長寿麺
生まれながらに、全てを担うことが定められている者がいるだろうか。
父上は生前よくこの宮殿の高楼に立ち、兄様はそのそばにあった。
父上は常々言っていた。水よく舟を載せ、またよく舟を覆(くつがえ)す。身を此の百尺の危楼に処(お)くも、また是れ万丈の深淵に臨むなり。
かつて父上は、その場でじっと眼差しを向け続けていた。目の前の都市、あるいは遠く広がる国土へ――
見えるもの、そして見えないものへと。
目の前の都市は日毎に繫栄を極める。一方で父の体は段々と背が曲がり、髪髭も霜雪の如く白々と色を変えた。
私は知った。父は老いたのだ。
私の耳には世で囁かれる様々な声が届き始めた。
「真龍は独断専行の限りを尽くし、ことごとく悪政を行う。長く続けば、炎国はいずれ滅びるだろう!」
「殿下、なにとぞ社稷を重く見てください。真龍を諫め、悪政を取り除き、天下と共にやり直すのです!」
人心は不安に揺れている。
私が何かをせねば……
されど、いかにすればいいのだ? 誰を信じればよい?
私はある人物に思い至った、策に過ちなしといわれる伝説上の「人物」だ。
あの古寺はとうの昔に寂れ、求める者は去った後だった。だが私は手を尽くし、一つの黒石の所在を見つけた。
「何を求める?」
「炎国のため、我が兄のため、局面を打破する策を。」
「なぜ私がお前に力を貸さねばならん?」
「力を貸せば、将来、私もお前の命を見逃そう。」
「面白い……若き龍よ、肝が据わっているな。」
「局面を破ることは難くない。しかし何事にも必ず取捨がある……お前はその代償を担えるか?」
太師の協力を得て、兄様は最後にはやはり赤霄の剣を携えて禁城に入った。
六軍は退き、阻む気を起こす者すらいない。
当時禁城で一体何が起きたのか、知る者もまたいない。
父上は死んだ。
兄様は皆の前から姿を消した。
……何故だ?
これより後、残るは私一人だけか?
真龍
この麺は何だ。
ホァン
陛下のために作った「長寿麺」だよ。食べてみて?
真龍
……何故?
ホァン
実は今日が陛下の本当の誕生日なんでしょ?
あるおちびさんが教えてくれたんだよ。真龍の誕生日は中秋節の翌日だって。だけど無用な出費が嵩むのを防ぐために、自分の誕生日を中秋節と一緒に祝うようにしたって――
誕生日を隠すっていうのは、私も理解できるんだよね。
けど、誰よりも偉い立場にいる人が、自分の誕生日をいつ祝うかすら色々考慮して自由に決められないなんて、随分と可哀そうな話だよね。
真龍
お前……
お前のことは知っている……
危険を冒し、代償を厭わず、命さえも顧みずにここまでやって来るのであれば……
私に言いたいことがあるのだろう。
ホァン
もちろん。
一度も会ったことのない人なのに、自分の今までの人生にすっごく深く関係しているなんて、何とも言えない感覚だよね。
だからここまで会いに来なければならなかった。
本当なら昨日の宴で長寿麺を出すつもりだったんだけど、色々起きて計画が狂っちゃった。
けど、結局これでよかったのかも。麺を食べてもらうにはちょうどいいタイミングだし。
分かってるって。こういうのが炎国人の習慣なんでしょ。大事なことは食卓で話すんだよね。
食べてみてよ。食べ終わったら、聞きたいことがたくさんある――
君からの、答えが欲しい。
ユー
けほけほっ……ぺっぺっ。なんでこんなに机に埃が溜まってるの。もうちょっとで口に入るところだったじゃないか。
ウァン
お前……?
ユー
私だけど。その態度はなんなの。私に会いたくなかった?
ウァン
……予想外だっただけだ。まさか、最後に止めに来る者がお前とはな。
ユー
止める? そんな余計なお節介なんて、しやしないよ。
うちの世話の焼ける兄ちゃんが、長いこと帰ってこなかったもんでね。この機会を逃さないようにご飯を食べさせてやろうってだけだよ。
百年ぶりに帰ってきて、一番最初にすることがこのぼろ寺に来ることだなんてさ。まだ閉じ込められ足りないの? もしかして、実はこういうのが結構好きだったりする?
ウァン
この対局は、この場所にて始まった。だから終わりも――
ユー
はいはい。ほら机を片づけてよ。椀を置く場所もないじゃないか。
ウァン
……どういうつもりだ?
ユー
ご飯を食べるんだよ。ほかに何があるの?
ウァン
私が何をしに行こうとしているか、知っているのか?
ユー
……何をしに行くにしたって、お腹はいっぱいにしないといけないでしょ?
実に静寂な夜だった。
遠くで甲冑が小刻みに鳴り、月明かりの下で銀色に光る刃を思い起こさせる。数羽の羽獣が驚き、澄んだ鳴き声を上げる。静寂に響く音が古寺のうら寂しさを際立たせた。
屋外にいる者はそれ以上の行動を起こすことなく、ただ命令を待っている。屋内にいる者が答えを出すのを、静かに待っている。
ユー
兄ちゃん、ずいぶんと偉くなったよね。ご飯を食べるだけなのに、こんなにたくさんの付き添いがいるってさ。
月は十五夜よりも十六日の方が丸いんだ。昨日食べ損ねた団欒の食事を今日したって別に遅くはないさ。
ウァン
……
ユー
ウァン兄ちゃん。どうせ焦ってもいいことないんだし、腰を据えてご飯を食べてから行きなよ。
ホァン
本来は存在すべきでない人物がいるから驚いてるの?
真龍
いや……
私は長きにわたりお前の行方を探っていたのだ、本当に長く……
だが想像していたよりも遠くに連れていかれ、厳重に隠されていたのだな。
ホァン
私も昨日まで知らなかったよ。自分が生きているのは、代償を払ってくれた人がいたからだって。
背景にある紆余曲折は、陛下でも想像するのが難しいだろうね。
ところで、ここまで来る間に誰にも邪魔されなかったけど、きっと陛下がそうなるように手配してたんだよね。
つまり、陛下も私に話したいことがあるんでしょ?
真龍
お前がここに現れた。それ自体が答えである。
お前が多くの疑問を抱いているのは知っている。
問うがよい。どのような質問であれ、許す。
ホァン
許されるのか……私がここに立っているだけで、陛下の怒りを買うかと思ってたよ。
正直に言うとね、陛下は私の想像してた姿とは結構違ってた。
てっきり伝説の真龍はもっと威厳があって冷たくて、人間味がないのかと思ってたよ。
真龍
……不敬な。
誰と言葉を交わしているかを理解しているのか?
ホァン
これも正直に言うと、あんまり分かってないんだよね。何せ半月前まで、陛下は私にとって物語の中の人だったから。
私がまだ小さい頃に歴史故事やら、神話伝説やら、親父は炎国のお話しをたくさんしてくれた。どの物語にも、賢明で勇ましい統治者がいた。
統治者は常に民草のために日夜働いているんだ。
彼はこの国の全ての重要な事柄について決断する必要があって、彼が発する法令の全てに公平公正が求められる。彼の統治の下で、炎国は栄えていた。
時々、親父に聞いてたんだよ。そんなに炎国が恋しいのに、どうして帰れないのかって。親父の言う炎国が一体どんな場所であるのかにも、とても興味があった。
ここ数日、百灶をしっかりと自分の足で回ってみたんだ。ここには繁栄した移動都市があり、人々の多くが平穏に暮らしていて、仕事にも勤しんでいる……
だから、親父の話は嘘じゃなかったと思う。陛下はきっと良い統治者なんだろうね。
真龍
お前の「父」は……
ホァン
多分覚えてないと思うよ。陛下にとっちゃ無名の下っ端ですらないだろうし。十年前に陛下の逆鱗に触れたあの料理でさえ、覚えておく価値はないかもしれない。
親父って言ってるけど私の実の父ではないんだよね。彼は「道義」上、無辜だと思った子を救ったにすぎない。
彼もきっと良い人だったんだと思う。
真龍
グー・チュエン。
覚えている。
全て覚えているとも。
ホァン
実は陛下以外にも、親父が語ってくれた物語には、もう一人よく出てくる人物がいた……その人はたくさんの人の先生だったって言ってた。
親父はこう言ってたんだ。彼女は炎国のために慎み深く献身的に尽くし、民草の暮らしをより良いものに変えて、自分と同じような貧乏学生たちに学習の機会を与えてくれたって……
百灶に来てたくさんの物語を聞いてようやく、彼女は物語の中の人なんかじゃなくて炎国にかつて本当にいた人なんだって知った。
最近になってやっとその人が……私の親族だって知った。
真龍陛下、「彼女」のお話を聞かせてもらえないかな。
真龍
彼女は炎国の三公の一人である。誰もが高山の如く仰ぎ見て、厳正で屈せず、万世にわたる手本……世に言う「太師」だ。
彼女は炎国一の知恵者で、誰よりも学識高い人物であった。当時朝廷が発布した法令の多くが、彼女の決定に頼ったものであった。
彼女はかつて多くの者の師であり、私の師でもあった。
ホァン
多くの者の師……
親父は、彼女の門下で学んだのは数日だったけど、幸運にも彼女の「一言の恩」を受けたことがあるって言ってたよ。
その一言は炎国の古い言葉で、大体の意味は、この世の正誤は立場によって変わるけど、人が貫くべきは心の良知だというのは変わらないっていう話だった。
真龍
「世事は詭(みだ)りに随ふ、謹んで良知を致せ。」
……彼女は私にもその言葉を伝えたことがある。
ホァン
彼女から何を教わったかも聞かせてもらえる?
真龍
人たるの道、臣たるの道、君たるの道。
ホァン
なんだか複雑そうだよ。何が違うの?
真龍
民たるの道は、心を正しくし、徳を明らかにし、身を修め、家を斉(ひと)しくす。臣たるの道は、忠を尽くし節を尽くし、国を憂ひ民を憂ふるなり。
君たるの道は……民を以て重きと為し、己を以て軽きと為し、精を励まして治を求む……
天下の事を決し、天下の計を為す。一言(いちげん)九鼎も、また是れ進有りて退無し……
ホァン
それって、君主の地位に就いたら、全ての権力を持ってるけど、過ちを認める資格だけは失ってしまうってことかな?
真龍
……
ホァン
炎国の真龍、あなたに聞きたい。
そのような善良な人物が、どうやってあなたたちの言う「権力を奪い反逆を企てる」罪臣になったの?
陛下は太師は冤罪だと思う?
真龍
いや……
いや。
違う。
彼女は、冤罪であったか?
あれは答えではなく、解法の一つであった……
真龍
一人の犠牲と引き換えに、国、そして民草の安定を得る――
ホァン
真龍陛下、この長寿麺のお味はどう?
真龍
……どういう意味だ?
ホァン
人は悲しい時、どんなに美味しいものも喉を通らないって聞いたんだ。
……後悔してるの?
ズオ・ラウ
はぁ……はぁ……
こちらに、いらっしゃると伺いまして……参上いたしました。
太傅に……ご挨拶申し上げます……
緊急で、報告したいことがございます……
太傅
……ズオ・ラウ。
ズオ・ラウ
つい先ほど、炎国の外から戻った巨獣学者たちの調査情報をまとめました。
炎国北東、北、西の三つの方位、計五匹の巨獣に、目覚めの兆しがあります……
揃いも揃ってこの時に起きたこと、偶然では説明がつきません。
現時点では、まだかの罪人の画策とどのような繋がりがあるかは判然としませんが……今歳獣との戦争が勃発すれば、手に負えなくなる可能性があります!
太傅
……
ズオ・ラウ
泰然とされたご様子……まさか、これも想定の内でいらっしゃったのですか?
太傅
……あやつは百年をかけて場を整え仕掛けてきた、これはあからさまな謀略と言えよう。
これだけのことを行いながら、あやつが求めているのは共倒れの結果であるはずがない。
ズオ・ラウ
しかし、彼はすでに百灶に身を置き、歳の陵墓からほんの一足の距離にいます。もしこのまま我を通すようなことがあれば……
太傅
そのようなことがあれば、炎国とて一戦交えることを辞さぬ。
ズオ・ラウ
……百二十年前の都も、このような光景だったのでしょうか?
太傅
……
ズオ・ラウ
百二十年前、かの罪人は歳の陵墓に侵入し、己一人の力で歳獣に残された意識を滅ぼそうと目論んだ。その結果、一人の代理人が命を落とし、歳獣も目覚め始めた。
しかし司歳台の記録をどう調べても分かりませんでした……彼は一体どのように歳の陵墓に入ったのですか?
当時彼が歳の陵墓に入るのを手伝った人物は……誰ですか?
ユー
箸が動いてないけど、口に合わなかった?
ウァン
無用な行いでしかない。時間の無駄だ。
ユー
急いでるのは分かってるよ。でもご飯を食べる時間くらいは取れるでしょ。まったく……作った本人ですら時間がかかったことに文句言ってないのに。
このスープのために、私がどれだけ準備したか知ってる?
ウァン
どれだけだ?
ユー
ウァン兄ちゃんが去った日から数えたら……百年くらい? 食材探しや構想する時間も入れたら、もっと長いだろうね。
ウァン
それだけ長く準備を行い、お前の求める「味」は見つかったか?
ユー
いいや、見つかってないよ。そんな簡単に見つかるはずないでしょう?
見つかってはないけど、ある道理は理解したよ。
この世に……完全無欠な料理なんてないんだってね。
この鍋のスープをどれだけ煮込んだところで、それだけで足りるくらい全ての味を中に閉じ込めることはできない。一回の食事で出される料理の中の一つにすぎないんだから。
それに宴席でどんなに種類豊富な料理を出したとしても、楽しめずに満足できない人は必ずいる。
でも構わないんだ。人は食事を終えれば、自ずと次の食事のことを思う。そうやって何か一つ期待する気持ちがあってこそ、日々の暮らしに希望が生まれるものなんだよ。
ジエ姉ちゃんの言葉を思い出したよ……「大成は欠くるが若し」。こういう意味だよね?
「水は満つれば則ち溢れ、月は満つれば則ち虧(か)く」……ウァン兄ちゃん、ジエ姉ちゃんが付けてくれた望という真名がどういう意味だったかまだ覚えてる?
ウァン
……やはり、思い留まらせに来たのか。
ユー
今話していることは、私自身への言葉でもあるんだよ……
あの陵墓から出た時、「人」はどう生きるべきか、「獣」はどう生きるべきか、私にも違いが分からなかった。
私は長い時をかけて周りの様々な人を見てきた――身分の高い人も低い人も、とにかく誰もかれも見た。いつの時代も、この世の人々は大体がつまらなそうで、楽しくなさそうなんだ。
そう、この世で生きていると、苦しみはあまりに多い。老いや病、生と死、離合集散、求めてなお得られぬ苦しみ、愛する者との別れ……それに比べて、幸福や喜びはとんでもなく少ない。
人は幸福や満足を欲しがるけど、物語に出てくる全知全能の神様なんていないからね。大体がどうしようもなくて、無力を感じることばかりだ……
それで数え切れないくらい何度も何度も不思議に思った。ありとあらゆる苦しみが待っているなら、人が生きることに何の意味があるんだって。
また長い時が経って、ようやく分かったんだ……
悲しみがなければ喜びもない。命が失われる時の悲哀なくして、命が生まれる時の喜びはどこからやってくるの? 別れの時の名残惜しさがなければ、出会えた時の嬉しさはどこから来るの……
長く過ごして、遂に理解したんだ……世に存在するあらゆる気持ちは、この世の味わいは、「足りぬ」という一つの思いから始まるんだ。
男は静かに箸を手に取り、ゆっくりと料理を口に運んだ。
僅かな温もりが舌の先から五臓六腑に広がり、男は図らずも感動の色を浮かべた。
ユー
ウァン兄ちゃん……覚えてる?
ある年、兄ちゃんが北境から兵を連れて帰ってきたばかりの頃に、私は北境で泥沼の戦いがあったことを知った。
その時、私はちょうど百灶で酒楼を開いたばかりで、ジエ姉ちゃんも用事があって百灶にいた。それで珍しく三人で集まって一緒にご飯を食べたよね。
あの時はジエ姉ちゃんがいつもと違って何杯も酒を飲んで、酔っぱらったリィン姉ちゃんの真似をして壁に詩なんか書いたりしてた。ウァン兄ちゃんがあんなに楽しそうにしてるのも初めて見たよ。
どんちゃん騒ぎは夜中までずっと続いて、私は眠くなって机に突っ伏しちゃってさ、次の日ベッドで目が覚めると、ウァン兄ちゃんもジエ姉ちゃんもいなかったよね。
楽しかったなぁ。ウァン兄ちゃんが家族の誰かと一緒にご飯を食べるのはあれが初めてだった。でもまさか、あれが最後になるなんて……
それから、私たちは二度と顔を合わせることがなかった……ウァン兄ちゃんも、ジエ姉ちゃんも……
ウァン
何が言いたい……
ユー
私はね、初め、人はどうして集まってご飯を食べるのが好きなのか理解できなかったんだ。
これも段々と時間が経つにつれて分かるようになった……人っていうのは、ちゃんと食事をしようとしてる限りは、少なくともちゃんと生きようとする気持ちがあるんだ。
一緒に食事をとることができる相手は、互いに支え合い、共に生きていける人でもある……
すごく難しいことなのは分かってるけどさ……私はずっと待っているんだよ。私たち「家族」がああやって、また一緒にご飯を食べられる日が来ることを。
何度も何度も想像した。私の兄ちゃん姉ちゃんたちが、いつの日か百灶に戻ってきた時の様子を、色んな形で思い描いた。
ニェン姉ちゃんとシーは争いながらじゃれ合ってて、シュウ姉ちゃんは新鮮な果物や野菜を持ってきてくれて、ジー兄ちゃんはどこで見つけたか分からないお宝を持って帰ってくるかもしれない。
ウァン兄ちゃんは、シュオ兄ちゃんとリィン姉ちゃんと一緒に座って、私が見たことない国境の要塞の風景や、そこで出会った不思議な人や出来事について話してくれるかもしれない。
二人は片方は公務で忙しくしてて、片方は自由気ままにやってそうだけど、私たち弟妹のことを気にかけてくれてることは知ってるよ……ウァン兄ちゃんと同じようにね。
兄ちゃん姉ちゃんが好きな味は全部覚えてるんだ。みんなが集まる宴のために用意する料理も、頭の中で何度も何度も準備した。
心のどこかで、そんな日が多分永遠に来ないって分かってたとしてもね……
でもどうしても期待しちゃうんだよ……そう思っていないと、心がぽっかり空いちゃうみたいでさ。
ウァン
不可能と理解をしているのなら……
起こりえぬことを願う気持ちを残していては、徒に己を苦しめるだけだ。
ユー
分かってたとしても、我慢できずに考えちゃうんだよ……これも人の情ってもんでしょ。
私も……ジエ姉ちゃんのことは恋しいよ。
姉ちゃんがいなくなってしまったあの時、毎日姉ちゃんのことを思い出してた。
朝起きた時に思い出して、野菜を洗ってご飯を作ってる時に思い出して、読み書きを教えてくれたこと、料理を食べに来てくれたことを思い出して……思い出すたびに涙が出た。
その時初めて知ったんだ、人が感じる永遠の別れは、こんな味わいだったんだって。
……ウァン兄ちゃんの気持ちが私に劣ってはいないことも勿論重々分かってるよ。
でもね……ウァン兄ちゃん。兄ちゃんが感じてる無念、それに苦しみは……私も同じように感じられるよ。
ウァン
同じように……? 私が経験したことだ。他者であるお前がいかようにして感じる?
ユー
忘れたの。私たちは本来みんな「我」だったんだよ?
ジエ姉ちゃんを見殺しにした司歳台も、復讐するのを止めたシュオ兄ちゃんも恨んでるんでしょ……ジエ姉ちゃんのことすらも恨んでる。どうして自分の代わりにこんな代償を払ったんだって……
でも多分……ウァン兄ちゃんが一番恨んでる人は、ウァン兄ちゃん自身なんだよね……
ウァン
……
ユー
ウァン兄ちゃんが、どうしてもやらなきゃいけないことをしようとしてて、私ではやめるように説得できないのは分かってる……
ただ、言っておきたい。死ぬつもりではやらないで。私にとってはみんな大事な家族なんだよ……
ジー兄ちゃんが贈った錦織、シュウ姉ちゃんが贈った種……私が贈れるのは、このスープだけだ。
ウァン
これは……?
ユー
これまでに一度も使ったことがないこの「力」、それとあの陵墓の外の百年の煙火で作ったスープだよ。
私ができる精一杯の手助けだと思って……
ウァン兄ちゃん。本当に心から願ってる……生きて帰ってきて、どうかお願いだから……
やつれた顔の男は長い間沈黙していた。
男はゆっくりと手を持ち上げた。手は目の前の少年の顔に浮かぶ涙を拭おうと動きかけ、それを為す前に力なく垂れ下がった。
ウァン
……本来であれば、お前をこの件には巻き込みたくなかった。お前だけは。
お前は自身が何者であるかを忘れ、人と獣の違いを忘れ、ひいては答えを求めることさえも忘れた……それでよいのだ。
本来ならば、そうやって生きていくことができたはずであろう……
お前は何故……何故あえて思い出し、この場所に来た……?
ユー
自分が誰であるかは忘れてもいい。でも、心の中のこうした気持ちは忘れられやしないんだ……大切な人もそうだよ。
ウァン
お前たちは、人の世にあまりに長く留まり、あまりに人らしくなった……
だが結局は「らしい」にすぎないのだ。
私がお前たちのために……
この枷を打ち壊してやろう。
この世における居場所を見つけてやろう。
ウァン
私がお前たちを、人に変えてやろう。
ユー
ウァン兄ちゃん……?
男は椀と箸を置き、立ち上がると、外へと歩き出す。
後になってようやく理解した。かの者が言っていた「代償」とは一体何であるか。
それは私が想定していなかった結果であり、しかしながら兄様と太師はとうに予想していた結末、あるいは退路であった。
罪のある太師を取り除き、潔白で正統な皇子に王位を継がせる。これは炎国にとって最良の結果であり、二人が私に期待していた選択でもある。
私は結局、期待された通りに選択した……
しかし何故?
本当に、この嘘にまみれた道しか歩めぬのか?
私は恐れているのか?
道を踏み間違え、炎国に動乱をもたらすことを恐れているのか?
歴史に名を刻まれ、己が万世にわたり悪名を背負うことを恐れているのか?
私は恨んでいるのか?
私に全てを失わせた彼女の策を恨んでいるのか? 傍らに残り、共に事に向き合ってはくれなかった彼を恨んでいるのか?
あるいは、多くを成せぬ自分を恨んでいるのか……?
なぜ、このような気持ちになる……このような気持ちをどれだけ味わっていなかった?
……私は後悔しているのか?
真龍
あれが、いかに危うい状況であったか知っているのか……
真龍が亡くなるも、その理由は不明。朝廷の内では人心に不安が伝播し、外では強敵が……
すぐに沈静化しなければ流れる血は千倍百倍にはとどまらぬ。
いや、お前にはわからん、どうしてわかろうか……
ホァン
確かに私には分からないよ……
陛下の言ったことは私からはあまりにも遠い話で、無数の人々の運命に関わる責任を負うということがどういう感覚なのか、想像もつかない。
私が見てきた一番尊い犠牲だって何人かのバカが理想のために、戦場で自分の血を流し尽くしたってことくらいだよ……
でも、真龍陛下……みんなを納得させるためのそうした「説明」は嘘だって分かってるよね。
そういう嘘は、陛下の言う人々の心が、真龍に過ちを許さないことによって生まれたものだよ。
陛下の治める炎国は、百にも上る移動都市や、何億という民草を受け入れられるほど広いのに……
ならどうして善良な人一人すら受け入れられなかったの!?
陛下は、彼女に……負い目はないの?
真龍
……
私はどう選択すべきだったのだ? 私に、選択肢があったであろうか?
こうした道理を、いかにして目の前のこの者に説けばよい?
いや……何故説かねばならない?
なぜ……この者がここまで来るのを許したのだ……
私は彼女の口から、何を聞きたい……?
ホァン
でも……私にも分かる。
いわゆる大局を考えて決められたことで、陛下が一人で下した決断でもないんだよね。
真相が常に説得力のあるものだとは限らない。雑多な意見が混ざり合い、誰もが違った見方をして、違ったものを信じる……
真相っていうのは、一人の人にとっての真相でしかないんだ。
親父は一生をかけて真相を明らかにしようと頑張ったけど、結局その結果を受け入れることにした。
親父は陛下を許したわけじゃない……ただ、陛下、そして太師が共に目指した結果に同意しただけ。
龍椅に座す人物が箸を置いた。正殿内にあるかなきかの嘆息が漏れた。
真龍
お前は……私にどう償ってほしい?
ホァン
償う? ううん……そこまでしなくていいよ。
陛下、そして炎国にとって一人の人間の名誉や数人の運命なんて、あまりに取るに足らないものだっていうのは分かってる。
でもこうした出来事に身を置く人にとって、彼らの被った全てが、取り返しのつかないものなんだよ。
真龍
ではどうしたいのだ……
ホァン
うん……ここに来る前に考えたんだ、私は一体どんな結果を求めているのかって。
謝罪の言葉? それとも彼ら全員の冤罪を晴らしてほしいと思ってる?
でもそれで本当に亡くなった人は浮かばれるのかな。それって残された人にとって意味のあることなの?
そうやって色々考えた。最悪の結果もね……
ホァンの手の平で火が点っては消え、宮殿を一瞬照らした。
ホァン
……私は陛下に、約束して欲しいんだ。
彼らを忘れないで。
真龍
言ったであろう、ここで待機する必要はないと……
禁軍
陛下の安否は国の大事であり、陛下お一人のみの決定には従えぬことをお許しください。
真龍
……
禁軍
あの罪臣の子が禁城に無断で立ち入るのを許し、宮殿に入り陛下にまみえることを見逃しただけでも、すでに寛大な施しです。
陛下への不敬罪で処しますか?
真龍
……
……無用だ。
禁軍
司歳台から、かの罪人があの古寺に戻ったとの報告がありました。
天師および禁軍はいずれも配置につき、玉門も迎撃の準備はできております。
即刻抹殺いたしますか?
真龍
……
我が意を伝えよ……
ホァン
レイズ!
リン・チンイェン
ホァン……
ふっ……生きていたならよかったです。
ホァン
どうしちゃったの? 顔中腫れ上がってるけど、ひどく殴られた?
リン・チンイェン
この、よく人のこと言えますね。私を握る手がまだ震えているではありませんか!
怖いのですか?
ホァン
それは……
怖いに決まってるでしょ!
だって真龍だよ! 国のボスなんだよ! 何も構わずたった一言でたくさんの人の生死を決められる人なんだよ!
死ぬのは怖くないよ! 戦場に立って悲惨な光景はたくさん見てきたから!
ただ……たくさんの人の気持ちを背負っておきながら、何もできないことが怖いんだ……
リン・チンイェン
バカですね……
それで? あなたは……真龍にどんな話を?
ホァン
私は……全ての人――親父に、妹、会ったことのない家族のために……陛下にけじめを求めた。
ふんっ、陛下の表情はよく見えなかったけど、きっと心の中では――
リン・チンイェン
どうしました?
ホァン
……雪?
慌てふためく二人は、興奮していたために、周囲の空気が冷たくなり始めていたのに気付いていなかった。
都市中にあるエネルギー杭の出力はひっそりと抑えられ、中秋であるにもかかわらず気温がぐっと下がり、まるで真冬のようだ。
都市全体が次第に暗くなり、空の双月が明るさを増す。
そして、雪が降り始めた。
大理寺司獄官
そろそろ時間ですね。
そろそろ時間です……ユー少卿。
ユー・チェン
枷を。
大理寺司獄官
それは……
ユー少卿、あなたがどういう方かはよく知っています……なので必要ないかと――
ユー・チェン
「罪を犯した者は例外なく移送する際に枷をかけねばならない。たとえ判決の出ていない囚人であっても、手枷をかけるべし。」……司獄として何をしている?
枷をかけろ!
大理寺司獄官
分かりました。おっしゃる通りにいたします。
ユー・チェン
ゆっくり歩くとしよう……この月明かりをじっくりと楽しむ時間はある。
ひとひらの雪が窓の格子を抜け、囚人服を着た男の顔に落ちた。
ユー・チェン
……?
大理寺司獄官
なんだ、中秋節になぜ雪が舞っている?
ユー・チェン
(グー・チュエン……お前に約束したことは、成したぞ。)
ニン・イン
……
ニン・インがこの書斎に戻った。
彼女は紙と筆を取り出し、補足が必要な歴史書の原稿を引っ張り出した。
過去の物語、記録されることなく埋もれた名前を彼女はすでに知っている。この原稿の最後の一篇も、どう書けばいいか彼女は知っているはずだ。
しかし言葉を慎重に吟味するばかりで、いつまで経っても書き出すことができなかった。
風で窓が開き、本の頁も閉じられた。
雪が紙に落ちて、最初の一筆となった。
ニン・イン
なぜ……雪が?
ホァン様……
モー・ブフー
店主はまだ留守にしているのか?
ジャン
いません……今回は本当にいませんよ……
モー・ブフー
仕方がない、どうやら会えぬ定めのようだ。
天下の人々にいまだかつてない百珍宴を見せると誓いを立てたが、笑い話になっただけだな。
……私自身も笑いものだ。
もう執着を手放すことを決めた。鼎豊楼にせよ、この料理の腕にせよ、どうにでもなるがいいさ。
ジャン
モー料理長……あなたが来たらこれを渡しておくようにと、うちの店主に言われてます。
モー・ブフー
……私が来ることを分かっていたのか?
ジャンが空の椀を持ってきた。椀の中には木札があり、そこには力強い三文字が書かれている――
「天下一」。
モー・ブフー
――!
ジャン
店主が言ってましたよ、この肩書は重みがあるけど、人の腹を満たすことはできない。
料理の腕に上下はあるけど、ご飯を食べる人に貴賤はない。
あの雪の夜に、麺を食べた人の中からモー・ブフーが生まれようが無数の名もない普通の料理人が生まれようが、彼はあの麺を作ってたって。
モー・ブフー
……
老人は唖然とし、続けて大声で笑い出した。
雪が彼の顔に当たる。これほどまでに頭の中の霧が晴れ、清々しく感じたのは随分と久方振りだった。
ウァン
……ふん。
禁軍
真龍の意を伝える。
真龍
全百灶の七割のエネルギーを転用し……
……歳の陵墓を開けよ。
禁軍
はっ。
真龍
……人にせよ、巨獣の化身にせよ、いずれも我が炎国の民である。
我が民に冤罪を訴える者があれば、その者が不服を申し立てることを許そう。
もしも彼の者が真実すべてを解決し、炎国のために千年の憂いを取り除けるのであれば、功ありて過ちなし。
彼の者が敗北して滅び、歳獣の覚醒を招けば、炎国は国を挙げてそれを誅殺し、災いを残すことはない。
禁軍
陛下は、彼の者の罪を許されるのですか?
真龍
左様……
私は多くの者の罪を許すべきである。
罪獣のウァンが朝廷を弄び、君主を欺いた罪を許そう。
太師が諫言をせず、みだりに遜った不忠の罪を許そう。
廃太子たるイェンウが職務を怠り、兄弟に背いた不義の罪を許そう。
そして私自身は……
是非を明断せねば、善人が冤罪を被る。戦事を避けねば、民草が罹災する。
決して許されぬ罪だ。
この地位にある以上、私は行動を起こすべきである。
炎国の国祚は炎国民草の手にのみある。
炎国の社稷に対して、私が恥じるところはもはやない。
その時が来るまで、私の罪を裁く者が訪れるのを待っている。
イェンウ……そろそろ戻ってくる頃合いだ。
夜空は澄み渡り、幾筋の薄い雲も月の明るさは遮れず、風が運ぶ冷たさもちょうどよい。
道行く者たちは次々に足を止め、この原因不明の絶景を眺める。
リン・チンイェン
……すごい雪ですね。
ホァン
こ……これってどういう状況?
リン・チンイェン
百灶のエネルギーが収縮し始めています。どうやら、別の場所に供給されているようです。
……百灶では、もう何年も雪が降っていません。
ホァン
そうだったんだ……
ホァンは、この都市に来たばかりの頃に見た、数え切れないほどのエネルギー杭を思い出した。どれも到底暗くなる日がきそうにはなかった。
ホァンはシィンズゥが語ったことを思い出す。この都市が建設された際の、波乱万丈な歴史のことを。
この都市、この広大な国、歴史、そして時間は、これまで歩みを止めたことはない。
今、この瞬間だけだ……
ホァン
ねえレイズ、炎国の物語の中で、こういう異常な雪って何か言い方なかったっけ……?
リン・チンイェン
何が言いたいのですか? 真相が白日の下にさらされた? 冤罪を雪(すす)ぐ?
ホァン
うーん……それか他の意味かも。
過去の人が残した痕跡はいつか消える、この雪のように。
リン・チンイェン
あなたは……
ホァン
分かってるよ……
……この雪が、もっと続きますように。
鎧を着て武器を持った兵士が道の両側に並び、都市全体を跨いでいる。
かの者は重々しい足取りで、黒く長い廊下を歩む。
彼が一歩踏み出すごとに、古く巨大な存在が、彼の訪れに応えているのが感じられる。
歯を食いしばる雄たけび、しわがれたいななき。
リィン
ううっ……
頭痛がする……この酔い方、昨晩の湖松酒によるものではないようだ。
はぁ、そうだね。
大夢が覚めようとしている……覚めねばならぬ頃合いだ。
仕方ない。この一杯を飲み終えたら、見に行くとしようかな。
永き夢の終わりが、どんな景色なのかを。
詩人が遠くを眺める。
浮雲が太陽を覆い隠し、天地は果てしない。
ニェン
誰だ? 一体誰だよ!?
だから専門的なことは専門家に任せろって。なんで私が調整した機械をいじるんだよ――
シー
うっさいわね! ずっとここにいたけど、誰も来てないわよ。
ニェン
隣の農業天師と二局ばかり麻雀をやってただけなのに、どうして心臓が「高血圧」になったんだ?
シー
まだ分からないの?
あいつらが……多分着いたわ。
ニェン
着いた?
百灶の老いぼれどもは、アイツが入っていくのを見過ごしたってのか?
シー
覚えてるかしら……百年前のあの時も、あいつはこうやってあの陵墓に入り、それからジエ姉さんが消えた……当時一体何が起きたのか、私たちはいまだに知らない。
今回は……
ニェン
シー……ビビってんのかよ?
シー
……
そうよ、ビビってるの。
これが最後の山場なのよ。ビビらないでいられるのは、おつむの足りない考えなしだけよ。
私は訳も分からないまま、いつの間にか消えるのは嫌なの。
ニェン
ほぉん、珍しく意見が一致したな。
ならば何待ってんだ、行くぞ。あの老いぼれどもが何かしてくる前にな。
シー
貴方まさか……
ニェン
ここまで来たんだ、むざむざ死を待つことなんてできるわけねーだろ。今は司歳台に絡まれる心配なんかしてる場合じゃねーよ。
「実家」に帰って……本当のホームパーティーをしようぜ。
ユー
あんたか……
あんたの声を聞くのは久しぶりだね。
がみがみ言わないでよ。機嫌が悪いのは分かってるし、感じ取れてる。
はぁ……何せ私はあの陵墓に一番長くいたわけだし、あんたを一番よく知ってるんだから。
ほんとにおかしいよね。本来みんな「我」なのに、「我々の間」で生きるか死ぬかを決めなきゃならないなんて、一体どんな理屈だよ……
理屈なんてないなら、不承不承受け入れるしかないか。
ふん……あんたがどれだけ強くてもウァン兄ちゃん――それに私たちが、あんたに負けるとは思えないよ。
だって、あんたは千年の間寝ていたでしょ。私たちは千年の間確かに生きていたんだ――あんたに負けるわけないよ。
あんたのとこからもらってきたこの力も、もう使うところはない……だから手向けの品として返すよ。
避けることのできない結末なら、解放されたって思うことにしようかな。
おやすみ……
竈の火がついた。その暖かな炎は、この寒い夜の冷たさと人々の心の不安をかき消すのに十分なほどの、生気と希望を帯びている。
遠くで蠢いていた古い巨大なものが再び落ち着きを取り戻した。
明るい光が街を満たし、夢路をたどる人は甘美な夢を見た。
ジー
中が静まった……? 弟のスープが、やっと届いたのですね……
結局は、彼の手を煩わせてしまいました。
ウァン
一足先にあいつを訪ねていたが、お前の計画のうちではなかったのか?
ジー
貴方には何も隠せませんね。
これが最後の道です。一緒に進みますか?
ウァン
いや……
あれを寄越せ。
ジー
この剣、それと姉さんと弟の分も加えれば。
実力の差は甚だしいものの、そこまで絶望的ではないでしょう。
では、どうされますか?
ウァン兄さん……?
ウァン
これでいい。
お前にさせていたことは、全て終えた。私が約束していたものも、全て与えた。
帳尻は合わせた。あとの道は、私一人で行く。
ジー
どういうことですか……
ようやっと帳尻が合ったというのに……これでは、また貴方に借りができてしまうではありませんか?
ウァン
ジー、去れ……
……
あとは、私たちの間の問題だ。
勝敗を決めねばならぬのは、最初から最後まで、私と我だ。
我々はもはやお前の一部ではない。とうの昔にそこから脱した。しかるに私たちは生死を賭して戦わねばならない。勝者は生存し、敗者は消滅する。
千年前の戦場のごとく、避けられぬ定めだ。
お前の傲慢さ、お前の無関心は、ここで止めねばならない。
怒っているか? 恐れているか? 期待しているか?