凡人の救済
苛立つ貴族
誰か教えてくれ、陛下はどれだけこの茶番を放任なさるおつもりなのだ? 一日か、一ヶ月か、それとも一年か?
もう、うんざりだ。ヴィクトリア人はとうに天災を制御する術を編み出し、あの野蛮な魔族どもですらも空を飛ぶ戦艦を作り出したというのに。
我らは未だ、陛下のお気に入りの道化をどう処分するかの議論に時間を浪費せねばならんのか?
恭しい側役
閣下、これは陛下のお慈悲にございます……なにせこの狂人が徳の高い人物であると信じる民は今も数多くおりますから。陛下もまたこの者への裁きを公に示すことをお望みなのでしょう。
与えられた期限は七日。そして、すでに六日と二十一時間が過ぎました。
苛立つ貴族
愚かな――実に愚かな! 我らはなおもこの罵詈雑言に耐え、最後の一夜の鐘の音が、あの道化の目を覚ますことに期待せねばならんのか?
恭しい側役
恐れながら、閣下の仰せの通りかと愚考いたしますが、朗報もございます。鐘が鳴り終えれば、帝国議会は投票を開始いたします。
時がくれば、このように閣下が耐える必要もなくなりましょう。ええ、未来永劫に。
苛立つ貴族
ふん……そんなことは分かっている。
もうよい、下がれ。たとえあの道化の死がすでに定められていようとも、奴が本当に土に埋められるか、あるいは燃えて灰になるまでは……
あれがウルサスに取りついた最後の佯狂者(ようきょうしゃ)であることに変わりはないのだから。
無言の軍人
……
苛立つ貴族
うん? 近衛軍の制服が通ったようだが、見間違いか?
驚く貴族
奴が戻ってきたのか? 休み始めてからほんの五分だぞ……先ほどの演説では、水一口すら飲まなかったというのに!
熱狂する貴族
最後の演説――
みすぼらしい格好のこの場に相応しくない男が、大股で議会ホールの中央に歩み出る。その場の者たちの視線は一様に彼に注がれていた。
男の背筋は伸びているものの、身体に力が入っている様子はない。彼の表情からは、生き延びることへの苦悩や将来への憂いも見られない。
男は五分ほど前にここで演説を披露したばかりだった――愛について、赦しについて、自分を殺すと決定した者たちを彼がいかに赦したかについての演説を。
六日間にわたる演説に聴衆は深い疲労を覚えていたが、彼はまるで影響を受けていないように見えた。男が軽く手を上げるだけで、群衆は静まり返った。
男は口を開いた。彼の顔には微笑すら浮かんでいた。
佯狂者
親愛なる友、あるいは私を敵とみなす人々よ。皆も承知であろう。これが最後だ。
したがって、これから私は愛とは何かを語ることも、またそなたらが私に行うであろうすべての過ちを赦すと声高に宣言することもない。
私が語るのは――未来だ。文字を読むことのできぬ盲人の目に映る未来である。
無言の軍人
……バカげたことを……
佯狂者
我々は忘れてはならない。歴史を語ることは比肩するものがないほど崇高な権力であり、同時に、このような権力は人を盲目にさせると。
この二十年来、陛下は御自身の栄光を万民と分かち合ってきたが、国民は彼の方の賜う恩恵に浴する準備ができていなかった。
私は陛下のお慈悲を疑ったことはない。しかし、機を誤った慈悲とは毒に等しいものであるのも事実だ。
反乱を起こした師兵団と、北原の感染者が証である。
卑劣なる者は反逆の首をもたげ、その汚れた血を神聖なる土地に撒き散らした。驕れる学者は真理を掌握したとうそぶき、有害な言説が毒虫の如く無辜の魂を蝕んだ。
無知が生む傲慢さは狂気のごとく膨れ上がり、国民から謙虚さを、帝国から慈愛を失わせた。偉大なる帝国と、その庇護下にある民の心は離れ、信義も失せた。
私は過去と未来を見た――叡智によって導き出したわけではない。私はただの愚者である。だが未来の行方は、愚者ですら理解できる過去の轍の中に記されている。
私は己の見た未来を広め、伝えたことを少しも後悔していない。たとえそれが私を裁きの台に送る理由であろうとも、この預言を伝え続けねばならないのだ。
私はウルサスの終局を見た。偉大なる帝国の陥落を見たのだ。
したがって私は今日この場で、伏して陛下に願う。どうか私の見た未来の実現を阻んでいただきたいと願うのだ。もしもそのためにこのつまらぬ命が必要というなら、差し出そう。
ウルサスの不浄を清めるためにより多くの血が必要だとしても、私は陛下に断固そうしていただけるよう願う――すべてはさらなる偉業のため、ウルサスの永遠の栄光のために。
この裁きが終了した後――そう、たとえ審判がいかなる幕引きを迎えようと、私は私の聖途を歩み始めよう。
謙虚たることの美徳を繰り返し説き続け、それによって人心を再び集め、帝国の輝きをも呼び戻してみせよう。
そなたらは私を不遜であると思うやもしれないが、この手は軍隊を率いることも、法を定めることもできはしない。
そなたらは私が不治の病に侵されたのかと思うやもしれないが、この身は乱心者でも、狂人でもない。
私は持たざる者だ。何も持たず、身なりは感染者よりも見すぼらしい。私がしたこと――我が過ちは、人々に異なる歴史を見せ、異なる声を聞かせたことだけだ。
苦痛を美化して誤魔化すことを止め、地の底に埋もれた伝統を再び掘り起こしてしまったことだけだ。
残酷さを薄めようと試みるのを止め、沈黙して久しい叫びを、目を覚ますほどに響かせてしまったことだけだ。
その時には、あるいは、我らが偉大なる祖国の未来は、まったく新しいものに変わっているかもしれない――あらゆる怒りが静まり、数多の罪業は赦され、苦痛もまた……
尊き忍耐によって解きほぐされるのだ。
???
――逃げるんだ! 早く!
みんなのように、ひたすら前に進め。振り返るな!
絶望する感染者
ダメだ、俺たちはもう……逃げられっこねえ! たとえウルサスを出たところで、どうせ死ぬしか――
ゲホッ――ゲホゲホゲホッ!
???
呼吸に力を入れ過ぎだ。雪を吸い込んでむせるぞ――
「皇帝の利刃」
そうだ。
ただし原因は血であるが。
パニックを起こす感染者
グフッ――
???
――!?
抜け出してきたのか? バカな、どうしてこれほど早く――あり得ない――
「皇帝の利刃」
貴様は頭が回るが、十分とは言えない。先ほど私に見せた幻影は、ある意味では貴様自身の体験でもある。
貴様の過ちは、あの幻影がもたらす苦しみなど、我らに対しては毛筋ほどの打撃にもならないと知らなかったことだ。
だが貴様は少なくとも己の能力を披露してみせた。「あれ」の代替品となる資格はある。
???
言ったはずだ。お前らの邪悪な力を弄ぶ試みについて私は何も知らないし、興味もないと。
「皇帝の利刃」
これは誘いではなく最後通牒である。私が飽きるまでの間ならば、貴様であっても私の手から一度、二度……果ては三度も、奴らを救い出すことができただろう。
だが私はもう飽きた。
???
……それ以上近づくな。でなければ、持ち帰れるのは私の死体だけだ。
「皇帝の利刃」
「声」が揺らいでいるぞ。己を疑い始めているな。
佯狂者でない者が、その力を使った。その代償は何であると思う?
???
何を言っているのか分からない。
「皇帝の利刃」
ありとあらゆる物には代償がつきものだ。貴様にも終わりが近づいているのだ。
???
ならば、その終わりとは私たちが共に死ぬことだろう。
私たちだけが。
「皇帝の利刃」
つまり、貴様には聞こえていないのか。それとも、すでに他のことを気にかける余力も残されていないのか?
貴様にはあの雪の上を歩く足音が聞こえていない。共倒れを覚悟してまで守ろうとした者たちが……ただの卑しき虫けらでしかないことが聞こえていないのだな。
???
……
「皇帝の利刃」
実のところ奴らは故郷から遠く離れる勇気など持ち合わせていないのだ。祖国を裏切りたくないと嘯きながらあり得ぬ幸運を夢見て、逃亡の歩みは遅く、あるいはいっそ踵を返して死へと飛び込む。
それらはすべて、故郷を離れてしまえば己の存在を認識できないからだ。たとえそれが絶望しかもたらさないとしてもな。
残念だが、貴様の戒めなどまったく無意味だ。
???
なっ――
「皇帝の利刃」
貴様が奴らに告げた言葉と同じように。
「振り返るな。」
???
うっ――!
ゲホッ、ゲホゲホッ! ゲホッ――ハッ――
「皇帝の利刃」
私はウルサスに身体の機構までも破壊し尽くされた佯狂者を連れて帰るつもりはない。それには多大な時間を要するし、たとえ貴様が卓越した身体能力を持っていようと割には合わぬ。
故に、再度勧告をする。抵抗を諦め、私と共に来い。
???
私も、再度言ってやろう。お前の言う「佯狂者」など知らないし、なる気もまったくない!
それに、今ここでお前について行ったとして、感染者たちはどうなる? お前たちに追われ……行き場を失った彼らは……
「皇帝の利刃」
奴らには辿るべき己の運命がある。
???
……断る。
「皇帝の利刃」
貴様は、よりはっきりと「答える」べきだ。
???
断る、と言った。
私は必ず……
静寂と緊張が、一帯の空気を支配していた。完全な「言葉」が脳裏に浮かぶまでの間、雪は変わらず降り続けていたが、黒い身躯が足を踏み出す動作は止まったままだ。
そして、空から降る新雪のひとひらが大地に触れるよりも早く、漆黒の薄霧が広がり始めた。
「留まれ。」
「皇帝の利刃」
……
突然、彼は前に進む意欲を失った。理性を剥がされたもう半分の認識は、先ほどの光景が再び現れるのを待っていた。
「皇帝の利刃」
同じ手を繰り返すか……
しかし、なかった。何もなかった。
あったのは理由なき停滞だけだ。彼の身体から絶え間なく溢れる薄霧のような漆黒は時を経るごとに、分厚く降り積もる塵埃となる。
――まるで黒い雪が降ったかのように。
「皇帝の利刃」
これは――だが私は――
……ああ。
我が体内の悪魔がわずかに漏れ出たか。私の力を利用して、私を制御するとは。
???
私はただお前を、その身が抱える穢れが孕む……幻影の中に閉じ込め、お前自身を直視させただけだ。
さもなくば、お前は死ぬ。
眠れ……
萎縮する老人
なんてことだ、こ、これは――
君……君! 無事かね? あの真っ黒の怪物がまだ追ってきて――
――ああ!
???
……ゲホッ、ゴフッ。
奴が……あなたたちを追ってくることはもうない。
萎縮する老人
なんですと?
???
行け。ここを離れて、南へ向かうんだ。奴が「目覚める」前に。今度は決して振り返るな。
ここを離れなければ、あなたたちは生き延びられない……
萎縮する老人
な、何を言っているのです? あれがもう追ってこない?
それはどういう意味ですか?
???
ゲホッ――
萎縮する老人
あなたは、人の情が通じぬデーモンを説得したと言うのですか?
???
いいから、早く行け!
萎縮する老人
ど……どこへ?
伝道師様は「故郷を捨てる者は決して人を名乗るに値せぬ」と仰っていたんだ。わしらは……わしらはそうなりたくない!
わしらは陛下を、ウルサスを、あなたを裏切りたくないのです……
本当に奴らの追跡を止めたのですね……わしらを救い、不可能を成し遂げたというのに、それでも名前を教えてはくださらないのですか? あなたは一体何者なのです?
???
それは重要じゃない、私は……
萎縮する老人
それとも、実は――
実はあなたこそが、長らく姿を消していた佯狂者なのですか?
???
……なんだと……
萎縮する老人
いや……しかし、佯狂者はサンクト・グリファーブルクの立派な宮殿の中で、陛下の傍らに侍っているはず。
???
いや……
萎縮する老人
そうだ、そうに違いありません! あなたが本来ここにいるべきお方でないのなら、わしらが受けた恩恵は、盗み取ったものに過ぎませぬ。ならば罰を受けるのも、当然のことでしょう。
「わしらは耐えねばならぬ」、「受け入れねばならぬ」……「穏やかであらねばならぬ」! だがわしらにできたことなど、何一つなかった……
たとえそうであっても、あなたはわしらの罪深き魂を庇護してくださった。
ならばあなた様こそが、佯狂者であるはずです。でなければ、感染者にも手を差し伸べ、等しく愛するような心を持ち得るはずがありません。
ならば、あなたの名前は一つしかあり得ませぬ。違いますか?
民から賞賛されることを拒む名前、すべての佯狂者が共有する名前――
「ガブリエルス」。
感染者
ガブリエルス、ガブリエルス……
佯狂者が、我らの佯狂者が帰ってきた!
「佯狂者」って、あの物語の中の?
たとえいつもは傍にいなくても、あたしたちが石塊病になったとしても、変わらずあたしたちを愛してくれるってママが言ってたあの人?
そうだ、彼女だ! 彼女が帰ってきた! 悪人をやっつけて凡人を救うのは、佯狂者にしかできないことだよ!
佯狂者が我らを救った、佯狂者が――
群衆は騒ぎ立て、無数の両手が絶え間なく彼女へと迫る。
彼らは、まるで潮水が幾度も干潟へ押し寄せるように互いに引っ張り合っている。すべては崇拝する者の衣の端に触れるためだ。たとえ彼女が纏っているのが他の者と変わらぬボロ布だったとしても。
当の彼女には、もはや立ち続ける力はなく、何かを考えることもできなかった。痙攣しながら膝を雪面に突いたその瞬間、そのまま崩れ落ちそうになった。
だがそれは許されない。近衛兵がまだここにいる。彼女を利用してさらに多くの者を殺そうとする処刑人が、まだここにいる。目を閉じるわけには……諦めるわけにはいかないのだ。
「ガブリエルス」?
ゲホッ――ゴフッ――
グアッ――
その瞬間、彼女はとうに役目を失ったはずの舌の根が再び口腔と共鳴し、音を発したかと錯覚した。だが身体はただひっそりと縮こまり、ますます小さく、小さくなっていくだけだった。
彼女は耐えた。痛みが小さくなり、尽きるのを待った。
感染者
佯狂者――
佯狂者でなくとも、代償は変わらず必要である。
だが誤解された者自身でさえ、そのバカげた行為の代償がどれほどかは分からなかった。時には、「代償が不明」であることが、一種の代償であるのかもしれない。
アーミヤ
Mantraさん? どうしたんですか?
Mantra
……
先頭に立つ者の冷静な声がふいにロドスの人々の脳内で響く。
Mantra
皆の者、止まれ。
繰り返す。皆の者、直ちに止まれ。
前方に悪魔の穢れがある。
エリジウム
「悪魔の穢れ」? こんなところに?
サーミまで、ウルサス三分の一つ分は離れてるはずでしょ? なのにどうして――
アーミヤ
ドクター?
アーミヤ
拠点に送られてきた信号の位置情報によれば、Raidian小隊が最後にメッセージを発信したのはもう十日も前のことです。
彼女が以前に話に出していた研究所は、前方約三キロ地点にあります。
Mon3tr
観察しているところだ。
汚染の規模と形状を見ると、確かに「国土」が残した汚染だな。
間違いないな。ここで近衛兵と交戦した可能性はかなり高いよ。
ただ奇妙なのは、汚染が残るほど激しい戦闘が起きたのに、付近にはアーツの痕跡が一切ないことだ。
Mantra
ドクター、あなたの懸念は理解している。
Raidianであれば、我々が解読できるような痕跡を残すはずだ。
その通り。
相手がRaidianを追ってきたにせよ、研究所を目的に来たにせよ、我々は急がねばならない。