女将
女の子
うう、ううぅ……
ウユウ
お嬢ちゃん、ほら空が明るくなってきたよ。もうかなり歩いてきただろう? もうすぐ着くから、泣かないでおくれ。
女の子
ううっ……
ウユウ
大丈夫、お兄ちゃんがついてるから、安全だよ。
ウユウ
あぁ……いい子だから泣かないで。もう庭園は見えているよ。あと少しで到着するから。
墨魎
ガアッ!
女の子
いやあぁ――!
ウユウ
ど、どうしてこんなところにいるんだ! こいつらは太陽を怖がるはずじゃなかったのか!?
くそっ! お嬢ちゃん、おぶってあげるから、しっかりつかまっていてくれ!
墨魎
ガアッ!
女の子
おじさん! おじさん急いで!
ウユウ
か、髪の毛を引っ張らないでくれ! メガネが、メガネが落ちる!
墨魎
ガァッ! グァッ!
クルース
……ウユウくん、逃げ足だけは本当に速いなぁ。
町民
英雄さん、何かおっしゃいましたか?
クルース
ん~? 何でもないよぉ。あなたたちは早く庭園に隠れてねぇ。外の警備は私に任せて〜。
うーん……
あの小さな墨魎は、普通のオリジムシなんかよりもすばしっこいみたいだけど……どんどんウユウくんに離されてるねぇ。
まさか追いつけないほどウユウくんが速いのぉ? そんなことってあるぅ?
墨魎
ガッ……ガァ……ガァ……
ウユウ
くらえ! えい! はっ! やぁっ!
ははっ! どうだ? これで追いつけないだろう!
墨魎
ガッ!?
女の子
おじさん! もっと速く走れないの!?
ウユウ
これ前からやってみたかったんだ。映画のカンフースターたちは、路地で追いかけられるときに、必ず何かを投げるからね!
女の子
い、いいから! もっと速く走って!
ウユウ
痛っ! 頭を叩かないでくれよ、私は駄獣じゃないんだから!
墨魎
ガウッ――!
ウユウ
回り込んできた!? 太陽があんなに眩しいのにどうしたんだ! こいつらは光を恐れるんじゃなかったのか?
女の子
た、助けて!
ウユウ
チッ! 仕方ない……お嬢ちゃん、先に逃げるんだ。私が――
墨魎
ガッ!
ガッ!?
墨魎
ガ……ガ……
ウユウ
……クルース嬢!? ああ~恩人様、助けられるんならもっと早く助けてくださいよ――って、どこにいるんです?
クルース
ここだよぉ~。
女の子
わっ……! お、お姉ちゃん、どこから出てきたの?
ウユウ
さすが非凡なる狙撃の名手、神出鬼没かつ軽やかな身のこなし、真に――
女の子
お姉ちゃん! おじさんを助けてくれてありがとう!
ウユウ
うっ。
クルース
早くお家に戻ってねぇ、お母さんがずっと探してたよぉ。
女の子
うん!
ウユウ
恩人様、早くラヴァ嬢とお坊様を助けに行った方がよろしいかと。ここは私が守りますのでご安心ください。
クルース
あれぇ……? さっきラヴァちゃんに、必ず助けに戻るって誓いを立ててなかったぁ?
ウユウ
お、恩人様はなんと恐ろしい地獄耳……ああいや、素晴らしい聴力をお持ちで……
クルース
別にそんなことないよぉ。
ところでその扇子、どうしていつも手に握ってるのぉ?
ウユウ
や、これは必需品でして。私の一番のお気に入りです。恩師からの贈り物でもありますし、片時も手放したくないんですよ!
それに……へへ、手に扇子を持っていれば、何となく文化人っぽいでしょう?
クルース
ふうん……
さっきの墨魎は、どうしてここまで来て平気だったのかなぁ? ここはもうお昼だよねぇ?
ウユウ
それはこっちが聞きたいです! あいつに追いかけ回されて本当に疲れ果てましたよ……
クルース
うーん……まぁ、まずはラヴァちゃんと合流しよぉ~。
ラヴァ
……静かになったな。
ここは夜の端で、明かりもわずかに見えるだけだっていうのに、どうして化け物が襲ってこないんだ?
サガ
それは拙僧も不思議に思っておった……今までこんなに静かだったことはないぞ?
レイ
静かなのは、良いことでしょう?
サガ
む! いかにも。これで拙僧もようやく一息つけるでござる!
よっこらしょっと。
レイ
気をつけて。店の物を壊さないでね。
ラヴァ
…………
ラヴァ
サガ、さっき言ってたシーウ……というのは?
サガ
もちろん『夕娥(シーウ)、月に奔る』の美談に登場する夕娥のことだが? ああ、拙僧は今でも彼女の両の瞳を忘れられぬ――
ラヴァ
……???
レイ
サガ、もっと順を追ってゆっくり話してあげたら? ラヴァさんの顔がどんどん曇っていってるわ。
サガ
お、すまぬすまぬ、つい興奮してしまった。さっきは墨魎と戦い、ラヴァ殿もくたびれたであろう? ここで茶でも飲みながらゆっくり話さぬか?
レイ
じゃあ私はお茶を入れてきますね。
サガ
ああ、先に聞きたいことがあるのだが、レイ殿はここから出る方法を知っておるであろう?
レイ
いいえ。
サガ
知らぬのか?
レイ
(軽く首を横に振る)
レイは頭を上げ、外に目をやり、その奥の道の先を眺めた。
敢て高き声で語らず――
――恐らくは天上の人を驚かさん。
講談師
…………