黙して語らず
反乱する住民
よ、余所者がなんで俺たちのことに首を突っ込むんだ!
それとお前だ! セベリン! 息子があの火事で死んだってのに、まだあの能無し共の味方をするのか!
セベリン
……剣を下ろせ。そして、誰がお前たちをそそのかし、武器を与えたのか話すんだ。
これは最後の警告だぞ。
反乱する住民
ぐっ――!
セベリン
……剣で人を傷つけておいて、今さら逃げ帰ろうとは都合が良すぎるのではないか? まあいい、憲兵隊がお前たち全員の家を訪ね、責任を問うだろうからな。
フォリニック
責任を問うだけですか?
セベリン
具体的にどう「責任を問う」かは、観光客に教える必要はない。
フォリニック
では聞きますが、あなたのぞんざいな態度は「観光客」に対するものなんですか、「憲兵長」?
セベリン
……。君たちは強いな。医師がこれほど戦えるとは思わなかった。
それと……先程の支援には感謝する。
フォリニック
私たちは医師とは言っても、戦闘員として「オペレーター」と呼ばれることのほうが多いですから。
ところで、アントがどこにいるか、そろそろ教えていただきたいのですが?
セベリン
……ここはまだ危険だ、戻って話そう。
フォリニック
……
スズラン
お疲れ様です、フォリニックお姉さん。
ごめんなさい、戦闘ではあまりお力になれなくて……
フォリニック
大丈夫よ、あなたは十分頑張ったわ。というよりも、今のウォルモンドの状況を知っていれば、あなたを連れてこなかったと思うわ。
紛争を止めるだけとは言え、まだ小さいあなたを巻き込みたくは――
スズラン
フォリニックお姉さん!
フォリニック
――あっ、はいはい、リサちゃんはもう大きくなったものね。怪我はしてない?
スズラン
はい、大丈夫です!
ですがお姉さんはずっと、心ここにあらずといった様子でした。どうされたんですか?
フォリニック
……隔離エリアはこのすぐ隣よ。それなのに騒ぎを起こしていた感染者が追い払われた後は、すっかり静かになった。
スズラン
えっと……他の場所とそんなに変わらない様子ですね。
フォリニック
そうね。いろんなお店に喫茶店、コンサートホールにアートサロンの広告だって出てる……
ここに住んでる感染者は、衛兵に捕まることも、凍土に放逐されることもない。普通の生活空間があるだけじゃなく……何て言うか、いい生活ができてるみたい。
それを見たら、感染者の待遇は本当に多種多様なんだなあって思ってね。
スズラン
どの地域でも、感染者にこんな風に優しくしてあげられれば……
フォリニック
私たちは失業するわね。
スズラン
ええっ!? もしそれが理由で失業するなら私は嬉しいですが……ですが! 私はオペレーターになったばかりなのに……
フォリニック
ただの冗談よ……感染者が好きなように街を歩けるのは、今のウォルモンドが特別な状況にあるという説明にしかならないわ。
……でも、彼らは何かを隠してる。
スズラン
えっ? どうして急に――
フォリニック
シッ! 声を落として! わざわざあの憲兵が遠くに行くのを待って話してるんだから!
あの感染者たちの抗議の態度も変だった。「火事」とか「医者」とか言ってたでしょう?
それにあの憲兵は私たちのことを知ってるのに、何回アントのことを聞いても話を濁した。アントがどこにいるか、一言答えるのがそれほど難しいと思う?
しかもここには……この街にはどこか奇妙な雰囲気が漂ってるわ。
いくらリターニア領でも、感染者が街中を好き勝手歩き回るのを許すなんてありえないわ。衛兵はどうしたの? なぜ誰も、彼らを制止しようとしないの?
スズラン
確かに少し変ですね……
フォリニック
嫌な予感がするの。
スズラン
も、もしかすると街がこんな状況で、皆さん感情的になっていただけでは?
フォリニック
……本当にそれだけならいいんだけど。
タチヤナ
お二人ともお疲れ様でした。申し訳ございません。いらしたばかりなのに、こんなことに巻き込んでしまって。本当に情けない限りです……
フォリニック
あ……大丈夫ですよ。
あなたはこちらの憲兵隊の一員ですか?
タチヤナ
いえ、一員とは呼べないと思います。でもウォルモンドでは皆、正規の軍事訓練を受けていますから、特殊な状況に出くわせば、武器を持つ責任があるんです……
あ、ちなみにさっきの伯父……セベリン憲兵長が、この街の最高責任者ですよ。
フォリニック
……タバコを吸って仕事をサボるような中年男がですか? 責任感がなく職務を疎かにするような態度からは、とてもそうは見えませんでした、残念ながら。
タチヤナ
憲兵長があんな様子なのには理由があって――
いえ……何でもありません……
そうだ、お二人のことは何とお呼びすれば良いですか?
フォリニック
……私はフォリニックです。彼女はスズラン。どうぞそう呼んでください。
タチヤナ
フォリニックさん、スズランさん……それはコードネームですか?
フォリニック
私たちは、ほとんど本名で仕事はしませんから。「アント」も同じです。
タチヤナ
アント先生……
フォリニック
その反応を見る限り、知り合いのようですね。
タチヤナ
はい……でもごめんなさい。混乱されているかと思いますが、彼女のことはセベリン憲兵長がお話するはずです。これは……私が勝手に判断してお伝えしていいことではありませんので。
今は、私といらしてください。
フォリニック
……わかりました。
住民代表
彼女たちにはどこまで話したんですか?
セベリン
ほんの少し。君たちの機嫌が悪くならない程度だ。
住民代表
私は……確かに心無い提案をいくつもしましたが、あなたには拒否する権利だってあるんですよ。
セベリン
そんな風に責任を押し付けるやり方を覚えたのか。だが私に押し付けたところで、何の慰めにもならんぞ。
それとも、全ての事実を彼女たちに伝えれば、君たちは喜ぶのか?
住民代表
私は住民の代表に過ぎません、あなたはウォルモンドの長だ。街のためになるなら、私たちが喜ぼうが喜ぶまいが関係ないでしょう?
セベリン
……私はただ、面倒事を増やしたくないんだ。特に感染者たちが暴れ出した中、客人の接待までやらなければならない状況ではな。
住民代表
えっ……いやちょっと、こんなときにタバコは止めてください。それにスリング弾で手遊びしないでください、ささ、早くしまって。ロドスの客人たちに良いイメージを与えないといけませんから。
セベリン
良いイメージなら、もう諦めたほうがいい……
住民代表
あなたという人は――待ってください、あの窓の外に見える二人のお嬢さんが客人なんですか?
セベリン
お嬢さんか。はぁ、彼女たちの戦う姿を見れば、とてもそうは呼べまい。それどころか、リターニアの学校は芸術を重視するあまり、身体訓練を疎かにしすぎていると考えるだろうな。
タチヤナ
憲兵長、店長、お客様がご到着されました。
住民代表
ロドスのお医者様方! ウォルモンドへようこそ! 現地の事件に巻き込んでしまい、大変失礼いたしました。お詫びとして今晩は是非――
フォリニック
ご厚意には感謝しますが、私たちはただ、アントの行方を知るために来ただけです。そこまで長居するつもりはありません。
早速本題ですが、彼女はどこに?
住民代表
えーっと――
フォリニック
現地の感染者は皆「アント先生」を知っていました。これ以上回答を先延ばしにしないでください。
住民代表
……お二方には申し訳ありませんが、ウォルモンドで起きたことは些か複雑でして……私たちには御社にしっかりと説明を差し上げるだけの時間が必要なんです。それで――
セベリン
彼女は失踪した。
スズラン
えっ!?
フォリニック
……こんな話をしているのに、そのぞんざいな態度は止めてくれませんか。
セベリン
態度で真相は変わるまい。彼女は失踪した。簡潔な答えだろう。君はひどく怒っているが、それほど驚いているようには見えない。とうの昔に同じ考えに至っていたのではないか?
我々は確かに「アント」と名乗る感染者の医師をもてなした。ウォルモンドが最も苦しい時期に、多くの感染者住民の世話をしてくれた。それには深く感謝している。
フォリニック
アントが失踪したという答えが、その感謝の示し方ですか?
セベリン
そんな剣幕でまくしたてるな……ゴホッ、ゴホゴホッ――
スズラン
顔色がすごく悪いですよ。もうタバコは吸わない方がいいです。
できれば、全面的な健康診断を受けることをおススメします。もしかすると何か――
セベリン
……必要ない。だが気遣いには感謝する。
セベリン
本題に戻ろう。天災から逃れるためにウォルモンドがこの地にたどり着いた後、アント先生は感染者住民を収容するために、街の端に臨時拠点を作った。
だが最近、その拠点で火災が起きた。
タチヤナ
……
住民代表
はぁ……
フォリニック
……火災。
セベリン
そんな険しい顔はしないでくれ……現状の調査では、あれは想定外の事故だったとされている。
アント先生はその後、ウォルモンドを離れた。ああ、どこへ向かったかはわからない。
フォリニック
こんな大事なことを、そんな簡単に言うなんてあなたは――!
スズラン
フォリニックお姉さん! 冷静に、冷静に!
わ、私たちも自分たちで調査してみます。ですが、火災の後に行方不明だなんて、そんな言い方をされたら心配になります!
セベリン
……申し訳ない。
詳細に説明したところで、私に言えるのは――「申し訳ない」という言葉だけだ。
アント先生は、本当に素晴らしい方だった。リターニアの血統を持たず、我々とは何の関係もないのに、ここの誰よりも高尚だった。
ウォルモンドが天災で甚大な被害を受けたときも、彼女は逃げようとはせず、逆に救援の手を差し伸べてくれたんだ。
アント先生のことはとても尊敬している。だから私も、彼女が不測の事態に見舞われていないことを願いたい。
だがあの火災が起きてから――君たちも見ただろう、一部の感染者住民は暴動を起こした。
とは言え彼らを責めることもできない。外界との繋がりを断たれた街は、運行ルートを外れ、物資も不足している状況だ。更には武装した感染者が周囲に停留し、徘徊しているという話まである。
フォリニック
武装した感染者?
セベリン
ああ、余所者だろうが、全員感染者で完全武装している。リターニア人以外に、魔族までいるようだ。
フォリニック
魔族ではなく「サルカズ」です。言葉の意味を知ってください。武装した感染者について、他に情報はありますか?
セベリン
まぁ恐らくは、ただの火事場泥棒だろう。似たようなことは初めてでもない。
フォリニック
本当にそうですか? だとしたら彼らはなぜすぐに攻めて来ないんでしょう? なぜ街の周囲を「徘徊」する必要があるんでしょう?
セベリン
何か含みのある言い方だな。
フォリニック
ウォルモンドは感染者問題にあまり敏感ではないようですから、重く考えていないことも理解できます。
リターニアは長きに渡って、感染者と非感染者が争いなく生活してきたところですからね。それは奇跡とも――
――虚につけ込む好機とも言えます。
セベリン
……つまり?
フォリニック
言ったはずです、ロドスは医師が所属しているだけではなく、感染者問題対策の専門家でもあるんです。
ですから状況によっては……私はあなたたちの言葉ではなく、自分たちの判断を信じます。
例えば……「レユニオン」というものを知っていますか?
セベリン
大裂溝が起きる前に、新聞で目にしたことがあるな。ほとんどがウルサスに関する報道だったが、リターニア領内の記事もあったはずだ。
だが我々のような小さな観光都市にとっては、なんの面白みもない情報だ。意味のない報道よりも、隣町の夫妻の噂話のほうが興味をそそられるものさ。
しかし君は、彼らが今回の件と関係があると考えているんだな?
フォリニック
――確認してからでないと、結論は出せませんが。
セベリン
そうか……ゴホゴホッ、何はどうあれ、君の情報には感謝する。
フォリニック
これまでの経験から、あなたの主観的な主張は、私たちの任務を決定する論拠にはなり得ないと思っています。
セベリン
それは残念だ。だが実のところ、君たちが私の言うことを聞いてくれるとは思っていない。
フォリニック
私たちは独自にウォルモンドの調査を行います。「失踪」について具体的な結論が出た場合、内容によっては……
ロドスは相応しい方に、相応の対価を要求するかもしれません。
住民代表
うっ……
セベリン
……わかった。
君のその表情を見れば、私には拒否する理由など浮かばん。
市内は自由に行動してもらって構わない。ウォルモンドは、アント先生の仲間である君たちを貴客と見なすだろう。
住民代表
ええ! その通りです! 上の階にウォルモンドが有する最上級の接客室がありますから、自由に使ってください。
お二人とも長旅でお疲れでしょう。部屋でお待ちくだされば、我々がすぐに――
フォリニック
必要ありません。まだ気になることがあるんです。
今すぐに調査を始めても構いませんか?
セベリン
もちろんだ。各種手続きと住民たちへの通達を手配しておく。特例として急ぎ処理しよう。君たちは自由に行動してくれて構わない。
フォリニック
ありがとうございます。
フォリニック
スズラン、行くわよ。
スズラン
えっ? あ、はい! ではウォルモンドの皆さん、また後ほど!
セベリン
……はぁ。
住民代表
……どれだけ隠しておけそうですか?
セベリン
彼女の表情は見たか?
住民代表
……はい。
セベリン
ならばわかるだろう。ロドスは自社の利益のために我々を騙そうと企む会社ではないかもしれん。しかし失った仲間のためになら、どんな予想外のこともやってのける。
我々としては、どちらも結果は同じだがな。
住民代表
ですが……あれは私たちの責任と言うわけでは……と言うよりも、あれはあの憎らしい感染者たちが放った火ではないんですか?
セベリン
そうだとしても、我々には何の証拠もない。
住民代表
だからといって、全ての責任を負うんですか!
私たちは感染者に寛容に接してきました。それなのに彼らが我々にどんな態度をとっているか、ご存じでしょう? 憲兵隊がここを離れてから、規則に従わない感染者がそこら中で報告されています!
セベリン
……真実はいつも、とらえどころのないものだ。このマッチを見てみろ。真実よりもよっぽど頼りになる。
住民代表
もうタバコは吸わないほうがいいですよ。あの医者たちの言う通りにすれば、少しは長く生きられるでしょうに。
セベリン
彼女たちは「オペレーター」だと言っていただろう、「医者」ではない。
住民代表
口の減らない……
セベリン
……タチヤナ、彼女たちに少しついていてやってくれ。客人たちが面倒事に巻き込まれないようにな。
タチヤナ
あ、はい! わかりました、憲兵長!
住民代表
……彼女に任せるんですか?
セベリン
はぁ――あの娘はなんと言ったか……そうだ、フォリニックだ。
私がフォリニックの悲しみ憤った顔を見たとき、何を思ったかわかるか?
住民代表
勿体ぶらないでください。
セベリン
……考えていたんだ、どうしてタチヤナは、彼女のような表情を浮かべなかったのだろうか、と。
トールはもう少しで彼女の夫になっていた男だ、普通なら悲しみ憤るはずだろう。