悲劇のリハーサル
深夜、誰もいないはずの小道具部屋から、断続的な小さな音と抑えられた悲鳴が響く。
暗い隅、目も鼻も口もないマネキンのその顔が、ちらつく光に照らされている。
ティッピはクッションを抱いてソファに埋まっている。ナイフを持った犯人が邪悪な笑い声を上げた。切っ先が眩い光を放ち、次の瞬間――
ティッピ
キャー――
シェリー
わぁっ――
モイラ
……
ティッピ
名作! 衝撃! さっすが、あたしの一番オキニのホラー映画だね。三十年以上前の低予算映画なのに、今の新作と比べても全く引けを取らないよ!
シェリー
ふぅ……やっぱり憂さ晴らしにはホラー映画がいいですね。不安がだいぶ消えた気がします。誘ってくれてありがとうございます、ティッピちゃん。
ティッピ
大声出したらすっきりしたでしょ? やっぱ、シェリーさんはわざと撮影の邪魔をしたんじゃなくて、ここんとこ心がばっきばきになるくらい気を張り詰めてただけなんだって。
シェリー
そうですね。まだ解決していない問題はいくつかありますが……今夜は忘れます。次は何を観ましょうか?
ティッピ
何でもあるし、何でもいいよ。ホラー映画ナイトは始まったばっかだからね!
あれ? モリー、どうしてずっと黙ってるの? 今の映画、あんまり好きじゃなかった?
モイラ
私は……
この映画に出てきた武器、刃が薄すぎると思うな。私だったら、側面に血流しの入った、見た目にもっとインパクトのある特殊な武器にする!
ティッピ
も~、仕事の話はよしてよ! モリー! シェリーさんと一緒にいすぎて、仕事中毒がうつっちゃったんじゃないの!
ミス・クリスティーン
ニャ~。
ティッピ
あれ~? どうしてここにいるの、謎のおちびさん。
美しくしなやかな生き物は二人の少女の間へゆっくりと歩み寄ると、見せびらかすように伸びをし、ソファの前に座り込んだ。
ティッピ
モリー見て、この子あたしたちのことが好きみたい。じゃあ一緒に映画観よっか! すっごく怖いかもだけど、ビックリしないようにね。
ん? 誰の端末の音? モリー、あんたの?
モイラ
違うよ。
シェリー
……
ごめんなさい……先に帰りますね。
モイラ
シェリーさん、ひどい顔色だったけど、昼間のことでグレータさんに責められたりしてないよね?
ティッピ
モリー、明日また仕事を少し手伝ってあげない? シェリーさんマジで疲れてそうだし。
モイラ
うん。
ティッピ
よし、決まり! じゃ、ホラー映画ナイトの続きをしよっか。お次の一本は最優秀デザイン賞を取ったやつだよ。セットも小道具も武器も全部めちゃすごでヤバいんだ……
光がちらつく。二人の少女は新たなスリラーに没入しており、足元のミス・クリスティーンが音もなく立ち去っていたことに全く気づかなかった。
シェリー
……
マイケル
シェリー? ティッピちゃんたちと映画を見てたんじゃないのか。そんなに慌ててどこに行くんだ?
親しげな口調で話しかけた男は、シェリーの右手が端末をしっかりと握り締めていることに気づいた。
マイケル
あっ、わかったぞ……突然デートのお誘いがあったんだな?
待ち合わせ場所に着いたら、相手にそんな重苦しい表情見せちゃだめだよ。きっと傷ついちゃうから。
シェリー
あなたには関係のないことです。
マイケル
唇が震えているよ。寒いのかい、それとも何かが怖いとか?
可哀想に。君も俺と同じで、ダルトンさんの事故にショックを受けたんだろ?
心配いらないさ。君のような真面目なコーディネーターがいれば、きっとこれから全てがスムーズに進むはずだから。ほら、抱きしめてあげるよ、暖かくなるはずだから……
シェリー
「あなたと同じ」?
あなたの甘い言葉からは、恐怖なんて少しも感じ取れません。
五年前の出来事をきれいさっぱり記憶から抹消できるほど、忘れっぽくなったのですか?
私は「あなたと同じ」ような薄情者にはなれません……覚えていてください。あなたにも当時の転落事故の責任はあるということを。
マイケル
……
深夜、二階のオフィスに突然明かりがついた。
デスクの上では、紙の資料がファイルにきれいに保管され、使われた痕跡はほとんど見られない。
そしてもう一つのデスクには、コール・シートが乱雑に置かれている。持ち主は何かに悩んでいるかのように、その進行予定表は修正の跡だらけだった。
すらりと背の高い影がデスクの近くで何かを漁っている。テキパキとした動きで、音ひとつ立てずに全てをこなしていた。
ルシアン
ここだ。
シュレッダーには最近使用された形跡があった。
ルシアンは紙くず入れの蓋を開け、シュレッダーにかけられた大量の紙の中から特別な感触のものをいくつか拾い上げる――それは制作チームの印刷用紙ではなかった。
ルシアン
「トリマウンツ大学」……「環境観測」……サインは……グレータ。
これがミズ・シェリーの言っていた「奇妙なファイル」の中身か。
まるで同意するかのように、肩がそっと押されたのを感じた。しかしオフィス内に自分以外に人はいない。
ルシアン
おかえり、ミス・クリスティーン。
ここのところ散歩の回数が増えたようだが、何か面白いものでも見つけたか?
ミス・クリスティーン
ここ、想像よりも面白いわ。
ルシアン
ああ、私も予想だにしないものを見つけた。
シェリー
……考えすぎてはだめ……一体誰のいたずらか確かめに来ただけ……
シェリー、あの電話番号が無効になったのはこの目で見たはずでしょう。あの人のはずがない……ありえない……
シェリーは必死になって心を落ち着けようとした。今この瞬間、映画を観ている間は意図的に忘れていた恐怖と焦りが、再び彼女を飲み込んだ。
「倉庫に行け。自分の罪を償え。」
端末の画面が静まり返った倉庫の中で微かな光を放つ。送信者欄にはシェリーがよく知りながらも向き合い難い名が――「ローラ」の文字が揺れ動いている。
シェリー
そこにいるのは誰!
これ以上こそこそするのはやめてください。このメッセージが幻覚ではないことはよくわかっています! 一体何がしたいんですか……
何を知ってるんですか!?
問いに答える者はいない。暗闇が、古い倉庫内に残る全ての音を呑み込んだ。
バチバチと細かな電流の音が鳴り、遠くの棚のライトが突然灯った。
怪しげで魅惑的だ。シェリーは思わず光源へと歩いていく。
???
シェリー。
シェリー
……ローラさん……ですか……
シェリーは再び震え始める。その声が果たして倉庫の奥から来ているのか、それとも自分の妄想なのか、彼女にはわからなかった。
彼女が呆然と前へと進む。まるで五年前のスタジオに引き戻され、悲劇の幕開けに立ち会っているかのようだった。
???
シェリー! またワンシーン追加で撮ってもらえることになったの。ワイヤーが必要なんだけど、用意してもらえる?
シェリー
生意気……傲慢……傍若無人……あなたはランクウッドでキャリアをスタートしたばかりの新人ですよね、よくもまあ……
???
ダルトンさんが監督の同意を得たって言ってたわ。これはもう決まったことのはずよ……
シェリー
人気絶頂のダルトンさんは、あなたの鼻っ柱を折って叩き直してやろうとしているんです。それをあなたのためにシーンを追加してくれたと勘違いするなんて……どうです、満足しましたか?
???
ダルトンさんはまだ来ないの……もうワイヤーに吊るされて何時間も経ってるのよ。足と腕が擦り剥けて痛いの……シェリー、代わりに聞いてきてくれない?
シェリー
私はただの「コーディネーター」ですよ。私にできるのは、せいぜいワイヤーや設備を準備して、その安全を……確保することくらいです……
???
本当に、ちゃんと確保した?
シェリーは棚の前に歩み寄ると、黒い防塵カバーが照明に照らされていた。彼女はその中身が何かを知っている。
開けてはいけない、シェリー、だめです。
シェリー
!!!
防塵カバーの中には古いワイヤーロープ装置一式が入っていた。フックとスリングはひどく損傷し、命綱も切れかけている。
そして黒い布は黒いシミでまだらになっていた。
染み込んだローラの血だ。
シェリー
いいえ! あなたが知っているはずありません!
私が見ている幻覚だ! 生きているはずがない! そうだ……痛み……ペン、ペンがあるはず……
ッ――
???
……哀れね。
シェリー
どうしてまだいるんですか……どうして痛みが効かないの!
???
五年前の事件は本当に事故だったの? それとも殺人?
シェリー
事故……事故です! ダルトンさんがあなたに意地悪をしなければ、あんな惨劇は起きなかった!
???
なら、なぜ私が身に着けた装置をチェックしなかったの?
シェリー
それは……
???
どうして!
シェリー
あなたを憎んでいたからですよ!
身勝手で傲慢なあなたが憎かった。チームのスケジュールをめちゃくちゃにして、あなたの無茶な要求のせいで全員の仕事に支障が出ました!
ダルトンさんがあなたの根性を叩き直すというなら、良いことです! あの日いつも通りに装置をチェックしていたら、ちょうど交換時期だということに気づいたんですよ……
頭の中でほんの少し、ほんの小さな考えが浮かびました。もしあなたが事故で完全に消えてくれたら……
は……あはは……それならもっといいじゃないですか……
意識が朦朧とした表情のシェリーは何者かの手で床に押し倒された。パイプの中を冷媒が勢いよく流れる音が聞こえ、体の下で凍りついた霜がゆっくりとひび割れていく。
シェリーはようやく気づいた。自分はいつの間にか倉庫の奥にある冷凍庫の中へと入ってしまっていたのだと。
どうすればいいのだろう。ドアを叩く? 叫ぶ? シェリーには、もうそのような気力はなくなっていた。
……
恐怖がいつの間にか消えて、彼女はかつてないほどの解放感を覚えた。
……
……
死が彼女に全ての謎の答えを与えた。