海雪の如く散る
音声記録#13
(未知の言語によるもの。記録時間不明)
連合の運輸宇宙船のリアクターは、やはりとても眩しい。
大気制御中枢が墜落してからというもの、ここに残ったのは味気ない雨雲だけで、こんなにも心揺さぶる光は滅多に見られない。
予期せぬことに、宇宙船と共にヴァレリアがやってきた。彼女が母さんの告別式のために来てくれたということは船が着いてから知った。スターゲートの改造プロジェクトに加わってからというもの、彼女は自分の使命に深くのめり込んでいたから、まさかこういう俗世の行事のために戻ってきてくれるとは思いもしなかった。
こういうことを今でも気にかけてくれるのなら、十年遅れではあるが、俺たちの結婚式について切り出してみてもいいかもしれない。
……そんなバカげた考えを、俺はすぐに捨てることになった。ヴァレリアは確かに帰ってきたが、その様子はまるで別人だった。
母さんの生命維持装置の前で、彼女はそれまで見たこともないような表情をしていた。そこに見えるのは悲しみでも、寂しさでもなく……羨望だった。
死の淵に立つ老人に対して、何を羨むことがあるのだろう? 母さんが、シミュレートされた幻の中で安らかに眠りにつけることを羨んでいるのだろうか?
アウィトゥス
ジョディ君、ここにいたんだね。ほかの人たちはもう帰ってしまったよ……
しかし、悪いことをしたね。今日評議会があることを知らなかったものだから。
ジョディ
いえ、大丈夫です。
アウィトゥス
ほう、この検索記録……随分たくさん質問をしたようだね。「海はどれくらい広いのか?」「陸より広いというのなら、陸の何倍あるのか?」
「エーギルの都市はずっと海底にあるのか? 海面に浮上することはできるのか?」
「海底には日光による昼夜の別はないが、エーギル人はどのようにしてそれを区別しているのか?」
……君はこのやり方でエーギルを理解しようとしているのかい? これでは、君の混乱が深まるばかりじゃないか?
ジョディ
その……
実のところ、僕は今、無性に興奮しているんです。
裁判所が製作した海図を見たことがあるんですが、海岸線を数海里離れた先には、未知の場所を表す灰色の空白が広がっているばかりでした。
そのうえ、環境が劣悪すぎる地域に至っては、海岸線に近付くことすらできていません。
ですが、あなた方の海図には、隅々まで膨大な情報が書き込まれています。地質やエネルギー資源、生態関係の記録まで、あまりの多さにいくらページを送っても見切れないくらいです。
海の奥の森や、永遠に解けない氷山、海溝深くの熱泉まで……
たった今、ほんの一瞬でしたけど、大地も空も海も、全部に手が届きそうな気さえして。この世のすべてが、自分のために用意されたんじゃないかとすら思いました。
ごめんなさい。こんな考え、傲慢すぎますよね。
アウィトゥス
いやいや。それは世界に対して抱く、最も自然な憧れの表れだよ。
ジョディ
ですが僕は……
若きエーギル人は顔を上げ、目の前にある珊瑚状の端末をぼんやりと見つめた。流れるホログラムの文字が彼の顔に反射して、その柔らかな眼差しを照らす。
ジョディ
アウィトゥスさん。僕がこの都市に来てから、もう丸一日が経ちました。
ですが僕は、あなた方の技術を使いこなすことはできませんし、討論の話題も理解できなければ、方向すらもわかっていません。
先ほどの評議も……どのように議論が解決へと至ったのか、少しも理解できませんでした。
さっき、造船技師のブレオガンについて調べてみたんです。僕は彼のことを、自分の祖先だと思っていたので、彼の姿を見て、録音を聞いて、彼の設計したものを見てみました……
でも、映像の中の彼を見て、自分と似たところなんて本当にあるのかなと……彼の末裔が、本当に僕のような人間になるのかなと思ったんです。
僕には、自分がこの地にゆかりある人間だという証拠を見つけられないんです。
「エーギル」は大きくて目立つ灯台のようなものですから、僕はこの場所を昔から知っていました。でも、その光を追ってようやく灯台の下まで来たと思ったら……
何も見えなくなってしまったんです。
アウィトゥス
「ブレオガン」の名を、他人の口から聞くのは実に久しぶりだよ。
彼はエーギルの中でも奇人の部類だった。かつては技術アカデミーで最も才ある設計士だったが、エーギルが彼を必要としたその時にすべてを捨てて陸を目指したんだ。
そういえば、この都市はブレオガンとちょっとした関係があるんだよ。まあ、少々微妙な関係ではあるがね。
ジョディ
微妙と言いますと……?
アウィトゥス
ブレオガンは当時、この都市から陸へと旅立ったんだ。彼を引き留められなかったことで、執政官数名が展望研究所に責任を問われかけたという話だよ。
ジョディ
それは……
アウィトゥス
ともあれ、君と彼の間に血縁関係があるかどうかは断言できない。しかしながら、そうした繋がりは実のところ重要ではないんだ。
君がエーギル人であることは、自明の理なのだから。
ジョディ
もちろん、僕がエーギル人であることはわかっていますが、祖先の血筋さえ辿れないのに、どうやって自分がここにゆかりある人間だと証明すればいいんでしょうか?
アウィトゥス
我々は、自分がどこに帰属するものかなどを証明する必要はない。
だが、君の気持ちは理解できるよ。我々は皆、過去の中に答えを見つけることを望んでいるんだ。
無論、私もそうさ。
私は、自分がエーギルにおいて指折りの先史研究者であることを誇りに思っている。歴史の重みを信じ、その中に秘められた真実と規律が、向かうべき先を教えてくれると信じているんだ。
(小声)だが、その歴史が、我々の故郷と文明は滅びる定めにあると告げてきたとしたら?
ジョディ
……今、何とおっしゃいましたか?
スカジ
何か言った?
ごめんなさい。サメとカジキがどうしてるかを考えてただけなの。
心配はしてないわ。二人は強いもの。
……
ロドスに来る前、私はずっと一人で過ごしてた。誰かといるとその人に災いをもたらしてしまうから。
まさか今になって、またこんな状況になるなんてね。
そうね。
ありがとう。
そうかもね。
でも前までは、狩人たちはお互いに累が及ぶことを恐れなかった。
私たちは同じ運命を背負っているからこそ、肩を並べて戦えたの。
だけど今回は、狩人たちを巻き込むだけじゃ済まないんじゃないかと思って。
エーギルのすべてを巻き込んでしまうかもしれないでしょ。
ええ。
隊長も、前はいつもそう言ってくれてたの。
作成計画を説明する時、他の人には詳しく伝えていても、私にはお前を信じているとしか言わなかった。
……複雑な戦術の原理や策略を覚えられなくても、私なら任務を完遂できると信じてくれてたのよ。
ええ。
隊長はいつも頼りになるし、色んな方法を思いつける人なの。
あの人が戦いの前に作っていた曲は全部覚えてるわ。シーボーンには音楽が理解できないから、狩人同士の合図として使えると言ってたけど。
私は、どれも単なる合図としてだけじゃなく、曲自体がいいと思うわ。
それに、あの人は方向感覚も抜群だから、迷路のような巣穴の中で私たちが道を逸れてしまっても、一人一人を連れ戻してくれるの。
だから私たちは、いつでも安心して彼の誘導を頼っていたわ。あの時まではね……
そう。あの戦いの時は、第一隊と第四隊の狩人たちが命がけで道を切り開き、その道を埋めようとなおも阻んでくるシーボーンを第二隊が止めてくれたの。
隊長は先陣を切って、すぐに指定の座標――「ファーストボーン」の核となる器官に到達した。
そこで、私たちは彼の信号を確認できなくなったの。
私は、彼が死んでしまったんだと思った。だとすれば、私が絶対に奴を仕留めなければいけない、とも。
ええ。あの日、何が起きたのかはわからない。
それに実のところ、彼が今も戻らない理由だってわからない。
でもだからこそ、何かしなくちゃって感じるの。
ふっ。そうね。ダーっと行って、ドンッと倒して、パパッと片付ける。
覚えてるわ。
グレイディーア
座標の位置に到着したわ。
スペクター
スピードは十分だと思ってたけど……これでも遅かったみたいね。
辺り一帯が大きな埋め立て地みたいになっちゃってるわ。
巨大な船の残骸がシーボーンの死骸と入り混じる。それらを背景に漂う残留物は、海中に舞い散る雪のようだった。
それは「海雪」と呼ばれることもあるが、美しい名称を用いたところでその本質を――それがシーボーンの、そして人間の組織の欠片であるという事実を覆い隠すことはできない。
生臭い匂いが艦砲の余熱で沸き立ち、雪と共に海中に広がる。
アビサルハンターの鋭い嗅覚はそうしたにおいの一つ一つを強く感じ取ってしまうため、スペクターは鼻を覆った。
グレイディーア
こんな光景は見慣れたものでしょう、サメ。
軍団の艦隊が数でシーボーンの群れを牽制し、アビサルハンターがその隙に正面の戦場を迂回して、シーボーンの群れの中核を切り崩す。これは、私たちにとって一番慣れのある戦術。
シーボーンの巣穴を離れるたびに、狩人たちは皆こうした光景を目の当たりにしていてよ。
スペクター
私たち、陸に長くいすぎたみたいね。
思い出しただけで嫌な気分になってくるわ。
グレイディーア
エンジニア母艦一隻と戦艦十数隻、それに小型艦船が多数……海底に刺さった残骸の位置からして、艦隊は陣形を維持し続けていたようだから、まるで準備がなかったというわけではなさそうね。
近くの岩に、重力発生装置による破壊の跡があってよ。恐らく彼らは襲撃を受けた後、即座に人工の力場を展開し、真空断層によってシーボーンを阻もうとしたのでしょう。
けれどシーボーンは彼らよりも速かった。艦隊には、十字砲火網を形成する暇さえなかったようね。
スペクター
それでシーボーンと白兵戦をしたってことね……
……
グレイディーア
妙だわ。
スペクター
どうしたの?
グレイディーア
艦隊の目的地は第37号営巣地だったというのに、現場の状況を見るに、船の進行方向はいずれもミリアリウムの方角なの。
それに、艦隊が全滅したのなら、シーボーンが次の行動を起こさないのはなぜ?
スペクター
カジキ。
グレイディーア
ええ、行くわよ。
アイリーニ
うっ――
くうう~っ――
セクンダ
やれやれ、お手をどうぞ。
だから言ったでしょう。巡視船にいてくださいと。
深海潜水装置は水圧に押しつぶされないようにするためだけのものですから。エーギル人であっても、体系的な訓練を受けていなければ、貴殿のように海流であちこちへ流されてしまうのですよ……
アイリーニ
笑うなら早く笑ってちょうだい。笑い終わったらすぐ助けて。
セクンダ
でしたらコツをお伝えしましょう。とても合わせづらいダンスパートナーと踊っている時をイメージして、相手の力に抗いつつ、バランスを取ってみてください。
貴殿は自重が軽いですし、そう難しくもないはずです。
……そんな目で見ないでください。
アイリーニ
……
セクンダ
では、小官は先に行っていますね。
照明アレイの残骸……
断裂した金属の支柱に少量の組織片が引っかかっている……人間とシーボーンのものだな。海流に流されなかったのはこれだけか。
アイリーニ
どう?
セクンダ
測定の結果、展望研究所より提供されたサンプルと合致しました。間違いなくトゥリア氏のものです。
ミリアリウムは四十時間前、この場所に停泊していました。照明アレイの位置から推測するに、彼女は都市外縁部の循環システムの排出口から海へ出たようです。
アイリーニ
……どうして都市を出たのかしら?
セクンダ
この現場の状況から、その時のことを推測するのは難しいですね。情報源がほとんど流されてしまっていますから。
トゥリア氏が航路計画に恨みを抱く深海教徒だったのかどうか、そしてここで一体何が起きたのか……答えをこの場で得ることは困難です。
ここから、今ミリアリウムが停泊している地点までは二時間ほどかかりますから、たとえ深海潜水装置を持っていても……
アイリーニ
泳いで都市に戻ることはできないわね。
セクンダ
加えて、現場に残された組織片から見るに、彼女はシーボーンに遭遇したようです。
アイリーニ
トゥリアさんの生存は望めないということね。
セクンダ
はい。
手がかりが途絶えてしまいました。
アイリーニ
あれは……アビサルハンターたちが向かった方向だわ。
セクンダ
想像よりも厳しい戦況なのかもしれませんね。
航路計画が順調に最終段階まで進んでいる今、第37号営巣地の位置を特定し終え次第、全海域のシーボーンを徹底的に駆逐して、航路を開けるはずでした。
よりによってこの大事な時に……
アイリーニ
トゥリアさんの件、艦隊が襲撃を受けたことと何か関係があるのかしら?
セクンダ
あるいは、彼女を巡る事件のすべてが、海巡隊の注意をそらすべく何者かが打った布石であるという可能性もありますね。
イレギュラーな事態が突然増えすぎて、目の前のすべてが乱流の中に巻き込まれたようにすら見えます。
……一旦、都市に戻りましょうか。
エーギルの士官
船体を傾け、加速しろ! 正面の尾根を迂回して、斜めに引き返せば追手の三分の一はまけるはずだ!
エーギルの兵士
うっ――
指揮官! シーボーンがすでに船室まで進入しています!
気密層が破壊されました!
エーギルの士官
操舵手! 船室のことは我々に任せて、お前はこのかくれんぼに集中しろ!
エーギルの兵士
……ですが、シーボーン模倣式コーティングは効果を失いかけています! 今も有効なのは10%のみ! このままでは、本艦が完全に奴らの目にさらされてしまいます!
エーギルの士官
できる限り時間を稼げ!
エーギルの兵士
はい!
シーボーン
グッ――
グレイディーア
サメ、あとは任せたわ。
エーギルの士官
アビサルハンター?
グレイディーア
グレイディーアよ。
エーギルの士官
あなたのことは、存じ上げております。
ほかの船は、無事にミリアリウムへ帰還できたのでしょうか?
グレイディーア
……
エーギルの士官
ふぅ――であれば、何よりです……
可能な限り人的被害を抑えてこそ、戦力を残し、後々より大きな成果に繋げることができますから。
グレイディーア
この船の指揮官はあなた?
エーギルの士官
はい。
我々は待ち伏せに遭ったのです。大量のシーボーンが巣を離れ、前進中の艦隊のもとに現れて……これまでのビーコン投下任務においては、こうした状況に陥ることは滅多にありませんでした。
こちらの作戦配置を知られないよう、艦隊は撤退を余儀なくされたのです。
その中で一番機動性が高いのがこの船でしたので、この場に残ってシーボーンを足止めし、主力艦隊の撤退を援護するのが最も合理的と考え、そのように行動いたしました。
グレイディーア
……
生き残った人員は何人いるの?
エーギルの士官
二十六人……総員の十分の一にも満たない数です。
グレイディーア
……
エーギルの士官
執政官殿、先ほどから黙っておられるのはなぜですか?
……
ああ……
そうでしたか。
グレイディーア
本当に残念なことだけれど、生き延びたのはこの船だけ。あなたたち二十六人が、最後の生存者よ。
スペクター
船に入り込んだシーボーンは全部お掃除しといたわ。
はぁ……あなたたちが援護していた千人余りの人たちは、撤退中にもっと大規模な待ち伏せに遭ったのよ。
私たちがこの近くの尾根まで駆けつけた時、複雑な地形の中を何とか進もうとしているこの船を見かけてね……
その時点でもう、シーボーンは完全にあなたたちを包囲していた。船はただ、その中をぐるぐると回らされているばかりだったわ……
エーギルの兵士
……
エーギルの士官
……
……我々は失敗したのですね。
逃がすどころか、こちらだけが助かってしまって。こんなに大きな犠牲が出るなんて……私は……
グレイディーア
あなたたちは生き残ったの。
しっかりなさい、エーギルの民よ。
あなたたちも、彼らと同じエーギルの精鋭でしょう。戦力を残すことには成功していてよ。これをより大きな成果へと繋げましょう。
私たちが、あなたたちを都市まで送り届けるわ。