星間に散る

星と大地がぶつかった。
床一面の純白の欠片の中で、彼女は一人顔を上げた。
サリア
どうした、統括? 腕が鈍ったんじゃないか。
私を殺し損ねた以上、反撃を食らう覚悟はいいな。
まばたきするなよ。
クリステン
……
サリアに撃ち落とされた星々は再び浮かび上がり、新たな軌道を形成する。
クリステンが指を横へと動かした。
すると、サリアの両足が突然重くなる。
サリア
重力を……変化させたのか?
これでミュルジスはどうにかできたかもしれないが――
私に対しては無意味だ。
サリアの足元でエナメル質が生成されていく。それは重いブーツのように、彼女をその場にとどまらせた。
彼女はそのまま、少しずつ前進していく。
クリステン
硬質化に伴う粒子の構築精度を高めるより、放出速度を大幅に向上させたのね。
その分、エナメル質は脆くなっているようだけど。
サリア
強引に抗っても……目的地にはたどり着けんからな。
金属の星が一つ、エナメル質の障壁を突き破り、サリアの肩を直撃した。
それでも、彼女は歩みを止めない。
二つ、三つと星が続く。
サリアの歩みは次第に速くなっていく。
クリステン
もうやめて、サリア。
サリア
「もうやめろ」と?
それは私が言った言葉だろう。
クリステン
計画のすべてを話してもいいわ。
サリア
もう知っている。
クリステン
だったらどうして止めようとするの? この計画で、これ以上犠牲者が出ることはないのよ。私はただ……
サリア
ただ……トリマウンツの空に無害な花火を打ち上げたいだけ、か。
確かに、照準が定まったその瞬間、軍とマイレンダーは安堵のため息をつくだろうな。
トリマウンツの住民は、空に広がる光景に一瞬魅了されはしても、すぐさまほかの関心事に気を取られていくことだろう。
そして最大の影響を受けるのは……ライン生命かもしれないな。統括を失い、場合によっては数名の主任たちも去り、そしてクルビアの権力者からの信頼が地に落ちることになる。
クリステン
それなら、なおさらあなたは地上にいるべきでしょう。
これまでよくやってくれていたように、この件の後始末をして、余波で傷つく可能性のある人を守り、私たちのライン生命が困難を乗り越えられるよう引っ張って行ってちょうだい。
サリア
お前はまた忘れているようだな。私はとうに……ライン生命を辞めた身だ。
クリステン
……
サリア
ブレイクのような多くの人間は、科学者を「狂人」と呼ぶ。
クリステン
そんなこと、どうだっていいわ。
サリア
だが、科学とは本来理性的であるべきだ。
クリステン。お前から初めて両親の話を聞いた時、私はこう思った……二人はそんな結末を迎えるべきではなかった、と。
もし彼らがあの事故で死ぬことなく、阻隔層に衝突する前に引き返していれば……
彼らが人々にもたらしていたのは、極めて貴重なデータと、次の探索に繋がる可能性だったのだろう、と。
クリステン
あなたにはわからないでしょう……
サリア
……私は、彼らの意志と決意に敬意を表する。
だが、当然のように払われる犠牲には決して賛同できない。
――フェルディナンドやナスティ、そしてパルヴィス……多くの人間は私が保守的すぎると考えている。
規則にばかりこだわって、お前たちの前進を阻み続けていると思われているんだ。
……「そんな人間が、科学者と呼ばれるに値するのか?」
私自身……自分にそう問いかけたこともある。
クリステン
でもあなたは、私が知る中でも真理への執着が一番強い人たちの一人よ。
サリア
……真理か。
真理というのは、秩序を追い求める慣性から生まれるものだ。科学が真理をもたらし、真理が人々の狂気を抑制し、人類により良い秩序をもたらすのだと私は信じている。
ヴイーヴルにとって、本能的な狂気は種族の歴史のほぼ全体につきまとうものだ。暴力や、野蛮さ……その混沌とした暗闇から、我々は長い時間をかけてようやく抜け出してきた。
それこそが、私が幼少期から受けてきた教育だ。私は理性で自身を制御して、必死に……お前たちからも見て取れるような狂気に抗っている。
クリステン
だけど、そんなことあなたにはできないわ。
一人でライン生命を止めようとしているのなら、あなたは失望する定めにある。
なぜなら、前進を求める人類の渇望は、打ち負かされることなどないものだから。
これは一種の欲望であり、「狂気」であり、同時に生命の本能でもあり、私たちが何もない荒野の中から今ここまでを歩んでくるためのエネルギーになったものなのよ。
サリア
ああ。だから私は、戦うためにここへ来たわけではない。
星々は重く落石のように彼女に降り注ぎ、加えられた重力によって気流が周囲で鋭い音を立てている。
カルシウム結晶は頭からつま先にかけて少しずつ砕けていったが、この山を越えんとする者は、自身の肉体を以て嵐を迎える覚悟をしていた。
サリア
お前を探している途中で、私は自らの失敗を認めかけていた。
ある人物から、自分自身の根源を取り戻せと言われるまではな。私はここに来るまでの間に、思い返してみたんだ……私たち全員の始まりを。
そう――私は、制御できない事態の発生を恐れている。混乱を嫌っているのではなく、その混乱がもたらす後退を恐れているんだ。
私は前進しなければならない。人類は前進しなければならない。なぜなら、私たちの旅はまだ終わっていないからだ。
クリステン
……そうよ。今日に至っても、人類はいまだ闇夜の中にいる。
何しろ……私たちは頭上に広がる大空のことさえ、詳しく知らないのよ。あの空の向こうに何があるのかも見えないの。
サリア
この道は、まだまだ長く続いていく。
他者よりも多くの知識を握る我々は、より多くの責任を負わねばならない。私たちはほかの人間の先を歩き、危険を排除し、彼らを率いて慎重に前進すべきなんだ。
真の先駆者とは、全人類のために道を開く者であって、率先して深淵に飛び込んだまま戻らなくなる人間ではない。
これこそが私の根源にあることであり、私が守らねばならないことなんだ。
クリステン
……
サリア
捕まえたぞ、クリステン。
彼女は銀河を越え、嵐を抜けた。
最後のカルシウム結晶が一人の手の平からもう一人の手の甲へと広がり、金属製の外骨格操作システムが震え始める。
二人の周りを、人工の星々が巡る。
アーツがぶつかり合い、相殺し合った余波を受け、周囲は混沌と化していたが――
守護者の意志だけは、大地の如く決して揺るぎはしなかった。
ケルシー
君はいつも少し遅れて来るな。
リリア
あなたがいつも少し早くいらしてるんですよ、ケルシー所長。待たせてしまいましたか?
ケルシー
いいや、それほどでもない。
……
次は君だろうと思っていた。ウルサスでは多くのことが起きたが、君はその縮図のようなものだからな。
本当に、本当にすまなかった。
リリア
……それは、何に対しての言葉ですか?
私たち夫婦は、研究所で決断を下したあの時点で、まともな最期を迎えられない定めにありましたし、あなたもそれをご存知だったでしょう。そもそもあなたは感傷的な人ではありませんし……
……いえ、あるいはこの百年で、以前より感傷的になったのかもしれませんが。
ケルシー
いいや。
君たちの件について、私は遺憾にも思い、後悔をしたこともある。だが、それほど強い悲しみを覚えてはいない。
私が言っているのは、君の娘のことだ。ルイーサは君の望んだようなより良い時代に――憎しみも暴力も忘れ去られた時代には生きていない。リュドミラもまたそうだ。
リリア
……
ケルシー
先ほど述べた通り、君はまさしく縮図のような存在だ。
君とルイーサの、憎しみと血縁によって形成されたこの断ち切りようのない絆もまた、縮図と言えるだろう。私は、あまりにもたくさんの無意味な破滅を目にしてきた。
リリア
お疲れのようですね。
ですが、あなたは救世主として創造されたわけではありません。指一本で山を動かすことなんてできませんし、視線だけで都市を破壊することだってできないでしょう。
あはは……あなたに暴力での支配を期待するなんて、どれだけバカならできるんでしょう? まさかその愚か者たちは、崩壊しかけている文明を暴力頼りで守れるとでも思っているんでしょうか?
ケルシー
……そう願った者もいるかもしれないな。
私が未来をもたらしてくれたら。私の国で生きられたら。私の指揮下で勝利を収められたらと、そう願った者が。
リリア
それならば、あなたはそうした人々の期待を裏切ったことになりますね。あなたはただのケルシーですから。
ケルシー
……我々の対話では、答えを得ることはできないな。
リリア
ええ。認めましたね、自分が疲れていることを。
ですが、なぜでしょう? あなたは彼らが自滅を避けられるようにと歩み続けてきましたが……その力がどれほどちっぽけなものか。
あなたにはヴィクトリアからウルサスまでを一瞬で移動することなどできず、大地のサルカズが危険な巫術を研究していないかを個別に監視することもできないのですから……
あなたの行いはますます焼け石に水をかけるに等しいものに近付いており、だからこそ焦り始めているのですよね?
特に――
ケルシー
わかっている。
わかっているさ……
リリア
ふふっ……自分が恐れているものを理解していながら、それを考えないように自分を抑えられているんですね。
テレジアとテレシスを現れさせないようにしているのは、あなたの潜在意識による懇願だとすら思えますよ。
……そして同様に、あなたは自らの意思で、自分に優しく接してくれる人がいるのを感じようとしている。だからこそ、こうした形であの兄妹と対話することはないのでしょう。
本当に不思議なことです。かつてのあなたはなんとも冷たく、他人の優しさなど求めない人だとばかり思っていました。この点では、あなたは弱くなられたようです。
ケルシー
……
リリア
それにしても、寒の戻りで肌寒いですね。ここにいると風邪をひいてしまいますし、春らしく暖かな場所へ向かうべきだと思います。
入りませんか?
ケルシー
……ああ。
ケルシー
雪……?
巡礼する老人
……ん? よそのお人とは珍しい。聖山に向かっておるのか?
しかし、お主のように年若い巡礼者では、ここへたどり着ける者など滅多におらぬというのに、どうして立ち止まっているのかね? 寒さで足が凍えてしもうたか?
ケルシー
聖山? ここはイェラグか?
巡礼する老人
イェラグ? どこのことだね?
お主の故郷か?
ケルシー
いいや。
テラ有数の壮観な雪山のことだ。私はかつて、行き場のない難民たちがそこにたどり着き、天災なきその楽園で再び生活を築き上げていく様を見たことがあってな。
巡礼する老人
ほう、それは美しい場所なのだろうな。
しかし、テラとは……なんとも小さそうな場所だ。お主はそこから来たのか?
ケルシー
そうだ。
……私は、テラから来た……
あなたは?
巡礼する老人
聖山に向かっておるところさ。生来、わしらの目的はそれ一つだからな。
ケルシー
「生来」?
巡礼する老人
ああ。わしらは幼い時分にはコケむした平原の木々と戯れ、岩に学びを得て、やがて青年になれば、その山を登り始めるのだ。
山の麓では、たくさんの準備をせねばならん。たとえば、朝日を一本一本よってロープを作ったり、闇夜にも染まらぬ靴を用意したりな。
そうしてやっと、山を登り始める。
道は険しく長いもので、食べ物は山谷から得るほかない。しかし幸いにも、聖山は慈悲深く、死を用いてわしらを養ってくださる。ゆえにわしらはお返しとして、長き一生をこの山道に捧げるのだ。
ケルシー
ここまでたどり着くのは、恐らく大変な道のりだったのだろうな。
巡礼する老人
大変? いやいや。
雪とて、融けゆくことを悲しみはせぬ。そうしたことはすべて他人の余計な勘ぐりであり、わしらはただ登っていくだけなのだ。
ケルシー
この聖山の名は? あなたのことは何と呼べばいい?
巡礼する老人
……この山は「時間」と呼ばれておる。そしてわしらは――単なる小さな生命だ。
いつであれ、時間とは偉大なものだということは、お主が一番よくわかっているはずだろう。
ケルシー
この山は変わるのだろうか? 頂に到達した者はいるのだろうか?
巡礼する老人
わからぬ。だが、このわからぬというのは――その可能性もあるという意味だ。
時間の幽谷に向かって叫んでみるといい。お主がそこで得る返事こそが、聖山の恩恵だ。
これは決して無意味な行為ではないぞ。自発的に答えを与えることはなくとも、時間は返事をするものだ。先人はこの返事を「運命」と呼んでいた。
運命とは、生命が時間に向かって叫んだ声の反響音なのだ。
お主は、これまでやったことがないのか?
ケルシー
……
巡礼する老人
む……今夜は風雪が強くなりそうだな。
夕飯の準備をせねば。それに野営できる場所も探さねばな……お主も足を休める場所が必要ではないか? 一緒に来ないかね、お嬢さん。
ケルシー
そうさせてもらおう……ご老人。
この辺りでは、何で空腹を満たすんだ?
巡礼する老人
もしかすると、それは「絶望」かもしれんな。
夕飯の前に、祈りを捧げておくといい。風雪が視界を覆う前に叫ぶのだ。
ケルシー
……
私は……
巡礼する老人
もっと大きな声で!
ケルシー
私は――
巨大な骸
お前はお前となるだろう。
ケルシー。お前の判断は理性的なものだ。だがそのことを、申し訳なく思う。
ケルシー
なぜ謝る?
すべては私自身が……
巨大な骸
なぜなら、私はお前の「時間」だからだ。
お前の人間に対する不信を、悲観を、困惑を、焦りや無力を作り上げてしまった存在だからだ。
しかし……彼女とその身に、お前はある可能性を見た。
慎重で思慮深い性格から、お前はこの感情が焦りから生じた判断ミスではないかと疑っているのだろう……何しろ世界はお前の認知と掌握から外れつつあり、新たなお前は生まれたばかりだからな。
だがお前は、あの者たちを信じることを選べたらどんなに楽になるだろうと、幾度も考えていたのだろう。
――私はお前の時間なのだ。ケルシー、すべてを知る愚者よ――
お前はある些細なことを忘れている。お前は選ばれし救世主などではない。そうであるはずがないのだ。そしてお前は、常に正しくあるわけでもない。
「生命」
あなたはすでに心を決めた。
時間がいかに限られているかはあなたが誰より知っているだろう。それは本当に残り少ないものだ。
リスクをとることを選ぶべきだ。信頼できる相手を、手放しで信じることを選ぶべきなのだ。
あなたは「ケルシー」だから信頼されているわけでもなければ、信頼されているがゆえに「ケルシー」になったわけでもない。
あなたは谷に響くこだまであり、岩をうがつ水滴だ。自分の能力をはるかに超えた責任を負い続けていたが、今ようやく、この責任を共に負ってくれる者が現れたのだ。
長きにわたり進化と発展にしか費やせなかった過去の年月より、この数百年という短い間にあなたが失ったもの、そして得たもののほうが大きい。
すべては終わりを迎えようとしている。ケルシー、あなたはそれをこの上なく理解しているのに、なおもこれほどまでに受け身で、悲観的で、何もせずにいようとしているのか?
最初の問いを忘れるな。得られかけているその答えを忘れるな。
歩み続けなさい、AMa-10。あなたの存在意義は、あなた自身をはるかに超えるものなのだ。
ケルシー
……
…………
……この辺りにしておこう。
「保存者」の声
確かに。
確かに……もう十分だ。
「保存者」
……
ケルシー
ドクターは?
「保存者」
……ほかの場所で静かにしているよ。僕もしばらくは、君と二人きりで話したいしね。
聞きたいことがあるんだ、AMa-10、ケルシーよ。
この一万年余り……君は本当にこの大地で生きてきたのか?
ケルシー
はい。
「保存者」
ふむ。君は大きく変わったようだな。君とはそこまで交流があったわけでもないが、以前と今日ではまるで違うのは間違いない。
君は何を選んだのかな?
ケルシー
私は数千年にわたる戦争を、国家の勃興を、諸国が並び立つ姿を、隔たりと衝突の中で起きる人々の変容を見てきました。
……ですが最終的に、すべてはサルゴンの砂の如く風と共に去っていきました。それでも瞬く間に、歴史はまた新たな子を生み出しているのです。
私はあまりに多くの循環を目にしました。この循環自体は偉大で重厚なものですが、時間が差し迫っていることは理解していました。
そんな時私は、またとないチャンスに出会ったのです。
――いつの時代のどの生物よりも、文明の存続の真実に近付いていた二人のティカズがいました。
「保存者」
だが、現在の君たちは小惑星帯に浮かぶゴミのように脆弱だ。存続を語るなど――
――待て。まさか……
あの黒い王冠は今なおテラに残されているのか?
ケルシー
「魔王」と、古のティカズ人はそう呼んでいました。
「保存者」
ティカズ……人? というのは、あの奇妙な在来生物のことか?
そんな幸運が起こりうるとは……てっきり、あれはとうに……
……しかし、黒い王冠か。僕はあれの物質界に現れている形状が気に入らなくてね。王冠だなんて、実に悪趣味だ。
王冠は王権を意味し、その古めかしいイメージは権力を意味するものとなる。
いまだ瓦解し続けているこの潮流の中で、イデオロギーと種族間の隔たりが地上文明を自滅へと推し進め、平和と団結のどちらも過分な望みとなっているこの幻影の中で――
最も直接的な方法は、その力を用いて生き物すべての意志を再形成し一つに溶け合わせることであるはずだ。
記憶や感情、知識だけから、はりぼてのリーダーを作り出したところで何ができる?
ケルシー
ドクター、大丈夫か?
「保存者」
僕が君たちを見くびっていても、既定の結末には影響しない。
君は僕に、その継承されたちっぽけなもので運命を変えられると信じさせたいのか?
ケルシー
遠い祖先が道具と火の扱いを学んで以来、「継承」は人類唯一の偉業となりました。
知識、文化、歴史――いわゆる文明とは、それ以外の何物でもありません。
いつの日か黒い王冠はアーミヤ一人のものではなくなるでしょう。そして我々は、敵が誰であろうとも、生き残るために戦うのです。
「保存者」
……君はテラのために戦うことを選んだのだな。
その身体で、その立場で、そんな選択をするのか? 君はクリステンや彼女の同族とは異なるのだぞ。
君たちの戦いは……初めにあった志とは程遠いものだ。
ケルシー
ロドス行動予備隊のオペレーターでさえも、自分のために戦うことと他人のために戦うことの違いを知っているものです。
さらに言えば、我々は準備ができていますし、テラの大地は私が生まれ育った場所でもあります。
私はロドスの一員なのです。
テラの大地を行く、あの船に乗る一人なのです。
「保存者」
……「感染者」などというものは些細な命題にすぎないが……しかし……感染者……そして、源石か……
ううむ……
では、君はどうだね?
「ドクター」。
……
ケルシー
――トレバー・フリストン。私もあなたに質問がある。
この長きにわたる時間を……あなたはどう過ごしてきたんだ?
サリア
「波涛」システムは解除された。
エネルギー充填を止める方法を教えろ、クリステン。この源は一体どこにある?
クリステン
……それを語ると、とても長い話になるわね。
サリア
では、聞き終わる前に星の庭メインコントロールパネルの制御を得られるよう努力する。
クリステン
サリア。知っての通り、この大地の歴史は……大概の人の想像よりもはるかに長いものなのよ。
そしてきっと、どの時代にも、私や両親のような懐疑主義者はいたはずだと思うの。そんな私たちの探索は、本当に何一つ収穫のないものだったのかしら?
それに……もっとはるか遠い昔の空は、今私たちが見ているようなものではなかったんじゃないかしら?
サリア
……それが、ライン生命科学考察課、設立当初の目的の一つだったことは覚えている。
クリステン
そうね。定期調査だけでも、興味深い情報を色々与えてくれたわ。
あなたがライン生命を去ったあと、私は昔の趣味を取り戻したの。だから、ラボを出て、人々が滅多に足を踏み入れないような場所を巡ってみたのよ。
空の観測以外の目的でね。
数えきれない演算の中で、私はとっくに、星々は観測に値しないと結論付けていた。
だから、そうした旅はただ単に……より多くの協力者を探そうとしてのことだったの。
サリア
……リターニアの最後のアーツ式探測機が阻隔層下500メートルから墜落したことを最後に、各国の学界は阻隔層の研究をほとんど諦めていただろう。
クリステン
だから私は……この時代のものじゃない声を探したの。
サリア
……それはアーツを頼りに命の束縛を逃れた長命者か? それとも国より古くから存在している巨獣か?
クリステン
恐らくは、多くの人々が神と崇めるそうした命よりさらに古く、歴史に忘れ去られてしまうほどはるか昔から存在する者だと思うわ。
出発前には、何を見つけることになるかなんて予想もつかなかったけれど、私は……ある呼びかけを感じとったの。時間と空間を越えて、その扉の前へと私を導く声を。
サリア
扉の中には……何があったんだ?
クリステン
……
すべてよ。
私は、すべての疑問に対する答えを見つけたの。我々がいかにしてここまで旅をしてきたのかも、この大地における未踏の秘密のことも、そして考え得る無数の未来のこともね。
でも、それと同時に……
ある文明の終焉と、時間に見捨てられた亡霊のことも目の当たりにしたの。
「保存者」
……時間というものは、たちの悪い冗談に等しい。
海が枯れ、世が移ろうには十分な時間の中、僕はこの薄暗い地下に隠れて、無駄なことを繰り返してきた――
――それは叫ぶことだ。
僕の言葉はあらゆる衛星を、空間を、トンネルと恒星間の夾角を抜けていった。
だが、宇宙はそれに何の返事もしなかった。僕は真っ暗な絶望の中で長い間祈り続けたが、唯一聞こえてきたのは破滅の響きだけだ……
生存者からの反応を切望するたびに、星々の間を今もさまよう崩壊の音と陥落する光が浮かび上がった……
あれはブラックホールのような底なしの徒労だったよ。この感情は寿命を持つものには決して共感しえないものだ。
ケルシー
……
「保存者」
果てなき静寂の中で唯一聞こえてくるのは、同胞たちの次第に弱まる心臓の音だけ。しかし、休眠中の彼らにはそもそも鼓動などないはずだ。
この悪夢には終わりなどない。なぜなら僕は、眠ることができないからだ。
自分がこうした感情を持っていることを、僕はひどく憎んだ。単純な機械のようにあれたらと切に望み、この運命を与えたもう一人の自分を恨んだ。
計画がすでに終わったことは理解していた。この……「石棺」の中のエネルギーはもはや、次の復興段階の計画を支えるには不十分なものだったからね。
それから、虚無が僕をとらえた。終わりなき、無感覚な状態が……
ケルシー
ゆえに、クリステンとの接触を経てあなたはもう一つの大きな賭けを選んだのか。
同胞が永遠に目を覚まさないのなら、いっそ……
「保存者」
……いいや、そうではない。
初めてあの人型の小動物を見た時……僕が最初に抱いたのは……驚きと喜びだった。
それまで、はるか遠くの宇宙は見ていても、地表には一切関心を払わなかったものでね。生命の成長には気付いていたが、まさか彼らが扉を叩いてくるとは思ってもみなかったんだ。
……僕らは長い時間をかけて語り合った。とはいえ実際には、たったの数ヶ月だがね。
クリステンはまるで真理そのものを前にしたかのように、延々と質問を投げかけてきた。
しかし賞賛に値することに、その質問はどれもただひたすらに探求心を満たすためのものではなく、時間をかけた熟考と沈黙のきっかけとなっていた。
そうして、彼女に触発され、あるアイデアが生まれたが、彼女自身はそれを口に出さなかった――クリステンは計画の実行者となることを拒んだんだ。
……彼女は、いずれこの大地には、政治や民族の枠を離れ、共に団結できる人々が必要になると考えているんだ。その先見の明ある者たちで、周囲のすべてを活用し……
……一隻の方舟を作らねば、とね。
そうした先駆者たちは必ず、理解されないという悩みを抱え、いくつもの分裂や苦難に直面することになるだろう。
ケルシー
だが、現実はおとぎ話とは異なるものだ。その点については、バベルがすでに証明している。
「保存者」
では、本当に君がすべてに絶望しているのなら、君にとってロドスとは何なのかな?
ケルシー
……あなたの言うことももっともだ。
それならば、いわゆる「希望」について話し合うとしよう。
「保存者」
クリステンの助手は、すでに「石棺」の技術に触れている。それは僕にはどうでもいいことだが、テラにとっては恐らく極めて重要な意味を持つことだろう。
うまく利用してみるといい。クリステンは政治方面にいくらか足りないものがあるからね。
ケルシー
ローキャンの研究は効果的に制御されている。クルビアという国自体は信用できないが、マイレンダー基金の背後には交渉に値する相手がいる。
「保存者」
それはいい。さてと、教えてくれないかな。遠く離れた海深くに住むエーギル、その者たちは本当に陸地の文明と天地の差があるのかい?
ケルシー
クリステンがあなたに何を伝えたかは知らないが、事実はその内容に勝りこそすれ劣らないと言っていいだろう。
「保存者」
確かに。深海で生存するのに不十分な身体構造の動物が、なぜ海洋文明なんてものを築くのか、僕にはまったく理解ができない。
だがこれは、エーギルが海底から来る何かの産物に依存していることを意味している。外部の力が彼らの文明の形態をねじ曲げ、彼らを強大にし、また彼らに面倒事をもたらしてもいるのだ。
エーギルは団結の必要がある集団だ。暴走した――「海の怪物」と言う名だったか? そいつらが厄介事を起こそうと、エーギルはテラにとって、なくてはならない存在だ。
エーギルのおおよその地理的位置を参考にすると、もし彼らが必要十分なものを得て、うまく利用できているとしたら、クリステンの今の計画すら、彼らにとっては手の届くものだろう。
ケルシー
……力は傲慢をもたらすものだ。エーギルはそう簡単に説得できる相手ではない。
しかし幸い、いくつかの偶然のおかげで、私は何人かのエーギル人と貴重な友好関係を築くに至っている。
これは有力な突破口になることだろう。大いなる静謐のあと、エーギルも沈黙を保ってはいられなくなったのだから。
「保存者」
それは素晴らしい。
時に、ナイツモラの遠征についてだが、クルビアのデータベース内では基本的に伝説の形で残されていて、まともな歴史文書は見当たらなくてね。
しかし仮にその伝説が本当なら……彼は尋常ならざる英雄だろう。
その力が源石に由来するものだったとしても、このような暴君がいかにして千年前のテラに誕生し、今より原始的な環境でこれほどの偉業を成し遂げるに至ったのかと思うと、まったく感嘆に値する。
だが――南方が廃墟となった今、君たちは北へ目を向けるべきだ。
君は、行ったことはあるかね?
ケルシー
いいや。さらに北方にある……果てなき氷原の端のことだ。
幾度も試みはしたものの、私の力の及ぶ限りでは、何も見つけられなかった。
「保存者」
けれども、君はそこに何があるかを知っているね。
ケルシー
……ああ。
「保存者」
ならばそこにある扉を無視してはいけない。必要に迫られた時に扉を押し開けてみれば、どこまでも広がる光景を目の当たりにできるかもしれないのだから。
ケルシー
だが、その扉を押し開けるだけのことが、人々の力の及ぶ範囲をはるかに超えたものなんだ。
「保存者」
その方法は君たち自身で見つけたまえ。
大地はこんなにも広く、今に至るまで文明も発展し続けているというのに、クリステンのような人間がただ一人しかいないわけもないだろう?
ケルシー
あなたは、思っていた以上に、この大地の人々を信頼しているようだな。
「保存者」
信頼? 僕は君たちに火種を与えたのだよ。己の持つすべてを放棄したんだ。
君たちが……成功しようと、そうでなかろうと……僕自身の失敗を変えることはできない。だが……信頼か。
僕は……そうだな……わからない。
もしかすると、共に語らいお互いを感じることのできる生命が、存続し続けていくのを見たいだけなのかもしれないな。
ケルシー
……
「保存者」
知っての通り、遠き空の果てにある難題に比べて、戦争は一触即発のところまで来ている。
クルビアの目を借りて観察しているだけでも、この大地が極めて危険な状態にあり、その火がいつ燃え上がってもおかしくないということは感じ取れるんだよ。
君たちには準備こそが必要だ。己のなすべきことをしなさい。火を消すか、あるいはその火により新たな命をもたらすかは君たち次第だ。
テラの民を真に救うことができるのは、テラ人だけだ。
古より変わらず、彼らは皆「人類」であるという一点のみを以て、こうして覚醒せねばならなかったのだ。
――空が開かれようとしている。だが、阻隔層はすぐ元通りになるだろう。それは数日後かもしれないし、数ヶ月後かもしれない。あるいは、数年後かもな。
だが、テラの人々はその狭くも実在する光景を、月とさらに遠くに見える惑星を、永遠にその目にとどめることだろう。
僕は……そしてクリステンは、願っているんだ。これが素晴らしき合図となることを。
次の時代がここから始まることを。
クリステン
サリア、もうしばらく一緒に星空を眺めていかない? ほら、昔はよくそうしていたでしょう。
サリア
地上に降りてからにしよう。
クリステン
……「星空」ね。
私たちが「星空」と呼ぶものは、正確には阻隔層、「星のさや」でしかない。
それはまだ1000メートル以上も先にあるけれど……私たちのいるここは、人類が到達できる限界に近い場所よ。
サリア
イオン化反応が強すぎる。まだ距離があるにもかかわらず、計器の動作がここまで大きく影響されるとは。
コントロールパネルがまるで動かない……このくらいは想定しておくべきだったな。お前はもとより、星の庭を長く持たせるつもりなどないのだから。
クリステン
ええ。阻隔層を突破するまで耐えられたら十分だもの。
サリア
阻隔層か……これまでそう呼ばれてきたのは事実だが、実際にはそれが「層」という表現を超越するものだということはわかっているだろう。
それは「層」などではなく、極めて広い空間かもしれない。
あるいは無限である可能性すら考えられる。この地上6000メートル余りにわたる、我々の認知における「正常な空間」こそが「異常な空間」といえるのかもしれない。
そんな状況下で阻隔層を「突破」するなど、これまでの選択肢にはないことだった。
クリステン
……阻隔層は突破できるものよ。絶対にね。
サリア
……
お前はそれを疑ったことなどなかったな。
クリステン
6972メートルの高さを、この角度から直進して超えれば、星の庭はイオン化反応の干渉を受けなくなるわ。
サリア
……わかった。お前はくだんの亡霊から信頼に足るデータを得たのだろう。だが、だからといって空を探索する危険が軽減されたわけではない。
いや、それどころか……お前の言うように、阻隔層が膜の如く我々のいる大地を覆うものだとすれば、その外に広がる空間はそれ以上に未知なる場所ということになる。
お前の行動はより大きな危険を伴うものと言えるだろう。それはこの大地に災いをもたらしかねない行いだ。
クリステン
わかっているわ。
サリア
人々には、それに足る十分な準備などないんだぞ。
クリステン
「十分な」準備なんて永遠にできないのよ。それに、本当にその災いが頭上に浮いているのだとしたら、そもそも全人類がその到来までのカウントダウンの中を生きていることになるしね。
サリア
であれば、なおさら……
クリステン
……慎重になるべき、って言いたいのよね?
だけど、私は信じているのよ――人類はいつか、より完璧な探索隊を結成し、より多くのデータと十全なサポートを受けて、私たちが目の前にしているこの空の向こうへ向かっていくはずだって。
これは、私の望む未来でもあるの。
サリア
……だが、その未来にお前自身はいない。
クリステン
そうね。
私は先駆者とは言えないわ。この点については、今も変わらずあなたとまったくの同意見よ。
だけど、できれば私は……「始まり」になりたいの。
いつか見た、空に燃えるあの炎のように……
両親が最期に残してくれたような――
――ひとつの「始まり」にね。
サリア
……
一番近い脱出ポッドはどこにある?
クリステン
……もう残ってないわ。帰還プログラムを実行できるモジュールはすべて切り離したから。
サリア
わかった。
それなら私に掴まっていろ。硬質化でお前ごと包めばいい。生き延びられる可能性はほとんどないかもしれないが、やるしかない。
クリステン
……
下を見て、サリア。
サリア
なっ……
クリステン
今回は、あなたのほうが足元がお留守だったわね。
重力の変化に不意を突かれ、サリアは空へと投げ出された。
彼女は、クリステンが星の庭の中心に緊急脱出用の扉を設置していたことなど予想だにしていなかった。
いや――もっと早くに思い至るべきだったのだ、とサリアは思う。この扉は、庭の主のためにあるわけではなかった。クリステンはただ、最後にサリアが必ずこの位置に来ると信じていたのだ。
空気の密度が急激に変化してサリアの声を奪い去り、彼女は何かを叫ぶこともできなかった。何一つ掴めないと知りながら、彼女はそれでも手を伸ばす。
星明かりと大地の光景が一気に視界へ飛び込んできて、唯一、その人だけが急速に遠ざかっていく。
クリステン
サリア……あなたはいつも言ってくれてたわよね。この大地をよく見てみろ、って。
私、見たわよ。
大地も同じくらい……本当に美しいものね。
私、わかってるのよ。あなたは、私の代わりに大地とそれが育む人たちを見ていてくれるんでしょう。
これまでも、これからもね。
その一方で、私は……人々を一歩ずつ導いていく人間じゃない。
私は、ただの「目」なのよ。
……この大地に生きるすべての人々の代わりに、まだ見ぬ空の遠くへと向けられる「目」なの。
……
……フリストン。
あと少しで本物の星空が見えるわ……きっと、あなたが教えてくれたものとほとんど変わりのない空が。
この一万年をも超える時間も……
私とあなたも、私たちそれぞれの文明も……
宇宙のスケールからすれば、本当にちっぽけなものだったのね。
エネルギーの奔流は、空中に座す巨大なエネルギー集積場に衝撃を与え、その膨大なエネルギーによって空に浮かぶリングはほとんど飲み込まれかけて――
その直後、さらに膨大なエネルギーがその中心に集積された。
それはどんなに大きな移動都市でも破壊するに足るものである。
だが、これほど狭く浅はかな大地が、このようなものを受け止めきれるはずもない。
集まった光は大地を捨てて、さらに空高くへと突き刺さった。
かつてなく激しいエネルギーを受け、生気のなかった黒天幕に次々と絢爛たるさざ波が立っていく。
ついに偽りの空が引き裂かれ――
古の双月が真の姿を現した。
今夜、人類はついにその真実を垣間見るに至ったのだ。