追われる者

テレシス
計画は最終段階に入った。完成の日は近い。
テレジア
……嵐の音が聞こえたわ。彼らにも聞こえている。
彼らが訴えかけてくるの、この音が好きだと。この嵐の一部になることを、思うまま声高く吼えることを、私たちの目の前にそびえる憎き都市を丸呑みにする時を、待ちきれないみたいだわ。
テレシス
であれば、好都合だ。
十日後には飛空船が完成する。その時あれらはロンディニウムの上空へ向かい、この嵐の先導者となるであろう。
テレジア
私も彼らと共に行くわ。
テレシス
その行動は我らの計画と相反しない。ザ・シャードの守りを我が務める以上、空の力を預ける相手として、そなたこそが最もふさわしい。
テレジア
いいえ、テレシス、そういう意味じゃないの。
私と彼ら、「私たち」は共に行くほかないの。
テレシス
――
よい。
ここを離れるまでの間、そなたは引き続き責務を果たせ。
王庭はそなたを必要としている。我らの戦士にも己が最も信頼する君主が不可欠だ。
加えて、もとよりそなたは私よりも建設に秀でている。そなたが王庭会議に参加してから、施工速度が一割上昇したのは事実だ。
テレジア
自分の為すべきことを忘れたりはしないわ。
それと、あなたがあの……護衛を遠ざけたのも気付いているわ。聴罪師から随分と不満を向けられたのではなくて?
テレシス
そなたの護衛を外したのは軍事委員会の決定だ。大事を決するときを迎えるにあたって、不確定要素に目を配る人員は、多ければ多いほどいい。
テレジア
必要なら、私も戦場へ行くわ。
テレシス
そなたはここに留まるのだ。この塔……そして飛空船こそが我らの計画の要である。
この二つが完成する日、カズデルはすべての国家に対抗する力を得ることになる。
テレジア
対抗する、ね……
あなたの大望は始めから知っているのに、実際に聞くと毎回少し不思議な気分になるの。とても信じられなくて。
テレシス
そなたは、彼奴らがカズデルの再興を許さぬのではないかと、常々懸念していたな。
直ぐにその必要はなくなる。
テレジア
そうね。
――嵐の行先すらも思いのまま操れるなら、頭上に垂れ込める暗雲を憂う者などいないわ。
テレシス
過ぎ去りし過去において、我らサルカズは敵に追い立てられるがままであった。
我らは何度となく廃墟から立ち上がった。一度また一度と故郷を築き直した。そして、同じ数だけ私たちの帰る場所が、彼奴らの起こした争いで粉々になるところを目の当たりにしてきた。
テレジア
サルカズ……サルカズ。私たちは安息の地を持たない浮草。
テレシス
それはなぜか? 原因はただ一つ。彼奴らが良地を独占し、我らが根を下すことを許さぬからだ。
二百年前のあの戦争の中、私たちは全力を注ぎ、ようやく外敵を撃退した――しかしカズデルを守り切ることはできなかった。
あの後、どれだけの時間を費やして、各地に散った部下の生き残りを呼び戻した?
またどれだけの時間を費やして――
ヴィクトリアとウルサスの目を搔い潜って、彼奴らがゴミだとのたまう廃材を集め、彼奴らが見向きもしない荒野に運び、今のカズデルを再建した?
テレジア
二百年?
テレシス
そうだ、我らは今回丸々二百年の時を費やした。
ではこの次は? カズデルが再び戦火で燃え尽きた時、今度はどれだけの時間を要するというのだ?
五百年――あるいはもっとか?
我々は流浪に慣れてしまったというのに、敵はいつも容易く目的を遂げるのだ。
繰り返される物理的な破壊は、サルカズの精神や魂を消滅させることはできないかもしれない。しかし事実として、我らは散り散りとなった。
今のカズデルは狭苦しい寝場所であって、「故郷」ではない。
多くのサルカズは未だに大地を彷徨っている。その眼は明日のパンを見つめるのが精一杯で、遠くの夢を見ることなどない。
王庭でさえ……カズデルには十王庭の伝説があるにもかかわらず、王の帳の奥は大半が空席だ。
テレジア
……だからあなたはこの戦争を求めたのね。
テレシス
否、私の求めではない。サルカズが必要としているのだ。
此度の争い、戦火は我らの足元より燃え広がるであろう。ヴィクトリア、ウルサス、リターニア……難を逃れられる都市はない。一片たりとも見逃しはせぬ。
今後百年は、彼奴らにカズデルへと視線を向ける余力はない。
いいや、それだけに止まらない。我らが嵐を率いる力を得た時――彼奴らはサルカズの視線を恐れることになる。嵐の暴虐を恐れるかの如くな。
テレジア
嵐は……まさに今、私たちのいるこの塔の頂に集っている。
嵐の中心に私たちがいることを彼らは知るでしょう。サルカズの敵はことごとく、私たちの行動を阻もうと動き出すわ。
テレシス
なら彼奴らに来させればよい。
テレジア
……あなたは最初の雷が落ちる時、自分の身も焼き尽くされることを恐れていないの?
テレシス
そなたがバベルを建てた時、あらゆる反対者に剣を向けられることはわかっていただろう――あの時そなたは恐れたか?
テレジア
……
テレシス
そなたが命でもって贖った塔はすでに崩れた。ひとつ前のカズデルと同様に。
そして今この瞬間、我らはここに立っている――新たなる塔、新たなる機会である。
今日(こんにち)のロンディニウムを見ろ。そなたも諸王の会議を取り仕切っているのだ。気付いておらぬわけはあるまい?
我らの間で起きた、例の無用な戦争が始まる前においてすら、サルカズがこれほど団結の二文字に近付いたことはない。
「我輩は都市外の兵営に戻るところである。テレジア殿下。」
「ええ、ナハツェーラーの王。できるだけ手短にすませるわ。」
「いつもながらせわしないですね、ナハツェーラーよ。我々との友好を深めるつもりはないということですか?」
「生憎だが我輩はお前と違って、遊興に費やす時間はないのだ。ブラッドブルードよ、ロンディニウム外には十万の大軍が集っているのだぞ。我輩も我が軍勢も気を緩める暇はない。」
「彼奴の頭は、まだ胴体と繋げておくつもりだ。今のところは、都市内のヴィクトリア軍を無用に刺激するつもりはない。」
「まあいいでしょう。しかし、遊興にふけると言うのであれば、この場にはまだ遊んでいるだけの者がいると思いませんか?」
「誰のこと言ってるのかな~? これからメチャクチャに大事なお仕事があるのになぁ。そうだよね、殿下方?」
「もちろんだ。ロンディニウムの支配は、お前たち一人一人の尽力により支えられている。」
「さて、送り込んだトランスポーターたちから知らせはあったか聴罪師?」
「マンフレッドの粘り強い説得により、リッチはすでにロンディニウムへと駆けつけております。」
「残りわずかのウェンディゴはウルサスの北境にて化け物に対抗しております。もはや王庭からは心離れているでしょう。」
「そして、サイクロプスからの手紙が届きました。彼女は書中でこれまで同様に悲惨な場景を記しています――ロンディニウムは大火で三つに裂かれ、ザ・シャードは幾百の雷により倒れると。そして殿下の……そう摂政王殿下の末路も予言しております。」
「構わない。そのまま話せ。」
「手紙には、聖王会西部大広間地下の王座に座した摂政王殿下が孤独に死すのを視たとあります。」
「心遣いに感謝すると、彼女に返信をしておけ。」
「引き続きアンズーリシックの行方を探せ。どれほど薄くとも、血を継ぐ者を発見したならば、即刻招待状を送るのだ。」
「委員会は王庭と共に、この戦争の勝利を担保する。」
テレシス
サルカズに未だの新生の機会が残されているのなら、今こそがその好機である。
テレジア
……また多くの人が死ぬのね。
多くの……ヴィクトリア人、それにサルカズも。人々が流す血で、この灰色の都市は塗り替えられ、悲しみの叫びが雷の音さえも覆い隠すでしょう。
テレシス
これは戦争である。我らと彼奴らとの、万年も続き、終わりの見えない戦争だ。
テレジア
そうね、戦争……戦争はこれまでずっと、私たちサルカズが存続するための方法であったわ。
テレシス
異論があるのなら、述べるとよい。
かつてそうしたように、私の計画にあるリスクを指摘してくれ。
テレジア
異論なんてないわ。
テレシス
ない……のか?
テレジア
私の頭の中に響く声をあなたが聞くことができたなら、彼らが私に選択肢など用意していないと理解できるでしょうね。
この戦争が本当にカズデルの破滅の循環を打ち壊してくれるなら……この嵐が本当にサルカズの憎しみの炎をかき消し、悔恨に囚われた無数の亡霊たちを解き放ってくれるなら……
私はあなたと一緒に、私たちの理想を実現させるわ。
テレシス
……
まあ、いいだろう。
知らせるべきことが、もう一つ――
ロドスの者たちは、すでに途上にある。
a.m. 6:50 天気/曇天
ロンディニウムから527km 廃棄採掘場作業プラットフォーム
ロドスオペレーター
ケルシー先生、停泊プログラムは一時間四十八分後に起動します。
ケルシー
よし。起動までに、接舷エリアが正常に使用できるよう確認をしておいてくれ。
ロドスオペレーター
承知しました、障害物の排除を急ぎます。
ケルシー
ワルファリン、重篤患者の移送は済んだか?
ワルファリン
安心してくれ、あとは明日手術を行う三名だけだ。移動ベッドはすぐに用意できる……
ワルファリン
急かさないでくれんか? 無表情でそこに突っ立ってられると、医療オペレーターの皆がそなたの顔色を伺って仕事にならんわ。
ケルシー
……事態は逼迫してる。
ワルファリン
わかった、よいよい、冗談はやめにしよう。
ワルファリン
ヴィクトリアに入ってからというもの、毎日が戦争のようだ。もし事前に多くのオペレーターをそなたが派遣しておらねば……
ケルシー
ロドスの運営は、平時の通りなされねばならない。
ケルシー
ワルファリン、第一回の決議で、我々はすでに合意に達している。
ワルファリン
妾は別に文句を言っているわけではないぞ。四年前そなたがMon3trに妾をこの船に拉致させた時……
ケルシー
ん?
ワルファリン
……つまりロドスへの加入を強く勧められたときに、約束したであろう。妾は医者としてそなたと共に鉱石病の研究をしにきたのだ。
ワルファリン
「新たな魔王と共にカズデルを取り返す」などというのは、妾の契約に記載されていない。カズデルをロンディニウムに置き換えたところで同じことだ。
ケルシー
君が現在置かれているその状況は、他の多くのオペレーターと共通のものだ。そして、私は本人の長期的目標と無関係な任務への参加を、オペレーターの誰一人に対しても強いるつもりはない。
ケルシー
なにより、たとえ我々が他に採らねばならない行動があったところでそれを各地の感染者を放置して実行できるかという問題は常に存在する。
ワルファリン
はぁ、もしこういう仕事がなければ、ロンディニウムに向かうことのできるエリートオペレーターがもう何人かおったろうにな。
ワルファリン
アーミヤたちはどうなっていることやら……
ケルシー
ロンディニウム付近に着けば知らせが本艦まで届くはずだ。
アーミヤ
偵察チームの皆さん、両サイドの状況を報告してください!
アーミヤ
……了解しました。脅威がないことを確認。
アーミヤ
クロージャさん、前方は通行可能です。エンジニアチームは続いてください!
クロージャ
オッケー!
クロージャ
Dr.{@nickname}、まだ動ける? あたしのドローンで運んであげよっか?
クロージャ
そうだなー……このアイディア結構いいかもね。
アーミヤ
ドクター、もう少しの我慢です。この危険地帯を越えれば、徒歩で進まなくてもよくなりますから、少し休めますよ。
アーミヤ
その時にケルシー先生にも連絡をしましょう……きっととても心配しているはずですから。
アーミヤ
だからケルシー先生は残らなければならなかったんです……ロドスの安全を確保しないと、先生も私たちと合流できません。これは私たち共通の責任です。
アーミヤ
安全面を考慮すると、ロンディニウムに近付くまで通信機を使うわけにはいきません。
アーミヤ
ドクター、安心して私に任せてください。
アーミヤ
ドクターには一息ついてほしいんです……気持ちの面だけでもいいですから。
アーミヤ
ドクター、先へ進みましょう。
ワルファリン
はぁ、ここ数ヶ月妾たちがどうやって来たかを考えるとな、少しばかり信じられぬほど順調であったと思うのだ。
ワルファリン
老いぼれたちは揃いも揃ってロンディニウムに集まっておるのに、妾たちの痕跡に気付かぬとは……ケルシー、そなた何か妾の知らぬ古の秘術でも用いたのか?
ケルシー
……もし本当にアーツ又はその他の方法を用いてロドスを隠せるのであれば、今日までもったいぶらずに十数年前には使っていただろう。
ワルファリン
ハハ、それもそうだな。ところで、「採掘場廃工業装備回収機関」……だったか?
ワルファリン
妾たちはこの名でもって通行および停泊許可を得た。Dr.{@nickname}はよくもまあ思いついたものだ。
ケルシー
Dr.{@nickname}はある面において……思考の道筋が独特であるといえる。
ケルシー
それに折よく、クロージャが個人的な趣味で、過去数年にわたりエンジニア部を主導して廃品回収作業にも運用できる技術を開発していたからな。
ケルシー
いずれにせよ、「採掘場廃工業装備回収機関」というのは名目としては悪くない。幾人かの友人からの援助もあり、現時点までの状況を俯瞰するに、計画はおおむね成功していると言える。
ケルシー
今後の展望に関しては……アーミヤとヴィーナ次第だな。
シージ
左に二、右に四。インドラ。
インドラ
終わったぜ。
シージ
右サイドの状況はどうだ?
モーガン
チッ、うっとうしい奴のせいでちょーっと時間食っちゃったけど、全部片づけたよ~。
シージ
……ダグザは?
インドラ
鋼の爪と矢がぶつかる音が聞こえるぜ。
シージ
後方にまだ敵が?
インドラ
あいつに任せりゃいいさ。
インドラ
おい、ここにまだ一人隠れてやが――!
シージ
……もういない。
シージ
あとはダグザだけか……
インドラ
ほら、後ろも静かになったぜ。任せりゃいいって言ったろ。
シージ
よし。先鋒小隊任務完了。
シージ
急いでアーミヤに知らせてくれ。この付近に貴族の巡回兵はもういない。こちらに来ていいとな。
アーミヤ
……前方支障なし、怪我人なし。
通信機の機能回復。
アーミヤ
ドクター……もうすぐロンディニウムが見えますよ。
アーミヤ
ちょっと待ってください、ドクター……ジェシカさんからメッセージが届きました。
アーミヤ
内容は……なるほど。ドクター、計画を次の段階に進める前に、何人かのオペレーターを別の任務に派遣する必要があります。
アーミヤ
これから二人、救助しなければならない方がいます。一人はBSWの関係者で、もう一人は私たちがロンディニウムに入る手伝いをしてくれる協力者です。