未完の別れ

少年が夢の中で泣いている。少女は自身のマントで風雪を遮るよう少年を包み、涙を拭ってやった。
凍てつくような寒さ。途切れ途切れの意識。風の唸り声。
独眼の巨人は、遥か遠くの叙事詩を柔らかく口ずさんだ……
彼女の声は風と雪の裂け目を通り抜けていく。
サルカズの魂の呼び声が呼応するように和音を奏で、少年の嗚咽がリズムを重ねる。
夢の中は酷く凍えたままだ。少女は僅かに肩で息をし、少年の目をそっと覆う。そうして自身も目を閉じた。
千年前の歌は、いまだ二人の前で続けられている。
「章はそう締めくくられる。」
子供をその場に残し、巨人は風雪の中へと消えていく。
少年は、夢の中の自身の泣き声が次第に聞こえなくなっていくのを感じた。
そうして、彼が目を覚ます。
1094年夏
カズデル地区 荒廃した町の外
???
章はそう締めくくられる――アスカロン、俺の物語もこれで終わりだ。
これが我が一族……サイクロプスが北境に踏み入る直前、カズデルに最後視たものだ。
この章で描かれたのは、過ぎ去った未知の歴史か、はたまた遥か先で起こり得る未来か――あるいはまったく無意味な戯言か……
千年近く、それを知る者はいなかった。
けれど、彼らが現れたことで運命の急流は狭く、確かな方へと収束し……
そうして、彼女が視た未来へと至るだろう。
アスカロン
……
興味ないな。
「スカーアイ」
ゴホッ……そう言う割に、俺の話を最後まで聞くなんて珍しいじゃねぇか。
鮮血がゆっくりとマスクを伝い、男の胸に滑り落ちる。
もはや為す術もない男の様子を確かめ、アスカロンはわずかに目を細めた。
アスカロン
死にゆく者への尊重に過ぎない。
「スカーアイ」
ゴホッ。フッ。
お前は出会った時からそうだよな。この手の予言なんざ歯牙にも掛けちゃいない。
アスカロン
……
「スカーアイ」
なら……運命を支配したいと願う貪欲な人間の思いの強さなんて、お前には一生分からねぇよ。
アスカロン
死に際によくしゃべる奴だ。
「スカーアイ」
お前がバベルの連中との合流を急いでるのは分かってるぜ。だがまだその時じゃあない。見ろよ、天災がもう目前に迫ってる。
あぁ……俄然、興味が湧いてきた。
嵐の中に――お前は何を見た?
アスカロン
どけ。
「スカーアイ」
依頼は必ず果たされねばならない。これは俺が定めたスカーモールのルールだ。
それは、生死を問わ――
がはっ!
アスカロンの姿が男の背後で消える。同時に、薄暮のような霧が男の首を締めつけ、その巨体を切り立った崖に吊るし上げていた。
アスカロン
ならば聞くが、お前は自身の結末を視たことはあるのか?
「スカーアイ」
……予言は気にしない主義でね。お前と同じだな、ハッ。
だが現実として、俺たちは運命から逃れられねぇ。お前は足掻きたくないのか? どうして、なんの根拠があって、達観してられるってんだ?
忘れるなよ。予言ではお前の役割も定められている――
嗚咽。嵐。
もの悲しい歌が二人の耳元で響く。バンシーの河谷から流れ出た挽歌が地平線をかすめ、嵐の中央へと巻き込まれていく。
アスカロンは背筋が粟立ち、全身に冷水を浴びせられたように感じた。
言いようのない痛みが彼女の耳の後ろから足の裏まで走っていく。
名前のない挽歌、不吉の前兆。
アスカロン
……
「スカーアイ」
さらばだ……カズデル。
アスカロンは嘆息を聞いた。
彼女の手が、「スカーアイ」の喉から嘆息はおろか、かすかな音すら発せなくなるまで引き絞られる。
そして最後に、ようやく彼女は手を緩めた。
「スカーアイ」
……ハッ、クソッたれの運命が。
瞬く間に、サイクロプスの巨体は崖下の小さな点となった。
薄暮は狂風の中に散り、フードが映す影と共に崖から落ちる涙の中へと消えていく。
荒い息遣い、天災雲の中にくぐもる雷鳴、砂嵐が荒野を巻き込むうなり声……
すべての音が静寂に帰した。
ヴィクトリア ロンディニウム
テレシス
「彼女の」サルカズか……
顔を上げよ。
もしお前たちがいまだ彼女の与えた使命を果たさんとしているのならば、私は逃げも隠れもしない。
私が、彼女のための復讐を許そう。
暗殺者
……
この服には、あたしの名が縫われてんだ。
テレジア殿下が手ずから縫ってくださったこの刺繍……今、わずかに熱を持っている……それが意味するところはわかってるよ。
殿下が我々に与えた任務はもう終わったってことだろ。
我々はもうお前の命を狙うことはない。サルカズは外敵の脅威にさらされる中で、同胞に剣を向けたりはしないんだ。
……お前に忠誠を尽くそう、摂政王。
お前がサルカズへの熱意を失っていないのなら――喜んでこの命を預ける。
マンフレッド
ヴィクトリアで進めていた計画を台無しにしかけた者を、我々が受け入れるとでも?
暗殺者
軍事委員会があたしらの死を望むのなら、受け入れるさ。
それで、より良い結果となるのなら……
殿下の望みにも沿うだろうしな。
マンフレッド
つい先ほどまで計画を潰しかけていた逆徒の頭を、どう信じろと――
テレシス
マンフレッド。
マンフレッド
……
テレシス
「殿下の望み」、か。
名乗りを許す。
暗殺者
ジュリー。
テレシス
覚えておこう。そして最後の任務を与える。
衛兵、刺客、傭兵、この血戦で生き残ったすべての者たちよ――諸王の眠る地に踏み込め。
ヴィクトリアの鉄の心臓を打ち砕き、彼の地で待ち伏せ、蒸気騎士を欠片も残さず掃討せよ。
ジュリー
そりゃ軍事委員会がロンディニウムを弱体化するにあたって、鍵になる計画だろ? あたしらを参加させていいのか?
テレシス
構わん。マンフレッドが目を光らせている。
ジュリー
それで、あたしらが生きて帰るのは無理ってオチなんだろ?
テレシス
生を勝ち取ってみせよ。
ジュリー
わかった。
テレシス
……他にまだ何か?
ジュリー
いや、アスカロンを育てた奴をよく見ておこうと思ってな。
あいつは結局、いつまでもお前に囚われたままだ。
テレシス
……
ジュリー
……テレジア殿下に忠誠を誓った時は、カズデルの歴史を書き換えた混血の双子の物語が、こんな幕引きになるだなんて思ってなかったよ。
ましてや、私みたいなろくでなしまで物語の登場人物になるだなんてな。
もう会うことはないだろ、テレシス殿下。
お前への恨みは墓の中まで持ってくよ。
カズデル地区 バベルロドス本艦
「ケルシー、歩み続けて。」
この世に生まれ落ちたその日から今まで、ケルシーはこの廊下がこれほどまでに長いと感じたことはなかった。
ケルシー
Mon3tr!
Mon3tr
(怒ったような雄叫び)
無名の刺客
ゴホゴホッ、ガハッ。
士爵……
埋葬は不要だ。カズデルの地は、これ以上裏切り者を受け入れはしない。
ケルシー
楽にしてやれ。
「わかっているわ、たとえ一人きりでも、あなたの歩みは止まらない。」
ケルシー
アーミヤ! ドクター!
Mon3tr
(焦った雄叫び)
ケルシー
システムの応答がない……これは……
Mon3tr、扉を叩き切れ!
Mon3tr
(狂暴な雄叫び)
ケルシー
Mon3tr、メルトダウン!
「あなたは、孤独は自分だけのものであり、自分に同類はいないと思っている。だけど、あなたが再び目覚めたあの日から、私たちは肩を並べて歩んできたでしょう?」
粉微塵と化した不滅の帝国、先民の叫び声の中、二つに折れた神民の王笏、天幕の脈動のようなパルス、輝きから崩壊に至る星々の不変の法則……
消滅、新生……万物の輪廻は、彼女にとって決して馴染みのないものではない。
Mon3tr
(興奮した雄叫び)
ケルシー
テレジア――
――
「……でもいつの日か、私は足取りを緩め、どこかに留まることを選ぶでしょう。」
「その時、どうか悲しまないで。ケルシー、歩み続けて。」
ケルシーは無意識に脳内の記憶を探っていた……
消滅、新生……万物の輪廻。
いや。
今回は、違う。これまでとは違う。
彼女は、自分と対等にコミュニケーションを取れる者――初めての親友に別れを告げねばならない。それは、これまでにない経験だ。
ケルシー
テレジア……
「だから、ケルシー、お別れの時が来たわ。」
ケルシー
アーミヤ……ドクター……
これは……
「いつも言っているわよね。私たちの放浪はいつの日か終わる。サルカズの放浪は、いつの日か終わるって……」
「あなたの放浪も……終わりまで来ていたのよ……」
ケルシー
こうなる可能性は常に頭にあったんだ……ならば、なぜ私は……
私は残るべきだった。私が……
「なぜなら私はロドスを、バベルを……そして、あなたを信じているから。」
ケルシー
……
「ケルシー、私はこのロドス・アイランドという船が、あなたの家になってほしいと願っているの。」
ケルシー
……
……
「私は自分の精一杯をやったつもりよ。この結末に不満なんてない。」
「バベルの使命はここまでだけど、あなたたちとこの船の旅は、まだ始まったばかりよ。」
「ケルシー、私はあなたの同類じゃないわ。あなたの疑問を解いてあげることもできない」
「だけど私はあなたの味方よ。」
「これまでも、今この時も、そしてこれからも……」
「ずっとあなたたちと共にいる。」
「それじゃあ……」