アシンメトリー庭園

Doc
何か、他に力になれることはあるだろうか?
テクノ
友達がすぐ来るからヘーキ。あとはその子がやってくれるよ。
コミュニティの住民
メッセージ見たよ、何があったの!? ほら、早く見せて!
テクノ
ちょっ、ちょっと、頭ゆすんないでよ。スカートめくり上げるのもやめて。人が見てんだから。
コミュニティの住民
なーんだ……ピンピンしてるじゃん。
テクノ
この二人のおかげでね。発作が出た時、ちょうど近くにいて、助けてくれたの。
Doc
気にしないでくれ。医者としての責務を果たしただけだ。
コミュニティの住民
はぁ……最近じゃあなたみたいなお医者さんなんて珍しいのよ。私たちの容態を聞いた途端、大抵の奴は一目散に逃げ出しちゃうんだから。
Doc
そうなのか……ともあれ、お友達も来たようだし、ひとまず大丈夫そうだな。では、我々はこの辺りで。
コミュニティの住民
待って。うちのお店の名刺を受け取ってよ。エステとかマッサージとか何でもやってるから。暇な時に来てくれたら歓迎するわ。特別に2割引きでサービスしてあげる。
Iana
ありがとう、でも本当に結構よ。
テクノ
遠慮しなくていいって。この子の実力は折り紙付きだよ。どこかが痛くなった時には、皆この子のとこに行くんだから。
Doc
いやいや、私は医者だからね。自分の健康管理くらいしているさ。お気遣い頂かなくとも大丈夫だよ。
コミュニティの住民
まあまあ、一度試してみてよ。
Iana
悪いけど、距離を保ってもらえるかしら。
Ianaの言葉を聞いた女性は後ろへ下がると、バッグから手袋を取り出して手にはめ、ポキポキと小気味良い音で指を鳴らした。
コミュニティの住民
大丈夫よ。離れたままでもマッサージはできるから。
Iana
この距離で、マッサージを?
Doc
ごほんっ……そういった、手で触れずに行う気功療法について聞いたことはあるが、それが単なる疑似科学であることは、多くの資料が証明していて……
彼女が空中を軽く揉む素振りを見せると、たちまち二人は温かい力が肩をもみほぐす奇妙な感覚を覚えた。心地よい快感が二人を優しく包んでいく。
Doc
おお……なんだか……ストレスや不安が、すべて消えていくようだ……
Iana
錯覚かしら……なんだか身体が楽になってるような……
Doc
これは……科学的根拠など、気にならなくなってくるな……
ディアス
く……薬が盗まれただと!?
冗談じゃないぞ、エルネストさん。知っての通り、ここには薬で病状を抑制しないとやっていけない感染者が大勢いるんだ。
テキーラ
本当に申し訳ありません。輸送任務を完遂できなかった責任は、俺たち二人にあります。一刻も早く、損失分を補填しますので。
ディアス
金で解決できる問題じゃないんだぞ。
テキーラ
はい、承知しています。盗まれた薬を取り返せなかった場合は、何とかして期限内に同数の薬をお届けします。
ディアス
そうか……すまない。少し焦りすぎていたようだ。
その泥棒がどんな連中だったか、覚えているか? 人手が足りなければコミュニティの仲間の助けを借りよう。
テキーラ
それが不思議なことに、明らかにこちらを狙って待ち伏せしてきたんです。ロドスとしてはこの近辺での活動は慎重にしていますし、誰かを敵に回すようなことはしていないはずですから……
こんな真似をしてくる相手に心当たりがなくて。
ディアス
あんたらの薬に目をつけていた可能性もあるんじゃないか。抑制剤は闇市で高く売れるからな。
テキーラ
ですが、あの薬に大勢を動員して、銃まで持ち出すほどの価値が本当にあるんでしょうか?
彼らの動きは迅速かつ効率的で、戦術も高度でしたし……
ディアス
銃に……高度な戦術か……ふん、レイネルの野郎、俺たちをずいぶん高く買っているらしい。
テキーラ
もしかして、今回の件について具体的な心当たりがあるのですか?
ディアス
ああ。きっとレイネルの仕業だろう。奴との諍いは前々からのことだが……まさか、ここまで卑劣な手段を使ってくるとはな。
テキーラ
なるほど……ところで、下が騒がしいですね。何かあったんでしょうか?
……どうやら、誰かが発作を起こしたのを助けた客人がいたようですね。お礼を言っている声が聞こえます。
ディアス
俺たちによくしてくれる相手には、それなりの礼で報いて当然だからな。で、その客人ってのは……
あいつら、どこかで見たことあるような。
男はテーブルの上に置かれていた昨日の新聞を手に取り、ぱらぱらとめくる。ゴシップ欄まで辿り着いた時、そこに書かれた見出しが突如目に飛び込んできた。
『レイネル氏、またもボディガード変更――原因は彼の性格か』――横の袖見出しには、『独占インタビュー:交代制でシフトを勤める彼ら四名の正体は?』と書かれている。
テキーラ
あれ……この新聞に載ってる人たち、下にいる二人にそっくりじゃないですか?
ディアス
……ああ。こいつはきっちり「礼」をしてやらなきゃな。
Iana
まるで生まれ変わったみたい……言葉にできない気分だわ。
Doc
ふぅ……ありがとう。なんとも不思議なマッサージだったな。
コミュニティの住民
これはイェラグで学んだ伝統のマッサージ術でね。猛吹雪の中、カランドに登った私の誠意を見て、現地の巫女様が伝授してくださった秘術なの。
テクノ
何言ってんだか。アンタがシラクーザからここに来てもう七、八年になるけど、いつイェラグなんかに行ったっての? 二人とも、この子の作り話を真に受けちゃダメだからね。
コミュニティの住民
ちょっと。それ、名誉棄損よ……
Doc
こほん。とにかくマッサージには感謝するよ。もう時間も遅いし、そろそろこの辺りで――
???
待ちな、お二人さん。レイネルのボディガードなんざ有り余るほどいるだろうし、お前らが欠けたところでどうってことないよな。
もうちょっと付き合ってくれ。たっぷりもてなしてやるからよ。
Doc
ええと……
テクノ
ちょっと、おっちゃん! なんでそんな怖い顔してんの?
ディアス
お前こそ、どうして薬泥棒なんかとつるんでる! コミュニティの中にまで連れて込んでくるとは、どういう了見だ?
テクノ
……薬?
ディアス
ああ、鉱石病の抑制剤だ! こいつらが盗んだんだよ!
テクノ
泥棒って、二人がそんなことするはずないでしょ! この人たちはそもそも、鉱石病の存在すら知らなかったんだから!
Doc
失礼ながら、その薬泥棒とやらについてはまるで心当たりがない。なにか誤解があるのでは?
ディアス
誤解だと? 傭兵の格好をして、銃を持って、それでいてBSWの人間じゃない。そんな奴らがお前たち以外にいるってのか?
Iana
……私たちはただ、その子を送りに来ただけよ。
ディアス
本当に誤解があると言うなら、身の潔白をはっきり証明してもらわないとな。皆、こいつらを捕まえろ!
二人の目の前で、ディアスの背後にいた者たちが木の杖を掲げた。
杖の先から放たれる光にどういった殺傷力があるのか、二人には想像もつかなかったが、それでも危険が迫りつつあることが本能的に伝わった。
Iana
逃げましょう、カテブ! 早く!
Doc
危ない!
ディアス
かかって来い、腐れ傭兵ども! 俺のコミュニティに首を突っ込んでくる勇気があるならな!
テキーラ
やっと追いついた……遅れてすみません。さっきの二人はどこに?
ディアス
どこぞに隠れやがった。
お前ら、ぼさっとしてないであの二人を探してこい!
ディアスの部下
行くぞ、急げ!
Iana
はぁ、はぁ、はぁ……何なのよあれ、魔法かなにか?
Doc
恐らくはアーツと呼ばれていたものだろうが、魔法に似たなにかだと思っておくのがよさそうだ。
それより、今は何とかしてここから離れよう。どこか出口は……ダメだな、塞がれている。
Iana
……ホログラムを使いましょう。援護お願い。
Doc
了解、いつでも。
Iana
ジェミニ・レプリケーター起動。
訝しむコミュニティ住民
チッ、あいつらどこ行った?
だるそうなコミュニティ住民
ここも向こうも見たが、居やしねえな……
訝しむコミュニティ住民
クソッ! どっから出てきやがった!?
この女、よくも道のド真ん中にのこのこ出てきやがったな!?
弓にクロスボウ、ランチャーにアーツユニット……ありとあらゆる武器が、道の真ん中に立ち尽くすホログラムへと向けられる。
Iana本人も、ジェミニの目を通してその熱烈な「歓迎」を目の当たりにし、思わず呆気にとられた。
Iana
まったく……随分なおもてなしね。
Iana
弓に、クロスボウ、榴弾、それに「魔法」なんて……やれやれ。
Doc
彼らの注意がホログラムに向いている内に、急いで逃げ出そう。すぐに彼らもあれが本物ではないと気づくはずだ。
Iana
Elaにも連絡を取って、何が起きたのか聞いてみるべきかも。もう何がなんだか、わけが分からないわ……
Ela
事情は把握したわ……でも、犯人はレイネルの部下じゃないわよ。彼のボディガードは最近シュフラットにしごかれっぱなしで、毎日悲鳴を上げてるもの。
Iana
じゃあ、一日中訓練してたってこと?
Ela
ええ。レイネル自身にも、今日一日そんな命令を下すタイミングはなかったしね。
Iana
だけど、ここの人たちには、私たちが薬を盗んだって確信があるみたいだったけど?
Ela
その件は後にしましょう。今は急いでそこから離脱すべきよ。
向こうの特殊能力を考慮すると、このまま二人だけで行動するのは危険かもしれないわね。支援に向かったほうがいい?
Iana
いいえ。彼らのアーツは確かに凄まじいけど、戦術に関してはまるで素人だもの。こっちは身の守り方くらい心得てるし、何よりカテブも傍にいるから。
Ela
……何かあったら連絡して。
Iana
ええ、わかった。
Doc
マイヤー、連中が散開した。そろそろ動くぞ。
Iana
了解。行きましょう。
高所からしばらく観察して、状況はだいたい把握できたわ。ここは大きく分けて、外郭、居住区、そして中心部の建物の三つに区分できそうね。
Doc
ああ。中心部周辺は、「魔法の杖」を持った人々が常に警備しているな。おそらく重要人物か、あるいは大事な物があの建物の中にあるんだろう。
Iana
どのみちあそこは避けて通ることになるし、今のところ、何があるかについてはそれほど重要じゃないわね。
Doc
では、迂回して居住区から抜けようか? 武装した連中もいないようだし、安全なルートに見えるが。
Iana
もしかしたら、そっちのほうが危険かも。
Doc
ああ、確かに……この世界では、我々の常識による推測は通用しないわけだからな。
右の窓から響く声
おぎゃあ――おぎゃあ――
よしよし、泣かないでおくれ。パパが歌を聞かせてやるからな。
Where are you flying, tired fowlbeast♪ (飛び疲れた羽獣よ、お前は何処へ飛んでいくのか♪)
Towards tomorrow's wind♪ (明日の風はどこへと向かう♪)
Don't you know♪ (君には分からないだろう♪)
Your wings are for today♪ (君の翼は今日を飛ぶためにあるから♪)
(小声)ようやく眠ってくれた、よかった……
Iana
どうしたの?
Doc
何かが足元を横切った。ネズミ、いや、むしろカタツムリに似た何かだ……暗すぎてよく見えないな。
Iana
ここ、ゴミ捨て場みたい。どうりで誰も来ないわけだわ。
Doc
出口は目の前だ。誰も近付きたがらないくらい臭気の立ち込める場所だったことを、幸運に思うべきかもしれないな。
Iana
敵襲!?
Doc
いや、単にそこの窓から光が漏れてきただけのようだ。
Iana
家の中でアーツを使っているの? なぜかしら?
左の窓から響く声
すごいわ、あなた! この羽獣、やたらと逃げ回って、大変だったのよ。
気絶したみたいだな。今のうちにシメてしまおう。
ああ、ダメだ、起きちまう! やっぱり、こんなアーツじゃ効かないか!
(けたたましい羽獣の鳴き声)
右の窓から響く声
ああ、ダメだ、起きちまう!
(赤ん坊のとても大きな泣き声)
Iana
ぷっ……
Doc
……どうやら、アーツというのも万能じゃないらしい。
Iana
外壁にカラーアクリルが貼り付けられているところからして、ここを本当に我が家だと思っているんでしょうね。この手の実用性のない飾り付けをするのは、そういう人だけだから。
Doc
こちらのグラフィティにも、似たような愛着を感じるよ。風景画や肖像画、純粋に装飾的なものまで色々と描かれているが、でたらめに落書きしたわけじゃないのは見てわかる。
なかなかの腕前だ。どの絵にも物語があって……
テクノ
あ、アンタたち、どうしてここに!?
Doc
おっと、お嬢さんか。我々は……
Iana
まずは落ち着いて。あの人の言っていたことは、私たちの仕業じゃないの……間違いなく、何かの誤解なのよ。
テクノ
……あ、アタシにはよくわかんないけど、アンタらはアタシを助けてくれたわけだし、でも……
Doc
我々に敵意はない……君ならわかってくれるだろう、お嬢さん。
テクノ
……
この路地を抜けたら右に曲がって。左側は一見誰もいないように見えるけど、おっちゃんはイライラするとあそこにタバコを吸いに行くから、鉢合わせちゃうかも。
アタシはただ、ゴミを捨てに来ただけで、何も見なかった。
Doc
君は……
Iana
(小声)カテブ、行きましょう。