悪童への報い

柏生義稜
うっ――ぐあっ!
柏生義稜
っ、はあ、はぁっ……
滝居應
伏せてください!
柏生義稜
ッ、死ねぇっ!
滝居應
なっ……
柏生義稜
お前に言ったんじゃない! この畜生が……
滝居應
とにかく伏せて! 私のアーツがもうすぐ発動します!
柏生義稜
――!
滝居應
大丈夫ですか? 手を貸しましょう。
柏生義稜
いらん。
柏生義稜
お前のその武器は何だ? 一瞬で獣どもを始末するとは……
滝居應
これは私のアーツユニットです。こうして媒介にすれば、私にしか使えないアーツを用いることができるのですよ。
柏生義稜
ハッ、子供だましだな。
滝居應
……残りの罠があれば、もう少し持たせられそうですね。ここからは須本たちに任せて、我々は助けが必要なところに行きましょう……どうかご無理はなさらず。
柏生義稜
余計な心配はよせ。
柏生義稜
……
柏生義稜
何だ、その顔は?
滝居應
いえ、何でもありません。少し、昔のことを思い出しただけです。
滝居應
あなたが私の顔を見て、消えろとも裏切り者とも言わなかったのはこの七年で初めてですね。
滝居應
……私は……あなたが本当に、あの武器を握るとは……
柏生義稜
明の矛のことだろう。妙な気を遣うんじゃない。お前があいつの師匠だったことは知ってるんだ。……俺があの獣どもを殺しに行ったのがそんなに意外だったのか?
滝居應
それはそうでしょう。あの時のあなたは狩人ですらありませんでしたし、明が狩人になることにも反対していましたから。……明の死が……あなたを大きく変えたんですね。
柏生義稜
それがわかってんなら良い。
滝居應
……
滝居應
実は……ずっと誤解されているかもしれないと思っていたんですが……どう説明すればいいかわからず、今まで何も伝えられなくてすみません。
滝居應
あの時、私は……彼を助けようとしたのです。
柏生義稜
あいつは、獣寄せの粉を使ってたんだろう。
滝居應
……知っていたんですか?
柏生義稜
俺はあいつの父親だからな。
柏生義稜
小僧が自分で……その命を捧げてでも、お前らの鉱床を守ると決めたことくらい知ってるさ。
滝居應
……今でも、夢にあの日の彼が出てくるんです。表情も、動きも、眼差しも当時のまま……
滝居應
あの時は、至る所で獣の声がして……彼は最後、私に何か言おうとしていたんですが、その声は飲み込まれてしまったんです。それでも私は、明の真っ白な唇が動いたのを、確かに……
滝居應
あ……
滝居應
まさか……彼が言っていたのは……
滝居應
明!
滝居應
くっ、なぜこんなにも獣が……! 待て、何をするつもりだ!?
滝居應
まさか、あれを自分に使ったのか!?
柏生明
師匠、あんたたちは先に戻ってください。それで、絶対ついてこないでくださいね!
滝居應
戻ってこい! ここで食い止めれば大丈夫だ、一人で突っ込むな!
柏生明
いいや! 師匠は誰よりよくわかってるでしょう!
柏生明
こんな規模の獣災は、俺たちだけじゃ追い払えません。みんなが怪我をして、犠牲だって出るかもしれない。
柏生明
それにもし鉱床が壊されたら、師匠たちのこれまでの苦労が水の泡でしょう。そんなことさせませんよ!
滝居應
そんなもの、壊されてもいい! 第一お前は採掘に反対していただろう!
滝居應
早く戻ってこい! お前の命のほうがずっと大切だ!
柏生明
よし……獣たちが集まってきたな。
柏生明
もう時間がありません、師匠。
柏生明
俺は確かに、採掘には反対でした。源石は危険な未知の物質で、どんな災難をもたらすかわかったもんじゃありませんから……
柏生明
それに、あの罪のない生き物たちを殺したことだって受け入れられません。自然への畏敬の念を捨てて、欲望に身を任せたままでいたら、こういう結果を生むだけだと思います。
柏生明
ただ……俺も、あの日師匠とよその都市で見た光景が忘れられないんです。源石の力を利用した建物や、眩しい灯りが……
柏生明
だから源石には、確かに価値があります。村を苦境から救い出し、みんなが生き抜く手段になってくれるでしょう。ここまでやってきた以上、師匠たちはきちっとそのチャンスを掴んでくださいね。
滝居應
明っ!!
柏生明
狩人の使命は、誰かを守るために身を捧げること。……そう教えてくれたのはあなたじゃないですか。
滝居應
……ッ! 退け、畜生ども! 邪魔を……するなっ!
柏生明
獣災……生命の怒り、か。
柏生明
それなら俺も生き残るために、あいつらに立ち向かってやる。これは対等な戦いだ……
柏生明
――師匠。一つ、約束してください。
滝居應
……約束……?
柏生明
これからも、みんなを導いて……
柏生明
生き抜いていくということを!
滝居應
っ、だめだ、明! 戻ってきてくれ!
柏生明
――そうだ、それと最後にもう一つだけ。俺の父さんに……あの頑固なジジイに伝えといてもらえますか。
滝居應
――彼は、こう言ったのです……
滝居應
「父さん、ごめんなさい」と。
柏生義稜
ふん……作り話で俺を担ぐつもりか。あの小僧は、一度だって俺を父さんなんて呼んだことはないんだ。
柏生義稜
……あのクソガキめ……
柏生義稜
ッ……!
……はぁ……ッ……
……だけどな……俺は……
その時滝居が目にしたのは、一人の老人の背中だった。
だが、背を向けた彼の目に涙が浮かんでいるだろうことはわかっていた。
長年、心の奥深くに隠されていた涙が、その深く刻まれた皺を伝って流れ落ちていく。
柏生義稜
…………明に会いたい……
滝居應
――! 空を見てください!
柏生義稜
奴だ……やはり来たか。
滝居應
獣のほうもまた来ます! このっ……! なぜ前よりも数が増しているんだ……!
滝居應
くっ……もっと人手があれば……!
柏生義稜
お前はここで、さっきの罠を仕掛けて獣どもを食い止めろ!
柏生義稜
奴のほうは俺がやる……
柏生義稜
俺は狩人で、奴は俺の獲物だからな!
ノイルホーン
ヤトウ! リオレウスだ!
ヤトウ
やはりここに来たか。
オトモアイルー
これまで幾度も立ち向かってきたことで、我らを脅威と見なしたのだろうニャ。
ノイルホーン
爺さんの家のそばに降りた! こっちに向かってくるぞ!
ノイルホーン
支援は……しばらく期待できそうにねえな。村の連中の避難がまだ終わってねえ……
ヤトウ
こんな時に……! 仕方がない、村人の撤退はお前に任せる。私は……
ノイルホーン
ヤトウ! 獣が来るぞ! 五頭はいる!
ノイルホーン
獣災が始まったに違いねえ……狩人たちの仕掛けた罠や防護柵だけだと、あれを全部止めるのは無理だろうな。避難中の村人たちの安全確保を優先しねえと。
ヤトウ
なら、リオレウスが来るのを黙って見ているつもりか? それでは状況を悪化させることになるぞ!
ノイルホーン
何か方法があるはずだ……リオレウスをしばらく食い止める方法が……せめて俺たちが村のみんなを避難所に送り届けるまでは……
ヤトウ
……柏生さん……
ノイルホーン
爺さんの手を借りるのか? つっても、今どこにいるかもわからねえし、さすがに爺さん一人じゃ……
ヤトウ
あそこだ。彼の家のそばにいる。
ノイルホーン
うわっ、リオレウスも近付いてるぞ! ヤトウ、俺たちも助けに……
ヤトウ
……柏生さんがリオレウスを引き付けてくれるのなら、我々は村の人たちの避難誘導を続けられそうだな。
ノイルホーン
ヤトウ……爺さんを助けに行かなくていいのか?
ヤトウ
今は……彼を信じるしかない。
柏生義稜
(油桶の蓋を開ける)
柏生義稜
今日は本当に良い日だな。お前もそう思うだろう? 空まで燃えてやがるしよ。
柏生義稜
……このところは、色んなことがあったな。
大きくなった娘っ子が村に戻るなり大騒ぎするわ、翼のある怪物が飛んできてあちこち燃やして回るわ、身の程知らずのよそ者が二人も来て、森の中で面倒事を起こすわ……
柏生義稜
挙げ句、獣どもが押し寄せて来たと思えば奴らの鉱床が爆発して、何でか知らんが天災まで起きて……みんな逃げ回ってるし、何もかもめちゃくちゃだ。
柏生義稜
一番笑えるのは、俺の前に現れては昔のことを掘り返して、繰り返し同じことばかり言う連中のことだな。
柏生義稜
俺のためだと言いながら、あいつらは過去を使って俺を引き裂こうとしやがる。
柏生義稜
ノイルホーンとかいう若造の言い分は正しかったな。大事なのは真相なんかじゃない。過去のことは過去に埋めておけばいいんだ。
柏生義稜
死んだ奴は死んだままでいい。何にも残さずきっちり燃えろよ。
火はむせび泣き、過去の残滓を飲み込んだ。
漂う時間の灰塵が老人の目に映されて、その後悔が燃えていく。
――燃え盛れ。
柏生義稜
綺麗な火だ。
柏生義稜
明……お前がまだ生きていたら、きっとこうしただろう。
柏生義稜
次の一歩は、俺が踏み出そう。
柏生義稜
――おい! こっちを見ろ!
柏生義稜
もう鱗が傷だらけじゃないか。醜い奴め……
柏生義稜
ほう、火が漏れ出てるぞ。怒ってるのか?
柏生義稜
そう足掻くな。お前の狙いは俺だけだろう!
柏生義稜
俺を見ろ……そうだ!
柏生義稜
怒れ……もっと怒るがいい!
柏生義稜
さあ、来い!
柏生義稜
俺と戦え! この怪物め!