永遠と今との誤差

テレシスが情報の海へと落ちる。膨膨大な情報が彼の思考にぶつかり続け、同化しようとする。
彼は、己の思考速度が次第に遅くなっていくのを感じることができた。だが、テレジアが残した導きに必死に食らいついた――
長剣の導きの下で、テレジアが再構築した情報の流れと本来存在していた情報とがぶつかる。
二つの膨大で無秩序な情報の流れは一瞬にして衝突した。
海面は波立ち、続けて情報の海は鋭い剣に引き裂かれたかのように真二つに割けた。
漆黒の深淵が内なる宇宙の中に現れて、情報の海全体がかき乱される。
大波が大波を打ちつけ、うねりがうねりを覆う。
思考は徐々に鈍くなりつつあったが、テレシスは自身を凝視する意志がそれにより急速に弱まっていくのをはっきりと感じられた。
テレシス
そなたの計画は功を奏したな、テレジア。
彼奴らの「アナンナ」に対する掌握を断ち切り、権限を奪取した――
しかし瞬きの間に、荒れ狂っていた光景が全て完全に停滞した。
彼女が目を見開き、あの弱くて小さい生命を見たからだ。
???
(未知の言語)接続が……不安定に。
(未知の言語)あなたが?
冷静な声
(未知の言語)あなたたちの行動には驚かされたわ。
(未知の言語)……「テレジア」「テレシス」。
テレシスは目の前の空間を全く知らない。そのため、これは死の前に訪れる別種の幻覚なのだろうかと考えかけていた――
とても馴染みがあり、彼も意味を理解できる言語を聞くまでは。
冷静な声
うん、でもこれがそもそもあの人が望んでいた結果なのかもしれないわね?
あなたたちの考えは、言語と同じく簡単に推測できるわね。
テラの進化過程は確かに私にたくさんの驚きを与えてくれた……だけど、残念だったわね。
テレシス
我らが失敗したと思っているのだな。
であらば、なぜこそこそと避けて、私に会おうとせぬ?
彼は思うところがあり、握っていた剣を軽く振る。剣の導きで、雑多な情報の流れが純白な空間の中に走った……
テレシス
ふん、偽りにすぎぬ。
プリースティス
……あなたたちは私のプロジェクト内に不正にバックドアを作り、一部権限をブロックすることに成功したわ。
データによれば、私は今この源石を失う途中よ。私のメンテナンスもどうやら効果は微々たるもののようね。
賞賛すべきよ、あなたたちの軽率な行動に効果があったわ。
目の前の人物は大したことではないように失敗を語っている。テレシスはこの存在から何も感じなかった。威圧感やその他のものを何も。
だが、それがむしろ彼により警戒させた。
テレシス
お前の傲慢な態度は別の者を思い出させる。
あの者は確かに私を欺いた。旧時代の悪霊は、一人ではなかった。
プリースティス
ドクターね……どうやら、あなたたちはすでに会ったようね。
では私も自己紹介をさせてもらうわ。
プリースティス、言語学者であり、ドクターのパートナーよ。
プリースティスが何者なのかなどテレシスはどうでもよかった。
プリースティスだろうが、悪霊だろうが、彼にとってそこに違いはなかった。
テレシスが手中の剣を握り締める。彼はこの行き詰まった局面を打破する方法を見つけるだろう。
プリースティス
あなたは、全く知らない現実に対抗しようと焦っているわ、テレシス。
当時ドクターとカズデルの端で共謀した時の方が、ずっと冷静だった。
テレシス
監視していたのか……
プリースティス
監視? いいえ。
新たに誕生した文明の進化過程を観察しようなんて気力と熱意はとうに消え失せているもの。
つい先ほど源石に新たに追加されたデータを調べていた時、ついでに興味のある情報をいくつか確認しただけよ。
テレシス、源石の分布拡大を求めることは私とドクターの共通認識よ。
今のテラの現状は私たちの想定を上回る部分はあるけれど、予定していた軌道から逸れているわけではないわ。
この源石を奪い取ろうとしたあなたたちの行動には正直驚かされたわ。けど、あなたたちがどのように足掻いたところで源石は最終的にその使命を果たすのよ。
テレシス
勝手にそう信じておればよい、源石の創造主よ。
お前は源石が揺るぎようがないものだと思っているが、彼女はここに通ずる道を開き、ここからサルカズの魂を解放したのだ。
お前に反抗する者は彼女が初めてではなく、私が最後の一人でもない。お前の目の前に立つ者は必ず現れる――
サルカズの運命を弄ぶ者が消えてなくなるその時まで。
プリースティス
「運命」……あなたはまだ、源石があなたたちの文明の運命に対立する立場にあると思っているの?
本当に自分たちの種族の歴史を理解しているのなら、疑問に思ったことはないかしら……あなたたちはなぜ、私たちと似たような姿に進化をしたのか?
テレシス
……
プリースティス
残念ね。あなたはまだ自分が歯向かっている物事について何一つ知らないの。
テレシスは会話の間も周囲の観察を続けていたが、このときには自分がいまだ源石の中にいるという確信を得ていた。
この場所を構成している本質は、テレジアが編んだ塔と違いはない――再構築された情報だ。
テレジアは鍵を彼に残している。そのため、テレシスにはこの不気味な局面を終わらせる自信があった。
プリースティス
どうやら気付いたようね。
テレシス
……お前は実体ではない。我々は依然あの海の中にいる。
プリースティス
源石の言語において、虚と実に相反する定義は存在しないのよ。
最初にこの言語を創った時、私たちはあらゆるリソースを費やしてなお答えるのが難しい究極の疑問をこの言語によって解釈できればと望んだ――
「神」を。
ドクターも、かつてはこの大地で育まれる種に期待を抱いた……源石を用いて様々な種族が進化し希望を見つけられるよう導き、神に立ち向う機会、ひいては乗り越える機会を与えた。
けれど残念ながら、多くの種が最終的に経験するのは絶望であるというのが事実よ。
「ティカズ」。あなたたちは、元々の計画には含まれていなかったわ。けれど予想外なことに源石に対して最も深刻な汚染を与える種となった。
あなたが今ここに立っていることに対しては、私ですらもその勇気を称賛せざるを得ないわね。
テレシス
「予想外」……それが我らの運命に対してお前が出した結論か?
お前たちは本当に似ている、プリースティス。
お前たちが好き勝手に弄んだ運命を希望の贈り物と称し、万年にわたる苦痛を合理的犠牲であると見なしている。
……少なくとも、ドクターはお前よりも誠実であったがな。
その言葉と共に、テレシスの剣が虚妄を貫いた。しかし砕けた後の空間は――
テレシス
……変化がない?
テレシスは目を閉じ、剣を持ち上げた。
プリースティス
あなたの暴力は何の意味もなさないわ。
テレシス
我ら哀れな種族が己の運命を掴めるか否かを歯牙にもかけていないのであれば、とうに私を抹殺していたはずだ。
長き夢から覚めたばかりの亡霊よ。お前は、いまだ脆弱なのであろう。
些かの躊躇もなく、剣が振り下ろされた。
剣の光は目の前にいる人物の体を貫通し、遠くの青白い壁面に音もなく消えた。
プリースティス
言ったでしょう、意味がないと。
さらに一太刀。
テレシス
常に疑問に思っていた――創造主を名乗るお前たちは、果たして我らと何が異なるのかと。
テレシスはもはや何も惜しむ必要はないと持てる力の全てを注いで剣を振り、青白い壁にはひびが生じていた。
テレシス
お前は一切を停滞させたわけではない。
時間を稼ぎたいにせよ、哀れな種族の足掻きを嘲笑したいだけにせよ……
好きにすればよい、プリースティス。
テレシスは湧き返る情報の波を再び感じた。それは、テレジアの編んだ塔が砕けた後の残り滓だった。
テレシスが次の一撃を繰り出した。
遂に青白い壁が金の海水によって突き破られ、果てのない白い空間へ狂ったように金色が流れ込む。
波は視界に映る全てを急速に呑み込み破壊したが、プリースティスの体だけは微動だにせず流れを遮り、切り裂いていた。
プリースティスは彗星の黒い尾のように、荒れ狂う波の中で唯一静かな一角を残した。
テレシス
お前とこの源石との繋がりは希薄になっている。お前は消滅しつつある。
プリースティス
こうした乱雑な情報を処理し続けるには、より多くのエネルギーを消費するでしょう。その価値はないわ。
波が最後の一角を埋め始め、プリースティスの体も次第に呑まれていく。
波は徐々にテレシスにも向かって行った。
プリースティス
これがあなたの望んだ結末なの?
サルカズのデータはすでに内なる宇宙内の一部エリアを汚染した。汚染されたデータは全部削除されたけど、書き直された構造について今すぐ調整する暇がないわ。
あなたは別の方法でもって内なる宇宙で「生存」できるのよ。
テレシス
生存?
私はただ神を裁くために来た。
情報の奔流が彼を完全に呑み込む前に、サルカズは創造主に向かって最後の剣を振るった。
イヴァンジェリスタⅪ世
私という教皇に残された仕事は、後任者を探すことを除けば、子供たちにキャンディを配ることだけだと思っていたが。
……
このような啓示を受けるのは初めてだ。
「保存者」
(未知の言語)データの流入……源石……
(未知の言語)警告か、あるいはまた一筋の希望が消え去った余韻か?
(未知の言語)同胞よ、君はどこにいて、何に遭遇した……?
「保存者」
……
巫王
……
風が玉座をかすめ、君主の視線は領土外の混沌の深奥からそれた。
巫王
秩序の外にある楽音が、なぜ我がパヴィヨンに、我がリターニアに存在できる?
万物の始源の痕跡か?
……
停滞が崩壊した。
プリースティスの姿は金色の情報の波に完全に呑まれ、跡形もなく消えた。
情報の海はさらに荒々しくテレシスを押し流す。
彼の思考は混濁し、体はひび割れ始めた。
情報の波が彼の傷口から溢れ出る血をさらい、源石結晶が彼の細胞一つ一つに蔓延り成長する……
そうして、テレシスは完全に呑み込まれた。
鮮やかな真紅の海水が終わりなき深淵から逆流し、金色の海水と溶け合う。
内なる宇宙の情報の海は濁った赤色に染まった。血の色に、サルカズの色に。
全ての変化が終わり、最後に、一つの小さな人影が海面から浮かび上がった。
弱々しい声
「アナンナ」の権限を奪い取ったぞ、テレジア。
今、波の方向を、そして膨大で複雑な、私には理解できぬ情報を感じ取れる――
彼は無意識に己の喜びを分かち合おうとした。しかし無尽の虚無において、残るのは波の音だけだった。
自身の鼓動の音すらテレシスには聞こえなかった。ここに残っているのは彼一人だけだ。
テレシス
……
もはやこの場に留まる理由はない。
彼は一人でテラへと、彼の大地へと帰る――
虚空の菱形が次第に暗くなり、砕ける……
目覚めたばかりのプリースティスの意志が再び休眠に入る。
源石の拡散は彼女の期待に遥か及ばない状態で、さらに今、彼女は予期せず一部の源石の権限を失った。
プリースティス
二人のテラ人、歯牙にもかけていなかった脆弱な種族。
なんだか、あなたがなぜこんなにも彼らにこだわるのか理解できてきたわ……ドクター。
意識が静寂に帰す最後の瞬間、彼女は視線を「テラ」という名の大地に向けた……
彼女は「ドクター」と呼ばれる人物が、コータスとAMa-10と連れ立って地下玉座の間に通じる暗い通路に入っていくのを見た――
「ロンディニウム」という名の都市が、戦火の中で泣き叫んでいるのが見えた――
……死が見えた――
今まさに崩壊しつつあるコータス。彼女の情報がこの内なる宇宙の情報の海へと溶け込んでいる――
その瞬間、彼女は手を差し伸べた。
レイディストーター
(未知の言語)それ以降、プリースティスには会っていないの?
ヒアダ
(未知の言語)会っていません。
(未知の言語)私には、まだ答えを見つけられていない疑問がたくさんあります。時間は一番切実な問題ではなくなりました。
レイディストーター
(未知の言語)旅人さん、君は故郷が恋しくないのかい?
ヒアダ
……
「恋しい」。
――この神のような人たちを乗せる船で生活する中で、コータスはその問いに何度も答えた。
情報から再構築された時間の欠片に未来は存在しない。
彼女と親交を結んだ友人も少しすれば彼女のことを完璧に忘れ去ってしまう。
彼らの全てが理解できた。本当の意味でここの生活に溶け込むことは永遠にできない。
「私はただの旅人で運良く遥か遠い過去の一端を垣間見ただけ。」
ヒアダ
(未知の言語)幽霊さんから学ぶと約束をしています。
(未知の言語)本当に彼女と交流を深めようと思わないんですか?
レイディストーター
(未知の言語)ヒアダ、君は私たちと彼女の間にある隔たりを取り除こうと夢中になっているみたいだけど、私は拒否しなければいけない。
彼らが変わることはない。
彼らはただのデータの再現だ。
ヒアダ
……
(未知の言語)わかりました。
コータスは船窓の外の深宇宙を眺めると、心の中で数を数える。三十秒後、砕けた惑星の表面を恒星の光が再び照らすはずだ。
ヒアダ
何度も見てきたはずなのに、やはりため息が出てしまう……
生命と死が同時に現れるなんて――
これはあの大地で一度も見たことのない景色だ。だが彼女は同胞にこの景色を見てほしくはなかった。
ヒアダ
――!?
自分が一瞬のうちにあの青白い土地に戻ってきたことにコータスは気付いた。
プリースティスが微笑みながら彼女を迎える。
プリースティス
求めていた答えは見つかった?
コータスは頭を振った。
ヒアダ
どこへ行くんですか?
プリースティス
テラ、あなたの故郷へ。
ヒアダ
――!?
プリースティス
ヒアダ、あなたに選択を与えようと思うの。
あなたはここに残って、自分が求める知識を引き続き学び、心に抱く疑問の答えを探しに行ってもいいわ。
あるいは、帰りたいのなら、家へ送り届けてあげてもいい。
ヒアダ
……家に? テラにですか?
プリースティス
ええ。だけどその選択は、心の中の困惑を解く機会を完全に失ってしまうかもしれないことを意味するわ。
とはいえ、ここに残れば、あなたは自分とかつての同胞が全く異なることに気付くでしょう。それは、より強い苦痛を伴うことよ。
ヒアダ、あなたの決定を尊重する。
ヒアダ
わ、私は――
これと同じ瞬間に、あなたたちは亀裂の向こう側へと踏み込んだ。
Mon3tr
(怒ったような雄たけび)
アーミヤ
PRTSが私たちを送り込んだのでしょうか?
ケルシー
そう単純な話ではない。ここにいるのは、我々だけなのだから。
甲板の全てが限りなく静かだった。
あなたは振り返ると、エリートオペレーターたちとアスカロンが皆そばからいなくなっていることに気付く――
ケルシー
いや、大量の源石粉塵だ。防護措置を取れ。
Mon3tr、ドクターを守るんだ。
アーミヤ
ケルシー先生、足元が!
甲板全体が急速に結晶化しています。このままだと……
黒い源石粉塵が甲板に積もり、小さな源石クラスターが野草のように生える。
視界の及ぶ大地においてでさえ、目に見える速度で蔓延していく。日差しの中、源石は魅入るような光を放っている。
ケルシー
アーミヤ、いつ起こるかわからない天災に備えるよう、ロドス艦内にいるオペレーター全員に警告を出せ。
目の前の光景はあまりに異常で、あなたがこれまでに見てきたどの天災とも異なる。
あなたは完全に源石で覆われた足元の甲板を見る。そこには自分の影しか映っていない。
アーミヤ
ドクター――
振り返ると、あなたは驚愕したケルシーの顔を見た。
あなたは彼女の視線の先を追う。甲板の遠く、黒い源石結晶がゆっくりと空へ向かって伸びている。
源石結晶のどの面にも、白い人影がかすかに見える。
あなたはその姿に見覚えがあった――
黒い源石雨が突然激しさを増した。
その密集した黒い雨は空から降るのではなく、大地から天へと昇っていたかのような錯覚を覚えるほどだった。
それは太陽の光を色鮮やかに反射し、空の果てに七色の線を描き出した――
あなたの目に届く全ての色が再び集まり始め、虹の光を帯びた白い幕がゆっくりと下りてくるかのようだった。
純粋な、混じりけのない白色が、甲板の源石結晶の上に優しく掛かる――
結晶の上に美しい人影が立っている。
黒い結晶が彼女の脚の上から徐々に退き、白い光が彼女にコートを羽織らせた。
白と黒の天地、そして――
彼女にとってはとうに見知らぬものとなったこの大地。それを遠目に眺めている。
プリースティス
久しぶりね。