物語の結末
アーミヤが最後に覚えていることは、黒いしゃぼん玉の中で眠ったことだった。
テレジアは彼女を包み込むしゃぼん玉をそっと抱きしめ――
彼女がもう何度も聞いた物語を語る。
テレジア
絶望の砂漠の中には恐ろしい影がたくさんいて、希望を探し続ける布人形さんを追い続けています。
黒ずくめの影ははるかはるか遠くの過去から響いてくる、絶望と悲しみのこだまです。
彼らに捕まってしまえば、逃げることはできません。
砂漠で布人形さんは金と宝石で着飾った国王に出会いました。彼は布人形さんに、元来た道を引き返すなら、数え切れないほどの財宝をやろうと約束しました。
しかしいくら国王が引き留めようと、布人形さんは魅力的な宝石には構わず前へと進み続けました。
しかしすぐに――
黒ずくめの影は布人形さんに追いつきました。影は布人形さんに何度も飛びかかります……
「ドン、ドン、ドン」……
布人形さんは仕方なく針と糸でできた槍で黒い影と戦い、最終的に影たちの鋭い爪を弾き飛ばして逃げ続けました……
やがて、布人形さんは涙でできた大きな川にたどり着きました。ですがそこには船も、浮草もなく、布人形さんは泳いで渡るしかありません……
しかし涙に体を浸していると、布人形さんの体はどんどん重くなって、あっという間に川底に沈み――
失敗してしまったのです。
これで終わりなの? アーミヤは信じたくなかった。
テレジアさんが何か読み間違えたのかも?
彼女は慌ててテレジアに結末を変えてもらおうとした……
アーミヤ
テレジアさん……
テレジア
……何かしら。
アーミヤ
その……布人形さんを助けることはできませんか?
テレジア
助けてあげたいの?
アーミヤ
はい、助けてあげたいです……とってもとっても……
声が遠のく。
アーミヤの視線を遮っていたしゃぼん玉が消えていく。
テレジアの姿が彼女の視界で鮮明さを取り戻していく――
視界の端に、彼女は地面に倒れる黒ずくめの影たちからにじみ出すどす黒い赤色を捉えた。
この人たちは……誰? 一体いつここに来たの? どうして倒れてるの?
アーミヤはテレジアに聞きたいことがたくさんあった。そして彼女は精いっぱい目を見開く……
彼女は白い服に付いたどす黒い赤色を見た。そして……テレジアの赤くなった目尻を見た。
テレジアさん、大丈夫?
アーミヤはテレジアの怪我の具合を聞こうとした。
しかし声が出ない。
テレジア
……アーミヤ、大丈夫よ。
私はここにいるわ。あの物語の悪者は倒れたから、しばらくは安心よ。
テレジアさんはどうしたんだろう?
アーミヤはテレジアの顔ににじむ疲労を拭おうとした。
しかし手が上がらない。
テレジア
ごめんなさい、私には物語の結末を変える力はないの。
でもあなたならできるわ、アーミヤ……
あなたは苦難の道を歩むでしょう。涙の川を渡ろうとした布人形さんのように。
私にできるのは、この黒い王冠をあなたに授けることだけ。
万年もの間、私たちの種族は歴史の制約に囚われて、この王冠を正しく使うことはできなかった。
いまや汚れ、縛られたこの王冠は、本来こうあるべきじゃないの。
呪いを打ち破るには、運命を打ち破るには……あなたの助けが必要なの。
あなたは結末を書き換えてくれるかしら?
アーミヤは「はい」と答えたかったが、声が出せない。
彼女は慌ててうなずき、そして思う。少なくともこれでテレジアの力になれるかもしれない……
救えるかもしれない――
テレジア
今私に残された力ではできることは少ないけれど、この権限をあなたに譲り渡すには十分よ。
果てしのない情報であなたの心がぐちゃぐちゃになってしまわないように、そのほとんどには封をしておくわね。
……
アーミヤ……ごめんなさい。この王冠の重さを、今のあなたの身に課すことになるなんて。
本当は……あなたと一緒にいられる日々はまだまだあると思っていたの。あなたが大きくなって、両親の旅立ちに向き合えるほど勇敢になって、自分で答えを出せるようになるまで――
私の代わりに歩き続けてくれるかどうか、答えられるようになるまで……
だけど時間はいつだって、待ってはくれないの。
私は今身勝手にも、背負った重荷をあなたの身に課そうとしている……
ごめんなさい、アーミヤ――
アーミヤは叫ぼうとしたが、口を開くことも、手足を動かすこともできない。
黒い剣の刃が、自分の胸を貫いたようだ。
苦痛を感じて然るべきだったが、その剣が残したのは――
温かさのみ。それは期待に満ちた温かさだった。
テレジア
アーミヤ、これは希望であり、苦しみでもあるわ。
あなたは戸惑い、ためらうでしょう。
でもどうか信じて、ケルシーがいつまでもあなたのそばにいてくれる。
彼女はあなたが存続の秘密を探求し、再びそれに迫るための手助けをしてくれるわ。
きっと乗り越えられるわよね、アーミヤ……
だってあなたは、いつも私を驚かせる強い子だもの。
ふぅ……
もう疲れちゃったの。
ありがとう、アーミヤ。あなたと出会ってからの日々は、おかげ様でとっても楽しかったわ。
今は、少し休んでいてちょうだい。おやすみなさい……
安心して眠って。
私がずっと一緒にいるから。
……
テレジアは聞き覚えのある声を聞いた。
ドクター
……アーミヤ!
テレジアは来訪者の方向を見ようとしなかった。
王冠は分離し、再び結合する。彼女の息遣いは次第に弱まっていった。
テレジア
……ドクター。どうして来たの?
ドクター
……
テレジア
あなたの感情を……感じる。あなたの過去も見えたわ。
他の場所で静かに私の死を待つこともできたでしょうに。あなたはきっと、私が逃げも隠れもしないことをわかっていたんでしょう。
アーミヤを探しに来たのかしら? それとも……
問いかけはしたものの、答えなど聞くまでもなかった。
来訪者の背後に広がる影から刺客が潮のように押し寄せ、自分へと向かってきていたからだ――
テレジア
これがあなたの答えなのね、ドクター……