歴史の奔流

「……パヴェル、次に危険に遭遇した時は、隊の学生たちを先に逃がすんだ。彼らは一番わかりやすい格好をしているし、脅威度が低いと見なされやすいからね。」
「彼らはトゥーリスカヤ総合技術学校に在学していたから、感染者の中でも生存の優先順位は高くなる。もし彼らが逃げ延びることができれば、少なくとも戦力を温存できるはずだ。」
「いいや、命はもちろん平等だよ。だが私たちの築こうとしているものに犠牲は避けられない。理想のためには、私たち一人ひとりが自分の命の価値を極限まで発揮する必要がある。」
「悲しい? 確かにそうかもしれないね。だけど、私にはもう悲しみに浸る余力はない。むしろ怒り、抗うために力を残しておきたいんだ。」
「どうか信じてほしい。どれほど凍てつくような寒い夜を過ごすことになろうと、最後には必ず、陽の光が私たち一人ひとりを平等に照らしてくれるということを。」
真面目な学生
私たちはもう第二エリアの真下まで来た。この通路には見覚えがあるわ。コンクリートの柱に別々の色の印があるの。出口はもう目の前よ。
ヒアダ
少し待ってください、私たちはこのままここを離れてしまうのですか? あなた方の仲間がまだたくさん残っています。彼らはどうなるんでしょうか?
真面目な学生
先生とパヴェルさんが私たちを先に行かせたのには、きっと理由があるはずよ。私たちは一足先に動いてるだけで、皆も軍への対処を終えたら、きっと合流しに来るから。
静かに――端に寄って隠れて。誰か来たわ!
緊張した声
さっき人影が見えた。間違いなくこっちに逃げたはずだ。
横暴な声
惑わされるな、他の感染者どもはどうだっていい。だが若将軍は、あのコータスだけは絶対に見つけ出せと仰せだ!
ヒアダ
あの人たちは……私を探しているのでしょうか?
電子音
武器を捨ててください、そうすれば処分は軽減されます!
武器を捨ててください――
アナトリー
そのうるさいのを黙らせろ。
恭しい衛兵
は、はい!
スピーカーを切れ!
アナトリー
捕らえた人数が思ったより少ないな。状況を報告しろ。
恭しい衛兵
ご報告いたします、若将軍。状況は以下の通りです。
最初は三時頃に、第三エリア地下層の出入口付近で、巡回部隊が集団を見つけました。どうやら地下層から密かに団地まで潜入するつもりだったようです。
圧倒的な人数差に加えて、元帥が定めた「感染者資源」を傷つけてはならないという明文の規定もあることから、我々は追跡の最中に不覚にも一部の者の行方を見失ってしまい――
殺人者は耐え難い頭痛を和らげようと、ひたすら額を押さえる。刀を振り抜く瞬間、彼は一瞥もくれなかった。
アナトリー
……もっと簡潔に話せる奴を寄こせ。
落ち着いた若者
……
正直な衛兵
ほ、報告します、若将軍!
本来は――本来はもっと人数がいたのですが、巡回部隊の人手不足が原因で、一部が身分確認の前に地下層へと逃げ込んでしまいました。
地下層は状況が複雑で、追跡が困難です。ですが、そもそも初めからこのようなミスを起こすべきではありませんでした。これは我々の失態です!
アナトリー
よく舌も回るし、反省もできるみたいだな。だが、まさかそれで失態を帳消しにできるとは思っていないだろう?
正直な衛兵
そ、その――
兵士は思わず下に視線を向け、数秒前に倒れたばかりの、まだ生温かい同僚の死体を何度も横目で見ていた。
彼はふと、ある噂を思い出した。若将軍アナトリーは、くどくどと話す者を嫌い、身の程を知らない者を嫌い、そして――
本当のことを言わない者を嫌っているという。
衛兵/若者
処罰を受け入れます!/私から説明させてください。
アナトリー
……
正直な衛兵
お前――お前、何を言っているんだ?
落ち着いた若者
私から説明させてください、当事者ですから。
アナトリー
ふん、英雄様自ら名乗り出たか、ご立派なことだな。お前とその仲間に対する違法集会と逮捕拒否の容疑について、何か言うことはあるか?
パヴェル
先生――
落ち着いた若者
(首を横に振る)
私たちは逮捕を拒んでいるわけではありません。なぜなら、違法集会などしていませんから。ここに留まっているのも、公正な裁きを待つためです。
アナトリー
もっと面白い言い訳をするかと思っていたが……
つまらんな。
その若者が説明を続けるよりも早く、若将軍は兵士たちの列へと振り向いた。
アナトリー
ここにいる感染者は全員、お前たちの仕事に協力するのを拒んでいるんだろう?
つまり、逮捕拒否ということだ。
落ち着いた若者
待ってください!
アナトリー
一人や二人の抵抗なら、お前たちでも力ずくで連行できただろう。だが大勢で抵抗されると、途端にどうすればいいかわからなくなるようだな。
僕に言わせれば、融通が利かない上にどうしようもないバカだ。
正直な衛兵
どうかご処罰を――
アナトリー
だが安心しろ、僕は寛大な人間なんだ。こういう状況にどう対処すべきか、手本を見せてやる。
その瞬間、アナトリーはすでに動き出していた。
少年の動きを捉えるよりも早く、若者の目にぎらつく刃の光が飛び込んでくる。傍にいた者が咄嗟に前に出て若者の体を引いていなければ、回避する術などなかっただろう。
パヴェル
ぐはっ――
落ち着いた若者
パヴェル!
若者は先ほど、重装に身を包んだ兵士の命を、その刀が造作もなく刈り取る瞬間を見たばかりだ。しかし、目の前で仲間の命があっさり消し去られた今、その現実を呑み込むことはできなかった。
年長の坑夫は、はっきりと遺言を残す暇すら与えられなかった。ただ大きく目を見開き、若者の両手をがっしりと掴んだまま絶命していた。
背後の集団から、堪えきれずに漏れた悲鳴とすすり泣きが響く。その時になってようやく、若者はそれが取り返しのつかない現実なのだと悟った。
アナトリー
……こんな風に、奴らに警告を与えろ。一人殺してわからないようなら、二人殺せ。誰かが命令を聞くようになるか、そうせざるを得なくなるまではな。
もちろん、母上の命令は重要だ。だが、やむを得ない特殊な状況、そう、たとえば今のような状況なら……生きている感染者も、死んでいる感染者も、大した違いはないだろう?
これが、僕の判断だ。そしてこの僕、アナトリー・スヴェトラーノフ・ブテリンこそが、ゼルグラードでの全権を握っているのさ。
さて、僕の刀が別の誰かの首を切り落とす前に、反抗したがりな仲間がどこへ逃げたかを教える気になった奴はいるか?
悲しみ怒る坑夫
この狂人め、私たちは決して――
もう一つの死体が地面に倒れる。この光景は、二つの命がすでに失われたという事実をありありと物語っていた。
仲間の血がブーツを染める。それでも若者は下を向くことはなく、顔を上げたまま、アナトリーの目を正面から見据えていた。
落ち着いた若者
なぜそれほど憤るのですか? あなたが失敗したという事実は、どれだけ命を奪っても変わることはありません。
あなたは何をしても許されるかのように豪語していますが、物事を思い通りに進める方法は知らないようですね。その刀では、私たちの口をこじ開けることも、求める情報を得ることもできません。
それに、あなたが内から溢れる憤りに囚われている間に、私たちは仲間のために十分な時間を稼ぐことができました。
アナトリー
貴様、僕を愚弄する気か――
少年は怒りに顔を歪め、再び殺戮の刃を振り上げようとした。しかし若者の表情に、彼が期待していた怯えの色は一切見えない。
この若者だけではない。その背後に立つ仲間も、どこにでもいる坑夫や農民に過ぎないにもかかわらず、誰一人として見慣れた行動を――浮き足立ったり、無様な命乞いをしたりすることはない。
アナトリーはそこで不意に悟った。彼が行おうとしていた無差別な殺戮は、この殉教者たちの望みを叶えるだけだということを。
アナトリー
……もうたくさんだ。
今夜はもう、十分すぎるくらい茶番を見せられた。
こいつらを全員殺せ。それからさっさとここを片付けて、早くヒアダを――
???
もうやめてください!
アナトリー
――!
ヒアダ――?
ヒアダ!
ヒアダ
すみません、アナトリーさん。あなたがここにいると聞いて――
アナトリー
やっぱり戻ってきてくれたか! 逃げたわけじゃなかったんだな!
でも、だとしたら、どうして一人で離れたんだ?
お前はずっと僕の傍にいるべきだ。そう約束してくれただろう? 「約束」って言葉の意味がわからないのか?
ヒアダ
私……誤解させてしまいましたね。申し訳ありません。
ですが、ここは……何が起こったんですか?
アナトリーは前に出て、どうにか自分の体でヒアダの視線を遮ろうとした。だが視線を遮ることはできても、臭気までは隠せない。
気温の低い夜でも、すでに血生臭さは辺りに立ち込めていた。
ヒアダ
……アナトリーさん。
無闇に人を殺さないと、私に約束しましたよね。
ヒアダは非難の色が声に滲まないよう気を遣った。これ以上相手を刺激するつもりはなく、少しでも状況を悪化させるような事態も避けたかった。
この感情の起伏が激しく、それでいて強大な権力を持った少年にどう接するべきか。その正解を把握できていれば……どれほど良かっただろうか。
アナトリー
ああ、約束したな。
ヒアダ
アナトリーさん……
アナトリー
だけどお前は僕の傍から離れた。約束を破ったのはお前の方じゃないか。
ヒアダ
あなたが眠っている間に、私はできることをしに行っただけです。前にも話したことですし、あなたも構わないと言ってくれましたよね。
アナトリー
たとえ僕が本当に何か約束していたとしても、それは僕たちが一緒に行動することが前提だ。
ヒアダ
……はぁ。もしあなたが、いつもそうして勝手に条件を変えるのなら、私もわからなくなってしまいます。これからはどんな風に――
違います、まずは私の話を聞いてください――
アナトリー
お前にそんな恐ろしい考えを植えつけたのは誰だ? 言え、誰がお前にそう吹き込んだんだ――
今までは一度も疑わなかったのに!
刀が屑鉄のように地面に投げ捨てられ、鈍い金属音を立てた。
アナトリーはコータスの華奢な肩を掴んだ。そして周囲の驚きの声を顧みず、そのままの勢いで右膝を地面に近づける――
そうして、彼はヒアダの前で片膝をついた。
ヒアダ
あ――
アナトリー
どうやら誰かがお前に悪い影響を与えたみたいだ。教えてくれ、僕はどうすればいい? どうすれば、お前は思い直してくれるんだ?
お前の理想を実現させ、その偉大な才能を生かし続けることができるのは、僕だけなんだ。僕なら叶えてやれる。ただ――ただお前がもう二度と、僕の傍を離れさえしなければ。
許してやる! お前のすべての過ちを許す。黙っていなくなったこともだ。
だからお願いだ。もう二度と僕から離れないでくれ……あんな恐ろしい言葉は、もう二度と口にしないでくれ。
ヒアダ
……約束します。
あなたも約束してくれるなら。もう無実の人をみだりに殺さないと……
適切な言葉を探している間、ヒアダは顔を上げて道の中央に横たわる死体へと視線を移し、さらにその死体の向こうにいる感染者たちを見た。
彼らはどこか似通った、痛みと警戒が入り混じった複雑な表情を浮かべていた。
ヒアダ
ここに今も残っている感染者の方々を、これ以上傷つけず……罪のない人々の命を、一つとして奪わないでいてくださるのなら。
約束しましょう。
これからは、あなたの傍にいると。もう二度と離れないと。
アナトリー
……
副官。
大胆な従者
……はい、何でしょうか?
アナトリー
このクズどもを全員解放して、団地へ追い返せ。空いてる建物の一つにでもまとめて監禁しろ。
それから僕の配下から砲兵部隊を一つ回し、奴らの周囲に配置して厳重に監視しろ。
ヒアダ
アナトリーさん……?
アナトリー
これでいいんだろう。もうこれ以上、あんな下賤な奴らに構うな。
一緒に帰るぞ。
ヒアダ
……
廃棄された倉庫に一人残された彼女は、座り込んだままその一夜を過ごした。空は間もなく白み始めようとしている。
トーニャ
「まず奴らに、自分たちの命にも関わる事実だということを理解させろ」……
どうやって彼らに伝えればいいんだろう……
ゼルグラードは、あたしたちの安住の地なんかじゃないってことを……
???
大丈夫? トーニャ。
トーニャ
ナデジダ先生……
ナデジダ
待たせちゃったわね。このところ急患が増えていて、一度忙しくなると手が離せなくなってしまうの。
気分が良くないようだけど、気持ちを落ち着かせる薬をいくつか出しましょうか?
トーニャ
いや、大丈夫。あたしと妹のためにここまでしてもらって、あんたには本当に感謝してるんだ。
それで妹の病状は――
ナデジダ
慌てないで、トーニャ。昨日急いで妹さんをここに送ってきたばかりでしょ。まずは症状を落ち着かせてみるわ。それに、あなたに聞きたいこともまだたくさんあるの。
まず知っておきたいこととして、家族で他に似たような症状が出た人はいなかった?
トーニャ
いや、今のところはいない。
念のため、他の弟や妹たちを近所の家に預けて、先生の提案通りに感染源を調べてきた。
ナデジダ
手がかりは見つかった?
トーニャ
考えられるのは一つだけ……あたしの作業着の上着だ。
あの上着は行政からの支給品で、生地が厚くて風を通さない。停電してた数日間、ニーナが体を冷やさないように、その上着で包んであげてたんだけど――あれが間違いだったんだ!
あの子は家にいたんだ。だから外のものに触れたとしたら、あたしが近くに置いてた作業着の上着以外ありえない。
それに上着をよく調べたら、確かに変な……粉を、粉塵のようなものを見つけたんだ。
ナデジダ
粉塵?
トーニャ
うん……あんなものは見たことがない。粉塵みたいに上着にくっついてた。たぶん、あたしが洗濯仕事をした時に付いたんだと思う。
ナデジダ
誰の洗濯物を洗ってたの?
トーニャ
第一軍……正確に言うと軍の内部研究員たち。最近はずっと彼らのコートを洗ってる。
もしかして、この変な病気は彼らと関係があるってこと?
ナデジダ
……まだ断言はできないわね。
トーニャ、あなたの考えはわかってるわ。でも、もし本当にその粉塵が病気の原因だったとしても、私たちにそれを証明する方法がないの。
それは、あの壁を越えなければわからないことでしょう?
トーニャ
……あたしの妹はどうなる? この病気はあの子にどんな影響を与えるの?
ナデジダ
ごめんなさいね、トーニャ。多くの本を調べたけど、まだ既存の病気で似た症状のものを見つけられてないの。
少なくとも二人、あるいはそれ以上に同じ症状の患者が出てくるまでは、これがただの特殊な症例かどうかを確信することはできないわ。
この奇病については、もっと情報が必要なのよ……
トーニャ
はぁ……
優雅な声
一人だけ真実が見えている気分は、決して良くないようだね?
トーニャ
うん……どうしたらみんなに信じてもらえるか、全然わからない。
優雅な声
どうか、彼らのことは責めないであげてくれ。
彼らは生まれてから今に至るまで、この大地から何一つ未来を約束してもらえなかったのだろう。だから目の前にある幸せを掴んでしまえば、真実に目を向ける勇気を失ってしまう。
彼らは目を覚ましてくれた人に感謝することもなく、なぜ素晴らしい夢を見ていたのに邪魔したのか、と君を責めるだろう。
未来に絶望しか抱けない時、「目先のものしか見ない」ことは、一部の人々にとって生存の知恵となる。
トーニャ
誰のことも責めるつもりはないよ……あの人たちにとって、この問題は差し迫った危険じゃないから。
……待って、あんたは誰? 初めて見る顔だぞ!
優雅な女性
警戒しなくていい。私も労働者の一員として、彼らと共にこの街へ入ってきた者だよ。
君たちの生活を邪魔するつもりはなかった。今回はただ……古い友人のために来たんだ。
彼女はここに現れるかな? わからない……だが、彼女が大きな舞台を欠席することは滅多にないからね。
トーニャ
何を言ってるか全然わからない。他に用がないなら――
優雅な女性
それは残念だ。私は君の言っていることを理解できる者ではあるのだが……それに、君が何を探しているかも知っているよ。
そして私は、眠れる者を起こし、臆病な者を強くすることを常に心がけている。
もしかしたら、君と私は互いに助け合えるかもしれない。もし君さえ望むならだが。
トーニャ
!?
優雅な女性
ああ、自己紹介が遅れたね――
コシェルナ
お会いできて光栄だ、トーニャさん。私はしがない教師……コシェルナと呼んでくれればいい。
シルカ
……
(今度こそ……完全に撒けたはず。)
(狙われているのは足ばかり。つまり衛兵は、私の行動能力を奪おうとしている――でも、なぜひと思いに殺さないの?)
奇妙ね……
……ふぅ……
……うっ――
???
まだ血が出ている。血の匂いは追っ手を引き寄せるぞ。
シルカ
誰――
???
手短に話そう。
あなたが何をしたかは知っている。追っ手は代わりにいくらか始末しておいた。今の出血量からして、あと三分もすればあなたは失血のショックに陥るだろう。
まずは止血して、それからあなたを……いくらか安全な場所に運ぼう。
シルカ
……あなた、一体何者なの?
???
気にするな。それに、あなたに選択の余地は残されていない。死力を尽くして私を傷つけることくらいはできるだろうが、割に合わないだろう。
シルカ
……
???
そうだ、それでいい。
これ以上話すな、体力を温存しておけ。
ワリア
レイド、外を見てきたんだ。どうだったと思う?
昼間会った奴らと、そいつらと一緒にここへ入ってきた連中がみんないなくなってたんだ。三階から五階まで全部空っぽさ。それに、足音もほとんど聞こえなかっただろ?
で、他の部屋も同じかどうかを確かめるために、いくつか鍵をこじ開けて中を見てみたんだが――
レイド
次からは鍵をこじ開けず、ノックだけにしろよ。
もし連中も俺たちみたいな状況だったら、ここへ来て最初の夜に安心して眠れるはずがない。
ワリア
あいつらは前の連中と同じようにこっそり連れ去られたのか、それとも自分たちで出て行ったのか、どっちだと思う?
レイド
彼らは全員坑夫だった。装備からして、北からずっと下ってきているんだろう。その北ってのがクライニ・セーヴェルかどうかは、現状ではわからないけどな。
まずは情報にあった例の工業区画に行ってみよう。
ワリア
これまで聞かなかったが、そこまであいつを信じてるのか? もし連れ去られた連中を探しに行くってのが真っ赤な嘘で、持ってきた情報も間違ってたら――
レイド
そんなことをしたいなら、この二年余りの間に、俺たち全員を殺して逃げる機会はいくらでもあったはずだ。なぜ彼女はそうしなかった?
ワリア
あいつが何を企んでるかなんて、俺が知るわけないだろ!
レイド
知らないなら黙ってろ。二度と俺の前でそんなことを言うな。できないならナインのところへ戻って、脳味噌をもう一度作ってから出直してこい。
ワリア
……俺はあいつを妄信してないだけだ!
レイド
その疑念を抱くこと自体は問題ない。だが今は、できる限り心の中に留めておけよ。
俺たちが足を止めて全部を整理できるのは、当分先のことだ。
ワリア
……誰もいないな……
……最近まで誰かが働いてたようにも見えないぞ、だいぶ放置されてたんじゃないか?
天井もボロボロだし、設備らしい設備もない。どうやらまとめて引き払ったみたいだな。
レイド
……
生産拠点の移転だとさ。
ワリア
何だって?
レイド
ここに来たばかりの時、衛兵が家の説明をしてくれた。その際に聞いたんだが、以前俺たちの棟に住んでた住民は全員「たまたま」生産拠点が移転したことで、他の場所に配置転換されたらしい。
だが変だな。「たまたま」かどうかはともかく、生産拠点の移転が一つの移動都市の異なる区画の間で発生することなんて、滅多にないはずだ。
そんな必要性はロンディニウムやサンクト・グリファーブルクのような超大型移動都市でしか発生しないし、そういう都市でしか実現できない。
それに、ロンディニウムで生産拠点を移転した企業はどれも、最終的には工場を市内の他の区画ではなく、周辺の小型移動都市へと移したんだ。
ワリア
……あんた、何でそんなに詳しいんだよ。誰に教わったんだ?
レイド
もっと本を読むことだな。
ワリア
はいはい……
でも、確かにゼルグラードはただの中型移動都市だ……それも、小型移動都市をベースに改築されたもののはずだ。地図に載ってない拡張ブロックがそこら中にあるらしい。
レイド
問題は多いが、一つずつ片付けていこう。ここには人っ子一人いないし、宿舎も同様だ。ひとまず考慮に入れなくても――
いや、待て。
ワリア
どうした?
レイド
……前の方に何かある――
ワリア
おい!
レイド
いや、いい。
ワリア
は?
レイド
お前の言う通りだ。次こそ彼女が一体何をしているのか問いただすべきだな。
あいつは、俺たちにある者を残していったようだ。
ナデジダ
ええ。確かに典型的なアーツのオーバーロード反応ね。だけど、急性の神経衰弱も併発してるから、単一の応急薬では十分な効果は期待できないわ。
私の所にも、これ以上の効果が見込める治療手段はないわ。鎮静剤を打ったらしっかり休んで。神経衰弱の症状が緩和するまで、アーツは使わないように。
(小声)よかった……あの手の症例じゃなくて。
アーミヤ
先生……症例とは?
ナデジダ
何でもないわ……ところであなたたち、この患者に対して、ずいぶん正確な症状判断ができてたわね。最初の対応もそれなりに正しかったみたいだし。ちょっと医療を齧ってたりするのかしら?
Mon3tr
「医療を齧ってる」だって? 私は――
ナデジダ
どうりで……それにしてもおかしな話ね。最近、ここゼルグラードには、やたらと「医者」がやって来るのよ。
よし、私の役目は終わったわ。それじゃ帰るわね――
アーミヤ
先生、お待ちください!
少しお聞きしたいのですが、先ほど私が診療所までお送りした、あの患者さんについて……先生は、他に何かご存じでしょうか?
ナデジダ
救われなかった哀れな人のうちの一人というだけよ……それ以上、私に何を説明しろって言うの?
アーミヤ
あの患者さんが診療所に運ばれた時、先生はあれほど奇妙な症状を目にしたというのに、少しも驚かれてはいませんでした。
きっと、以前にも同じような症状の患者を診察されたことがあるんですよね? この街で、あの病気に罹っている方は他にどれくらいいるのでしょうか?
ナデジダ
あのねお嬢さん、この大地にある不治の病は、鉱石病だけじゃないの。人を殺せる病気なんて他にいくらでもあるのよ。
それに、ゼルグラードで何かが意図的に伏せられてるとしたら、必ず理由があるわ。生憎、私は自分から厄介事を抱え込むつもりはないの。
あなたたちがどんな医者で、なぜこの街に来たかなんて知ったことじゃないわ。私から言えるのは、一刻も早くここを離れて、この厄介事に巻き込まれないようにしなさいってだけよ。
アーミヤ
でも、先生ご自身もここを離れてはいませんよね?
先生も患者さん方を助けることを諦めていないのですから、私たちの目的は同じはずです。
ナデジダ
私はただご飯を食べるために自分の仕事をしてるだけよ、おだてるのはやめてちょうだい。
はあ……私はね、まさにそういう聞こえがいいだけで何の価値もない言葉を信じたせいで、免許を失ったのよ。
……わかったわ。先に言っておくけれど、あなたたちがこの一件に首を突っ込むのはやっぱり勧めない。でも、どうしても退かないで徹底的に調べるつもりだって言うなら……
あの壁の向こう側から、「汚れた服」を一着持ってきたって言う労働者の人がいたの……
Mon3tr
ドクター、アーミヤとさっきの医者が話していたこと、私はかなり不安なんだ……
五年前に、チェルノボーグでケルシーは石棺を完全に封印したはずだ。
しかし現状、ウルサスが石棺に対して強引に解析を進めている。実物をこの目で確かめない限り、私にも彼らの研究がどこまで進んでいるかは判断できない。
とにかく、私たちはもう待ってるだけじゃダメだ!
Raidian
……私も、賛成……
クロージャ
Raidian! 注射の後はちゃんと休まないと。お医者さんだってそう言ってたよ!
あたしが言うのもなんだけど、エリートオペレーターなら状況判断はあたしより上手いはずでしょ? ひとまずゆっくり休んでてよ。
Raidian
さっき……石壁の内側の状況を探ろうとした時、強烈な反撃を受けたんだよね……とっくに警戒態勢が敷かれて、守りを固められてると思う……
軍のジャミング以外にも……この街全体で、なんだか磁場が変だって感じるし……
ごめんなさい、ドクター……私、今は、これ以上のことができそうにない……
クロージャ
ほら、ドクターがこう言ってるんだし。観念して休も? もし横になるのが嫌って言うなら、起き上がっててもいいけど、ちゃんと毛布を被ってね。さっきからずっと震えてるじゃない。
アーミヤ
ドクター、先ほど目の当たりにした状況からしますと、ゼルグラードで起きている異常事態は私たちの想定を遥かに超えているようです。
あの重症患者の方や、奇妙な生物……第一軍はさらに恐ろしい事実を隠しているに違いません。
軍は帝国議会に反抗する姿勢を取っています。この状況で、第一軍が我々の行動に協力してくれるとは思えません……
Mon3tr
その通り! どうせ初めての状況でもないんだし、ケンカが必要なら全部私に任せてくれ!
クロージャ
「鉄壁の守りにも必ず穴はある」ってね。ウルサス軍であっても、きっとどこかに隙はあるよ。
天才ハッカー・クロージャ様が一番得意なのは、ファイアウォールの脆弱性を見つけることだからね!
騒がしい兵士
止まって! *ウルサススラング*みたいに目の前でちょろちょろしないで。目がチカチカするでしょ。
ボスが連行されてからもう二日も経つのよ、一体いつになったら乗り込んで連れ戻すつもり?
落ち着いた兵士
こういう事態への対処法は準備してある。もし一週間経ってもボスが戻ってこれず、外側で動きもなければ、オレグが代わりにボスを務めて、逃げる準備をする手はずだ……
騒がしい兵士
それ本気で言ってるの? ボスは私たちに「臨機応変に動け」とは言ってたけど、びびったら尻尾を巻いて逃げろなんて言ってないわよ!
落ち着いた兵士
どっちもそんなに違わないだろ。
騒がしい兵士
違うに決まってるでしょ! 酒を飲んでる時になんて歌ったか全部忘れたの? 「自由民が自由に至る道はただ二つ。抜刀し果てなき前進を続けるか、最期に血の海に斃れ伏すか」――
お利口な牙獣みたいにそこら中に噛み付いて回る以外、ここに来てから私たちは何もできてないじゃない!
落ち着いた兵士
停戦中だからな。駐屯地を離れればすぐに見つかるし、周りはエフゲニーの部下だらけだろ。俺たちがやるべきは、ボスの言いつけ通りまずは船を守ることだ。他の奴らに何を聞かれても答えるな。
オレグはもう撤退ルートの計画を立ててるぞ。
騒がしい兵士
それならここを離れる前に、せめて私たちを見下してる奴らにも、ちょっとした代償を払ってもらいましょ。
落ち着いた兵士
お前、物を奪うことと命を守ることのどっちが大事なんだ?
騒がしい兵士
だって私たちは、あのエフゲニーの狂人野郎に飼われてる牙獣なんかじゃないのよ!
牙獣だって追い詰められたら柵を噛み千切るじゃない。もしシルカがここにいたら、絶対に私の意見に賛成してくれたはずよ。
落ち着いた兵士
でもあいつはここにいない、それが現実だろ。
騒がしい兵士
……
落ち着いた兵士
でも、お前の言う通りだ。シルカがいたら、俺たちは今頃とっくに武器を握って旗艦を夜襲してたかもしれないな。
騒がしい兵士
あの子のことが恋しいわ。こんなことになるなら、彼女の技を少しでも習っておけばよかった。ちっ……
興奮した将校
お前ら、サボりは終わりだ。スチョーパの奴が五体満足で帰ってきたぞ!
三分間だけやる。急いで酒と煙草、それに違法アーツユニットを隠せ――
騒がしい兵士
飲んでないわよ!
落ち着いた兵士
吸ってもない。アーツユニットはとっくに隠してある。エフゲニーの部下が調べに来ると厄介だからな。前回は修理中のものすら見逃してはくれなかった。クソッ、根こそぎ持っていきやがって。
騒がしい兵士
オレグ、ボスはどこ?
オレグ
甲板だ! いつ戻ってきたのかは誰も知らなかったがな。俺が見たときにはもうそこにいた。
何か聞いても、微笑むばかりで答えようとしない。まあ無事ならそれでいいさ。お前も知ってる通り、十二月のあの一件以来、皆ピリピリしてるからな。
騒がしい兵士
じゃ、次はどうするの? このまま出発する?
オレグ
警報は一時解除だ。まずはそれぞれ自分の仕事をしてくれ。見張り番は見張りについて、寝る奴は寝ろ。俺は一回りして、何かあれば終わり次第伝え――
???
オレグ、ここにいたか。
騒がしい兵士
ボス!
スチョーパ
ああ。まだ起きてる奴らを全員甲板に集合させてくれ。
重要な話がある。
スチョーパ
全員揃ったか?
オレグ
夜番の奴らは全員来てもらった。
スチョーパ
昼番の奴らが起きてきたら、そいつらにも伝えておいてくれ。
オレグ
総動員だなんて、一体何事なんだ? 前にこんなことがあったのは……
スチョーパ
……
少し前に中部で爆発したやつ、覚えてるか?
オレグ
忘れられるかよ、こんな離れた場所でも聞こえたくらいだからな。爆発後は、妙な色の灰以外に何も残らなかったらしい。ヴィイが人を喰らう光景だって、あれよりヤバいとは思えないな。
スチョーパ
ハッ、「ヴィイが人を喰らう」か……お前の言う通りだ。
ともかく、その爆弾が第一軍の新兵器だ。上の連中は喉から手が出るほど欲しがってる。そして俺たち特殊戦術兵団の出番はいつだってこういう時に来るってわけだ――
青年は肩をすくめ、多数のメンバーがいる方へと振り向いた。彼が再び口を開くと、周囲は静まり返る。そして彼はいつもの軽薄な笑みを浮かべながら、声を張り上げた。
スチョーパ
要するに、俺たちはでかい仕事を引き受けたってことだ。
騒がしい兵士
どういう意味?
オレグ
!?
まさか――
スチョーパ
そのまさかさ。俺たちは第一軍の新兵器を奪いに行く。
オレグ
待ってくれ。まず俺の理解が正しければ、第一軍の方に行くには、絶対に前線を突破しなきゃいけないだろ。つまり、先に第二軍を蹴散らす必要があるってことだ。そんなの可能なのか?
それとも、いっそ迂回するか――
困惑する兵士
もしかして、これは何かの戦術の一環なの?
それか前に反乱を鎮圧した時みたいに、ただ命令を実行すればいいだけなのかしら。
スチョーパ
……
お前の言う通りだ。誉れ高きエフゲニー総司令は、俺たちが第二軍の陣営を無事に通過できる手段をすでにご用意してくださった。
俺たちがやるべきは、ただひたすら……
前進することだけだ。