不確かな啓示

イネス
ヘドリー、骨骸での撤退を了承した人たちはみんな連れてきたわ。
ほとんどが年寄りや子供、怪我人のような長旅に耐えられない人たちよ。
Wから「死にたいなら好きにさせればいい」と言われていた非協力的な負傷者も、結局はWの小隊のメンバーが運んできたわ。
Wの部下、意外とたくさん生き残ってたわよ。「ライフボーン」の秩序を維持したり、捕らえたウルスラを監視したりする人員もこれで確保できそうね。
だからあなたも、途中で死んだら代わりの操縦士が見つからないかもって心配はいらないわ。
ヘドリー
……ああ。
イネス
何か待っているの?
「ライフボーン」が、戦場の残骸に影を落とす。
空を見上げたサルカズはいなかった。彼らはさらに大きな影が延々と続く隊列を覆うことを予感していたのか、あるいはそうなることに慣れきっていたのかもしれない。
高速軍艦が残した巨大な溝を渡らねばならないため、部隊はゆっくりと慎重に進んでいる。
ヘドリー
いや、ただ……この隊列の長さには改めて驚かされた。
ヴィクトリアからカズデルまでの道のりの長さは、お互いによくわかっているだろう。それだけの距離を、この人数で……
イネス
もしヴィクトリア人の気が急に変わって、下の隊列目掛けて大砲を撃ち始めても、あなたには何もできないわ。
ヘドリー
ああ、そんなのいつものことだ。
今でなくとも……俺たちがテラ全土に向けて大きなアクションを起こせば、必ず各国からの反応は返ってくる。
イネス
でも、このやり方で本当にうまく行くの?
こんな堂々とカズデルに撤退なんかしたら、多くの国がパニックになるかもしれないわ。
ヘドリー
これが最善の方法なんだ。
この部隊は、あらゆる勢力に対し強い姿を示し続けねばならない。武器を振りかざす気力が失われてしまえば、すぐに骨の髄までしゃぶりつくされてしまう。
あの新しい「魔王」もそうだ。
主導権は必ず己の手で握っていなければ。
骨骸越しに外を見れば、飛行船が雲の向こうに見え隠れしており、大砲も索敵状態を保っていた。
さらにそのそばには、撤退する部隊の後をついてくる巨大な天災雲の姿があった。
イネス
もう一つ、大きな懸念材料があるんだけど。
マンフレッドの見張り、本当にWに任せていいのかしら?
ヘドリー
ああ、あいつが適任なんだ。
クルビア軍士官
部隊が指定座標に到達しました。
空は快晴、視界も良好です。
通信機からの声
引き続き、南東方向に注視せよ。
国防部から最新の情報の共有があった。その中には、カズデルの大まかな位置座標も含まれている。
サルカズ軍が撤退を口実に怪しい行動を取っていないか、細心の注意を払うように。
クルビア軍士官
はっ!
その実、士官はサルカズを監視する理由を、まったく理解していなかった。
しかし、協力相手に敬意を表すためにも、彼は偵察車の中、ドローンから届いたデータに精一杯目を凝らした。
データに一切の異常は見られない。
クルビア軍士官
今のところ異常なしです。それで、これはただの雑談ですが……マイレンダーが、あなたのような肩書きの方を軍との連絡役に抜擢するなんて、珍しいこともあるものですね。
通信機からの声
ハハッ、ヴィクトリア人はロンディニウムの災難をうまく隠しおおせていると思い込んでいるが――
彼らとじっくり話し合うためにも、私のような者がもう少し状況を探ってやる必要があるのだよ。
クルビア軍士官
ええ、承知しておりますとも。
通信機からの声
……少尉! 少尉!
直ちに状況を報告せよ!
クルビア軍士官
はい、特に変化はありませんが……
通信機からの声
変化なしだと!?
クルビア軍士官
え、あれは……?
士官は通信機を外した。車に搭載された天災警報システムから、耳をつんざくようなサイレンが鳴り響いている。
彼はD.C.のある方向を眺めた。この距離からでは、移動都市の姿はほとんど見えない。
しかし、D.C.の上空から頭上にかけて続く、巨大な天災雲の影をはっきりと目にした。
礼儀正しい従者
ええ、旦那様もあなたがシラクーザの者たちと親しいことはご存知ですよ。だからこそ、今回あなたに手腕を振るっていただきたいのです。
リターニア貴族
安心したまえ。サルカズの大群は災いであり、無秩序な軍力でもある……だが、所詮は傭兵の寄せ集めだ。
我らが隣人であるヴィクトリアの監視体制が、どれだけずさんなものかようやくわかったよ。
だが、その穢れがリターニアの楽章の輝きを曇らせることはないと約束しよう。
どうか、そちらの旦那様に伝えて――
不意に暗くなった空が彼の言葉を遮った。
リターニア貴族
……何事だ?
礼儀正しい従者
急いで部屋の中へ! 天災です!
クルビア軍士官
基地に指示を仰がないと……クソッ……どの回線も繋がらない。どうなってやがる! 車両の出力を最大に……
いや、待て――
天災警報システムが示すデータに、彼は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
天災雲は突如として膨張を止めたのだ。数分前に何の予兆もなく姿を現した時と同じように、あまりに唐突だった。
強風が源石粉塵を巻き上げたが、空から源石が降ってくることはなかった。
やがて、暗雲は徐々に散っていき、太陽が顔を覗かせた。
クルビア軍士官
……
通信機からの声
……少尉、聞こえるか?
クルビア軍士官
はい……天災雲の出現前には、観測器に一切反応はありませんでした。突然現れたとしか言いようがありません……
通信機からの声
ああ、そうなのだろうな。奴らがこんな脅迫的なやり方で力を誇示するとは、なんと腹立たしいことだ。
クルビア軍士官
つまり、今のはサルカズたちの仕業だと……!?
通信機からの声
君たちに協力を仰ぐ必要はもうなくなった。直ちに撤退してくれ。もちろん、今回の仕事はすべて内密で頼む。
クルビア軍士官
……はい。
通信機からの声
我らに……テラの祝福あれ。
カジミエーシュ新聞編集長
今すぐホットラインの回線を切れ! 天災雲の目撃情報はもうたくさんだ!
天災雲なら、高層ビルにいる我々の方が近くで目撃しているんだ!
今の最優先課題は、それに解釈を付け加え、立派な記事に仕立て上げることだ。広告会社のプロジェクター映像とでも、リターニアの新アーツとでも、好きなように書いて構わん。全員で取り掛かれ!
……だから目撃情報はもう――
カジミエーシュ職員
いえ、市民からではありません……
トランスポーターからの連絡です……ツヴィリングトゥルムにラテラーノ、それとモンテルーペ……各国の首都の上空にも天災雲が現れているそうです。
カジミエーシュ新聞編集長
サンクト・グリファーブルクやマックスD.C.は?
カジミエーシュ職員
……同じです。
ウィシャデル
一瞬で天災を玄関先に送り届けてやれるなんて、「アナンナ」ってなかなか便利じゃない。
フン、だから持って行こうとした時、ドクターもあのババアもあんなに焦っていたのね。子ウサギちゃんなんて頑なについてきて監視しようとするし。
もし……こいつで一気に中核国家の首都を全部滅ぼしてやったら……
???
確かに「アナンナ」は中核国家の首都を恐怖に陥れることはできるだろう。だが、国そのものを滅ぼせるとは限らない。
そして、各国への挑発と引き換えに得られるのは、サルカズへの報復だけだ。我々の歴史が既にそれを証明している。
賢い判断を見極めろ、ウィシャデル。加えて、それが精神と肉体に与える負担は、私の想像を大きく上回っている。もっと慎重に扱うべきだ。
君自身、それがもたらす苦痛を味わったばかりだろう。
ウィシャデル
あんたに指図される筋合いはないわ、マンフレッド。
マンフレッド
もし「アナンナ」の正しい使い方を理解することができれば、単純な脅迫には留まらない有用な使い道も見えてくるはずだ。
両殿下とて他国を滅ぼすことなど望んでいない。それは確かに恐ろしい武器であり、抑止力にもなるが、それ以上に我々を宿命から解き放つための礎だ――
ウィシャデル
あんたってヘドリーよりもウザいのね。
自分の立場を忘れないでちょうだい。今のあんたはただの囚人よ。カズデルのために必要だから、生かしておいてあげてるだけ。
それから、軍事委員会を残しておいてあげてるのも、生き残ったサルカズたちが、故郷まで辿り着くための信念を必要としてるからってだけの理由よ。
チッ、テレシスのヤツ、相変わらず小賢しいわね。
マンフレッド
……ヘドリーはこうなることを早くから予想していたのでは?
憎しみにより集った同胞が、再びカズデルの下で団結し一つとなる――摂政王殿下には初めからそのビジョンがあった。
もちろん、同じ目標のために、バベルと軍事委員会が再び手を結ぶこともな。
ウィシャデル
だから自分は裁きを逃れられるとでも思ってるわけ? そんな甘い考えは捨てたほうがいいわよ。
マンフレッド
ウィシャデル……
ウィシャデル
まだ何かあるの?
マンフレッド
もしテレジア殿下が目指していた未来が実現し、カズデルが他国と正常な関係を結べる日がやって来たのなら……
私と軍事委員会の者たちは、カズデルと一線を画さねばならない。
サルカズにとって異族が憎悪をもたらした存在であるように、他国にとっての軍事委員会もまた、彼らに憎悪をもたらした存在だ。
ウィシャデル
……
マンフレッド
彼らはいずれ、我々の贖罪が果たされていないと主張し始めるだろう。ならば私は、仇討ちの者が訪ねてくる日を静かに待とう――
ウィシャデル
いい加減黙って。今さら善人のフリをしたって無駄よ。
何を言おうが、テレシスとあんたたちがバカなことをやらかしたって事実は変わらないわ。今この場で全員バラバラに刻んでやりたいほどのね。
忘れたの? あんたたちの計画を心の底から信じていた戦闘狂たちはほとんど、ナハツェーラーと一緒にロンディニウムで死んだわ。
そのバカどもはあんたたちに殺されたのよ。あたしたちが連れ出してあげられた人なんて、ほんの一握りなの。
マンフレッド
……
ウィシャデル
でも、サルカズが犯した過ちなら、サルカズが背負って当然だけどね。
ザコどもがカズデルを挑発しに来たとしても、軍事委員会を丸ごとほっぽり出すほどバベルは軟弱じゃないわ。
殿下なら絶対にそんなことはしない。もちろん、あたしも。
それに、あいつらがその気なら、あたしはもう一度やり合っても構わないんだから。
で、まだうだうだと喋り続けるつもりなら、そういうバカげた話に付き合ってくれる人のところに放り込むわよ。
マンフレッド
……
シラクーザマフィア
怖くないのか?
あっちに天災雲が見えるだろ? 遠くにあるはずなのに、いきなり俺たちの頭上に現れるような気がしてな……
謎の男
ああ、怖いさ。天災が怖くない人なんていないよ。
でも、サーミで学んだんだ。怖いと感じた時は、帽子をまぶかにかぶって、しゃがみ込んで楽しいことを考えればいい。そしたら、いつの間にか怖い気持ちが通り過ぎていくのさ。
それに、私はただ自分の道を歩んでいるだけだよ。彼らだって、理由もなく意地悪はしないでしょ?
シラクーザマフィア
つい先週、捕まって尋問を受けたファミリーはこれで何個目かもわからないって言ってただろ。
謎の男
ああ、そりゃごめん。君たちには面倒をかけちゃったね。
シラクーザマフィア
……
謎の男
でも、誤解もいずれは必ず解ける。君たちだって、現にこうして解放してくれたじゃないか。
シラクーザマフィア
……お前がサーミとウルサスを生きて横断してきたなんて、とてもじゃないが信じられんな。まさか、とんだホラ吹き野郎だったりして。
謎の男
私はいつも、話の通じる人と巡り合えちゃうのさ。君たちだってそうだよ。
シラクーザマフィア
フン、天災に話は通じねえけどな。
たしか、「黒流樹海」ってとこに行くんだよな?
謎の男
そうそう。家に……ボリバルに帰るためにね。
シラクーザマフィア
それは随分と長旅だな。一日二日遅れたからってどうってことないだろ。それに、お前が持っているそのボロっちい紙切れにも、使用期限なんてありゃしないんだ。
とにかく、あのとち狂った部隊が通り過ぎるまで待っとけ。戦争を始めたのもあいつらだし、都市一つくらい滅ぼしちまう連中なんだからよ。
それか、お前の代わりに天災に挑んでくれる奴が現れるまで待ってみてもいいかもな。
これは友人としての忠告だ。
魔族があんなに大々的に移動してんだ。なんとかひと泡吹かせてやろうって奴がきっと現れる。
謎の男
……
耳をすませば、遠くの空に広がる天災雲の恐ろしいうなりも、かすかに響く軍艦のエンジン音も聞こえてくる。
このシラクーザの友人の言う通り、この件に首を突っ込むのは賢明な判断ではないだろう。だが……
シラクーザマフィア
パリアカカ……お前まさか、あの恐ろしい天災雲に魅入られちまったとかじゃないよな?
パリアカカ
そうなのかもね。見たことのない景色を目の前にすると、いつも好奇心を抑えきれなくなっちゃって。
サーミにいた時も、この悪い癖のせいでずいぶんと割を食ったよ。それでも直らないもんでね。
ああでも、正確には天災雲じゃなくて、その真下を歩いている人たちを見に行ってみたいんだ。
Misery
どうだった? 難癖をつけられたりはしてないか?
Logos
うむ、此度も平凡な葬儀であった。
Misery
……天災の下での葬儀は、それだけで平凡とは言えない。彼らも本来は俺たちとカズデルへ帰るはずだったのに……不公平だと思わないか?
Logos
死はほとんどの者にとって、最も容易く触れられる平等である。
死者の多くは、親族も友もおらず、名も持たぬ者たちだった。
死の迫った者に最後の言葉を遺すよう告げた時、その者らは誰が自身のために哀悼を捧げてくれるのかすらわからなかったのだ。
獣に荒らされぬよう、埋葬地の周辺には霧を纏わせてある。だが、そこに眠る者の多くは、故郷へと戻り、亡骸を溶炉へと投げ込む願いをついぞ叶えられなかったというわけだ。
Misery
Logos、この少し先に何があるか知っているか?
Logos
いいや、これまでの任務で、この付近に来ることは滅多になかったゆえ……
Misery
南にほんの少し進めば、ラテラーノがある。
Logos
……
Misery
任務でOutcastとこの辺に来ると、いつもここに連れてこられて、一緒に酒を飲んだ。
それで、くだらない賭けをしたんだ――俺がこっそりラテラーノに忍び込んで、アイスを食えるかどうかの賭けだ。
俺はやり遂げた。誰にも見られずにな。
……あいつには、見ていてほしかった。
フッ……少なくとも、今回約束を破ったのは俺じゃない。
Logos
だから、アスカロンと共に本艦へ戻る命令を拒んだのか。
うぬは、我らの撤退ルートがここを経由すると知っていたのだな。
Misery
余計な詮索はよせ、Logos。
アスカロンが一人いれば、犠牲になった仲間やその形見は、必ず無事に本艦へ送り届けられると思ったからだ。
それに、彼女にも独りの時間が必要だ……過去に別れを告げるためのな。
Logos
我もあやつと撤退について議論しようとしたが、終始口を閉ざしておった。
Misery
今後、彼女が意見を出すことはもうないのかもしれない。
彼女は一つの時代の幕切れを目の当たりにしたんだ。気分のいいものじゃない。俺たちの会議に出るメンバーが、また一人減ったのかもしれないな。
Miseryはため息をついた。
Misery
これから先、何が起きるのかは誰にもわからない。
俺たちの頭の上にある天災雲もそうだ……やり方自体は気に入らないが、この機に乗じてサルカズに戦争を仕掛けようとしている軍隊への最大の抑止力になることは、認めざるを得ない。
強硬手段で戦争を回避していなければ、カズデルへの旅路にはもっと多くの犠牲が出ていただろう。
Logos
此度の暴力は手段であり、目的に非ず。気に病まずともよい。
Misery
だが……俺が悲観的になりすぎているのかもしれないが……
どう足掻いても雨は降る、そんな気がしてならないんだ。
パリアカカ
ええっと、そろそろ解放してもらえないかな?
傭兵偵察
お前、一体何者だ?
パリアカカ
だから、ただの探検家だって言ったでしょ……
傭兵偵察
お前は雷を避けようともせず、むしろ雷の方がお前を避けてるみたいだっただろ。まるで……お前を怖がってるみたいにな。そんな探検家なんて見たことも聞いたこともねぇよ。
パリアカカ
いや、逆に私のことが好きなのかも?
ほら、雷が何回も私のすぐそばに落ちたじゃないか!
傭兵偵察
……
喋れば喋るほど、ますます怪しくなるだけだぞ。
とにかく、なんで俺たちがわざわざ頭の上に天災雲を載っけてるかをよく考えやがれ。もう二度と近づくな。余計な詮索もやめろ!
パリアカカ
ちょっと待ってよ。私はただ君たちが作った奇妙な天災雲を詳しく調べてみたいだけなんだ。それと、一つ忠告をしてあげたくて――
傭兵偵察
気に入らねぇんだよ。
口を開けばデタラメばかり言いやがって。
サルカズの傭兵は、目の前の男の実力を推し量りながら、攻撃を仕掛けるべきかどうか悩んでいた。
???
怪しい奴ってそいつのこと?
ウィシャデル
見た目はどこにでもいそうな感じだけど。
ねぇ老いぼれ、本当にこいつで合ってる?
レヴァナントの声
その者から嫌な臭いがするのだ。
(古代サルカズ語)「シュマルデカ」……外より来たりし敵。
いや、奴らが自らやって来たわけではないな。その者が身に着けている何かが……
妙だな。ただの……紙切れか?
ウィシャデル
ったく、ついにボケちゃったわけ?
つまり、もう警戒しなくていいってこと? ちょっと老いぼれ、返事しなさいよ。
傭兵偵察
ボス、その――
ウィシャデル
「議長」よ、何度言えばわかるの? ヘドリーの奴、こんな下らないルールを作っちゃって、めんどくさいったらありゃしないわ。
……議長は殿下一人だけなのに――
まあいいわ、あんたたちには偵察を任せてるんだから、自分たちの仕事に戻りなさい。こいつはあたしが相手するから。
傭兵偵察
わかった。
ウィシャデル
それで、忠告がどうとか言ってたけどなに? あ、変な真似はしないほうがいいわよ。
あたしのほうが絶対に速いから。
パリアカカ
……
君たちに近づいてきている艦隊があるんだ。すべての識別信号を遮断しているから、どこの国のものかまではわからないけど。
方角はあっち。敵が隠れるのには最適な地形だね。
ウィシャデル
どいつもこいつも、一枚噛んどきたいのかもね。
フン、意気地なしどもが、本当は怖いくせに強がっちゃって。
お礼として、天災雲をちょっとだけ見せてあげましょうか? あんた、「探検」に来たんでしょ?
パリアカカ
はは、遠慮しとくよ……怖くて震えが止まらないからさ。
ウィシャデル
フン。
もう行っていいわ。また分別のないサルカズに捕まったときには、あたしの――ウィシャデルの許しを得てるって教えてやりなさい。
パリアカカ
そりゃどうも。
ふぅー、それにしても危なかったな。君が助けてくれなきゃ、あのまま理不尽に死んじゃうとこだったよ。
ウィシャデル
もう嘘はいいわ。あんた、わざと捕まったんでしょ?
パリアカカ
……
ウィシャデル
なんであたしっていつも、サルカズとは縁もゆかりもないくせに、わざわざ助けてくれるお人好しとばっかり出会うのかしらね?
目の前のサルカズは飄々としていた。しかし、集団のリーダーと思わしき彼女の注意力が、すでに自分から離れていることをリーベリは鋭敏に察した。
彼女は遠くに意識を向けている。自分の警告を信じたのだ。
風が届けたのは大地の音か……はたまた、軍艦のエンジン音か。
紛争、戦乱……そんなものは、これまでの道のりであまりにも多く見てきた。
パリアカカ
はあ……
「やられる前にやる、いつも通りだ。」
「放ったアーツ造物が全部壊されたみたいだ。連中も俺たちの接近に気付いてんだろう。まあ、こちとら元から隠れるつもりもなかったけどな。」
「特攻隊をけしかけて、他の奴らが搭乗する隙を作るぞ。おい、俺とお前の部隊、どっちがツイてない役回りをやる?」
「指揮官にでもなったつもりか? バベルと軍事委員会の指示をおとなしく待ってろ。」
「視界に入った敵は全員殺す。手加減したり戦利品を横取りする味方がいれば、そいつも殺してやる。」
「爆薬を用意しろ。奴らの進行ルートに祭壇を組むぞ。」
「祭壇のアーツだけじゃ高速軍艦の装甲は貫けないが、今回は天災も味方してくれてるんだ。」
サルカズ戦士
……来たな。
やっぱり、簡単に帰れるはずがないと思ってたんだ。
大地が震えている。
高速軍艦が薄暗い荒野にゆっくりと姿を現し、サルカズたちの行く手を阻む。
彼はロンディニウムでも、このような突撃を幾度となく敢行してきた。自分は一握りの幸運に恵まれて、いまだここに立っているのだという自覚もあった。
そして、カズデルへ帰るためには、平坦な道ではなく、血と屍に塗れた戦場を乗り越えていかねばならないことも、彼はよくわかっていた。
サルカズの大部隊は、軍艦の主砲が届く射程範囲のわずか手前で歩みを止めた。
空にはますます影が差し、頭上の暗雲からはゴロゴロと雷の唸り声が響いていた。敵もどんどん近づいてきている。
ウィシャデル
全員、指示通りに配置について。
自分の役目をしっかり果たしなさい。
こんなときに、目立ちたがりのバカなんて見たくない――
「止まってください。」
ウィシャデル
……
「これ以上、進んではいけません。」
部隊に混ざっているコータスの少女の存在に気づいたのは、ごく数名のサルカズだけだった。
少女は真っすぐに隊列の先頭へと歩み出る。
続けて、彼女は手にした杖を振るい、自身の背後に一本の線を引いた。黒い線が大地の上をどこまでも伸びていく。
次の瞬間、黒い壁が大地を分かつようにそびえ立った。
黒き糸が織り成した越えられぬ壁が、睨み合う両者を分断する。
黒い壁に遮られ、コータスの少女はサルカズの隊列からは完全に見えなくなった。
だが、その頭上に浮かんだ黒き王冠は彼らの目に焼き付いていた。
魔王。
魔王は我々を見捨てていなかったのか? それとも新たな魔王が現れたのか?
しかし、なぜあの魔王は……異族なのだろうか?
部隊のサルカズ全員の頭の中に、コータスの声が響き渡った。前方で道を阻む艦隊にも、黒き壁の前に立つ少女の言葉がはっきりと聞こえていた――
アーミヤ
サルカズは故郷へ帰ります。
必要とあらば、暴力を用いることも厭いません……この黒き王冠の重みも、よくわかっています。
テレジアさんがサルカズの魂を連れて行ってくださって、サルカズはやっと選択の機会を手にしたんです。
テレジアさんの努力を、無駄にしたくはありません。
それに、サルカズが再び戦争を起こすことも、あなたたちが再び戦争を起こすことも、私は望みません。
……憎しみの連鎖は、ここで断ち切ってみせます。
内なる宇宙でテレジアから黒い王冠のすべてについて教わったアーミヤは、初めて己の正体を余すことなくさらけ出した。
その瞬間、サルカズたちの騒々しい声が押し寄せてくる。
「こっ、こんなのあり得ない……あり得ないだろ!」
「異族がサルカズの王冠を盗んだのか? なぜだ!?」
「彼女が俺たちの王なのか? 一体何を献上すれば、喜んでいただけるのだろうか。」
「さあ、次の戦場へと向かうぞ!」
恐怖、疑念、崇敬、狂乱――無数の感情がアーミヤの脳内へとなだれ込む。
彼女はこれまで何度も、黒い王冠の中に保存されている情報を探ってきた。だが、これほど奥まで進んだのは初めてだった。
押し寄せる情報の波に、危うく押し流されそうになる。長い歳月の中、サルカズたちは今か今かと「魔王」を待ちわび、儚い理想に手を伸ばし続けてきたのだ。
少女は懸命に心を落ち着かせ、決して崩されてはならない黒い壁を支え続ける。
アーミヤ
私は統治者でも、サルカズの王でもありません。
この宣言のせいでサルカズに恨まれようとも、私は受け入れます。
苦しみの終わりまで、私が皆さんを導きましょう。
どうか、引いてください。
もうこれ以上、争いは起きませんから。
黒い壁は依然揺るがず、天災雲も荒野の上空で渦巻いている。
長い膠着状態の末、ようやく一艘の軍艦が方向転換を始めた。
アーミヤ
よかった、これでやっと……
その時、入り混じった思考の声が突如遠ざかり、異様なまでに明瞭な声が響いた――
「……君は何者だ?」
教皇騎士
沈黙を貫け。
……それが教皇聖下のご命令であられる。
ラテラーノ特殊部隊員
サルカズはよその都市で数多の罪を犯したんですよ! それに、ラテラーノがあのような挑発と侮辱を受けたのも初めてだ!
仮に奴らの部隊が、公然と聖都周辺の住民の安全を脅かしたとしても、我々は沈黙を貫かねばならないのですか?
教皇騎士
いかにも。教皇聖下は、ラテラーノはこの件に干渉すべきではないと考えておる。
ラテラーノ特殊部隊員
納得できません! 教皇聖下に直談判させてください!
教皇騎士
……教皇聖下の居場所は、我々にもわからんのだ。
イヴァンジェリスタⅪ世
光輪の瞬間的な乱れと、突如発生した情報の激流からして……
何らかの契機によって、アレが何かを察知したのだろう。
「対話」……
どうやら……自身と近しい存在と対話をしているようだ。
アレが自ら選択をしたのなら、私も倣うべきだろう。アレが察知したものは、もはやラテラーノだけでは抱えきれぬということだ。
では……この質問から始めるとしようか。
……君は何者だ?
「はい、否定はしません、教皇聖下。きっと長い道のりになるでしょう。」
「源石に囚われた魂たちの幾万年にも渡る囁きがなかったとしても、サルカズとこの大地を憎しみから解放するには、長い時間がかかります。」
「では、アーミヤよ。もし我々にそれほど時間が残されていないとしたら?」
「テラはもはや幼少期を過ぎ、気軽に未来を語らう余裕すらない時期にあるのだとしたら――」
「……テレジアさんも同じ忠告をしてくださいました。」
静止した虚空に、誰かが足を踏み入れた。
彼は足跡を辿ってここへとやってきたが、その足跡は永遠にこの場所で途切れていた。
今もなお崩壊し続ける塔が、先ほど起きたすべてを示している。
この場所では時間など意味を成さないが、それでも彼は、自分が一歩遅かったという事実を受け入れるほかなかった。
彼女はもう、手の届かないところへ行ってしまったのだ。
彼の目に映るのは、金色の海と、空に浮かぶ孤独なひし形だけだった。
「アーミヤ、教皇である私とて、厄災がいつどこで起こるのかを予期することはできない。」
「だがその厄災は、我々が一度も直面したことのない危機であると確信している。そして、それは今――」
「目の前にまで迫っているのだ。」