体裁ある来客
ウンベルト
今……あの子はヴェネツィアファミリーの人間に連れ去られた、と仰いましたか?
イングリッド
この情報をくれた人には、私を騙す理由なんてないよ。
ウンベルト
ルキーノはあの夜、確かに港のほうへ向かいました。当時あそこでは、交通事故があったと聞いています。
イングリッド
ああ。私もあの時は、現場からそう遠くない場所にいた。
恐らく、あの件はヴェネツィアファミリーと何か関係があるんだろうね。それで、ルキーノは偶然何かを見つけてしまったんだ。
ウンベルト
はぁ……
申し訳ないのですが、お引き取り願えますか、イングリッドさん。今日は店を早じまいしなければならないようです。
イングリッド
一人でアントニオのところへ行くつもり?
ウンベルト
……
イングリッド
ウンベルト。昔の貴方がどんな人だったかは知らないけれど、いくらバーゴの選んだ人でも、老いには逆らえないものだよ。
病弱で年老いたサルトリアには、彼の屋敷の門をくぐることすらできないだろう。
ウンベルト
ですが、本当にルキーノが知るべきでないことを知ってしまったのなら、あの子は二度とヴェネツィアの家を出られないかもしれません。
私はつくづく、年を取りました。今回の件がなくとも、老い先短い身です。
心残りがあるとすれば、あの子のことだけなのですよ。
私にとってもあの子は唯一の肉親ですが、問題はあの子にとって私が唯一の肉親であることなのです。あの子はまだ幼い。子供のためとあれば、我々はどんなことでもやるしかないのです。
イングリッド
……
ウンベルト
それに、ヴェネツィアファミリーのことについては、私もそれほど知らないわけではありません。
イングリッド
というと?
ウンベルト
あなたに隠していたことがあります――私は、あなたの先輩なのです。
それこそが、バーゴが私を選んだ理由なのでしょう。
……はぁ。巡り巡って、結局はまた戻ってきたわけです。
イングリッド
私も一緒に行くよ。
ウンベルト
イングリッドさん……この件はあなたとは無関係です。
あの子の手がかりを見つけ、進んで教えに来てくれたことだけでも本当に感謝していますよ。
あなたは当時、リサさんのことでヴェネツィアファミリーと仲たがいをされたでしょう。不用意に戻れば、おそらく少なからず面倒ごとが起きてしまいます。
イングリッド
心配しないで。それよりも、バーゴとの約束が優先さ。当時の真相が明らかになるまで、貴方に万一のことがあれば困るのはこっちのほうなんだ。
それに、子供のためなら何を差し出してもいいという気持ちはよく理解しているからね。
ルキーノ
……あのー、誰かいらしたんですか? ぼく、もう帰してもらえますか?
???
子供の声……?
ヴェネツィア
今話していたのはお前か? 若いの。
ルキーノ
……
ヴェネツィア
私が怖いのか?
ルキーノ
お願いします、家に帰してもらえませんか?
ヴェネツィア
ここには偶然客として訪れただけでな。屋敷の主のやることに口を出すのは具合が悪いんだ。お前が閉じ込められた理由は?
ルキーノ
わ、わかりません。あの、あなたにもどうしようもないようでしたら……サルトリア、デ・モンターノのウンベルト・デ・モンターノに連絡を取っていただくことはできますか?
ヴェネツィア
ウンベルト……
ルキーノ
ぼくの祖父です。ずっと帰れてないので、心配をかけていると思います。祖父の薬はぼくが薬屋さんからもらってきているんですが、祖父にはそれが必要で……ぼくがもし、もし帰れないのなら……
ヴェネツィア
その爺さんが心配なんだな?
ルキーノ
はい。
ヴェネツィア
ついてこい。ヴェネツィアファミリーは客人を困らせるような真似はしない。
まさか、思いがけない再会に二度も恵まれるとは。
幸い、私は賑やかなのが好きでな。
ルキーノ
このままついていって大丈夫でしょうか……外の人たちが……
ヴェネツィア
大丈夫さ。あいつらも、私という客人をもてなすために大忙しだからな。
ルキーノは老人の後ろにぴたりとついていく。不思議なことに、彼らは道中誰に出くわすこともなかった。
ルキーノ
……あ、あなたは一体どなたなんですか?
ヴェネツィア
いいから、そばを離れるなよ。この屋敷はとんでもなく広いんだ。もうすぐ着くからな。
さっきお前は、爺さんに伝えてほしいことがたくさんあると言っていたが。
悪いな。近頃は年のせいで、記憶力がひどく落ちているんだ。
とはいえ、自分で伝えれば何の問題もないだろう。
ルキーノ
――!?
ヴェネツィア
ウンベルト。こんなにも愛してくれる孫がいるとは、実に羨ましいものだな。
ルキーノ
お、おじいちゃん?
ルキーノには多くの疑問があった。自分のせいで、仕事に遅れは出ていないか? ここ二日、祖父にはひどく心配をかけたのではないか? なぜ祖父は、自分がここに捕まっていると知っていたのか?
しかし祖父は、彼を一瞥するのみで、それ以外の反応を見せなかった。
ヴェネツィア
まあ座れ、ウンベルト。
ウンベルト
いえ、ご遠慮します。昔よりも足を悪くしておりまして、座るのは簡単ですが立ち上がるのが難しいのですよ。
ヴェネツィア
ああ、ならいい。
イングリッドも一緒に来たと言っていたが……あいつはどこだ?
ウンベルト
彼女は、あなたがルキーノを見つけたことを知って去りました。あなたをとても信頼しているようですね。
ヴェネツィア
……そうか。
それにしても、いつモンテルーペから越してきたんだ? 一言連絡くらい寄こせばいいものを。
ウンベルト
ただ、お知らせする必要はないと思っただけです。
ヴェネツィア
しかし随分と老け込んだな。この子の話を聞くに、病気か?
ウンベルト
深刻でこそありませんが、厄介なのは確かです。目も耳も利かず、腰も、足も、肩の関節も常に痛みがありまして……要は職業病ですよ。
老いれば誰でもこうなるのです。どんなに質のいい生地を、丁寧に手入れしながら使っていても、時間が経てば脆く硬くなるものですから。
ヴェネツィア
ウンベルトの孫よ、爺さんを大切にな。悔いを残すなよ。
ルキーノ
……
ウンベルト
よもや、ここであなたにお会いしようとは。この子のことで……ご迷惑をおかけしました。
ヴェネツィア
構わんさ。私はカルネヴァーレ目当てでやってきて、偶然客人として来ていたこの子に出くわしただけだからな。
ルキーノ
おじいちゃん、ぼく――
ウンベルト
わかっているよ、ルキーノ。私に任せておきなさい。
ヴェネツィア
この件では、アントニオがディチェンテを欠いた行いをした。今、お前に対して事情を説明させるために呼び戻しているところだ。
アントニオ……それはシラクーザでは実に平凡な名前だが、この瞬間ルキーノの頭の中で連想された人物はたった一人だった。
アントニオ・ヴェネツィア。ヴェネツィア自工の責任者だ。
ルキーノ
……アントニオさん、ですか?
ウンベルト
この件はもっと厄介なことになると思っていましたが、あなたが出てきてくださった以上――
ヴェネツィア
昔よりせっかちになったな、ウンベルト。
どのみち、アントニオには説明をしてもらわねばならん。そうすれば私も少しは安心できるというものだ。
ウンベルトの孫よ、私と共にここの主に会ってもらえないか?
ルキーノ
……おじいちゃん?
ウンベルト
我々には、断ることはできないのでしょう?
ヴェネツィア
友よ、古馴染みの顔を立てるためだと思ってくれ。
ウンベルト
実は、先日訊ねてきたある方から、あなたのためにスーツを仕立ててほしいと頼まれましてね。
こうなれば、この時間を使って新しいスーツを仕立てる準備をいたしましょうか。あなたはカルネヴァーレへ行かれるそうですから。
聞くところでは、当日は盛大なお祭りが開かれ、マスクや華やかな衣装をまとった人々が巨大なフロート車を囲んで都市中を練り歩くそうですね。となれば、それに見合うスーツが必要でしょう。
以前であれば、お得意様のサイズは全員分覚えておりましたが……ご覧の通り歳月とは容赦のないもので、私たちはいずれも大きく変わってしまいました。
私など、近頃はますます、忘れてしまいそうな物事をルキーノに覚えておいてもらうことが増えているほどです。
ヴェネツィア
……いいだろう。どのみち、アントニオが来るまでにはまだ時間があるんだ。
ウンベルト
ルキーノ、悪いが家に帰るにはもう少し待たなければならないようだ。まだ頑張れるかい?
ルキーノ
ぼくは大丈夫だよ、おじいちゃん! 何か手伝えることはある?
ウンベルト
私の道具箱をこっちに持ってきておくれ。
それと、こちらのお客様のネームタグをご用意するように。
ルキーノ
申し訳ございません、お客様。まだお名前を伺っていなかったのですが……
「ファブリツィオ・ヴェネツィア」。
老人は自分の名を書き記すと、ルキーノに手渡した。
ルキーノ
……
で、ではあなたは……でしたら、どうして自分のことを客だなんて仰ったんですか……?
ウンベルト
ルキーノ。何も言わずに、私の言った通り、やるべきことだけをやりなさい。
この方は今、私たちのお客様としてここにいらっしゃるのだから。
ファブリツィオ様。この子を助手として使ってもよろしいでしょうか? かねてより、本当に大事なお客様をおもてなしするのがこの子の夢でしたもので。
ルキーノ
――!
今まで祖父は、これほど重要なお客様の注文に対しては、どんな工程であれルキーノが関わることを許さなかった。
しかし今、ウンベルトは彼に指導しながら仕立ての準備作業を一つ一つ進め、ひいては自分でやってみなさいと促しさえしていた。
「お客様への敬意と感謝を表さねばならない」と祖父は言った……
すべては当然のように、ごく自然に進んでいた。まるで誘拐など起きておらず、祖父も自分を助けるために来たわけではないかのように。
ただの仕事で来たとでもいうように。
ヴェネツィア
この子の手は、お前に似てしっかりしているな。将来は、この子も「裁断士」になるのか?
ルキーノ
「裁断士」……?
ヴェネツィア
ウンベルト、どうやらお前は、この子に自分の過去について話したことがないようだな。
ウンベルト
……
アントニオ
お義父さんには会っていかないのですか?
イングリッド
ドンがいれば、ウンベルトとルキーノは安全だろうからね。
私はただ、二人が玄関を出た後、無事にここを離れられるようにするだけでいい。
アントニオ
そういうことを言っているのではないというのは、おわかりでしょう。
イングリッド
今すぐドンに会いに行くべきなのは君のほうだろう。
罪のない子供をファミリーの事情に巻き込むなんて、ドンがそんな真似をした試しはなかったと思うけどね。
アントニオ
あの子は私の命令で連れてこられたわけではありません。ですが、あの子の存在が本当にファミリーの利益を脅かすようならば、同じ決定をしたであろうことは否定しませんよ。
イングリッド
それは本当にファミリーの利益かな。君の利益じゃなくて?
アントニオ
その両者に違いはないと思いますが。
イングリッド
確かに、君は随分と変わったようだね、アントニオ。
アントニオ
あなたが離れてから随分と時間が経っただけのことですよ。
ここはシラクーザにおける二十三番目の移動都市。いまだ開墾されざる肥沃な土地なのです。
そして、この土地に種を蒔いた人間である私は、その収穫を確実なものとする義務を帯びています。どんな手段を使ってもね。
イングリッド
……
アントニオ
これも、私があなたのお戻りを切望している理由の一つです。あなたにどんな能力があるかを私は心得ていますし、この家はあなたを必要としているのです。
イングリッド
そういうやり方、ドンはお気に召さないと思うけど。
アントニオ
もちろん、お義父さんはお怒りになるでしょうね。
先ほどちょうどお義父さんのもとへ来いと命じられたところです。おそらく私は、お叱りを受けることになるのでしょう。
ですが、お義父さんの怒りの理由が、罪のない子供を巻き込んだからだとお思いなのですか? あの人は、そんなことは少しも気になさいませんよ。
お義父さんが腹を立てているのは、私が事を秘密裏に動かしきれておらず、「ディチェンテ」に欠けているからというだけのことなのです。
私は、結果を以てお義父さんに証明するつもりです。このヌオバ・ウォルシーニにおいて、ヴェネツィアは表と裏の二つの秩序を矛盾なく並行して確立することができると。
しかし、そのための何よりの拠り所とするのは、決して「ディチェンテ」ではありません。
イングリッド
たとえそれが、ドンを――君を信用している人を悲しませる行いだとしても?
アントニオ
……
私はお義父さんを敬愛しています。あの人は、私にすべてを与えてくれた人ですから。どんな代償を払うことになろうと、これこそが最大の恩返しになると私は思っているのです。
それと、あなたはひとつ間違えていますよ。私はこれまで、一度として変わったことなどありません。
イングリッド
……変わったことなどない、ね――
本当にそうかな……?
ウンベルト
「裁断士」……
今のデ・モンターノは、もうそのサービスを提供しておりません。この子には知る必要のないことです。
ヴェネツィア
それは残念だな。昔のお前の活躍は今でもよく覚えている。あの頃は、私に代わって多くの面倒ごとを片付けてくれたものだ。
当時、モンテルーペのファミリーで神出鬼没の「裁断士」を恐れぬ者はいなかった。注文書にターゲットの名前を書きさえすれば、翌日には必ず、そいつの訃報が新聞に載っていたものだ。
ウンベルト
……すべてはあなたからのご恩に報いるためですよ。
私が今のルキーノと同じくらいの年の頃、見習いサルトリアだった私を救い、モンテルーペで生き延びるチャンスを与えてくださったのはあなたでした。
ヴェネツィア
何にせよ、お前はディチェンテを保った結末に値する人間だ。
ウンベルト
あなたにはお世話になってばかりですね。
ルキーノ
……
ルキーノは頭が痛くなってきた。
二人は間違いなく祖父の話をしているのに、その内容は目の前の老人とどうしても一致しなかったのだ。
ヴェネツィア
ところで、この子の両親は? お前の息子の名は――ルッカだったか?
ウンベルト
はい。ルッカ・デ・モンターノです。
両親の話だ。ルキーノが両親について聞いた時、祖父がそれに正面から向き合って答えてくれたことはなかった。
彼は祖父の目からその想いを読み取ろうとしたが、祖父はただ仕事に集中しているばかりだ。
ウンベルト
ルッカは本当に良い子でした。本当に、本当に。物分かりがよく、裁縫の才があり、苦労も厭わぬ子だったのです。
あの子は、二十数歳の頃には熟練の職人となり、お得意様からも気に入られていました。当時の私は、デ・モンターノをあの子に譲る気でいたものです。
ある朝、あの子の遺体が都市を発った車の中から見つかるまでは。
ルキーノ
……!?
ウンベルト
ルッカのそばには、あるオペラ女優が横たわっていました。彼女はモンテルーペでいくらか名の売れた人で、ファミリーの構成員の多くにもてはやされていて――
ルキーノ、手が震えているよ。
……少し休むかい?
ルキーノ
……
ウンベルト
生地のサンプルを取ってきておくれ。こちらは私がやっておこう。
ルキーノ
……う、うん。
ウンベルト
……はぁ。
ヴェネツィア
あの子に対して少々酷じゃないか。
ウンベルト
私はもう、長くはありません。あの子をずっと守ってあげることはできないのです。
ルッカの死は、私にあることを思い知らせました。
ヴェネツィア
それは?
ウンベルト
若い頃に染み付いた血は、何枚布を使ったところで拭い去れぬものだということです。その血の匂いが、私やその家族のもとに不幸を引き寄せるのでしょう。
それにあの子は、いわゆる「大物」に対して非現実的な幻想を抱いています。これは私のせいなのです。
ルキーノは遅かれ早かれ、あなた方のような方に出会っていたことでしょう。それがアントニオさんであれ、あなたであれ、あるいはほかのファミリーであれ。
ですから、あの子はこういったことを知らねばならないのです。
ヴェネツィア
お前は、ルッカの死を自分への罰だと捉えているのか?
ウンベルト
これは代償ですよ……
ファブリツィオ様、首周りをお測りしますので、頭を上げていただけますか。
これまで、祖父は時折、作業台のそばに長くとどまることがあり、手が震えていることさえあった。
そんな時祖父は、ルキーノが早く技術を身に着けてくれなければ、デ・モンターノは店じまいだと、からかうようにそう言ってきたものだ。
しかし今、祖父の手つきはかつてないほどしっかりとしていた。
ルキーノは、祖父がメジャーを引いて、ヴェネツィアの肩から始めて腕、胸、腰、そして両足を採寸していくのを見ていた。
それでも、祖父の注意はこちらに向けられているということに、彼は気づいていた。
残念ながら、彼はまだ真相を受け入れる準備ができていなかった。
ウンベルト
私は、ルッカを亡くした後になって初めて、ルキーノの存在を知りました。あの子はずっと、ルッカの手引きで郊外の農場に預けられていたのです。
その時私は、ようやく正確に知ることができました。ルッカがいかにして劇場からの発注と衣装作りを通じ、一人の女優と縁を結んだのかを。
そして、いかにして私に心配をかけず、大きな面倒ごとを起こすことなく、皆に隠れて許されざる生活を少しずつ営んでいたのかを。
いかにして彼ら二人のため、私という老いぼれのために、この唯一の希望を残してくれたのかを。
ルキーノ
……
ウンベルト
ルキーノは、ルッカが残した最後の希望なのです。
お願いいたします。あなたやアントニオさんの計画がどのようなものであれ、あの子をこれ以上巻き込まないでください。
ルキーノ
(おじいちゃん……)
ルキーノは、どんな気持ちで今の状況に向き合えばいいかわからなかった。
両親の死の真相、祖父の過去、そして自分自身の未来……彼は大きく複雑な感情に襲われていた。
ウンベルト
腕を上げてくださいますか、ファブリツィオ様。
ヴェネツィア
ああ。
ウンベルト
私は決して、自分のために何かをしてほしいとお願いしているわけではありません。
ただあの子に、一人のサルトリアの仕事をじっくりと見るための時間を少しでも多く与えてほしいと、勝手ながらそう願っているだけなのです。
採寸の方法を、生地を裁断する方法を、丁寧な接客の方法を……
そして、あの子とは無関係な生活から距離を置く方法を教えてやりたいのですよ。
ヴェネツィア
はぁ、わかった。どうやらお前は本気で過去のすべてに別れを告げる決心をしているようだな。
この服が出来上がった時、直接届けに来る必要はない。人をやってお前の店に取りに行かせるとしよう。
ウンベルト。モンテルーペに里帰りしたくなったら、私という老いぼれがまだそこにいることを忘れてくれるなよ。
ウンベルト
もちろんです。
ありがとうございます。
イングリッド
つまり君は、絶対にルキーノを逃がすつもりはないんだね……
ドンの同意があったとしても、か。
アントニオ
仮に彼が何も言わないと約束したとしても、シティホールが彼からデタラメな噂話を聞きださないとは言い切れません。
ヴェネツィアを狙うファミリーは多くいるのです。リスクは冒せませんよ。
お義父さんも、きっと理解してくださるでしょう。
どうかファミリーのことも考えてください、イングリッドさん。
イングリッド
……
ある狼と契約をしてね。今回は、娘のためにこの国へ戻ってきたんだ。
私の怒りは、もはやファミリーのために燃え上がることはなくなって久しいんだよ。
今の私は、私自身のためだけにあるんだ。
アントニオ
……本当に残念です。ならば話し合いの余地はないのでしょうね。
イングリッド
この連中に私を止められると思うの?
アントニオ
いいえ。私からすれば、彼の口が二度と開くことがないように仕向けるだけで十分ですので。
イングリッド
一つ答えてもらおうか。
リサを傷つけた犯人の正体を知っていると言ったよね。それは本当なの?
アントニオ
……紛れもない事実です。私はあなたに嘘などつきませんよ。
イングリッド
実は、リサをシラクーザから送り出した後、私は長いこと裏で調査をしていたんだ。収穫はなかったけれど……
そこには、認めたくない臆測がずっとついて回っていた。とはいえ今君が口を割ることはないだろうね。
アントニオ
……ええ、今は。申し訳ありません。
イングリッド
いいよ。じきにわかることだ。
その切っ先がアントニオの鼻先に突きつけられても、彼は微笑んでいた。
アントニオ
家の中では、我々の一挙手一投足に視線が注がれているということはご存知ですよね。
これは、あまりにもディチェンテに欠けた態度ですよ。
イングリッド
……?
???
イングリッド。私に免じて、剣を下ろしてくれないか。
イングリッド
……ドン。
ヴェネツィア
久しぶりだな、わが子よ。