荒野に叫ぶ
創生ポッドがゆっくりと開く。
幾度となく再会を願った、見慣れた顔がそこにあった。
もう一度、あなたは彼女の手を握りしめる。
ケルシー
ドクター……?
創生ポッドの中の人物が、ゆっくりと身を起こす。
ケルシー
私は……
アーミヤ/Mon3tr
ケルシー先生!/ケルシー!
Raidian
ケルシー……
クロージャ
ケルシー、キミだよね? あたしのことわかる? ドクターとアーミヤちゃんのこともちゃんとわかるよね!
アーミヤはケルシーに抱きつきたい衝動を必死に抑え、Mon3trはその鋭い爪を土に深く食い込ませていた。誰もが緊張した面持ちで、目の前の成果をにわかには信じられずにいる。
目覚めたばかりの彼女の視線が、傍らにいる者たちへと順に向けられていく。次第に、その顔に浮かんでいた茫然とした表情が和らぎ始めた。
ケルシー
教えてほしい……私はなぜ、ここに?
Mon3tr
ドクターが頑張ってくれたんだ――あと、クロージャも!
双生循環システムを再現して、空白の源石で君の身体を構築しようと色々試していたんだぞ!
実験はずっと失敗続きだったけど、ウルサスの石棺の中に、なんとAMa-10のオリジナルコードが見つかって――
ケルシー
……それは理論上、ほぼ不可能なはずだ。
Mon3tr
そんなこと、今はどうでもいい!
どこか具合が悪いところはないか? 記憶に混乱は? それと――
私のこと、わかるか……?
ケルシー
……わからないはずがないだろう……
Mon3tr……
Mon3tr
私は……
君に会いたかった……
アーミヤ
Mon3trさん! 気をつけてください! ケルシー先生はまだ衰弱しているかもしれませんから――
私たちは……私は……
ケルシー
ありがとう……アーミヤ。
心配は無用だ……体の調子がそう悪くないことは感じている……
それより教えてほしい……我々は今どこにいる? それと周囲の状況は……
(弱々しく息を整える)
ドクター……
私はあらゆる点で賛同できない……君がロドスを率いて、このような危険な作戦を実行したことにな。
ドクター、君の決断に疑義を挟まなくなって久しいが……
事ここに至っては、評価を改めなければならないな……
その動機とは……
……
……忘れたことなどない。
交戦の音か……ウルサスの各勢力は、まだ石棺を巡って争っているのか?
ドクター、石棺の所在地を教えてくれ。
私にはまだ……やり残したことがある。
クリム
……
扉についた血の手形の前でしばし立ち尽くした後、男は重い足取りで薄暗い廊下を後にした。
すでに、ゼルグラードでただ一つ外と繋がっているエネルギーパイプは再稼働している。彼は約束を果たしたのだ。
もはや、この先のことを彼が気にかける必要はない。
クリム
アリタ……
男はゆっくりと身を屈め、床に膝をつくと、無数に転がった冷たい亡骸のうち一つを抱え上げた。
少年の頃、湖畔で羽獣に餌をやりながら何気なく語り合った理想。もしあれを早々に諦めていれば、今このような結末を辿ることもなかったのではないだろうか?
クリム
ずっと君に言い出せずにいた。ウルサスのためなどという戯言も、先人たちの彫像の前で立てた誓いも、本当はとっくに忘れていたんだ。
「より良い明日のために」なんてことも、まったくどうでもよかった。
兵士たちが故郷を離れる時、そこには見送ってくれる家族がいるものだ。だが、私たちがチェルノボーグを離れた時は、あの街の誰もがまだ何も知らず、夢の中にいた。
数えきれないほどの昼夜、私はただ帰りたいと願っていた……ラーダの小さなベッドのそばへ。
だが、君のことも見ていなければならなかった。
君を……いつも一人で無茶をして、満身創痍になってしまう君を、放ってはおけなかった。
……
はは……
クリム・ワルーエフ、お前は結局……
何一つ成し遂げられなかったんじゃないか?
微かな声
……掃討完了……
死体……
???
……
生存者を発見。
クリム
……誰だ?
まあ、何でもいい……
石棺が目的なら、私の後ろにあるのがそれだ。
そうでないのなら……
さっさと立ち去ってくれ。
戦争術師
……状況を確認しました。
石棺の兵器化モジュールは完全に損壊しています。残存しているのはエネルギー変換モジュールのみで、そちらで唯一の外部接続が稼働中です。
石棺のコアの構造は巨大かつ複雑なため、短時間で適切な解体や輸送を行うことは困難です。追加のご指示を。
……
はい、復旧は不可能です。たとえ我々全員の命と引き換えに、最大出力の転化変換系統アーツを使用したとしても。
兵器化モジュールの損壊は、何らかの強大な力によるものと思われます。
また進入前の状況では、石棺が存在するエリアは外部からの攻撃を受け続けており、ゼルグラードはすでに第一軍に放棄されていることが窺えます。
……承知しました。
ただちに撤退します。
指示を受けた戦争術師は、遠くから、その場に残された唯一の生存者へと視線を向けた。
爆撃の音が次第に近づいているにもかかわらず、彼は逃げる気など微塵もない様子だった。
戦争術師
……
生きる道を失った者など、気にかける道理はない。
クリム
ふう……
アリタ、最後にもう一度だけ、臆病な私を許してくれ。
結局のところ、君はいつも……私よりずっと勇敢だったな。
フョードル
第二軍が……第二軍までもが寝返ったのだぞ、ヴィッテ!
我々は何を待っているというのだ? 反逆者共が、サンクト・グリファーブルクに、ツァレフグラードに――この宮殿にまで雪崩れ込み、玉座で余を刺し殺すのを待てとでも?
ヴィッテ
陛下……第二軍がこのような行動に出た理由は、おわかりのはずです。
「冬季臨時資源配給法」です。
フョードル
……何だと?
ヴィッテ
彼らはこの法案が自らの利益を、ひいては議会から独立した軍の権限を必ずや損なうものと考えております。ゆえに、第四軍の行動に対し傍観の態度を取ると決めたのです。
フョードル
いや……たとえ異議があろうと、このような手段で法に背くなど許されぬ――誰が裏で糸を引いているのだ!?
我が親愛なる叔母上の仕業か? それ以外にはあり得ぬ……
ヴィッテ
陛下……当面の急務は、目の前の事態に緊急の対応を取ることのみかと。
ですが法案が可決されぬ限り、第二軍がその矛先をサンクト・グリファーブルクへ向けることはありません。
ゆえに厳密に言えば、現時点の彼らの間には、利害に基づく強固な同盟などは結ばれておりません。我々にはまだ第二軍と対話や協議を行う余地が残されております。
さらには――
フョードル
ヴィッテ、ヴィッテよ! 何をふざけた世迷言を言っておるのだ!
サヴェリーのような裏切り者でさえ、第二軍が傍観を決め込んだことは、我々との敵対を選んだに等しいと理解しているのだぞ。それなのにお前は、まだ奴らを擁護するのか。
余がお前をよく知り、信頼を置いていなければ、今の言葉だけで逆臣の列に加えていたであろう!
ヴィッテ
それで陛下のお心が晴れるのであれば。ですが陛下はそのような暴虐な君主などではなく、感情の発露より問題の解決を願っておられるお方であるとよく存じております。
それゆえ、どれほどお怒りに駆られようとも、陛下は心の底では理性を保っておられます。あの獣たちとはまったく異なるのです。
フョードル
……
ヴィッテよ、それでどうするつもりだ? まさか奴らの望み通り、市民議会を無期限に延期しろとでも言うのか?
ヴィッテ
いいえ、陛下。延期はいたしません。彼らに与える最終期限を、市民議会が開かれる明日とするのです。
フョードル
なぜだ?
ヴィッテ
市民議会が開かれるまでに第二軍との交渉がまとまらず、石棺のエネルギー問題に進展もなく、女大公の態度さえも変わらないのであれば……
我々は中央軍を出動させ、互いが開戦を宣言する前に各勢力を食い止め、反乱を徹底的に鎮圧するほかないでしょう……もはや、いかなる慈悲も、譲歩もなく。
ウルサスがそのような内乱にまだ耐えられるかどうか、我々の誰にもわからぬとしても。
火の中で、南方から届いた最後の一通である、急ぎの知らせが燃えている。
火が便箋をつまむ指の腹に触れる寸前で、エリザヴェータは手を引いた。
エリザベト女大公
……第二軍までもが、傍観を選んだというわけですね。
とはいえ、それも想像していた展開ではありますが。
ふむ……
これであの議長閣下も、おそらく手札の最後のカードを切らざるを得ないでしょう。
慈悲深き陛下、お若き陛下、哀れな陛下……たとえ先帝の血が流れていようとも、あのお方ほどウルサスの君主に相応しい人物ではありません。
そしてそのお傍には、先の皇后のように君主をよくお支えする者もおりません。
ただ強引に事を推し進めようとしたところで、長く続くことはないのです。
幸いなことに、より相応しいお方がお帰りになりました……
彼女の視線が、すぐ近くで壁の肖像画を見つめる女性へと向けられる。
その顔立ちは、肖像画に描かれた一人と非常に似通っていた。
アナスタシア
叔母様。
この絵に描かれているのは……私、なのでしょうか?
エリザベト女大公
いいえ、これはあなたのお母様とお父様よ。
アナスタシア
私は両親の顔を忘れてしまったのですね。
エリザベト女大公
人生の苦しみは、時にそういった残酷な副作用をもたらすものよ。ましてあなたは、この数年でさらに多くのことを経験してきたのだから。
アナスタシア
それでも、思い出さなければいけません。
エリザベト女大公
思い出せるわ。私が手伝うもの……私はいつまでもあなたを助け、あなたの傍に寄り添い続けるわ。
あなたは幼い頃から、気丈で負けず嫌いだったわね。お父様にそっくりよ。
アナスタシア
お父様は……どのような人だったのでしょう?
エリザベト女大公
卓越した先見の明を持ち、野心に満ちた勇猛果敢な君主だったわ。ウルサスの繁栄のため領土を広げ、民を飢えから救うため労を惜しまず、生涯片時も歩みを止めることはなかった。
建国の英雄であるイゴール大帝に次ぐ、ウルサスで二人目の「偉大なる者」と言えるわね。
アナスタシア
どうにも、非常に遠い存在に聞こえます。
エリザベト女大公
ええ、あのお方は同時に近寄りがたくもあった。あなたのお母様を除けば、誰一人としてあのお方に近づく勇敢な者はいなかったわ。
アナスタシア
そうなのですか? なんと孤独な人生でしょう……
エリザベト女大公
……でも、あのお方がそう思ったことはなかったでしょうね。あなたのお母様が亡くなった、あの時を除いては――
……
アナスタシア
叔母様、どうしたのですか?
エリザベト女大公
別の話をしましょう、ナースチャ。
サンクト・グリファーブルクに戻りたいとは思わない?
アナスタシア
サンクト・グリファーブルク……
女性の顔に、見慣れた思索の表情が浮かぶ。しばらくして、彼女はようやく口を開いた。
アナスタシア
フェージャに会いたいです。
エリザベト女大公
……何ですって?
アナスタシア
私の弟、フョードル。
あの子に会いたいのです。
サンクト・グリファーブルクに行かないと弟に会えないのなら、あの街に戻りたいと思います。
もしあの街にいないのなら、あの子のいる場所へ。
エリザベト女大公
それが、どこであろうとも?
アナスタシア
ええ、どこであろうとも。
エリザベト女大公
彼に会って、どうするつもりなの?
アナスタシア
何か特別な理由が必要なのでしょうか? あの子も私に会いたがっている、ただそんな気がするのです。
エリザベト女大公
……
アナスタシア、どうしてもそう言うのなら、あなたは先に知っておかないといけないことがあるわ。
アナスタシア
何でしょうか? 聞かせてください。
エリザベト女大公
あなたが失踪して……いいえ、あなたがウルサス中を渡り歩き、各地で布教を続けていたこの数年間、彼はお父様の地位を継ぎ、良き君主になろうと努めていたわ。
でも残念だけど、彼はどうにもそういったことが苦手だったのね。その地位に相応しくない人だったのよ。
アナスタシア
そうでしょうね。あの子は読書を好み、自分で詩を綴ったりもしていた子ですから。今でも何か書いているのかしら……
エリザベト女大公
彼の時間は、君主としての生活に呑み込まれているはずよ。たとえ詩を書いていたとしても、おそらくは怒りに満ちた風刺の詩といったところね。
と言っても、すべて私の憶測に過ぎないけれど。
もう長い間、彼は私に口を利いていないの。手紙のやり取りはあっても、いつも誰かの代筆だわ。
アナスタシア
あの頃のまま、変わっていないようですね……昔から人の目を気にしすぎる子だったから。
可哀想なフェージャ。あの子がどれほど自らを追い詰め、無情なほど公平無私な象徴になろうとしているか、私には手に取るようにわかります……それこそが、人々の求めるものですから。
でも、あなたにだけはそんな態度を取るべきではありませんでしたね。だって、あなたは私たちに残された唯一の家族で、あれほど傍で寄り添ってくれた方ですから……そうですよね?
エリザベト女大公
……それも、もうずいぶん昔のことね。
彼を案じてのことだったとはいえ、あれからの私の行動にも至らぬ点があったわ。悲しいことに、私たちは同じ姓を持ち、本来ならば支え合うべき間柄であるはずなのに……
なのに彼は、一人のよそ者を――社会の最底辺にいるような、何の先見性もない輩を盲信し、ウルサス全土を恐るべき災厄の渦中に巻き込んでしまったの。
彼の軽率な行動によって、私たちの踏みしめているこの大地は今、希望の見えない未来に直面しているのよ。
もしこの期に及んで、私のように忠実な親族であり臣下である者までも門前払いにされるのなら……一体、誰が彼の味方になってくれるのかしらね?
アナスタシア
……なるほど、そういうことですか。
叔母様は、私に何をしてほしいのでしょう?
エリザベト女大公
どうか彼を、そしてウルサスを救ってあげて、愛しのナースチャ。
あなたならできる。そして、これはあなたにしかできないことよ。
なぜなら、あなたにも……あのお方の血が流れているのだから。
フョードル
……
お前の忠誠を疑うべきではなかった、親愛なるヴィッテよ。
だが、もし事態の結末がお前の言う通りになるとしたら、余の我儘を許してくれ。その時こそ、余は自ら前線へと赴くつもりだ。
ヴィッテ
陛下!?
フョードル
忠実な兵たちが、余のため戦ってくれている。第二軍が反旗を翻した今、自ら赴くことこそが、人心を奮い立たせる唯一にして最も効果的な手段なのだ。
ヴィッテ
なりません!
フョードル
余を信じてくれ、ヴィッテ。ガラスの城に守られた脆弱なブリキの兵などではなく、余は――
このウルサスを統べる皇帝なのだ。
恭しい侍従
陛下、サンクト・グリファーブルクの電力管理センターより報告が入りました。
フョードル
何があった?
恭しい侍従
電力網について、隔離されていた故障箇所が修復されました。変圧器の準備さえ整えば、いつでも一部区画への電力供給を再開できるとのことです。
ヴィッテ
その故障箇所は、元々どの支線にあったものですか?
恭しい侍従
先日新設されたエネルギーパイプと接続されている線です。ただ、発電設備自体は旧式のものがそのまま使われております。
本来は航行停止期間中の臨時使用に留める予定でしたが、少し前にその回線上でトラブルが発生したため、原因究明のため一時的に故障箇所を隔離しておりました。それが今、修復された次第です。
フョードル
……
わかった、下がってよい。
焼け石に水ほどのエネルギーで、このウルサス全土を満たせるとでもいうのか?
ヴィッテ
いいえ……これは一つの兆しでございます、陛下。
事態はまだ、最悪の状況へと向かってはいないということです。
エリザベト女大公
しーっ、彼女は眠りに就きました。どうか起こさずに……
???
(サーミ語)入れ込んでしまっているのね。
エリザベト女大公
分別はついています。
???
(サーミ語)それに魅入られた人は、皆そう言うわ。
(サーミ語)たとえそれが、空っぽで形ばかりの偽物である上に、あなたたちが見聞きするすべてが、あなたたち自身の欲望の投影に過ぎないとしても。
エリザベト女大公
それほど心配されるのであれば、ここに残って私を助けてくださいませんか?
あなたのそのシャーマンの目で、私の代わりにすべてを見通してください。
???
(サーミ語)お断りよ。それは私たちの取引には含まれていないもの。
(サーミ語)儀式は終わったから、私はもう行くわ。
(サーミ語)低俗で愚かしい欲に呑まれて身を滅ぼす前に、私との約束を忘れず果たして。
通信越しの声
本隊……撤退……
最後の命令だ……感染生物の……掃討を――
ウルサス兵士
……承知しました。
また置き去りにされた挙句、後始末役かよ。
彼は通信機を辺りに放り投げると、酒を一口あおった。
朝はフィールドキッチンでパン生地をこねていた彼は、強引に上官に引き摺り出されていた……
源石クロスボウを扱うのは今日が初めてではないが、命を奪うのは初めてだった――もっとも、変異した動物に過ぎないが。
出発の際、彼は蒸留酒をありったけバッグに押し込んだ。そして矢を放つ度に一口あおる。そうしなければ、指先の震えを止められないのだ。
ウルサス兵士
……
一匹の雲獣、いや、雲獣のような生物。
あのふわふわした小動物たちが元気にキッチンへやって来ては、前足でズボンの裾を引っ張る姿を兵士は思い出した。彼はいつもパンを半分渡して、代わりに愛らしい頭を撫でさせてもらっていた。
ウルサス兵士
ごめんな、相棒……
彼がふらりと地面に倒れた生物に近づき、右手を差し伸べると――
突然その生物は跳び上がり、ひとすじの黒い影と化して兵士に襲いかかった。彼は悲鳴を上げ、とっさに両手を構えて身を守ろうとする。
ウルサス将校
この役立たずが! 何度言わせるんだ? 武器をしっかり構えて、狙いを定めてから放て!
この*ウルサススラング*どもを始末した後で、そのクソったれの強烈な酒で溺死させてやろうか!?
将校が部下を叱り終えるや否や、変異した生物は胴体を矢で貫かれたまま、叫び声とともに再び跳び上がった。
その瞬間、二人が反応する間もなく、燃えるような熱風が彼らの脇を吹き抜ける。異形の生物は瞬く間に灰燼と化し、通りにも黒々と焦げついた大穴が開いた。
ウルサス兵士
なっ!? お前は――
ウルサス将校
……待て、お前は武器を下ろし、周囲の警戒にあたれ。彼女は私が相手しよう。
タルラ
彼もお前も、ここに残るべきではない。
この生物たちが街中を這い回っている。誰一人、ここに留まってはいけないのだ。
ウルサス将校
レユニオンの者よ、お前にあれこれ言われる筋合いはない。上官からの命令は市街区の放棄のみであり、撤退指令は出ていない。
ならば、この狂った化物どもをゼルグラードから出すわけにはいかん。南西に逃げれば、そこの住民たちに病を撒き散らすだろう。
そのために誰かが残らなければならない……数百の命が数万の命と引き換えになるのなら、安いものだ。
タルラ
多くの軍人がレユニオンとの対峙を止め、民衆の退避を黙認しているようだな。
それも「指令」か?
ウルサス将校
いや、それは我々の現場判断だ。一時的ではあるが……お前たちの勝ちと言っていい。
第一軍とて敗北を経験したことはある。だがガリア人の重砲の前に晒された当時でさえ、最年少の新兵すら戦線を退かなかった――折れた脚を引きずりながら、陛下の援軍を待ち続けたのだ。
そして、ゼルグラードは第一軍の管轄下にある……後世のウルサス人は、その地が帝国の誇り高き最前線であり、すべての化け物の命が潰えた地だと語り継ぐだろう。
だから、もし我々を殺しにここへ来たのではないと言うのなら、どうかウルサス軍人としての使命を全うさせてくれ。
相手の首肯を確認すると、年配の将校は警戒を解いた。そうして彼は近くの兵士たちを呼び、誰もが沈黙を保ったままどこかへと去っていった。
タルラ
……
優雅な声
フッ……
相変わらず、高尚な御託にあっさりと揺さぶられてしまうのだな。それがお前の永遠の弱点か? 我が親愛なる……
タルラ
お前は――!
聞き覚えのある声が響く。その刹那、彼女は長剣を引き抜いた。
だが声のする方を見ても、その人物の姿はどこにも見当たらない。タルラの目の前に広がるのは、廃墟と化した街並みだけだった。
トゥーリン
本隊はすでに撤退した。
リュドミラ、レユニオンの皆はまだ市内で軍と抗戦している。加勢する人手を向かわせようか。
クラウンスレイヤー
いや、連中に任せておけ。ああいう市街戦こそレユニオンの得意分野だ。それに、お前も市内の戦闘の激しさを見ただろう。
とはいえ、お前たちを侮っているわけではない……ここにいる、まだ武器を握れる者は、身近な仲間を守るために残るべきだ。
トゥーリン
レユニオンの戦い方を実際に目のあたりにして、確かに驚かされたよ。
クラウンスレイヤー
……私ももう、あいつらの仲間をやめて久しい。
だが念のため、後で様子を見てこよう。それに、レイドたちにこちらの状況を報告しなければ。
トゥーリン
わかった。私は安全のために、皆を森の奥まで移動させておくよ。後で森の西側の境で合流しよう。
クラウンスレイヤー
決まりだな。
だがその前に……
お前の正体を知りたい。
「トゥーリン」
やっぱり、気づいていたんだね……
クラウンスレイヤー
イヴァン・トゥーリンは立派な戦士だった。もし、誰かがその名を騙っているのなら、理由が知りたい。
「トゥーリン」
それこそが理由だよ。
イヴァン・トゥーリンの名は、北原における旗印なんだ。私は、その名前が人々の視界から消えてほしくなかった。
クラウンスレイヤー
つまり、彼はもう――
「トゥーリン」
もう三年ほど前のことになる。彼はついに、監視隊の捜査から逃げ延びることができなかった。
クラウンスレイヤー
……
「トゥーリン」
彼から教えを受けて救われたのは私だけではないし、私が最も彼の跡継ぎに相応しいわけじゃないことは百も承知だよ。それでも、誰かがこの役目を背負うべきだって思っていたんだ。
他に名乗りを上げる者を待ってみたけど、誰も手を挙げなかった。だから、私自身が立ち上がるしかなかったんだ。
クラウンスレイヤー
その真実を知れば、タルラは落胆を隠せないだろうな……だが、私はお前を信じよう。
そろそろ教えてくれないか? お前の正体、本当の名を。
「トゥーリン」
……ミラーナ。
ミラーナ
ただのしがない坑夫で、農家の娘だよ。
実を言うと、坑夫の皆も知っているんだけどね。でも慣れているせいか、トゥーリンと呼んでくれているんだ。
ただ、もし仲の良い友人が私のことをミラーナと呼んでくれるのなら、とても嬉しい。
クラウンスレイヤー
ああ、ミラーナ――
???
ううっ……ぐすっ……
ミラーナと名乗った若者は、少し申し訳なさそうにクラウンスレイヤーに頷くと、その場を後にした。
そして彼女は、泣き声のする方へとゆっくり歩み寄っていく――そこでは一人の少女が、地面に散らばる壊れた部品を前に泣き崩れていた。
ウルサスの少年
泣かないで、ヤナ。僕も一緒に探すからさ。きっと元通りにできるよ。
ウルサスの少女
無理だよ……ううっ……わたしたちじゃ無理だもん。これはパパにしか直せないの。
ミラーナ
お嬢ちゃんたち、どうしたの?
ウルサス労働者
ああ、この子がうっかり転んだ拍子に、懐中時計が壊れちまったんだ。
この子の父親は……若い方のレトフさんは、ここで一番の時計職人だったんだ。だが今朝、倒壊した屋根の下敷きになってな。残された形見はこれだけなんだ。
若者は頷き、左膝をついて少女と目線の高さを合わせると、右手を伸ばして彼女の泥だらけの上着を整えてやった。
ミラーナ
……ヤナちゃんと呼んでもいいかな?
ウルサスの少女
……うん。
ミラーナ
あなたのことは覚えているよ。ずっと勇気いっぱいに避難していたからね。泣いてる理由は、この時計のことだけではないよね?
ウルサスの少女
パパ、死んじゃったの……それに、わたしたちのお家も、なくなっちゃった……
わからないよ……これからどこに行けばいいの……? もう何もわからない……
ミラーナ
きっと、それは私たちの誰にもわからない……
でも、前に進み続けるんだ。次の家を見つけられるまでね。
イヴァン・トゥーリン
……もう戻っていい、ミラーナ。君の足の怪我はまだ治っていないだろう、ここまで見送ってくれただけで十分さ。
ミラーナ
リターニアはすごく遠いじゃないか、トゥーリン。これが最後のお別れになるかもしれないのに。
イヴァン・トゥーリン
そうかもしれない……けど、あそこならウルサスの憲兵はいない。しばらくは落ち着いて勉強や創作に打ち込めるはずだ。
ミラーナ
うん。雲を突くような高塔については聞いたことがあるよ。それと魔法や音楽が、凍えるような夜でさえ暖かくしてくれることも。
イヴァン・トゥーリン
あいにくだけど、私に暖かさは必要ない。私に必要なのは、人々のために火種を見つけ出すことだから。
ウルサスの寒さは痛感しているけど、私も兄と同じく、その根源を絶つ方法がわからない……だからもっと多くのことを見聞きして、この大地で苦しむ人々の顔をしっかりと目に焼きつけないと。
リターニアへの旅は罰ではないさ。あの傲慢な経典の数々を解き明かして、最も難解な呪文でさえ労働者たちが理解できる言葉に翻訳してみせる。そして、寒さそのものをこの世から消し去るんだ。
ミラーナ
私にもわかるような言葉に、だね。
イヴァン・トゥーリン
はは、その通りだよ……ミラーナ、友人として君に一つ、大切な頼みがあるんだ。
私が去った後、ここにいる、すべての人を……鉱区で血を吐く坑夫たち、それと雪の中でパンを探す子供たちを、君に託したい。
ミラーナ
……トゥーリン、冗談だよね? 私はあなたとは違う、ただの平凡な人間なんだよ。
イヴァン・トゥーリン
いいや、私もただの平凡な人間さ。だが、偉大な人物もみな揃って平凡な人間なんだ。
偉大さとは、決して生まれ持った天賦の才なんかじゃない。重責を担おうとする者が受け止める、無数の平凡な人々の期待なんだよ。
彼はミラーナに右手を差し出した。
イヴァン・トゥーリン
約束してほしい、ミラーナ。私が名誉を携えて戻ったとしても、血に染まった紙切れしか送れなかったとしても、君は生き延びると。
私の代わりに彼らを見守ってほしい。ただ苦しみに耐えさせるのではなく、その苦しみの中で根を張らせてくれ。
ミラーナ
トゥーリン……またあなたに会えるかな?
イヴァン・トゥーリン
生きてさえいれば、どうにかして手紙を送るよ。
だけど今は、別れの時が来たみたいだ。
さようなら、親愛なる友よ……
もし人々が二度と夜明けを迎えられなくなった時は、どうか君なりのやり方で、凍える夜の一つひとつに火を灯してほしい。
ミラーナ
私たちが歩く道は、どこもでこぼこで泥だらけだ。どんなに立派な大人だって転んでしまう。
そういう時は、私たちが間違ってるんじゃない。私たちが立って、走っているこの場所こそが間違っているんだ。
たとえば、ヤナちゃんのパパはいろんな懐中時計を直せるよね? でも、もし時計のケース自体が歪んでいたら、いくらパパが部品を綺麗に磨いたって直せない。それと同じことだよ。
だから、私たちにできるのは、新しいケースを見つけて部品を入れ直して、前より良くすることなんだ。そうすれば、パパもきっと、ヤナちゃんのことを誇りに思うはずだよ。
ミラーナが話し終えて顔を上げると、いつの間にか労働者たちが自分と子供たちの周りに集まっていた。
皆がその言葉に真剣に耳を傾け、中には目に涙を浮かべている者もいた。
ミラーナ
ヤナちゃん、それに皆……今日、あなたたちは故郷を離れなくてはならないけど――
途方に暮れた市民
助けてくれ……一体何がどうなってるんだ?
空からは爆弾が降ってくるし、地上はそこら中を化け物がウロウロしてて――
どうして……軍隊の連中はいなくなっちまったんだ? もうここの管理を諦めて、俺たちを守ることも止めちまったのか?
俺たちは……また見捨てられたのか……
コシェルナ
……なぜ他者からの救いを待つ?
なぜいつまでも他者が与える庇護に依存し、この都市の虚構の春に溺れようとする?
君たち自身も、あのように踏ん反り返る者たちと同じ力を持っているのではないのか?
白髪のリーベリは、すでに過去のものと成り果てた廃墟の上から見下ろしていた――故郷から離れることを望まない人々が、静かに彼女の前に集まり、その言葉に耳を傾けている。
労働者もいれば、軍人も、老人や子供もいる……ウルサスのどの都市でも見られるような顔ぶれであり、人々は迷いを抱きながらも、たくましく生きていた。
コシェルナ
ゼルグラード市民たちよ、君たちの強さを称え、勇敢さを賞賛しよう。
だが敬愛すべき友よ、帝国が君たちをどのように形容しているか、聞いたことがあるだろうか――「忍耐」、「善良」、「従順」、そう……
奴らは君たちの額に「忍耐」の烙印をキスと共に刻み込んだ。
奴らは君たちの血を抜き、代わりに「善良」を注ぎ込んだ。
奴らは君たちの心身を擦り切らし、その歪んだ意志に「従順」でいるようにした。
奴らは平等の旗を掲げながら、君たちに等しく困窮を与え、君たちの運命への情熱と勇気を、怨恨と嫉妬にすり替えた。
そして何より、奴らは君たちの唇を封じて、あの神聖な言葉を口にすることを、恥辱だと教え込んだ――「力」という言葉を。
そう。「力」とは本来、君たちの生命に満ち溢れているものだ。
奴らは知っている。ひとたび君たちが己に力があると信じれば、あの壮麗な宮殿も権威も、君たちの手で完膚なきまでに打ち砕かれてしまうということを。
ウルサス人よ、君たちならできる――
アナスタシア
……叔母様、あなたがそう望むのでしたら、やってみせます。
彼らに信じさせます。私の声を……ウルサス全土に、サンクト・グリファーブルクまで届かせてみせます。
エリザベト女大公
ええ、親愛なるナースチャ。彼らを見てごらんなさい。皆、あなたを待ちわびているわ。
高潔な皇女はわずかに頷くと、歩みを進めて階下へと降り、飢えに苦しむ人々の傍まで近寄った。
やせ細り憔悴しきった人々は、飢えから頭を垂れており、その丸めた背中は薄暗がりの中でさらに小さく見えた。彼らが心に思い浮かべ、望むものはただ一つ――
「佯狂者」。
彼らはかつて甘んじて耐え忍び、今は渇望し求めている。だが人々がそれぞれの祈りの言葉を口にするよりも早く、平穏でありながらも有無を言わせぬ声が、彼らの耳元に注がれた。
アナスタシア
苦難にあえぐ兄弟姉妹たちよ、ウルサスの民たちよ……私は戻ってきました。
その声は、誰の元へも等しく響き渡った。まるでその声に包まれれば、あらゆる不公平が清算され、すべての苦痛が救済されるかのようだった。
アナスタシア
私は見てきました。あなたたちが涙を枯らし、なおも慈悲深き者からの救いを求めて泣き叫ぶ姿を。
私は見てきました。あなたたちが全身に鞭打たれた痕を負いながらも、ぬかるみの中で這いつくばって前へと進む姿を。
そして今日、あなたたちは私に出会いました――ウルサスの皇女たる私に。
その私から、あなたたちに告げましょう。忍耐の意義を。
パン、チーズ、ベーコン……突如として、それらは空から降ってくるかのごとく現れた。
その場にいる人々は、もがきながら顔を上げ、手を伸ばした。落下物で傷だらけになったとしても、誰一人として不満を漏らさず、ただ天地を揺るがすような「万歳」の声だけが響き渡る。
彼らは佯狂者に向けて両手を合わせた。
一方の女大公は、自らの城の上空を見つめて頷いた。
アナスタシア
ウルサスを愛する皆様、私の言葉に耳を傾けてください……
あなたたちの、涙に濡れた瞳が見えたのです――
アナスタシア
傷口が裂けたからといって、泣き叫んではいけません。それは魂の塵を洗い流してくれているのです。
苦難が訪れたからといって、呪ってはいけません。それは永遠の狭き門を押し開けてくれているのです。
コシェルナ
苦難は君たちが生涯汲み取り続ける栄養であり、無限の力をもたらしてくれるものだ。
その力を使い、君たちの苦難を愉しむ者たちに報いを与えなさい。
ミラーナ
いつか私たちは、受けた苦難に見合う存在となり、その苦難をもって命の重さを測ることになる。
でも、私たちは決して苦難を讃えはせず、苦難を消し去りたいと願う。なぜなら、生まれながらにして苦しむべき人なんて、誰一人としていないのだから。
アナスタシア
私たちは、誰もがいずれ死にゆく存在です。ですがどうか私に、この世に留まる間の短い幸福を約束させてください。
すべては美しきものへと変わり、あなたたちの血肉に刻まれることでしょう。雪原に残した血痕は、どれも神聖なる国へ続く絨毯となるのです。
コシェルナ
聞こえるだろうか? 君たちの魂が呼んでいる。それは悲鳴を上げながら、略奪と征服を渇望している。
もはや忍耐などしてはならない。幾度も繰り返す忍耐は、自らを害することに等しい。なぜなら、この凍土の上に永遠にそびえ立つのは、強者の特権だけなのだから。
ミラーナ
どうか、私についてきてほしい。私たちこそが道を切り拓く先駆けになろう。
張った氷の表面にほんの少しでも亀裂を入れられれば、激しい川の流れがあらゆる束縛を押し流してくれるはずだ。
アナスタシア
胃袋を満たすだけのパンなど、最も取るに足らない権能に過ぎません。
私がウルサスに両腕を広げさせ、その広大な胸のうちを、二度と涙が流れることのない安息の地へと変えてみせましょう。
コシェルナ
私が見る未来には、黄金の聖像もなければ、崇高な主もいない。そこにあるのは、ただ強者が肩を並べて歩む姿のみ。
征け、風雨に轟く雷霆たる者たちよ。我々の意志で、ウルサスの秩序を打ち立てるのだ!
ミラーナ
すべての種から出る芽が氷雪を突き破れば、荒野は白一色ではなくなる。それは、誰かにパンを恵んでもらう必要のない未来だ。なぜなら、誰もが皆のために、自ら耕すのだから。
私たちはもう孤独な種ではなく、一面に連なる麦畑になるんだ。その日は必ず来る。明日の太陽が必ず昇るように――
アナスタシア
さあ、ウルサス人よ。先駆者の歩みに続きなさい。
私の瞳に映るあなたたちは、すでに……
天国にいるのです。
スチョーパ
よし、オレグの奴も行ったな。全員退避完了だ!
さてと、操作マニュアル、コントロールパネル……
チッ、面倒だな。
どれどれ……
……このデカブツの安定した運行に八人も必要なのには、ちゃんと理由があるってわけだな。
まあいい、自爆攻撃をかましてやるだけなら、そこまでの人数はいらないだろう。
プリセットさえ調整しておけば――
……
司令部か。まだ何か指示が?
途切れ途切れの声
……帰……
スチョーパ
ああ、忘れてた。ステルス状態に移行してしばらく進んでたから、そろそろ通信の限界距離を超えるのか。
よく聞こえないし、もう切るぞ。
途切れ途切れの声
配置……
……「セーチン」、全員……
スチョーパ
何を言ってるかさっぱりだな。まさか「セーチン」の全員を帰隊させろってことか? なら簡単だ、すぐ行ってやる。
途切れ途切れの声
……ラージン――
スチョーパ
「全員」かどうかはわからねぇけどな。
だが少なくとも「リヴァーノフ号」をそっくりそのまま「お返し」してやれるんだ。有終の美ってやつだろ。
操作マニュアルの手順に従い、青年はコントロールパネルのボタンやノブを一つずつ調整し、対応する数値を確認していく。
そしてすべてに問題がないと確認すると、保護カバーを上げ、その下のボタンを押し込んで航行モードに固定した。
スチョーパ
航行日誌、記録。1102年1月22日、「リヴァーノフ号」は開けた場所で方向転換を行った後、全速前進する……
目標は、第四軍主力艦隊旗艦。