
アーミヤ
……なぜ、こんなことをするんでしょう?
キャノット
なぜも何もねぇさ、分からんのか? 連中には、本物の抑制剤を売る必要なんかねぇんだ。
キャノット
ここにいる開拓者たちは……各地からやってきた感染者だ。あいつらは本物の鉱石病抑制剤なんざ見たこともねぇ。
キャノット
この薬には鉱石病自体の抑制効果はねぇが、症状を和らげることはできる。有用で即効性もあるママジョンズの配給薬ってだけで、あいつらにとっちゃ「十分」ってわけだ。
「抑制剤」なんてのは、この大地においてはまだ新しい概念だからな……よく知られてねぇのも当然だろう。
キャノット
ハハハ……この話の面白いところはここからだぜ。
キャノット
今のような大企業になる前のママジョンズが、単なるドーナツ売りのチェーン店だったのはご存知かな? そんな連中が、薬品製造の技術を持ち合わせているかといえば……答えはノーだ。
キャノット
つまり、連中が所有する薬品製造ラインは、すべて他社から買収したものってわけだ。例を挙げよう。ビーチブレラにタワーヒル・バイオテック、それからライン生命……
キャノット
ともあれ、だ。ママジョンズは今や、鎮痛剤を抑制剤として売り、これほどまでの稼ぎを上げている。それを他の製薬会社が黙って見ていられると思うか? これもまた答えはノーだ。
キャノット
ママジョンズは糾弾され、その対応に手を焼いた。それで学習したわけだ。だから今回は先手を打って、ビジネスパートナーを蹴り出すことにした。クルビアではよくある、スタンダードなやり方さ。
キャノット
連中がお前らの薬品サンプルを手に入れた以上、今配られているこの安物はすぐにでも取って代わるだろう。
キャノット
より優れた薬効に、より強力な鎮痛作用。より多くの人々が、これこそ「鉱石病抑制剤」だと思い込むに違いない。
アーミヤ
そんな……! あのサンプルはそもそも鎮痛剤であって、鉱石病抑制剤ではありません。それに、安全性テスト前の試験段階ですし、多くの副作用が起きる可能性だってあります。私たちはまだ……
キャノット
――それじゃあ、次に何が起こるかを教えてやろう。
キャノット
ママジョンズはロドスの技術を使って、より低コストな「抑制剤」を作るだろうな。
キャノット
もちろん、実験台はこの可哀想な開拓者たちだ。
キャノット
彼らは死ぬしかないのか? 答えは明白だ。ママジョンズがあろうとなかろうと、どの道死ぬ運命なのさ。
――クルビア辺境の土地は、開拓者の血と生命によって切り拓かれたものだ。彼らの平均寿命は、もとより長くはない。
キャノット
だが開拓地で生き残り、命拾いした連中はママジョンズのため、ますます身を粉にして尽くすようになるんだ。この、いわゆる「抑制剤」を手に入れるためにな。
そうして手にしたこの薬は、しばらくの間彼らの症状を和らげるだけでなく、もしかすると本当に、数年くらいは長生きさせてくれるかもしれん。
キャノット
そうなれば、クルビア国内各主要都市の新聞はこぞって、ママジョンズの偉大なる功績について書き立てることだろう。一面の大見出しにデカデカとこんな文字が躍るのさ――
キャノット
「ママジョンズ、医療業界で大躍進。感染者の新たな希望到来!」
キャノット
――ハッ、完璧だ! これ以上ないシナリオだな。
キャノット
事実と異なる部分があるのは、お前たちも知っての通りだが……実際問題、鎮痛作用の前では真相なんてものは無価値に等しい。
お前がこの可哀想な連中に、「あなたたちが飲んでいる抑制剤では鉱石病を治すことはできません。それらは高価な鎮痛剤と、気休めのプラセボ薬に過ぎないんです」と伝えたところで何になる?
キャノット
そんでもって、さらに真実を語るとしよう。「最も優れた抑制剤を用いても、完全に普通の生活に戻ることはできません。死ぬまで病気の痛みと付き合っていかなければならないんです」……ってな。
キャノット
鉱石病問題に関して、確かにロドスはこの大地における最先端企業と言えるだろう。故に、この言葉は事実に基づいている。しかしだな……彼らは、その事実を聞き入れると思うか?
キャノット
わが友よ、これがクルビアだ。
キャノット
何も変わりはしない。すべてが実に合理的なことなのさ。人々は希望を胸にクルビアへとやってきて、希望と共に価値を創造し……そして希望の中で命を落とすんだ。
アーミヤ
ですが……私たちはママジョンズがロドスを利用してそんなことをするのを見過ごすわけにはいきません。
キャノット
だが見たまえ。これが現実だ。
キャノット
そもそも今のお前らじゃあ、彼らを救えない。自分たちを守ることすら難しいってのは言うまでもねぇことだ。
キャノット
いいか、希望を抱いた感染者たちが夢見る「希望」なんてのはな、初めからこの大地には存在しないんだ。そんなこと、彼らよりもお前らの方がよく知ってるだろ。
キャノット
さあ、これで分かっただろう? さっさと仲間に連絡して、帰る方法でも見つけるんだな。
アーミヤ
ドクター……
キャノット
希望を抱くというのは、実に残酷なことだ。
何もかも取り返しがつかないと気付いた時、自分の無力さに気付いた時、絶望的な窮地に追い込まれた時――
最も善良な人ですら、希望に狂わされてしまうのさ。
人間ってもんは、信じたいものを信じるようにできている。そうした方がずっと気持ちよく生きられるからな。
あなたはアーミヤの方を見た。彼女の耳はゆっくりと垂れ下がり、その目に映るのは溢れんばかりの悲しみとやるせなさだった。
あなたたちは多くのことを目にしてきた。そして、これからより多くの出来事を目にするだろう。そのことをあなたたちは既に理解していた。荒野の行商人の口から改めて聞く必要などなかったのだ。
はるか遠く、空と荒野の境界線へ、ゆっくりと太陽が沈んでいく。
荒野の一日は過ぎゆこうとしていた。陽光が姿を消し、双月がそれと入れ替わりに空へと昇っていく。
太陽は明日も昇る。今日と同じように。だが、すべての感染者が明日の夜明けを見られるわけではない。
たとえ今この瞬間、この場所に、鉱石病抑制剤が十分にあったとしても……多くの人にとっては既に遅すぎるのだ。何も変わりはしない。
……本当に、何も変わりはしないのだろうか?
アーミヤ
ドクター……!
キャノット
ほほう! 感動的なスピーチだな、わが友よ。
キャノット
お前のその真摯な気持ちは伝わった。だが、俺を説得するには至らんし、実際それは難しいだろう。
キャノット
しかし、現実を理解した後でも、それに屈することを拒もうとする……お前らのような連中は好感が持てる。まあ、屈しないまでも、十分うろたえてはいたようだがな。
キャノット
スピーチのことは一旦置いておくとして……お前たちが実はかなり現実的だってのはよく知ってる。だから現実的な質問をさせてもらう。非常に気になってるんだが……お前、一体どうするつもりだ?
キャノット
お前たちは既にトランスポーター拠点に到着した。それにここは国境だ。すぐにでも立ち去るって選択肢もあるだろう。
キャノット
なのに、引き返すってのか? まさかプランも無しに?
キャノット
友よ。正直な話、連中の手からお前たちのものを奪い返す方法でもない限り、この件に片をつけるのは難しいぞ。
キャノット
だが、何が何でも単身で乗り込むと言うのなら、駄獣を一匹貸してやろう。そうすりゃクルビアの部族連中の伝説に名高き、山谷の英雄のような勇ましさを見せることができるだろう……ってな。
キャノット
おっと、悪かった。お前は戦いが苦手だったな。
アーミヤ
キャノットさん、そんな言い方はやめてください。
キャノット
……ほーう。戦う以外の妙案がある、と?
4日後
p.m. 4:01 天気/晴天
クルビア留置場
クルビア警察
よし、行っていいぞ。
アーミヤ
ドクター!
アーミヤ
二度とこんなことしないでください! 本当に……本当に心配したんですから!
キャノット
よう、この手口はかなり面白かったぞ。友よ、お前はつくづく賢い奴だな。
キャノット
お前たちと行動を共にしたことも、こうして数日外で待たされたことも、決して無駄ではなかったとまで思わせてくれるとは。どうやら俺は、お前を過小評価していたらしい。
キャノット
今となっては、お前をちと恐ろしいとさえ思うぞ、兄弟。
アーミヤ
あ、あの……まだ状況が飲み込めてないのですが……結局何が起きたんですか?
キャノット
簡単に言うと……この聡明なるわが友は、自らクルビアの国境管理局に自首したんだ。自らの所属企業がクルビアに鉱石病関係の薬品を密輸した、とな。
キャノット
クルビアの法律への理解があれば、鉱石病関係の薬品ってもんが、最も厳しく管理されている医薬品だってことくらいは知ってるだろう。
当時この法律を成立させるべく働きかけた企業は、クルビアの薬品市場を独占するために多大なる努力を費やしていた。
キャノット
しかし……わが友によって提供された情報は、クルビアの「酒類・煙草・アーツユニット及び源石製品管理局」をさぞ驚かせたことだろうな。連中は実に厄介な手合いなんだ。
キャノット
慣例通りなら、管理局の治安部隊が急行して、すべての密輸品を押収することだろうよ。
アーミヤ
ですが、私たちとママジョンズの契約には、完全な契約書と申請報告書が存在しています。調べれば、密輸品などではないことがすぐに分かってしまうのでは……
キャノット
ハハハ! そう、そこが重要なのさ。
キャノット
いいか、子ウサギ。連中はお前たちを攻撃するという選択を取った以上、ボロを出すつもりなんざねぇんだ。だから商業協定関係のあらゆる資料を廃棄して、証拠を隠滅しにかかるだろう。
企業が取引の証拠を残せない時ってのは、どんな状況だと思う?
無論、それが汚いビジネスだった時だ。
アーミヤ
では、クルビア政府は、すべてのサンプルを押収することができたんですね……
キャノット
法律に従って、政府はこれらの密輸品を破棄する。それからどうなるか? 特別どうなるわけでもねぇ。ママジョンズはトカロント最大の地元企業だが、クルビア政府に逆らうほどの力はねぇからな。
キャノット
「酒類・煙草・アーツユニット及び源石製品管理局」ってのは――くそっ、長ったらしい名前だな。とにかく、連中は相当のやり手で……常に虎視眈々とチャンスを狙っている。恐ろしいこった。
アーミヤ
なるほど……ですがこれでは、ロドスは前科持ちの企業になってしまうのではないですか?
キャノット
ここはクルビアだ。真っ白な企業なんてありゃしねぇ。
キャノット
罰金を支払い、改善意見書と保証書にサインすれば、そんなことを気にする奴は誰一人いなくなるもんさ――いや、既に誰も気にしてねぇかもな。
キャノット
もしかすると、影響を恐れたママジョンズがロドスを庇うことだってあるかもしれん――万が一管理局が本気でロドスを探りでもしたら、面倒なことになるのは奴らの方だからな。
キャノット
まあ、その代償としてお前のドクターは管理局の留置場で三日間過ごすことになっちまったわけだが……
アーミヤ
えっと……この件についてどう捉えるべきなのでしょう、ドクター……
アーミヤ
きっとケルシー先生は怒ると思いますし……
ブレイズ
私だったら、ケルシー先生にその話はできないかなぁ……
大柄なフェリーンが呆れ顔であなたを見ている。
ブレイズ
ドクター、今回はさすがにやりすぎだよ……
罰金に、追加の賠償金……それに拘留までされて、クルビア政府の介入で不正商業行為の調査……
結局どうやってこの件を解決したのかは知らないけど、あとちょっとでケルシー先生に連絡するところだったよ……
それで? 帰ったら先生にどう説明するつもり?
アーミヤ
ドクター! もうこんな危険なことはしないでくださいね。本艦に連絡を取って、支援を待つことだってできたんですから!
アーミヤ
それに、ロドスにはこのような状況に対応できる完璧な緊急用プランだってあるんです。
アーミヤ
確かに……ちょっと楽しかったですけど……
アーミヤ
って、ドクター! 話をそらさないでください!
アーミヤ
ロドスに戻ったら、ケルシー先生には事実を伝えないとダメですからね。報告書の方は私がお手伝いしますから。
キャノット
それじゃ、お別れだな。わが友よ。
キャノット
始めに言った通り、実に愉快な旅だった。
キャノット
……ああ。きっとまた近いうちに会えるだろう。だが、それまでは……
キャノット
お前の健勝を祈っておくとするか。また会おう、友よ!
ブレイズ
えぇっと、あの人……誰? ……なんかすごく怪しかったんだけど……
アーミヤ
ドクター?
アーミヤ
ずっと聞きたいと思っていたんですが……
アーミヤ
あの時、キャノットさんの助けが必要だと言っていたのは……何のことだったんですか?
3日前
p.m. 3:27 天気/晴天
荒野の某所
キャノット
お前は実にクレイジーな奴だな、友よ。
キャノット
ずる賢いやり口だ。これなら、大した損失もなさそうじゃねぇか。
キャノット
で、一体俺に何を手伝ってほしいってんだ?
キャノット
おーおー! 待った、待った。
キャノット
君「たち」ってのは何の話だ? 意味が分からんぞ。
キャノット
……
目の前の奇妙な男は沈黙した。分厚く不気味なヘルメットの下にどんな表情が隠されているのか、あなたには分からない。しかし、この沈黙が怒りや不満によるものではないと感じ取ることはできた。
キャノット
Dr.{@nickname}、お前さんのご慧眼には敵わんな。
キャノット
わが兄弟たちは、うまく隠れてたと思うんだが……いやあ、正直今のお前のことは、ただのクレバーなおセンチ野郎だと思ってたぜ。失敬失敬、認識を改めよう。
キャノット
お前は実に……驚きに満ちた奴だ。
キャノット
……さて、Dr.{@nickname}。
キャノット
もちろん、少しくらいならお前を助けてやっても構わねぇ。ま、そもそもMiss.アーミヤの能力なら、俺の助けは大して必要ねぇだろうが……
キャノット
だが、こいつはビジネスだ。その要求に応じて、俺にどんなメリットがある?
キャノット
ハハハ……
キャノット
完璧な条件だ、友よ。交渉成立だな。
キャノット
無論だとも、わが友よ。万事上手くいくよう願っておこう。
キャノット
……
キャノット
よーし、もう出てきてもいいぞ。
フィーンズギャング・メンバー
行ったか? ……それで、終わったのか?
キャノット
いいや、まだ終わりじゃない。ここからがショータイムさ。
フィーンズギャング・メンバー
奴は危険だ。このまま見逃すべきではない。
錆鎚メンバー
ロドスは俺たちの敵になるかもしれない。なのに、なぜ奴らを助けるんだ?
キャノット
兄弟、俺を信じろ。連中みたいな組織は、俺たちにとっちゃ都合がいいんだ。
キャノット
ああいう奴らが長生きすれば、この大地はもっと面白くなるぞ。
キャノット
さ、行こうぜ、兄弟。仕事はまだまだ、山ほど残ってるからな。