目撃、征服、定義

武装修道士
いたぞ! 全員集まれ、奴らはここだ!
盾を構えろ! 整列! 奴を逃がすな!
パスクアラ
……チッ。
あたし一人相手にするだけで随分大げさじゃん。っつーか、こっちが逃げると思ってるわけ?
修道士に殺意を向けられるのは初めてではなかったが、パスクアラはこの時、二度と逃げるものかと覚悟を決めた。
パスクアラ
――かかってきやがれ!
殺せるもんなら殺してみな!
だが、戦士ではない彼女が全力を尽くしたところで、二人の修道士の攻撃をかろうじて避け続けることしかできはしない。
それもすぐに、避ける余裕すらなくなってしまった。
修道士たちの盾が行く手を阻み、一方で彼女の背後には、立ち上がる力をなくしたティーチがいる。
パスクアラ
ごほっ……あー、残念……
……またあいつらと、くだらないお喋り、できると思ってたのに……
……まあ、いっか……
エリジウム
ちょ、ちょっとちょっと……!
ソーンズを見てない? ついさっきまで、アナスタシオとやり合ってたと思うんだけど!
ウィーディ
……今はアナスタシオしか見えないね。
やめて! 舵を取りながらそんなに強いアーツを使うなんて無茶だよ!
……エリジウムさん!
エリジウム
でも、あいつを探さないと。
ソーンズは実験室で何度爆発を起こしてもピンピンしてたけど、あいつだって生身の人間なんだ。船から落ちたんだとしたら、あんな蒸気もあるし、タダでは済まないかも……!
だからすぐに見つけなくちゃ!
アナスタシオ
アナスタシオ。貴方は彼の苦しみを終わらせ、彼が深遠に引きずり込もうとしていた罪なき人々を救ったのです。
何かを試そうとするかのように、アナスタシオはゆっくりと自分の喉に剣先を当てた。
アナスタシオ
……いいえ、貴方は死に相応しくありません。死ぬまで己の欲望を認識できなかった哀れな人間を一人解放しただけでは、貴方の罪を償うには十分とは言えないのです。
現実を見つめなさい、アナスタシオ。貴方はこの土地にはびこる欲望を根絶するには程遠い。ゆえにこれは当然のことなのです……
武装修道士
……
執行官閣下! 大丈夫ですか?
アナスタシオ
ええ、私は平気です。
皆さんは再度陣形を整えてください。生き残った盗賊を全員殺し、この場にある二隻の船の制御権を奪うのです。
あのフアナという女は、私が殺しに向かいましょう。
武装修道士
ですが、閣下……あの盗賊たちには、報酬を与えると仰いませんでしたか……?
アナスタシオ
報酬を要求してきたときの彼らは、まさしく飢えた牙獣のようでした。
そんな人間たちが、報酬を受け取ったからと言ってアーロンでおとなしく暮らしていけると思いますか?
偽りの優しさとは、往々にしてとても残酷なものなのです。
武装修道士
……仰せのままに!
アナスタシオは、胸が張り裂けるような叫び声と泣き声を聞いた。
彼には、あの船に乗り込み、フアナを殺して、この苦しい足掻きを終わらせてやるべきであるとわかっていた。
だが、彼は動かなかった。
アナスタシオは虚しさを覚えていたのだ。それでも、何が足りないのかは彼にはわからず、ただ漠然と、己の一部がイシドロに持ち去られたかのように感じていた。
振り返り、イシドロの落ちていった空洞を見やっても、そこにあるのは噴出する蒸気だけだ。
真っ白な蒸気が空中で爆発すると、血しぶきのような赤色が舞う。アナスタシオは身を翻して、その場を立ち去ることにした。
次の瞬間、一筋の冷たい光が濃密な蒸気を切り裂いた。
そこにはイシドロの姿があり、全身を覆っていた心相原質が散っていくと、金色の目があらわになった。
アナスタシオは、その両目によく知る輝きを見た。それはアナスタシオと同じ、殺意に満ちた眼差しだ。
イシドロ
俺の幼い頃から、多くの人間が、俺に海とイベリアについて語り聞かせてきた。
海はイベリアの財産だと言う者もあれば、災いだと言う者もあり、またイベリア人の在るべき場所だと言う者もあれば、墓場だと言う者もいた。
ある人は、俺のような人間がイベリアを滅ぼしたのだと言い、そしてまたある人は、俺のような人間こそがイベリアの復興に必要なのだと言う。
さらには、普通に暮らしていくために、一生を海から遠く離れて過ごせと勧める人もいる一方で、海からは逃れられない、海はお前の唯一の故郷だと言葉をかけてくる人もいた。
お前は幾度も、俺の欲望がどうのこうのと言ってきたが――
認めよう。俺は海へ行きたい。
音に聞く海をこの目で見て、征服してやりたい。
そうして俺は、「俺のイベリア」を定義するんだ。
その言葉と共に、イシドロはアナスタシオの首を鋭く突き刺した。
傷口からは鮮血が噴き出して、アナスタシオは安らぎと恐怖を覚えた。
彼は、自らの最も深い罪までもが血と共に身体から流れ出し、再び己の身が潔白なものとなっていくように感じていた。
だが同時に、狂ったように傷口を押さえようともした。
罪を洗い流せたのなら、まだ堂々と生きていてもいいはずなのだ。この血が止まりさえすれば……
だが、彼が罪を償うには、血を流すよりほかにない。
アナスタシオは、自身の矛盾にはたと気付いた。
そこで手を止め、船からまっすぐに、骨の間にある空洞へと落ちていく。
イシドロ
海へ行きたいと思った以上、俺は絶対に海へ行く。
誰にも俺を止めることはできない。
武装修道士
今すぐに武器を捨て、舵輪から手を離せ!
ウィーディ
ごほ、ごほっ……リーフ! あの人たちを足止めして! できるだけ長く!
……エリジウムさん、まだいける?
エリジウム
ごほっ……だ、大丈夫さ……
武装修道士
かかれ!
ウィーディ
……うそでしょ……
この船……さっき直したばっかりだったのに……!
どうしてそんなことするの!!
――まとめて向こうに行ってなさい!
エリジウム
……
すごいね、ウィーディ……
イシドロ
……
エリジウム
ソーンズ!
君、無事だったのか!
まったくもう、心配かけてくれちゃって……!
君って奴は……とにかく無事でよかったよ! 腕は大丈夫? 足は無事? 頭を打ったりしてないかい? ああいや、普段から君の言動はちょっと変わってるけどさ……
……それにしても、今回のことって任務報告にどう書けばいいのかな……
イシドロ
……
エリジウム
まあいいや、とりあえずこの酔い止めを持っといて!
イシドロ
またか? これまで散々もらってきたが……それに、今更飲んでも遅すぎないか?
エリジウム
いやいや、これは今までのより強力だから、きっと役に立つと思うよ。
武装修道士
その年寄りは船から突き落とせ。
こっちのコソ泥は、まだ息があるなら縛っておけ。
コンパスを盗み出した手段について、ほかに内通者がいないかを含めて聞き出さねばならないからな。
パスクアラ
……
フアナ
じっとしていて! 二人ともすぐに手当をするわ。
パスクアラ
……
ルス
それ以上近付いてきやがったら、容赦しねえぞ!
ハビエル
お前らのリーダーは報酬を約束しただろう? なぜ俺たちを攻撃する!
武装修道士
貴様らの処刑を決めたのも執行官閣下だ。
ハビエル
クソどもが……お役人なら約束を反故にしたっていいとでも言うつもりか?
いいか! どうあれお前らのリーダーは死んだ! 奴が船から落ちるのを全員が見たんだ!
武装修道士
我々があの方の遺志を継げばいいだけだ。
ハビエル
お前らに勝算はない! ここで投降して、全員生きて町に帰るか、皆殺しにされるか、どっちかだ!
武装修道士
……
ハビエル
こっちはただ平穏に生きていきたいだけだってのに、それを信じるより無鉄砲に命を懸けるほうがいいって言うのか?
だったらかかってこい!
男が怒号を上げると、生き残った海賊たちが次々と剣を構える。
前に出ようとする修道士は一人としていなかった。
フアナ
ほら、そこを空けて。私が舵を取るわ。
あなたたちをこの峡谷から連れ出すって言ったものね。
イシドロ
いや、俺がやる。
あんたの傷は深い。それに、俺にはコンパスがある。
フアナ
……コンパスが?
イシドロ
俺の腕をコンパスとして使うんだ。原理は後で説明する。今なら、蒸気が噴き出す時間も位置もすべて把握できる。
必ず生きてここを出られると保証しよう。
フアナ
わかったわ。出航しましょう。
エリジウム
どこへ向かうつもりなんですか?
フアナ
ハビエルとあの子たちをここで死なせるわけにはいかないでしょ。
ハビエル
向こうさん、帆を揚げたな。ここを離れるつもりらしい。
ルス
まだ動ける連中で船を動かすぞ!
ハビエル
おい裁判所の、いつまで突っ立ってるつもりだ?
さっさと手伝え!
フアナ
さあ、死にたくなければコンキスタ号についてきなさい!
生きて骸礁峡谷を出るのよ!
最後の蒸気が噴き上がり、それがもはやソルトシップには追い付けないとわかった時、船上の人々はようやく胸をなでおろした。
残った船員は座る者もあれば寝転がる者もあり、思い思いの様子で甲板に身を預ける。
フアナもそこで気を緩め、甲板の上を歩き回り始めた。
そうして、踏みしめた音の違う場所を見つけると、拾った剣で甲板の一部をこじ開ける。そこには、半箱分のラム酒が隠されていた。
フアナ
フフッ! やっぱりね……ここにお酒が隠されてるなんて、誰も気付けないと思ったわ。
ハビー! ここから海までは、そんなに遠くなさそうよ!
だけど、これ以上奥まで進んだら、引き返すのも大変そうね。あなたたちはここで休んでてちょうだい。私とイシドロが、蒸気を避けられるように地図を描いてあげるから、それを見て戻るといいわ。
ハビエル
……
……待ってくれ。
フアナ
どうしたの、まだ何か?
ハビエル
……俺は、みんなに望まない暮らしを強要したくなんてない……あんたと一緒に海に出たいって奴がいれば、引き留める気はない。
だから――フアナさんと海に出る気があるなら、今が最後のチャンスだぞ。
行きたい奴は彼女に続いて、コンキスタ号に移ってくれ!
残りの連中は俺と一緒に町へ帰ろう!
ルス
おいおい……あんたら本気で海に出るつもりなのか? これっぽっちの物資だけで?
そんなの……食料も水も、どうやって手に入れるつもりなんだ? それに船を直す資材も必要だし、薬も、武器も足りないだろ……絶対無茶だ!
疑問に思う船員
ハッ、今更海に出る必要なんてないでしょ……あの人本当どうかしてるよ。死に急いでるだけじゃない……
興奮した船員
本当に行くのか? 今すぐに?
ハビエル
……
興奮した船員
なあ、ハビエル……その、俺さ……
ハビエル
さっきも言った通り、引き留める気はない。自分で好きなように決めてくれ。
俺は望まない人生を過ごしたくはないし、お前らにそれを強要するのも嫌なんだ。
すぐに選んでくれ。日が沈んじまうからな。
人々はそこで静まり返り、二手に分かれた。数名の船員がフアナの後に続いて甲板の縁へと向かうと、再び早足で引き返してくる。
名残惜しげな船員
なあ、兄弟!
実は、タンスの中にカバンを隠しておいたんだが、その中に懐中時計と、金と手紙が入っててな。その手紙を、町にいるアビーに渡してもらえねえか?
それさえ渡してくれたら、金はお前のもんにしていい! だから絶対届けてくれよ? あの子には待っててほしいんだ。俺は絶対、大金稼いで帰ってくるからよ!
目眩がしている船員
アミー、だな? わかったよ……
名残惜しげな船員
アビーだよ、アビー! 赤毛の子だ!
目眩がしている船員
赤毛のアミーか……覚えとく!
意志の固い船員
ねえ、どうして来ないの? 海を見に行きたくないわけ?
疲弊した船員
私は……疲れちゃってさ。腰も悪くしてるし、船のハンモックじゃ眠れないんだ……
町に行って、ちゃんとしたベッドで寝たら本当に気持ちよく眠れてさ……
意志の固い船員
あたしは行くからね。
疲弊した船員
……
うん。またね!
フアナがコンキスタ号に飛び乗れば、次々と船員も続いていく。
ハビエルはまた、数口酒をあおった。
ハビエル
……さよなら。
二隻の船が風に乗り、塩海をゆっくりと進んでいく。
パスクアラ
ねえ、ティーチのことよろしくね。
あの人もう結構な歳だし、今はまだ気を失ってるし、あと数日は横になってないとダメだろうけど、大きい問題はないみたいだから。
エリジウム
あれ、君はフアナさんたちと海に行かないのかい?
パスクアラ
うん。正直海には別に行きたくないんだよね。
あたしはやっぱ、お金に余裕のある暮らしをしたいんだ。海は……あたしには大変すぎるし、船はめちゃめちゃ揺れるしさ。
エリジウム
だけど、これまでずっと彼らを手伝ってきたんでしょ? てっきり……
パスクアラ
フアナがいっぱいお金を払ってくれるって話だったからね。
そのお金を元手にすれば、もっと人脈も広げられるし、もっともっと稼げる方法も見つけられるかもしれないでしょ!
エリジウム
……待って!
パスクアラ
あんまり引き留めたりしないでよ。あたしは、腹黒の卑しいコソ泥なんだから。
あんたの一言で考えを変えたりなんてしないよ。
エリジウム
……
わかったよ。君がいつか、欲しいものを全部手に入れて、良い暮らしをできるように願ってる。
パスクアラ
ありがと、赤髪。
身体についた塩を払うと、パスクアラは二隻の船を結ぶロープに飛び乗った。
パスクアラ
そんじゃ、またいつかね!
その時にはあたし、大富豪になってるかもしんないけど!
ウィーディ
ねえ、エリジウムさん……
エリジウム
……
ウィーディ
エリジウムさん?
さっき、フアナさんとソーンズさんと話してきたの。海に出るつもりだって言うけど、今は船の損傷が激しいから、どうしようかって相談してきたんだ。
それで……私、しばらくはここに残って、修理を手伝うことにしたの。黄金時代の戦艦の骨組みをベースに、大型塩鱗獣を参考にしてフアナさんが設計したこの駆動構造は、すごく貴重な物だしね。
それに、自分の研究成果がこの船を相手に通用するかどうかは試してみたいから。
エリジウムさんには先にロドスへ報告しに戻ってもらって、私は仕事が終わり次第帰るっていう段取りでどう?
エリジウム
一人で大丈夫なのかい?
ウィーディ
大丈夫。確かにここは食べ物も飲み物も少ないし、寝心地だって良くないし、シャワーの代わりに塩で身体をこすることになるけど……私もプロの研究者だから。
魅力的な研究対象があるとなれば、こういう環境も乗り越えられるよ。それに、リーフも助けてくれるしね。
エリジウム
それもそっか。じゃあ、うまくいくように願ってるよ!
ウィーディ
うん、ありがとう。それじゃ、早速図面を引かないといけないからこれで。またロドスでね。
エリジウム
ああ、またロドスで!
フアナ
ふぅ……まさかコンキスタ号がここまでやられちゃうなんて。
エリジウム
まあそう仰らず! ウィーディも苦労して修理に修理を重ねてたので、努力を評価してあげてください。
フアナ
……あなたって、どんな時でもお喋りさんね。
あら、随分気にかけてくれるのね。
エリジウム
だって僕たち、一緒に逃げて、一緒に干した塩鱗獣を食べた仲じゃないですか。もう行っちゃうなら、その前にちゃんとお別れしたくて。
良い旅を。どうかご無事で、フアナさん。
次に会えた時には、お土産話をしてくださいね。楽しみにしてますから。
フアナ
ええ、もちろん。
甲板を歩き回っていたエリジウムは、ふとそばにいたティーチがようやくゆっくりと目を開いたのを見た。
エリジウム
ティーチさん、目が覚めたんですね!
よかった。僕はハビエルさんたちと一緒に町へ戻るつもりなので、その前にお別れを言いに来たところだったんです。
ティーチ
……はは……そうかい、ありがとね……
エリジウム
あなたとしばらく一緒にいて、思っていたんです。ティーチさんって本当にカッコいい女性だなって……時々、うちの隊長を思い出すくらいでした。
あなたの旅が良いものになりますように。無事に海を進んで、波や風と戦っていけるよう祈ってます。
ティーチ
……あんたはいい子だね……
エリジウム
そうだ、おでこちゃんからあなた宛てに、この薬草を預かったんです。煎じて飲むのが一番だけど、水が足りないようなら噛んで汁を飲むだけでも効くって言ってましたよ。
ティーチ
ありがとう……
エリジウムはそれからもまたしばし歩き回り、告げるべき別れはすべて告げたように思った。
彼は二隻の船の間に張られたロープを歩いて渡り、そこからコンキスタ号の船首にまっすぐに立つ一つの影を――
彼の「ブラザー」を見た。
エリジウム
……
そして、エリジウムはイシドロに向けて遠くから手を振った。
エリジウム
またね、ブラザー。
ソルトシップがゆっくりと進んでいく。船上の人々は次第に口を閉じて、慣れ親しんだ人や物が少しずつ遠ざかっていくのを見つめていた。
そのうちの数人は、急に考えを改めたかのようにもう一隻の船へと飛び移ろうとしたが、遠のいていく距離を見て後ずさるよりほかになかった。
人々はそうして、離れていく船を遠く眺める。
ルス
ハビエル、見ろ! コンキスタ号のマストを!
ハビエル
……
ははっ……はははははっ……
高いマストの上では、フアナが夕日を背にスカートをはためかせていた。
太陽の光が、彼女のスカートを金色に縁どっている。
そして、風は塩海に大雪を降らせるように、真っ白な塩粒を巻き上げた。
どちらに進む船にいようと、皆の視線は踊る彼女の姿へと集まる。
彼らはそれを無言で見上げ続けていた。けれど二隻はすれ違い、やがて人々の目は、真っ白な塩の海と、徐々に近づく、あるいは遠のく夕日を見つめるばかりとなった。
離れ行く船に乗る人が、塩粒ほどの大きさになるまで、彼らはそれを見つめていた。