串焼きと予言

チルチャック
ッ――
???
目が覚めましたか。
チルチャック
あんたは……?
アルゲス
私の名はアルゲス。
私は本日、この森に災いが訪れるという運命を視ました。ゆえに近辺を逍遥し、雪中に倒れる貴方を見つけたのです。
チルチャック
……俺の他に、誰か見なかったか?
アルゲス
生憎ですが。
チルチャック
くそっ……探しに行かないと。
うっ……
アルゲス
その怪我は程度の軽いものではありません。いま暫し休息を取るべきです。
チルチャック
……
アルゲス
貴方はサーミフィヨド――サーミ人ではないようですね。
チルチャック
……仲間と一緒に、迷い込んじまったんだよ。オークコップって奴が言うには、「サーミのご意志」とやらが俺たちを北へ導いてくれてるそうでね。
アルゲス
オークコップ……オークの樹の子ですか。
チルチャック
知ってるのか?
アルゲス
幾らかの噂ばかりを。その名は、サーミの言葉で「知恵」を表すものです。
チルチャック
「知恵」? じゃあ……あんたはサイクロプスって知ってるか?
アルゲス
……
チルチャック
……どうした?
アルゲス
私は、災いに悩まされる人々を数多く視て参りました。そして、死というものは……決して珍しくはありません。
だというのに、なぜ私は、貴方の身に殊更多くの死を視たのでしょうか?
ライオス
チルチャックはまだ見つからないか?
マルシル
うん……
センシ
この辺りは樹木も多いし雪もしっかりと積もっている。身体能力も優れているから、大きな怪我を負った可能性は少ないだろう。
ライオス
だといいんだが……魔物に見つかる前に、俺たちで見つけないと。
先ほど逃げていったあの奇妙な角獣に遭遇してしまったら危険だ。
センシ
うむ。そのうえ、問題はそれ一つではないからな。
???
ごめんなさい。
ライオス
いや……君のせいではないよ。
だが、どうして一人でこんな森に?
???
おいら、ここで狩りをしてたから……
センシ
この辺りに住んでいるのか?
???
違うよ、おいらはロドスに住んでるの!
マルシル
ロドスって言った!? 私たち、今その場所を探してるの!
???
え? お姉ちゃんたち、ロドスに行きたいの?
マルシル
そう! 私たち今、帰り道を探してるとこなんだけど、その手掛かりがロドスにあるって聞いて。
???
帰り道? お家が見つからないってこと? かわいそうだね……
マルシル
あなた、ロドスの人なんでしょ? 案内してもらえない?
???
え~? でもおいら、まだ帰りたくないな……
マルシル
どうして?
???
だって、まだお腹空いてるから!
ライオス
なるほど……
では満腹になったら、ロドスに帰ってもいいと思うか?
???
うん、いいよ!
マルシル
……まさか本当に、こんなところで手がかりが見つかるなんて。
もしかして、これがサーミのお導き?
???
あっ、でもね……
おいら、目を付けてた獲物を見失っちゃったんだ。
センシ
食料ならここにも――むっ。
ライオス
どうやら、俺たちも先ほど食料を失ってしまったようだ。
……一つ提案があるんだが――
仲間を探すのを手伝ってくれないか? 代わりに、俺たちは君の魔物狩りを手伝う。その後ロドスへ案内してもらう。という段取りでどうだろう。
???
うん、わかった!
センシ
なんと無邪気な子だ。お前、名は何という?
ケオベ
おいらケオベ! ケーちゃんって呼んで!
チルチャック
俺の身に……多くの死を視たって?
アルゲス
はい。
過去から未来へ連綿と続く数多の死の中で、貴方は生きてここにいます。
チルチャック
……
オークコップの話じゃ、サイクロプスには未来が見えるらしいな。
あんたがそのサイクロプスなのか?
アルゲス
ええ。
チルチャック
だったら、俺の運命とやらを教えてもらえないか?
アルゲス
……サイクロプスの遠見に映るのは災いのみです。
チルチャック
別にそれでもいいさ。教えてくれよ。俺と、仲間たちの運命ってやつを。
アルゲス
……
貴方のお仲間は、果てなき氷原へと向かっています……
いいえ、彼らは自ら北を目指しているわけではありません。彼らは……暗黒に、そして虚無に呑まれたのです。
チルチャック
どういう意味だ?
アルゲス
彼らは悪魔の穢れを受けたのです。
チルチャック
悪魔!? なんだそいつは?
アルゲス
……この地を彷徨う存在です。
悪魔は、すべてを蝕み、穢れをもたらします。
そうして穢れを受けた生物は虚無に飲まれ、一切の自我を失うのです――
それは黒い顔だった。……いや、違う。黒いのではなく、そこに果てしない虚空が広がっているのだ。
彼らが真っ先に連想したのは、夜に見上げるあの空だ。
牛の顔に虚空が存在する――その事実は、信じがたいものだった。
さらに彼らを驚かせたのは、その虚空の中央に円があることだ。
不安になるほど完璧な正円が。
周囲の虚空よりも、さらに暗い円形が。
闇夜よりも黒く、虚空よりも深く、そこにあるのだ。
この円は光を放っているのだろうか?
いや、そうではない。これは穴だ。すべての光を吸い込んでいるがゆえに、光を放っているように見えているだけだ。
光よりもまばゆく感じるほどに。
チルチャック
顔の正円……
目以外には何もない顔みたいだった。
アルゲス
……其方衆はすでに、悪魔に穢された生物を見たのですか?
チルチャック
……
チルチャックは少し考えると、ケガをした腕を手で押さえたまま、洞窟の外へ歩いて行く。
チルチャック
災いってのは避けられるのか?
アルゲス
その問いに答えるとするならば――私も試みているところです。
チルチャック
……だったら、俺も試みてみないとな。
ライオス
ということは、ロドスは巨大な船なのか?
ケオベ
うん! ロドスはおっきくてね、色んな場所に行くんだよ!
マルシル
そっか、だから見つからなかったんだ!
ケオベ
……くんくん……
マルシル
どうしたの?
ケオベ
血の臭いがする。これ、おいらの獲物だよ! 「一つ目怪獣」が近くにいるんだ!
センシ
……本当に嗅覚が鋭いな。
マルシル
ん? ケーちゃん、今「一つ目怪獣」って言った?
ケオベ
そうだよ。あの角獣は目が一つしかないから、「一つ目怪獣」だ!
マルシル
ねぇ……オークコップが言ってたこと、覚えてる?
サイクロプスがどうとかってやつ。
あれはただの推測なんだし、啓示の結論はそこじゃないってこともありそうだなって。
たとえば、サーミの意志は、私たちにサイクロプスを探させたいわけじゃないとか。
実はサーミは、私たちがケーちゃんに会うことも、この「角獣」に遭遇することも知っていて、ああいう啓示を与えたのかも?
ライオス
……
いずれにせよ、ここで出くわしたからには……
まずはあいつを片付けよう。
マルシル
倒した……?
ライオス
ああ、そのようだ。
マルシル
ふぅ……これでチルチャックのことも少しは安心かな。
早く探しに行ってあげよう。
センシ
わしに提案がある。
闇雲にチルチャックを探すよりも、この場で火を起こすべきではないか。
獣を引き寄せる可能性もあるが、目印にもなるはずだ。
マルシル
うーん……だけど――
センシ
腹が減っては戦ができぬ。何をするにも、まずは空腹を満たしたほうがいい。
ライオス
……そうだな。
たとえチルチャックが来なかったとしても、何か腹に入れておけば捜索も捗るだろう。
マルシル
この「一つ目」角獣はどうする?
ケオベ
一緒に食べようよ!
センシ
うむ、賛成じゃ。
マルシル
でも――
センシ
以前聞いた話だが、地域によっては、神の啓示を得るために、生贄として捧げられた動物を殺し、それを食べるという風習もあるという。
思うに、サーミの意志も同じことを望んでいるのかもしれん。
ライオス
だったら――
マルシル
はいはい。最初からそのつもりだったんでしょ、ライオス。
センシ
では、火を起こすとしよう。
チルチャックが気付くといいが。
ライオス
……
センシ
完成じゃ。
マルシル
うぅ……正直、このお肉すっごい不気味なんだけど。
センシ
味見をしてみたが、普通の肉と大して変わらなかった。
マルシル
仕方ない……これより不気味なものも食べたことあるしね。
えっ、本当に美味しい!
ケーちゃん、そこで何してるの?
ケオベ
ほかにも大物がいないかなーと思って!
でも、いないみたい。さっき落ちちゃったドゥリンのお兄ちゃんも見当たらないよ。
マルシル
探しに行く前に、まずは食べよう。こっちにおいで。
ケオベ
うん、今行くー!
チルチャック
おーい!
ケオベ
あっ、さっきのドゥリンのお兄ちゃん!
チルチャック
はぁ――はぁ――
お前、あの時飛び出してきた奴か……
ケオベ
ごめんなさい。おいらのせいで落ちちゃったんだよね。
チルチャック
はぁ……はぁ……何でもいい、それより全員無事なのか?
ケオベ
うん、何ともないよ。
チルチャック
ならいい……。
災いだかなんだか知らないが、何も起きなかったじゃねえか。
ケオベ
みんなはあっちでお肉焼いてるよ! お腹いっぱいになったら、お兄ちゃんのこと探しに行こうって言ってたの。
一緒に行こう、きっとみんなお兄ちゃんに会えたら喜ぶよ。
チルチャック
……あいつら、どんな時でもメシのことだけは忘れないよな。心配して損した……
待てよ、肉を焼いてるって? 一体何の肉だ?
ケオベ
「一つ目怪獣」のお肉だよ。
チルチャック
「一つ目怪獣」!?
お前らまさか……!
ケオベ
あっ、みんな来た。
チルチャック
ちょうどいい、ちゃんと言ってやらないと。
おい、お前ら――
チルチャックは振り返り、自分を放って肉を焼いていた仲間たちにきちんと言い聞かせてやろうとした。
しかし、その言葉は喉元で引っかかる。
ライオス
……
みんな、そろそろ帰ろう。
マルシル
この世界に長居しすぎちゃったもんね。
ファリンはもう、これ以上待てないよ。
ライオス
ああ。
センシ
ゴーレムに植えた野菜を収穫しなければ。炎竜も、わしに料理されるのを待っていることだしな。
彼らの顔は、もはや見慣れたそれではなく、虚空に覆われていた。
そして彼らの発する声もいくらか途切れ途切れになり、どこから声を出しているのかさえ、チルチャックにはわからなかった。
チルチャック
お前ら……穢れを受けた角獣を食ったのか!?
ライオス
チル■■■■、どうして■ち止まってるんだ? 行こ■。
マルシル
ファリン、ファ■■、■■――
チルチャック
お……お前ら、どこ行くつもりだ?
ライオス
北だ、北を目指■う。
センシ
果てに、扉に、家に帰るぞ、■■に帰るんだ。
チルチャック
帰るって……そんな扉が北にあるのか?
サーミの啓示ってのは、そのことだったのか?
でも、どうしてそんなこと知ってるんだよ!?
ライオス
俺たちは■■、俺たちはその■からやってきた。
センシ
■■はその■■へ帰る。
マルシル
みチ、かエル、ふァリん――
センシ
■■■、■■、■■■。
ライオス
■■■■■■■■■■■炎竜■■■■■■!
その瞬間、チルチャックはとても複雑な感情に苛まれた。
彼は少しパニックを起こしていた。災いというのはどうやら本当に避けられないらしい。仲間たちがこれほど憂慮すべき事態に陥っているのに、自分にはどうすることもできないのだ。
しかし一方で、怒りもこみ上げてきていた……
なんせこの状況は……こいつらの自業自得だ!!!!
チルチャックは瞬きをしただけのはずだった。しかし、気付けば不思議と、三人はすでに彼の近くに現れていた。
そして次の瞬間には、三人は彼のすぐ隣にいた。
彼の目から見れば、三人は瞬間移動しているように見えた。それは空間までもが三人の顔の空洞に飲み込まれたかのようだった。
そうしてすぐに、彼らは森の奥深くへと消えていった。
チルチャックは暫し立ち尽くし、それから深いため息をついた。
背後からはサイクロプスの足音がして、そう遠くない場所にいる少女の顔には戸惑いの色が浮かんでいる。
だが、彼は足を踏み出し、立ち止まることなく、消えた三人を追いかけ始めた。
あの憂いを帯びた瞳をした女性に、今起きたことを説明するのが恥ずかしかったのだ。
何より、あの三人は彼の仲間だった。……ゆえに、このまま去っていくのを黙って見ているわけにはいかない。
チルチャック
おい、お前ら! 待てっつってんだろ――!!
その怒号は黒き森の上空に響き渡り、しばらく消えはしなかった。
ケオベ
待ってよー、おいらも一緒に行くー!