油潑撦麺
朝早く。小さな料理屋の外にはまだ人気がなく、落ち葉の上で飛び跳ねる数羽の羽獣がいるだけだ。
向かいの大理寺の夜警が大きなあくびをすると、驚いた羽獣は四方へと飛んでいった。
小さな料理長
ふぁーあ、うぅ……
循獣に厨房の小麦粉を全部食べられちゃう悪夢を見た。こわい……
ホァン
おはよー!
どうぞ!
小さな料理長
……作れるようになったの?
その目のくま……まさか一晩中作ってた?
ホァン
はは、一晩中ってほどではないよ。夜中過ぎくらいまで……シィンズゥちゃんはまだ寝てるよ。
余計な話はいいから、早く食べてみて!
小さな料理長
えーっと……あれ?
生地のこね方を習得できなかったから、乾麺を使って誤魔化そうっての!?
ホァン
これはそんじょそこらの乾麺じゃないよ。シィンズゥちゃんと一緒に売ってる乾麺を片っ端から調べて、君の作った麺に一番近い食感のやつを厳選したんだ。
当然手打ち麺に比べたら、食感は若干劣るけど、シィンズゥちゃんがスープのレシピに少し調整を加えたんだ。君が作った味と大体同じだって保証するよ。
小さな料理長
そんなの邪道じゃないか。その場しのぎに、しかも私のレシピを勝手に変えるなんて!
ホァン
頭ごなしに結論を出す前に食べてみてよ!
小さな料理長は眉をひそめ、箸で麺を数本摘まみ上げると、慎重に香りを嗅いで、口の中へと運んだ。
小さな料理長
……あむ。
ホァン
どう?
小さな料理長
……うーん。
ホァン
何か言ってよ!
小さな料理長
あんたたちは……どうしてこれでいけると思ったの?
ホァン
一番の理由はシィンズゥちゃんのお腹と背中がくっつきそうだったからだよ。麺で時間を無駄にするくらいなら、君のレシピを使って私に作れる一杯を作ってあげた方がいいと思ったんだ。
後々考えてみたんだけど、長寿麺で一番大切なのは味じゃなくて、食べてる人が誰かに祝福されていると感じることなんじゃないかって思ったんだよね。
君の製麺技術を習得できない人だっている。けど、乾麺でも自分や家族を祝うことはできる。これこそ長寿麺の意味だよ。
ほら、この金色に輝いた麺を見て、君が作ったものより豪華に見えない?
うぅん……もちろん、その場しのぎだっていうのは事実だけど……
小さな料理長
「祝福されていると感じること」って言うけど……自分がそれを作れたと思ってる?
ホァン
うーん……多分?
昨日の夜初めてこの料理をうまく作れた時、シィンズゥちゃんと分け合ったんだ。私は食べてうれしくなったし、あの子もこっそり涙を拭いてたんだよ。
小さな料理長
手打ち麺を乾麺に変えることで、ごま油と塩の量もそれにあわせて調整したんだね。頭を使ったみたいだ……あのお嬢さんの舌はなかなかすごいね。
でも,乾麺は茹でた後に冷水でしめる必要がある。やってはいるけど、水を切ってないでしょ。
冷水が残りすぎると、スープの温度が下がって、麺全体の食感に影響するよ。さらに磨きをかけるなら、次からはこうした細かいところも気を使うんだね。
ホァン
あっ……分かった、覚えておく!
ていうか、それってつまり……
小さな料理長
待った。調子に乗らないでね。あんたが色々知恵を絞ってるのを見て、これからも教えてあげることにしただけ。
生地をこねる練習は続けなきゃいけないよ。まさかほんとに乾麺で大会に参加するつもりじゃないでしょ?
ホァン
へへ、分かった!
小さな料理長
今のは単に師匠が甘いから、弟子の成長を見れたって思って認めただけだよ。お客さんを満足させることができるかどうかは、まだテストが必要なんだ。
ホァン
それって……どうやってテストするの?
小さな料理長
後でお客さんが来て麺の注文が入ったら、あんたが作るんだ。
もしお客さんが美味しくないと言ったら、練習を続けなよ。
ホァン
……今すぐ行ってくる!
ホァン
お客さん! 当店新メニューのスペシャル長寿麺はいかがですか!
着飾った客
今日は誕生日ではないのですが、なぜいきなり長寿麺を食べろと?
ホァン
えーっと……メニューの試食をしてもらってて、お客さんに無料で食べてもらってるんですよ!
じゃなくて……もし満足していただけたら、やっぱりお金を払ってほしいんですけど、じゃないと店長に怒られるので……
着飾った客
面白い、このお店にはこのような商売方法もあるのですね。
その長寿麺をここに置いてください。注文しましょう。
ホァン
(熱い眼差し)
着飾った客
ふむ……まだ何か?
ホァン
な、何でもありません! 食べ終わった後に感想を聞きたくて。
着飾った客
分かりましたよ……ではいただきましょう。
客は箸を手に取り、麺、青梗菜、刻みネギと順に挟むと、じっくりと味わった。
彼の動作は優雅であったが、それほど経たぬうちに椀の底が見えてきた。
ホァン
お味はいかがですか?
着飾った客
ええ……美味しい、非常に美味しいです。
ホァン
ほ……ほんとに!?
着飾った客
スープが非常に味わい深く、用いられている食材もとても凝っていますね。もう一日煮込めば、さらに完璧な味となるでしょう。
しかし私はかなりお腹が空いているので、それほど長くは待てません。その「完璧さ」のために丸一日待てば、恐らく飢え死にしてしまうでしょう。
彼は完璧な味を求めていますが、客はそれを待てないのです。
たとえ私が待とうとしても、これ以上待てないこともあります。
ホァン
それって……
着飾った客
お気になさらず、今の言葉をそのまま店主にお伝えください。
客が立ち上がる。着ている服の模様がきらきらと輝き、彼の周りで光が反射しているせいで、表情ははっきりと見えない。
ホァン
ちょっと、お客さん……お会計がまだですよ!
着飾った客
ツケにしておいてください。
ジィン教授
君が一体何を調べたいにせよ、ここを出たら、その資料は学宮から入手したと決して言わないことです。分かりましたか?
リン・チンイェン
はい……
ジィン教授
どうしました? ほかに何か聞きたいことでも?
リン・チンイェン
姉様は……1062年の、あの殺害事件を覚えていますか。
ジィン教授
……それは気軽に話していい話題ではありませんね。
リン・チンイェン
ふと思い出したもので。
姉様のおっしゃる学界の制度改革を支持して無数の貧しい学生に恩恵をもたらした太師と四十年前に君主殺害の謀反を企てた太師は、本当に同一人物なのでしょうか……
ジィン教授
……その質問には答えることができません。己が理解していないことについて、私は決してみだりに発言をすることはしませんから。
私は太師にお会いしたことはなく、民生や政治に関する彼女の著書を読んだことがあるだけです。そうした書籍からでも作者の見識の深さ、学識の広さが窺え、大いに得るところがありました。
しかし、人を一概に論じることはできないでしょう。
リン・チンイェン
その発言はつまり、姉様も当時の事件の結果を完全に信じているわけではない、ということですよね?
ジィン教授
チンイェン、君の表情は昔から隠し事が苦手ですね。
君はやはり……
リン・チンイェン
大理寺の文献に不明瞭な事件があってはなりません……それがどれだけ大きな事件であろうと。
これが大理寺少卿の務めです。
ジィン教授
君がしようとしていることを止めはしません。しかし、何があろうと自分の身をしかと守ってくださいね。
はぁ……ご両親が山ごもりする前に、君の面倒をよく見るよう頼まれたのです。君にもしものことがあれば、二人に合わせる顔がありません。
リン・チンイェン
子供でもあるまいし、いつまでも面倒を見てもらうなど――
ジィン教授
若い頃は誰もがそう考えます。しかし母親としてラウくんの成長を日々見守っていると、心に石を載せられたように思うものですよ。
年長者にとって、子供の安否を気にかけるのはこれ以上なく当たり前のことです。
しかしもし、私が君の「安否」を慮って、大理寺少卿の務めを果たそうとするのを阻めば、それこそ二人は本当に私を責めることになるでしょう。
リン・チンイェン
感謝します……姉様……
ジィン教授
はぁ……君は私をしきりに姉様と呼びますが、私からしてみれば、君はずっとラウくんと同世代の子供ですよ。
リン・チンイェン
そういえば、玉門はすでに百灶に近づいていますが、ここ数日、左(ズオ)将軍には会われていないのですか?
ジィン教授
事態はすでに差し迫っていますからね。兵部は日夜会議と研究で、彼も最前線で指揮を執らねばならない立場です。
私も彼も、手前勝手に持ち場を離れることはできません。
リン・チンイェン
……
この争いは……本当にどうしても避けられないのでしょうか?
ジィン教授
それは私が決定できることではありません。
兵部参知としての私の職責は、努力し得るところを尽くして、戦争の結果をできる限り正確に演算することです。私情を抱けば、それは炎国幾千幾万の民草に対する責任を放棄したことになります。
君が自らの職責において一歩も引かぬのであれば、それは私も同じですよ。
リン・チンイェン
全てが無事に進むよう願っています……
ジィン教授
そこまで深刻な顔をする必要はありません。避けられない結果であるなら、どんと構えた方がいいでしょう。
もしも中秋節に一人でいるようなら、うちへご飯でも食べに来なさい。
リン・チンイェン
はい、必ず……
ジィン教授
待ってください……突然思い出しました。
君はさっき、学宮のデータベースを変更できるのは誰かと聞きましたよね?
極端な例ですが、確かにそのようなことが……
リン・チンイェン
それは……
ジィン教授
いや、変更とは言えません。しかし学宮内の特定の資料が完全に消失したのなら、それはある場所へと移動したに違いない――
……刑部死刑囚監獄。
ズオ・ラウ
……
父上はいないのか……?
前にここに来てからあっという間に半年余りが過ぎ去っていた。部屋の設えは変わらないが、砂盤の上の戦火を象徴する記号だけがまたいくつも増えている。
孤城拒守し、両者は相(とも)に遙かに望む。
???
公子……
聞き覚えのある重々しい声が背後で響いた。
ズオ・ラウ
タイホーさん!
お……お怪我は?
タイホー
半月前にかろうじて動けるようになり、ようやく一日中床に臥している必要がなくなりましたな。
ズオ・ラウは記憶にある姿とはまるで異なるタイホーを呆然と見つける。
風が彼の外套の端をめくり、大きな服の下の痩せこけた体がのぞいた。
かつて鉄でできたようだった男が、今や城壁のを吹く風にも耐えられないように痩せて骨ばっている。
ズオ・ラウ
タイホーさん……
タイホー
この身の武芸は外物にすぎぬ。我は依然粛政院の監察御史であり、心に抱く志を振るう機会はある。
それでもなお公子が案ずるというのであれば、それはこのタイホーを見くびっております。
ズオ・ラウ
いえ……そんなことは……
タイホーさんの才は、たかが怪我で失われるものではありません!
タイホー
……
して公子、半年余り見ぬ間に、いくらかたくましくなられたご様子ですな。将軍がご覧になれば、喜ばれることでしょう。
ズオ・ラウ
そうだ、父は……?
タイホー
将軍はここ数日司歳台と兵部との会議に出づっぱりで、片時も暇がありませぬ。
ズオ・ラウ
現在の情勢は……
タイホー
目前に迫っております。
ズオ・ラウ
……朝廷の態度は、犠牲を厭わず争うというものですか?
タイホー
大荒城の異変の後、歳獣の一件はもはや司歳台の制御できるところにありませぬ。
朝廷の内閣および六部はまだいくらか意見の対立はあるものの、態度はすでに明確――
後患は永遠に絶つべし、と。
ズオ・ラウ
しかし、この一戦の後に待ち受けているのは……
ズオ・ラウ
先月初め、他の持燭人が百灶付近にて、かの罪人の痕跡を発見したと聞きました。
タイホー
左様……我も聞き及びました。
朝廷はすでに厳重な警戒態勢を敷いており、多数の禁軍が出動しています。
ズオ・ラウ
禁軍までも……
タイホー
かの罪人の手段は予測困難であり、現時点で最も差し迫った脅威です。
ズオ・ラウ
推測ですが、恐らく……
現在百灶には、もう一人の代理人がいます……
その「年齢」が最も低い代理人は誰よりも特殊な者でもあります。
司歳台の観測によると、彼はあの陵墓から出て以来、一度たりとも権能を行使していないようです。司歳台も彼をどうしたらいいか分からずにいます……
唯一疑わしい点は――彼が百年前、望(ウァン)の脱獄後に百灶にやってきて、以来ずっとこの地に留まっていることです。
ウァンはかねてより頻繁に他の代理人と接触しています。彼が今回戻ってきたということは、恐らく百灶に残っている代理人も彼の計画のうちなのでしょう。
タイホー
公子はどうされますか?
ズオ・ラウ
分かりません……ですので、まずは行かねば。
――この目で見なければなりません。
ホァン
ふぅ……完成!
どう? 工程は野菜を洗うところから全部ばっちり覚えたよ! 助けは全く必要ない!
ぜーんぶシィンズゥちゃんが解決方法を編み出してくれたおかげだよ。麺をこねる前に氷水に五分間手を浸しておけば、私でも問題なくこねられる!
シィンズゥ
はい……見た目も申し分ないですし、お味も料理長のものとよく似ています。
小さな料理長
まずまずかな。本物と見分けがつかないレベルには、まだまだだけど。
私が長年かけて得た技術だよ。料理をしたことない人に簡単に習得されるようなら、何のためにやってきたか分からなくなるじゃないか。
ホァン
これだけ何日も頑張って、明日はいよいよ大会なんだよ。励ましの言葉くらい言えないのかな……
小さな料理長
あんたが調子に乗るのが心配なんだって……でもまあ、やる気があるのはいいことか。モー・ブフーを目にした途端にビビって包丁も握れなくなるよりはね。
何も恐れることはない。年寄り風を吹かすモー・ブフーには、若者のすごさを見せてやればいいんだ。
ホァン
分かった!
準備は全部整った、明日は鼎豊楼で決戦だね。