暗きに涌く波

衛兵
トーニャ、これが最後の警告だぞ。
次またデマを流してパニックを煽るような真似をすれば、さらに厳しい処罰を下す。しっかり反省することだ!
トーニャ
……
昼間でも駄目なら、あとは……
熱心な住民
トーニャ、大丈夫か?
トーニャ
マルク? みんな、あたしを待ってたの?
気遣う住民
あの衛兵が下であんたに掴みかかったのを、みんな見てたんだよ。まさかまた留置所に入れられて、今出てきたところかい?
言わせてもらうけど、これ以上こんなことを続けるのは本当によしときなって……家族のことも考えてあげなよ。
あんたが毎日言ってんのは、結局のところどれも根も葉もない噂でしかないんだからさ。
熱心な住民
そうだぞ、トーニャ。それより、あいつに怪我をさせられなかったか? こっちは診療所から戻ってきたばかりなんだ、お前まで怪我したら、もう一回足を運ぶことになっちまう。
トーニャ
あたしは大丈夫。マルク、診療所へ行ってきたんだね。ナデジダさんはなんて言ってた? うちの妹の具合はよくなった?
熱心な住民
妹さんの症状はひとまず悪化してなかった。そんなに心配するな。
トーニャ
あたしが仕事用の上着を持ち帰って洗ったりしたから、あの子があんな変な病気にかかったんだ。心配するなって言われても――
気遣う住民
そんなこと言わないの、トーニャ。その「変な病気」とやらが本当にあったとしても、市の偉い人たちがなんとかすることだ。あたしらは自分たちの面倒だけをしっかり見てればいいんだよ。
何日かして妹さんの具合が良くなったら、みんなでお肉でも食べない? 盛大にお祝いしようじゃないか!
熱心な住民
そうだそうだ、最近ソーセージを新しく作ったばっかりだしな!
気遣う住民
ようやくできたんだね! ゼルグラードに来た次の日にはもう食べたかったのに、ずっとありつけなくて――
トーニャ
でも、まだキリルが見つかってないし……
熱心な住民
だろ! 今回のやつはいい出来なんだ。さっき二本切ってみたんだが、手が脂まみれになっちまったよ。
気遣う住民
そいつをスープに入れて煮込んだら……うわぁ、よだれが出そうだよ……
トーニャ
みんな、何のんきに言ってるんだ! キリルがいなくなってからもう何日も経ってて、家まで行ってドアを叩いても誰も出ないんだ。あんたたちも会ってないだろ?
冗談で言ってるわけじゃない。今は絶対に気を緩めちゃいけない時なんだ!
情熱的な住民
……言っただろ、トーニャ。
お前は自分を追い詰めすぎだ。
トーニャ
あたしは――
気遣う住民
本当に忘れちまったみたいだね。前にキリルの家で不幸があって、奥さんも子供も亡くなったじゃないか。このままここに残っても、辛いだけだろうさ。
キリルはゼルグラードを離れて、実家に帰ったんじゃない?
別れの挨拶がなかったのは確かに変だけど、だからってあいつが失踪したんだとか、あんたの妹さんの変な病気と関係あるんだとか、そう決めつけるのはよくないって……
それに、もし本当に何かあったんなら、警察が調べに来るんじゃないかい?
トーニャ
なら、何事も起こってないみたいに振る舞えっていうの? ニーナの体にできたあの変なシミやあざを、あんたたちだってはっきり見たはず――
情熱的な住民
ああ見たさ。お前の言う変な病気って、せいぜいが吹き出物やシミができたりする程度だろ? この天気と環境だ、誰の体にだって多少はできてる。ちょっと休めば治るさ。
お前はあの白衣の連中が着てる服に何か問題があるって言い張ってるが、俺だってお前と同じように彼らの服を洗濯したことがあるんだ。それでも何ともないじゃないか。
彼は笑いながら話し終えると、ごく自然にトーニャの肩に手を置いた。その密集した腕毛の下には、緑色のシミが見え隠れしている。
トーニャは勢いよく飛び退いた。しかし彼女は自分の行動をどう説明すればいいかわからず、他の者たちもその場で呆然として、互いに顔を見合わせた。
情熱的な住民
……トーニャ?
気遣う住民
もうやめとこう、これ以上トーニャにプレッシャーをかけないであげて。
トーニャ、皆の安全を心配してくれているのはわかってるし、あたしらも感謝してる。だけど、変なことを言いふらすのはもうやめときな。
今こうしてここに住めてること自体、どれだけ幸せなことか。ウルサスの他の場所に比べたら、ゼルグラードはずっと春が続いてるようなもんだよ。これを大事にしようって思わないのかい?
明日は一緒にニーナのお見舞いに行って、その後で学校に他の弟や妹たちを迎えに行こう。みんなで思いっきり食べて、思う存分酒を飲んで、悩みは全部忘れるんだ、ね?
トーニャ
……
情熱的な住民
こいつの言う通りだ、トーニャ。
全部良くなっていくさ。
夜、街は凍りついたような静寂に包まれていた。
黒い影が塀を乗り越え、長らく放置されていた倉庫に降り立った。彼女はつま先立ちになり、床一面に散乱したガラクタを慣れた身のこなしで避けていく。
トーニャ
……よかった、ちゃんと全部ある。
これ以上は待てない、明日にでも――
???
何をしようというんだ?
トーニャ
――誰!?
……あんたは一体――うぐっ!
クラウンスレイヤー
声を出すな。肩の骨を折られたくなければな。
トーニャ
……あ、あんたは誰? 何を知ってる?
あんたは――あんたはレユニオンの計画を邪魔してるんだ、あたしの仲間が絶対に許さない!
クラウンスレイヤー
……
虚勢を張るな。ずっとお前の後をつけていたからな。お前とお前の「仲間」が、レユニオンと何の関係もないことはわかっている。
瓶五本分の可燃物に、一束の源石爆薬か。こんなちっぽけなもので第一軍が守りを固めるゲートを突破しようだなんて……レユニオンはそこまでバカじゃない。
トーニャ
……こんなものであいつらをどうにかできるなんて、最初から思ってない。でも、この数日間で起こったおかしな出来事は、絶対にあの石壁の向こうで行われてる実験と関係があるはずなんだ。
クラウンスレイヤー
だから壁に穴を空け、大きな火を放ち、全員の注目を集めようってわけか。
十分に大きな騒ぎさえ起こせば、軍が隠しているであろう研究所での怪しい出来事も、白日の下に晒されるはずだって算段か?
だがお前が用意したものは、こんなガラクタだけだ……
あの忌々しい壁が何でできているか、調べてすらいないだろう。
トーニャ
壁はただの壁、どうせ石とか鋼鉄でしょ。それ以外何があるの? 人が作ったものなんだから、必ずどこかに綻びがあるはず。
クラウンスレイヤー
……私に片手で押さえつけられる程度のお前が、あの巡回している衛兵たちの目の前で爆発物を仕掛けられるとでも?
トーニャ
練習はした。何も準備してないってわけじゃない!
クラウンスレイヤー
実地での練習は? 奴らに見つからない距離から、正確に投擲して起爆できると思っているのか?
トーニャ
あんたはわかってない! あんたは見てないから――あたしたちゼルグラードの住民が、わけのわからない危険に晒されてるのを理解してないんだ! あたしがみんなの注意を引かないと、たとえ――
クラウンスレイヤー
まだわからないのか!?
お前の目の前に立っているのは第一軍なんだ。一人の力で奴らに立ち向かおうなんて、絶対に不可能だ。
お前に協力しているように見える「仲間」たちも、所詮は何も見えていない一般人の集まりに過ぎない。誰一人として、本当の意味でお前の味方になってはいないんだ。
それに、なぜ異変の原因が壁の向こうの実験に関係していると断言できる? 実験の存在を知っていても、詳細は何もわかっていないだろう……
それで、お前は大きな騒ぎを起こした後、寄ってきた民衆にどう説明する気だ?
トーニャ
……せめて、まずは目を向けさせないと……
クラウンスレイヤー
目を向けさせたいのなら、まずは今の状況を正しく認識すべきだろう。お前の隣人はもちろん、最も身近な家族ですら、お前の言うことを完全に信じているかわからないんだぞ?
泣いている女の子
お姉ちゃん、今日は迎えに来てくれるの?
もうマルクおじさんの家にいたくないの、あそこはわたしの家じゃないし、おじさんたちに迷惑をかけたくない……
トーニャ
……もう少しの間だけの我慢だよ。ニーナが元気になって、春が来たら一緒にピクニックに行こう、ね?
泣いている女の子
ニーナはよくなったの? お姉ちゃん、お姉ちゃんは大丈夫? 寝るとき以外、全然会えないし、働きすぎだよ。
トーニャ
……
泣いている女の子
家にいる時だって、お姉ちゃんはいないみたい。何回も呼ばないと返事してくれないし、テーブルにも、ベッドのそばにもお姉ちゃんはいないし――
もうわたしたちのこと、抱きしめてくれなくなったし。どうしてなの、お姉ちゃん?
お姉ちゃん、いったい、何をしているの……
トーニャ
……
でも、どうしろって言うの? あたしは……
あたしは試した。考えられる方法はほぼ全部試したんだ。ニーナはまだ診療所にいるし、あの変なあざも広がってるかもしれない、あの子のお見舞いに行くことすら怖い――
他に、どうすればいいんだ……
クラウンスレイヤー
落ち着いたか?
トーニャ
あんた……レユニオンのこと、ずいぶん詳しいみたいだったね。
クラウンスレイヤー
それはどうでもいいことだ。
自分が今何をすべきか、知りたいか? お前にできることは、実のところ最初からたった一つしかない――
他の証拠を集めろ。
トーニャ
他の……
クラウンスレイヤー
もっと事実が必要だ。お前の妹の病気が何らかの特例ではなく、その原因がすべての人に影響を与えうると証明するための事実が。
まず奴らに、自分たちの命にも関わる事実だということを理解させろ。奴らがお前の提案を考えるのはそれからだろう。
トーニャ
……
レイド
……
落ち着いた若者
……
レイド
ワリア、手を離せ。
(小声)そいつらの後ろに衛兵がいる。
落ち着いた若者
ありがとう……
真面目な衛兵
どうした――
ああ、二階か。もう人が入っていたんだったな、すっかり忘れていた。
上に行くぞ、ついて来い。
レイド
あなたたちも、今日ゼルグラードに着いた感染者なのか?
落ち着いた若者
私たちは――
真面目な衛兵
早くしろ、ここで立ち話をしている場合じゃない。
お前たちはこれから同じ工業区画で働くことになる。話す時間なら後でいくらでもあるから、さっさと行くぞ。
レイド
……
真面目な衛兵
誰が私と下に行って、登録の手続きをするんだ?
落ち着いた若者
すみません、少し待ってください。伺いたいことが……もし二階に他の人が住んでいて、一階が警備室と公共スペースだとしたら、私たちの同行者のうち、あぶれた人はどこに住めばいいんですか?
焦る坑夫
まだ部屋を割り当てられてない仲間が三人もいるの。
真面目な衛兵
誰かと同室で我慢したらどうだ? もしくは彼らを別の建物に案内し、一旦そこに住まわせることはできる。
だがあと数日待てば、ここにまた空き部屋が出るかもしれないからな……
落ち着いた若者
(「あと数日待てば」……?)
真面目な衛兵
どうする?
若者は隣の者と視線を交わすと、衛兵に向かって首を横に振った。
落ち着いた若者
同室で我慢することにします。
「石鹸は泡立ったか?」
???
「ナイフはまだ熱い。」
遅刻した労働者
悪いな……ちょっと通してくれ。
まったくしつこい奴らだったよ。すまない! 第一小隊はこれで全員揃ったはずだ。
あっ、パヴェル隊長!
男は前列の坑夫に向けて、不格好な敬礼をした。
パヴェル
(頷く)
落ち着いた若者
皆、お疲れ様。
パヴェル
先生、俺たちは当初の予定通り、潜入後は手分けして行動し、適切な合流地点を見つけましたが、それから連絡が取れないことに気づきました。先生が連絡の再開手段を見つけてくれてなければ……
落ち着いた若者
連絡がついて安心したよ。緊急時の対応を準備しておいて正解だったね。この合流地点はどういう状況?
パヴェル
あくまで臨時の拠点です。生活層が団地と一部の工業区画を繋いでることはもう判明してます。ゼルグラードの土地は貴重なので、この巡回頻度からして、放棄状態は続かないでしょう。
長居はできません。先生がしようとしてることの察しは大体ついてますし、俺も支持してます。ただ、まずは他の皆に事情を説明する必要があるかと。ここは手早く済ませましょう。
落ち着いた若者
わかった。
皆、聞いてほしい。
私たちがこの都市に入った最大の目的は、ここの状況を探り、私たちより先にここに入ったきり音沙汰のない感染者たちを見つけ出すことだ。
ゼルグラードは明らかにおかしい。どこもかしこも厳しく監視されていて、前に私たちが入った他の移動都市よりも難しい状況だ。
衛兵の巡回ルートを把握するためには、もう数日観察が必要だと思う。でもゼルグラードに入った感染者が分散して収容されている状況については、より正確に理解することができた。
同時に、私が皆と話したい点についても浮き彫りになった――私たちは今まで多くの都市や村を通ってきたけれど、衛兵が街や住民の住まいの中に現れて、高頻度で巡回する状況は初めてだ。
困惑する坑夫
都市に入った時は、通りにはあまり衛兵がいませんでしたね。住んでる場所の近くの方がよっぽど多いくらいです。このこと自体がおかしいですよ。
落ち着いた若者
その通り。だから、まだ暗くならないうちに少し探りを入れてみたんだ。
緊張する衛兵
最後の警告だ、これ以上近づくな!
とにかくここを通すわけにはいかない! その仲間の名前と特徴を言え。軍が捜索する。
落ち着いた若者
待って……あそこにいるのは――
カール? カールなのか!?
衛兵は一瞬固まり、無意識に若者が叫んだ方向へと視線を向けた。しかしその隙に、一見ひ弱な若者は軽く身を屈めると、しなやかな動きで彼の脇をすり抜け、数歩分ほど先に進んだ。
緊張する衛兵
*ウルサススラング*、全員集まれ! あいつを止めろ!
怒号が次々に上がり、重々しい軍靴の音が四方八方から近づいてくると、若者はたちまち黒い軍用コートの輪に取り囲まれた。
包囲網から手が伸び、その華奢な肩を掴もうとする。しかし凶悪な顔つきをした衛兵は、誰一人として武器を抜くような動きを見せなかった。
焦る坑夫
危ないじゃないですか! 次にそんな危険な真似をする時は、事前に相談してからにしてください。
落ち着いた若者
ありがとう。だけど私が危険を冒してあんなことをしたのは、衛兵たちが殺傷能力のある武器を身に着けていないことに気づいたからだよ。
結局思った通り、衛兵たちからは何もされなかった。多分、そういうことはできないんだろう。
困惑する坑夫
つまり……連中はただ私たちを監視したいだけで、傷つけるつもりはないってことですか?
なんだか、ちょっとマシな刑務所みたいですね。
落ち着いた若者
いいや、実際は刑務所よりもひどい場所だよ。ここにいるのは看守じゃなく軍隊で、軍の意図なんて私たちにはまったく見当もつかないからね。
あるいは……その意図自体が、そのまま突然ゼルグラードの門を開いて感染者を受け入れた理由になるのかもしれない。
困惑する坑夫
それって――
迷う坑夫
……俺は地元の感染者に混ざって、午後の間ずっと粘ってようやく少しだけ情報を聞き出せたんです。
……今では感染者の大多数が軍に保護され、軍の指定した住居に割り当てられてるそうですよ。
でも、その前までは多くの人が地元の診療所に集まってたとか。そこの医者は感染者かどうかなんて気にしないし、工業区画の外じゃ流通してない「配給券」で支払わせてくれるんです。
落ち着いた若者
「配給券」ってあの、紙みたいに薄く延ばされた、ここでしか見れない金属片のこと?
迷う坑夫
はい。俺たちは早く来たんで、昨日のうちに何人かはそいつを手に入れました。変な話ですが、ここの給料は日払いらしくて……
話が逸れちまった。とにかく、ゼルグラードの最新の感染者政策が出てからは、皆あの診療所は絶対に軍とつるんでるんだろうって勘ぐってるんです。
ひょっとすると、実は軍のためにずっと情報を集めたり、鉱石病を研究したりしてるんでしょうか? もし軍が俺たちを囚人扱いしてるなら、その診療所ってのも……
落ち着いた若者
……わかった。皆、よくやってくれた。
彼の言う診療所というのは、どうにも怪しいね。私たちで一度調べてみないといけない。
まずは全員戻って準備をしつつ、通達を待ってくれ。武器を運ぶ時は痕跡を残さず、あまり大きな音を立てないように。
一同
はい!
クロージャ
オールクリアだよ。この部屋には監視カメラも盗聴器も一切ない。クリーンな状態だよ。
念のために、壁にはジャマーを貼っておいたからね。使い捨てだけど、少なくとも気づかれるまでは役に立つよ。
アーミヤ
衛兵の方によると、第一軍の元帥が、ロドスへの待遇をかなり高く設定してくれたそうです。最高級の部屋を手配していただけただけでなく、護衛として多数の兵士の配備まで……
クロージャ
言い換えると、監視ってとこかな。
Mon3tr
つまり、ホテルの外にいるあの衛兵たちは……
クロージャ
そうだろうね。ここに来てから、なんかずーっと得体の知れない感じがしてるし。
今日の昼間、接続エリアであたしたちを足止めしてきたあの防護服の人とか!
アーミヤ
もし……あの方が言っていたものが、源石粉塵でも、鉱石病でもないのなら。
もしこの大地に、私たちがまだ知らない重い病があるのだとしたら……
クロージャ
実は鉱石病の新しい症状だったりしないのかな? どうしてクライニ・セーヴェルから真っ先に「鉱石病が変異した」って情報が出てきたのか、Raidianが報告書で仮説を立ててたよね。
後になって、あれは女大公の仕掛けた目くらましだったってことがわかったけど。そうじゃなくても渦中の人間からしたら、普通は感染者の症状が変異したって思うんじゃないかな?
アーミヤ
前回と同じように、より多くの情報が得られるまで判断はできません。
Mon3tr
昼間、街でここの人たちに質問してみたんだが、揃って何も話したくない様子だった。
こう言った方がいいかな。世間話をしている時は普通なのに、「街で何か変わったことは起きていないか?」と切り出した途端に、聞こえなかったように話し続けるか、黙り込んでしまうんだ。
アーミヤ
私たちを案内してくれた将校の方も同じです。また、現地の人とはあまり接触しないようにと注意されました。
私たちの安全を考えてのことなのか、それとも別の理由があるのか……
Mon3tr
昼間に話をした人たちも、壁の向こう側に何があるかは知らないと言っていた。現地の人間なのに、あっち側は彼らにとっては別の都市のような口ぶりだ。
妙だよね。第一軍は、ここに収容されている感染者を、石棺研究のための労働力としては使っていないようだし――なら、連中はいったい何のためにこんなことを?
アーミヤ
ゼルグラードで対外的に開放されているエリアは、見た限り普通の移動都市と大きく変わらないようです。第一軍が設置した石棺研究所の所在地は、壁の向こう側以外にありえません。
ですが、道案内してくださった将校の方の反応から考えると、壁の向こう側に行くにはヴィッテ議長がくださった通行許可証だけでは足りないようです。
それに、本来私たちの応対を行うはずの元帥に至っては、何一つ連絡をくださっていません。
Mon3tr
えっ、そうか? 私はそれほど感じなかったけど。
アーミヤ
私は気がついていました……この異常な暖かさは、常識では説明がつきません。
ヘラグさんが言っていた、戦場に現れた謎の新型爆弾のことを覚えていますか、ドクター?
もしかしたら、あれが石棺と関係しているのではないかと……なるべく早く、より多くの情報を手に入れなければなりません。
クロージャ
こういう時こそ、我らが情報マスターの出番でしょ――Raidian、いける?
Raidian
うん、私のアーツなら、壁の向こう側の通信を一部傍受できるはずだよ。
ジュナーから自治団が入手した識別コードを受け取ったけど、あれこそまさに大型軍用施設が使ってるものでしょ? そういう施設から出てる電気信号は、基本的に特殊な周波数を使ってるんだ。
どうする、ドクター?
うん、それじゃあ始めるね――
バチッ――! 静電気が弾ける音が、静かな部屋では不協和音のように聞こえる……
ここの面々は、これまで幾度となくRaidianがアーツを使う場面を目にしてきた。それにもかかわらず、全員が徐々に皺が寄っていく彼女の眉間と、わずかに震える唇を注視して息を呑んだ。
Mon3tr
(小声)Raidian、本当に大丈夫なのか?
クロージャ
(小声)彼女を信じよう。だって彼女はこの分野のプロ――
Raidian
うっ――ああっ!
Raidianはよろめきながら一歩踏み出すと、そのまま地面へと倒れ込んだ。
一同
Raidian――
アーミヤ
オーバーロード反応! 救急用の薬は持ってきています、Raidianさん、もう少しだけ持ちこたえてください!
Raidian
うっ……
ここ……電磁……放射線……
アーミヤ
Raidianさん!
淀んだ水のように静まり返った夜、整然とした足音だけが遠くから響いてくる。周囲ががらんとしているせいか、その音は異様に大きく聞こえ、無視できないほどに響き渡っていた。
このエリアを担当する巡回部隊が交代するまでに、哨戒所の隣にある休憩室には食料と清潔な水が用意されていた。他の部隊がこれまでに享受したことのない優待だ。
若将軍がゼルグラードに戻って以来、時々彼らの勤務時間は一、二時間短縮されるようになった。物資に余裕が出た場合は休憩室に置かれ、彼らは家族のために持ち帰ることができた。
その理由を知る者も、深く追及する者もいない。何にせよ、悪いことではないのだから。
もちろん、誰かの手が加えられているのではないかと疑う者もいない。しかし彼らがいつものように腹を満たした後、その夜しばらくはこの休憩室から出ないように、ある者が手を打っていた。
シルカ
(巡回ルートから考えて、彼らと交代する部隊は約四分後に現れるはず。)
(アナトリー本人が来なくても、少なくとも彼の親衛隊はやって来るはず。「若将軍の代わりに巡回」……確かそう言っていた。)
慌てる衛兵
う――うごごっ!
シルカ
よく考えた? 考え終わったのなら喋らせてもいい。さもないと、隣で倒れているあなたの仲間たちと同じ末路を辿ることになる。
慌てる衛兵
(大きく頷く)
ふう……はぁ――
シルカ
今日あなたたちと交代するのは、あの若将軍の部隊?
慌てる衛兵
お、俺は会ったこともない。何も知らないんだ――
シルカ
(手を振り上げる)
慌てる衛兵
本当に何も知らないんだ! 毎回上官から「あとは誰かが引き継ぐから哨戒所に留まれ」とだけ告げられて、誰が引き継ぐかなんて聞いていない。
だが、もし本当に若将軍だとしたら、筋は通る……
シルカ
もしそうじゃなかったら?
慌てる衛兵
きっと他の巡回部隊のはずだ。だが、全員分の勤務表は毎日埋まっているから、同じ時間帯に二つのエリアを同時に見ることは不可能なんだ。
勤務表に載っていない新しい部隊――若将軍の親衛隊でも参加しない限りは。
シルカ
どういう意味?
慌てる衛兵
交代に来るとしたら、若将軍が連れてきた親衛隊しかありえない。この場合なら、たとえ本人がいなくても、親衛隊が代わりに巡回しに来ているに違いない。
シルカ
……
(小声)来た。
若い声
……燃料の準備はどうなっている?
低い声
全て、仰せの通りに進んでおります。
若い声
このロットで十分か?
低い声
今のところ、不足しているという報告は受けておりません。
若い声
奴らを見張っておけ、すべての工程を内々で行う必要がある。僕はいかなるミスも許さないぞ……
わかっているだろうな。
話しているうちに、若い声の主がシルカの視界に少しずつ姿を現した。
彼女は「若将軍」を直接見たことは一度もなかった。しかしこの瞬間、なぜか彼こそが自分の探している相手だと確信できた。
ゼルグラードの「暴君」、第一軍元帥の一人息子……
シルカ
(小声)アナトリー・スヴェトラーノフ・ブテリン。
サーチライトの光の下で、浮かび上がっては消える傲慢不遜な表情と、若き日の元帥の肖像画によく似た顔立ちを見据えながら、シルカは短剣を構え、さらに深い闇の中へと身を潜めた。
標的の周囲を固める護衛、どうでもいい。隣にいる見知らぬ少女、気にする必要はない。肝心なのは、一撃で命を刈り取れる急所――首、心臓、あるいは大動脈の位置だけ。
彼女にとっては手慣れたもので、何一つ手抜かりはない。だが予想外なことに、狩人がまさに狙いを定めたその時、獲物もまた唐突に気配を察知したのだ。
アナトリー
――誰だ!?
ヒアダ
えっ?
ヒアダ
!
アナトリーさん――
その瞬間、彼女のアーツはすでに暗殺者にとって完璧とも言える舞台を整え終えていた――獲物が狩人の気配を察知したところで、もはや彼女の凶行を止める術はなかった。
どこからともなく巻き起こった風が服を激しく波打たせ、一気に迫る足音を、地を蹴る音を、そして短剣が空気を切り裂く音すらも掻き消した――
シルカ
悪いわね、「若将軍」。
あなたの命、借りるわ。他に使い道があるから。
アナトリー
――!
音は聞こえずとも、護衛たちはこの突然の侵入者に気づいていた。
だがその時は、すでに凶器は標的の首筋を深々と貫き、鮮やかに引き抜かれた後だった。
シルカは急いで逃げようとはせず、間髪を容れずに次の一刺しを加えようとする。しかしその瞬間、彼女は先ほど貫いたはずの傷口から、血が一滴も流れていないことを悟った。
シルカ
なっ――
「貫いた」のは、黄金色をした硬い物質だった。
それは到底、人間の肉体を構成するものには見えなかった。
アナトリー
ぐぅっ……
シルカ
これは、何?
どうして、私は確かに――
興奮した兵士
刺客だ――まだそっちにいるぞ、早く捕まえろ!!
シルカ
……
アナトリー
追え……早く――
追え!!!
興奮した兵士
追え! 逃がすな!
二人ほど残って若将軍とヒアダ様を護衛し、残りは俺に続け!
落ち着いた兵士
若将軍、傷口が――
ヒアダ
……私に見せてください。
彼の傷口を、私に見せてください……
彼女の両手が少年の首元に触れる。
彼の襟元には元々大きな源石結晶が一つ隠されていたが、今は血肉ごと切り裂かれ、骨が見えるほどの深い傷口ができているはずだった。
だが、彼女の手が触れた実際の傷口は、想像していたほど深刻なものではなかった。
ヒアダ
……ふぅ。もしかしたら、源石が傷口の修復を始めているのかもしれません。それほど心配する必要はなさそうですね。
アナトリー
なんだって?
ヒアダ
その……源石があなたの傷口を修復しているのかもしれません。痛みは感じますか?
アナトリー
あの時は言葉を発することも……いや、声を出すことすらもできなかった……一度死んだような感覚だった。
ヒアダ
もしかしたら、彼女はあなたの体表にある源石結晶を切り裂いただけなのかもしれません……ごめんなさい、彼女を止めることができなくて……
アナトリー
いや、いや、いや。お前ごときに何ができるって言うんだ。お前みたいなひょろひょろの体じゃ、僕を庇って一刺しを受けるのも無理だっただろ。
もしかしたら、さっきあの女は、本当に僕を一度殺すことに成功したのかもしれない。お前がいなければ――お前の「奇跡」がなければ、僕は今頃死体になっていた――
頸動脈を貫かれることと皮膚をかすめられることの違いくらいは、僕にだってわかる。
ヒアダ
「奇跡」などではありませんよ……はぁ。
アナトリー
いいから、今のが何を意味するのかを教えろ。僕はもう死なない、そうなんだろう? たとえ一万回暗殺されたとしても……僕はもう死なないんだ。
そしてこのすべては、ひとえにお前のおかげだ。僕の苦痛を消し去ることはできるが、救えはしないと言ったお前のな。
お前は「本物」だ。僕を救ってくれた友達だ。これで二度も……
うっ……
最初の興奮が収まると、少年の声は次第に静かになっていった。彼の生理機能の大部分が、傷口の修復に消費されているのだろう。
ヒアダ
今はただ、体を休めてください。
アナトリー
教えろ、僕はどう報いればいい……
……お前に、どう……
彼はすぐに意識を失った。
ヒアダ
……見返りなんていりません、アナトリーさん。
私の行いに、見返りは必要ありません。永遠に……
ヒアダは顔を上げ、兵士たちが追いかけていった方向を、暗殺者が逃げ去った方向を見つめた。
彼女はあの瞳を思い出した。自分が暗闇の中で見た、明るく、落ち着いた瞳を。
同時に、それは追い詰められた、危険な瞳でもあった。
ヒアダ
彼女も感染者……
どうしてこんなことになってしまったのでしょうか? 私にできることはあるのでしょうか?