誉れある者
レオントゥッツォ
ここは……
ディミトリ
ようやくお目覚めか。
レオントゥッツォ
……家、か。
どうしてここにいるんだ? ディーマ。
ディミトリ
ラヴィニアがお前をここまで送ってきてくれてな。
ディミトリ
医者が言うには、心身の疲労にケガまで重なったせいで気を失ったんだろうってさ。
レオントゥッツォ
……
レオントゥッツォ
チッ。
ディミトリ
リンゴでも食うか?
レオントゥッツォ
ああ。
ディミトリ
そう言うと思って剥いといたよ。
レオントゥッツォ
ラヴィニアは?
ディミトリ
ここの連中にお前を預けて帰った。
あの人はこの屋敷には入りたがらないってことくらい、お前も知ってるだろ。
送ってきてくれただけでも奇跡だよ。
レオントゥッツォ
……
ディミトリ
しかし、カラチが死んだのは確かに問題だな。
ディミトリ
お前が怪我をしたってうわさも今頃広まってるだろうし……
ディミトリ
ほかのファミリーからすりゃ、勝ちが決まってたはずのベッローネが一瞬で内外ともに問題だらけになったように見えるだろうよ。
これじゃいつ誰に噛みつかれたっておかしくないぜ。
レオントゥッツォ
……襲撃してきた連中に生き残りはいたか?
ディミトリ
残念だが、いなかったよ。
ディミトリ
その上死体も手がかりゼロだ。
レオントゥッツォ
だろうな。
ディミトリ
誰の仕業だと思う?
レオントゥッツォ
サルッツォはずっと動かずにいたが、あれはチャンスを待っていたからだ。そしてこいつは奴らにとって明らかな好機になるだろう。
それに、ロッサティのほうも……俺と一緒に襲撃を受けたウォラックがいる以上、被害者のように見えはするが……
ディミトリ
クルビアのマフィアが一枚岩だったことなんかないからな。
レオントゥッツォ
そういうことだ。内輪もめの可能性もあるだろう。
さらに、ほかの可能性もないとは言い切れない。
レオントゥッツォ
チッ、まったく最高のタイミングだったな。
レオントゥッツォ
水をくれ。
ディミトリ
お前って奴は、ベッドで横になってる時のほうがアレコレ指図してくるよな。
レオントゥッツォ
……で、どうして白湯を持ってきたんだ?
ディミトリ
冷たい水とは言われてないぜ。お前の指示不足じゃないか?
レオントゥッツォ
……まったく……不満があるときはいつもこれだ。何が言いたい?
ディミトリ
今のテキサスの扱いには賛同できないって話さ。
レオントゥッツォ
ラヴィニアは公正な人間だ。罪のない人間を訳もなく糾弾したりなんかしないさ。何か考えがあるんだろう。
ディミトリ
そうじゃない。テキサスは本来お前の武器になるはずだったってことのほうだよ。
ドンからあいつを預かった以上、テキサスがファミリーを脅かすことはないだろう。
上手く使えば良かったんだ。
なのに今じゃ、あいつはラヴィニアに閉じ込められてる。
レオントゥッツォ
ファミリーのことまで考えての判断だ。それがわからないとは言わせないぞ。
ディミトリ
まあ、この危ない状況でテキサスなんて厄介な奴を抱えてたら、今以上の危険に晒されかねないってのは理解できる。
あの名前を背負う人間が再びシラクーザの土地に現れたとなると……さすがに目立ちすぎるしな。
ラヴィニアの目から見れば、テキサスはあいつの手の中にあるほうが安全だと思うのはわかるさ。
ディミトリ
だが、俺たちファミリー内部の人間がそれをどう捉えるかっつーと――
うちの若旦那はテーブルクロス上のおままごとに夢中になるあまり軟弱になっちまった、と思われるだろうな。
お前はナイフ一つ上手に扱えず、挙げ句にそれをなくしちまったわけだから。
――ベッローネは窮地に立たされてる。手を出してきたのが誰だろうと報復を強行すべきだ。
ウォルシーニの新市街はお前の通う建設部のつまらん「事業」なんかじゃなく、ベッローネの家が掌握すべき場所なんだよ。
レオントゥッツォ
……
それがお前の本心というわけか。
俺にも俺の考えがあるんだ。
ディミトリ
じゃあ、聞かせてもらおうか。
レオントゥッツォ
……
レオントゥッツォ
いいだろう。お前は一番の親友で、相談役でもあるからな。
実のところ、襲撃に遭った時から違和感を覚えていたんだが、カラチの死を耳にしたことで確信を得たんだ。
誰の仕業だと思う、と聞いたな。
正直な話、サルッツォやロッサティの人間ではないと思っている。
ディミトリ
そりゃまたどうして?
レオントゥッツォ
犯人は俺を理解しすぎているからな。
どうすれば効率的かつ正確に、ベッローネと俺に打撃を与えられるかわかっているんだ。
ディミトリ
ってことは――
レオントゥッツォ
今後数日、俺は部屋にこもっておく。
回復に努める必要があるからな。
俺たちが失敗したと思う連中がいるのなら、そう思わせておけばいいさ。
本当の敵が尻尾を出すまでは。
ディミトリ
テキサスを連れて行かせたのはわざとだったわけか。
レオントゥッツォ
ああ。
あのカードをどう使うかはラヴィニア次第だ。
これからしばらく、ベッローネに対する動きは増えることになるだろう。
後ろで糸を引いている奴に注意を払っておいてくれ。
ディミトリ
……了解。
レオントゥッツォ
さあ、この答えで満足か?
ディミトリ
ああ、もちろん。
考えあってのことだったら、俺は黙って従うのみさ。
ここのボスはお前だからな。
レオントゥッツォ
だったらいいが。
レオントゥッツォ
……失望させるなよ、ディーマ。
レオントゥッツォ
――ウォラック。俺だ。
ウォラック
レオンか。ケガは大丈夫なのか?
レオントゥッツォ
まあな。
昼間のことについて話がしたい。
そっちも……俺に聞きたいことがあるだろうと思ってな。
ウォラック
……「テキサス」か。
ウォルシーニ監獄
ラヴィニア
なるほど、それで足止めされていたのですね。
ラヴィニア
その足止めをした人物というのは誰ですか?
テキサス
古い知り合いだ。
ラヴィニア
そんな人が……このタイミングで現れた、と?
テキサス
……
ラヴィニア
……見たところ、こうした状況には慣れっこのようですね。
テキサス
この手の尋問は龍門でもたまに受けていたからな。
ラヴィニア
龍門ですか……
テキサス
何にせよ、私にはあんなことをする理由がない。
ラヴィニア
……犯人は皆そう言うものです。
ラヴィニア
けれど、正味私もあなたが犯人だとは思っていません。あんな真似をしてもあなたにメリットはないでしょうからね。
ラヴィニア
それに、レオンからの連絡もありましたので。理由は語れないもののあなたは信頼できる人だ、と。
……なるほど。パーティーに多くの著名人が集まっていたのは、あなたのためにベッローネが用意した舞台だったから――ということですか。
とはいえ、今の状況では、あなたには私のそばにいていただくのが最善の選択でしょう。
テキサス
レオントゥッツォを守っているのか。
ラヴィニア
あなたのことも、ですよ。
ラヴィニア
それに……こうすればほかのファミリーの注意を逸らすこともできるかもしれません。彼らは、このあとベッローネがどう動くかの予測を立てているでしょうから。
ラヴィニア
しばらく躊躇っていてくれたら……私も動きやすくなるかもしれませんしね。
テキサス
お前、本当に裁判官か?
ラヴィニア
なぜそんな質問を?
テキサス
マフィアのやり方に詳しいようだからな。
ラヴィニア
……私は正真正銘の裁判官ですよ。
シラクーザでこの職を全うしたいと思うなら、マフィアの構成員より深く彼らの生き方を理解しなければならないのです。
たとえ少しも理解したくないと思っていたとしても、ね。
テキサス
そういう意味で言ったわけじゃない。法の執行者として、法で裁く対象を理解しておくのは本来当然のことだろうしな。
だが、そんな裁判官はこのシラクーザでは前代未聞だ。
ラヴィニア
……
ラヴィニア
どうか勘違いなさらぬよう。
私は、ファミリー間の均衡を保つためにあなたを連れてきたのではありません。そう判断する人もいるかもしれませんが、私はそんなことは気にしません。
この都市を訪れたばかりのあなたには、カラチ部長がどれだけ重要な人物かというのがまだ理解できていないことでしょう。
彼は本当に立派な人でした。本来なら、今建設中の新都市をよりよいものにできたはずの人なのです。
彼はあの都市を建設するだけでなく、あの場所で市民にこれまでとはまったく別の生活を送らせようとしていました。
それなのに、彼は亡くなってしまった……
私は犯人を見つけ出し、法の裁きを受けさせたいと思っています。
あの人たちは、命令に従わない操り人形など始末してしまえばいいと考えているようですが――
「始末」したのが人形などではなく、血の通った人間であることを彼らに知らしめてやりたいのです。
アルベルト
で、カラチが死んだのはお前とは無関係なんだな。
ラップランド
そうだよ。
アルベルト
ついでに、犯人が誰かもわからない、と。
ラップランド
その通り。
アルベルト
それから、ベッローネがテキサスを呼び出して何をしようとしてるか調べろって言ったのも、進展なしか。
ラップランド
さっすがお父様、何でもお見通しだ。
アルベルト
何の収穫もない状況で、会議の時間に戻ってきすらしなかったわけだな。
ラップランド
この時期はどうしても道が混むからね。
アルベルト
ラップランド。七年前家を追い出されたお前はもうサルッツォじゃない。この意味がわかるな?
ラップランド
もっちろん! 言うことを聞かないボクみたいな道具に対しては、始末したくなったら容赦してくれないってことだよね。
アルベルト
自分の状況を理解してるわりには、それを考慮して行動する気はないらしいな。
ラップランド
可哀想な裁判官に警告するだけだったら、ボクじゃなくたっていいんじゃない?
アルベルト
……どうして俺が奴に警告したがってると思う?
ラップランド
あのお坊ちゃんが家から出てこない以上、あんなふうに啖呵を切った裁判官がベッローネの代表として見なされるのは自然なことだよね。
だけど、お父様の性格からして、ベッローネが本気で弱みを見せてきたとは思えないんでしょう?
だから、裁判官の身の安全を上手く利用すれば、ベッローネの状況を探ることができる……ってところじゃない?
アルベルト
わかってるなら成果を見せろ。
ラップランド
もちろん、命令に背いたりなんてしないよ。ボクたちの求めるものが同じである限りは……ね。
ボクの最愛のお父様。
ソラ
サルヴァトーレ! 私たちはどうすべきなの!?
私を血の繋がったあの人から解き放ってくれたあなたに――感染した労働者たちへお腹いっぱい食べさせるために血をかぶることを厭わなかったあなたに、感謝すべきなのかしら?
ソラ
それでも、あなたは父を殺したのよ!
やめて、父の犯した罪など言われなくてもわかっているわ。私たちについたこの傷跡は父の暴力によるもので、労働者たちにもたらされた死は父の搾取によるものだから……
だけど……だけど!
心の底から感謝してるわ、サルヴァトーレ。あなたは私を、多くの人を救ってくれたのだと思う……
でも、あなたが纏う血のにおいはますます強くなるばかり……
ソラ
お願いよ、一緒にここを離れましょう。平和に暮らせるどこかへと……どうか私を連れて行って。
ソラ
あるいは、もう遅すぎたのかもしれないけれど……
あなたがクルビアに来たその日から……あなたが初めてナイフを研いだその日から……
すべては運命づけられていたのでしょう?
ソラ
……あたしがヴィヴィアンだったら、サルヴァトーレを許せるかな……?
たとえ許せても、このわだかまりは一生二人につきまとうよね。
???
あなたの言う通りよ、お嬢さん。
ソラ
え?
???
二人が結ばれる結末は、ある種の芸術的脚色でね。
本物のサルヴァトーレは、ヴィヴィアンとは結ばれなかったのよ。
それに、ヴィヴィアンの父は確かに強欲で非情な人だったけど……家族のことは大切にしていたの。特にヴィヴィアンのことは宝物のように可愛がっていたそうよ。
ソラ
ええと……
???
純粋な悪人なんてそう多くないでしょう?
だから、たとえ父が悪事を重ねていたとしても、そしてそれを殺したのが深く愛していた人だとしても、簡単に許せることじゃない。
ヴィヴィアンは結局、サルヴァトーレのもとを離れて、別の都市に向かったの。そこで彼女を本当に愛してくれる人と出会って、新しい生活を始めたのよ。
それでも彼女は、サルヴァトーレという男を一生忘れはしなかった……
ある意味、この物語は彼女の夢の続きなのかもしれないわね。
ソラ
……本物のヴィヴィアンさんをよく知ってる、ってことですか?
???
ええ……そんなところかしら。
カタリナ
そういえば、挨拶がまだね。カタリナと呼んでちょうだい、綺麗な役者さん。
あなた、新しく来た人? ここにはよく来るんだけど、会うのは初めてよね。
ソラ
はい。あたし、ソラっていいます。龍門から来ました。
カタリナ
龍門? へえ……面白いわね。
カタリナ
龍門に行って勉強する役者は多いって聞くけど、逆に龍門から来る人なんて珍しいわ。
ソラ
トレンドに逆行してこそ得られるメリットもあると思うんです。
カタリナ
その意見には賛成ね。
ソラ
ところで、カタリナさん。本物のヴィヴィアンさんは、そのあとどうなったんですか?
カタリナ
彼女は……さっきも言ったように、サルヴァトーレのことをずっと忘れなかったの。
カタリナ
そのせいか、彼女の息子はサルヴァトーレと似たような道を歩み始めて――マフィアの一員として、あるファミリーのドンにまで登り詰めたのよ。
のちに、そのファミリーはサルヴァトーレと衝突したんだけど……
ヴィヴィアンが間に立ってくれたおかげで、二人は殺し合うようなことはなく、最後には盟友同士にまでなったわ。
ソラ
それって、台本にあったロッサティファミリーのことでしょうか?
カタリナ
ええ、そうよ。その台本、もう全部読んじゃったの?
ソラ
そうなんです……実は個人的な理由で、テキサスファミリーのことをなるべく多く知りたいと思ってて。
カタリナ
お話への感想を聞いてもいいかしら?
ソラ
あたしとしては……認めたくない部分がありました。
カタリナ
っていうと?
ソラ
たとえば、サルヴァトーレの孫娘が……
エクシア
ソラ~! スタイリストさんが衣装のデザイン確認してって!
ソラ
あっ、うん!
ソラ
ごめんなさい、そろそろ行かないと。
カタリナ
気にしないで。また会うチャンスはあるでしょうしね。
エクシア
聞いてんの~? ソ~~ラ~~!
カタリナ
焦らずまた、今度ゆっくり話しましょ。
ソラ
はい!
カタリナ
……サルヴァトーレの孫娘が……ね。
カタリナ
ふっ。
ウォラック
また劇場で暇潰しですか、ドン。
カタリナ
何度も言ったけどこれは暇つぶしじゃないのよ、ウォラック。
ウォラック
脚本なんかを書くために雑用ほとんど俺に押しつけたりして、これがドンのやることですか? カタリナとかいう偽名までつけちゃって……
カタリナ
文句でもあるの?
ウォラック
まさか。あなたは敬愛する我らがドン、ジョヴァンナ・ロッサティその人ですから。
ジョヴァンナ
あなたの不満はわかってるわ。
でも――
ジョヴァンナ
この都市に、私を煩わせるほどのことなんてあるの?
ウォラック
……
ウォラック
今まではなかったとしても、今はありますよ。
カラチが死にました。
ジョヴァンナ
へえ?
だけど、カラチは元々ほかのファミリーが均衡を保ち続けるために担ぎ上げてきた一般人でしょ。
彼の死はベッローネの力不足を示しているだけよ。
ウォラック
レオントゥッツォのそばに、チェリーニアらしき人物が突然現れたんです。
ジョヴァンナ
……
ジョヴァンナ
今、なんて言ったの?
ウォラック
チェリーニア。チェリーニア・テキサスですよ。
ジョヴァンナ
あなた、ジョークはあんまり好きじゃないわよね。
私がテキサス関係の冗談を言う人を心底嫌ってるってことも知ってるでしょうし。
ウォラック
ええ。これは冗談じゃありませんからね。
ベッローネがどうやってあの人を見つけたかはわかりませんが、髪の色を見る限り……
あの写真で、ドンと一緒に写っていた人にそっくりでした。
ジョヴァンナ
彼女が……生きてたっていうの……?
ウォラック
レオントゥッツォと一緒にいるのを見たんです。
ジョヴァンナ
あの粛清の時……どこかのファミリーの助けを借りずに生き延びることはできなかったはず。
……当時彼女を助けてくれたのがベッローネだっていうなら、納得だわ。
ジョヴァンナ
どうやら、ベッローネの人と話をしたほうがいいみたいね。
ウォラック
ジョヴァンナさん、これは明らかに罠だと――
ジョヴァンナ
――ウォラック。
ウォラック
……申し訳ありません、ドン。
ジョヴァンナ
これほどあからさまなものは、もはや罠とは呼べないわ。
ジョヴァンナ
だから寛容になりなさい。
当時のベッローネが本当にチェリーニアを助けてくれていたなら、直接お礼を言いに行ってもいいはずでしょう?
こっちの「仕事」はお終いよ。準備しなさい。
ウォラック
……わかりました。すぐ手配します。
ジョヴァンナ
あーあ、残念だけど新しい台本はしばらくお預けね。
ウォラック
……
カラチの死は、俺たちにとってのチャンスになる……
それなのに、ドンは「テキサス」にこだわってる。
このままじゃ、ロッサティに未来はない。