缶詰の中身は?

ニンフ
エルミーエルミー、聞こえてたら返事して~。
……どうして応答しないんだろ?
奇妙な通行人
そちらのジャールのお嬢さん、ひとまずはこの腕の拘束を解いてもらえませんか? 決して逃げたりはしませんので――せめてタバコくらいは吸わせてもらえないでしょうか?
ニンフ
ダメ! あなたを大溶炉に送り返すまでは解かないからね。
奇妙な通行人
本当に人違いなのです。確かに私は、元々大溶炉へ行くつもりではありましたが、あの場所から逃げ出してきたわけではありません。
この上着のポケットに、クルビアで発行された身分証があります。お見せしても構いませんよ――腕の拘束を解いてもらえたらの話ですが。
ペール
クルビアからカズデルまで来るってなると、相当時間かかるんじゃねぇの? 怪しいもんだなあ。
レム・ビリトンから来たとか言われりゃ、信じたかもしれねぇが。
ニンフ
エルミー、聞こえる? もしもし、もしもし……
奇妙な通行人
その箱の通信術式構造はすでに壊れていますから、いくら叩いたところで直りませんよ。
ニンフ
もう、よくそんなこと言えるよね! あたしの鞄が壊れちゃったのはあなたのせいなのに!
奇妙な通行人
では、その箱を直せると言ったら、この拘束を解いていただけますか?
わかっていますとも、お嬢さん。大丈夫、心配には及びません。決して逃げたりはしませんよ。
ペール
おいニンフ、まさか本気じゃないよな? こいつはレ……ご先祖様に取り憑かれてんだぞ? それなのにマジで解放する気か?
奇妙な通行人
口出しがお好きなそちらの少年は、レヴァナントやジャールについての理解に乏しいようですね。レヴァナントに決して心を乱されぬ者がいるとすれば、その人は間違いなくジャールでしょう。
ニンフ
とりあえず片腕だけ解いてあげるね……あれ! どうして全部解いちゃうの! ズルしちゃダメだってば!
ペール
やっぱそのつもりだったのか!
奇妙な通行人
両手をこれだけ長い間縛られると、さすがに堪えますね。
ペール
鉄の身体でも、痛みはあるってのか?
奇妙な通行人
これは鉄ではなく、ブリキです。痛みはありませんが、ただ……
気付けば、金属製の指関節が器用にタバコを挟んでいる。そのタバコは、無からいきなり現れたかのようだった。
それを口元に近づけて深々と一服した後、奇妙な男はタバコを指の間でくるりと一回転させ、それから火の粉を丁寧に手のひらの上でもみ消した。
奇妙な通行人
ふぅ――いい気分です。
カズデルでこのレベルのタバコは手に入りませんから、大事に吸わなければ。
ニンフ
ちょっと、鞄を直すって約束は?
奇妙な通行人
あれは嘘です。
その術式はリッチの手によるものですが、あの傲慢な連中は設計において保守性など考慮してはおりませんので。とはいえ、彼らの中にも驕るだけの資格を持つ者がいるのは確かですがね。
ニンフ
そんなふうに言ったって、嘘をついたことに変わりはないでしょ!
奇妙な通行人
話は最後まで聞いてください。あなたの目的は人探しでしょう? 箱を直すことはできませんが、代わりに制作者のリッチを探し出すというのはいかがでしょう?
ニンフ
えっ、あたしたちが誰を探してるか知ってるの?
奇妙な通行人
知っているわけではありません。ですが、恐らく知る必要もないでしょう。
奇妙な男は頭を後ろへのけ反らせると、灰色の煙を口からゆっくりと吐き出した。
その煙は雲のように広がり――静かな水たまりに石を投げ込むように、レヴァナントの痕跡が波となって押し寄せて、カズデル全体が一瞬、静寂に包まれたかに見えた。
だがほどなくして、再び喧噪の音が戻り、煙も消えてなくなった。
ペール
あんた、何者だ?
ニンフ
あなた……本当に何者?
奇妙な通行人
ブリキと呼んでください。
ペール
ブリキ……?
ブリキ
さあ、お探しの人が来ましたよ。
エルマンガルド
大地を旅するレヴァナントは指で数えられるほど少ないものですけれど、あなたはその内のどなたですか?
ニンフ
ブリキと呼んでくださいって言ってたよ。
ペール
クルビアから来たんだとさ。
エルマンガルド
……カズデルは、あなたの居場所を残してはおりません。
ブリキ
それはあなたのせいではありませんよ。この地を去った時は、再びここに戻ってくる日が来るとは思いませんでしたから。
エルマンガルド
何をお望みなのですか?
ニンフ
大溶炉に行きたいんだって。
エルマンガルド
ニンちゃん!
ニンフ
わかったよ~。エルミーが聞いて、もう口挟んだりしないから。
エルマンガルド
では……まあいいでしょう、ほかにお聞きしたいことはありませんし。
本来、あなたほどのお客様をお迎えするとなれば、先生を呼び出しておもてなしさせるべきなのでしょうけれど……
ブリキ
あなたの言う先生というのは、まさかあの偏屈なご老人ですか? であれば彼に伝えることはしないでください。せっかくの休暇が台無しになってしまいますから。
エルマンガルド
では、魂の溶炉をご覧になりたいということなら、その足元までお連れいたしますわ。ほかの人にも知らせはしません。
ブリキ
いえ。中に入りたいのです。会いたい人がいまして。
エルマンガルド
誰にお会いになりたいのですか?
ブリキ
聞くまでもないでしょう。
エルマンガルド
……
ニンちゃん、レヴァナントの欠片はすべて見つかりましたか?
ニンフ
全部この鞄の中に入ってるよ、はい!
若きリッチはうなずくと、少し歪んだ箱をそのまま背後の影へと放り込んだ。
彼女の視線はジャールとレヴァナントの間を行き来した後、最後に彼らの肩越しに、遠くそびえ立つ魂の溶炉へと投げかけられた。
エルマンガルド
それでは、向かいましょうか。
ニンちゃん、今回の報酬はタイミングを見て渡しますわね。それとお約束していた秘密のサプライズも、そろそろお披露目しましょうか――大溶炉の中を見て回りたくはありませんこと?
ニンフ
ほんとにいいの!?
じゃあ友達を連れていってもいい? 途中で親切な人にたくさん助けてもらったおかげで、こんなに早く欠片を集められたんだもん。
ペール
こほん、実は俺、子供の頃から、大溶炉ん中に入ってあれがどう動いてるのか見てみたいと思ってたんだよなぁ。
エルマンガルド
うーん……どのみち、今日破った規則は一つではありませんしね。
ニンフ
じゃあちょっと待ってて、みんな連れてくるから!
エルマンガルド
「みんな」ですって? ちょっと待っ……
ニンフ
そうだ、例の報酬なんだけど、使わなくなった異鉄のパーツをもらうことってできるかな……ペールさん、代わりにエルミーに説明しといてくれる~?
ペール
ああ、わかった。
ブリキ
若人というのは、本当に元気なものですね。ほんの二、三歩であれほど遠くまで駆けていくとは。
ペール
自己紹介がまだだったよな。俺は「下」からやってきたんだ。あんたらがよく言うところのスラム街ってやつさ。
そこの連中には「顧問」って呼ばれててな。ま、いわばスラムで口利きをやってんだ。ブリキさん、それとそこのリッチのマダムも、俺のことはペールって呼んでくれ。
エルマンガルド
マダムはやめてくださいまし。失礼だとは思いませんの?
ブリキ
ふふっ、若人よ……そういうところはやはりまだまだ未熟ですね。
ニンフ
一、二、三、四、あたしも入れて、合計五人! 全員揃ったよ!
エルマンガルド
ニンちゃん、大溶炉はとても危険な場所ですのよ。なのにどうしてこんなにたくさん連れてきたのですか? しかも、後ろに隠れているその子は……
チェリー
子供用チケット一枚お願い、お姉ちゃん。
エルマンガルド
ここは観光地などではありませんのよ、チケットなんて売ってませんわ! 子供は立ち入り禁止です!
ニンフ
ごめんね、チェリーちゃん、手は尽くしたつもりなんだけど……次の機会にしようか?
エルマンガルド
次の機会なんてありませんわよ!
チェリー
気にしないでよ、ニンフお姉ちゃん。大溶炉でも、近所の中継炉みたいに粉焼きをいっぱい焼いてると思ってたのに、実際見てみたら真っ黒だし汚いし、全然面白くなさそうだから!
ニンフ
もう、粉焼きってなあに? あたしたち、中継炉でそんなもの焼いたことなんてないでしょ! 変なこと言わないの! ほら、おじいちゃんが外で待ってるはずだから、早く行ってあげて。
エルマンガルド
それでもまだ、こんなに人が残っていますけれど?
ニンフ
エルミー、この人たちにはいっぱい助けてもらったんだよ! さっき約束してくれたじゃない! 絶対迷惑かけたりしないから。
エルマンガルド
ニンちゃんが約束してくれるだけじゃ足りませんわ。あなたたち全員の口から聞かないことには。
クラウニー
約束しても構わないわ。私はただ、かの伝説のデザイナーが残した足跡を一目拝みたいだけだもの――魂の溶炉の設計図にも、彼女のサインが残されていると聞いたけれど、確かなのかしら?
エルマンガルド
魂の溶炉に設計図があるなんて与太話、どこで聞いたんですの?
見て回るのは構いませんけれど、みだりに触れないようにお願いしますわね。それで、あなたは何を見ているのですか? アンズーリシックさん。
マドロック
郊外へと通じる、十分な広さのパイプがあれば……
ペール
アンズーリシックってのは、こういう複雑な建築システムに随分興味があるみたいでな。パイプがちゃんと頑丈にできてるかどうかを確かめてるだけだから、安心してくれよ。
マドロック
まあ、主にその中を通り抜けられるかを確かめているんだが。
エルマンガルド
ではあなたはどうですの、顧問さん。先ほど仰っていたように、子供の頃からの夢を叶えたいだけだとでも?
ペール
やれやれ……それだけじゃダメなのかい?
エルマンガルド
ふん。
あなたも来るとは思いませんでしたわ、カライシャ。一族との縁を切ったナハツェーラーが、なぜここへ来たのですか?
カライシャ
縁を切った? いいえ、彼らとは理念が違っただけのことよ。
ここにきた理由については……んー、主に、そこの可愛いお嬢さんに誘われて断れなかったからよ。
もし、魂の溶炉の中で高度な巫術の儀式について学べるのなら、それに越したことはないけれど。
ともあれ、ここにいる人たちには嘘をつく必要なんてないでしょうし、何より、私たちを誘ってくれたのはジャールなのよ。
ブリキ
もうタバコを一本吸い終わってしまったのですが、まだ自己紹介を終えてないのですか? ここまで来てもめる要素がありましたか?
師から悪癖を学んではいけませんよ、リッチのお嬢さん。かつてはリッチの誠実さと言えば誰もが認めるものでしたが、今となっては……
エルマンガルド
私は、歴史への造詣はそれほど深いほうではありませんけれど、あなたがデタラメを仰っていることはわかりますわ。
まあ、いいでしょう。準備ができたら出発しますわよ。しっかりついて来てくださいまし、くれぐれも離れないように。
ニンフ
やったー! エルミー最高! やっぱり頑固なお年寄りたちとはわけが違うね!
エルマンガルド
次の分かれ道を、右ですわ。
三歩先の地面に裂け目がありますから、左によって歩いてくださいまし。
もう目を開けて構いませんわよ、着きましたわ。
ニンフ
中はこんな感じなんだね! あのぼんやり光ってるのは……
カライシャ
巫術コアよ。
ここが魂の溶炉の最深部ね。炉ができて以来、リッチだけがこの地に足を踏み入れて、レヴァナントへ安魂の儀式を執り行っていると聞いてるけれど。
ペール
で、直近で執り行われた安魂の儀式であの大花火が打ち上がり、俺たちがここに来ることになったわけだ。エルマンガルドさん、何か指示はあるか?
エルマンガルド
ではブリキさん、さきほどお話しした通り参りましょうか?
ブリキ
いいでしょう、見守っておりますよ。
エルマンガルド
あの花火はアクシデントによるもので、安魂の儀式は完了しておりませんの。
先生から、カズデルに散らばったレヴァナントの欠片を探しに行くよう頼まれた私が、その仕事をニンフに託し、さらにニンフはあなた方に助けていただいた、となれば……
先生はあなた方一人一人、いいえ、「私たち」一人一人に借りがあるということになりますわよね。
知識の殿堂の守り人であるあの人への貸しには非常に価値がありますし、色々な用途が考えられるでしょう。
ですが勝手ながら、私は先生の弟子として、その貸しをとてもとても困難なことを成すために使うと決めているのです。
ペール
なんか恐ろしい話が始まりそうな予感がするんだが……もう帰ってもいいか?
ニンフ
ダメだよ! あたしが誘ったんだから、帰るならあたしが帰ってからにして!
ブリキ
こほん、本当のところは大したことではありません、ただの脅しですよ。彼女は、あの偏屈なご老人に叱られてムシャクシャしているので、あなた方に面目を取り戻すのを手伝ってほしいのですよ。
ペール
面目って言うと?
エルマンガルド
レヴァナントの件に関する……面目ですわ。先生が果たせなかった安魂の儀式を、きちんと成し遂げたいのです。やるかやらないか、どうなさいます?
クラウニー
あああ~っ!
ごめんなさい、気まずい沈黙に耐えられなくて……適当にちょっと騒いでみただけなの。
その、先にも言った通り、私はただ伝説のデザイナーの設計を拝みたかっただけで……もう見終わったから、用事は済んでるのよ! レヴァナントの件はあなたたちに任せるわ。
ペール
ここまでずっと、全員目を開けさせてもらえなかったのに、どう見終わったってんだ?
カライシャ
安魂の儀式を見学するだけならまだしも、リッチの彼女の意図を察するに、私たちまで儀式に参加させるつもりなのね?
マドロック
レヴァナントと関わるのなら、アーミヤに知らせるべきではないだろうか? それから、バベルのあの人たちにも。
ペール
俺たちはここに集まる過程で、多かれ少なかれレヴァナントの恐ろしさを見てきてるんだぜ。たとえほんの一欠片だろうと、カズデルを混乱に陥れかねないようなものなんだぞ。
ニンフ
冷や汗かくのやめてよ、ペールさん! そこまで大げさなことじゃないって。
ペール
大げさだって? よく考えてみろよ、ニンフ。どのケースでも、俺たちが駆けつけるのが少しでも遅れてたら、何が起きてたと思う?
あのギャング連中が剣を抜けば血を見ることになるだろうし、狂った巨像が振り下ろした拳を止めることなんざできやしなかった……
何より、今から俺たちは、大溶炉で何百年も燃やされ続けてきたレヴァナントとご対面するんだぜ。それに伴うリスクを、俺たちだけでなんとかできるか?
ブリキ
できますとも。
私が見守っていると言ったでしょう。
カライシャ
故郷を捨てながら軽率にも舞い戻った、強大なレヴァナントがね。
――それなら、異論はないわ。
ニンフ
あたしもないよ! そんなすっごいご先祖様が守ってくれるなら、何も怖がる必要なんてないでしょ?
ペール
ニンフ、ちょっと落ち着いたらどうだ? いくらブリキさんの助太刀があったって、俺ら数人だけでご先祖様を喜ばせるのは無理があるだろ?
ニンフ
どうして無理だと思うの? 今回のことで、あたしたちたくさんの人に出会ったけど、皆それなりに大変な暮らしを送ってはいても、生き生きしてたよね。
ひょっとしたら、前の儀式が成功しなかったのは、未来がどうとか犠牲がどうとか聞かされることに、ご先祖様がうんざりしちゃったからかもよ。だって、そんな話で元気出るはずないもん。
だから、あたしたちがご先祖様に、今のカズデルの人たちがどんな暮らしを送ってるのか話してあげたら、もっと元気になってくれるかも!
それに、レヴァナントの人たちなら、例の伝説のデザイナーさんのことを覚えてて、その正体まで知ってるかもしれないし……
クラウニー
確かにそうね、それなら私も仲間に入れてちょうだい!
マドロック
ここまで来たからには、手ぶらでは帰れない。レヴァナントから、街の秘密の通路について聞き出すことができれば……
ニンフ
それじゃあなたも仲間入りだね! ペールさん、まだ迷ってるの?
ペール
ちっとリスクはあるが、絶対やらない理由も思いつかねぇな。俺も頭数に入れてくれ。
ニンフ
オッケー、それじゃあ一緒に、ご先祖様にこれまでとは違う安魂の儀式を開いてあげよう! ブリキさん、あなたはどう?
ブリキ
面白いですね。私がそちらのリッチのお嬢さんの話に乗ったのも、彼女があなたと同じようなことを言ったからなのです。
ニンフ
あっ、ほんとに? エルミーが……
エルマンガルド
カズデルの未来への道は、彼らではなく、私たちが歩むべきものでしょう。ですから……
ですから私たちには、こうしたことを成す資格が当然あるのです。
耳を塞いでいてくださいまし。今から呪文を唱えますから。
エルマンガルド
もう一度試してみましょう。心を鎮めて……欠けたる魂よ、近寄りて、お応えください。
血脈さえ溶かされる……炎の中で……どうかお応えください。
……
どういうことでしょう。まるで反応がありませんわ。
ブリキさん、まだいらっしゃいますか?
エルマンガルド
少し奥まで来すぎてしまいましたね……何の反応もありませんけれど、何かを間違えたのでしょうか?
いいえ、ここで引き返せば、失敗を宣言するのと同じことですわ。
形なき無限の影の中で、冷たい光が彼女の意識の周囲をぐるぐると回り、幾重もの軌跡を描き出す。
そのパターンを理解しようとすれば、たちまち見失ってしまうだろう。止まって、それから思い出さなくては。思い出さなくては……
それは……レヴァナントの欠片だったと、彼女は思い出した。それを集めて一つの塊にしようとしても、星くずのように、指の隙間から滑り落ちていく。
彼らは話している。一つ、二つ、多くの声がゆっくりと彼女に近付いてくる。冷たさが退き、堅氷が燃え盛る。彼女は感じた――
苛立ちを。恨みを。混乱を……呼びかけが届いていないわけではなく、彼らはただ……彼女を無視しているだけなのだ。そうしてついに、彼らは煩わしさを覚えた。
八つ裂きにするつもりだ……彼女のことを。
静かな声
下がりなさい……3、2、1。意識を切り離して、下がるのです!
エルマンガルド
!!!
ニンフ
エルミー! 大丈夫? さっきからずっと、そこで立ったまま震えてたよ! 心配したんだから!
エルマンガルド
わ……私は大丈夫ですわ。ブリキさんは?
ペール
そこにいるぜ。壁にもたれてうつむいたまま、少しも動かねぇけどな。何か考え事でもしてんだろう。ずっと同じ姿勢でいても、あの金属製の関節は、痛んだりしねぇのかね?
ニンフ
儀式は成功したの?
エルマンガルド
先ほど、欠片を大溶炉へ返却してきましたわ。危うくレヴァナントの意識の中で迷子になるところでしたけれど、ブリキさんが救い出してくださったのです。
ブリキ
救い出したなどと言うほどでは。単に手を貸しただけですよ。あなた自身の力でも、きっと何とかできたでしょう。もう少し時間はかかったでしょうがね。
ペール
確かにあそこを動いてねぇのに、こりゃなんだ……頭の中に直接響いてくるみたいな声だな。
ブリキ
若者がやる気に満ちているのは大いに結構ですが、今のように深く潜りすぎることもありますから、やはり私のような老人が岸辺で見守り、時折少しの経験を分け与えるのが望ましいですね。
エルマンガルド
ですが、レヴァナントたちはいまだ私の呼びかけに応えてくれてはいませんわ。
ブリキ
それも想定の範囲内です。長年炉の中にいたせいで、彼らの脳は焼け爛れてしまったのでしょう。いえ、脳などとうに失っているわけですが。
そちらの頭の回る少年、そう、あなたのことです。少し手伝ってくれませんか? 私の上着の内ポケットから、ノートと、ついでにペンを何本か取り出してください。
ペール
俺が近づいた瞬間急に目を覚まして、腕を掴んだりしねぇよな? 怖い話じゃ大抵そういう展開があるもんだが。
ブリキ
そんなくだらない真似はしませんよ。ノートを取り出したら、あなたたちがレヴァナントに対して言いたいことをそこに書いて、そのページを破いて燃やしてください。
ライターはズボンのポケットに入っています。アーツで燃やしても構いませんよ。どちらも変わりありませんから。
エルマンガルド
そうすれば、彼らに届けられるのですか?
ブリキ
さすがに私のメンツは立ててくれると思いますよ。
何を書いても構いませんが、彼らの興味を引けそうな内容にすることをお勧めします――さて、あなたたちは何になら興味を持ってくれるでしょうね?
カズデルに関することをテーマにしましょうか。書き終えたら破いて、燃やしてください。
ニンフ
あなたのほうは……
ブリキ
古馴染みに会ったので、少し話をしているだけです。心配には及びません。
ニンフ
書き終わったよ! エルミー、火の玉を出してくれない?
エルマンガルド
その程度のアーツであれば自分で……まあいいでしょう、ほかに書き終わっていて、一緒に燃やしたいという方は?
ペール
こっちは大丈夫だ。ライターを見つけたんでな。
ニンフは何を書いたんだ?
ニンフ
しーっ……願い事は口に出すと叶わなくなるんだよ。
エルマンガルド
これは願い事を書くものではありませんのよ!
ニンフ
わかる? 大溶炉が震えてるみたい……あっ、見えた!
ご先祖様たちだ!
お前が話をする番だ。
ブリキ
私ですか? 実は、あの時彼は私のところにも来たのです。しかし私は、ついてはいきませんでした。
あの時、彼の骨はカラカラと音を立てていました。あなたはその中にいたのでしょうか?
覚えていない。
記憶などここでは役に立たぬ。ただ……苦痛を増やすだけだ。
ブリキ
ですがあなたはまだ、私を覚えておられるでしょう。
それは私が、我々がお前を恨んでいるからだ。
恨みは炎をより強くする……これぞ、奴が望んだことだ。
ブリキ
あなたたちには、恨みを抱くだけの理由がありますし、私も時折そうするときがありますよ。
お前は戻るべきではなかった。なぜここへ戻ってきた?
ブリキ
旧友を訪ねに来たということにしておいてください。クルビアに長くいると、毎日新しい物を見続ける生活に慣れてしまいますが、やはり時には昔のことや、古い友人を思い出すこともあるのです。
それゆえ、少し休暇を取って戻ってきたのですよ。あれから数百年が経ち、カズデルが再び復興したと聞いて、今の様子に興味が湧いたものでして。
近々、この大溶炉を修復して、その折には式典を開催し、あなたたち全員を解き放つ運びとなっているそうですね。ははっ、あなたがその当日まで持ちこたえられるかどうかはわかりませんが。
式というより……葬儀だろうな。終わりのない葬儀だ。
ブリキ
わかっていますよ。
レヴァナントは死んで久しいというのに、なおも葬儀が必要だということくらい。
わかっています。わかっていますとも……
クルビアの一部の地域では、葬儀の際に冗談を言い合うのです。死者を話の種にして皆で笑い、涙を忘れるのですよ。こうした習慣は良いものですし、もっと広まるべきだと思います。
実はちょうど、面白い若者たちと出会いましてね。それぞれユニークな考えを持っていますので、あなたたちも耳を傾けてみてください。自分の葬儀の予行演習だとでも思って。
ですが、彼らを脅かさないようにお願いしますよ。どの子も……カズデルの誇る良い子ばかりですから。
ブリキ
……ほんの少しの時間でしたのに、もう足が痺れてきているとは。時間を見て、関節部のパーツを整備しなければなりませんね。
おっと、私のライターはどこに?
マドロック
例の頭の回る子供が持っていったぞ。
ニンフ
わかる? 大溶炉が震えてるみたい……あっ、見えた!
ご先祖様たちだ!
エルマンガルド
ニンフ、気を付けて! こちらへ来てください。
お前たちは、レヴァナントの目の前で、カズデルの未来を語る資格が自分にあると本気で思っているのか?
クラウニー
未来に限った話ではないわよ……私が書いたことなんて、おとぎ話みたいなものでしょう? あの傭兵たちがそれらしく語るものだから、この機に真偽を確かめようと思って。
彼らが言うには、かつて存在したカズデルの中には、地下に沈んでしまって、大穴だけが残されたものがあるという話だけれど、本当なのかしら?
たかがお前たちの矮小な口論などのために、カズデルが地の底に落ちるなどという呪いの言葉を吐くのか?
クラウニー
どうして呪いだなんて言うの? 本当にそんな場所があるなら、一度行ってみたいのよ。もしかしたらそこで、失われた秘宝を見つけ出して、私のファッションをさらに広げられるかもしれないもの。
個展のタイトルももう決めてあるの。「失われしカズデル、古代の残響」――風格溢れる響きでしょう?
ペール
俺は真剣にカズデルの未来の展望について書いたんだぜ。そういう変てこな話は間違っても書いちゃいない。
ブリキ
そうですか? どれ……「新しいカズデルでは、サルカズたちが互いに助け合い、異種族の人が郊外に押しやられることもない。」
「人々は皆、ただ良い生活を求めてこの場所へやってくる。ここには種族の差別もなければ、王庭もない。」……ペール、これはあなたが書いたのですか?
ニンフ
そ、それはあたしが書いたやつだよ! もう燃やしちゃったのに、どうして中身がわかったの?
マドロック
種族の差別もなければ……王庭もない……
私が書いたものも読めるのか?
ブリキ
ええ。ふむ……かなり大胆な構想をお持ちですね、アンズーリシック。ですがこれは、実現不可能かもしれません。
マドロック
この手の話は、ずっとずっと昔に、もう一人のアンズーリシックに対して、多くの者が語ってきたことなんだ。
ニンフ
(小声)エルミーエルミー、安魂の儀式って今どのくらいまで進んでるの?
エルマンガルド
もうどの段階でもありませんわ。ご先祖様たちが顕現した時から、私はこの儀式を制御できなくなっていますもの。
このすべてを前にして感じるのは、ご先祖様たちが私たちのことを面白がっているということだけですわ。
ニンフ
面白がってる?
エルマンガルド
ご先祖様たちは、「これまでとは違う話」をお聞きになりたいようですわよ。
ブリキ
地の底に落ちたカズデル、空の上まで飛んだカズデル、王庭の存在しないカズデル、そして都市全体がレヴァナントに変じたカズデル……あなた方は本当に想像を越えてきますね。まさか本当に……
本当に、そのようなカズデルのほうが、今よりも良いとでも思っているのか?
万一にも、カズデルが誤った道へ進んだとしたら、お前たちはどうするつもりだ?
ニンフ
でも、「誤った道」なんて、そもそも存在しないと思うよ。
カズデルが最終的にどうなるかなんて誰にもわからないけど、あたしたちはみんな、カズデルに住む人たちの暮らしをより良くしたいと思ってるんだもん。
みんなの暮らしが良くなってたら、それを誤った道だなんて言えないよね?
たとえ一番ぬかるんだ険しい道だったとしても、断崖絶壁で、行き場をなくすよりマシ……そうでしょ?
溶炉のコアからはしばらく何の返事も返ってこなかった。ブリキも再び頭を垂れ、ただ組んだ両腕を指でリズムよく叩き続けている。
ニンフは自分の心臓の鼓動がますます速く、手の中のアーツユニットがますます熱くなるのを感じた。
早く何か言ってよ、とニンフは助けを求めてクラウニーのほうを見ようとしたが、目を向ければ、そこに見えるのは遥か遠くの影だけだった。
そのようなカズデルを良いと思うのならば、お前たち自身の手で試してみよ。
その良し悪しは、お前たち自身で証明せねばならぬ。過ちや損得については、お前たち自身で背負わねばならぬのだ。
お前たちに……これまでとは違う道を見出す資格があるかどうか、見せてもらおう。
ニンフ
どこへ……行くの?
お前たち自身が語った、物語の中だ。