壮大な未来図

1031年秋
カズデル地区 移動都市カズデル
グッドラック
どけ、どけ……通してくれ!
イラつく平民
おい押すんじゃない! いい場所を取りたいってんなら、鉱区で採れた高純度源石となら交換してやってもいいぜ。
おい、チラシまでひったくりやがって! うえっ、血なまぐせぇ野郎だ……
グッドラック
死人の家を抜けてくるんだから仕方ないだろ。それでチラシのこれは……リン……ゴ……ネス? 読み方あってるよな?
どんな場所だ?
イラつく平民
ガリアだよ。
グッドラック
へぇ、ガリアってどこだ?
イラつく平民
……*サルカズスラング*、そんなの知らねぇよ!
グッドラック
チッ、なにキレてるんだよ?
イラつく平民
黙ってろ。両殿下と王庭の大物たちが議事堂で話してるんだ。都市の規律を敷き直すらしくてな。ここ数日、街の衛兵が増えたのに気付いてねぇのか?
とにかく、あんまり騒ぎを起こすんじゃねえぞ!
グッドラック
はいはい。それにしても、鬱々とした天気だな。
テレシス
以上だ。
軍事委員会が戦争議会に取って代わり、委員会は魔王テレジアがカズデルの軍事行政の要務を決定する手助けをしていくこととなる。
カズデルの正式な管理者は今後軍事委員会のみとなり、王庭の名でもってサルカズに命令を下す権利を持つ者はいなくなるだろう。
具体的な決議は、事前に各位に届けた通りだ。王庭の主たちよ、戦争議会の名はいまだ名残惜しかろうが、ここに宣言する……
これより、カズデル軍事委員会はサルカズの最後にして永遠なる砦となり、サルカズのために新たな秩序をもたらす。
テレジア
なにか質問はあるかしら?
バンシー
……殿下、御身は昨日より憔悴しておられるようにお見受けする。
くれぐれもご自愛めされるよう。軍事委員会がいくつあろうと――
――殿下を欠いては益もなし。
テレシス
……
テレジア
ラケラマリン……ありがとう。
ラケラマリン
御身がこの日のため、いかに身骨を砕いてきたかはよくよく承知しておる……河谷に隠れるバンシーたちを、今のカズデルがどう感ずるかも、心付いておる。
テレシス
……
ラケラマリン
されど、我々が態度を示す前に一つ……この場に参る道中で、妾は道に迷ったリッチの特使に遭遇し、その者よりそなたら宛ての文を預かったのだ。
カズデルは確かに甚だしく変じたのであろう。特使はもはや、ここへと通じる道すらわからぬ様子だった。
テレジア
そう……リターニアから手紙が届いたのね。
ラケラマリン
思うに、殿下の使人はいまだサイクロプスたちから何も知らせを受けてはおらぬのだろう?
なれば、かような風雪の奥深くに埋もれる声ではなく、リターニアのリッチたちがいかな答えを持つかを、先に聞くとしようではないか。
テレジア
そうね。サルカズは……長らく、団結できていないわ。
ん……?
便箋のきらびやかな文字は糸となって絡み合い、紙の上に浮かび上がると、最終的に見知った姿形を成した。
ラケラマリン
フレモント――リターニアに長らく住まうリッチか。どうやら現今の「謄録」は、あの者となったようだ。
テレジア
リッチたちの術はリターニアで少しスタイルが変わったのかしら。うーん……とても興奮しているような表情ね。
……
……でもどうして映像だけで、何も音がないのかしら?
ラケラマリン
……フフッ。
特使がほのめかしておったわ。先生の言葉をいかに穏便な形にまとめるか、実に苦悩したとな……だがまさか、音ごと消してしまうとは。
いずれにせよ、フレモントはリッチたちの謝意を示しておる。あの者たちはいまだ一心に知識に没頭しており、その本分を脇に置いて遠路はるばる集う気など毛頭ない様子ではあるが……
カズデルがあの者らの知識を必要とするなら、リッチは己が認めた者に喜んで殿堂の扉を開け放つであろう。
……無論、殿下であらば、映像からもフレモントの態度を読み取れることと思う。あの者はやはり激しい変革に対して、いささか過敏なようでな。
ラケラマリン
さて、ここにもう一通フレモントから将軍に宛てた個人的な文がある。
テレシス
……ラケラマリン、お前は誰ぞの伝言役でもなかろう。
お前はまだ、バンシー王庭の態度を示しておらぬ。
ラケラマリン
昨日、久闊(きゅうかつ)を叙した際に合意に至ったものと思っておったが――バンシーは参加せぬ。
我々は今もなお、あの一戦で負った傷を癒やしておるのだ。
他のサルカズからは誹りを受けるやもしれぬ。されど戦争の終結以来、挽歌が常に河谷の両岸を包んでおるのは周知のとおり。我々の受けた打撃は軽いものではない。
されど、もしカズデルが再びバンシーの援助を求めるならば……フレモントと同様に約束をしよう。バンシーは必ずやここに現れる。
なれど、そこに至るまで我らは無力である……無論、妾個人のささやかな力添えを望まれるのなら、応えるのもやぶさかではない。今すぐでもよいぞ。
テレジア
十分よ……ありがとう、ラケラマリン。
ラケラマリン
礼には及ばぬ。殿下に対する妾の態度は知っておろう。百余年前より、妾はそなたら二人のあらゆる決定を支持しておる。
一つ申すなれば、そなたの兄には我々を高みの見物と責めずにいただければと思う。
テレシス
……
テレジア
では、ナハツェーラーの王、宗主ネツァレム。
あなたはかつて戦争議会のリーダーであり、私とテレシスの師でもあったわ。
この諸々の提案に何か意見はある? あなたに付いている他の議会メンバーはどういった態度かしら?
ネツァレム
……その方らは変形者とやり取りはしたか?
テレジア
彼はもはや全く異なる身分でカズデルに長く根を下ろしているけれど、やり取りなら幾度もしてきたわ。彼に異議はないみたいよ。
ネツァレム
ならば我輩も異論はない。
政策における煩雑さや欠陥、具体的な計画の実行方法などはもはや障害とはならぬ。我輩がここに現れた以上、我輩の言葉は他の議会メンバーの総意でもある。
転換点、変化、そして新たな御旗――互いに我らが真に望むものは心得ていよう。
ならば、するがよい。
テレシス
必ずやそれらを得られると約束しよう、ナハツェーラーの王よ。
ネツァレム
とうに感覚のなくなった「戦争」が二人の手の中で新たな境地へと変貌することを願う……
テレジア
……それじゃあ、まだ一言も発していないあなたにも、意見をうかがえるかしら。
ブラッドブルードの大君。
ドゥカレ
百年の歴史を有する戦争議会を……
讃えられた英雄の時代と、数少ない勝利と共に谷底に沈める……これこそが将軍の最終決定ですか?
テレシス
我々の、決定である。
何か異見があるのならば申せ、ドゥカレ。
ドゥカレが下を向く。
テレジアの白いドレスには多くの黒ずんだ血が付いていた。
卑しい者の血、彼のよく知る堕落した末裔の臭い血、さらにはこの地で自ら落ちぶれていく王庭末裔の濁った血。ブラッドブルードの大君はそれらに極めて敏感だった。
ドゥカレ
殿下、私が嫌悪する穢れた血を代わり浄化してくださり、感謝します。
ですが、我が想いは包み隠さず申し上げております。過去の魔王一人一人に対してそうであったように、あなたに対してもそこに相違はない。
軍事委員会はただサルカズが守り貫いてきた巫術と血に、「より現代的」で「より効率的」な名をかぶせたにすぎません。
正直に申し上げると、これはどうでもよいことに思うのです。そればかりか、まるで必要がないとまで言えます。
テレジア
拒否する、ということ?
……ブラッドブルードの王庭を代表して?
ドゥカレがテレシスをちらりと見やる。テレシスはいささかも動じていないようだ。
時間はこの混血のサルカズの身にほとんど痕跡を残していない。
彼はテレジアのそばで微動だにせず立っている。その姿はまるで、百年前に服職人の傍らにいた無名の剣士のままのようであり……
その視線は、一度たりともブラッドブルードに落とされたことなどないかのようだった。
ドゥカレ
……拒否するとまではとても。ただこの会議に少しばかり失望したもので。
あなた方はお強い。皆お強い。カズデルにこれほどまで多くの王庭の主が集まるなど、一体いつぶりでしょうか?
ましてやあなた方は、ひと時代前に愚かな連合軍を撃破して未来を勝ち取り、自らの手で戦争議会を組織した方々なのです。
なぜ今になって、また同じ手でこの議会を「変える」などと仰るのでしょうか?
このホールを見渡してみてください。
あなた方は早々に合意に達しました。この軍事委員会が戦争議会と唯一異なっている点は……「ブラッドブルード」、つまり「私」がいることです。
私に滑稽な役職名を与え、それからブラッドブルード全員を「委員会」と呼ばれるものに服従させるのでしょう。
あなた方は一体いつからこうした、ヴィクトリア人やリターニア人が好む政治を学び始めたのですか?
いっそ、ひと思いに私の首を取り、この都市内のブラッドブルードに殺戮の限りを尽くせばよろしいのではないですか?
テレシス
この会議は誰かをつるし上げるためのものではない。
ドゥカレ
そうでしょうか?
テレジア
ええ。この会議はカズデルが新たな時代において――
ドゥカレ
「新たな時代」?
……あの歌い継がれる「六英雄」の時代において、私は熱意と暴力を目の当たりにしたのです。
当時カズデルに到着した時、私はこの耳でイレーシュの悲鳴を聴くものと思っていました。しかしそこに広がる光景はまるで違った……
私は連合軍の崩壊を、天地を覆う巫術が敵の戦線を粉砕するのを、サルカズの力が大地を揺り動かすのをこの目で見ました。
私は驚き、そして――興奮を覚えました。それゆえに、私は自らリターニアの背後で指示する者の頭をもぎ取り、戦争議会に捧げたのです。
ネツァレム!
ネツァレム
……
ドゥカレ
あの戦争こそが本来、新時代の始まりなのです。あなたならば私の考えに賛同すると思っていました。
このたった百年の間で、あなたまでも……謀りや策に通じるようになり、深淵のこだまに耳を傾けることを放棄したのですか?
ネツァレム
……ドゥカレ、深淵にその方の席はない。駄々をこねてくれるな。
ドゥカレ
おっと……それは誠に申し訳ございません。サルカズの戦神からしてみれば、この場所はあなたの視野を狭めてしまうほどに小さいものだったでしょうか?
ネツァレム
我輩はただ、次の戦争を待っているだけである。
ドゥカレ
どのような戦争ですか?
ネツァレム
……殿下、手をお貸しいただきたい。
ドゥカレ、よいか。
その方に見せてやろう。
テレジアが黙ってうなずく。
魔王の感情が議事堂全体を、王庭の主たちを包み込んだ。
彼らは魔王の目から破滅を、悲しみの嘆きを見た。
議事堂に集いし者たちは、カズデルを塵にした戦争を思い出した。
だが、まだ終わってはいない。
はるか遠くの未来、はるか遠くの幻想、はるか遠くの可能性。
そこに見えるのは、もはや具体的な物語の回顧ではなく、臆測、推測、そして予言と判断だった。
しかし疑問を呈する者はいない。あらゆる可能性をいずれも平等に尊重してのことである。
そして結末も同様に平等であり、膨大であり、そこに議論の余地はなかった。
変化。歴史の転換点。運命の分岐――
極めて重要な戦争が目前に迫っていた。それは後にまで……はるか遠くの未来に通じ、サルカズにまで……テラにまで影響を与えるものだ。
あらゆる者がその中で、自らの居場所を見つけるだろう。
己が望む居場所を。
ドゥカレ
……
ネツァレム
ブラッドブルード、その方は理解しているはずだ。これらの光景の意味を。
それとも、たった百余年で、その方までもイレーシュのごとく軟弱になり、揺るぎ始めたとでも? その方もかつては戦士だったではないか。
ドゥカレ
……否定はしません。
しかしあなた方は、王庭が古き権力を放棄すれば、カズデルが再び蘇るとでも言いたいのですか?
テレシス
否。
王庭の古き権力を必要とせぬ、新たなカズデルである。
それは「より現代的」で「より効率的」なものとなろう。
お前たちの高貴な血統に溺れ続けるのであれば、サルカズの団結などとても語れまい。それとも、王庭の「統治」によってなされるとでも言うつもりか?
お前は依然として自身の王庭の上に立ち、サルカズの内においても権力と威信を保持することができよう……ただし、ブラッドブルードの王庭は軍事委員会に服従してもらわねばならん。
ドゥカレ
……
テレシス
テレジアに代わりもう一つ約束をしよう。
お前が垣間見たその時代において……カズデルの領域はもはやこのささやかな都市だけに留まらない。
カズデルはもとより、単なる一都市ではないのだ。
ドゥカレ
……
私は少々発言をしすぎたようですので、どうか続けてください、テレジア殿下。
テレジア
大地の枠組みを書き換えるに足る余波がまもなく押し寄せるわ。それは五十年後かもしれないし、十年後かもしれない。あるいは明日にも、その時はくるかもしれない――
カズデルは逃れられないわ。
リンゴネスを滅ぼしたあの戦いの光景を、変形者が共有してくれたの。
新型アーツによって実現した高効率の指揮システム、戦線を突き破る高速戦艦、軍団規模での作戦行動……新たなものが絶え間なく戦場に投入され続けている。
「滅ぼす」ことにかけて、彼らの才能は私たちの血の奥深くに眠る本能を今まさに超えつつあるわ。
テレシス
だがそれよりもなお、私の気掛かりとなっているのは、戦いに伴う数え切れぬほどの代償の中に依然として我らの姿があることだ。
ガリアが雇った王庭術師とリターニアに身を隠すリッチとの交戦は凄惨を極め、かのウェンディゴは戦場において同族の血でもって皇帝に己が忠誠を示した……
戦線を埋めるために用いられたサルカズ傭兵などは、各国の死傷者統計に計上されてすらいない。
サルカズは他者の戦争の中で殺し合うばかりで、戦争の主導者たちには使い捨ての消耗品と見なされている。
変革の足並みに追いつくために、サルカズは必ずや炉火の下に再び集わねばならぬのだ。そして必要とあらば――
戦争の主導権を手中に収めねばならぬ。
テレシスはそばにいるテレジアへ目を向け、彼女の意見を待つ。
しかしテレジアは何も言わず、淡々とした眼差しを湛えたままだった。
テレシス
我らは他国を、そして彼奴らの最も深遠なる秘密を奪い取る。
軍事委員会は、やがてサルカズ最古の力を呼び戻すこととなろう。ティカズがサルカズとなり、「魔族」と蔑まれたのも……
他の種族の心に根付く、遙かなる恐怖によるもの。
とうに忘却され、改竄された伝説と歴史を再びテラの生きとし生けるものの前に突き付けてやろうではないか。
サルカズは弱き者に非ず。我らは他者がサルカズの運命を救ってくれることを願う必要などない。
むしろその真逆であり、我らがテラの運命を、この大地の行く末を主導すべきなのだ。
我らが追い求める未来図はバンシーの巫術による秘文を通じて、すでに各位の手に渡っている。
ドゥカレ。
ドゥカレ
……
テレシス
まだ質問はあるか?
ドゥカレ
いいえ。大変素晴らしいです。軍事委員会においては、鮮血の王庭のための席を取っておいてください。
どうやら我らがナハツェーラーの王はまだ耄碌(もうろく)していなかったようです。ですがそのような盛大な宴を本当に迎えられるのかについては……
ネツァレム
戦士に華々しい結末は必要ない。それは名声を求める輩の低俗な考えにすぎん。
ラケラマリン
……
ドゥカレ
おや、ラケラマリン、まだいらっしゃったのですか。
ラケラマリン
妾は初めに態度を示しておる。それゆえ、妾はドゥカレ閣下が己の考えを「必死に表現する」様をただ静観しているだけでよい。
ドゥカレ
惨憺たる王庭の主とは、なんと哀れなことでしょうか。あなたの挽歌が恋しいです。
ラケラマリン
ならば約束しよう。そなたの死が訪れた際にはバンシーの主が必ずや挽歌を響かせ、夜風と共にそなたに寄り添うことを。
ネツァレム
雑談に興じるならば我々は場所を変えるとしよう。両殿下はまだ二人で相談事があるようだ。
戦争議会の他のメンバーも、両殿下の考えを知りたがっていることだろう。ドゥカレ、ラケラマリン、それと扉の外で変装している変形者、我輩についてくるがよい。
ナハツェーラーの王はテレジアに向かって会釈をした。
二名の王庭の主は魔王にいとま乞いをせずに、そのままナハツェーラーの王に続いて去った。
会議終了後、テレシスは黙ってテレジアのそばに残っていた。
彼女に対して、回答をせねばならないことが残っているからだ。
テレジア
王庭の主たちの前で戦争の計画を宣言するなんて、私は一言も聞いてなかったわ。
テレシス
そなたも先ほどは反論しなかった。
テレジア
反論できたと思う?
テレシス
そなたは私の考えをよくわかっている。もし反論するのであれば、数年前の段階で反論していたはずだ。
今のところ、私はまだ彼奴らの手綱を引くことができる。だが彼奴らだけでなく、この都市も飢えの限界を迎えようとしている。
テレジア
最悪の事態には至らないように動くわ……そうなってしまえば、テラ存続の可能性も極めて低くなってしまうもの。
テレシス
……迅速にな。
テレジア
ええ。
フレモントの手紙には何と?
テレシスが封を開けると同時に、すべての文字も消えていった。しかしその文字は彼の頭の中に深く刻まれている。
テレシス
彼奴は……我々の会議におけるおおよその決議を予想していた。その上で、いくつかの考え、およびアドバイスを提示している。曰く――
未来の希望を、一点にすべて賭けてはならぬと。
カズデル地区 移動都市カズデル
恐ろしい平民
お前もバベルとかいうやつのメンバーか? フンッ、軍事委員会がお前たち全員を構ってくれるなんて期待すんなよ。
新米医療メンバー
私たちはあなた方のお力になるために来たんです。
恐ろしい平民
力になる? 俺の両親はお前たちリターニア人の手によって死んだのに?
お前なかなか度胸があるな。俺が怖くねぇのか?
新米医療メンバー
ここに来たら何が起こるのかは、よく心得てますので……ただ慣れる必要があるだけで。
それに、隊長から……対立を煽るような行動は慎めと言われていますから。
恐ろしい平民
俺をなめてんのか!? *サルカズスラング*!
新米医療メンバー
えっ?
恐ろしい平民
なっ……なんだ!? 下ろせ!
Mon3tr
(歓迎するように手を振る)
???
彼を傷つけるな。向こうまで送ってやれ。
新米医療メンバー
……ケルシー先生?
ケルシー
計画したルートから勝手に離れるなと言ったはずだ。たとえ道すがら負傷者を治療するためであってもだ。
新米医療メンバー
申し訳ありません……
ケルシー
いいや、責めているわけではない。君はうまく対処した。それに目的地は目の前だ……
ようこそ、バベルへ。
カズデル地区 バベル事務所
テレジア
はぐれた仲間たちはみんな連れ帰ってきた?
ケルシー
ああ、皆問題ない。
バベルが現在建設中の各施設も順調に作業が進んでいる。君が最も気にかけていた学校も完成した。
テレジア
そう? じゃあどうして失敗知らずのケルシー医師が拒まれて、その場で追い出されたなんて噂が流れてきたのかしら?
ケルシー
確かに、これほどまで……断固とした拒絶を受けたのは想定外だった。
テレジア
私はむしろちっとも意外には思わないわ。魔王のお誘いなんて、多くのサルカズにとって大したことではないもの。
ケルシー
だが、サルゴンとレム・ビリトンの「関係者」の方は順調に進んでいる。クルビアも……技術交換を提案してきた科学者がいる。
彼らはサルカズの古の巫術に興味があるらしい。それに対して我々が欲するものは最新の移動農場だ。
テレジア
こうした勢力と対等な会話をするために、私たちはすでに百年の時間を費やしたわ。
ケルシー
いずれも素晴らしい成果だと言えるだろう。君は今まさに歴史を転換させているんだ。
テレジア
ありがとう、ケルシー。
でもあなた、最近悩みが尽きない様子ね。
ケルシー
……軍事委員会が正式に成立したのでな。
バベルの存在は、相容れない矛盾を再びカズデルに突きつけることとなるだろう。
異なる種族、異なる国家の仲間たちは、いかにしてサルカズと共に暮らすべきなのか?
恨みと偏見を調和しようという希望が……新たな導火線となってしまったらどうするつもりだ?
テレジア
カズデル一都市分のそれさえも解消できないのなら、バベルがサルカズを全テラと共に立たせるなんて実現できっこないでしょう?
間もなく軍事委員会の人員がバベルに加入するわ。彼らがみんなの安全を確保してくれるはず。
そしてこれは、一部の人への警告でもある。
バベルの背後には私とテレシスがいる、という警告よ。
ケルシー
……
テレジア
そうだ! サンクタのトランスポーターに会った話をしてなかったわよね?
ケルシー
……サンクタは基本的にカズデルの境界には近づかないはずだが。午後に姿を消していた理由はこれか?
テレジア
ああ、それはね……仕事をすべてラケラマリンに引き継いでいたのよ。
ケルシー
結果を見るに、残念ながらバンシーの主は書類仕事の適任者ではないようだ。
それで、サンクタのトランスポーターというのは?
テレジア
……川辺で水を汲んでいるのを見かけたから、話しかけてみたの。たくさんのことを話したのよ。歴史だったり、平和についてだったり、憎しみのことだったり。
私の考え方にはほとんど賛同してないみたいだったけど、彼が年齢に見合わない英知と聡明さを備えているのは感じたわ。
そして、彼の心の中には……彼自身が自覚さえしていない言葉が隠れていた。
だから……
ケルシー
サンクタに魔王の力を使ったのか?
テレジア
彼との縁が一体何を意味しているのか、見てみたかっただけよ。
ケルシー
そうか……それで答えは?
テレジア
現時点ではまだ何とも。ただ彼の魂に目を向けて、もしかすると……私たちはそんなに孤独じゃないのかもしれないって思ったの。
ケルシー、この大地には、大なり小なりの、美しい、善なる希望を追い求めて努力している人がたくさんいるのよ。
グッドラック
ッ……いてぇ……あいつらイカれてんのか? ちょっとおこぼれにあずかろうとしただけで、バベルだなんだ言いがかりを付けてきやがって……
彼は通りの壁にもたれかかって息を切らせながら、目の前のすべてが次第にぼやけていくのを感じていた。
気だるさが絶えず押し寄せて、彼の手足はその感覚に呑まれていった。
ぼやけていく視界に、狂った人影が目の前の通行人に向けて刀を振り上げる様子が映った。次に凶刃に倒れるのは自分だろう。
グッドラック
こんな所で死んでたまるか……
やってやろうじゃねぇか、クソが! どきやがれ!
彼は全身の力を振り絞り飛び出したが、その勢いで硬い地面にぶつかっただけだった。
視界に暗闇が広がる。
女性の声
だ、大丈夫? あなた、今助けてくれようとしたの?
すごい血よ。なんだか……私があなたを助けてるみたいね。
バベルへ連れて行くから、気を強く持って。うちのお医者さんならきっと助けてくれるわ!
グッドラック
ハッ……まだ……生きてんのか……
女性の声
ひどいわ。狂人たちの標的はバベルのはずなのに、公衆の面前で無関係の人にまで手を出すなんて……ほかの人はどうなってしまったのかしら……
ちょ、ちょっと! 眠っちゃダメよ。まだあなたの名前も知らないのに!
グッドラック
グッド……ラック……
女性の声
は?
彼は自分にこの名を付けたことを初めて後悔した。