瀕死な棘

イヴォナ
……
ユスティナ
……イヴォナ、おかえり。
ユスティナ
……顔色が悪いよ。
イヴォナ
……当然だろ。
イヴォナ
あのクソ騎士どもの鎧を、片っ端からスクラップにしてやりたかったのによ……チッ。
ユスティナ
……イヴォナのせいじゃないよ。
病状のこと、私たちの誰にも彼は伝えてなかったから。
ソーナ
あそこまで感染が進行していたなら、本当は数ヶ月前には騎士としての活動を止めるべきだった――
カジミエーシュを離れ、自分自身の考えた通りの、最後の日を迎えられるようにすべきだったのに……
グレイナティ
オルマー・イングラ……あの男は、典型的なカヴァレリエルキの騎士貴族だ。暴虐で、無知で、人の命を軽んじている。
グレイナティ
くそっ……あの時、競技場で奴の四肢を折ってやればよかった……
ユスティナ
……君のせいでもないからね、灰毫。
イヴォナ
つってもよ……あたしは、あの場にいたってのに……
ソーナ
彼は最後に、何か言ってた?
イヴォナ
……多分、知らないほうがいいと思うぜ。
ソーナ
あたしは知りたい。
イヴォナ
……わかったよ。
ソーナ
…………
グレイナティ
感染者が未練を残して死ぬこと自体は……取り立てて珍しくもないことだ。
けれども――我々は彼の怒りを忘れない。
ソーナ
……
グレイナティ
ソーナ?
ソーナ
……彼の名前は、ジェイミーっていうの。競技騎士になった後、不運なことに、感染者になってしまった人でね。
離婚したけど、娘さんがいるの。まだ小さくて、可愛い子なのよ。彼が病状を偽って申告していたのは、きっと騎士として大会に参加し続けるためだと思うわ。彼にはお金が必要だったから。
ユスティナ
でも、そうして病状を隠すために……騎士協会に、もっとたくさんのお金を払わないといけなかった。
ユスティナ
彼の部屋で見つけたんだ。協会メンバーとの手紙を。あれは、底なしの欲望の塊だよ。
ソーナ
ジェイミーは、本当に明るい人だった。そんな事情を抱えていたなんて、誰も気付けないくらいに。
鉱石病にかかっても、妻子と離れ離れになっても、ほかの人に手を差し伸べるような人だった……
ねえ、覚えてる? 彼は毎朝、あの子供たちのお世話をしに行っていたよね。
ソーナ
彼は、こんなふうに尊厳のない死を迎えるべきじゃなかった……こんなの、あたしたちが騎士団を旗揚げした時の目的にも反することだもの。…………だけど……
ソーナ
だけど、どうしても考えちゃうの……
あんなにも熱意に満ちた生き方をした人が、最後の最後にさらけ出した本音が、心の一番深いところに焼きついて消せない怒りと怨みだったなら。
そう、だったのなら――
グレイナティ
……ソーナ。
グレイナティ
近頃のあなたは、抱え込みすぎだ。あまり固執しすぎるのはよせ。
ユスティナ
……うん……
イヴォナ
……そういう小難しいことを考えるのは、あんたらに任せる。
イヴォナ
あたしはもっと強くなる。あの偽善者で道徳家気取りの連中をまとめてねじ伏せられるくらい――んでもって、自力で道を切り開けるくらいにな。
その点、血騎士は良い手本だ。カジミエーシュがまだ「騎士」の存在を認めてる以上……あたしたちは、進み続けるべきなんだから。
イヴォナ
あんま考えすぎんなよ、ソーナ。んなことしたら、あんた持ち前の身軽さが消えちまうだろ。
ユスティナ
……ソーナ、聞いてる?
ソーナ
はいはい、わかったわよ。それじゃ、早いところシェブチックとの確認を進めないとね――
ユスティナ
風。……風が変わった。一瞬のことだったけど……
誰かの視線を感じる。
ソーナ
……まさか、無冑盟?
ユスティナ
どうだろう。うまく気配を隠しているけど……敵だったら、とっくに私たちを襲っているはず。
イヴォナ
――おい、出てこいよ。
イヴォナ
ここは感染者のための拠点なんだ。一般人がのこのこやってくる場所じゃない。
イヴォナ
さっさと姿を現さねえなら――
トーランド
は~いはいはい、わかったわかった! 頼むからそんな大声出さないでくれよ、お嬢ちゃん。
いや~、にしても「感染者騎士」ときたか! 想像もしなかった未来が今ここにって感じだな。俺が十数年留守にしてる間に、カヴァレリエルキのお偉い騎士様と商人どもは奇策を巡らせてたわけだ。
グレイナティ
……誰だ、お前?
トーランド
おっと、誤解しないでくれよ! 俺は人探しの途中で偶然ここを通りかかっただけなんだ。とはいえ、この出会いには正直運命感じてるんだけどな。
感染者の諸君、ここはひとつ、共通の話題で俺と盛り上がろうじゃないか。そうだな……無冑盟の話なんかどうだ?
ソーナ
残念ながらあたしたち、今日は不幸に見舞われたばかりなの。お喋りがしたいのなら、日を改めてもらえるかしら。
トーランド
そうかい、そいつは間が悪かったな。残念だが、仕方あるまい。
トーランド
せっかく大騎士領まで来たわけだし、とりあえず、よそを当たってみるしかねえか。
邪魔したな、お嬢ちゃんたち。……また近いうちに会おうぜ。
???
......
シェブチックを連れ去った騎士の正体が判明したわ……逃走した遠牙騎士だった。
今はレッドパイン騎士団とつるんでるみたいね。まあ、感染者騎士は元々結束が強いから、当然とも言えるけど――
???
――そっちから聞こえてくるのは何の音? まさか、またバーにいるわけ?
へえ、「悪夢馬(ナイツモラ)」の背景調査。いい口実じゃない。それで、感染者関係の命令はいつになったらくるの?
???
……はぁ?
???
シェブチックの件は「上がまだ会議してて決まらなかった」せいでこうなったんでしょ? だって、ドローンを送り込んで爆破までしたのよ? ほかにどういう意味があるっていうの……
ロイ
そー言われてもなあ~……今はメジャー期間中なんだぜ。焦ったところでしょうがねえだろ。
ロイ
うん……うんうん……や、ほんとにサボってないって! 信じてくれよ。
ロイ
ほんとにほんとだって――あっ、マスター。フライドポテトって頼める?
禿頭マーティン
ああ。ちょっと待てるかい?
ロイ
もっちろん!っと、あれ? もしもーし、モニークいるかー?
ロイ
……あ~らら、切られちゃった。
禿頭マーティン
はい、フライドポテトお待ちどうさん。
ロイ
おっ! サンキュー。
ロイ
う~んまい! ジャガイモを切って揚げようなんて考えた天才は一体どこの誰なんだろうなあ。現代社会はそいつのおかげで輝いてるぜ。
ロイ
あ、そういや、新進気鋭のマリア・ニアールと鞭刃(べんじん)騎士もよくここに来てるんだって?
禿頭マーティン
ははっ。サイン目当てなら、運次第だと思っといてくれよ……
このバーでよく見かける連中なんて、引退済みの老いぼればかりだからね。
老騎士
何じゃあいつ。もしや、無冑盟のスパイか?
老職人
知るかよ。そんなん、向こうから仕掛けてこなけりゃ確かめようがねえだろ……ん? おい、あいつ……あんたのこと見てねえか?
老騎士
む……まあ構うな、放っておけ。
それよりも、昨夜から妙にまぶたがピクピクと痙攣しておっての。こういうのは、一大事の前触れであるからして、どうも胸騒ぎがするんじゃ。
老職人
へえ、あんたもやっと不眠で悩むような歳になったんだな。
老騎士
なんじゃと、知ったような口を利きおって! わしは至って健康そのものじゃ! 若い頃はこれで砲兵師団の襲撃を予知したこともあるんじゃぞ!
老職人
大昔の話じゃねえか。今のあんたの一大事なんて、洗顔剤と間違えて歯磨き粉で顔洗いました~とか、そのレベルだろ。
禿頭マーティン
――ふむ……
老騎士
……マーティン。気配を感じると思わんか? これはかなりの実力者じゃな。
禿頭マーティン
ああ、ここまで奇妙な予感を覚えたことはないね。……面倒が起きなければいいんだが。
ロイ
(思ったより早かったな……ま、とりあえず様子見と行くか。)
——
――(古代語)若き狩人、天路を往かん……♪
――(古代語)夢より出でて、黄金の彼岸へ……♪
老騎士
(――!? この言葉は……!)
老職人
……なんだありゃ。今時は、セルフで入場曲歌いながらバーに入るのが流行りなのか? んなことしたら、ジュークボックス置く意味がなくなっちまうじゃねえか。
禿頭マーティン
まさか、うちみたいに寂れたバーも、ニアール家のご威光で客足が伸びつつあるのか? しかし、あんな騎士を見るのは初めてだな……おや? どうしたんだい、フォー。
老騎士
わ……わからぬ。なにやら、急に動悸が……
???
(古代語)……バトバヤル。我が同胞、その末裔よ。
(古代語)お前はなぜ、斯様な場所にいる?
老騎士
……! お主、その名をどこで?
???
......
騎士は黙して辺りを見渡す。その視線を避けるように、灯りがざわめいた。
老騎士
答えよ。なぜ、その名を知っておる?
老職人
おい、フォー……知り合いか?
???
......
禿頭マーティン
お客さん、ご注文は? ……用がないのなら、武器を持った騎士はあんまり歓迎できないんだが。
???
(古代語)……それは残念だ。
老騎士
待て、そう急ぐでない――
ゾフィア
――コーヴァル、マリアが引き続き工房を借りたいって言うんだけど――
ゾフィア
――あら?
マリア
ま、待ってよゾフィア姉さん……きゃっ!
もう、急に止まったりして、どうしたの?
???
……貴様は……
ゾフィア
……追魔騎士?
今回大注目の超新星さんが何しに来たの? マリアとマーガレットについて、探りでも入れたいのかしら?
だとしたら――
追魔騎士
騒々しい。
ゾフィア
――ッ!
マリア
! 危ない!
マリア
い……いきなり何するの!?
追魔騎士
……ペガサス……軟弱なる種族よ。剣を交えるにふさわしき者は、黄金の血のペガサスのみ。
なれど、ペガサスが位を退いてより、この「騎士の国」は……草原が弱り、衰えている。
クランタ、貴様らはそれを見て見ぬふりをするのか?
現代のカジミエーシュは、貴様らのような者も「騎士」と呼んでいると?
果てには、その誰もが……虚飾の競技場で武芸を競い合っているというのか?
禿頭マーティン
やれやれ、今の行動を見たあとじゃ、君と落ち着いて話そうなんて気持ちにはなれない。
老騎士
動くなよ、小僧……今その脳天を射抜くような真似はしとうない。お主にはまだ聞きたいことがあるでのう。
追魔騎士
……戦意を見せるか。悪くない。
追魔騎士
貴様はどうだ?
ロイ
えっ!? お、俺!? 無茶言うなよ、俺はたまたま居合わせただけの騎士ファンだし……ここには居ないものと思って、見逃してくれない?
ロイ
何にもしないでいい子にしてるからさ。なっ?
追魔騎士
……
ロイ
(ハンマー使いの「震鉄」マーティンに、フォーゲルヴァイデ――奴は征戦騎士の射手だったか。負傷後の「鞭刃」は脅威にならないし……マリアは、今のところ大した騎士じゃない。)
(ただ、重要なのは勝負の行方なんかじゃなくて、ナイツモラである「追魔」が、フォーゲルヴァイデを訪ねてきた、って部分だ。)
ロイ
(となるとお次は……どうしたもんかな。耀騎士も来るかどうかは気になるところだけど……)
追魔騎士
……この場所には、留まる価値などない。貴様らと過ごしたところで不快感が募る一方だ。
老騎士
誰に向かって物を言っておる。
追魔騎士
(古代語)――バトバヤル。お前はかつて戦地へ赴き、自ら戦争に身を投じた。されどそれは、故郷をかろうじて守るだけだった。
老職人
(こいつ、何語で喋ってんだ……!?)
老騎士
「戦争」――というとお主、征戦騎士か?
追魔騎士
(古代語)否。我が身は「騎士」にあらず、斯様なくだらぬ身分に甘んじるつもりもない。……だが、その「戦争」こそ、かつてのお前の行いで唯一、我らが先祖に恥じぬものであることも事実。
(古代語)末裔よ。ネオンの光が雨粒を照らす、鉄とセメントで築かれたこの都市に身を置いていても……草原の息吹とハガンの誓いを忘れてくれるな。
老騎士
……ハガン、じゃと……?
時代遅れの世迷い言を……
追魔騎士
(古代語)再び発つその前に、「騎士の国」に残る同胞を探し出さんと考えていたが……察するに、もくろみが甘かったらしい。
(古代語)まあいい。
追魔騎士
(古代語)惰弱なるカジミエーシュの有様はハガンの功績への不敬に値する。誰かが、これを正さねばならぬのだ。
老騎士
待て! まだお主の答えを聞いておらぬぞ!
追魔騎士
……ふむ。今やただびとになり果てたと言えど、お前は同胞の血を継ぐ者……先ほどの問いには答えよう。
お前の名は――すでに年老いて体が衰え、走ることすら敵わぬような老兵から聞いた。
……私は、この国で同胞を探し求めているのだ。どれほど希薄な繋がりであろうと、同胞と呼べる者を……
老騎士
何? 「同胞」? カジミエーシュで、か?
追魔騎士
……お前とは最早無縁の話だ、カジミエーシュ人よ。
ゾフィア
待ちなさい。
追魔騎士
……
ゾフィア
追魔騎士……新人のわりに時代錯誤な人物だとは聞いてたけど……
剣を向けられた以上、そう簡単に見逃すことはできないわ。
そもそも、話す時くらいヘルムを脱いだら?
追魔騎士
「追魔」? ああ、都市の隷属者たちが断りなくつけた称号か。
馬鹿げた話だ。……騎士とは、それほどまでに「名」を気にかけねばならぬものなのか……
騎士を騎士たるとするは、生来の信仰と、己が運命を掌握せんと渇望する心のみであろうに。
マリア
……!
ゾフィア
あのね、あんまり問題を起こすようなら、騎士協会も君を放ってはおかないわよ。メジャーの出場資格を剥奪されたいの?
追魔騎士
……仮に、カジミエーシュの「騎士」が皆、貴様のようなつまらぬ輩であれば……私の努力は徒労と言えよう。そうなれば、無用な資格など剥奪されても構わん。
だが、お前の傍らに居るペガサスは、私が探し求めるあの者によく似ている……
マリア
……! それって、お姉ちゃんのこと……?
マリア
――あなた、耀騎士を探して、どうするつもり?
追魔騎士
征服に値する相手が、現在この地にまだ在るとすれば――それは、カジミエーシュが大騎士と崇める歴代覇者のいずれかであろう。
無論……その全員に失望させられるやもしれんがな。
老騎士
……戦うためだけにここへ来た、と? 狂気の沙汰じゃな。
追魔騎士
(古代語)……狂気。
(古代語)今この刹那に生きることを選んだカジミエーシュ人は、得てして私をそう表す……
(古代語)……ゆえに。我らは今や、同胞にあらず。
ゾフィア
待てと言ったでしょう! このまま何食わぬ顔で帰るつもり?
追魔騎士
無駄足であったならば、長居は不要だ。
さらばだ、末裔よ。
ゾフィア
……っ、もう……!
あいつ、一体何のつもりなの? 訳のわからない男ね……
マーガレットが競技場で彼に出くわさなければいいんだけど。
禿頭マーティン
見たところ、君に一目会いに来たようだったけど、同郷なのかい?
老騎士
……
もしや、あの小僧……「悪夢」か?
老職人
……はぁ? じゃあなんだ、まだナイツモラの生き残りがいたってのか?
俺はてっきり、あの連中はすっかり伝説上の存在になっちまったんだと思ってたぜ。でなきゃ、サルゴンかどっかに隠れ住んでるもんだとばっかり……
老騎士
……
老職人
で? あんたのじいさんのじいさんなんかの血縁者が、急にあんたを訪ねてきたのは一体どういうわけなんだ?
老騎士
…………あやつが、わしらを呼んでおるのだろう。
左腕騎士
……ちっ。
ビッグマウスモーブ
おおーっ! 皆様ご覧ください! 目の前に広がるこの光景は、かつて目にしたあの時を思わせますね!
ビッグマウスモーブ
左腕騎士、タイタス・トポラ! 今回はブレードヘルム騎士団を導いて、十六強へと返り咲くことができるのか!?
幾度も十六強止まりで歩みを阻まれてきた彼ですが、今日こそ己が限界を超えてくれるでしょうか!? 観客の皆様、血湧き肉躍るリベンジマッチを大いにお楽しみください!
ビッグマウスモーブ
と言いますのも――試合の相手は、な・な・なんと!!
トポラ家の騎士が持つ長い歴史の中で、たったの一度だけ! 彼に大きな屈辱を味わわせた唯一の人物なのです!
左腕騎士
くっ……!
……この数年で、貴様は一体どんな経験を積んできたんだ……!?
(ッ畜生……! 動きが読めん……!)
(次は――どう仕掛けてくる? 距離を取るべきか? ……奴はなぜ……ソードスピアなんぞを使っているんだ……!?)
(――何より……)
マーガレット
……
左腕騎士
(私は……奴に、圧倒されている……!)
タイタス・トポラは目を閉じた。
この試合、彼は燃え盛る心のままに復讐劇を演じるつもりでいた。長い間待ち続けてきた、己を証明するチャンスだとばかり思っていたのだ。
しかし、今となっては――怒りも、望みも、激情も、そのすべてが消え失せていた。
彼は認めざるを得なかった。
これが「対決」などではなく――「挑戦」であるということを。
頂への「挑戦」であるという事実を。
左腕騎士
(ブレードヘルム騎士団の顔を務めるようになってからというもの……こんな感覚は久方ぶりだ。)
挑戦し、前進し、高みへと登るその感覚。
左腕騎士
く……はははっ、こうなると笑えてくるな……
耀騎士……貴様は本当に、かつて私と剣を交えたあの人物なのか?
私をここまで追い込んでおきながら、それを誇ろうともせず、喜ぶ様子もないとはな。あの頃の血気盛んな振る舞いはどこへ行ったのだ。
今の貴様は、嫌になるほど冷静だ。
マーガレット
タイタス。私は、お前を見くびるつもりなどない。今も昔も、それは同じだ。
けれども、今のお前は己の道を見失っていると言わざるを得ない。
あの混戦の中最後まで立ち続け、片腕だけで包囲を突破した時のお前は、純粋に勝利を追い求めていた。
左腕騎士
ハハ……どこぞで説教まで学んできたらしいな。追放後の日々が、貴様を誰かに上から物を言えるほど成長させたのか?
マーガレット
……タイタス。
マーガレット
なぜ、企業のブランドなどに縛り付けられているんだ?
左腕騎士
――耀騎士ッ!
貴様は腐った伝統のことばかり口にしているな。……であれば、最古の方法を用いて勝敗を決めようじゃないか。
一発勝負だ――全力で来い。
私はこの手で……貴様のすべてを蹂躙してやるッ!
ビッグマウスモーブ
左腕騎士が構えましたっ! これが最後の一撃となるのか~ッ!?
対する耀騎士もまた――ゆっくりと、あの風変わりな武器を構えております――!
ビッグマウスモーブ
果たして、勝利の女神はどちらに微笑むのでしょうか! ――観客の皆さん! 今こそ、騎士たちへの応援を、行動に変えるべき時です!
燭騎士
……
通りすがりの観光客A
ねえ、あそこにいるのって、燭騎士ドロステだよね? 何してるんだろ?
通りすがりの観光客B
待ち合わせ中かな……? ぼやぼやしてないで、さっさと隠し撮りしちゃおうぜ! もしかしたら、特大スクープにぶち当たるかもしれないし……
燭騎士
…………
競技場職員
燭騎士様! わざわざご来場いただきましたのに、お出迎えもできず申し訳ございません。どなたかにご用事ですか?
燭騎士
お気になさらず。こちらが勝手に伺っただけで、あなた方にはお知らせしていませんでしたし……耀騎士の姿を一目見たかっただけですから。
そろそろ試合が終わる頃でしょうか。
競技場職員
……つい十分前に終わりました。勝ったのは耀騎士です。……タイタス様はお強い方ですが、第一ラウンドで敗北されたとなると、この先も楽観視はできませんね……
燭騎士
……そうですか。
競技場職員
その……本当に、耀騎士を一目ご覧になるためだけにいらしたのですか?
燭騎士
ええ。私は、今の彼女を見てみたかったのです。騎士たちが口々に語る彼女の姿と、どれほど違うかを確かめるために。
燭騎士
人々は皆、彼女の元へ押し寄せていきますね。
競技場職員
そ、そうですね……はぁ……実は、正式に競技へ復帰してからというもの、耀騎士は少々非協力的でして……
いつも無言で競技場を去っていってしまいますし、予定していた会見や宣伝の依頼もすべて拒否するんです。お陰で胃が痛くて仕方ありませんよ……
……それにしても、今日は耀騎士を囲んでいる記者がいつもより多いような気がしますね。何かあったのでしょうか?
マーガレット
あー……申し訳ないが、通してもらえるだろうか……
興奮気味の記者
すみません、マーガレットさん! 感染者騎士が競技場で亡くなった事件についてどう思われますか? 影響されている点がありましたら教えてください!
先を争う記者
耀騎士さん、最近の騎士協会側の対応について、ご意見を伺えますでしょうか? 鉱石病に感染することが、本当に公平性を損なう要因になると思われますか?
興奮気味の記者
あっ、マーガレットさん! あなたの感染状況について教えていただけますか? 騎士協会はその情報を秘匿していますが、こうした姿勢は観客やほかの騎士に対して無責任ですよね?
それから、あなたが数名のサルカズと親密に接していたという目撃情報が入っていますけれども……彼女たちは何者なんですか? ご説明をお願いします!
先を争う記者
あの、耀騎士さん! ご回答をお願いします――感染者騎士の精神的指導者になるおつもりはありますか?
――第二の血騎士を目指されるといった目標があれば――
マーガレット
……あなた方の質問には回答しない。
興奮気味の記者
黙認なさるのですか? でしたら、あのサルカズたちとの関係は――
燭騎士
ご機嫌よう。お目にかかれて光栄です、ニアールさん。
マーガレット
……失礼、あなたは?
興奮気味の記者
――燭騎士ドロステだ! 耀騎士を待ってたのか……!?
先を争う記者
大会スケジュールを見せてくれ……やっぱり、思った通りだ! この二人、試合で当たる予定だぞ! ……おい、早く撮れ! 早く!
燭騎士
よろしければ、場所を変えてお話ししませんか?
燭騎士
(小声)あなたも、メディアに付きまとわれるのはお嫌でしょう?
マーガレット
……ああ。
マーガレット
わかった、そうしよう。
競技場職員
み、皆さん、すみませんが離れてください――後ほど、メディア向けの質疑応答の時間を設けますので! 落ち着いて! どうか落ち着いてください!
燭騎士
……
マーガレット
……あの……
燭騎士
カジミエーシュの生ける伝説は大変ですね。
あなたの追放は、かえって「耀騎士」に神秘に満ちた彩りをいくつも与えてきました……「聖なる光を纏う騎士」、「威厳溢れる金色のペガサス」、「流星のごとく帰還した英雄」……
ですが、今日間近で目にしたあなたは、まだ若く、突如己を取り巻いたこの状況に困惑している。……マーガレット・ニアールも血の通った人間なのだということがよくわかります。
マーガレット
……何はともあれ、先ほどの助け船には感謝する。
あなたも騎士のようだが、どなたか伺っても?
燭騎士
……そのように尋ねられるのは久しぶりです。彼らは、私が誰なのかということより、「誰であってほしいか」を重視するものですから。
マーガレット
申し訳ない。カジミエーシュへ戻ってから、まだ日が浅いんだ。
燭騎士
……ふふふっ。
もしや……私が誰だか知られていなかったからといって、それに腹を立てるとお思いでしたか?
マーガレット
いいや。あなたはほかの人々とは違う。そのくらいは、見ればわかることだ。
燭騎士
あら……お褒めいただき、ありがとうございます。
こちらのほうこそ、耀騎士の名に相応しき方とお会いできて大変嬉しい限りです。――私は、ヴィヴィアナ・ドロステと申します。
騎士としては燭騎士と。どちらで呼んでいただいても構いません。
マーガレット
燭騎士……いや、ドロステさん。改めて、助けていただいたことに礼を言おう。ところで、私を待っていたようだが、何か用でも?
燭騎士
――私たちは、近く競技場で相対することになります。
燭騎士
あぁ、どうか誤解なさらないでください。別段、試合前に対戦相手と交流するのが好きというわけではありません。……ただ、あなたは感染者であり、一度は追放された身と伺いました。
他方で私は、リターニアから来た人間です。この異国の地で、かつて想像もしなかったような身分を得て、繁栄した都市で生きています。
マーガレット
……つまり、あなたは既にカジミエーシュから認められているということだな。
燭騎士
聞くところによれば、あなたは今の騎士制度を認めていないそうですね。追放されたのも、それが原因だと……やはり今でも、同じようにお考えなのでしょうか?
マーガレット
ああ。カジミエーシュの騎士は、その責務を忘れている。
カジミエーシュで最も貧困が深刻な地域へ行ったことはあるか? 戦争、飢饉、鉱石病……そこでは人々が苦難に曝されているのに、騎士たちは自らの都市に籠もって偽りの平和を謳歌している。
マーガレット
騎士道精神というものは既に風前の灯火となり、資本にもてあそばれる過去の遺産となってしまったのだ。
これでは、騎士の名折れだとは思わないか?
燭騎士
……なるほど。
燭騎士
どうやら、あなたこそ真の騎士でいらっしゃるようですね。
……騎士でしかない、ですが。
マーガレット
……
燭騎士
ところで、妹さんはどうされていますか? つい先日まで、競技場で活躍されていましたよね。
妹さんは、騎士の道へ進むことをやめられたのですか?
マーガレット
…………
代弁者マッキー
お話中失礼いたします。ご機嫌よう、ドロステさん……そしてマーガレットさん。
燭騎士
あら、マッキーさん。ご機嫌よう。
先ほどの騒動、ご迷惑をおかけしてすみません。
代弁者マッキー
……はぁ。自覚はお有りでしたか……
代弁者マッキー
お二人のような大騎士は、一挙手一投足が民衆の話題となり得るものです。ましてや、メディアの前ともなれば……
とはいえ、起きてしまったことですし、対処法はありますから。それとドロステさん……あなたは、明日行うリターニア貴族との面会準備をしておくべきかと思いますよ。
加えて……できることならしばらくの間、不確定要素を増やすような行動は避けていただいたほうがよろしいかと。
燭騎士
……それは例えば、感染者騎士と会うなどの行動のことですか?
代弁者マッキー
……何しろ、あの貴族の皆さんはあなたのためにやってきたようなものですからね。リターニア人の間でも、あなたの人気は大変なものです。
ミェシュコ工業は、リターニアでの建設計画を喜んで援助するつもりですが……最終的に、貿易契約締結の鍵を握っているのはあなたなのですよ。
燭騎士
もちろん……私の責務は、果たさせていただきますとも。
燭騎士
非常に残念ですが、今宵はこれ以上のお喋りができないようです。
マーガレット
気にすることはない。――それにしても、カジミエーシュにもまだあなたのような騎士が居たとはな。会えてよかった。
燭騎士
こちらこそ。次は、競技場でお目に掛かりましょう。
マーガレット
ああ。
マーガレット
その日を楽しみにしていよう。
燭騎士
……最後に一つだけ、ご忠告を。
燭騎士
嵐が近付いています。
これよりしばらく、夜空に浮かぶ星々は一層輝くことでしょう。