「復讐するは我にあり」

トラックドライバー
無駄足になっちまって、本当にすみません。
裁判官補佐
彼女は、行先については何も?
トラックドライバー
そうなんです。で、でも、ラヴィニア裁判官からのご依頼についてはエイレーネがちゃんと調べてますんで、そうお伝えください。
あいつ、野営地に帰ってくるなり、互助会所有のトラックを全部調べるように言ってきたんです。今出かけてるのだってきっと、事故の手掛かりを探すためで――
裁判官補佐
そう緊張なさらずに。今回はその件で来たわけではないんです。
トラックドライバー
あれ? ――リュドミラじゃないか! なあ、エイレーネがどこに行ったか知らないか?
帰ってくるなり、何をコソコソしてるんだ? 危うく見逃すところだったぞ……
リュドミラ
……
トラックドライバー
その服、どうして破れてるんだ? 喧嘩でもしたのか?
リュドミラ
転んだだけだ。
裁判官補佐
あなたがリュドミラさんですか?
リュドミラ
……
裁判官補佐
お渡ししたいものがあるのです。
本来ならエイレーネさんに対応していただくべきなのですが、ご不在とあれば、直接お渡ししたほうがいいかと思いましたので。
リュドミラ
これは?
裁判官補佐
市民承認通知書と、身分証明書です。
あなたはシティホールと裁判所の身元調査の結果合格となり、市民ポイントも条件を満たしていますので……
本日より、ヌオバ・ウォルシーニの市民として正式に認められ、ドライバー互助会の正式所属ドライバーとなって、『新都市管理法』の規定するすべての権利を享受することができます。
トラックドライバー
ははっ、ついにやったな!
リュドミラ、昨日塩サイダーを奢ってくれたのはちょっと早計だったんじゃないか!
リュドミラ
……
裁判官補佐
意外でしたか? ですが、我々はあなたに関する――その、特殊事項については存じております。
定期的な鉱石病検査は必須となりますし、感染状況が悪化した場合には、その後の対応方法を再評価することになるでしょう。
ドライバー互助会はこの都市において特殊な立場にありますので、あなたの状況を鑑みると、本来なら身元調査で合格となることは確かに難しいですが……
ここしばらく、エイレーネさんはこの件で何度もシティホールと裁判所を訪れていたんです。結局、多くのドライバーの署名が集まったこともあり、彼女が監督責任を負うことで話がまとまりました。
リュドミラ
……
トラックドライバー
おいおい、そんな目で見るなよ。いつもお前に奢ってもらってばかりってわけにもいかんだろ。
裁判官補佐
リュドミラさん?
トラックドライバー
気にしないでやってください。こいつ、普段から無口な奴で……昔俺が身分証明書を受け取った時なんて、大騒ぎして逆に迷惑かけちまったくらいでしたけどね。
裁判官補佐
お気持ちはわかりますよ。資料によると、昔リュドミラさんを引き取ってくれた伯父君はマフィアの抗争に巻き込まれ、一家諸共亡くなられたそうですね……実は、似たような経歴の方は多いんです。
ヌオバ・ウォルシーニができてからというもの、ファミリーによる抑圧を受けた多くのシラクーザ人がここへ来ては、それまでと違う立場を手に入れて、ファミリーの影響を逃れるに至っています。
このやり方でファミリーを抜けた元構成員も、少なくありません。
ヌオバ・ウォルシーニでは誰にでも、過去から抜け出し、新しい人生のスタートを切る権利があるんです。
おめでとうございます、リュドミラさん。
リュドミラは手に持った通知書と身分証明書に目を落としたまま、沈黙していた。
ソマー
俺には大した教養はないが、『邂逅』ってのが良い言葉だってことくらいはわかる……ほら、俺たちのことを言ってるみたいだろう?
言うなれば、ツイてない奴らの邂逅ってとこだな。ははっ。
エイレーネはいつも言ってるんだ。どんなにツイてない奴でもいずれは報われるってな。
リュドミラ
ツイてない奴でも報われる、か……
トラックドライバー
おーい、一体どうしたんだ?
リュドミラ
ソマーは戻ってるのか?
トラックドライバー
いや。昨日の夜から休みじゃなかったか? 大方、カルネヴァーレだからグリへのプレゼントでも選びに行ってるんだろ。
リュドミラ
ルッジェーロ、あの人をかばう必要はない。
あんたたちの事情は知っている……私は昨晩、ソマーの車に乗っていたんだ。
トラックドライバー
……
まさか、昨日の夜起きたあの事故か?
リュドミラ
ああ。あれは私たちが乗っていた車だ。
トラックドライバー
なんてこった――
リュドミラ
……その反応を見るに、本当にまだ戻っていないようだな。あの人が行きそうな場所を早いところ考えてくれ。
トラックドライバー
昨日の晩は、第三埠頭近くの車両点検所で引き渡しだったはずだ。時々、ヴェネツィア自工の持ってる廃倉庫のどれかを指定されることもあるが……
リュドミラ
すべて探した。
車が衝突した場所に戻っても、現場は封鎖されていて、ソマーも車も行方がわからないんだ。あんたが今言った場所も回っては見たが……どこにもいなかった。
……
だが、もとはと言えば、私があの狼に気を取られていなければ済んだ話だ……どうしてあの場を離れてしまったのか……
トラックドライバー
リュドミラ……
リュドミラ
もう一度探してくる!
リュドミラ
……残るはここだけだな。
リュドミラはコンテナの間に立つと、目の前のせわしない港を見上げた。
丸一日かけ、探せる場所はすべて探したが何も得られてはいない。
かつては天災が猛威を振るうチェルノボーグを抜け、混沌とした戦場で隊を率いて敵の位置を正確に割り出すことまでしていた彼女でも、今やごく普通の運転手一人見つけることができないのだ。
もはや何かの冗談のようにすら感じられて、リュドミラは急に無力感を覚えた。
港の労働者
要するに、今すぐあのフロート車を動かすってことですか?
管理人
そういうことだ。組み立ては終わったわけだし、カルネヴァーレ当日の出発地になる開拓区まで運ばないと。
港の労働者
それは知ってますけど、本来は夜運ぶはずじゃありませんでした?
管理人
さっきの大雨を見ただろう。ヌオバ・ウォルシーニでここまで天候が崩れることなんて滅多にない。となると、このあとまた降るかもしれないし……
あれだけ大きなフロート車を十数台動かすんだから、相当な大所帯になる。あんな大雨の中でそれをやることになったら、道路規制が必要になって、余計な面倒が起きかねない。
港の労働者
それもそうですね。
管理人
雨が止んでいるうちに、手早く済ませよう。
それと、色んな場所を通ることになるから、全車両にシートをかぶせておくようにな。シティホールからは、パレードが始まるまでフロート車のデザインは秘密だって言われてるんだ。
港の労働者
わかりました。人手を集めてきますね。
リュドミラ
……
仮に、ソマーが引き返さざるを得なくなって、この忙しない港に車を隠していたとしたら……
ヌオバ・ウォルシーニ港の一角では、十数台のクレーン車が巨大な防水シートを支えて、屋外に閉じられた迷宮を作り出していた。
その下では、奇妙な形をした十数匹の巨大な獣が息を潜めている。カルネヴァーレが復活するまで、ここは獣たちの墓場なのだ。
リュドミラには、その奇妙なものたちを念入りに調べるつもりはない。彼女はそれを素通りして、まっすぐに列の最後尾に向かい、そこで足を止めた――
それは一匹の巨大な狼だ。膨大な量のフェイクファーが、その下にあるトラックの荷台を覆っており、尻尾はちょうど荷台の目立つへこみや傷の上に垂れ下がっていた。
狼はその血まみれの口を大きく開けて声なき雄たけびを上げ、明るみには出せない秘密のすべてを身体の下に隠している。
リュドミラ
……
リュドミラは荷台の扉を開けた。目の前には高く積まれた黒いタイヤがあり、そして……
リュドミラ
これは……
リュドミラ
ヴェネツィアのために運んでいる荷物というのは?
ソマー
今日はタイヤだ。
基本的には、自動車製造に使う消耗品ばかりでな。源石エンジンとか、鋼材とか、合金とかを扱ってる。たまに冷凍鱗獣だとか、冷凍肉、アルコール、薬なんかの時もあるが……
どれも、シラクーザのほかの都市ではよくあることだ。ファミリーの人間は基本、正しい通関手続きを踏まずに商品を運びたがる。そうすれば多額の税金を回避できるからな。ただ、この都市では――
リュドミラはナイフを取り出すと、先に見た亀裂に沿って分厚いタイヤの表面を切り裂き、中にあるものを確かめた。
リュドミラ
銃にアーツユニット、標準式のボウガンに、源石爆弾まで……
本当にバカな真似をしたな、ソマー。あんた、自分の運んでいたものがこんな「商品」だと知っていたのか?
*ウルサススラング*、これはタイヤを密輸したとか、市長代理に誤って車をぶつけたとかどころの騒ぎじゃない。はるかに複雑な事態じゃないか――待った、誰か来た……
荒っぽい声
この場所のはずだ。
ガンビーノ、お前はこっちだ。俺は向こうを見てくる。さっさと済ませるぞ。
大きい声
なあカポネ、マジで何かを見つけたらどうする? どこで手掛かりを手に入れたか、「次代のヴェネツィア」にどう説明するかなんて考えてあんのか?
ラップランドから教えてもらったなんて言えねえだろ。
荒っぽい声
そんなことより、ソマーがトラックをヌオバ・ウォルシーニ港に隠したことを、どうしてあの狂った女が知ってるかってほうが俺は気になるね……
あいつは一体何がしたいんだ?
大きい声
めんどくせえな。そんなこと、考えたところで意味ねえだろ。早いところ片付けて――まずい、外にサツがいるぞ! 隠れろ!
可愛らしい声
お疲れ様です、ノエミです。
先輩、そっちは何か見つかりましたか?
私コーヒー飲まない派なんです。苦いですし。
……じゃなかった、先輩ったら話の腰を折らないでくださいよ! 事故車両がどこに隠されてるか多分わかったんです。早く来てください!
そうです、ヌオバ・ウォルシーニ港の西側、フロート車が止めてある辺りです!
リュドミラ
ッ、港の人間がもう……
クレーン車のアームがシートを引き下ろして、前方にある車両のエンジンが次々にかかっていく音を、リュドミラは聞いた。
近くにはファミリーの人間と警察がおり、このフロート車と、その下にある秘密が――ソマーとドライバーたちの「新しい人生」が、今にも白日の下に晒されようとしている。
リュドミラ
*ウルサススラング*!
リュドミラの手は自身の脇腹をかすめ、その時何か湿ったものに触れた。それは彼女が、そうした愚か者の一員となったことを証明する、折りたたまれた書類だった。
恐らく、港まで走ってくる途中、雨で濡れてしまったのだろう。野営地を慌てて飛び出した彼女は、それを自分のテントに置いてくることすら忘れていた。
この晩秋、また雨に降られて、リュドミラはふと今にして我に返った。――本当に寒いな、と彼女は思う。
暖を取れる火があればいいのに。
リュドミラ
雪の上で燃えるこの焚火を見ろ。かつては、これが感染者の怒りやレユニオンの理想に火をつけて、ウルサスのすべてを燃え上がらせたものだった。
だが今では、ただお前と私を暖めてくれるばかりだ。
「まずは火のつけ方を学びなさい。この家と、中のすべてを焼き払って、私たちが二度と誰にも見つからないようにするの。」
「火はすべてを隠してくれるのよ、リュドミラ。」
リュドミラはそう遠くない影の中に立ち、荷台から炎が立ち上り、瞬く間に巨大な狼を飲み込んでいくのを黙って見ていた。
火は怒りを、そして理想を滾らせるものでもあり、すべてを灰に埋もれさせるものでもある。
そして、彼女の煙であれば炎を隠すことができるのだ。ほかの人間が気づく前に、火の勢いを消し止められないほどのものへと強められるほどに。
リュドミラ
……
はぁ、本当にツイてないな。