弥撒曲「君王」
エラフィアの少女は、机の脚に背中を預けてあぐらをかいている。膝の上に枕を置き、その上に本を広げ、蝋燭の火が下を向く柔らかな横顔が蝋燭の火に照らされている。
彼女はそうして隅で縮こまり本を読んでいる。静かに、真剣に。
少女はページから顔を上げ、ヴィヴィアナと目が合った。
ヴィヴィアン
……
ヴィヴィアナ
ヴィヴィアン、驚いていないようですね?
ヴィヴィアン
……入り口に影が見えて、あなただってわかったから。
ヴィヴィアナ
ええ。この小さな部屋では、燭火の明かりしか頼れないのですね。そのためあなたは長い時間影を観察していました。
何を読んでいるのですか?
ヴィヴィアン
『最後の騎士』だよ。
今はえーっと……
ヴィヴィアナ
最後から三つ目の章ですね。名もなき騎士の背後には、巨大で孤独な灯台があり、波が彼と相棒ロシナンテを何度も何度も押し戻す。
しかし彼らは共に雄たけびを上げ、夜のごとき漆黒の大波に向け……
突き進んでゆく。
ヴィヴィアン
ねぇ、ネタバレしないでよ……
ヴィヴィアナ
ある晩、あなたはそのくだりを何度も読み返しました。枕を抱いて床で眠るまで。お母様が夜中に戻ってきて蝋燭の火を消すまで。
ヴィヴィアン
えっ、どうして知ってるの?
彼女は当然知っている。この部屋、この姿勢、この本……
これはそもそもが彼女の記憶。
ヴィヴィアナは扉まで下がった。
ヴィヴィアン
行っちゃうの?
ヴィヴィアナ
ごめんなさい、ヴィヴィアン。
この人生の中には私の疑問があり、答えを探しに行かなければなりません。
もしかしたら、もしかしたら次の扉を開けるにはまだ間に合うかもしれません。
ヴィヴィアン
どれだけの扉を開けてきたの?
ヴィヴィアナ
百余り……もう覚えていません。
私はただ……より良い可能性を見つけたいだけなのです。
ヴィヴィアン
うーん、もしこのまま見つからなければ?
「より良い」っていうのは、数学の問題みたいに明確なものなの?
あなたが入った百以上の扉の中で、お父様とお母様は誰にも邪魔されない穏やかな生活を長く過ごしたかもしれないし、お母様は実際よりも数年遅く旅立ったかもしれない……
そういう意味では、実は「より良い」答えはあったんじゃないの?
ならどうして、まだ心残りに思ってるの?
ヴィヴィアナ
それは……
ヴィヴィアン
どうしてもっと良い答えが見つかるってわかるの?
それに、見つけたからってどうなるの? 起こるべきことも起こるべきでないことも、もう起こっちゃったんだよ……
お父様がいつも言ってるよ。もし、あの時にカレンデュラ小路であと十分だけでも待っていたら、お母様に会えていたかもしれない。すべてが違っていたかもしれない。
「残念なことに、運命はもう一度やり直すチャンスを与えてはくれないのだ。」
でも、たとえ本当に会えたとしても、お父さんは去っていたよね。違う? お母様にお別れと涙を残す以外に、物語は何も変わらないよ。
だから、あなたは実はより良い答えが見つからないことを望んでるんでしょ? だってそうすれば自分を納得させられるから。「初めからもっと良い方法なんてなかったんだ」って。
わかんない。それじゃお父様と一緒じゃないの?
ヴィヴィアナ
ヴィヴィアン……
ヴィヴィアン
私、読書に戻るね……
ヴィヴィアナ
ヴィヴィアン、きっととても失望しているのですね?
ヴィヴィアン
……
早く行きなよ。まだ次の扉を開けるのに間に合うから。
崩壊の音がより近づいた。
ヴィヴィアナは振り返り、その瞬間すでにはっきりと見て取れた。なぜか崩れ落ちていくあのいくつもの扉は、まるで連なって倒れゆくドミノのように、まるで記憶の中の夜通し続いた花火のように……
このシュトルム領中央にある、一番背の高い塔へ遠くから押し寄せている。
父が普段ここに来ることはめったになかった。祭日の夜は、選帝侯として、彼は絶え間なく訪れる賓客をもてなさなければならなかった。侍女である母も、翌日の早朝まで忙しくしていた。
彼女はこうやって部屋の隅に縮こまり、本であらゆる音を遮断していた……
「潮が引き、栄誉と命が共に潰えるその時まで。」
「世のすべてが興亡し、塵と化してゆくその日まで。」
「溶炉が火を噴き、天災が訪れて、家族と旧友が彼を忘れてしまうまで。」
「この大地最後の騎士は、夜のごとき漆黒の大波に向け、孤独に突き進んでゆく。」
当時、彼女はあんなにも憧れ、あんなにも、勇気に満ちていた。
彼女は強くなれと自分に言い聞かせ、自らが騎士――騎士ヴィヴィアナであることを想像した。
真の騎士は、一切の苦難や災いを恐れない。
「崩壊」は目の前に迫り、崩れ落ちているのがはっきりと見える。
言い表せぬ危機感がヴィヴィアナの心に湧き上がる。彼女はふと強烈な予感に襲われた。あれらの扉が倒れることは、探し求めることに繰り返し失敗した単なる表れなだけではない。
もしこの小さな部屋が呑み込まれれば、何かが本当に消えてしまうのだ。
???
ヴィヴィアナ。
あの騎士が、果てしない波に向かって突き進んでいった時……この大地に打ち勝つためにそうしたと思うか?
ヴィヴィアナ
いいえ。
私は去りません。
ヴィヴィアナは身をひるがえし、小さな女の子を背にかばう。
ヴィヴィアナ
あの螺旋階段を上がった時から、何が起きたのか言葉で表すことすらできません。
あるいは「始源の角」を訪れた人は、誰もが経験する過程なのかもしれません。内心の奥深くにあるわだかまりにきつく縛られ、混沌の渦の中に迷い込み、それと一つになってしまう……
ヴィヴィアン
……
ヴィヴィアナ
ヴィヴィアン、私はあなたに、いいえ、正確には自分に何を言うべきなのでしょう?
燭火はおぼろげで、常に夜風に揺れる……今後あなたにはぶちまけられた汚れが、取り戻せない心残りが常につきまとうでしょう。あなたは探したり失ったりすることにとらわれるでしょう。
ですが信じてほしい。あなたがかつて憧れた物語は、幻の伝説、あるいはバカげた符号などでは決してないのです。
あなたはかつて大地全体を照らす光を確かに見たのです。それが照らし出す道を歩む者がいなかったとしても、その光は揺るぎないものなのです。
あなたはその光ではないかもしれませんが、かつてその光を守るために剣を抜いたではありませんか。
ヴィヴィアナ・ドロステ、忘れないでください。あなたは騎士なのです!
「崩壊」が訪れ、暗闇が一瞬にしてヴィヴィアナを呑み込んだ。
最後の騎士に比べると、海や空はまだ具体的だが、ヴィヴィアナは自分の敵が一体何なのかよくわかっていない。
彼女は突然に手の中の剣が感じられなくなり、燭火も点すことができなくなった。恐怖が怒潮や大海原のように、一瞬にして彼女を麻痺するまで洗い流す。
しかしすぐに、ゆっくりと落ち着いていき、理由もなく気が楽にさえなった。悲しみや恐れはもはや抜け出せないものではない……
なぜならそうした感情が、少しずつ消えているからだ……
あの崩れた扉と扉の隙間の中で、何かが自らの感情をむさぼり食っている!?
無数の映像、真実と幻覚が絡み合い、奇怪で柔らかな繭殻のごとく彼女を縛り付けた……何かを、つかまなければならない。何を、つかむことができる?
まばゆい光がヴィヴィアナの瞳を照らした。彼女ははたと気付く――
苦難と闇やイバラを越え、歴史となり、伝説となる……騎士のソードスピアが、時代にすり減ることのない光が――
今この瞬間、彼女の手の平に映し出された。
ヴィヴィアナ
……
彼女は握る。振るう。騎士の姿で!
光が増し、輝く金色が一切を浸して、時空の果てへと駆け巡る。
螺旋階段とすべての扉が消えていた。
ヴィヴィアナは空になった手を見つめるが、先ほどのざらついた感触はあまりにリアルだった。彼女は目を閉じ、自分が暗闇の中で見た最後の光景を繰り返し確かめる――
邪悪な生物と名状しがたい音、そして光、形、色が互いの体となって「混沌」を構成している。その混沌の中に刺さる、騎士のソードスピアが光り輝いている。
ヴィヴィアナ
私が先ほど握っていたのは、あれの……投影。
……
女帝陛下……
いえ! 「始源の角」の外の混沌の中には、より恐ろしい厄災が存在している……ここを崩壊させるわけにはいかない!
フレモント
……
巫王
フレモント?
あの双子……最後はやはり貴様が我を阻んだか。
我の成功は貴様のおかげであるが、我の失敗も貴様によるものだ。
去れ。パヴィヨンは崩壊している……
ハッ、結局は命結のためか。
フレモント
お前が荒域の中で得た成果は畏敬に足るが、その口調はやはり気に食わんな。
命結を「最大限に利用していただいた」ことを感謝すべきなのか?
巫王
そうだ。
フレモント
……
ヘーアクンフツホルン、お前がこれほどまで悔しがるのを初めて見るな……
だが私はそれを取り戻さねばならん。将来、それはカズデルの存続に一役買うことになる。
あまりに長引いた。何年経ったことか……リッチ王庭はとうの昔にリターニアを去るべきだったのだ。
巫王
「追放」?
フレモント、ルートヴィヒ大学のあの秘密の部屋で、貴様は我にこの巫術を使う機会があったであろう。
世の時間で計算して、どれだけが経った?
フレモント
百三十年ほどだ。
この瞬間、あまりにも遅くなった巫術が、長い時間を越え、同行者との分かれ道を越え、再び放たれた。
灰色の大雨が舞い上がり、空間全体が逆さになったかのようだ。全力で放たれた「追放」は、むしろ独特な美しさに満ちた柔らかさを持っている。
巫王
フレモント、これほど愚かな貴様は初めて見たな……
命結はリッチが帳の中に結ぶ結び目だ。貴様らの命と共振する。貴様がその存在を感じ取れぬはずがない。
雨粒は連なって弦となり、虚空の中で跳ねる。それらは根元のフレモントに合わせるように呼吸をする。
なんてことのない呼吸だが、久方ぶりに魂の奥底から満ち足りた感覚を覚えた。
フレモントは何気なくポケットを探っただけのようだったが、失われたと思っていた鍵は、ずっと手の届く場所に転がっていたことに気付いた。
巫王
とうの昔に返していたであろう?
フレモント
……
巫王
フレモント、命結は永遠である。ゆえにリッチは命の厚みを無限に蓄積することができる。
死が貴様に追いつくことはなく、ただ我に追いついただけなのだ。
貴様にとって、それを認めることがなぜ、かように困難なのだ?
フレモント
……
空間全体が水浸しになったその瞬間、リッチの糸がついに巫王を完全に包み込んだ。抱擁し、絡みつき、棺桶のようにも見えた。
巫王
貴様はただ別れを告げに来たのか? フレモントよ、我の親友よ。
この高塔は、なぜいまだにかくも矮小であるか……
年月の薄れたリッチはただただ立ち、いかなる表情もなく、彼の目の前には何もない。
「追放」の痕跡は消えつつあり、糸からはもう巫王の息を感じ取れなかった。まるで獰猛な螺旋角のキャプリニーなど初めから存在したことがないかのように。
最後のあのうわ言だけがいまだ空中にこだまする……
それは詰問のように重く、嘆息のように軽い。
アルトリア
……
いつの間に、アルトリアはすでに高塔の前に立っていた。
彼女はぼんやりと聞いている。その詰問に答えられる者はおらず、嘆息もすでに散っていた。
アルトリア
これがあなたの最後の「遺言」。これこそ……「答え」。
今後、リターニアに巫王は存在しなくなる。
フェデリコ
アルトリア、やはりここにいましたか。
アルトリア
フェデリコ……
フェデリコは顔を上げる。目の前の黒い巨塔は少しずつその形と色彩を失い、色あせた源石クラスターは、虚空の中で少しずつ痕跡を収斂させた。
アルトリア
巫王、知られる中で最も強い心も、やはり定められた消滅には抗いようがないのね。
フェデリコ
止まりなさい。
フェデリコが銃を構えた。
フェデリコ
リターニアの双子の女帝はすでに事件に直接介入し、事件全体の影響はもはや本任務の当初の外交リスク評価レベルをはるかに超えています。
事件終了後、私は速やかに教皇イヴァンジェリスタⅪ世に連絡を取ります。
我々がラテラーノに戻れるようになるまで、あなたの自由は制限されます。
アルトリア
嫌よ。
フェデリコは回答を聞いた。
このこれ以上ないほどよく知る親戚は、いつもと異なり、感情の論理や親族の関係を持ち出して無意味な議論を展開することはなかった。彼女はただ疲れ切ったように拒絶し、彼に向かっていく。
アルトリア
引き金を引いていいわよ、フェデリコ。
今この瞬間、この荒域という名の混沌の中において、私の目の前にいるのはあなただけ。私には演奏できる対象がいないわ。
私は自分の音を失った。逃げることはないし、小細工をする余地もないわ。
フェデリコ
……
あなたの論理には欠けている点があります、アルトリア。
アルトリアは、まるでフェデリコの言葉など全く聞こえていないかのように、そのまま彼の横を通り過ぎた。
エーベンホルツ
始源の塔が……崩れている。
フレモント
ヘーアクンフツホルンは死んだ。あいつが支えていたしゃぼん玉も当然弾ける。
エーベンホルツ
彼は本当にもう存在していないのか?
フレモント
今しがた啖呵を切ったと思ったら、こうも早く自分が見たものを信じなくなったか?
エーベンホルツ
……彼を殺せるのは、やはりグリムマハトとイーヴェグナーデだ。
フレモント
そこまで失望はしていないようだな、いいことだ。いつの日かお前は今日よりもはっきりと気付くだろう……運命を前にして身をひるがえし去れるのは、どれだけ幸運なことかをな。
何かがフレモントのローブの下から垂れ落ちた。
エーベンホルツがとっさに気付く。たった今フレモントの姿が彼の方へ向かってきたが、影はその場にとどまったまま。
その影は今にも崩れ落ちそうな玉座を包み、階段に沿って伸びると次第に塔全体に絡みつく。
エーベンホルツ
貴殿の影は……
フレモント
影……ハッ、己の目に騙されるな。
お前が見ているのは、私の糸、私の運命、私の……本質だ。
ヘーアクンフツホルンを除き、私の本当の姿を目にしたリターニア人はお前だけだ。
エーベンホルツ
貴殿は命弦を用いて崩壊している空間を支えているのか?
しかしリッチにとって、命弦とは……血の通った肉体よりも大切なのではないのか?
フレモント
ヘーアクンフツホルンは多くのバカげたことを行ったが、一つ正しいことを言っていた。
破滅の時は近い。もし荒域が本当ににじみ出て、リターニアを穴と化せば、その時はリッチだろうがリターニア人だろうがみんな一緒にくたばる。
子羊、逃げろ。
ここには生きた人間などいられなくなる。死に追いつかれたくなければ、すぐにこの墓場を去れ。
影が老いたリッチの体を覆った。
一瞬にして、その影は無数の糸に裂けた。
それらは落ちるがれき一つ一つに、虚空の裂け目一箇所一箇所に飛んでいく。
しかし振動は依然激しさを増す。
エーベンホルツ
……間に合わない。
崩壊は……目前だ。
イーヴェグナーデ
この空間も……雨が降るのか?
あぁ、これはフレモントの糸だ。彼はいつも身だしなみがきちんとしているから、他のリッチのようにこれだけ多くの糸くずを出すのは初めて見たな。
グリムマハト
「始源の角」は持たない。
この場所が完全に崩壊する前に現実に戻らねばならない。
イーヴェグナーデ
であれば、せめて道が必要だ……
アーツの輝き?
???
女帝の声ヴィヴィアナ・ドロステ、両陛下と共に戦うべきでございましたが、遅れて到着したことを……お許しください。
グリムマハト
……お前か。
イーヴェグナーデ
ヴィヴィアナ、そなたの光は以前よりも明るいな。
ヴィヴィアナ
はい……本当の暗闇を目にしたものですので。
たった今まで、私は終わりのない螺旋階段を歩み、起こり得た現実が一つ一つ崩壊するのを目撃し、危うく……混沌に呑み込まれるところでした。
そしてある瞬間、暗闇の中で、垣間見たのです……
自分が何をうかがい見たのかさえわかりません。
あれは恐らく最も深い恐怖、何よりも大きな空洞、そして完全なる無秩序。あれは……我々では理解不能な厄災です。
それらは混沌の中に潜んでおり、私はそれらの視線を感じました。
グリムマハト様、イーヴェグナーデ様――
敵はこちらへ急速に向かっています。我々の知るすべてに侵入しようとしています。
エルマンガルド
糸の感覚が消えた?
いいえ、違います――全ての糸が同時に震えている! 振動が激しすぎて、「始源の角」に繋がっていたあの一本がつかめないのですわ!
レッシング……レッシング!
「巫王の余韻」?
(すさまじい騒音)
ミヒャエル
エルマンガルドさん、マイヤーさんはこっちです!
レッシング
……
エルマンガルド
彼はまさか……
レッシング
俺は……まだ死んでいない。
エルマンガルド
ならよかったですわ。私の糸が乱れたせいで、これだけ近くてもあなたを感じられませんわ。
それと先生……さっきまで私たちの糸は繋がっていましたのに。
私と他のリッチはこちら側、先生はあちら側で、二つの方向から現実と「始源の角」を引き止め、何とか均衡を保っていましたのに!
でも今はよろしくないですわ。一瞬にして何もかもまずいほうに転がりました。
「巫王の余韻」?
……
レッシング
彼らが……声を出さなくなった。
いや、死んだ者たちだけではない。
若い貴族
音楽……音楽が止まった……
ふ……巫王……双子の女帝……
シュトルム……領……マ……マルタ……
私は……
……
…………
レッシング
……劇場全体が静まった。
楽章が全部……全部の音が消えた。
まるで何者かが最大規模の消音アーツを放ったかのようだった。
先ほどまで狂乱の騒音の中で自己を制御できなかった人々が、表面上は落ち着いていた。
苦しみや怒りといった激しい感情は、彼らの表情から消えて、それに取って代わったのは深い恐怖だ。
しかしその恐怖も長くとどまることはなかった。それは極限まで広がると、空白を成した。
何かが虚空の中からにじみ出ている。
それは一切を侵食し消し去っている。
秩序は崩壊し、混乱さえ残っていない。
エルマンガルド
……虚無の中の厄災、万物を蝕む空洞。
その目が私たちに気付いたのですわ。
道理でリッチの糸ですら両側の空間を安定させられないわけですわね……
レッシング
……敵はどれだけ恐ろしい奴なんだ?
エルマンガルド
はぁ、本当に触れられるような敵だったらまだよかったですわ。
最も恐ろしいのは、その敵は私たちの前にやってくるとは限らないこと。
荒域を荒域と呼んでいるのは、そこが空っぽで、無だからです。何もない場所が私たちの現実に侵入して……何が起こると思います?
レッシング
すぐに爺さんたちに出てきてもらって、それから何とかして通路を塞がないと。
エルマンガルド、爺さんとまだ互いの声は聞こえるか?
エルマンガルド
……時間が足りません。散らかった中ですぐに正確な糸を見つけ出すことは無理よ。両側を結ぶ糸がなければ、中の人も出られませんわ!
ミヒャエル
失敗……したのですか? グリムマハト……ありえません……
レッシング
こっちに来い。自分が……最も気にかけていることを考えるんだ。
ミヒャエル
グ……グリムマハト……僕にはできません……
レッシング
グリムマハトはあなたに最後の命令を出したはずだ。
ミヒャエル
もし彼女が戻ってこなければ……
もし……時間が来ても、金律法衛が新たな……新たな号令を受け取らなければ……
レッシング
ツヴィリングトゥルムを「滅ぼす」ことが最終手段か。
この点について、彼女の選択に同意だ。俺たちはここで死んでも構わない。だがリターニア……それとリターニアの外の人々が共に陥落することなどあってはならない。
待て、結び目が動いている。中にいる奴はまだ諦めていない。もう少し耐えるぞ!
ミヒャエル
……はい。
レッシング
エルマンガルド、結び目はあなたの言っていた両側を繋ぐ「糸」になるか?
エルマンガルド
ぎりぎりね……もし両側の繋がりがより安定すれば、私と先生は結び目のアーツを頼りに通路を安定させられるかもしれません。
レッシング
あなた頼りだ、頼むぞ……
エーベンホルツ
レッシングたちを感じる……
近いぞ!
フレモント
それは良い知らせではないな。
現実と荒域がさらに接近した。これでは重なった二つのしゃぼん玉のように……いや、一つのしゃぼん玉が一本の針の上に置かれるのと変わらん。もうちょっと近づけば、しゃぼん玉は弾けるだろう。
エーベンホルツ
もし私が結び目を引っ張り、もう少しここから出れば……貴殿とエルマンガルド殿は道を安定させることができるのか?
フレモント
しゃぼん玉の縁から離れろ!
子羊、虚無に捕らわれるぞ。
エーベンホルツ
……
結び目が手の中で震える。
エーベンホルツには感じられる。この白い布のもう一方をしっかりと握る手を。
長時間剣を握り振りかざしていたせいで、その手はほぼ感覚を失っている。
力を使い果たし、アーツもほとんど尽きた。傷口からもはや血が出なくなり、痛みも徐々に感じなくなっている。
そして使命と意志は、いまだ脳の奥深くで執拗に脈打つ。しかし言語の崩壊後、そうした考えすらもはっきりと表現することができない。
自分たちはなぜここに来たのだったか? なぜ今もなお戦っているのか? なぜ生まれ、そしてなぜ死ぬのか?
虚無が迎えに来た。前に道は見えず、退路もない。ただ虚無があるのみ。
エーベンホルツは落ちる。
そして落下の果てには……何もないのだろう。
いや。そこには何かがある。
温かな白色が、柔らかい光を放っている。
エーベンホルツはふと気付いた。彼はまだあのチェロを弾くサンクタを見つけられていないが、すでに答えを得られたことに。
彼と彼との間の感情や記憶は、誰からも、いかなるアーツからも……ひいては運命からも与えられたものではない。
最も美しい部分はそこにあり、常に彼らだけのものなのだ。
忘れられない笑顔。
聴き慣れたチェロの音。
そして一筋の……希望。
運命は常に私たちから多くのものを奪っていく。幸い、私にはまだ愛し、恨む能力がある。
ツヴィリングトゥルムの夕焼け、咲き乱れるカレンデュラ、湖面のようにきらきらした目の子供、それと彼女の優しい両親……
私はこうした見えない景色を、こうした人々を愛している。私を照らし、多くの人の目を覆い隠す薄暗さを払ってくれる。
けれど私は恨んでもいる。
花の咲いている時期があんなにも短いことを、見えざる意志が私の愛する全てを縛りつけていることを恨んでいる。私の子よ、リターニアに戻ってから、あなたはずっと眉をひそめている……
あなたは私に聞いた。「新たな秩序はどこにあるのですか? それは必ず昨日や今日のものより良くなるのですか?」
私には答えられない。私はただああすることを決めただけ。
愛は責任を意味し、恨みもまた同様に責任をもたらす。自分が変えたもの、そして変えられなかったものに対して責任を負わなければならない。
私の子、私の友よ。もしあなたが愛し、あるいは恨むのなら、想像よりもずっと多くのものを背負うことになるでしょう……
私は疑っている。
疑うことは一種の軟弱さか? それとも勇敢さか?
もし軟弱さであるなら、私はなぜあの化け物の血肉を聖餐に混ぜ、また別の信仰に希望を託そうとしたのだ?
もし勇敢さであるなら、私はなぜ最後の瞬間に手を引っ込め、あの生きのよい醜い生物の組織に恐れた?
六十年。私には、はるか遠くの楽園は見えなかったが、生活は確実に崩壊していた。祈りたくはなかったが、祈ることしかできなかった。
誰が法を書き、誰がその純潔さと完全性を確保してくれる? 私は信仰に問うたが、信仰は沈黙した。
脳裏に深く根差す妄執を全て打ち払ったとは言えない……いや、私はいまだ疑っているのだ。
修道院は遠ざかり、私は服のしわの中に小さな種を見つけた。クレマン、私の子よ。たとえ道の途中で死のうと、その種のために潤った土地を探そう。
私は我らの法を疑っている。疑いは私を軟弱にし、勇敢にし、疑いに押されて私は歩き続ける……
実のところ酒が嫌いなんだ。しかし自分がそれを手放せなくなっていたことにふと気付いた。その時はもうユリアが死んで随分と経っていた。三年か? 五年か?
私は人生で二度逃げた。
ラテラーノ。いわゆる聖都はそこまで良いものではない。空気中の甘さと喧騒が不公平を覆い隠し、リーベリとサンクタの差など議論に値しないかのようだった。
リターニアに来た時、私はまだ若かった。白い壁とはまるで異なる黒雲が垂れ込め、無数の人が巫王の統治下で無残な死を遂げた。
私は始源の塔に最初に突入した兵士だが、巫王が倒された後に必ず新たなリターニアが訪れるなんて信じていなかった。
ユリアの言ったことは間違っている。私はそもそもが悲観的な人間なんだ。失望が私を正気づかせ、失望により私はごくわずかな美しさを探し守らざるを得なかった。
だが最終的には自らの失望に妥協し、こんな姿になってしまった。
もし魂に帰る場所があるとしても、きっと私は死んでも、ユリアと同じ場所へは行けないだろうな。
私は最後に何人か守れたのかな。あの執行人殿に、ユリアに、自分自身に問いたい……
私は、英雄と言えるだろうか?
……
私は歩いているの?
一瞬も止まったことがない気がする。
けれどどこへ行くの?
たしか浜辺を歩いた。
粘っこい浜辺。奇怪な海洋生物が私の弦を奏でた。
それは私が聞いてきた中で最も味気ない心の声、何の答えも得られなかった。波が私をその浜辺から押して遠ざけた。
あの時の私は二十歳だった。
たしか砂漠を歩いた。
柔らかな砂漠。私の向かいには不死隊と呼ばれる戦士、彼は黄砂と同い年だ。
私が音符を響かせるたびに、相手の甲冑の隙間から歴史の吹きすさぶ鋭い音が伝わってきた。
あの時の私は十五歳だった。
私は歩いている。
一瞬も止まったことがない。
私は歩いている……
たしか芝の上を歩いた。
……雨の中の芝。人生で初めての葬儀に参列している。
私は墓石の前に立って、参列者たちが一人ずつ母の遺影に向かって哀悼の意を表するのを見ている。
あれらの声をはっきりと聞いた――悲しみ、嗚咽、遺憾、嘲笑、憎しみ、他人の不幸に対する喜び……けれどどうして、彼らの表情はその場に最もふさわしい悲哀さを保つことができるの?
真実の感情でもって死に向き合うことこそが、生命に対する尊重なんじゃないの!?
ママ、私はママの言葉を忘れていないわ。今でもよくママの心の声が聞こえるのよ。一体あとどれだけの勇気があれば、日に日に募る自らの葛藤から勇敢にその一歩を踏み出せるの?
自由はあんなにも得難い。
けれど死は……死はどうしてこんなにも容易く訪れるの!?
我に返った時、あの演奏はもう終わっていた。
フェディ、今回も、やっぱり自分の音を制御できなかったわ。
巫王
ん?
アルトリア?
……
アルトリア
アルトリア、あなたはこんなにも死を畏れ敬っている。
死はこんなにも容易く人の存在を消し去り、一切の感情に終止符を打つ。
真実に直面しつつも最終的に死に向かっていく人々には、あなたを感嘆させる旋律がある。けれどより多くの場合、あなたは恐れ、怒り、疑い、そして――沈黙する。
その未来にたどり着くまでに、無限に近い旅路の中で、あなたはあとどれだけ演奏する必要があるの? あと自分にどれだけの空白を作曲する必要があるの?
無音もまた奏でであり、曲には必ず終わりがある。
巫王
これが貴様の唯一の真実。
貴様はかほどにも弱い。
アルトリアは目を開いた。
長い道のりを歩き終えたようだった。時は川のようであり、人々はその流れに沿って下る旅人だ。しかし自分はなぜ、一歩一歩、来た道に向かって足を運んでいるのだろう?
自分が砕けた容器になったように感じた。数多の人生の中で体験した揺るがない愛、強烈な恨み、莫大な勇気、晴らされぬ失望と罪悪感……
何もかもが、少しずつ失われていく……やがて空っぽの自分だけが残るまで。
いつの間にか荒域を離れており、広場の群衆の中にいた。人の波が無表情に彼女の周りを通り過ぎ、しかし彼女は呆然と突っ立ったまま、その表情は皆と何も変わらない。
アルトリアは一度も離れたことのないあの芝から顔を上げた……
頭上では黒雲が流れ、まるで透き通る涙のように、一滴の雨が彼女の顔に落ちた。
――認めることができていない、彼女の弱さと悲しみのために。
アルトリア
……
若い貴族
マルタ、愛する人よ。あなたは私を最も暗い日々からすくい上げ、励ましてくれた……
なのに今、私はあなたへの恋しさを携えて生き長らえるしかない。
あなたを訪ねるべきか? たとえ貴族の父が同意しなくとも、せめてあなたに知ってほしい。あなたへの愛は少しも揺らいだことはない。
マルタ、愛する人よ。あなたは私を最も暗い日々からすくい上げ、私が望むことをやるよう励ましてくれた。
なのに今、私はあなたへの恋しさを携えて生き長らえるしかない。
あなたを訪ねるべきだ。たとえ貴族の父が同意しなくとも、せめてあなたに知ってほしい。あなたへの愛は……
広い塔前劇場の中、誰もがぶつぶつと何かを繰り返し繰り返しつぶやいている。言葉の内容には喜怒哀楽の表現が多く含まれていたが語気は平坦で、一切の感情の波も帯びていない。
彼らはアルトリアが見えていない、いかなる人も見えていない。
すれ違う時、アルトリアの腕はトライアングルにぶつかり、危うく自分のチェロを手放しそうになった。
アルトリア
……
ミヒャエル
グリムマハト……グリムマハト……
フェデリコ
ミヒャエルさん。
ミヒャエル
僕を一人にしないでください……
フェデリコ
……
アルトリア
意味ないわ、フェデリコ。
……賢明な判断ね。
フェデリコ
現場はあまりに混乱しています。
集団性幻覚……ルートヴィヒ大学の奏鳴塔に塔前劇場、類似の事態が発生するのはこれで三度目です。ですが状況は以前よりも深刻です。
アルトリア
性質が異なるわ。
巫王の消滅後、「始源の角」は崩壊し、荒域が現実に崩れ落ちようとしている。
人々は単に幻覚に陥ったのではなく……混沌の衝撃に対抗できずに豊かで深い感情が彼らから離れつつあるの。
あなたが今聞いているのは、彼らにわずかに残っている、最も強烈な感情なのよ。
フェデリコ
アルトリア、何をしているのですか?
アルトリア
金律楽章、規律、道徳、模範的芸術……「秩序」では、隙あらば侵入しようとしてくる混沌に人々が抗う手助けにならないわ。
最後の感情が流れ尽くせば、広場の全員が抜け殻となってしまう。
フェデリコ
彼らの理性を呼び戻さなければなりません。
アルトリア
フェデリコ、あなただけが特殊なのよ。
ほとんどの人にとっては、感情がなければ、意志なんて生まれないのよ?
感情だけが、唯一感情そのものだけが、人に「自我」をもたせてくれるのよ。
フェデリコ
あなたの言うように、この方たちはすでに「空白」の危機に瀕しています。それでも彼らを演奏するのですか?
アルトリア
いいえ。今回私が演奏する対象は、私自身よ。
私の感情を、みんなに共有するの。
フェデリコ
それはまた別の形式の共感のように聞こえます。
しかしアルトリア、あなたは過去に何度もラテラーノの共感の基盤を破壊しようと試みてきました。あなたはとっくにラテラーノから離反しています。
アルトリア
単純に私があまり気にしていないだけかもしれないけれど……過去から現在まで、私が自らラテラーノから離れようとしたことはないわ。
私はただ法が体現する秩序を認めていないだけ。
共感に関しては……その限界こそ、まさに未来に対する私のあらゆる想像の起点よ。
具体的なことは、また今度説明してあげる。今は、周囲の何千何万という人々を見ていなさい。
彼らはかつて力強く泣き、激しく笑い、この最後の瞬間に至ってもまだ全力で命におけるその一筋の感情を引き止めている……たとえ自分ではもう意識できなくとも。
巫王にせよ、ユリアさんにせよ、彼らは偉大で尊敬に値し、不完全で脆いわ。これが私たちの「自我」であり、人が人であることの本質。
私たちは強大にならなければならない。そして、取り除くことのできない脆弱さも、置き場所があるべきなのよ。
だからこそ、私たちは共に肩を並べ、悲しみも喜びも分かち合う未来が必要なの。
フェデリコ
……
アルトリア
自分を感じるわ、フェデリコ。
今この瞬間、私が心に抱く希望だけが、人々に希望を返してあげられる。私の愛だけが、人々に愛を返してあげられる。
このわずかな自尊心でもって、すべての悲しみと喜びを繋げるわ。
フェデリコ
そのチェロの音に……人々が寄ってきます……
こちらの若い貴族の方の顔に表情が浮かんできました。
アルトリア
感情が戻った反応よ。すでに空となった心が再びすべてを受け入れるまでには時間が必要だわ。
フェデリコ
行動評価。アルトリア、あなたの行動は状況の鎮静化に有益だと考えられます。執行人フェデリコ・ジアロはあなたに協力します。
演奏を止めるまで、あなたの邪魔はさせません。
少しの間の後、アルトリアは再び弓を握り締めた。楽章はまさにクライマックスを迎えようとしており、弦から発せられるハーモニクスはひらひらと舞う蝶のようだった。
彼女にはまだ空を見上げる時間がある。巨大な裂け目は双塔の上に浮かんでいた。それは暗闇が開いた眼だ。しかしその周囲では、いまだ侵食されきっていない夕焼けがあった。
なんと美しい夕焼けだろうか。まるで枷を断ち切った時の、火花のようだ。
レッシング
……あのサンクタのチェロの音。
結び目がまた動き出した。エーベンホルツを感じる! エルマンガルド――!
エルマンガルド
やっているところですわ。
リッチのはためくローブから糸が雲へと飛んで行く。
風が再び吹き始め、固まっていた雲も流れを取り戻した。
それから、小さな揺れに近い振動が起きた。列車が駅に到着した時の地面から伝わるあの感覚に似ている。
エルマンガルド
通路が安定しましたわ。
正気を保ってさえいれば、彼らはすぐにでも出てこられますわよ。
レッシング
ミヒャエル、起きろ!
ミヒャエル
……
レッシング
グリムマハトから何か言われているはずだ。思い出せ!
ミヒャエル
僕の……チューバ……
「グリムマハト」
楽器をしっかりと持て。
ミヒャエル
……グリムマハト?
これは……僕の記憶? チェロの音が見せてくれている……
「グリムマハト」
チューバはとても重い。疲れたか?
なら言えばよい。お前はまだ子供だ。何でもかんでも心の奥底に隠す必要はない。
怖い? それは当たり前だ。
大人でさえ私を恐れる。お前よりも年上の貴族たちも、より凶悪な術師たちも、皆私を恐れている。私が望みさえすれば、私の剣にいつ後ろから胸を突き刺されるかわからないと思っているから。
……怖くない? 私の女帝の声になりたいだと?
本当によく考えたのか? いや、お前が大丈夫だと言っても当てにならん。単なる子供であり、親族からここに送り込まれた時のお前はまだ何もわかっていなかった。
よせ……足にしがみつくな。そんなことされたら剣が持てない。もうよい、お前はもう疲れたことにしておこう。
後で自分の部屋で楽器とアーツの練習をしておけ。外でまだ謁見を待つ貴族がいる。今日はもう会いにこない。
しばらく寝るか……または遊んでも構わない。
女帝の声になりたいのなら、そのチューバをしっかりと持てるようになってからだ。それと、ループカーンの期待があるから女帝の声にならねばならぬなどと思うなよ。
我々は自らの出自を選ぶことはできないが、少なくともいつ振り返るかは選べるべきだ。我々の身にある責任は、他人から担えと押しつけられるべきものではない。
自分でよく考え、どのような身分でここに立つのかを決めてようやくお前は、私が授けたチューバを吹く資格を得る。
ミヒャエル
はい、覚えています。僕はこのチューバを吹かなければならない。金律法衛に伝えなければなりません、皆助かったと。
あなたを失望させはしません。
僕の陛下……グリムマハト。
グリムマハト
……ミヒャエル、よくやった。
ヴィヴィアナ
チェロの音が……鮮明に聞こえます。アルトリアさんが助けてくれているのですか? いえ、私だけではありませんね……彼女は全員に手を差し伸べています。
少なくとも今この瞬間、私たちの心は生き生きとしています。
ヴィヴィアナ
私たちはまだ戦えます。
あれは……外の光景? 通路でしょうか? あそこから、脱出できます!
イーヴェグナーデ
ヴィヴィアナ、フレモントを探してくれ。この空間にいる者が地上に戻れるよう確保するのだ。
ヴィヴィアナ
では陛下とグリムマハト様は?
イーヴェグナーデ
我々か?
当然これまでずっと背負ってきた責任を果たす……
グリムマハト
……脅威をリターニアの外にて止める。
イーヴェグナーデ
ようやく、二人だけになったな。
グリムマハト
最後の旋律は……すでに奏でられた。
リーゼロッテ、お前の盾は双塔とその足元にいるすべての者を包めるであろう。
イーヴェグナーデ
そして、そなたの剣は……
グリムマハト
……私の運命は、この地に足を踏み入れた時すでに決まっていた。
いや、もっと早くからだ。
「始源の角」が私とフレモントの計画から逸脱しツヴィリングトゥルムの中心に降臨した時から、私にはもうこの選択しかなかった。
イーヴェグナーデ
……そうだな。
ヒルデガルト、そなたは……私に何も聞かないのか?
……
そうか。そなたの反応は、やはり想像していた通りだ。ほんの少しも……違わない。
通路が急速に閉じられる。
暗闇が一気に押し寄せ、存在すべきでない隙間を埋めた。
そして一番に濃い闇に隠れ、同様に彼女たちに、そして彼女たちの背後の現実に向かって襲い掛かるのは、今にも蠢き出さんとする無数の目だ。
金色と黒色がすれ違った。
グリムマハト
ヘーアクンフツホルンはここに塔を建て、無秩序の混乱の中に秩序を確立した。
ヘーアクンフツホルンの力を継承し、彼を殺した者として、私は当然ヘーアクンフツホルンを超えることができる。
虚無の中の目、混沌の中の脅威、恐怖が凝縮した実体、現実には存在しない敵――
「悪魔」。
私はグリムマハト。リターニアの女帝であり、リターニアの鋭き剣として――
――ここに宣言する。お前が我が国を侵す未来は存在しない。
熾烈な光がグリムマハトの剣先から放たれた。
彼女のアーツの下、虚空に散らばった「始源の塔」の砕けた屑が再び集まり、新たな「塔」が築かれた。
この石碑は現実と荒域の間に横たわり、暗闇の中からすべての生命をのぞき見る目を遮った。
光が照らす中で、現実の中の双塔、塔の下の万民、そして塔の上の色づいた雲が一つに溶け合って、ぼんやりとした温かなさざ波となり、黒の女帝の背後に遠のいていく。
グリムマハトが振り返ることはなかった。
彼女のアーツ、彼女の剣、そして彼女の体は、すべてこの漆黒の石碑の一部となった。
グリムマハト
皆が言う。お前は打ち勝つことのできぬ敵だと。
今日この瞬間、あるいは、遥か遠い未来に、私はここで命を落とし混沌の一部となるであろう。
それは私の運命だ。
だが決して……リターニアとリターニア人の運命ではない。
若い貴族
ゆ……夕焼け?
戻ってきた……
う……美しい……
レッシング
……空から何かが降ってくる?
ミヒャエル
あれは……
不規則な形状の黒雲が裂けた。
はっきりとした金色が暗澹たる空から漏れ出し、一人一人の顔に零れ落ちた。
リターニアの人々はうつろな夢から醒めてすぐに、双塔の間に舞い降りた金色の雲に目を奪われた。
誰とはなしに、人々は思わず持っていた楽器を奏で始めた。
それはもはや金律楽章でもなければ、聞き慣れた名曲でもない。
全く新たな旋律が色とりどりのアーツの輝きを伴い、万民の高ぶる心の声に呼応して、美しく色づいた雲の下で自ずと流れゆく。
アルトリア
フェデリコ、見える?
リターニアの新たな英雄……いえ、新たな神が誕生したわ。
ヘーアクンフツホルンを二度殺し、リターニアの厄災を取り除き、希望と生きる望みをこの大地に取り戻した人物、リターニア唯一の女帝「永遠なる恩寵」イーヴェグナーデ。
彼女は始源の塔に完全に取って代わり、リターニアの空の主宰者、夕焼けよりもさらに絢爛たる……「ツヴィリングトゥルムの黄金」となるでしょう。
人々は狂喜し、彼女は願いを叶えた。
けれど、この新生した神は……涙を流しているわ。
金色の輝きはあまりに眩く、誰もが目を奪われるほどよ。その涙のしずくは彼女の頬を滑り落ち、永遠に暗闇の中に残った。