伝家の黄金サンダル
♪川岸に揺らめくパピルス、川面に逆さに映るラピスラズリ♪
♪黄金の砂丘を過ぎる長河よ、捧げられた貴石を呑み込み永遠に涸れえぬ流れよ♪
♪神が河畔を歩く姿が見られますように。神の歩みに従って永遠へと辿り着けますように♪
熱烈な拍手と高ぶる合唱の中、輝く宝石の大通りに沿って、受賞者たちは機械的に前へと進む。
歴史の重みを載せたパピルスの船がゆっくりと沈んでゆく。黄金のサンダル、そしてミノスの十枚の銀メダルは、すべて水面に浮かぶ泡と化した。
ラサド
残念? いいえ、どうして残念に思うことなどがありましょう? ハトシェプスト様にお会いできたことこそ、今回のコンテスト参加で得られた最大の収穫ですから!
それに比べれば、祭りの順位など気にする価値はございません……しかし、どうでしょうか。優勝を逃した人間と優勝者が一緒に写った写真は非常に有意義なものになると考えているのですが。
敬愛なるハトシェプスト様、私と一緒に写真を撮っていただけますでしょうか? ついでに優勝賞品の像を持ってカメラに向けてくださると非常にうれしいのですが。
ぺぺ
あはは、もちろんさ……ありがとう……
アスパシア
バカバカしいコンテストに参加してしまったようだ。
ナラントゥヤ
そうだね、バカバカしいコンテストだったよ。
アスパシア
私がこのコンテストに参加したのは、歴史の探求、英雄の偉業への敬意、勝利への飽くなき追求、そして運命への詰問が目的だった。
ナラントゥヤ
その通りさ。運命への……何だって? とにかく、あなたの十枚の銀メダルは新しい銀メダルになっちゃったね。
でもあまり落ち込む必要はないよ。まだ失敗とは言えない。だってここはサルゴンなんだから。
「地上の黄砂、地下の黄金」、首長やパーディシャーの一声で、砂が金と同じくらい貴重なものに変わるんだからね。
今回の損失は気にしなくていい。いつかあなたが認められる機会が来れば、金杯がタダで手に入るかもしれないしね。
アスパシア
タダでもらえる?
ナラントゥヤ
例えば、金杯を手に入れた人のところに話をしに行って、あなたを信じるよううまいこと騙くらかせば……
アスパシア
その通りだ!
ナラントゥヤ
え?
アスパシア
私が出品したお宝は認められた。これはつまり、ミノスの文化が認められたことを意味する。
審査団の評価が非常に浅いものだったとしても、あれらの銀メダルが得た点数と順位は、プロのサルゴン歴史学者がミノスに対して基本的な尊重の姿勢を有することを証明している。
金杯を手に入れた蒐集家とよく話してみるべきだろう。その人が物品の背景にある歴史の重要性を理解してくれれば、私でも負担できる価格で譲ってくれるかもしれない。
ナラントゥヤ
……本当にそうかな?
ま、これであなたへの恩返しになるんなら、それでいいさ。
アスパシア
心から感謝する、ナラントゥヤ。
あなたは白壁の下で弁論する賢人のように、私に気づきをくれた。私はあれらの銀メダルが表す栄誉を失ったのではなく、さらに多くを手に入れたんだ。
それを考えれば、運命がいかに私を翻弄しようとも、気にする必要はない。
それに、あれらの銀メダルを水に投げ入れることが、人々が見たいものを見ることに役立つというのなら、喜んで力を尽くそう。
もし手元にあるこの宝石を水に投げ入れることで、皆の言う神の姿を呼び寄せることができるというのなら、私は──
ナラントゥヤ
ちょっと待った!
投げるのはよしなよ。あなたの気分が晴れやかになったのはわかるけど、冷静になって。
あたしに考えがある……ていうか、今から会いたい奴がいるんだ。
その宝石に興味がないなら……あたしに貸してくれない?
アジャニ
罠はすでに仕掛けたわ。
安心して、かなり丁寧に仕事をしたから。事情に通じている人ほど疑問を抱くことはないわ。
ナラントゥヤ
よろしい。
アジャジ
招待状もこっそりあの娘のカバンに入れておいた。文化財を運ぶ時に使う手袋をはめたから、痕跡は残っていないはずだ。
ナラントゥヤ
よくやった。
後のことはあたしが手配する。今回の計画でほかに質問は?
アジャジ
ある。あんな餌でどうしてパーディシャーの娘を釣れるのかがよくわからない。
この宝石は別に特別なものじゃなさそうだし、私とアジャニがあの日下水道で拾った石と同じくらい不純物が含まれている……
ナラントゥヤ
どうせ金持ちの道楽だ。深く追求しなくていいんだよ。
あなたたちは今晩、入り口を見張っておいてちょうだい。瞬きするんじゃないよ。彼女が約束の時間より前に人を送り込んで宝石を持ってかないようにしっかり見といて。
アジャジ
ああ、わかった……今回はきっと失望させないよ。
アジャニ
そうそう。絶対に誰一人入れさせないわ!
???
……
ミオ
ニャ?
ミオは、部屋に仕掛けられたいくつもの罠を巧みに避け、テーブルの前へとやってきた。
そのキラキラした瞳には、テーブルの上で輝く宝石が映っている。
ズバイル
時間と場所が書かれ、そなた一人で来るよう要求する匿名の手紙。そして同封されているぼやけた貴石の写真。
明らかに罠である。行くべきではない、ペペ殿。
ぺぺ
行くに決まってるよ。でなきゃどうやって宝石を手に入れるんだ。
ズバイル
しかし……
ぺぺ
しかし何だね?
ズバイル
今夜は街の人工湖に連れて行ってくれると約束したはずだが。
ぺぺ
したっけ? 記憶違いじゃないの? 明日の夜だったりしない?
ズバイル
脳を取り替えてから、記憶違いをしたことはない。
ぺぺ
よく言うなぁ。宝石の場所すらはっきり覚えてないじゃないか。
アナトに頼んでみたら? 彼女は最近君に関する文書をたくさん書いてるんだ。
アナト
実はほかにもこちらの古代の将軍に関する観察ノートといくつかの論文の原稿があります。
ぺぺ
アナトが連れて行ってくれるかもしれないよ。
ズバイル
……
アナト
……まだ何日か残業が必要かもしれませんので。
この手紙は誰からですか、本当に心当たりがないんですか?
ぺぺ
あの二位になった観光客は良い人そうだったけど。
でも、豊穣祭に参加した時の私の行動があからさますぎたせいで、あの宝石を欲しがってることがみんなにバレたのかもしれないね。
……けど私が探してるお宝にしろ、君が書いてる論文に必要な資料にしろ、宝石を手に入れない限りズバイルから情報を引き出すことはできないんだ。
アナト
たとえそうだとしても、危険を冒すことはお勧めしません。
ぺぺ
危険を冒す、か。たとえ、今の私がすでにサルゴン中を歩き回っていたとしてもかね?
アナト
あなたが危うく帰ってこられないような状況になったことは、学生時代だけでも二回ありました。その度に私とティティが探しに行ったからよかったものを。
ぺぺ
そうさ。君たち二人は、どちらの文献の解釈の方が信頼できるかを私に判断させるためだけに、わざわざ駄獣の冒険隊を雇って砂漠まで探しに来たんだったね。
ティティがいれば、もしかしたら私の味方をしてくれたかもね。
アナト
彼女がいなくてよかったです。
ぺぺ
……そうだ! そういえば、ティティはどこ行ったの?
メジェティクティ
「面倒事」だなんて……私が彼女の邪魔をしてるみたいじゃない。
ハァ、書類には先に一通り目を通しておいてあげたし、あの子がプレッシャーに押し潰されてオフィスで倒れることはないでしょう……
──! な、何の音?
そこにいるのがもし私の可愛い貴石の使いちゃんだったら、おとなしく出てきてちょうだい。驚かさないで……
ミオ
ニャーー!!!!
メジェティクティ
わっ、しまった……! どうしてまたこの子が!?
ごめんね、おチビさん。許して……ね、ほらいい子いい子、そんな怒らないで……
あなたは気性が激しくて引っ掻きグセがあるのは知ってるわ。でも聞いて、今日私がこんなに神経質なのは理由があるの!
ミオ
ニャオ……
メジェティクティ
覚えてるかしら? 前に一緒に博物館にいた時、色んなものが動き出してわけがわからず驚いたでしょ……?
……でね、今日はまたアナトと喧嘩しちゃったの。
可愛い雲獣ちゃん。お願いだからあの子みたいに怒らないで。ね?
ミオ
(ゴロゴロと喉を鳴らす)
メジェティクティ
はぁ……
私たちがしょっちゅう言い争ってるのは自覚してるわ。もちろん、どれも学術上の意見の相違によるものだけどね。
彼女が自分の研究成果を世間に発表したいと真剣に思ってることもわかってるの。
それに今回の特別展示会は数少ないチャンスだった。だからあの子はとても慎重に事を運んでいた。少し緊張しすぎだったように思う……
緊張しすぎるあまり、自分の最初の志を貫くことすら恐れていたのかもしれないわね。
私は彼女に特別展示会を諦めてほしくなかっただけなんだけど。
メジェティクティは無意識のうちに、雲獣を撫でる速度を速める。
撫でられるにしたがって、ミオはより大きな声で喉を鳴らした。
しかし彼女はそれに全く気づかず、ただ己の思考に没入し、雲獣を撫でる動作をますます速めていく。
メジェティクティ
昔はね……あの子ったら話す声が小さいくせに、緊張すると身振り手振りがとても大きくなるの。
人前で話すたびに、みんなくすくす笑っていた。
だけど、たとえ自分の声が笑い声にかき消されても、彼女はそこに立って、最後まで話し続けた。
ハァ……あの子ったら他の事もあんなふうに勇気を出してスパッと貫けばいいのに。こうやって耳を揉んであげれば大丈夫になるはずよ。
メジェティクティは両手で雲獣の顔を強く揉みながら、思いを吐露した。雲獣の出すゴロゴロという音が何を意味するかということには全く意識が向いていない。
突然、彼女は手のひらの上に温かさを感じた。
メジェティクティ
うわっ、毛玉を吐いたの!? 袖には吐かないでね!
──えっ。
宝石?
ぺぺ
それか、指定の場所に一人で向かうけど、服の中に盗聴器を隠し、専属の護衛を近くに潜ませておくとか。
アナト
ペペ、もうそんな時間はありませんよ。今は湛水祭の前夜ですし、これから警備会社が手空きの人員を調達するのは難しいです。それに真夜中ですから交渉することもできません。
ぺぺ
だったら……君たちが飛行ユニットを借りて、上空からいつでも私を回収できるようにしておくのはどうかな?
ズバイル
そういったものが上空にいると不審に思われるだろう。
ぺぺ
それじゃあ私が扉の前まで行って、ハンマーで直接扉をぶっ壊して、相手をビビらせるってのはどうかな?
アナト
それはありかもしれません……
ズバイル
……だが歴史的建築物の損壊になるのでは?
ぺぺ
ゴホンッ、確かにその懸念はちょっぴりある。君のいた時代のものに比べたら、歴史的とまでは言えないけど……
ズバイル
しかし余は好ましいと思う。余より後の人々の生活の痕跡が──
メジェティクティ
ごきげんよう――皆様――!
あら? ペペもいたの? ちょうどよかったわ。
ついさっき、路上で何があったと思う?
ぺぺ
ティティ、ちょうどいいところに来てくれた! 今大事な話し合いをしている最中で、君の支持が必要なんだ……
アナト
そうです。早くペペを説得するのを手伝ってください。
ぺぺ
これは重要な歴史的遺跡を発掘するチャンスなんだよ。君たちは、わが身かわいさにそれを放棄すると言うのかね?
アナト
あなたならよくわかっているはずです。発掘作業に最も必要なのは忍耐力だと! 今のあなたはただ弟に追いつきたいだけでしょう。そんなのまるで……
ぺぺ
うーわ、アナトったら、いつの間にそんな厳しい人になっちゃったのさ……
メジェティクティ
あのねぇ、私に何があったか当ててみようって人はいないの?
ズバイル
……服にたくさん毛が付いているようだが。
メジェティクティ
ありがとう、ズバイルさん。鋭い着眼点よ。私ね、雲獣に出会ったの。
ズバイル
余の時代、雲獣は幸運をもたらすと信じられていた。
メジェティクティ
今は私もそれを信じてるわ。
その雲獣が幸運の宝石を吐き出したのよ。
アナト
──
ぺぺ
……何だって!?
頼む、見せてくれ!
メジェティクティ
ちょっと待って。
アナトから聞いたわよ。彼女が博物館収蔵の宝石を貸す代わりに、あなたは新しい展示館への投資に同意したんだって?
ぺぺ
わかってるって。君の名義で追加投資をするよ。
メジェティクティ
違うわ、ペペ。
あなたに……いえ、あなたたちに別の約束をしてほしいの。
ペペ、アナト、それから……ズバイルさん。
この宝石が私たち全員の願いを叶えてくれるはずよ。