狼群と群狼

ラヴィニア
……これは?
エイレーネ
ドライバーの証言をもとに整理したリストです。ここ半年余り、このリストに載っている連中はあらゆる手段を用いてドライバーたちを脅し、禁制品の輸送をさせていました。
あの夜の交通事故も、ヌオバ・ウォルシーニ港での火事も、この瞬間広場で起きている暴動も、すべては等しくファミリーの連中が関わっているんです。
ラヴィニア
……なるほど。
しかし、ドライバー互助会の事情についてはもっと早く私に相談すべきでした。昨日野営地を訪れた時、あなたはいらっしゃいませんでしたが――
エイレーネ
今はそれを言ってる場合じゃないんです。今この時、何よりも優先すべきことは、奴らを裁くことなんですよ。
ラヴィニア
どういうことですか?
エイレーネ
奴らは裁判所を乗っ取り、カルネヴァーレに乗じて脅威となる相手を徹底的に始末しようとしています……レオントゥッツォさんの次に狙われるのはあなたなんです、裁判官。
もはや奴らは、ヌオバ・ウォルシーニ市民とは呼べない存在になりました。『新都市管理法』で禁止されている中でも、一番重い罪を犯したんですから。
ここにあるすべてが物証になりますし、ドライバーたちが証言をすることだってできます。
それに、そちらのテキサスさんは、政府にもファミリーにも属していませんし、ドライバー互助会とも無関係の方ですから、臨時で陪審員をお願いすることも可能ですよね。
テキサス
それは……
エイレーネ
そしてあなたは、ヌオバ・ウォルシーニの裁判官です。この状況はすでに、緊急裁判手続きの基本条件を満たしているはず……「緊急裁判手続き」で合ってましたよね?
極限の状況下では、この基本条件を満たしてさえいれば、ヌオバ・ウォルシーニの公共の安全に重大な脅威をもたらす犯罪者に対する欠席裁判を行えるはずです。
ラヴィニア
……
今この時、何よりも優先すべきことは状況の制御と、民衆の安全確保、そしてカルネヴァーレの円滑な進行です。
エイレーネ
そのためにあたしはここに来たんです。あなたが判決を下してくだされば、ドライバー互助会がその執行をお手伝いします。
ラヴィニア
そうでしょうか?
あなたが用意したこのリストは――
ヴェネツィア、サルッツォ、メディチ、レオッティ、ジェノヴェーゼ……いくつものファミリーの名が並んでいますが、この人たちが皆本当に、外の広場にいると言うのですか?
エイレーネ
そのリストに、無実の人は一人もいませんよ。
ラヴィニア
……
一度緊急裁判手続きを発動し、この判決文に署名してしまえば、名簿に書かれている全員が『新都市管理法』の定める特級犯罪者となります……
緊急避難原則に則ると、特級犯罪者に対しては、誰もが責任を問われることなくそれを制圧し、処刑することさえできます。
ですが、今の状況は、私がそうした判断を下すには不十分です。
エイレーネ
でも、奴らはあなたに手を下すために来てるんですよ。
ラヴィニア
それはそうですが、エイレーネさんが今日いらした本当の目的は何なのでしょう?
これほど多くのトラックを動かして裁判所を囲んだのは、一人の友人を守るためですか? それとも……己の身に降りかかった面倒ごとすべてを解決してくれる証明書を手に入れるためですか?
エイレーネ
昨日、あなたが野営地にいらした時……あたしは、ソマーの遺体を探しに行ってたんです。
ラヴィニア
……
エイレーネ
あいつのことを覚えていてくださって、ありがとうございます……お察しの通り、あいつは死んでしまったんです。どれだけ人を動員しても、遺体は見つかりませんでした。
手を下した犯人まではわかりませんが、この外にいるだろうということはわかります。
それに、真の犯人は特定の誰かではなく、もっと大きな影だということも……それはずっとあたしたちの頭上に漂っているんです。この新都市まで逃げてきたあとも、逃れることはできていません。
あたしは、ソマーを殺した犯人にしかるべき罰を与えてやりたいと思ってますし、残された人たちにこれ以上傷ついてほしくないとも思うんです……
それが、あたしの目的です。
それじゃ、もう行きますね。仲間たちはこういうことを経験してきてないので、そばにいてやらないと……
一度にたくさんの情報を得ると、考えるのに時間が必要なのは理解できます。邪魔が入らないように、裁判所の入り口に見張りを置いておきますね。
ですが、あまり長くは持たないと思います。
マフィアA
どういうこと? 待ち伏せされたの?
シティホールは私たちの行動を見越していたってこと?
マフィアB
さっき奴らのリーダーが裁判所に入っていくのが見えた。きっとあの裁判官のもとに行ったんだろう……
カポネ
何うろたえてやがるんだ? 相手はただのトラックだぞ。これが戦車ならともかくよ。
しかも、政府の連中は中で縮み上がって、ドライバーを表に立たせてるわけだろ。何を恐れる必要がある?
奴らに構うな。裁判所に突入するんだ!
トラックドライバー
エイレーネ、ど、どうだった?
エイレーネ
……少し時間をあげよう。
おい、そこのあんたら。そっちの正体も目的も、あたしにはわかってるんだ。
それ以上は進ませないぞ。
ディミトリ
……本当に賑やかだな。シラクーザで、こんなふうに街中の人間が参加する祭りが開かれるなんてこと、想像したこともなかったよ。
レオントゥッツォ
この新都市はああした人々全員のものだからな。
ディミトリ
お前の想像する未来では、シラクーザの都市のどれだけがこんなふうになっているんだ? レオン。
レオントゥッツォ
……
ディミトリ
らしくないな。そこで黙り込むなんて。
レオントゥッツォ
俺はただ、正確な数字で言うべきか、あるいは「シラクーザの都市すべて」と答えるべきかを考えていただけだ。
この独自の法律体系や、ファミリーの存在しない新しい秩序がヌオバ・ウォルシーニでのみ有効なものである限り、この都市はますます孤立していくことになる……
その点については、俺もラヴィニアもすでに嫌というほど実感しているからな。
泥沼の中に孤島を作り上げても意味がないんだ。とはいえ、それ以前に俺は、シラクーザにおいてこうした可能性が実現できるということをミズ・シチリアに証明せねばならないが。
ディミトリ
じゃあ、それが実現したときには、お前から見て時代遅れな人間と物事は、どれだけ切り捨てられていくんだ?
レオントゥッツォ
……
ディミトリ
相変わらずだな、レオン。理想を語るとなるといくらでも言葉が出てくるし、意志が固くて冷静だ。
だが、俺はシラクーザの未来について討論するのには興味がなくてね。
ここ数か月、シティホールはベッローネ名義の企業が出した新都市内での営業申請をすべて却下してきた。このことには、お前の意図も関わってるんだろう?
レオントゥッツォ
否定はしない。
ディミトリ
知っての通り、一年前、ドンが起こしたあの事件で大多数の人間はファミリーを抜けたが、残った構成員も少なくはなかった。
そして、お前は知らないだろうが、俺たちが新たなファミリーを組織して、どういった名前で活動するかを話し合っていた時、ほとんどの奴は「ベッローネ」の名を残したいと言ったんだ。
シラクーザにおいて、「ベッローネ」を名乗り続けることは、ほかのファミリーに付け込まれることを意味する。敵が次々と押し寄せてきて、トラブルも尽きない……
だから俺たちは、ヌオバ・ウォルシーニへ来てチャンスを探すしかなかった。
それでも、あいつらは後悔してない。全員がベッローネファミリーで共に暮らし、血と汗を流し、縄張り争いを戦って、皆の尊敬を勝ち得てきた仲間同士だからな……
ドンや若旦那の裏切りでさえも、そのアイデンティティを剥奪することはできなかったんだ。
レオントゥッツォ
……
ディミトリ
お前とドンは、古いものを捨てて新しい物事を確立し、根本からこの国を変えようとした。何とも素晴らしく、偉大な決断力だ。
だが、お前たちの偉大な理想の中には、かつて生死を共にした兄弟をさえも受け入れる余地がないというなら、それはあまりに残酷すぎやしないか?
レオン、お前は確かにあいつらを敬服させたが……
レオントゥッツォ
失望もさせた。
ディミトリ
そう、「失望」だ……ずっとわかってたんだな。
レオントゥッツォ、お前はどれだけ冷たい奴なんだ。
レオントゥッツォ
……
ディミトリ
ヌオバ・ウォルシーニが俺たちを締め出す理由が、単に市長様がかつてベッローネの若旦那だったせいで、ベッローネの企業が参入すれば無用な世論を引き起こすからであるなら――
お前が消えることでも、その問題は容易に解決する。
レオントゥッツォ
……
お前の部下たちは近くに陣取っているし、人々はカルネヴァーレに夢中で俺たちに気付いてはいない。となれば、それはお前にとって難しいことではないだろう。
ディミトリ
ああ、簡単だ。
一年前に言った通り、俺は残ってくれた奴らに対する責任を負わないとならない。
元々は、あの晩レストランでこの話をするつもりだったんだが、もう何日も経っちまった……
お前の事故は俺とは無関係だが、お前が本気で俺たちの邪魔をする気なら、お前を消すぞ、市長様。
レオントゥッツォ
だろうな。お前は冗談を言うような奴じゃない。
ディミトリ
それじゃ――
なんだ?
フロート車か? ほかのより大きいな……おいレオン、シティホールは何か秘密のショーでも準備してるのか?
レオントゥッツォ
……
エイレーネ
……この近くに、あとどんだけあんたらの仲間が隠れてるかは知らないけど、うちは今夜は正規メンバーから臨時の奴らまで、互助会のドライバーほぼ全員を動員してるんだ。
マフィア
ハッ、人数揃えたからって調子に乗ってるわけか。
まさかそのトランクからレンチだのジャッキだの、板バネだのを取り出して、そいつで殴ろうとは言わねえよな……
今夜のことは見逃してやる。だから今すぐ道を譲りな!
エイレーネ
どんなに頭数を揃えようと、あんたらを止められないかもしれないことくらいはわかってる。
あたしたちはただのドライバーだし、人を殺すどころか、喧嘩だって大してできやしない。なんせもう生活に疲れ切ってるから、生きるために避けたり、諦めたりしてきたことも山ほどある。
あんたらの態度を見て、確信したよ。ファミリーの連中はあたしらのことなんか眼中にないんだってことが。これまでも、今も、そしてこれからもね。
なのに避けたり諦めたりを続けてたら、あたしたちはただ血を見るばかりだ。自分だけじゃない、友達や、家族の血まで……
マフィア
……
アントニオ
もう10分も予定に遅れが出ていますよ。
カポネ
……
アントニオ
ガンビーノに連絡は取れますか?
カポネ
さっきから通信が繋がらないんです……
何か妙だ……
この時間、予定通りなら陸上艦は指定の場所に到着し、接続を完了して、ブツを積んだ車列が出発しているはずです。でも、今になっても、港に何の動きもない……
アントニオ
それで、いつまでそのドライバーの綺麗ごとを聞いてやるつもりですか?
カポネ
アントニオさん、こいつらはただのドライバーなんですよ。本当に――
アントニオ
道を塞いできたのは彼らのほうではありませんか。
カポネ
…………
エイレーネ
…………
なんだ? 移動区画全体が揺れてるような……
この振動、港のほうからか――
リュドミラ
おい、あそこを見ろ――
マフィア
あれはうちの陸上艦……か?
糸の外れた風船がゆっくりと地面から浮き上がり、十数秒後、巨大な物体の角にぶつかり破裂した――
それは、ある特別製の貨物輸送陸上艦だった。
移動都市を行き来する超大型の船舶であるそれは、巨大で頑丈であり、多くの荷物を運び、頻発する天災や複雑な地形にも耐え得るものだ。それが都市内部に現れるなど決してあるはずがない。
しかし今、それは強引にもヌオバ・ウォルシーニの中に割り込んできていた。キャタピラが地面を押しつぶし、瓦礫が飛び散り、両側の建物が傷だらけになって、その外壁の破片が降り注ぐ。
陸上艦は広場まで押し入りながら、それでも止まる様子はない。裁判所を囲んでいたトラックは弾き飛ばされ、ファミリーの構成員とトラックドライバーたちがうろたえて両側に退いていく。
……そうして、その船はついに停止した。
その時になってようやく、人々はこの本来荒野を走っているはずの鋼鉄でできた巨大な獣が、上から下までリボンや風船で飾られていることに気が付いた……それは今夜の祝祭に参加しに来たのだ!
???
チャオ~。
こほん――今夜はカルネヴァーレだよ? どうしてそんなに堅苦しくしてるのかな、狼さんたち!
叱責か嘲笑か、それは誰もの耳へはっきりと届いた――その声は、陸上艦の甲板から聞こえていた。
皆が見ている中で、白い狼がゆっくりとマスクを外した。
スポットライトが彼女のために周囲の暗闇を一掃し、気を利かせた夜風が肩にかかった赤色を――まばゆいほどの赤を払い落とす。
シラクーザで最も勤勉なサルトリアが創意工夫を凝らして白い狼のスーツへと縫い込んだバラと鮮血が、彼女を舞台と荒野の両方に相応しい存在へと仕立て上げる。
広場にいる構成員とドライバーは、誰もが唖然としてそれを見上げていた。ラップランドは観衆の反応に明らかに満足した様子で、最高に輝かしい微笑みを以て皆に挨拶をした。
ラップランド
キミたちは踊らないのかい? ステップについていけなくなった人が尻尾を切られちゃうようなやつをさ。
せめてチークキスくらいしたらどう? なんでそこで、何かの罰でも受けてるみたいにじっとしてるの?
ここはカルネヴァーレのゴール地点なんだから、どこよりも盛大なパフォーマンスでパレードの人々を迎えてあげるべきじゃない?
……
ああ、なるほど――キミたちの大部分が、まだ何も手にしてないからか!
ゲームっていうのは公平じゃないといけないし、せっかくなら素敵な演出もついてないとね。ましてや、早いうちからみんなのために道具を用意してくれた人がいるわけだから――
どこからか鳴りだした音楽に乗って、ラップランドは傍若無人に、情感豊かに語りながら、甲板の箱を次から次へと蹴落とした。
その箱は空中でバラバラになり、中身が四方へ散っていく。入っていたのはアーツユニットや銃、杖、クロスボウ、源石爆弾であり……
裁判所広場に武器の雨が降った。雨粒は至る所に打ちつけて、あらゆる人の手の届く位置に落ちてきた。
カポネ
……
エイレーネ
……
マフィア
……
トラックドライバー
……
ラップランド
みんなこれを待ってたし、探してたんじゃないの?
全員分あるから焦らないでよ!
ヌオバ・ウォルシーニのみんな、この素晴らしい夜を楽しもうじゃないか!
アントニオ
サルッツォの白い狼に陸上艦を乗っ取られただと……
アルベルトの指示か? いや、陸上艦の使用は急遽決めたことである以上、違うだろう。それに、奴とはこれまでドライバー互助会の件で張り合っていただけだ……
ラップランドの目的はなんだ? ただ楽しみたいだけということはないだろう……
カポネ
アントニオさん、やっぱりガンビーノに連絡がつかないんですが……
アントニオ
彼がまだ生きていることを祈っておきなさい。
カポネ
だったら……
アントニオ
何を不安がっているのですか?
ラップランドが武器を広場まで運び込んだことは好都合です。少し騒ぎが大きくなったことを除けば、この状況は当初の計画と大きな違いはありません。
私は港へ向かいます。ラップランドは一人で動いているようですから、港で問題が起きていたとしても片付ける時間はあるでしょう。
裁判所広場のほうはあなたに任せます。付近の区画の構成員たちを広場に集めなさい。武器が散乱していますから、しっかりと数を検めてから受け渡すように。
この都市の脳と心臓さえ握れば、ほかの部分がどう動こうと制御は可能ですから。
カポネ
わかりました。
パレードや警察を避けて素早く港に辿り着けるように、道を片付けさせてあります。
ルートは端末に送っておきましたんで。
アントニオ
今向かっているところです――
……
カポネ?
カポネ
やれやれ。あんたを引っ張り出すのは大変だったよ、ボス。
アントニオ
裏切りもシチリア人の輝かしき伝統だとでも言うのですか?
一体誰に寝返ったのです? シティホールですか? サルッツォですか? それとも、街の変化に気付いて混乱に乗じ、利を得ようとするほかのファミリーですか?
カポネ
あんたに会いたがってる人がいてな。俺はただ、間を取り持ってやることにしたまでさ。
アントニオ
……
背後から響いた足音にアントニオが振り返ると、この上なく見慣れた人物が路地の端に立ち、ゆっくりと彼に近づいてきていた。
イングリッド
……
カポネ
さっきは、裏切りも伝統だとでも言うのか、なんて言ってくれたが……
あんたは多少感情の起伏が激しいきらいがあっても、有能なボスだと言わざるを得ない。だから、しつこく纏わりついてくるラップランドと出くわした時は、俺にも罪悪感くらいはあったさ。
だが、たった今それも消えてなくなったよ。
ファミリーの人間同士なら、仇だの裏切り者だのにケジメつけさせる方法くらいごまんとある。舌を切り落とすなり、のどを掻っ切るなり、必要とあらば皆殺しにもするだろう。
俺たちはソリの合わねえ政府には教訓を与えてやるし、どんな悪事でも働く。だが、どれだけ切羽詰まってるファミリーでも、みかじめ料を払ってる一般人を敵と見なしやしねえ。
アントニオ
なんですって?
カポネ
どんなに時代が変わろうと、シラクーザにはいつまでも変わらねえルールがあるんだよ、アントニオ。
まあいい。結局お前はボリバル人だからな。
アントニオ
……
カポネ
しかし、随分早いご到着だな。
イングリッド
貴方の連絡が遅すぎるんだよ。
ずっと近くで待っていたんだから。
カポネ
……
イングリッド
とはいえ、感謝するよ。
カポネ
礼ならラップランドに言えよ。まあ、あいつが何考えてるかはまだわからんがな。
イングリッド
……機会があればね。
カポネ
手伝いは必要か?
イングリッド
行っていいよ。
カポネ
……
アントニオ
……イングリッドさん。
テキサスはとある行政ビルの屋上に立っていた。
裁判所の屋上から飛び移れば、夜風に服の裾がはためく。彼女は地上の騒ぎなど気にも留めず、柵へ接近してターゲットに向けて移動した。
ラヴィニア
あの陸上艦は……ヴェネツィア自工名義で登録されています。
船一隻分の武器を秘密裏に輸送していたなんて……
テキサス
もはや公然の秘密だがな。
ラヴィニア
ラップランドさんの行いは、いたずらに事態を制御不能にするばかりです。
テキサス
あるいはそれが目的なのかもしれない……演技じみた真似をしたがる一匹狼に、理性的な行動など期待できないからな。
あいつの今回のターゲットは私ではない。ゆえにもっと過激な行いをするのではという心配もある。
何しろ、前に言っていたからな。シラクーザのすべては自分の敵だと。
ラヴィニア
行ってください、テキサスさん。
テキサス
……
だが、お前一人では……
ラヴィニア
裁判所に閉じ込められている今、我々にできることは多くありませんし、できる限り潜在的な危険を排除するしかないでしょう。
ですが、ヴェネツィアファミリーとドライバー互助会の目的はいずれも私ですから、私はここに居なければ……そもそも、私にはあなたほどの腕前はないですしね。
エイレーネさんは……しばらくの間は、何もしてこないと私は信じています。
ラップランドさんに関しては……
テキサス
私に任せておけ。
ラヴィニア
とはいえ、陸上艦が地面を破壊し、広場は混乱を極めていますし、裁判所の扉も塞がれている状況です……
どうやって彼女のもとまで向かうのですか?
テキサスはふと、ペンギン急便の友人たちが少し恋しくなった。
クロワッサンがいれば、盾を手に道を切り拓き、混乱する群衆へと突っ込んで、道を作り出していただろう。あるいはエクシアがいれば、突拍子もないアイデアを思いついていたかもしれない。
テキサスは大まかな方角を確認し――
深呼吸すると、飛び降りる。
ラップランド
(拍手をする)
ワーオ、ユニークな登場の仕方だね、テキサス。
テキサス
なんだ、お前の一人舞台を邪魔してしまったか?
ラップランド
アハハッ、そんなわけないでしょ。だってキミは、ボクに急いで会うために飛び降りてきてくれたんだから。
足が折れたりしてないか、医者を探してきてあげようか?
ああでも、今は医者も来られないかな。とりあえずその辺に座っておいてよ。
テキサス
……
どこに座ればいい?
この甲板の飾りつけは……まるでステージのようだな。
それに、新しいスーツまでわざわざオーダーメイドしたのか?
ラップランド
カルネヴァーレだからね。
どうだい、キミのより素敵でしょ?
おーい、ガンビーノ!
ガンビーノ
はぁ……はあ……
ラップランド
キャンディは配り終わった?
ガンビーノ
……まだ船倉に少し残ってる。
ラップランド
ちょうど船倉にキャンディを盗みに来た子供がいるから、対処してきてよ……キミの後をつけて潜り込んできたみたいだし。
客席の最前列は、ボクとテキサスのために取っておいてね。
ガンビーノ
……
カエサル
あの可哀そうな子をご覧なさい。すぐそばで箱が壊れたせいで、中に入っていた武器の半分が胸に飛び込んできてるわ。
あの唖然とした表情を見るに、あれが何の道具かもわかっていないようじゃない? あら、向かいにいたマスクの人たちがあの子に気付いたわ。あの子、無意識に銃を構えたけれど……
ザーロ
ようやく口を開く気になったようだな、カエサル。
カエサル
それも当然でしょう?
口を利きたくなかったのは私だけじゃないのよ。アンニェーゼや、バーゴも……あなたの若い狼が現れるまでは、あなたの喉笛を噛み千切ってやりたいほどうんざりしていたんだから。
それで? これがあのラップランドという子が私たちに見せたかったものなのかしら?
けれど、あの飾り付けられた通りや、大げさな礼砲と花火に比べれば幾分かマシというくらいのものね。
「人間のゲーム」というのは、今に至るまで人間たちがあのバカげたマスクを外そうともせず、本性を見せようとしていないあの状況を言うのかしら?
だとしたら、すべての狼主が今夜一堂に会するに値するほどのことなの?
ザーロ
焦っているのか? カエサル。
カエサル
うーん、焦っているとしたらバーゴのほうでしょうね。
あなたの助けがあったおかげで、レッドは今頃例のサルトリアを――「デ・モンターノ」を見つけているはずだもの。
バーゴ
……
ザーロ……狼主の恥さらしめ。
ザーロ
ハハッ、バーゴ、わが同胞よ。狼主の間でそのような感情を抱くべきだと思うのか?
ましてや、真の意味でルールを破ったのはそちらのほうだろう。
お前は直接ゲームに干渉したのだ。極東の犬に頼んで寄こさせた殺し屋が、街中でカエサルとアンニェーゼの牙を襲撃したわけだからな。
バーゴ
フンッ。
カエサル
今回のゲームではイレギュラーなことが起こりすぎたわね。バーゴにアンニェーゼ、別の考えを抱いている同胞は一匹ではない。どうやらゲームそのものを見直す必要があるようだわ。
だけど――
バーゴ
……!
甲板の上で気だるげに身体を横たえていた群狼が突然動き出した。
カエサルを先頭に、狼主がバーゴとアンニェーゼを取り囲む。彼らは入れ替わり立ち代わり、身体を低く伏せ、荒々しい雄たけびを上げた。
残念ながら、騒々しい夜風のせいで、地上の人間には狼主の狩りの物音は聞こえなかった。だが、そうでなければ言い知れぬ恐怖がたちまち彼らを飲み込んでいたことだろう。
ザーロ
ハハハハッ、何年ぶりだろうな。このゲームが牙の殺し合いから、我ら自身の噛みつき合いに戻るのは。
カエサル
……お黙りなさい、ザーロ。
残った三人の牙が姿を現した今、このゲームの勝敗が決するまで、狼主は皆ここに留まり、いかなる手出しもしてはならない!
それを破った者は、群れを離れたはぐれ者と見なされ、今後の無限の歳月を最も残酷な罰を受けて過ごすことになる。逃れることは永遠にできないわ!
狼主たち
これが群れの決定だ!
ザーロ
ならば、辛抱強く見届けるとしよう。
いわゆる「人間のゲーム」というものが、果たしてラップランドの言うように、我らのものより「ずっと面白い」のかどうかをな。
バーゴ
……
カエサル
バーゴ?
ガンビーノ
おい小僧。シラクーザで他人のシマに忍び込んだ奴は、膝から下を切り落とされて一生這いずる羽目になるって誰にも教わらなかったのか?
今すぐ箱の山から離れて、隅っこでうずくまってでもいるんだな。
ルキーノ
……
そうすべきなのはあなたのほうですよ、大男さん。
ガンビーノ
デ・モンターノのガキか?
せっかく見逃してもらったってのに、今度は俺をつけて港まで来た挙句、この陸上艦に紛れ込んでたわけだ。
まさかこの手の才能があるとは思わなかったぜ。
ルキーノ
こうでもしないと、あなたたちがこんなたくさんの武器を街に密輸していたことなんて、知る由もありませんでしたよ! アントニオは一体何を企んでいるんですか?
ガンビーノ
お前の考えは?
ルキーノ
あなたたちは、それでどれだけの人が亡くなるかわかっているんですか?
ガンビーノ
お前はファミリーに入って大物になることに憧れてたんだろ? その大物たちがどれだけのシマと栄光を手にしているかだけを見て、それをどうやって手に入れたかを考えたこともなかったのか?
ルキーノ
おじいちゃんの言った通りだ……
ガンビーノ
俺がお前の立場なら、おとなしく爺さんの言うことを聞いて、ピーピー泣いたあとは良い子でボタンの縫い方を教わってたこったろうな。
ルキーノ
……
あなたたちの好きにはさせません!
ガンビーノ
お前がか?
ルキーノ
く、来るな!
ルキーノが木の板を蹴り飛ばすと、箱の中には赤い糸が精巧な飾り紐の如く張り巡らされており、その先端は彼の手にしっかりと握られていた。
ガンビーノ
……爆薬? こりゃマフィア映画で学んだのか?
ルキーノ
源石爆弾はすべて、一つに結んであります。ぼくがこの糸を引っ張るだけで、あなたの目の前にあるすべての武器がバラバラになりますよ……
ガンビーノ
その前にお前がバラバラになることまでは考えてねえってか?
ルキーノ
……
ガンビーノ
あるいは、ファミリーの大物にはなれねえから、いっそファミリーを懲らしめる正義の味方になろうってのか?
そうなりゃ、明日の新聞の一面には「ヌオバ・ウォルシーニを救った小さな英雄ルキーノ」なんて文字が躍って、市長様が直々に栄誉勲章を授与してくれるかもしれねえな。
そんでお前は「見習いサルトリア」を卒業して、今度は街中の尊敬を集めることになるわけだ……
そこでやめとけ、クソガキ。お前と「目指せ大物ゲーム」なんかをやってる暇はねえんだ。
ルキーノ
……
そ、そんなのどうでもいいんです。
ガンビーノ
何だと?
ルキーノ
自分で起こした厄介ごとは、自分で片づけたいってだけです。それを誰かに知ってもらう必要なんてありません。
ルキーノ・デ・モンターノは、ここで何者になれないまま終わったりなんかしません……最終的にはサルトリアにしかなれないのかもしれませんけど、少なくとも今は、そうは思わないんです!
それと、さっきのあなたの言い方は嫌いです。
サルトリアを舐めないでください! 針と糸でどれだけのことができるか、あなたには永遠にわからないでしょうね!
ガンビーノ
……
やれやれ。
正直、お前のことは少し気に入った。お前を見てると、自分の若い頃を思い出す。
ルキーノ
はい?
ガンビーノ
俺が物心ついたばかりの頃には、覆らない事実が二つあった――シラクーザ最古のファミリーはシチリアだという事実と、ミズ・シチリアが身を引いたことでそれはもはや存在しないという事実だ。
ミズ・シチリアに媚びを売った奴らは徒労に終わって、ファミリーを復興させようとした奴は全員国を追われることになった。「シチリア人」なんぞお笑いぐさだ。
だがそれは、俺の同意もなく、俺に貼られたレッテルになりやがった! 人がお前を「見習いサルトリア」と呼ぶのと同じようにな!
だから、当時の俺は自分に言い聞かせたもんだ。何かでけえことをやろうと。シラクーザにガンビーノ・リッチを、これぞシチリア人だと認めさせなきゃ収まらねえからな!
ルキーノ
ええと、今はどうなんですか?
ガンビーノ
今だって同じさ。
ルキーノ
……
ガンビーノ
お前がただアントニオの思い通りにさせたくないだけなら、今頃奴は随分と思い通りにいかない目に遭ってるだろうよ。
この船はもうあいつの支配下を離れてる。お前は頑張りどころを間違ったんだ、小僧。
甲板にいるイカれた奴が見えるか? あいつの邪魔をしに来るべきじゃなかったな。
ルキーノ
……
そんなことを言って、ぼくが信じるとでも――
……
やっぱり自分は若造だ、とルキーノはそう思った。
ガンビーノは先ほどから、近づく機会をうかがっていたのだ。そのうえ悪いことに、緊張のあまり彼は自分で糸を切ってしまい――
しかし、爆発は起こらず、何も起きはしなかった。その場でただ、ゆらゆらと霧が立ち上ってすべてを包み込んでいく。
そして次の瞬間、彼はガンビーノが逆さまで飛んでいくのを見た。続けて彼の身体も宙に浮き、陸上艦から地面へと降ろされていく。
その時、ため息がかすかに彼の耳へと届いた。
バーゴ
……
マフィアA
*シラクーザスラング*! *シラクーザスラング*! あの白い狼、頭がイカれてるの? 一体何がしたいわけ?
とにかく、部隊を集めて武器を拾うのよ。近くの人員を全部動員しなさい。
それから、陸上艦にも人を割いて送ってちょうだい。あれは私たちのものよ!
マフィアB
了解。
トラックドライバーA
と、止まれ!
エイレーネが言った通りだ、お、お前たちのことは、誰一人通さないぞ!
マフィアB
クソッ、この連中しつこく邪魔してきやがって!
ラップランド
アハハッ、どうやらしばらくは、ボクらの邪魔をする人間はいないみたいだね、テキサス。
テキサス
……
ラップランド
なんだい、その表情は?
ヌオバ・ウォルシーニに暴力を復活させようと企むファミリーの陰謀を暴いてあげたんだから、キミたちはボクに感謝すべきじゃないの?
テキサス
こんなやり方でか?
ラップランド、これは龍門の安魂夜とはまるで違う。あのアーツユニットや爆弾の入った箱は、キャンディボックスなんかじゃない。
政府と不仲なファミリーの構成員数百名が、混乱に乗じて裁判所とシティホールを掌握しようとしている上に、この群衆の中にも、状況の悪化を黙って見ている勢力があとどれだけいることか……
これの意味するところは、お互いわかっているだろう。
ラップランド
死んでも変わらないくらい頑固なファミリーの連中が、死の淵から蘇ってまた街の中で反乱を起こしたことかな?
それとも、ヌオバ・ウォルシーニが、シラクーザのほかの二十二都市と実際には何も変わらないということかな?
あるいは、カルネヴァーレがようやくその名に違わぬ意味を持つようになったってことかな?
テキサス
今この時、広場にはまだ千人近くのトラックドライバーがいる。
この場にいるファミリーの構成員全員が武器を手にしようとしている今、あの一般人たちも自衛のために、奴らと武器を奪い合わざるを得なくなる――
ラップランド
……
ねえテキサス、キミはどうして空から現れることにしたの? 裁判所の扉を封鎖してるのは誰だったろうね?
このカルネヴァーレでマスクをつけているのは、あの死んでも変わらないファミリーの連中だけじゃないんだよ。
テキサス
……
ラップランド
従順に振る舞ってきたヴェネツィアファミリーは、あの武器で都市を支配しようとしている。今この時、キミたちは彼らの陰謀を暴かないといけないし、ドライバーたちは自衛する必要がある……
ボクはただ、誰もが求めているものをテーブルの上に置いただけだよ。
知っての通り、ボクはわざとらしいチェスプレイヤーが一番嫌いでね。ただチェス盤を踏みつけるのが好きなんだ。
今夜はカルネヴァーレ。この新しい都市の一年の成果を確かめるには最良の日だ。となれば、誰にでも自分の意見や要求を表明する権利があるはずでしょ?
キャンディだけじゃみんなを楽しませることなんてできないよ。
ほら、向こうを見て……
テキサス
……
ラップランド
そう焦らないでよ、テキサス。
聞きたいことはたくさんあるだろうけど、その前に賭けをしよう。
テキサス
断る。
ラップランド
それってつまりはオーケーだよね。
テキサス
……
ラップランド
ここに至るまで、キミは恐ろしいくらい冷静だ。
キミは素晴らしい理想を抱いているなんて自慢をしたことはないけど、偶然にも、炎国でもシラクーザでも、常に正義のほうに立っている。
今は11時30分だ。何事もなく進めば、15分後にはパレードが裁判所広場に到着するよ。
それまでの間に、どっちから先に手を出すと思う?
パレードの果てに辿り着いた数十万のヌオバ・ウォルシーニ人が目の当たりにするのは、両者が道を挟んで歓迎してくれる、融和的な光景かな……
それとも、両者が激しくぶつかり合い、至る所に死体が転がって、シラクーザ人のカルネヴァーレが最高潮を迎える瞬間かな?
天気予報いわく、今夜はすっごく良い天気らしいし、急な大雨で血痕が洗い流されることはないからね。