植因

ホーシェン
やっぱり数が多すぎます……対処しきれません……
外周の田畑は恐らく持たないでしょう。
ズオ・ラウ
事態は逼迫しています。人命救助を優先しましょう……
ホーシェン
錯覚でしょうか、なんだか……先ほどより大人しくなった気が。
何の音です?
ズオ・ラウ
この区画は中枢区画から切り離されているところ……
やはり……この化け物たちの生命力は大荒城の中枢区画と結びついています。連結が解除されたから、力も弱まったのです。
持ちこたえてください! 全員ここまで避難しましたか?
ホーシェン
通知はすでに行き渡っています。各区域の人はみんな集まっていますか?
農家の長A
子から卯号居住区の人はそろってる。
農家の長B
申から亥号居住区の人はそろってるわ!
農家の長C
巳から未号居住区の人はそろってるが、辰号居住区に送り込んだ奴からまだ知らせがない。
ホーシェン
何だって!?
農家の長C
中心エリアから辰号居住区の道に、化け物の襲撃が特にひどい田畑があって、送り込んだ救助隊も連絡が途絶えてしまった。
ホーシェン
今は中枢区画のエネルギー装置が故障して通信システムも麻痺している……
探してきます!
ズオ・ラウ
待ってください!
いつも私に無理をするなと言っておきながら、どうして自分は誰よりも真っ先に飛び出すんですか? 他の場所にまだどれだけの化け物がいるかも分からないのに、一人で行くつもりですか?
ホーシェン
あそこは僕の試験田です。誰よりも道は詳しい!
あそこに残っているのはみんな普段から田畑の世話の手伝いを引き受けてくれている農民なんです。僕はあの人たちに、最近研究に大きな進展があったなんて嘘までついてしまった……
ズオ・ラウ
なら私も行きます。私は足が速いので、力になれます。
ホーシェン
外から来た君は、ここのことは本来関係ありません。それに君は僕より一つ年下ですし――
ズオ・ラウ
「……ホーシェン、1101年に十七歳で天師府中級農業天師に昇格。」
ホーシェン
えっ――
ズオ・ラウ
大荒城に来て資料を調べていた際に天師府の名簿を見ました。計算してみると、あなたは私よりも一つ年下です。
ホーシェン君、大変危険な場面なのだ。強がるな。
ホーシェン
*炎国スラング*、君は普段そんなしゃべり方なんですか?
ズオ・ラウ
*炎国スラング*、こんなしゃべり方は初めてです!
いいから、行きますよ!
神話は嘘なのか?
おぼろげな稲田が天の果てまで続く。これは生命の沃野だ。
長く風が吹き、稲の波は歌うように揺れている。
生まれたばかりの意識がここで育まれ、ある声が、彼女に話しかけた。
混沌とした意識
帰ってきたか。
疲れているようだが、大丈夫か?
シュウ
なんだ……もう起きていたのね。
混沌とした意識
ここはどこだ? 私は初めからここにいたのか?
なぜ、はるか昔の記憶がある。
私は多くを見た……
戦乱、死、病、飢饉……
空の果てからやってきた災いが大地全体を覆し、破壊し尽くして、その後また終わりなき戦乱と動乱が訪れる。
文明は滅び、生命は恐怖する。
なぜ、私はここに囚われている?
私は一体誰だ?
混沌とした意識
私は、怖い。
外は、とても怖い。
苦しい。
たくさんの人が泣いているのが聞こえる。
どうすれば、これ以上苦しまずに済むのか。
思い出した、ある者が私に名前を付けたのだ……
「歳」。
獰猛な声
私はお前だ。
雑草が勢いよく伸び、全ての土地を覆い尽くした。
万古の長夜がこの瞬間に凝縮した。
シュウ
……
いいえ、あなたはただの影……私自身の影よ。
これはあなたの苦痛ではなく、この土地に住む人の苦痛よ。
獰猛な声
違う――
シュウ
あなたは恐れているわ。なぜならあなたは本当の意味で生きたことがなく、この大地の真実の姿を知らないから。
この世は、決して恐ろしいものではない。
けれどあなたは豊作の作物を、笑いさざめく人々の姿を、見たことがない。
あなたは、万物が生を争うのを、苦しみを経ながらも、命の巡る姿を見たことがない。
機会があれば、よく見てみるべきだわ。
私はとうにあの傲慢で孤独な巨獣ではないし、拠り所のないさまよえる魂でもない。
私は大地の数多の生命と共に、地に足をつけて生きたことがある。
一滴の露がしたたり、無数の時間を越えた生命を大地に注ぎ込む。
シュウ
眠りなさい。
霞、晩穂を紅にし
露、塵襟を染め
千秋、我が一粟の青なるを種う。
慌てる農家
ここだ! 助けてくれ!
あああ! 来るな!!
……このっ!
奇妙な織物
(いななき)
やせ我慢する農家
た……助かった?
ホーシェン
ワンおじさん! どうしてまだここにいるんですか? 大丈夫ですか!
やせ我慢する農家
シャオホー! 来てくれると思ってたぞ!
*炎国スラング*、化け物どもがどこからか湧いてきて、作物を食い散らかすんだ。ビビっちまったぜ。
けど安心しろ! この試験田は俺たちがちゃんと守ったぞ。化け物一匹も入れさせてない――
ホーシェン
ワンおじさん!
ズオ・ラウ
大丈夫……恐怖で意識を失っただけです。
田畑全体が少しずつ沈んでいく。遠くではすでに、田畑の間の巨大な裂け目が見えていた。
ホーシェン
通信設備はもう使えません。土木天師はここにまだ人がいることを知らないから、連結の解除を始めたんです。
早く行きましょう。ぐずぐずしてたら間に合わなくなります!
怖がる農家
なんて深い溝なの……
私たち……見捨てられたの?
ズオ・ラウ
……失礼!
若き持燭人は両手に一人ずつ抱えて勢いをつけると、軽やかに溝を飛び越えた。
ホーシェン
……やりますね!
ズオ・ラウはずれた二つの区画を行き来し、逃げ遅れた人々を一人ずつ安全な対岸まで送り届ける。
しかし区画の高低差は目に見える速さで広がり続け、彼の足取りも次第に鈍くなった。
最後の一回で危うく足を踏み外しかけたが、突風が彼の背中を支えた。
ホーシェン
気をつけてください……
ズオ・ラウ
ありがとうございます……
他の方たちは皆送りました。つかまってください、私たちも行きましょう!
異様な織物
(いななき)
ズオ・ラウ
……まだいたのか!?
ホーシェン
よそ見をしないで……
ズオ・ラウ
あなたはアーツを使い過ぎです……
ホーシェン
心配はいりません……天師府の学生は君が思ってるほど弱くはないです……
二人が力を合わせて化け物数匹を追い払うも、わずかな時間の遅れによって目の前の二つの区画の高低差はまた大きく広がっていた。
四、五丈は優にあるその距離は、二人にとって果てしない断崖だ。
ズオ・ラウ
……くそっ!
ホーシェン
これじゃあ……もう脱出は無理でしょうね……
ズオ・ラウ
この区画は沈もうとしています。衝撃に備えましょう……土の柔らかい土地を探して隠れれば、あるいはまだ……
ホーシェン
これまでは気づきませんでしたが、大荒城の移動区画はもうこんな高くまで作られていたんですね……
ズオ・ラウ……僕たちはどれだけの人を助けましたか?
ズオ・ラウ
安心してください、人数は数えました。ここに閉じ込められていた人は全員送り届けています……
気をしっかり持ってください。あとは私たちがどうにかして生きて帰れば、今回の救出は大成功です。
ホーシェン
神話では、状況がどれだけ困難なものであっても、みんなで一緒になれば、危機を乗り越えられたと言われてます……
ここ数年、みんなにずっと面倒を見てもらって……でも何もお返しができなかったんです。それが今日やっと……
ホーシェンの声は途切れ途切れだった。彼の白いシャツにいつの間にか赤い滲みができていることに、ズオ・ラウはその時ようやく気づいた。
ズオ・ラウ
怪我をしていたのですか!? いつの間に――すぐに止血します!
ホーシェン
ズオ・ラウ、これを渡しておきます。
ズオ・ラウ
こんな時に?
ホーシェン
これは僕の天師儀です。中には重要な実験データが保存されています。これから何が起きても、どうか守ってください。
ズオ・ラウ
分かりました……保管しておきます。
ホーシェンが源石装置をズオ・ラウの手にきつく結び、スイッチを押すと、その小さく精巧な装置は素早く帆を張った。
ズオ・ラウ
何をする気ですか!?
ホーシェン
これまでずっと君を叱ってきましたが、実は悪い奴じゃないって気づいてましたよ。
だから、僕は君をこんな所で……
少年が最後の力を振り絞ると、突風が吹いた。ズオ・ラウはとっさのことで反応できず、体が帆に運ばれて空へと飛んで行く。
足元の区画は少しずつ沈んでいき、ホーシェンの姿もだんだんと小さくなっている。しかしズオ・ラウには、田んぼに残る奇怪な織物が数匹、彼に向かっていくのがはっきりと見えた。
異様な織物
(威嚇するいななき)
ホーシェン
一体どこから湧いて出てきたのかは知らないけど……
僕はお前たちなんか怖くないからな……
え……?
通りかかる牧獣
モ―――?
???
起きて、起きてください!
もしもし、聞こえますか?
まだ呼吸はあるみたいです。皆さんどいてください。
ホーシェン
僕は……
めんめん?
おとなしい牧獣
(心配そうにすり寄る)
ホーシェン
やめ……舐めるなって……おやつは持ってないぞ……
ホーシェンがゆっくり目を開けると、たくさんの心配する顔に囲まれていた。どうやら自分は田野に横たわっているらしいと気付く。
まるで、すでに記憶に存在しないあの日、初めてこの地に来たあの日に戻ったかのようだ。
ホーシェン
みんな……無事なの?
僕は……
ズオ・ラウ
みんなであなたを探しに行こうとした時、めんめんがどこからかあなたを背負って帰ってきたんです。
あの時はどうし――
……助けられました。ありがとうございます。
ホーシェン
……
化け物は……全部追い払えたんですか?
ズオ・ラウ
はい……
黒雲は散り、血色の夕焼けも色あせた。夕日がいつもと変わらぬ黄金色の光で田野を満たす。
ホーシェン
なら……終わったんですか?
ズオ・ラウ
終わりましたよ……
ホーシェン
僕たちは勝った、んですよね?
神農がやったことが、僕たちにもできたんですね……
ズオ・ラウ
そうですね……
誰かがコアエネルギーを制御しました。我々は成功したんです……
振り返ってみれば、これもまた、新たな神話ではありませんか?
ズオ・ラウ
もう大丈夫です、戻り……
ホーシェン
待ってください! 僕の目がおかしくなったんじゃないですよね……
あれ……甲辰号区画……「万頃」の試験田だ!
さほど遠くない場所、荒れ果てた田畑の中で、一本の稲が堂々と伸びている。
ホーシェン
ズオさん! 手伝ってください!
ズオ・ラウ
どうしてまた戻ろうとするんですか! この先は危険ですよ!
これは何ですか?
ホーシェン
うまくいった、うまくいったんですよ!
万頃の良田に……希望が見えた! 叶うかもしれないんです!
少年は狂喜しながら稲を抱きしめ、驚くほどの笑顔で顔が崩れていた。
ズオ・ラウ
一体……
また「言ったところで分からない」、でしょうね……
本当に希望を見つけたと思っておくことにします……
ジー
あの虫たちは成長する過程で困難を乗り越えなければなりません。乗り越えたものは繭を破って出て行き、乗り越えられなかったものは暗闇の中でひっそりと命を止めることとなる。
破滅と新生、いかなる生命も、それからは逃れられません。
ズオ・ラウ
彼は一体何がしたいのでしょう……
「巨獣の心臓」……?
ジー
またお会いしましたね。
この場所を見つけたということは、どうやら私の意図を理解したようですね。
ズオ・ラウ
……あなたは何をしているのですか?
ジー
ご覧の通り、布を織っています。
ズオ・ラウ
布を織ってどうするのですか?
ジー
生地が織れたのなら、当然売りに出します。
ズオ・ラウ
誰にですか?
ジー
顧客情報の漏洩はできません。それがこの生業の規則ですので。
ズオ・ラウ
布に描かれているものは……何ですか?
ジー
山河百景……あるいは貴方がたの言葉で言えば、炎国の「国祚(こくそ)」ですね。
私は長年かけて炎国の都市一つ一つを巡りました。大荒城は最後の一つです。今日ようやく、この布を織り終えました。
美しい模様であるほどに、より良い染料を用いて糸を染めるのが当然。この山河百景図を織るのであれば、炎国の国祚よりも優れた染料などございますか?
数え切れない絹織物が空から垂れているようだ。一枚一枚が、一つ一つの都市、一つ一つの歴史、一つ一つの人々の生活。
国祚? いえ……人の心だと言うべきでしょう。
この錦の彩りをご覧ください。どれも私が見てきた人の心の色ですよ。
その私がどうして、この世を嫌いましょう。