怨恨の残滓

戦争収束後間もなく
「小公爵」
二十六年前、この場所はまだ輝かしい場所でした。
その当時、我々の頭上のドームは曇りなく磨かれ、双月の輝きと魅力的な暗い星空は、夜通し開かれるダンスパーティーにおける最も美しい景色でした。
私はここで、かの陛下の手の甲にキスもしたのです。「アリステア陛下に敬意を表する」機会、これは滅多にない栄誉です。
ヴィーナ
ヴィクトリアにはもう国王はいない、閣下――
いや、マーチ伯爵と呼ぶべきか?
「小公爵」
名で、エレノアと呼んでいただいて構いません。
私がノーマンディー公爵にマーチ郡を領地として頂いたのは伯爵の称号のためではなく、ビジネス上の都合にすぎませんので、殿下。
もし、あの当時国王の絞死などという茶番がなければ、我々の関係は今よりも親密なものであったはずですよ、ヴィーナさん。
彼女は名刺を取り出した。紫色の紙片には箔が押され、金色のミソハギの花だけが印刷されている。
「小公爵」
お受け取りください。仕事としての形式にこだわるのであれば、こちらの方がやりやすいでしょう。
ヴィーナ
……貴様とはそれほど親しい仲ではなかったはずだが。貴様らはこの場所でロンディニウムの未来を決めるのか?
「小公爵」
会議の場所は私が決定するものではありません。それに、ここで起きた全てを考慮したとき、ここよりも適した場所がございますか?
エレノアはこの場を通り過ぎた歳月を捉えるかのように、ホールの奥の色褪せた像と塵に塗れた扉を眺める。
その扉の向こうにはヴィクトリア国王の玉座がある。国王はかつてそこに座して帝国全体の盛衰に影響を与えた。
しかし今、その向こうには何が残っているだろう?
「小公爵」
私が早めにここへ来たのは、思い出の場所を再訪するためだけでなく、あなたに会うためでもあるのです。私たちの間には話すべきことがたくさんあります。
あなたも私に会いたかったのではないですか?
ヴィーナ
……貴様の情報が私の手の内にあるのを――
「小公爵」
ヴィーナさん。あなたのロドスのご友人がすでに他の公爵の考えを伝えていることと思います。
ヴィーナ
他の公爵? 貴様とその背後のノーマンディー公爵がそいつらと何か異なるとは思えないが。
「小公爵」
私とノーマンディー公爵を混同しないでくださいましね。彼は尊敬に値する方ですが、ロンディニウムのこうした些細なことの処理など、公爵閣下のお手を煩わせるまでもありません。
その他の数名に関しては、私と彼らを同列に論じるなど恐れ多いですよ。
サルカズ軍の撤退はロンディニウムの災いの終わりを意味するわけではありません。今は誰も感染者数の推移を計算したくはありませんが、結果は火を見るよりも明らかです。
ヴィクトリアの薬品の生産ラインは不足し、感染者たちのために自らの貴重な生産ラインを改造してもよいという人もいません。私の言いたいことはお分かりでしょう。
ヴィーナ
もったいぶるな。一体何が言いたい?
「小公爵」
私はクルビア軍と長期的かつ安定的な協力関係にあり、多くの製薬会社も推薦していただいております。
埋めることのできない不足などありません。価格が適正でさえあれば。
ヴィーナ
……脅しか?
「小公爵」
それは殿下の捉え方次第ですわね。回答を急ぐ必要はありません。自らの手元にどのようなチップがあるのか整理してからまた私を訪ねてください、ヴィーナさん。
私たちの今後の密な協力関係のスタートを、ここから切れるといいですね。
それと、この場所をご覧になってください。あなたのご一族は、かつてこの古い建築物の中でヴィクトリア全体の進路を導いていました。
アレクサンドリナ殿下、ロンディニウムはあなたにとってあまりに小さすぎます――
???
私は、むしろこの都市は大きすぎると思います。恥ずかしながら、街中で響く泣き声に肝をつぶし、焦って道を間違えてしまいましたよ。
ふぅ、街の痛ましい光景は全く……
ゴドズィン公爵
エレノア、あなたは本当に変わりましたね。昔あなたが私の首によじ登り、角を握っていた様子を今でも覚えていますよ。
「小公爵」
あなたの寛大さには、今でも感謝しております。ノーマンディー公爵はより清潔な場所へと休養に向かうつもりだとおっしゃっていました。もしよければ、あなたも共に向かわれてはいかがでしょう。
ゴドズィン公爵
ハハッ、酒蔵にある美酒を飲み終えるまで、もったいなくて自分の荘園を半歩も離れられないのですよ。
???
ノーマンディーならばこの集まりをもう少し重視すると思っていたけれど。
カスター公爵
でも構わないわ。あなたこそ私たちが今日集まった理由だもの、アレクサンドリナ。
ゴドズィン公爵
コホンッ、そんなに急いで本題に入る必要などあるのですかな、カスター公爵。
あの老将軍がまだ到着しておりませんね……彼はやはりあなたのお誘いを断ったので?
カスター公爵
彼の視線はとっくにロンディニウムから外れているわ。きっと明日の朝には、私と彼との面会の詳細を全てあなたのスパイが朝食のプレートに載せることでしょう。
今の彼の手腕は当時ガリアを吞み込んだ時と比べても遜色ないわ。
ゴドズィン公爵
それはヴィクトリアにとって良いこととは言えませんね。
ターラーと「ダブリン」……彼はまだ明確にヴィクトリアからの離脱を宣言したわけではありませんが、実際の状況は分かる人が見れば分かります。
アバーコーンとファイフは大きな損失を被り、より大きな意思決定に参加する機会を「自主的に放棄」しました。そしてアッシュワースの背後の者も動乱から距離を置く決定をしました。
ノーマンディー公爵に関しては……彼の態度は改めて言うまでもないでしょう。
ゴドズィン公爵は「小公爵」を微笑みながら見つめる。エレノアはそんな彼に軽くお辞儀をしただけだった。
ゴドズィン公爵
ああ、世の物事は本当に無常ですね。
あの頃、我々はまだこの場所で議会の酒宴を開くことができ、アリステア陛下が玉座の間にお座りになっていようと、彼の声を無視する者はいなかったというのに。
カスター公爵
フッ。
暗く埃っぽいホールに立つゴドズィン公爵は、軽やかな足取りで身にしみついたリズムを刻む。過ぎし日と同じように。
埃が舞い上がるが、音楽は止まらない。日差しがドームを抜けて彼の身に降り注いだ。当時の彼は意気高らかで、宴では誰もが彼のダンスパートナーになろうと争い、陛下までも彼に拍手を送った。
その後、彼も他の公爵と手を取り、陛下を絞首台へと送った。
「小公爵」
公爵閣下、なぜ亡くなった方に思いを馳せる必要があるのです。彼の忘れ形見が今目の前にいるではありませんか?
ゴドズィン公爵
ハハッ、それもそうですね。ヴィクトリアに国王がいなかったとして、それに何の差し支えがありましょうか。
「小公爵」
……
ゴドズィン公爵
「シージ」さん、我々の提案を受け入れるまで、あなたのことをそう呼ぶしかありません。
感染者、難民、それと頭を悩ませる……サルカズたち。あなたはより良い方法で、ご自身の考えを実現できるのですよ。
――「議長」。
ヴィーナ
それは「帝国の意志」による通達なのか?
カスター公爵
単なる試行よ。今は廃墟と言っても通るようなこの都市を処理する方法ならほかにもある。
死ぬまでその座に着けとは言っていないわ。あなたが相応しいかどうかは我々が判断するもの。
ヴィーナ
過去と同様に……ということか?
貴様らはこれまで、貴様らの言う「食卓の上の議会」とやらを使って数名の公爵が国王のそばにひっそりと集まってはダンスを踊り、ついでにこの国の未来を決定していた。
だが結果は? 外を見てみろ。サルカズたちの血は今になっても完全に拭い去れていない。
カスター公爵
あなたが見たのはこの小さな都市だけね。でも私が見ているのは、ヴィクトリア全体よ。
もしロンディニウムがヴィクトリアの弱体化を招く膿となるのであれば、私はえぐり取ることも辞さないわ。
ヴィクトリアが血を流す場面を他国が見るのは許せる。けれど、グロテスクな傷痕を他人があざ笑うのは到底容認できない。
狭い側溝の中に立っていても、古き帝国の全容は見えないのよ。忘れないでね、「ヴィクトリア」という姓は……私にとっても疎遠なものではないのよ、アレクサンドリナ殿下。
強い者と英雄だけが、帝国の未来の進路を握る腕力を持つのよ。
ゴドズィン公爵
まあまあ、カスター公爵。そう我々の未来の友人を脅す必要はないでしょう。我々はまさにこの悩み事をより良く解決するために集ったのではありませんか?
ウェリントンは中心部から離れ、ウィンダミア領は今でも騒ぎがやみません。他の数名も我々の態度を見張っていますよ。
この件について皆の意見がせっかく一致したのですから、事をよりシンプルにしましょうか。
「小公爵」
それは否定できませんね。ですが、ヴィーナさん、あなたにできることは、こんなものよりはるかに多いはずです。
ゴドズィン公爵
しかしながら、それは議長が玉座でじっとしていなければならないというわけではありませんよ。
ヴィーナ
……言いたいことは言ったか?
彼女がその剣を抜くと、ホール内が一瞬にして静まった。
カスター公爵
……
ゴドズィン公爵
……
「小公爵」
……
ヴィーナ
先生が言っていた。「諸王の息」はかつて謀反した権力者の首をも斬り落としたと――
……いや、これはもう「諸王の息」ではない。何と呼ぶべきかは私にも分からない。
私には、これに名前を付ける権利すらない。なぜならこの剣は未だ痛みの消えぬ勝利を記念して労働者たちが打ったものだからだ。
本来なら、これは戦場のぬかるみに忘れ去られた時に使命を終わらせたものだと思っていた。
しかし全てを失った英雄たちはまだこの剣を覚えていた。なぜならこれは、彼らの心の中の「ヴィクトリア」であり……彼らは、ヴィクトリアが再び塵で汚れることを良しとしなかったからだ。
カスター公爵
……
ヴィーナ
彼らがどういう気持ちで剣を私に渡したのかは理解している。彼らは自分たちに代わり私に裁いてほしいんだ……彼らに真に災いをもたらした奴らをな。
だが貴様らの中にこの剣を恐れている者はいないだろう?
貴様らがこれまで本当に恐れてきたのは、決してこの剣ではない。
ヴィーナは剣のつばの両側の紋様をなぞる。それは職人たちがわざわざ彫り刻んだものだ。
一本のハンマー、そして一振りの剣が、輝いている。
ヴィーナ
……「剣先が常しえに輝けば、ヴィクトリアの栄光も常しえに存在するだろう。」
彼らはもはや形を保ってすらいない剣を鍛え直す協力をしてほしいと私に懇願してきた……私のハンマーを核となる材料としてな。
剣を鍛え直した後、彼らは何のためらいもなくそれを私にくれた。だがあの時、私は何の約束にも応じてやることができなかった。国王、議長、そんなものが私にとっては……
……クズも同然だ。私と彼らとの間に違いはない。私も家に帰りたい一人の人間にすぎない。
……
ヴィーナ
だが家に帰った後はどうだ? 私は何を見た?
そうだ、私には貴様らの目に映る「偉大なる」ヴィクトリアなど見えやしない――
だが私には見えるんだ。ジムにいる感染した子供は、故郷を守るために力をつけようとしている。飲んだくれですら、手術台の上の兵士を救おうと、土の中に隠した強い酒を喜んで病院に届けた。
帝国の栄光は、私たちからあまりに遠い。新年の寒い冬に私たちの硬いベッドを暖めることすらできないほどに……
この剣は彼らが私の手に預けた責任だ。議会や王権などなくとも、私は自分が何をすべきか知っている――
彼らの手の中にある力を誰の目にも分かるようにする。そして自分たちのシマは自分たちで守らねばならないと理解させるのだ!
それまで、どんな身分であれ、私は彼らの前に立たねばならない。
側溝の中だろうが、花は咲く。ならば、少なくともここ、私の家において……
貴様らから指図を受ける筋合いはない!
ヴィーナが剣を地面に思い切り突き立てる。剣先は容易に石畳を貫き、公爵たちの前に立った。
全員の視線が小刻みに震える剣に向けられる。これはヴィーナの挑発であると彼らは理解していた。
「国剣」と「奇跡」は、あの戦争の後でとうに固く結ばれていた。
「先王の遺児」という肩書よりも、彼らがより気にかけているのはヴィーナのもう一つの身分なのだ。
ゴドズィン公爵
ハハッ、まさにその通り! 今この剣が我々の手に渡っても確かに何の意味もありません。
どうぞご自身で引き抜き、身に帯びてください。この素晴らしい剣を傷つけてはいけませんからね。
あなたの先生は、確かに実用的なことを教えていますな。どうやら我々の余計な心配のようでしたね、カスター公爵。
カスター公爵
そうね。未熟なやり方だけど、人心を籠絡するには十分よ。議会にいることで彼女はより早く成長できるでしょう。
ヴィーナ
*ヴィクトリアスラング*待て――
カスター公爵
私たちに選択肢はないのよ、シージ。引き裂かれたヴィクトリアには異なる声が必要なの。そしてあなたは自ら買って出た。
だけど、これまで自分の剣で死ぬ人をたくさん見てきたわ。だから私自身は本当にその剣を手にすべきかどうかこれまで慎重だった。
うっかりその剣で切られないようにね、議長。これも私からの忠告よ。
ヴィーナ
ドクター!?
「グレーシルクハット」
申し訳ございません。その……止めることができませんでした。
Mon3tr
(退屈そうに低く唸る)
カスター公爵
ひとまず下がりなさい。
ヴィーナ
ドクター……
カスター公爵
面白いわね。鉱石病専門の医療会社が頻繁に自分たちとは無関係の場所に手を差し伸べるとは。
あなたたちは公爵連合軍を通さず、サルカズたちと停戦協定に至ったわ。
単なるお礼よ。戦場でのあなたたちの貢献への感謝を表したの。
でもほどほどにしておくべきこともあるのよ。
ゴドズィン公爵
シージさん、我々はあなたの回答をお待ちしておりますよ。
そしてロドス、あなた方はこれまで長く控え目な態度でしたが、なぜ今になってそう急いているのです?
……ほう? 時間ですか……
「小公爵」
ヴィーナさん、いまだにあなたに守られている人々が本当に必要としているのは何か、よく考えてください。
……それと、一度その決定をしたなら、ロドスの人たちとあまり近づきすぎないように。
それこそ私がヴィーナさんに忠告した理由ですよ、ロドスの「ドクター」。
ヴィーナ
……彼女はあの公爵たちとは異なる。
ドクター、これから我々はどうすべきだ?
ロングショット
バベルが俺の兄弟たちを連れて去ってから随分と経った……その間は、俺たちにとって本当に耐えがたいものだった。
チッ、殺れよ。ほかに何も言うことはねぇ。
彼は辺りを見渡し、居心地悪そうにベンチに座る人々がこそこそと話しているのを見て、思わずせせら笑った。
この場所は彼に枷をはめ、彼の運命を決定する人々にも平等に枷をはめた。
少し前、聖王会西部大広間を議会の執務場所として再び使用する提案をヴィーナは否決し、過去に王室が貸し出していたこの建物を選んだ。
ヴィーナは、ここが新たな議会の始まりとなることを望んだ。
デルフィーン
ヴィーナさん、彼の身元調査が終わりました。
通称「ロングショット」、傭兵の出身で、カズデルの「スカーモール」という場所からやってきました。戦時中は都市内における軍事委員会の都市防衛業務に携わり、前線に出たことはありません。
二ヶ月前にバベルは軍の撤退を行いましたが、彼は去ることなく、現地サルカズの撤退を支援している際にインドラさんとダグザさんに捕まりました。当時あなたは確かに彼を見逃しています。
ヴィーナ
私は……覚えていない。
ロングショット
フッ。
デルフィーン
今回彼がやらかした後、手がかりを追っていたところ、彼が匿っていた人を見つけました。
彼の娘はここ二ヶ月、サルカズを都市から出す手伝いをずっとしていましたが、今回はその娘も秘密裏に都市から出ようとする人々のうちの一人でした。
ロングショット
*サルカズスラング*!
デルフィーン
知り合いの店主を傷つけたのは、その人たちのために物資を調達したかったから、ですよね?
ロングショット
ああああ――
ヴィーナ
そいつを押さえろ!
デルフィーン
興奮しないでください、ロングショットさん。あなたが気にかけているその人たちはつい先ほど逃げました。彼らに手を貸している者がいます。
「ミルスカー」。この名前を知っていますね?
彼らの「商売」の手は、すでに伸ばすべきでない場所にまで伸びています。
ロングショット
……ハッ、ハハ。
俺は何も知らねぇなぁ、フェリーン。もう俺を殺していいぜ。
ヴィーナ
……
ロングショット
俺の血がこのお綺麗な場所を汚しちまうんじゃねぇかが心配か?
戦争が終わったばかりだってのに、もう血を見るのが怖くなったってか!?
ここに座ってる全員、テメーらがヴィクトリア人だと認めねぇサルカズよりも卑しい野郎だ!
デルフィーン
……あとのことは私に任せてください。
ヴィーナ
ああ。
しわがれた声
最近の都市内のことで、公爵閣下から新たな指示はあったか?
優しい声
公爵閣下は、サルカズと「ミルスカー」の面倒事について早くから知っており、市民の安全についてもとても気にかけておられる。
しかし議会には議員がおり、加えて議長も市民のためにずっと問題の解決に勤しんでいらっしゃる。そのため公爵閣下は事態は次第に良くなっていくと信じておられる。
ただ……
しわがれた声
ただ?
優しい声
ただ……ロンディニウムの安全を脅かす要因を取り除くことについて、公爵閣下は遅らせるべきではないという態度を常に取っておられる。特に「ミルスカー」に対してはな。
だから各位には、一日でも早く都市内のこうした面倒事を解決するよう議長を促していただきたい。
面倒がる傭兵
ボス、あの魔族は議会によって絞首刑となりましたが、彼が依頼したブツは取り返しました。
これらのブツは……
「ミルスカー」
送り出しなさい。
面倒がる傭兵
ですがボス……今はリスクが高すぎます。議会の奴らがずっと俺たちを追っています。
「ミルスカー」
一時的にブツを避難させなさい。彼らはすでに支払いを済ませている。私たちはブツを送り出すことだけに専念すればいいのよ。ほかのことを考える必要はないわ。
面倒がる傭兵
どうせこのブツのことを知る奴はいないんです。だったら――
傭兵は手で首を切るジェスチャーをする。すると、彼はあごの辺りから突然鋭い痛みと冷たさを感じた。
面倒がる傭兵
ボ、ボス、たとえ俺が死んだって、これが一番いいやり方だというのは言わせてもらいます!
あの魔族どもの手によって俺たちの兄弟がどれだけ死んだと思ってるんですか!?
「ミルスカー」
もし本当で気にかけているなら、あなたは今頃ここにいるのではなく、模範軍の退役名簿に載っていたでしょう。
……とはいえ、慎重に事を運ぶことに越したことはないわ。あの新議長は、ものすごくこの都市の安全を気にかけている。あのサルカズを除いて、真っ先に手を下すのは私たちよ。
面倒がる傭兵
フンッ、ですがそれもあの魔族どもの自業自得です。
「ミルスカー」
二ヶ月前に大部隊の撤退についていこうとしなかった者が、情勢が危ういからと今更離れようとしているのなら、代償を多く払わなければならないのも当然よ。
安心なさい。この注文がうまく処理できたなら、自ずと多くの仕事が舞い込んでくるわ。
退役女性兵
ようやく戻られましたか。どうでありましたか? 手に入りましたか?
負傷した模範軍兵士
療養所は人で溢れてて、みんな我先にと抑制剤を欲しがっている。それにメジャーさんのこともあって……
すまない、ダイアン。模範軍でもそんな特権はなくてな。
俺たちにずっと協力してくれているロドスも、すでに抑制剤の供給に尽力してくれているが、新たな感染者が多すぎて――
ダイアン
はい……分かっています。
負傷した模範軍兵士
うむ……全く方法がないわけじゃないんだが。裏ルートがあると戦友から聞いた……
ダイアン
……それは違法なものでありますか?
負傷した模範軍兵士
少しでも生き長らえられば――
???
ほかにも薬の購入ルートがあるんですか? えっと、上司から競合相手がいるとは聞かされていませんが。
負傷した模範軍兵士
フンッ、あんたの聞き間違いじゃないか?
???
おっと、それは失礼しました。クルビアから駆けつけたもので少し疲労がたまっているのかもしれません。こんにちは、私はエリシオと申します。こちらが私の名刺です。
ダイアン
クル……ビア? 赤心社?
エリシオ
ロンディニウムに入ってから、私が見たほとんどの物事が事前の資料とは大きく異なっていましてね。
ありました。ロンディニウム臨時公共衛生行政官の……メジャー女史。臨時物資調達公共事務室へはどう行けばよいかご存知でしょうか?
ご安心を。私は赤心社を代表して、薬品の協力について話し合うために参ったのです。あなた方の状況はすぐに緩和されますよ。
ダイアン
……
負傷した模範軍兵士
……
エリシオ
……その、何か間違ったことを言いましたか?
ダイアン
知らせを受けていないのですか? メジャー殿は……今朝方に、亡くなったばかりです。
申し訳ありません。
エリシオ
――!?
申し訳ありません。私の失態をお許しください……赤心社の誠意と約束は変わりません。それを信じていただけるよう、誠心誠意努めます。
ですが目下の急務は別にあります。私を臨時物資調達公共事務室へと連れて行ってもらえませんか?