戦火が鋳直した剣

モーガン
……彼は、もうどれくらい動いてないの?
ダグザ
十分だ。
チャールズ・リンチに近づく者はいない。
その場の全員が適切な距離を空けて彼を囲み、立て膝をついて最後の蒸気騎士に敬意を表した。
彼は聖王会西部大広間の前でまっすぐそびえ立ち、甲冑の隙間から蒸気が噴出する。
途切れることのない、熱い蒸気が。
まるで心臓の跳ねる音のように。
ホルン
ナハツェーラーとの戦いで、ひどいダメージを受けているでしょうに、まだ立っていられるなんて……
ヴィーナ
彼を支えているのは彼の体ではない。もしそうであったなら、とうの昔に諸王の眠る地で斃れていただろう。
ヴィーナは蒸気騎士に向かって歩を進める。その場の全員が彼女の動きを見ていた。
インドラ
ヴィーナ、近づくな! そいつにもう理性はねぇ!
ヴィーナ
……いいや、私は確認せねばならない。
モーガン
前に地下で殺されかけたでしょ、ヴィーナ!
ダグザ
シージに行かせてやれ。
蒸気騎士……いや、チャールズ・リンチの状態はおかしい。彼女もそれが分かっているはず。
モーガン
でも――
ダグザ
ヴィーナを信じろ。
モーガン
……
ヴィーナが蒸気騎士に近付く。焼けつく蒸気が、周囲の温度までもゆっくりと上げているように感じた。
ヴィーナ
貴様のこのような姿は見たことがない。諸王の眠る地でもこんな風ではなかった。
戦争は終わった。貴様は自らのヴィクトリアを守り抜いた。貴様の使命は果たされたんだ。
チャールズ・リンチ
(荒い噴射音)
ヴィーナ
何を探しているんだ。あの剣か? すまない、この戦場のどこかへ消えてしまってな。
チャールズ・リンチ
(荒い噴射音)
ヴィーナ
それとも、貴様が待っているのはあの剣ではないのか?
ヴィーナは蒸気騎士の甲冑にそっと触れた。そこにあるまだらの跡一つ一つ全てにチャールズ・リンチの経験が刻まれている――
称号の継承を誓った日に同僚と試合をした。
反乱鎮圧のために辺境へと赴き、空を覆う巫術の中で幸運にも生き残った。
諸王の眠る地で裏切りに遭った。
「グロリアーナ」号への、源石への突撃……
チャールズ・リンチは、これまで一度たりとも倒れたことはない。
チャールズ・リンチは永遠にヴィクトリアを見つめる。
ヴィーナ
貴様は聖王会西部大広間を見つめているのだな……分かった。
貴様だけでなく、多くの者があそこを見つめている。
ヴィーナは遠くで取り囲むヴィクトリア人の方を振り返る。傷ついた者、沈黙する者、興奮する者、泣いている者……
人々は自然と長い長い人垣を作って、不安でざわついている群衆を遮った。
彼らは皆それぞれ、異なる名を囁いている。
「シージ」、「ヴィーナ」、「アレクサンドリナ」、「ヴィクトリア」。
チャールズ・リンチ
(荒い噴射音)
ヴィーナ
私は一度も貴様が狂っていると思ったことはない。
チャールズ・リンチ、貴様と正式に顔を合わせるのはこれで二度目だ。
私はかつて、あの暗闇から抜け出せたなら、貴様にも守りたいものが見つかることを願った。
今、我々はお互いここまで来た……なら、私が戻るのを待っていてくれ。
チャールズ・リンチ
(荒い噴射音)
ヴィーナは蒸気騎士のそばを通り過ぎ、聖王会西部大広間の階段を上って、一人大広間の奥へと入っていった。
時間が流れる。
初め、人々は静まり返っていたが、次第に声が騒がしくなり、ざわめきが広がる。
群衆の声
なぜこんなに遅いんだ? まさか中にほかに敵がいるのか?
助けに行った方が――
静かにしろ! アレクサンドリナ殿下を信じろ!
蒸気騎士様も静かに待っているのが見えないのか?
この中には陛下の王冠があると聞いたぞ。彼女が出てきた時、新たな国王が誕生するんじゃないかな!
デルフィーン
おかしいです。事前の情報だと、軍事委員会にはこれ以上抵抗する力はないはずですが。
中には何もないはずです。
インドラ
このままじっとしてんのか? 直接入ればわかることだろ。
モーガン
……
フェイスト
俺が行くよ。
キャサリン
あんたよりも適任なのがいるだろう――
フェイスト
ばあちゃん、「クローラー」を運転できるのは俺たちだけだぞ。
こいつがありゃ、何も危険はねぇだろ。仮に蒸気騎士とやり合おうが、少なくとも自分を守れる自信はある。
群衆の声
出てきた! 出てきたぞ!
……王冠は? なぜ王冠をかぶってないんだ?
黙ってろ、戴冠のような重要なことはそう軽率にできるわけないだろ。
手に持ってるのは何だ? 魔族どもの旗?
ヴィーナ
ヴィクトリアの民よ、ナハツェーラーの王はすでに死んだ。
敵がロンディニウムの心臓に立てたこの旗は引きはがした。
これより、サルカズが我らの故郷に残した旗を全て叩き切り、いまだ血に飢える敵を全員駆逐する!
だが武器を持たぬ者、投降する意思のある者は見逃してやれ!
戦争はすでに終わった! 我々は殺戮によって殺戮を裁くべきではない。恨みによって恨みに報いるべきではないのだ!
ここにヴィーナ・ヴィクトリアの名において、ヴィクトリアを守るために戦った全ての英雄たちに告げる……
我々はロンディニウムを、ヴィクトリアを取り返した!
そして今これから、そう遠くない将来に――
我々は必ずやヴィクトリアを復興させる!
ヴィーナは握り締めるハンマーを高く掲げた。
人々は立ち上がり、歓声の波が中心から外側へと広がると、次第に大きくなっていく。
ロンディニウムが自らの新生を祝っている。
波の中央で、最後の蒸気騎士も最後の咆哮を上げ、タガが外れたように蒸気を噴き出している。
彼の心臓はもう動きはしない。ならば燃焼するコアで心臓に火を付ければいい。
彼の目はもう輝きはしない。ならば血肉が溶けるほどの蒸気で目を磨けばいい――
それから、彼は見た。
ヴィクトリアの旗が太陽と共に煌めいている。
チャールズ・リンチが、ついに倒れた。
――黎明の曙光の中に、大きな体を横たわらせた。
空いっぱいの蒸気がチャールズ・リンチの巨大な体を覆う。多くの者が彼の結末に気づくことすらなかった。
歓声を上げる群衆の中、人影が蒸気の中へと足を踏み入れた。アラデルが、かつて敬い慕った英雄を見送りにきたのだ。
アラデル
あの時、あなたは私を殺してもよかった。
憧れていた英雄の手によって卑劣な人間が死ぬ。本当は、それが物語の最高の結末だったはずよ。
それなのにどうして結局、その卑劣な人間があなたを見送ることになったの?
……
騎士よ、あなたの使命は終わったわ。
お父様に教わったことがあるの。任務を完遂して栄光の凱旋を果たした全ての蒸気騎士には、甲冑を脱がし埃を払う従者がいると――
私にその役目を許してください……
……甲冑はとうにあなたの血肉と一つになっていたのね。
「コア……心臓……冷却……」
アラデル
コアは私が保存しておくわ。約束する、あなたの心臓は決して燃焼を止めることはない。あなたの心臓が、あなたに代わってヴィクトリアの未来を――
あなたが守ろうとしたものが再び磨かれ、輝き出すのを見届ける。
……蒸気騎士、あなたの最期の遺言は何?
「本日より、お前は正式に蒸気騎士の栄誉を浴する。」
「チャールズ・リンチ、言うがいい。お前は他にどのような褒美を望む?」
「……」
「陛下、私は陛下の剣先が永遠に鋭くあることを望みます。」
「妻の収穫する麦で、毎年家の前の蔵がいっぱいになることを望みます。」
「生まれたばかりの娘を抱いてロンディニウムを飛び、日夜稼働する街中の工場を見下ろすことを望みます。」
「病で両足不自由になった隣人が再び立ち上がり、私と共に酒を飲み、歌を歌い、我々のよく知る戦友のために夜通し祝ってくれることを望みます。」
「陛下、私が望むのは、穏やかな生活が続くことです。もしこの褒美を得るために、私自身が争い、戦いに赴く必要があるならば……」
「陛下、あなた様に誓いましょう――私は戦い続けると。あなた様のために、私の大切な人と私自身のために、そして……」
アラデル
「ヴィクトリアのために。」
チャールズ・リンチの誓い、最後の蒸気騎士の遺言。
あなたは一生の間、己に背いたことはなかった。たとえヴィクトリアに裏切られようとも……
フッ、「蒸気騎士」。確かに私はこの名に、この甲冑に相応しくないわ。
この戦争で、もう十分すぎるほどの人間が犠牲になった。
願わくば、あなたが最後の一人でありますように……さようなら、チャールズ・リンチ――
聞いて、皆があなたを見送っているわ。
「ヴィクトリア! 勝利!」
「ヴィクトリア!!」「ヴィクトリアのために!!!」
「(最後の噴射音)」
「ヴィクトリア」、彼の最後のかすれた呟きは、民の叫びの波に溶け込んだ。雨が海に落ちるように、波音も立てず。
アラデルは熱狂と興奮を帯びた人々の顔を見やり、ふと沈黙した。
彼女は思わず、はるか遠くの階段の上に立つその人――ヴィーナを見た。そして、相手も自分を見ていると確信した。
ヴィーナはただその場に立ち、遠くから彼女を見つめ、唇をわずかに動かす。
私だと分かっているのだろうか? アラデルは小さく息を吐いた。
「ミルスカー」
あなたは正しい選択をした、立つべき場所に立ったわ。
私も同じよ。
ロンディニウムはもうこれ以上の英雄を必要としていないわ。
彼女は身をひるがえし、白い蒸気の中に消えた。
デルフィーン
ヴィーナさん、何を見ているんですか?
ヴィーナ
……蒸気騎士の使命は果たされ、彼は行った。
デルフィーン
……? あの蒸気、てっきりこれまでと同じかと――
ヴィーナ
今回は違う。
デルフィーン
では我々は……
ヴィーナ
今は邪魔をする必要はない。彼を見送ってくれている者がいる。
デルフィーン
……分かりました。
歓喜と哀悼が、この場所で共存している。
デルフィーン
ヴィーナさん、これから私たちは何をすれば?
聖王会西部大広間の前、人々は歓声を上げて、図らずも同じようにヴィーナを見つめている。
デルフィーン
彼らはあなたを待っていますよ。
ヴィーナ
……
彼らに見せてやるとしよう、デルフィーン。
模範軍退役者
……これが議長の答えですか? あなたたちのようなかつての戦友を送り込んで、私たちを追い出そうというのですね。
ホルン
いいえ。シネセルド大広間の見張りは都市防衛軍の本来の責務の一つにすぎないわ。規律は規律よ、ホフ。
模範軍退役者
英雄はこんな扱いを受けるべきではありません。ダイアンや血を流した全ての模範軍が、こんな扱いを受けるべきではない。違いますか、上官?
ホルン
あなたの言いたいことはわかるわ。だけど、このやり方が議会の問題解決方法になるべきではない。
これが前例になるべきでもない。
模範軍退役者
……そういうのはわかりません、上官。私にわかるのはダイアンは良い奴で、議会が態度を改めないなら、多くの人の心を傷つけるだけってことです。
ホルン
……あなたは? 諦める気はないのね。
エリシオ
私はダイアンさんをよく知っています。彼女は決して、利益をむさぼるような人間ではないです。彼女本人がヴィクトリアの貴族勢力と関係を持っていることも絶対にありません。
ですので、ご多忙とは存じますが議長におかれましては、ぜひ時間をとり彼女に対する裁判を再考していただくことを強く望みます。
ホルン
これが臨時裁判所が出した判決です。ダイアンは議会の禁令を無視して、封鎖された玉座の間に侵入しました。
……我々もダイアンのことはよく知っている。だけど、ごめんなさい。
フェイスト
――ダイアンさんが!?
興奮する工員
そうなんだ。彼女が紹介してくれたから、俺たちはあんたの所に来ることができたってのに!
戦争が終わって、家もなくなり、命もなくなりかけてたんだ。彼女が優しく説得してくれてなかったら、俺は今頃まだ酒樽の中で寝こけていただろうよ。
あんたも彼女が悪いやつだと思わないだろ? だがヴィーナの頭――
ヴィーナ議長が、チッ、まだ呼び慣ねぇな。あの人はきっと何か間違えてんだよ。
俺たちみんなで彼女の執務室を訪ねたんだ。でも多分人が多いだけじゃダメなんだ……フェイストの旦那、あんたが言ってくれた方が聞いてくれる。だからお願いだ。
フェイスト
すまないけど、一つ信じなきゃならないことがある。議会がダイアンさんに裁判したなら、きっと弁明する権利を与えているはずだ。
俺がどんだけおかしいと思っても、不公平に思っても、ヴィーナさんがそんな簡単に判決結果を変えられるようなら、それこそ本当に不公平だ。
興奮する工員
だがダイアンは違うはずだ……旦那、俺たちはやっとの思いで戦争を生き延びたんだ。なのにダイアンはこんなバカげたことで死ななきゃならないのかよ?
キャサリン
ラジオもバーも騒がしいったらありゃしない。ほとんどの人間が議会のこの決定を気に入っていないようだね。
高齢の工員
あんたはどう思ってるんだ? 俺たちはいつでもヴィーナに対して抗議ができるって言ってただろう。
キャサリン
そうだね、あのダイアンはバカな娘だった、それだけさ。
あの子はとても真面目で熱量があるけど、一番やっちゃいけない方法を選んでしまった。法律は議会が自分で発布したものだ、ヴィーナに選択肢はないよ。
高齢の工員
つまり、あの病院の代表の頼みを断るつもりか?
キャサリン
あたしにどんな立場で議会を説得しろってんだい?
高齢の工員
……
キャサリン
実のところ、ヴィーナにはこの問題を解決するチャンスがないわけじゃない。あの子の人望なら、罰を軽くするよう議会を説得するのは無理な相談じゃないだろ。
けどね、彼女が最終的にどんな決定を下すのか多くの目が見てるんだ。
ロンディニウム議会の議長は結局のところ、こういう難題に向き合わなければならないのさ。英雄は戦争の中で一人一人を救えるかもしれない、でもね……
エリシオ
……デルフィーンさん。
デルフィーン
あなたを見つけるのに随分と時間を費やしました。
エリシオ
私を?
デルフィーン
たった一日で、ダイアンさんの事件はロンディニウム内で大きな議論を巻き起こしました。それで誰が積極的に情報を広め、市民を扇動しているのか、我々は簡単な調査を行いました。
エリシオ
つまり……議会は私に口を閉じさせたいと。
デルフィーン
いいえ。エリシオさん、何か企む扇動者と比べれば、あなた個人の行動は実のところそこまで影響のあるものではありません。
むしろ、知り合って間もない人のため、あなたが行った努力に我々は感服しています。
エリシオ
……?
デルフィーン
ヴィーナさんはあなたの気持ちをよく理解し、自ら会いに来ようとしましたが、私が止めました。
申し訳ありません。ですが今の彼女には、処理しなければならないより重要なことがあるんです。
エリシオ
ダイアンさんの件は……やはり挽回の余地が全くないのですか?
デルフィーン
いいえ。ヴィーナさんなら確かにそれができます。多くの人もその点を分かっています。
正直、これは耐えがたい事件です。ですが、その結果は議会がみんなに宣言する合図となるでしょう。
エリシオ
……
デルフィーン
あなたは議会記録の閲覧を申請していましたよね。ならダイアンさんの罪名、彼女の弁明、そして各議員の彼女に対する考えについてはよく分かっているはずです。
市民が共同でロンディニウムの現行の新法を制定し、臨時裁判所が法律に基づいてダイアンさんに判決を下した。クルビアもそうやって機能しているのでは?
エリシオ
ですが彼女は戦争の英雄でもあるんです。功罪相償うではありませんか?
デルフィーン
「功罪相償う」……常識にかなっていますが、どこまでも傲慢な言葉ですね。
歴史書の中でその言葉を目にできますが、それを語れる者はいずれもヴィクトリアのかつての国王です。
一度でもヴィーナさんが一線を越え、他の者もそれを黙認したのであれば、議会の存在意義とは何になるんですか?
そのような議会は、過去の国王が議長を務めた議会と何が違うんですか?
私に答えはありません、エリシオさん。ですが我々の誰もがリスクを冒してその答えを見つけたいとは思いません。
議会はあなたのいかなる行為も制限しません。ですがダイアンさんの件に関しては、申し訳ありませんが、これは議会の決定です、変更することはできません。
エリシオ
……戦争中の自分がどんな兵士であったか、ダイアンさんは詳しく話したことがありません。多くの場合、彼女はロンディニウムの未来への憧れについて述べていました。
ロンディニウムで私が知り合ったほとんどの方が、この都市の未来について夢のような憧れを抱いています。
デルフィーン
それはこの都市の幸運です。私たちにできるのは、多くの人の期待に背かないことです。
エリシオ
……分かりました。
ダイアンさんが意地になって温室に植えていた薬草は二月に成熟します。鉱石病の激痛を和らげられると彼女が言ってました。
その時までロンディニウムにいるつもりです。そして一部のサンプルをクルビアに持ち帰って研究するとします。
デルフィーン
分かりました。それまで、もし手伝いが必要であれば、これまで通りに私たちまで連絡してください。
遠ざかる声
実はロンディニウムに来たばかりの頃、ヴィーナ議長がどんな人であるのか、私も興味があったのです……
ヴィーナ
燃料の統計報告……都市全体の療養所に関する総合報告……抑制剤配給明細書報告……
ヴィーナの視線が手元の書類に戻り、その冗長な文章と数字を頭に叩き込もうとしている。
あと数分もすれば、机の上のベルが鳴り、時間通りに宴会場へ向かうよう促してくることを彼女は分かっていた。
また、その客人たちの本当の関心は、彼女が頑張って覚えようとしているこの数字にあるわけでも、ましてや数字の背後の生死や病にあるわけではないことも彼女は分かっていた。
しかし彼女にとっては関心事なのだ。今回、彼女は自ら公爵たちを呼んだ。
ヴィーナ
この方法が功を奏することを願っている。
ひっそりとした執務室内では、窓の外で抗議する者たちの叫びがかすかに聞こえる。
ヴィーナ
……すまない、ダイアン。